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放課後も机に突っ伏す男

 陽キャ・陰キャと一括りにしてみても、その中で序列が発生していることはご存知だろうか。田中や仁科さんが陽キャの中でもトップクラスに位置するように、僕ら陰キャの中にも序列は存在する。

 

 例えば放課後に教室の後ろの方に固まって、アニメの感想を語り合っている三人組。体の大きい方から、大倉、中村、小林と言う。三人まとめて『大中小トリオ』なんても呼ばれているが、彼らも紛れもない陰キャである。

 

 別にアニメの話題で盛り上がっているから陰キャだとか、そういう偏見は持っていない。彼らは陰キャが陰キャたりえる要素を持ち合わせているから陰キャと呼んでいるだけだ。あの他人を寄せ付けない独特なオーラは、陰キャにのみ発することができる固有スキルだ。

 

 そんな彼らの陰キャ序列は……最底辺である。

 

 つまり、僕よりも遥か格下。僕がエリート陰キャ戦士ならば、彼らはさしずめ下級陰キャ戦士と言ったところか。

 

 なぜなら、彼らはボッチではない。陰キャ同士とは言え、話し相手がいることは事実だ。その時点でボッチの僕とはだいぶ差が開いている。

 

 それに、そもそも『大中小トリオ』なんてアダ名が付けられていること自体、陰キャには有り得ないことなのだ。アダ名で呼ばれたことのない僕自身が証拠だ。

 

 故に彼らは限りなく陽に近い陰。ここまで聞いたらわかるとは思うが、陰キャとしての序列が高ければ高いほど、人生という名の序列は下がっていくのだ。エリート陰キャ戦士という称号は人生において何も役に立つことはなく、むしろ不要である。

 

 だが関係などあるものか。これは自分で選んだ道なのだ。こうなったらとことん下ってみせるさ。果てしなき陰キャ道という下り坂をよ……。

 

 そうして僕は机に突っ伏し続けた。放課後にこんなことしている自分も大概だが、あの三人組も毎日アニメの話ばかりしてよく飽きないものだ。とはいえ最初こそ煩わしさがあったものの、今では環境音として脳が処理してくれるようになったから問題はない。

 

 ……が、今日は事情が違った。三人の声とは別のノイズが入り込んできた。いや、ノイズと呼ぶのはあまりにもおこがましすぎる。言い換えるなら……そう、一種の清涼剤だ。暑苦しい男三人の世界に、可憐な乙女の声という名の清涼剤が投入されたのだ。

 

「あっ、いたいた。大倉くんからおすすめされた『ほしざんまい』見たよ」


 その声の主は、意外なことに鷺沢(さぎさわ)さんだった。

 

 鷺沢(さぎさわ)霧子(きりこ)。少し前まで僕の隣の席だった人物である。体が弱いため度々保健室のお世話になっていたが、今日は大丈夫そうだ。

 

 彼女は陰にも陽にも属さない、いわゆる中立的立場の人間だが、いかんせんあの美貌だ。少し電波なところもあるが、オタク三人衆と黒髪ロングの美少女に接点があったとは到底考えられなかった。

 

「そうでしょうそうでしょう! 『ほしざんまい』は基本的に一話完結ゆえ、五話目から見ても問題ありませんからな。ちなみに、どこが良かったですかな?」


「えーとね、射手座のサジタリウスが目を赤く光らせて『お星様といったらほしざんまい!』って決めゼリフを言うところ……かな?」


「ほう、やはりそこでしたか。もしよければ、これまでの話は全て録画しておりますゆえ、ディスクに焼き付けてお渡しすることも可能ですが鷺沢殿はどうします?」


「えっ、いいの? じゃあお願いしちゃおうかな?」


「よぅし、この大倉、命に変えても録画を鷺沢殿にお渡しすると誓いますぞ!」



 ……やたらと楽しげな会話が殻の外から聞こえる。『ほしざんまい』なら僕も毎週見ている。できれば今すぐ会話に加わりたいが、そんな資格は僕にはない。

 

 僕は一度、あの大倉の誘いを断ったからだ。「よかったら一緒に話でもどうですかな?」という大倉の善意を、全力で拒絶してしまったからだ。

 

 ……あの時の大倉の寂しげな顔が忘れられない。常に最善手を打ち続けた僕が犯した、数少ない選択ミスだ。思えば一度くらいは気を許してやっても良かった。それだけの心の余裕があったなら、今頃僕はあの輪に加わっていただろうか。

 

 いや、ない。磨けば星のような輝きを放つ原石である彼らと、ただの石ころの僕とでは圧倒的な溝が生まれてしまう。

 

 そう考えれば、あの時の選択はあながち間違いではなかった。そして僕は再び自分の殻に閉じこもった。

 

 大体五時くらいまで突っ伏してから帰る、というのが僕のルーティンワークである。特に意味はない。その頃になると教室には誰一人いなくなり、大抵は僕だけが取り残されている。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 さて、そろそろ良い頃合いだ。そう考えた僕は顔を上げた。すると――

 

「あっ、やっと起きてくれた」


「えっ!? さ、鷺沢さん!?」

 

 有り得ないことが起こっていた。鷺沢さんが前の席に座り、僕が顔を上げるのをずっと待っていたのだ。

 

 気づかなかった。ずっと見られていたと考えると、思わず丸まっていた背中がピンと垂直になる。

 

「あの、席替えの時……影山くんがわたしの机を運んでくれたんだよね?」


「え、あ、うん……一応」


 まあ、仁科さんに命令されてだけど。そんなことより、なぜ鷺沢さんがここにいるのか。それが最重要事項だ。

 

「やっぱりそうなんだ。ありがとね」


「………………。あ、どういたしまして」


 え、それだけ? まさか、礼を言うためだけにこんな時間まで残っていたのか!?

 

「お礼を言うのが遅れてごめんね。わたし、体調崩しやすくて……」


「いや、そんな。礼を言われる筋合いなんて……僕にはないよ」


「ううん。そんなことはないよ」


「そ、そうかな?」


「そうだよ。もっと自分に自信を持っても……いいんだよ?」


「…………」


「……それじゃあ、わたしは帰るね。ばいばい、影山くん。また明日」


「…………」


 そう言って鷺沢さんは手を振り、本当に礼だけを言って去っていった。

 

 僕はしばらくの間、彼女の言葉を反芻(はんすう)させていた。

 

 『自信』……か。

 

 ずいぶん簡単に言ってくれる。まったく、これだから――――

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