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贖罪のレボリューション2

「ここで話してても仕方ないから、寝るわ。どうせ警察が来るのも、午後でしょ」


 ワインボトルを空にした芙美子は、掛け時計が2時を回る前にソファーを立った。


「……我が姉ながら、冷たい女だ」


 ウィスキーをグラスに注ぐと、剛志はクィと流す。仕草で僕にも勧めたが、辞退した。


「今更だけどな、剛志。お前、何でここに来たんだ?」


「親父に呼ばれたから……って、皆そうじゃないんですか」


 則雄は、メイ子にコーヒーのお代わりを頼むと、僕達がいるソファーにやって来た。


「兄貴は、来週までお忍びでアメリカ旅行中だ。俺はな、何かあるんじゃないかと思って来たんだよ。そしたら――これだ」


 眉間にシワを寄せて、グッと身を乗り出す。


「ここだけの話な、呼び出しの手紙に、マズイことが書いてあったんだよ」


「マズイこと?」


「詳しくは言えないが……お前らはどうだ?」


 僕と剛志は視線を交わし、剛志は手元のグラスに瞳を落とした。


「俺も、内容は言えませんが……親父にバレるには、不自然なことが書かれてました」


「まさか――先生も?」


 2人から注目を集め、僕も観念した。


「ええ。僕の、というよりは、うちの診療所に関わることですが……脅迫に近い内容です」


「やはり、そうか……」


 沈黙が流れる中、メイ子がコーヒーを運んできた。


「お前も、一先ず休むといい。警察が着いたら、また慌ただしくなるしな」


「ありがとうございます」


 それぞれが晴れない霧のような想いを抱きながら、朝方には自室に戻った。

 僕は、依子の部屋を確認してから、隣の自分の部屋に入った。深く息を吐くと、仮眠のためベッドに横になった。


ー*ー*ー*ー


 睡眠不足は否めなかったが、朝9時には全員が居間に起き出してきた。メイ子が用意した朝食をとり、さしたる会話もなく、居間で過ごした。


 連絡通り、大悟の船は昼頃に着いた。


「ちょっと! お父様は来てないの?!」


 昨夜、先に部屋に戻った芙美子は、則雄の話を知らない。男達は皆、剛則が姿を現さないことが折り込み済みなので、不満は漏れなかった。


「旦那様は、ご多忙につき、お越しになられないとのことです」


「何なのよ、それっ!?」


 詰め寄られて、大悟は日焼けした額から吹き出す汗を、ひっきりなしに手拭いで押さえている。


「皆様には、旦那様より伝言を承っております。『身内から犯罪者は出せない。先生に、病死として処理して貰え。この件は、他言無用だ』とのことです」


「病死、ですか……」


 父が現役だった頃から、我が家は違法な処理(しりぬぐい)に手を染めてきた。依子の中絶処理なんて可愛い方だ。落胆を体現するように、僕はソファーに深く身を沈めた。


「それと……皆様宛に、お手紙が届いておりました」


「手紙? 親父から?」


 剛志が、改めて大悟を見遣る。


「いいえ、違うようです」


 大きな身体を竦めて、A4サイズの茶封筒を鞄から取り出した。真丁寧に、則雄、芙美子、剛志、そして僕の名前が、宛名に連記されている。

