第10話
ギィっと言う音をさせて扉を開けた。
そこには青空が広がっていて、思わず足を止めてしまった。
屋上を見渡すと、何人かが居た。だが、目的の人物が見当たらなかった。
「ねえ、周良君が何処に居るか知らない?」
アタシがそう言うと何人かが顔を見合わせながら周良君を呼んだ。
「おい、武井。お客さんが来たぞ」
「客ぅ? 誰だよ?」
そう言った周良君がアタシを見ると、大きく目を見開いた。
そう言えば、アタシってここに自分から来たことなかったっけ?
まあ、立ち入り禁止の場所に自分から入る事なんてしなかったしね。
「何でここに?」
周良君が本気で分からないという感じで聞いてきた。
「昨日の返事しに」
アタシが簡潔に述べると、周良君は焦った顔をしながら他の人に出ていくように言った。
意味が分からないといった顔をしながら他の人場全員出ていった。
そして、アタシたちは二人っきりになった。
「えっと、マジで返事くれんの?」
「その為に来たんだから当たり前じゃない」
周良君はそっかと言って少し嬉しそうな顔をした。
「アタシが返事しないと思ったの?」
「迷惑がられて、避けられるかと思った」
「避けてたのはそっちじゃないの? 会いに来なかったし」
「そんなん、会いに入ったら絶対真っ赤な顔になるだろうし、緑に迷惑掛かると思って……」
つまり、恥ずかしかったって事だろうな~と思いながら、アタシは周良君を見ていた。
周良君は赤い顔をして、視線をアタシから外していた。
それが何となく嫌だった。
「ねえ、こっち向いてよ」
そう言っても目線だけは器用に外したままだった。
「……アタシの事、本当に好き?それとも、昨日のはからかって言ったの?」
「ばっ、んなわけあるか!」
そう言ってやっと周良君はアタシの方を見た。
「やっと、アタシの方を見てくれた」
そう言うと周良君はまた恥ずかしそうに目線を逸らした。仕方ないのかな?
「アタシ、周良君の事好きだよ。最初は分からなかったんだ。好きっていう感情が。
でも、感情ってある意味本能みたいなものなんだね。
そう思ったら止められないんだもん。だから、傍に居て欲しい。ダメ、かな?」
「ダメなわけあるかよ。つーか、そんなん言われたら毎日でも教室まで会いに行くぞ?」
「いいよ。アタシは構わないもん」
「でも、周りから何かと言われるかもしれないぞ?」
「そんなの今更よ。それに、何か言ってくるような人、アタシは許さないもの」
絶対にそんな人は許さない。『アタシ』が好きになったんだもの。周りにとやかく言わせる気はない。
「なんか。緑って強いな」
「そうよ。アタシは強いの。でも、周良君だって強いでしょ?」
「ああ」
「じゃあ、二人一緒なら最強よ」
「だな」
そう言いながら二人して笑った。すると、突然中から声が響いた。
『お前の傍に居るべき人間ができたな。俺じゃなくて、ちゃんと傍に居る事が出来る奴が』
アタシは笑うのを止めてその声を聞いた。周良君はその様子を何も言わずに見ていた。
『だからもうお別れだ。本当は俺は存在するべきじゃなかったからもっと早くに居なくなるべきだった。でも、お前を一人にするのが心配だったから側に居てた。
それも終わりだ。俺は俺としてはいなくなる』
「居なくなっちゃうの?」
周良君が目の前に居るのにアタシはそう言った。周良君はアタシが言うもう一人のアタシと話しているのが分かったのか黙っていた。
『ああ、そうだ。だから、お別れだ。さよなら』
「またね」
アタシはさよならと言うもう一人のアタシにそう告げた。そして、一筋の涙を流した。
もう、居ないのが分かった。話しかけても答えない時はあったけど、それとは全く違って、完全に存在を消してしまったのが分かった。
だからこそ、アタシは心の中で「今までありがとう」と呟いた。
「……お別れってこんなに辛いんだね」
「……居なく、なったのか?」
「うん、もうアタシの中にはいないの。でも、きっと会えると思うから」
「そっか、なんか複雑。俺以外の男を見てるみたいで」
少し拗ねたように言う周良君にそっと微笑み、柔らかな声で言った。
「もう一人のアタシだからある意味特別だったの。でも、アタシの傍に居てくれる特別な人は周良君だけよ」
アタシがそう言うと周良君はそっかと言って真っ赤な顔をした。
そんな周良君をアタシは幸せな顔をしてみていた。
次の日、アタシと周良君は一緒に登校した。まあ、周良君が迎えに来たからだけど。
だから、お母さんには付き合ってる事を言った。すると、お母さんはこれ以上ない程に目を大きく目を開いて、驚いてから暫く動けなくなっていた。
