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一歩踏み出すユウキ

 もう六月か。

 梅雨入りには少し早いものの、今にも降り出しそうな空模様をしている。

 

 六月は雨が多くてジメジメするとかで嫌う人も多いが、僕は割と好きな月だ。

 

 雨……大いに結構。雨音は集中するのにうってつけだ。

 

 と言っても祝日がないのが玉にキズだが……僕が言えた義理ではないか。

 

 さて、そろそろ五時だ。

 ルーティンワークも終わりにして、さっさと帰ろうとした。

 

 ……おっと、その前に。


 僕は校舎裏に行く用事を思い出す。四時半ごろ担任に、

 

『すまん、影山。教室の清掃班が、ゴミを出すことを忘れてな。代わりに出してきてもらえないか?』


 と言われていたのだ。その時例の如く突っ伏していた僕は、適当に首を縦に振ってしまった。

 まあ別に構わないけど。なんだか担任も急いでいたみたいだし。

 

 僕は仕方なしにカバンをゴミ袋に持ち替え、校舎裏へと向かうことにした。

 

 

 ◆

 

 

「なあ、帰りにあの店寄ってかね?」

「いいね~」




「……」


 僕はゴミ袋をサンタのように担ぎながら、カップルの後ろを歩いていた。何も思うことはない。何も。

 

「あそこ、新メニューできたらしいぜ」

「えっ、ほんと~?」

「ま、俺はいつものしか食わねえけどな!」

「あはは、やっぱりね~」


「……」


 いやぁしかし、よく会話が続くものだな。大中小トリオもそうだが、彼らと僕とでは根本的な脳の造りが違うようだ。

 

 そう言えば今日は、大中小トリオの話し声は聞こえなかったな。見たい夕方アニメでもあったのか?

 

「だってよー、あそこの天丼は世界い……!」

「……!」


「……?」


 突然、目の前のカップルは会話をやめ、そそくさと早足で逃げるように行ってしまった。

 

 あまりにも不自然な行動。それはちょうど、二つの建物を挟んだ場所での出来事だった。

 

 そしてすぐさま僕は理解することとなる。カップルがあんな行動を取った理由と、大中小トリオがどこに行ったのかという回答の二つを――

 

 

 

「あのねぇ。俺達は別にカツアゲしようってわけじゃないの。オーケィ?」


「そうそう。ただちょーーっとだけ、お金を貸して欲しいだけなんだ。ちょーーっとだけ、ね」


 建物間の路地裏のような場所で、今まさにカツアゲが行われようとしていた。実行者はひと目見ただけで「関わったらヤベー」と分かる不良。しかも五人もいやがる。


 カツアゲの場面に遭遇するなんて、最高に最低な体験だ。そして、壁際に追い込まれている三人はもっと最高に最低な体験を味わっていることだろう。

 

 大倉……中村……小林……。

 そう、被害者は大中小トリオだったのだ。

 

「あ……あなた方に渡す金など一円たりともありませぬ! 殴りたいなら拙者だけを殴れ!」

 

 怯える中村と小林の盾になるように、大倉は両手を広げている。


「いや、だからさー。殴る気はないんだよなぁ」


「てかおまえ、拙者って……。侍かよ!」


 不良と大中小トリオとの距離は、じりじりと狭まっていく。僕はそんな様子を隠れながら覗いていた。

 

 まったく、大倉も馬鹿なもんだ。不良共に絡まれる前に逃げればいいだけの話だったし、絡まれたら絡まれたでもっと賢い避け方があったはずだ。

 

 

 ……え? 助けに行かないのかって?

 

 冗談言うなよ、僕なんかが行って何になるんだよ。

 

 

「大倉くん……もういいよ、お金を渡しちゃおうよ……」


「駄目です、小林殿! それは小林殿のお金なのですぞ!」


 大倉は「金は渡さない」の一点張りだ。リーダーぶりたいのかは知らないが、お仲間もそう言ってるんだし渡しちゃえよと僕は思う。

 

「おめえ、どうしても金を渡す気はないのか?」

 

「当たり前だ!」

 

「んじゃあよぉ。お望み通りにしてやるか」


 その時。

 大倉の腹に鋭いヒザ蹴りが入った。

 そろそろお(いとま)しようかと思った瞬間のことだった。

 

「がはっ……!」


 大倉は痛みに耐えられなかったのか、その場に崩れ落ちた。そのヒザ蹴りを皮切りに、他の不良共も大倉を殴り始める。

 

 ……はあ、ついに手を出し始めたか。しかも奴らは執拗に顔は避ける。……なんだ、不良の方が賢いじゃないか。

 

 さて、僕もこんなところにいる場合じゃないな。だって、僕はただゴミを出しにきただけなんだから……。

 

「大倉くん! 大倉くん……!」

 

 そう、僕はただの通りすがり。助ける義理なんてない。助ける……義理なんて……。

 

 

「うぐっ……! 今のうちに逃げてくだされ……!」


 痛みに苦しむ大倉の顔が、あの時の顔と重なって見えた。あの時……僕が大倉の誘いを拒絶してしまった時の顔だ。













「や、やめろ……!」


 気づいたら僕は叫んでいた。不良共は手を止め、一斉に自分を睨んでくる。

 

 ここにまた一人、新たな馬鹿が誕生した。

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