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第2話

 

「あの、今更ですけど、私はフィリア・ユーアって言います。おじさんは、なんて名前ですか?」


 昼休みに入り、仕事をしていた人達が昼食を摂ろうと賑わいを見せるレストランにて。バジルソースのパスタを食べながら、少女――フィリアは向かいに座っているオッさんに問いかけた。その質問に、オッさんはニンニクが効いたペペロンチーノの皿から顔を上げる。


「俺の名前はレイ。気軽にレイお兄さんって呼んでくれ」


「レイさん、ですか……あの、苗字は?」


「苗字ぃ? 俺の生まれた国ではそんなもん無かったぞ」


「へぇ、そんな国もあるんですね。どこの出身なんですか?」


「えっ、それは……別に俺の話はいいんだよ。それにしても、無料タダで食う飯は美味いなぁーっ! ハッハッハ!」


「あ、あはは……おじさん、お金無いんですか? さっきも追い剥ぎみたいな真似してましたけど……」


「まぁ旅人だからな。でもアレだぞ、いつもあんな事してる訳じゃないからな? それより、嬢ちゃんもその歳で旅人か?」


「いえ……私は隣のi国で、家族で農業をしていました」


「へぇ……それが何故こんな所に?」


 レイは特に何も考えずに質問し、くるくるとフォークでパスタを巻いた。


「去年……私たちの村は、記録的な異常気象のせいで作物が育たなくなってしまって、村全体が大打撃を受けてしまったんです」


「……そりゃ大変だ」


「村の食糧庫の備蓄も底をつき、村人一人ひとりが自分が食べていくのに精一杯の苦しい暮らしで……お父さんとお母さんは家族の為に遠く離れた街に出稼ぎに行き、時には雑草を食べてなんとか命を繋いできました」


「そう……」


 パスタを巻くレイの手がピタリと止まった。額には冷や汗が浮かび、見る間に表情が翳っていく。


「そうしてなんとか生き延びてきたんですけど、過労が祟ってお母さんが病気で倒れてしまい……私はお母さんの病気の治療費を稼ぐ為に、このP国までやってきたという訳です。家具を売り払って当分の旅費にして――」


「…………」




 ――ダン!




 レイはテーブルを叩いた。手を退けると、そこには100フローリン札が数枚積まれていた。レイの全財産だ。


「持ってけ……優しい嬢ちゃん」


「え……そ、そんな、悪いですよ! おじさんお金無いんですよね?」


「俺のことなら心配するな……そんな事情を抱えた嬢ちゃんに奢ってもらうほど、俺は立派な人間じゃない」


「いえ、お昼ご飯に関しては私が勝手に言い出したことですし……それに、盗んだお金は受け取れないです」


「お願いだ嬢ちゃん。冷静に考えてみれば子供にたかって喜んでた俺がどうかしてた。せめてここの会計は俺に持たせてくれ。そうでもしないと俺の格好が付かない」


 そう言うレイに、格好なんて元々付いてないですよ――と、フィリアは心の中で突っ込んだ。


「……ん? 何だ嬢ちゃん? 何か言いたげな顔だな」


「いえいえ、何でもな――」




「ふざけてんのかテメエ、コラァ!」




 フィリアの言葉を、店内の怒号がかき消した。声の主は、店の中央のテーブルに陣取る人相の悪い男達の一人。彼らは鬼の形相で店の男を睨みつけ威圧する。


「も、申し訳ありません……ウェイターが伝達ミスをした様でして」


「申し訳ありませんじゃねえんだよ店長さんよォ! 注文してんのに、料理が全然来ねえんだよ!」


「こっちは30分も前からずっと待ってんのに何で後から来た奴らの料理ばっかり出すんだ、この野郎!」


「俺たちがガラ悪いからって差別してんのか⁉︎」


「とんでもございません。現在大急ぎで作らせております――」


「まだ出来てない⁉︎ 舐めてんのか? こっちは腹減って死にそうなんだよ!」


「おい、俺たちの貴重な休憩時間を無駄にさせておいて、まさか金取るつもりじゃねーだろうな」


 そのやりとりを身を固くして見守っていたフィリアは、恐る恐る口を開いた。


「……なんですか、あの人たち? やっぱり、P国みたいな先進国には怖い人が沢山いるんですか?」


「まぁ、色んな奴らが集まるからな、変な奴らも一定数紛れ込んでるさ。カントリーガールには、ちと刺激が強かったかな」


「はい……それに、店長さんが可哀想です。おじさん、助けてあげて下さい」


「何言ってんだ嬢ちゃん。なぜ俺がそんな面倒くさい事をしなきゃならない。言わせとけよ、奴ら間違った事は言ってないんだから」


「そ、そんな……おじさんは、私のことを助けてくれたじゃないですか。なのにあの店長さんは見捨てるんですか?」


「おいおい……勘違いしてもらっちゃ困るぜ。俺はあくまで金の為にあの貴族共を狩ったんだ。そこに運良く居合わせた嬢ちゃんは結果的に助かっただけで、別に助けようと思って助けた訳じゃない。基本的に、俺は金にならない喧嘩はしないんだよ」