 メイ子がハサミで開封すると――中から更に3通、僕以外の宛名が書かれた封筒が出て来た。自分宛の封筒を開けた彼らは、一様に青ざめていった。


「僕には?」


「あ、まだ中に紙が」


 A4封筒を覗いて、メイ子が僕に桃色の便箋を寄越した。


「『先生は、依子の棺と共に、最後に島を出るように』――これだけか?」


 封筒も渡して貰うが、差出人の手掛かりはない。


「一体、誰なんだ! この中に、犯人がいるんだろう?!」


 突然、則雄が椅子から立ち上がり、一同を睨み付けた。あまりの剣幕に、水を打ったかの如く静寂が流れた。


「何で、こんな……誰も知らない筈なんだぞっ!」


 怒りなのか恐怖なのか、青筋を立て、手紙を握る手がブルブルと震えている。


「くそっ!! どいつか知らんが、許さんからな!」


 一方的に激昂したまま、彼は居間を出て行った。


「……何が書かれていたんでしょうね」


 淀んだ空気を対流させるかのように、僕は静かに呟いた。


「分からないけど、俺達それぞれに取って不愉快なことは、確かだな」


 狙い通り、反応したのは、正面に座る剛志だ。僕は瞳を上げた。


「先生も違法なことやらされるから、まぁ気の毒だけどね」


 僕を信用してくれている彼は、個人宛の手紙をこちらに差し出した。彼の目を見返すと、構わないと言うように頷いた。


『西條剛志。お前の悪事を知っている。先に渡した手紙に書いた証拠、それに西條依子殺しの証拠を県警に送る準備がある。止めたくば、下に指定した口座に次の金額を振り込め。期日は今日中だ。遅れると、西條家は破滅する』


 シンプルな脅迫文は稚拙にも見える。しかし、心当りのある者には、これで十分なのだろう。


「振り込み先は、ネットバンクだ。巧妙だよな」


 口座の名義人は、「西條商事」。西條グループに、そんな名称の会社はない。犯人が立ち上げたペーパーカンパニーだろう。


「応じるんですか」


「まぁね。ギリギリ俺の一存で動かせる金額だ。どうも、犯人は西條(うち)の内情に精通してるよ」


 苦々しい表情で、僕が返した手紙を封筒に納める。


「あたしは、応じないわよ」


 僕達のやり取りを黙って眺めていた芙美子が、ピシャリと言い放った。


「姉さん」


「馬鹿にして! こんなこと知ってるのは、身内だけだわ。犯人は、あんたか叔父さんしかいないんだから。西條家の破滅? そんな自分の首を絞めること、する訳ないじゃない!」


 眉を吊り上げた険しい表情は、屈してなるものかというプライドが滲んでいる。


「俺は、依子を殺しちゃいない。だからこそ、応じるんだ」


 剛志がきっぱりと反論する。芙美子を捕らえる双眸には、警戒と拒絶の色が覗く。


「身内が犯人なら、後からいくらでも金は取り戻せる。今は応じるが、じっくり追い詰めて……徹底的に潰してやる」


 昔から、本当に怒った時の彼は、表面上冷静だった。口の端に笑みすら浮かべつつ、暗い情熱をじわりと漂わせている。彼は、祖父の残忍な性質を最も受け継いでいる。普段人当たりが良いだけに、そのギャップにはヒヤリと背筋の凍る思いだ。


