台風接近
保健室に来てから一時間は経っただろうか。僕はその間ずっと、カーテンの外から鷺沢さんを見守っていた。
外の荒れた天気は、収まるどころかひどくなる一方。土砂降りの雨に加えて、窓を切り裂くような強風まで吹いてきた。
「……影山くん」
カーテンの中から声がする。
「ん?」
「帰らなくてもいいの?」
「心配しなくていいよ。僕の家はすぐ近くにあるから」
「そうなの? でも無理はしないでね?」
「分かってるって。鷺沢さんの方はどう?」
「んー。だいぶ楽になってきたよ」
「そっか、それはよかった」
僕はホッとした。
鷺沢さんの姿は見えないが、声の調子で回復してきているのが分かった。
それから数分後。今度は保健室の戸がピシャリと勢いよく開けられた。
「霧子ッ! いるか!?」
慌てた様子で入ってきたのは、仁科さんだった。ソファに座っていた僕は彼女と自然に目が合ってしまう。
「あれ? 影山がなんでここに?」
「えーと、それは……」
僕は目を泳がせてしまう。一言で済ませるならば、「話せば長くなる」と言う他に選択肢はない。ただしそれを選んだ瞬間、一言では済まなくなるが……。
そんなしどろもどろな状況を打破するかのごとく、鷺沢さんが話に加わってきた。カーテンから顔だけを出し、こう告げる。
「それはね、影山くんがわたしをここまで連れてきてくれたからだよ」
「やっぱりここにいたのか。倒れたって聞いたから心配したんだぞ?」
仁科さんは鷺沢さんの顔を見た瞬間、張り詰めたような表情が緩んだ。
「ごめんね真央ちゃん。今日は一緒に帰るっていう約束、守れなくて」
「気にすんなよ。てかそれよりも、体調はどうだ? 影山に何か変なこととかされてないか!?」
ん?
今、とんでもなく失礼なことが聞こえたような……。ぜひ空耳であってほしいところだ。
「うん。体調は良くなってきたよ。ほら、もう普通に動けるし」
そう言いながら鷺沢さんはカーテンから歩いて出てきた。
「それにね、影山くんって意外と……」
「意外と? 意外となんだよ」
「ふふっ。やっぱりひみつ」
と、鷺沢さんは微笑みながら言ってみせた。
僕は「まずい!」と思ったが、何とかごまかしてくれた。いや、最初から言わないでくれよとも思ったけど。
「おいおい。隠し事はよくないぞー?」
そう言うと仁科さんは、くるりと僕の方へ振り向いてきた。そして、耳元でこうささやく。
(で、本当に何もしてないんだろうな?)
(し、してないよ)
ここで否定するのは嘘となる。
が、変なことは絶対にしていないことは固く誓う。
というか、その話題はもう終わりにしようよ……。
するとそんな願いが聞き届けられたのか、ポケットの中のスマホが振動するのを感じた。
「あ、電話だ。ちょっとごめん」
相手は父さんだった。これ幸いとばかりに、僕は二人から距離を取る。
「もしもし。……え、電車が止まって帰れない? 母さんも?
……うん、分かった。ホテルに泊まってくるんだね。それじゃ」
僕は若干の不安を感じつつ電話を切った。
どうやら思っている以上に台風の被害は深刻なようだ。ということは、今日は一人で家に……いや、猫のニャン太がいるか。
ニャン太の変顔を思い浮かべて心を落ち着かせていると、仁科さんが近づきながら質問をしてきた。
「なあ影山。電車が止まったって本当か?」
「父さんが言うにはそうらしい」
「マジか。あたしと霧子も電車なんだよな」
「えっ。じゃあ二人も帰れないってこと?」
「……そういうことになるな」
仁科さんはスマホを操作しながら答えた。たぶん運行情報でも見ているんだろう。そして案の定、残念そうな顔をしながらスマホを仕舞うのだった。
「真央ちゃん、どうしよう……」
鷺沢さんも不安そうにしながら近づいてきた。
「どうすっかなー。近くに泊まれるトコとかあったかなー」
「……近く?」
わずかな沈黙の後、二人同時に「あっ!」と大きく目を見開いた。四本の視線が僕の方へと向けられ、思わず身構えてしまう。
「影山の家、ここからすぐ近くにあったよな」
「影山くん、さっき家がすぐ近くだって言ってたよね?」
これまた同時に二人は口を開く。声が重なっているが、二人とも同じ内容を言っているのは分かった。だがそれってつまり……そういうことだよな?
「頼む、影山。今日一日、あたし達を泊めさせてくれないか?」
「影山くんだけが頼りなんだよ、お願い」
「うっ……」
僕は無意識に一歩、さらにもう一歩後ろに退いていた。
僕の家にクラスメイトの女子二人を泊めるだって!?
「ええと、答えを出すのは一日待ってもらえないかな」
「いや、今日……それも今出してもらわないと困る」
仁科さんが冷静にツッコんだ。
「でも、勝手に泊まったら親御さんが心配しない?」
「それなら大丈夫だよ。もう泊まるってLINEしたから」
鷺沢さんがメッセージ送信済みのLINE画面を見せてきた。「あたしも」と同様に仁科さんも。
は、早い……。
さすがは天下の女子高生か。フリックさばきが完璧すぎる。
「はぁ……」
僕はため息をつき、ちらりと外を見た。窓には大粒の水滴が打ち付けられ、木は大きく揺らされている。
状況が状況なだけに仕方ない、か。
「分かった。二人とも、今日はウチで泊まっていってよ」




