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第3話

 

「いやー、人助けもしてみるもんだなー! ハッハッハ!おかげで会計もサービスされちまったしな!」


 店を出て、レイは傍らのフィリアに笑いかけた。彼が意気揚々と闊歩する昼下がりの街は、相変わらずの賑わいを見せている。


「ですね。あそこまでやられると、ちょっと悪い気もしますけど」


「なに言ってんだ嬢ちゃん。好意は素直に受け取るものだぜ……それで、道はこれで合ってるのか?」


 レイの問いかけに、フィリアは小さな地図を広げる。


「はい……初めて来た街なので分からないですけど、地図によれば伯父さんの家はこのまま真っ直ぐです」


「そうか。なぁ、余計な世話かも知れないけどよ……嬢ちゃん、働き口の当てはあるのかい? 会計チャラにしてくれた恩だ、探す所までは付き合ってやるぞ」


「せっかくですけど、その伯父さんは宿舎を経営してましてね。そこで、住み込みで働かせてもらうことに決まっているんです」


「何だ、そうだったのか……せっかくだし、俺も今晩はそこに泊まっちゃおうかな。嬢ちゃんが働く所見てみたいし」


「またまた。そんな事言って、本当は宿賃値引きして欲しいだけじゃないんですかー?」


「おっ。俺の考えが分かってきたねぇ、嬢ちゃん。将来は世渡り上手になるぞ」


「ならなくていいです……はぁ」


 そんな会話をしながら歩くこと数分。大通りの喧騒から少し離れた場所に、目的地はあった。小ぢんまりした古びた外装で、ホテルと呼ぶより宿屋と呼んだ方がしっくりくる見た目。フィリアが住み込みで働く宿舎だ。


 すると、店先を掃き掃除していた中年の女性が近付いてきた。宿屋の従業員と思われる。


「あなたフィリアちゃんね? まぁ、大きくなっちゃって。i国からはるばるようこそ!」


 人の良さそうなその女性は、フィリアに挨拶のハグをした。フィリアも笑顔で応える。


「お久し振りです、アンティ伯母さん! 今日からお世話になります!」


「よろしくね……それで、隣の人は? お客さん?」


「この人は途中で知り合ったレイさんです。ここに泊まりたいようでして」


 フィリアの紹介を受け、ここぞとばかりにレイは一歩前に出る。そうして、恭しくアンティに一礼した。


「どうも、ご紹介頂きましたレイと申します。ここに来るまで、都会の悪漢からフィリアちゃんを護衛させて頂きました。これからどうぞフィリアちゃんをよろしくお願いします」


「あら、そりゃご苦労様。でも宿賃はまけないけどね! ハハハ!」


「はっはっは……糞が」


 宿賃の為に腰を低くして恩を売ったことをあっさり見透かされて、レイは密かに悪態を吐いた。


「フィリアちゃん、ちょっと待っててね。お父さん呼んでくるから」


 アンティがくるりと背を向け宿舎のドアを開けようとすると、タイミング良くドアが開き中から中年の男が出てきた。


「騒がしいと思ったら……来てたのか、フィリア」


「ユンクル伯父さん……お久し振りです」


 表情の変化に乏しく、無愛想ともとれるユンクルに、フィリアはぺこりと一礼した。これから世話になるのだから、良い印象を持たせておきたいところだ。


「で……隣のあんたはお客さんか?」


「はい。フィリアちゃんを都会の悪漢から守り――」


「お客のレイさんだって」


 レイの言葉を遮り、アンティが一言で紹介を終わらせた。


「……ちくしょう」


 レイは再び悪態を吐き、フィリアはユンクルの元に駆け寄りお辞儀をした。


「今日からお世話になります、ユンクル伯父さん。しばらくの間、一生懸命働かせていただきます!」


「……何だって? 君はウチで働くつもりなのか?」


「え……いえ、だってそういう話に」


 ユンクルの予想外の反応に、フィリアは言葉を詰まらせる。傍らのアンティは気まずそうに視線を宙に彷徨わせた。


「悪いがね……ここ最近不景気なんだ。家計をやりくりするだけで精一杯なのに、今までロクに働いたこともないような、使えもしない小娘を雇う余裕はウチには無い。ただでさえ、部屋の一つを君に潰されてるんだから」


