梅雨の嵐
六月も残すところあと三日となった、ある日の放課後。
僕はいつぞやと同じく、ゴミ袋をサンタのように持ちながら校舎裏を歩いていた。
そう、また教室の掃除当番がゴミ出しをサボって、代わりにやるよう担任に頼まれたのだ。
非常に腹立たしいが、今回は気持ちが分かるような気がした。
外は大雨。しかも、傘を貫通しそうな勢いでザバザバと降っている。なんでも台風が近づいているのだとか。こんな状況なら外にはできるだけ出たくないものだ。
……うーん、考えてみたけどやっぱり許せん。僕がやらなくていいことをやらされているのには変わりないのだから。
まあいい、早く事を済ませよう。
ゴミ出しを終えて教室に戻ると、そこには鷺沢さんの姿があった。
「影山くん、どうしたの? なんだか濡れてるけど」
「ああ、大丈夫だよ。ちょっとゴミを出してきただけだから」
雨が強すぎて、傘を差した程度では防ぎきれなかったみたいだ。
「今日は早く帰った方がいいよ?」
「そうさせてもらうよ。鷺沢さんも、早く――」
ドサッ。
自分の席で荷物を整理していると、後ろの方からそんな音がした。
振り向くと――鷺沢さんが膝を付いて屈み込み、胸を抑えて苦しそうにしていた。
「……はあ、はあ、」
「うわっ、だ、大丈夫!?」
僕はすぐさま鷺沢さんの元へと駆け寄っていった。呼吸が荒く、ひどく息切れを起こしているようだった。
「ご……めん。久々に、いつものが……来ちゃった」
いつもの?
まさか、週一で保健室に行っていたのはこれが原因か?
彼女の言う通り、最近は保健室に行くことはなかった。だからといって治ったわけではなかったようだ。それどころか、いつもよりも重症のような気がする。
「とにかく、じっとしてて。無理に喋らなくていいからさ」
そうは言ったものの、こういう時どうすればいいのか分からない。
保健室に連れて行くか?
だが、歩けない彼女をどうやって?
それに、無理に体を動かさせたら悪化するのでは?
なら、教室で安静にさせておくか?
いやだめだ。こんな硬い床や椅子しかない場所で安静になんてできやしない。せめて、ベッドに寝させるぐらいではないと。
早くなんとかしないと。だが、時間は刻一刻と過ぎていく。
「……はあ、はあ、」
鷺沢さんの息を切らす声と窓を打ち付ける雨の音が、心を焦らせ、思考を乱していく。
ああでもない、こうでもないと繰り返すうちに、僕は考えるのが面倒になってしまった。
……ええい、あるじゃないか!
鷺沢さんを歩かせずに、保健室まで行かせる方法が!
僕は吹っ切れたように、鷺沢さんの元へ歩み寄る。そして――
「しっかり掴まって!」
背中におぶった。
体が固定されたことを確認し、立ち上がると、鷺沢さんが耳元でささやいてきた。
「薬が……リュックに……」
「……分かった!」
言われたとおり、リュックも保健室に持っていくことにした。窓際にある彼女の席の側には、紺色のリュックが置かれてある。それを身をかがめ、片手で持ち上げる。
あ、重。
……ああ、違う!
決して鷺沢さんが重いわけじゃない。リュックが片手で持つには重いんだ!
たぶん彼女は置き勉しないタイプなんだろう。それで中にいっぱい教科書とかが入っているんだ。
と、謎のフォローを入れてから教室を出た。あとは一直線に、保健室まで向かうのみ。鷺沢さんを背負ったことで、荒い息遣いがよりくっきりと聞こえてくる。首筋にもたまにその息が当たる。
……急がねば。
僕は足を力強く前へと進めていった。ただ速くすればいいだけじゃない。できるだけ揺らさないようにだ。
首筋に吐息が当たるたびに、僕は心の中で「頑張れ」とつぶやく。誰に向けて言っているのだろう。
鷺沢さんはもう頑張っている? なら、僕に向けてだ。リュックの重みが何だ。こんなの、全然大したことじゃないね!
そうして自分を励ましつつ、保健室前までやってきた。約一ヶ月ぶりかな、ここは。
両腕はふさがっているので、戸を開けるのは足で失礼。中に入って、カーテンをくぐった先にあるベッドの上に鷺沢さんを降ろした。
「……ありが、とう」
鷺沢さんは絞り出したような声で言う。
元々白かった肌がさらに白くなり、汗も大量にかいていた。
「鷺沢さんはリュックから薬を出しといて。今、タオルと水を持ってくるから」
僕はカーテンの外に出た。
それにしても、今日も保健室には誰もいないのか。そう思っていると、机の上のメモ書きが目に入った。
『緊急職員会議のため不在です』
なるほど、またか。前もそうだったな。緊急ってことは、やはり台風についてだろうか。
おっと、そんなことを考えている場合じゃなかった。僕はすぐさま本来の目的を思い出し、タオルと水の入ったコップを持って再びカーテンをくぐる。
すると、すでに薬は飲み終えていた。鷺沢さんは大きめの水筒を手に持っている。
そうか。いつでも薬を飲めるように、水筒を持ち歩いていたのか。リュックが重かったのはそのせいか。
「言う余裕なくて、ごめんね」
「気にすることじゃないよ。ほら、これで汗を拭いて」
「うん、ありがとう」
心なしか鷺沢さんの顔色がよくなった気がする。といっても、まだ休んでいなきゃだめだろうけど。
僕は胸に少しの安心感を覚えつつ、コップの水を飲み干した。




