好き
「………………えっ?」
なんてありきたりな反応なんだろう。だけど今の僕はそんな感想を抱けるほど頭が正常に動いていなかった。
頭の中が真っ白。今の僕を表すのにこれ以上しっくりくる言葉はない。
好きな人はいる? それってどういう意味なんだ? そもそもなぜそれを僕に聞く!?
……いや、まさか。えっ、いや、ありえない……ありえるはずがない!
時間にして僅か数秒の沈黙が流れていた。返事を出せずにいる僕とは裏腹に、仁科さんは氾濫した川のように次々と言葉を溢れ出させていった。
「最初はからかうつもりで言おうとして。けど、口に出そうとしたら急に恥ずかしくなって……それで、やっと自分の本当の気持ちに気づいて。あの時はいきなり逃げ出してごめん。なんていうか、決心が付かなくて……でも今は違う!
影山、あたしは――」
「待って!」
その時だった。
僕の手のひらが自然と仁科さんの顔の前まで向かい、話を止めさせた。さっきまで全身が固まっていたというのに。
指の隙間から仁科さんの驚いた顔が覗かせる。ほんの少し涙ぐんでいるようにも見えた。
本当にごめん。いきなりこんなことして。
でも。その先を君に言わせるのは卑怯な気がしたんだ。
ああいや、仁科さんにそこまで言わせてしまった時点で僕は卑怯者なのかも知れない。けど、これだけは……これだけは、自分の口から言わせて欲しい。
「好きな人なら……いるよ」
僕は突き出した手のひらを下げながらそうつぶやいた。視界を遮るものがなくなり、仁科さんの姿がはっきりと見えるようになる。彼女は今、その瞳をより一層大きく見開いてこちらを見ていた。
僕の方も、心臓が今にも飛び出てきそう。でも不思議と「言ってしまった」という後悔はなく、むしろ晴れ晴れとしていた。広大な草原、青空の下で両手を広げて風になっているような気分だった。
今なら何でもできる。そんな気がした。
だからこそ、というわけじゃないけど。僕は思いの丈をありのままにぶつけていた。
「僕は……」
「ま、待ってくれ!」
「仁科さん、君が好きなんだ!」
途中、何か聞こえたかな。でも関係ない。最後まで言い切るつもりだったんだから。
僕は黙って前を見つめていた。しばらくすると、仁科さんがうつむいたままポツリと話し始めた。
「……ずりいよ。そんな、いきなり言ってくるなんて」
「…………」
「しかも、あたしが言おうとしたことまで奪いやがって」
「仁科さん。返事を聞かせて欲しい」
「うっ。そ、それ言わなきゃだめか? 別にあたしが言わなくても、本当は分かってんだろ?」
「分からないよ。それに、踏ん切りを付かせるためにも仁科さんの口から言ってもらいたいんだ」
「……ずりいよ」
そうだ。僕はずるい人間だ。
だから聞こえないふりもする。「分からない」なんて嘘も言う。嘘っていうか半々っていうのが正直なところだけど。でも仁科さん本人から返事を言って欲しいのは本当だ。
「え……あ……」
「……?」
「あたしも……好き」
「……! ぼ、僕もだ! 僕も仁科さんのことが好きだ!」
「っ、……さ、さっき聞いたって」
「あれ? そうだっけ?」
なんという締りの悪さ。まるで魔法が解けてしまったかのように、再び頭の中が真っ白になっていた。
けど、これで緊張がほぐれたのか仁科さんは声を上げて笑っていた。泣きながら笑っていた。
つられて僕も笑ってしまう。気づけば僕も泣い……てなんかいない! ああ、今日は目から汗がよく出るなぁ。
……本当に、良かった。




