黒幕?
「あ、そうだ」
笑い疲れた仁科さんが唐突につぶやく。
「どうしたの?」
「あたしが『待って』と言っても待たなかったよな。影山だって同じこと言ってたのに」
「うっ。そ、それは素直に謝るよ。ごめん」
そう言えばそうだ。僕も『待って』と言ったのははっきりと覚えている。でもほら、僕はずるい人間だから……なんてね。
「まあ別にそれはいいんだけど。
で、あの……さ。あたし達、ついになったんだよな。アレに」
「ア、アレって……?」
「いやだからアレだよ。あの……こ、恋び――」
ガタッ。
仁科さんが何かを言いかけた時だった。これまた何かを落としたような音がリビングの扉の向こうから聞こえてきた。僕達は一瞬にして固まってしまう。そして、その直後。
「あっ、やば」
そんな声がどこからともなく流れてきた。声質的に女性のものだが、仁科さんは目の前にいるので違う。というか、半開きになった扉から声の主の姿が少し見えていた。
「……おい霧子。なんでそこにいるんだよ」
「あはは~。バレちゃった」
そうして部屋に入ってきたのは鷺沢さんだった。ここで鷺沢さん以外の人が登場したならちょっとした事件だろうし、当然と言える……のか?
いや、やっぱりおかしい。だって、そこにいるってことは――
「さ、鷺沢さん。もしかして見てたりする?」
「うん」
「え!? い、いつから……?」
「えーとね。結構最初の方からかな。真央ちゃんが一ヶ月越しの秘めた想いを伝えようとしてた辺りだね」
「おいおい、ちょっ……言い方! それに霧子は部屋で待ってる約束だったってのに」
え、約束!?
なんだか僕の知らない所で何かがあったみたいだ。
「あー、真央ちゃんどうしてそれをバラしちゃうかなー」
「あの、ちょっといい? ……約束って何!? もしかしてさっきのって、二人が仕組んでたこと!?」
はーい、仲間はずれはよくないと思いまーす! 僕はそんなテンションで二人に尋ねていた。いや、二人というよりは黒幕臭のする鷺沢さんの方にかな。
「んーどうだろ。というか、仕組んだってあまり良い言い方じゃないよね」
鷺沢さんはきょとんとした様子で答えた。それを君が言えた義理かね。
一方の仁科さんから回答を得られることはないだろう。彼女は僕達から遠ざかり、部屋の隅の方で顔を赤くしていた。
「でもさ、裏で何かあったのは確かじゃないの」
「そうだね。わたしがリビングに入っていく影山くんを偶然見かけて、真央ちゃんに想いを伝えるいいチャンスだよって言ったのが全ての始まりだね」
「なんだ、やっぱり鷺沢さんが黒幕じゃないか……」
「黒幕? ……まあいいや。とにかく、真央ちゃんを無理やり説得してリビングに送り込んだ所まではよかったんだけど」
「だけど?」
「ほら、影山くんが全部ひっくり返しちゃったから」
「……あ、まさか」
一瞬「えっ!?」と驚きかけたが、思い当たることがすぐに頭をよぎったので抑えられた。
「うん、そのまさかだよ。影山くんが何故か告白する側になってたし……」
「あ、いや、それはその……やっぱりこういうのは僕の方から言わないと紳士じゃないっていうかなんていうか……」
始めは詰まったかと思えば途中から早口になっていた。
告白。僕はその単語を聞いた途端に、自分がどれだけ恐ろしいことをしたのか自覚してしまったのだ。
僕には一生縁のないことだと思っていた。一応『罪を告白する』みたいな意味でも使うことはあるけど、それも含めてだ。
「本当はすぐに引き返すつもりだったけど、あれだけ熱い展開を見せられたら、ねっ」
そう言って鷺沢さんは悪戯っぽく笑ってみせた。
「まあ、大体は分かったよ……」
「うん。で、せっかくだから恋人同士になった二人の様子を撮ろうと思ったら……落としてバレちゃった。やっぱり野暮な真似はするもんじゃないね」
なるほど、さっきの音はスマホか何かを落としたんだな。そして、盗み聞きしようとしていた時点で十分野暮なんじゃないかという疑問はこの際胸に留めておくことにする。
何がどうあれ、僕が仁科さんとこ、こいびとになれたのは鷺沢さんが背中を押してくれたからだ。それは今回ばかりのことではなく、もっと前から……。
「ありがとう、鷺沢さん」
「……?」
ごめん、いきなりこんなこと言って困惑するのは当たり前だよね。でも、感謝の気持ちを伝えずにはいられなかったんだ。
ふう、なんだか支えが取れたみたいで急に眠くなってきたな。話も一段落ついたことだし、自分の部屋に戻ることを伝えると、二人もそうすると言った。仁科さんも熱が抜けて普段どおりの顔色になっていた。
そして、三人がそれぞれの部屋に戻る別れ際。鷺沢さんが僕と仁科さんの顔を見て、何かをひらめいたように口を開く。
「あのさ……わたし、部屋換わろっか?」
僕達は一瞬「?」となりながらも、同時に意味を把握する。次の瞬間にはピッタリと息を合わせて、
「「変に気を遣わなくていいから!!」」
と叫んでいた。
そうして僕は一人、自分の部屋に入っていくのだった。




