手を差し伸べたのは
あれからどうなったって?
そんなこと、分かりきっているじゃないか。特筆すべき事はなにもない、一方的なフルボッコが僕を待っていた。この逆のパターンはわりと創作とかで見かけるが……現実は甘くない。
ああ、口の中が鉄の味でいっぱいだ。奴ら、ブチ切れて顔面を殴ってきやがった。
一応、僕が上ずった声で叫んだ後、大中小トリオを逃がすことはできた。大倉は最後まで逃げることを拒否していたが、仲間達に無理やり担がせることでその場から離れさせた。
その代償はこの通り。僕は僕らしく地面を這いつくばり、痛みが顔面だけでなく全身中を駆け巡っている。コンクリートのひんやりとした感触だけが救いだ。
はあ……なんて情けないんだ。
そんなことより体がだるくて動けない。だんだん意識が薄れていく。
あっ、そう言えばゴミ出しまだ終わってないな……。
まぶたが次第に閉じてゆく。最後に目に映ったのは、中身が飛び散るゴミ袋だった。
「……おーい、生きてっかー」
意識を失っていた僕は、無気力で粗雑な呼び声によって目を覚ました。お迎えの天使にしてはやけに派手な見た目をしていることから、自分はまだ生きているのだと実感する。
「に、仁科さん? なんでここに……」
「あー、そりゃな、見てたからだよ。……あそこから」
仁科さんが指差す方向を、僕は這いつくばったまま見る。すると、そこは校舎の屋上だった。確かにあの高い場所なら広く見渡せそうだけど……。
「でもあそこって」
「立入禁止だけどなにか?」
「……いや、なんでもないです」
「つーかおめえ、立てんのか?」
「……っ、なんとか」
意識を失っていた分、体は少し動くようになっていた。……と言っても本当に少ししか動かず、立つのでやっとだが。数歩あるいただけで足がもつれて、ふらついてしまう。
「おいおい、全然駄目じゃねえか。ほら、肩貸してやるよ」
「えっ、そんな……申し訳ないよ」
「怪我人がゴチャゴチャ言ってんじゃねえよ。……あー、顔もひどく腫れてやがる。とりあえず保健室まで行くぞ」
僕の右腕は仁科さんに無理やり引っ掴まれ、彼女の肩に回された。普通ならこんなに女子と体をべったり触れ合ったりしたら、全身から汗が噴き出すところだがそうはならなかった。頭の中がぼんやりしていたし、もう一生分の冷や汗をかいたからだと思う。
その後、僕と仁科さんは二人三脚でもしているかのように、ゆっくり、ゆっくりと前進していった。……女の子特有のいい匂いが仁科さんからもする。右に振り向きたいところだけど、僕はできなかった。目でも合ったら絶対に変なことを想像していると勘違いされてしまう。いや、実際してるけど……。
「…………」
「…………」
二人の間にはしばらく沈黙が流れる。
「……おまえさ、馬鹿なんじゃねえの」
だが、それを仁科さんが破った。
「自分でもそう思うよ」
「じゃあなんでやったんだよ」
「……忘れた」
「……ふーん」
…………。か、会話が続かない。
いや別に今の状況で会話を続ける必要性は皆無だけど、僕はそれを良しとせず必死に会話のスタートラインを探していた。先程も言ったが、僕の頭の中はぼんやりしていて正常な思考ができなかったのだ。
「……えーとさ、仁科さんもなんで僕なんかに手を貸すの?」
「は? なんでそんなこと聞くんだよ」
「だってそうじゃないか。仁科さんが手を貸すほどの価値は僕にはないんだよ?」
「……おまえ、自分でそんなこと言って虚しくなんねえのかよ」
「…………平気だよ」
僕は嘘をついた。
虚しくなんねえのかだって?
そんなの、虚しいに決まっているだろ。
分かりきったことだが、保健室に着くまで僕達はまた無言だった。たった一言、仁科さんがつぶやいた言葉を除けば――
「おまえは馬鹿だけど、よくやったとは思うぞ」
本当に小さな声だったけど、僕の耳には確かに届いていた。