 フィリアを睥睨し、ユンクルは冷たく言い放つ。もはや子供に向けられるものではないその容赦ない物言いに、レイは反感を覚えた。


「オッさんよ……そんな言い方ねぇだろ。この子にだって色々事情があるんだよ」


「知ってるよ。だから親切心で寝床を提供してやってるんだ。それとも何か、妹の病気をネタ(・・)にして、貧乏人の私たちにこれ以上何か要求するつもりか?」


「アンタなぁ……」


 そう平然と言ってのけるユンクルに、レイは思わず拳を固めた。彼の言い分も間違ってはいないものの、フィリアの事情を知っているだけにこのまま看過することは出来ない。


「……いいんです、レイさん。伯父さんの言う通りです。働き口なら、これから探しますから」


 フィリアは優しく微笑み、レイを宥めた。それは感情を押し殺した、悲しい笑みだった。


「嬢ちゃん……」


「アンティ、この子を部屋に案内してやれ」


 話は終わりとばかりに、ユンクルはアンティに指示を飛ばす。アンティはフィリアを連れて宿の中に消えた。


「――そもそもこれはウチの問題なんだ、無関係のアンタにどうこう言われる筋合いは無いよ」


 人払いを終えたユンクルはじろりとレイを睨みつけた。レイは小さく舌打ちする。


「ああそうかよ、この冷血オヤジ」


「アンタが何を言おうと、ウチが不景気なのは事実だ。こんな所で働いても幾らも稼げない。それに来る客と言えば――」


 ユンクルが言いかけた瞬間、宿に数人の男が訪れた。高級な服で身を固めた、ヤクザ風の男達だ。


「どーも、ユンクルさん。景気の方はどうですか?」


「……最悪だよ。アンタらの嫌がらせのせいでな。今じゃ、ヤクザがうろつく宿屋なんて恐れられて、客なんか来やしない」


「そうなんですねぇ。そんな宿なんか経営してても金にならないでしょう。いい加減この契約書に――」


「何度も言わせるな。アンタらにこの土地を渡す気は毛頭無い。ここは親父から受け継いだ神聖な土地だ」


 男の言葉を遮り、ユンクルはピシャリと言い捨てる。譲ることの出来ない強い意志を持った眼で、男を睨み据える。


「ユンクルさん、アンタも強情ですね。こんなボロ宿売り払って、第二の人生歩んでみたらどうです? 神聖な土地だかなんだか知りませんけどねぇ、いくら意地を張ってもそれだけで飯は食えませんぜ」


「やかましい、お前のような外道に何が分かる!」


「つまんねぇ意地張ってんなよ、オッさん! ……失礼。ですが、頼むから自分の立場をわきまえて下さい。こっちが穏便なうちに取り引きした方がお互い良いと思いますよ。そっちがその気なら、こちら側には幾らでも手段はありますからね」


 次会う時は良い返事を期待してますよ、と言い捨てて男達は帰っていった。


「……ふぅ」


 男達に舐められないように気を張っていたユンクルは、汗を拭って息を吐いた。


「……地上げ屋か」


 レイはユンクルに問いかけた。視線は、去っていった男達の遠い後ろ姿を鋭く突き刺している。


「ああ、タイミングが悪かった……あの子がここに来ることが決まった直後から、あの調子でな……」


「嬢ちゃん――フィリアをアイツらから遠ざける為に、アンタはわざと」


「言うな……あの子を説得出来る自信が無かっただけだ。もしあの子の身に何かあったら、妹に示しがつかん」


「そうか、悪かったな色々……でも、言っちゃ悪いがこの宿にフィリアを置いておくのは相当危険だ。今はまだ良いにしても、そのうち奴らは手段を選ばなくなるぞ」


「分かっている……だから、あの子を()()()()するまでは、なんとか守ってみせるよ」


 ユンクルは、不器用に笑ってみせた。守るべき者の為に覚悟を決めたような、そんな表情だった。


「そうかい……俺は散歩がてらフィリアの新しい職場でも探してくるぜ。なるべく住み込みで働けるような場所を、な」


「済まないな……それと、この事はくれぐれもあの子には――」


「分かってるよ」


 レイはヒラヒラと手を振り、再び街に繰り出した。フィリアの職場を探すと言いながら、頭では別の事を考えていた。


 ――俺の記憶が正しければ、あの顔は……。




 * * *




「……あら、困ったわねぇ」


 キッチンにて、アンティは棚の引き出しを漁りながら一人呟いた。その何の気ない独り言に、フィリアが反応する。


「どうかしたんですか?」


「大した事じゃないの、コーヒー豆を買うのを忘れちゃっただけよ。お父さんが毎朝飲むんだけど、ちょうど切らしちゃって」


「私、買いに行って来ましょうか?」


 世話になる分なんとか役に立ちたいフィリアは、ここぞとばかりに雑用を買って出る。


「良いの良いの。長旅で疲れてるフィリアちゃんがわざわざ行くことないわ」


「そう、ですか……」


 やんわりと断られて、フィリアはガッカリしたような、煮え切らない返事をした。


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