「喩え、姉さんでも、容赦しないからな」


「……あたしだって、殺してない。いいわ、今回はあんたに合わせてあげる。そう、そうだわ、剛志。あんた、共同戦線張らない?」


 彼の気質を熟知しているのは、芙美子も同じだ。キレた、と感付いた途端、やや早口に協力を申し出た。


「考えとくよ」


 しかし、この段階まで進んだ剛志は、もう止められない。僕は、所在なく困惑している大悟を見た。


「この手紙の指示に従うなら、皆を先に港に送るんだろ? 僕と棺は、今夜中に帰れるのかな?」


「そうですね……2時までに皆様の準備が出来ましたら、日暮れまでにもう一度戻れるんですが」


「2時だな、分かった」


「いいわ。あとは宜しくね、先生」


「ありがとう。この季節は足が早い(・・・・)から、助かります」


 一礼して頭を上げると、毒気を抜かれた顔付きの2人がそそくさと居間を出て行った。


ー*ー*ー*ー


 大悟の船を見送り、その間に依子を棺に入れた。彼女の荷物はまとめられているから、15分とかからずに出発の準備は出来た。


「色々と大変でしたね、先生」


「ああ。後のことは、任せてくれ」


「はい……」


「世話になったね、メイ子さん」


「いえ……」


 メイ子はエプロンで涙を押さえ、シワの深まった顔に安堵の笑みを滲ませた。


 夕刻、島を離れた船は、最寄りの港ではなく、隣町の漁港に着いた。市場近くの駐車場に、予め停めていた僕の車に乗り込む。

 そこから、更に隣県の空港に向かった。


 ――ピロリン


 新しいスマホが、メッセージを告げる。口座に入金されたことを知らせる、ネットバンクからのメールだ。


「大丈夫、予定通りだ」


 助手席でビクリと身を震わせた細い手に、自分の掌を重ねる。


「メイ子さん達、無事かしら」


「大丈夫。彼らは『何も知らなかった』。犯行は、僕の単独だ」


 そう。事の始まりは、2年前――父の遺品整理だった。西條家に関する古いカルテの中に、吉志乃の出産に関わる記録があった。


『……死産?』


 そして、そのカルテと対になって、梶山芽依(メイ)子が娘を出産したという記録が遺されていた。日付は、死産の3日後だ。

 追及すると、梶山夫妻は呆気なく僕の描いたストーリーを認めた。


「……先生、ありがとうございます」


「泣き虫だな、君は」


「だって」


 依子は、漸く笑った。


 父は、いつか真実に行き当たることを願っていたに違いない。依子を西條の家から逃すことは、父と僕の贖罪だ。


 轟音と共に、夜間飛行の赤いランプが残像を引いて、滑走路を離れて行った。

 空港が近い。欧州行きの最終便も、僕達の搭乗を待っている。


【了】


拙作をご高覧いただき、ありがとうございます。


さて。

王道ミステリーのキーワード「孤島の別荘」「富豪一族」「いがみ合う親族」「殺人事件」等々を散りばめた本作。

……とはいえ、謎解きミステリーでは、ありません(笑)。

しかも……正統ミステリーファンの方には、お叱りを受けてしまうかも、な展開です。


主人公である語り手「僕」は、富豪一族(西條家)のホームドクターです。西條家とは、父の代からの繋がりで、時には信条に背く非人道的な行いでも、西條の指示には逆らえず、従ってきました。


年齢的には、40代半ばくらいでしょうか。則雄より下で、芙美子・剛志よりは上の設定です。



ここからは、ネタバレになります。


今回、テーマ「赤」なのですが、印象的なキーアイテムとして、所々で登場させました。

例えば、依子の周りに広がる「血液」や、芙美子が飲んでいた「赤ワイン」。


最も重要なアイテムは、西條一族が互いに疑念をぶつけ合う原因となる「ダイイング・メッセージ」です。

死んだと見せかけた依子が、ルージュで描いた「丸のようなもの」として登場します。


「赤い丸」は、何を表しているのか――。

芙美子のトレードマーク(エステサロンのシンボルマーク)の「薔薇」なのか?

(因みに、ブラマンテとは、薔薇の品種名です)

剛志の店のロゴマークなのか?

則雄の名前の「の」なのか?


しばしばミステリーで登場するダイイング・メッセージは、散々人々の推理を振り回した挙げ句、大して意味がなかった……ということも珍しくありません。


この話でも、犯人は、西條家の3人を疑心暗鬼に陥らせることが目的でした。

(まぁ、そもそも「ダイイング」ではなかった訳ですが)



依子の血液で始まった「赤」は、話のラストで然り気無く登場――というか、退場します。

夜間飛行の飛行機に点いた「赤いランプ」です。


夜の闇を切り裂く、確かな光――。

西條という、しがらみから逃れる依子と主人公の「希望」のメタファです。

その光の行き着く先で、彼らが幸せになることを願いつつ……。



最後に、西條一族を翻弄する犯人の正体、読者の皆様にはどの辺りでバレたでしょうか……?

少なくとも大悟が島に着くまでの間、皆様をも翻弄出来たのでしたら、作者冥利に尽きます。

……うーん、無理だったかなぁ? 先生、怪しいもの(笑)。



あとがきまでお付き合いいただき、ありがとうございました。


また、別のお話でご縁がありましたら、宜しくお願いいたします。



砂たこ 拝

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