「知りません。何でもいいから助けてきて下さい! そうしないと絶対ダメですから!」


「……ったく、強情な嬢ちゃんだぜ。ま……店長に恩売って、勘定チャラにする位の金にはなるか」


 フィリアの迫力に押し負けたレイは、なんとか動機を捻出して重い腰を上げた。向かうは、正座した店長を取り囲む男達。


「店長さんよぉ……ちょっと誠意が足りないんじゃないのか? お客様は神様だぞ?」


「そうそう。具体的な反省の印を納めて欲しい――」


「……あー、ちょっと君たち」


 上手い台詞が浮かばなかったレイは、ヘラヘラと笑う男たちと店長との間にぬるりと身を滑らせた。


「何だお前? 今お取り込み中だ。オッさんはすっこんでな」


 男のうちの一人が低い声でレイに言い捨て、仲間たちもレイを取り囲みガンを飛ばす。常人なら恐怖で震え上がってしまう状況だが、このオッさんはどこ吹く風と頭をかいた。


「俺もそうしたいんだがな……君たちがあんまり大きな声で騒ぐもんだから、せっかくの飯が不味くなるんだよ。例えばほら、そこの嬢ちゃんなんて恐怖のあまり食事が手に付いてないじゃないか!」


 レイは奥のテーブルのフィリアを指差して男たちに詰め寄る。男たちは一斉にフィリアの方を見た。


「わ、私を指さないで下さい!こっちに話を振らないで!」


 恐怖の対象だった男たちの注目を浴び、フィリアは慌ててメニューで顔を隠した。


「……言われてるぞ」


「……まぁとにかく、ここは一つ穏便に。カリカリしてても人生つまんねーぞ」


「うるせえ。そこまで言うなら力づくでやってみな!」


 大柄な男は首の関節を鳴らし、凶暴な笑みを浮かべた。レイはフンと冷笑を浮かべる。


「予想通りの展開……後は、格好良くコイツらをブッ飛ばして、会計チャラにしてもらうだけだな」


「何言ってんだ……? やっちまうぞコラァ!」


 男の怒号が響き、店内は一気に緊迫した雰囲気に包まれる。傍観していた他の客も、俄かに騒ぎ出した。




「――やめねぇか、お前ら!」




 そんな、修羅場と化した店内に、ドスの効いた声が響き渡る。凄味のある声に、一気に静まり返る店内。


「……オークさん」


 男のうちの一人がポツリと呟く。オークと言われた、堅気の仕事はしていなさそうな男は、店内を歩き店長の前にしゃがみ込んだ。


「いや済まない、店長さん。うちの若いのが粗相したみたいで。後でよく言い聞かせとくから、勘弁してくれ」


 さっきの男たちより何倍も恐ろしいオークの言葉に、店長はガクガクと頷く。それを見て、オークは「行くぞ」と男たちを顎で使う。


「何だお前ら、らねーのか? あん?」


「オークさんの命令は絶対だ」


「ちょ待てよ……俺の計画台無しにすんなって。ほら、早く店長倒せよ! さっきまでの威勢はどうした? 行けるって、今ならオークさん見てないから! さっさとボコせよ!」


「お前メチャクチャな野郎だな……またどこかで会うかもな。あばよ」


 そう言い捨て、男たちはオークに付いて店から出て行った。


「冗談……ムサい男と赤い糸で繋がってるなんて考えたくもねぇな」


 レイは鼻を鳴らし、座り込んでいる店長に手を差し伸べた。


「どうもありがとうございます。お陰で助かりました」


「……俺は何もしてねーよ」


 お礼を言う店長をよそにレイはくるりと踵を返した。そうして、客全員の視線を浴びながらフィリアの待つテーブルに戻っていった。


「お疲れ様でした」


「チッ……計画がズレちまった。タダ働きしちまったぜ」


 席につくなり、レイは悪態を吐く。それに、フィリアは済まなそうに俯いた。


「ごめんなさい、私のわがままのせいで……私のいた村では、誰かが困っていたら村のみんなで助ける決まりになっていました。この国でもそれが通用するかは分からないですけど、困っている人は、放っておけないんです……なんて、出稼ぎに来た私なんかが人の心配だなんて、笑っちゃいますよね」


「笑わないさ……優しいな、嬢ちゃんは。育ってきた環境が良かったんだろうな。俺なんて、世間の荒波に揉まれてすっかり歪んだ大人になっちまったよ」


「そんなそんな、おじさんは良い人ですよ。私のわがままに付き合ってくれました」


 しみじみと遠くを眺めるレイをよそに、フィリアはにっこりと笑った。


「だーかーらー、それは金の為――」


「お取り込み中失礼します、お客様」


 レイの言葉を遮り、先程の店長が現れた。右手には、マルゲリータが乗った皿を持っている。


「あん? 俺たちはピザなんか頼んでねーぞ?」


「先程は助けて頂きありがとうございました。こちら、ささやかながら当店からのサービスでございます」


 店長はそう言って、湯気の立つマルゲリータをテーブルの上に置いた。人助けが招いた美味しい誤算に、レイとフィリアは目を輝かせるのだった。


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