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ラブコメの波動を感じる

「ほら、着いたぞ」


 仁科さんがそう言って保健室の戸を勢いよく開けると、中には意外……でもないけど鷺沢(さぎさわ)さんの姿があった。

 

「あっ、真央(まお)ちゃん」


「よう霧子(きりこ)。今日も保健室か」


「それに影山くんも……うわ、ひどい怪我。どうしたの?」


「コイツ、不良共にボコられてくたばってやがったのさ」


「それは大変だったね……。とにかく影山くん、ここに座って休んでて。今、タオル濡らしてくるから」


「……う、うん。分かった」


 二人はお互いを下の名前で呼び合っている。女子同士だと割と普通なように思えるけど、こんな正反対な二人が親しげなのは少し異様だった。

 

 というか、なんで仲が良さそうなんだろう。実は幼馴染だとかか? うーん、謎だ。

 

 そんな答えの出ない考察をしながら、僕はソファへと腰掛ける。さっきまで鷺沢さんが座っていたのか、少し温かい。それに右腕と右脇腹には、まだ仁科さんの感触が残っていた。

 

 そして受け取ったタオルは、顔の腫れた所に当てるとひんやりして気持ちいい。痛みも何となくだけど和らいだような気がした。

 

「てかここ、霧子しかいねえのか?」


「うん。実はそうなんだよね。先生、今日は職員会議らしくって」


「はー、肝心な時にいやがらねえとか……まあいい、とりあえず手当に使えそうなのを探すぞ」


「了解。真央ちゃんはあっちの棚を頼むね」


「おう」



 ん? 少しよそ見している間に、二人が物色し始めたぞ……。これ、止めた方がいいかな。

 そう考えた僕は、目の前にいる鷺沢さんに恐れ多くも声をかけた。

 

「ちょ……ちょっと鷺沢さん。勝手に漁っていいの? 後で叱られない?」


「え? 大丈夫だと思うよ。……多分」


 多分? 多分って言ったよこの人。本当に大丈夫なのか? どうなっても知らないぞ僕は。

 

 

 

「おーおー影山ァ。怪我人のくせに口出してくるんじゃねーぞ」


 そんなやり取りを聞いていた仁科さん。物色開始からあまり時間は経っていなかったが、何かを見つけたようでこちら側に戻ってきた。

 

「ほれ、いいもん見つけてきてやったぞ」

 

 そう言う仁科さんの表情は無愛想ながら、どこか晴れやかだ。

 でもおかしいな。手当道具を持ってきたと想像していた僕には、とてもそれが「今の状況」において「いい」ものには見えなかった。

 

「食えよ」


 ほらおかしい。手当道具なら「食えよ」なんて言うわけがない。

 とはいえ拒否権なんてものはなかった。手渡されたそれを見て、僕は思わず溜め息が出そうになる。

 

 その正体は、飴である。黒い包み紙に赤い文字が書かれた、沖縄風味なあの飴である。なんとなく想像はつくが、この飴は保健医の私有物である。

 

「でもこれ、勝手に食べていいのかな」

 

「いいっていいって。減るもんじゃねえしよ」


 いや、飴は確実に減るものなんだよなぁ……。まあでも、そんなことを言ったら、そもそも物色なんてしていないか。それに、もしかしたら喉を痛めた生徒のために用意されたものかもしれないし。

 

 僕は深く考えることはやめ、包み紙を開けて飴を口の中へと運んだ。


 ……黒糖の香ばしい甘味が満身創痍な体に染み渡る。飴をこんなに美味しく感じられたのは初めてだ。

 

 よく見たら仁科さんも飴を頂いている。頬のところが不自然に丸く出っ張っているし、さらに言うならポケットに仕舞い損ねたであろう黒い包み紙がはらりと落ちてきたからだ。



「……ねえ」

 

 そんな風に飴を堪能していたら、前の方から澄んだ声が聞こえてきた。

 

「顔用湿布っていうのがあったよ。これで一応の処置はできるんじゃないかな」


 僕らがふざけ合っている間にも、鷺沢さんは真面目に物色してくれていた。仁科さん、君も見習ったほうがいいと思うよ。……あれ、真面目に……物色?

 

「おー。よく見つけたな、霧子」


「うん。じゃ、ぱぱっとやっちゃおっか。あと、その飴わたしにも後でちょうだいね」


 …………。後半部分は聞かなかったことにしよう。

 

 そして二人は手当の準備をし始めた。鷺沢さんが湿布の袋を開け、仁科さんが不器用にシートを剥がしている。その行動が僕なんかのためだと思うと、涙が出そうになる。

 

 それから程なくして、右手に湿布を構えた仁科さんが僕の目の前に立った。普段はぶっきらぼうだけど、この時ばかりは天使の羽が生えたナースに見える。

 

「よし影山、歯ァ食いしばれ」


 それは鉄拳制裁を下す時のセリフです、Dr.仁科。あまりに物騒すぎて、出かけた涙は全て引っ込んだのですが。

 

「……(イテ)ッ」

 

 だけど痛みは本物だ。湿布の冷たさが顔面に鋭く刺さる。歯を食いしばっていなかったことを少しだけ後悔した。

 

「なんだよ情けねえなぁ」


「ご、ごめん」


「ま、とりあえずこんなもんか。他に痛む所はねえか?」


「……いや、大丈夫」

 

 その後、顔の湿布がずれないようにと、鷺沢さんがガーゼの上から布テープを「井」の字に貼って固定してくれた。

 

 処置も完了したところで、僕はずっと胸に秘めていた言葉を言う決意ができた。

 

 

「二人とも、ありがとう」



 本来はこの言葉の後に「こんな僕なんかのために」というフレーズが続く。

 

 だけど、だけど……今は封印してもいいかな。

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