怪談の夜(前編・ホラー要素あり)
「おいおいちょっと待ってくれよ。怪談つってもさ――」
仁科さんが慌てた様子で割って入ってきた。
「そんなすぐ思いつけるもんじゃねえだろ?」
確かにその意見はごもっともだった。ただ、暇を持て余している僕ら二人はその程度で止まるはずもなく、鷺沢さんに至ってはかえって燃料を与えられる形となってしまった。
「じゃあさ、テーマを決めようよ。そうすれば話作りも楽になるだろうしさ」
「えっ」
「そうだなぁ……とりあえず、『病院』で考えてみよっか」
「…………」
仁科さんは露骨に顔を歪めた。これほどまでに分かりやすい『墓穴を掘った表情』はない。というか、鷺沢さんは分かってて言っているのだろうか。長い付き合いだと聞いているし、(本人は認めていないけど)仁科さんがホラーが苦手だと知っていても不思議じゃない。僕の予想では、鷺沢さんは絶対に分かっててやっているに一票。
「それじゃ。話が出来たし、わたしから行かせてもらうね」
そんなことを考えている間にも、鷺沢さんが手を上げて来た。この早さの分だと、案外初めから病院がテーマの怪談を一つ仕入れていたのかも知れない。僕が鷺沢さんの方へ意識を向けると、鈍く張り詰めたような口調で静かに語り始めた。
「Aさんの病室には、少し変わった患者さんが入院していました。人の死期が見えるという、七十歳くらいのおばあちゃんです――」
鷺沢さんの怪談は、「怖い」というよりも「不思議」な感じの内容だった。最初は懐疑的だった主人公の女性も、おばあちゃんの患者が死期を的中させていくにつれて信じるようになっていった。だが、あまりにも的中させていくものなので、興味は薄れて代わりに不気味さを感じるようになっていく……といったのが大まかな流れだ。
「ある日、Aさんはおばあちゃんに聞きました。私の死期は見えないのか、と。すると返ってきたのは『まだ見えない』という言葉。まだ見えないということは、すぐには死なないということ。心臓に病を持つAさんは、少し安心しました。
ですがその晩。おばあちゃんの言葉に反してAさんの容態は悪化してしまいます。緊急手術を行い、何とか一命は取り留めたものの、重い後遺症が残ってAさんは若くしてベッドに寝たきりの生活を余儀なくされてしまいました。
ベッドの中でAさんはふと思いました。おばあちゃんは私に気を使って『まだ見えない』と言ったんじゃないか、と。でもその考えはすぐに打ち消しました。実際、自分はまだ死んでいなかったからです。
そうだ、まだ自分は生きていられる。いつか治る日が来る――そう考えることで、毎日の寝たきり生活にも希望を見いだせるようになっていきました。しかし。
状況は良くなるどころか悪くなる一方。日々の薬の量が増えるのに対して、体重や髪の毛は減るばかり。激痛で眠れない夜を過ごすことも多くなっていきました。
痛い、痛い、痛い! 熱い、熱い、カラダが灼ける! もう……死んでしまいたい。
Aさんは、ついに希望を捨ててしまいました。早く楽になりたいと考えるようになってしまいました。
そんなAさんの目におぼろげながらも、おばあちゃんの姿が久しぶりに映りました。Aさんはすぐに問います。
『私の死期はいつ!? もう見えてるでしょ!?』
と、声を必死に絞り出して。するとおばあちゃんは、優しい顔を浮かべつつこう言いました。
『大丈夫。死期はまだ見えないよ。頑張って』
と。
……ご清聴、ありがとうございました~」
鷺沢さんはそう言って、ペコリと頭を下げた。怪談の締めらしく、ろうそくの火を吹き消す真似もしてみせた。
僕はやられた、と思った。前半は怖さがあまりなかったが、後半で一気に来た。特にラストのおばあちゃんが言った『頑張って』の所で鳥肌が立った。
こんなに素晴らしい怪談をありがとう。だけど拍手は送らない。怪談の場にそぐわない行動だからだ。拍手をするくらいなら、新たな怪談を一つ投下する方がよっぽど礼儀的である。
そう、僕は鷺沢さんが語っている間に、一つの怪談を完成させていた。次は僕が話してもいいかなー、と仁科さんに問おうとした。しかし、その必要はなかった。
「…………」
仁科さんは魂が抜けたようになっていた。
……大丈夫、死期は『まだ見えない』。




