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影山って――

 電気の復活と共に、僕達三人の気力も復活したわけだが、最も潤いを得たのはやはり仁科さんだった。熱がこもった部屋の温度を下げるために、エアコンのリモコンを必死に探し回っている。ちょっと不憫に思えたのでリモコンを手渡すと、早速『↓』ボタンを連打し始めた。

 

『22℃』


 リモコンの画面を覗いてみると、そんな衝撃的な数字が示されていた。キミはここを食品加工場か何かと勘違いしていないかね?

 

 でもいいや。今はそこまで下げてもいいほど火照ってるし、そのうち寒くなって適温に戻すだろう。

 

 台風の方はというと、まだ雨風が家の壁を叩いているものの、さすがに夕方辺りの時よりは弱まっている。そのおかげで停電も早く直ったのかも知れない。

 

 ただ、電気のありがたみを身に染みさせるよりも早く、疲れが体に回ってきてしまった。夜行性な僕なので、いつもならギアが入る時間帯のはずだが、今日は本当に色々なことが起きすぎた。台風や停電は言わずもがなだし、自宅にクラスメイトの女子が二人もいることは、冷静に考えてみたら恐ろしく大変な事件だ。

 

 そのため身体も精神も相当疲弊していた。都合のいいことに(?)疲れていたのは二人も同じことで、今日は早めに休むことにした。22℃の冷気を浴びて充分に熱を冷ました後、僕は二人を寝室に案内した。これまた都合よく空いていた、両親の部屋だ。

 

 僕の方はと言うと、いったんは自分の部屋に籠もったものの、なかなか寝付けずにいた。なんというか、こう……すごく興奮状態にある。とりあえず気分でも変えるか。そう思い再びリビングへと戻っていた。

 

 別に何をするわけでもなく、ただソファに座ってぼーっとしているだけだ。疲れているのに眠れないことなんて(たま)にはあるわけで、そういった時は大概こうしていれば自然とまぶたが重くなってくる……はずなのだが。

 

「うーん、だめだ。眠れる気配が全然ない」


 今の状況はさっきつぶやいた独り言に全て詰まっており、次第に僕は立ち上がって部屋の中をウロウロ歩き始めた。動いてもっと疲れれば眠くなるんじゃないかという算段なのだが、正直これは逆効果でしかなかった。

 

 激しく揺れている僕の心はさらに鼓動を上げてしまった。これならソファに寝ることになってでもじっとしていた方がマシだった。そんなことを考えていると、ドアノブがゆっくりと下がり、がちゃりという音を立てて静かに開かれていった。

 

 ドアの隙間から姿を表したのは、仁科さんだった。この時、僕の心臓は今日一番の鼓動を上げた。

 

「ど……どうしてここに?」


「ああ、まあ……別に」


 なんだかお互いに、すごくたどたどしい。一ヶ月以上顔くらいは合わせているくせに、今だけ初対面に戻ったみたいだ。僕にとって仁科さんが来ることは想定外で、完全に言葉を失ってしまった。

 

 でもそれは仁科さんも同じことだろう。その心境は行動として外に出てしまっていた。

 

「…………」

「…………」


 何もしないという名の行動。お互いに体の向きは合わせながらも、視線は合わせず立ち往生していた。こんな感じの沈黙もずいぶん久しぶりだ。ただ、沈黙にも二種類あって、心地いいタイプと耐えられないタイプが存在する。今回のは後者だ。そんな悪い流れを断ち切るべく、僕は続く言葉を探りに探って無難な答えを導き出すに至った。

 

「えーと……もしかして仁科さんも眠れない、とか?」


「ん、まあ……そんなところだ」


「そう、なんだ……」


 だ、だめだ。また話が途切れてしまう。とにかく言葉が全然出てこない。最近はあまり起こらなかったのに、どうして今になって急に?

 ふたたび頭の中で模索をし始める僕を尻目に、今度は仁科さんが先に話を投げかけてきた。

 

「なんていうかさ。本当に色々あったよな、この一ヶ月」


「うん、ほんとに。……一日(ついたち)に僕が仁科さんに助けられてなかったら、今こうして話なんてしてなかったのかな」


「それは分からない。……でも、今こうして話をしているのは偶然なんかじゃないと思うんだ」


「そうなのかな」


「そんなもんさ。それより変なこと聞くけど……あたしが一ヶ月の間、先延ばしにしていた言葉を覚えているか?」


 本当に奇妙な質問だった。でも、その答えははっきりと分かった。

 一ヶ月前の雨の帰り道を発端とし、その後も自宅前で偶然出くわした日だったり、屋上に初めて連れて来られた日だったりなど、忘れかけた頃に掘り起こされたあの言葉。忘れようにも忘れられなかったあの言葉。

 きっとあの言葉だ。僕はゆっくりと首を縦に振った。

 

「そっか。じゃあそろそろ言わないと……だめだよな」

 

 すると仁科さんは大きく息を吸って、吐いて、まっすぐと僕を見つめてきた。そして、こう言葉を続けた。

 

「影山って――




 す、好きな人はいるのか?」

 

 

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