そして、学校ではいつもより仲のいい雰囲気が出ていたらしく、直ぐに付き合っているという噂が流れた。噂と言うより事実だけど。
周良君はサラッと周良君の友達に話していた。因みに友達と言うか仲間と言うべきなのかは分からないけど、よく周良君とつるんでる人たちの事。つまりは不良の人たち。
その人たちから後で聞いたのだけど、周良君が初めにアタシを屋上に連れてきた日の次の日に全員を呼び出したそうだ。
全員が集まってから睨みを利かせながら、アタシに一切手を出さないように言ったそうだ。
その時の周良君がすごく恐かったそうで、話している人は思い出して身震いしていた。
だが、その後直ぐ北山君がアタシに話しかけてきた。
その内容がここ最近、周良君がずっと落ち込んでる感じで、昨日一日はずっと落ち着かない感じでそわそわしていたという事だった。
その理由を知っている所為で少し申し訳なく思ったけど、周良君が落ち込んだり、そわそわしている様子を思い浮かべると思わず、笑いそうになったがそれを堪えていると小突かれた。
小突いたのはもちろん周良君で、何となく赤い顔をしながら三白眼で睨んできた。
全然怖くないと言うと舌打ちをしてきたけど、それさえも何となく可愛いと思えたアタシは重症だろう。
周良君の周りの人はそれを可笑しいとも思わずに受け入れてくれた。
けれど、学校側、特に担任の先生と学年主任の先生はあまりよく思わなかったようで職員室に呼び出された。
周良君はそれを知ると自分も付いて行くと言ったけど、アタシは大丈夫だからと微笑んだ。
微笑んだ瞬間、少し周りがざわついたり、「天変地異の前触れ」と言ったのには触れずにアタシは教室を後にした。
周良君は職員室の前で待っていると言ってアタシの後を付いていた。
職員室に着くと、アタシはドア三回ノックしてから中に入った。
「失礼します」
アタシがそう言うと視線が一瞬でアタシの方に集まった。
アタシはそれを気にせず、ドアを閉めてから担任先生の元へと向かった。
「先ほど放送で呼ばれた山口です」
アタシがそう言うと学年主任の先生も来た。
だが、どちらの先生も話し難そうにしていた。
「どういった用件で呼び出されたのかをお聞きしたいのですが」
二人の大人はおどおどしていて、一人の子供がそれを見ながら淡々と言葉を発するのはすごく異様だろう。
「ああ、えっと……」
そう言いながらもなかなか話が進まなかったが、担任の先生がやっと意を決したように口を開いた。
「山口、あの武井周良と付き合っているという噂を聞いたんだが……」
「ええ、噂ではなく事実です」
アタシがきっぱり言うと、職員室は一瞬だけ沈黙が流れたが直ぐにざわついた。
「あ~、山口。お前は、その成績はあまり悪くないと言うよりいい方なのにどうして……」
確かに、アタシは実技教科以外は上位だからそう言われるのは分からなくはない。
「成績の良い悪いが何か関係ありますか?」
「いや、その……何か脅されたりしてるのか?」
呆れた。そんな事を聞く為にアタシは呼ばれたのかと思うと溜め息が出そうになった。
「別に脅されてなんかいませんよ」
「じゃあ、何で……?」
本当にこの人たちはアタシより長く生きているんだろうか?
「アタシが選んだんです。アタシが周良君の傍に居たいから傍に居るんです。
それとも、学校というのは人の恋愛にも口を出すのですか?」
「いや、そうではないけど、な」
そう言いながら担任と学年主任は顔を見合わせていた。
「用はこれだけでしょうか? でしたら、もう教室に戻ろうかと思うのですが」
「ああ、態々呼んですまなかったな」
「いえ。あっ、そうですね。少し言わせていただきますが、周良君はとても優しくて強い人ですから。そうでなければ、アタシは好きになんてなりませんから」
アタシはそう言うと少しだけ微笑んでから職員室を出た。
中からは「あの山口が笑った! 天変地異の前触れじゃないのか」という叫びに近い声が響いてきた。
「周良君、お待たせ」
「ああ、待つのはいいんだけどさ……なんか中、凄い事なってる?」
「気にしなくていいよ。少し、分かっていない人たちが多かっただけ」
そっかと言った周良君の手を取ってアタシたちは教室に戻っていった。
アタシと周良君はある種、公認カップルになったが『不良と変人のカップル』という不名誉な言われ方をされた。
それでもアタシたちは気にしなかった。
そんな不名誉な言われ方は卒業するまで続いた。
卒業してからはアタシたちは違う高校に通うようになった。




