手作りのお弁当
翌日、金曜日の朝。
教室に入ってすぐ、仁科さんが小さなトートバッグを持って、僕に突き出してきた。
「……ほれ」
「えっと、それは何かな」
「いや、分かるだろ」
昨日の出来事からして、その中身が弁当であることは明白だ。しかし、いざ目にするとどうも現実味が湧かない。だからつい、とぼけてしまった。
「ごめん、本当に作ってもらえるなんて……信じられなくて」
「おいおい、昨日そういう約束しただろうが」
「そ、そうだよね。ありがとう。でも今渡すってことは、今食べろってこと?」
「ち、ちげーよ。弁当二つ持ってたら、なんつうかその……大食いみたいに思われるじゃねえか」
仁科さんは視線をそらしつつ、バッグを僕の体にグリグリと押し付けてきた。それを僕は両手で大事そうに抱えて受け取る。
なんというか、誤魔化そうとしているのがバレバレだ。真意が他にある気がする。例えば『他人の分の弁当を作ってきたのは、恥ずかしいから知られたくない』とか。
あり得る。早く渡そうとしてきたのは、その意思の現れとも言える……というのは考え過ぎか?
そもそも、仁科さんは僕とは違うベクトルで他人の目を気にしなさそうなタイプだし。
まあいい、これ以上考えるのはよそう。
「んじゃ、昼休みに屋上な」
仁科さんがそう言った瞬間、始業のチャイムが鳴った。お互い、隣り合った席に着く。
今日も『立入禁止』の屋上に立ち入るのか……。
もうどうにでもなれ、と思った。二日目にして僕は悟っていた。
◆
四時間目が終了。
僕と仁科さんは示し合わせていないのに同時に立ち上がった。
昨日と同様に仁科さんの背中を追う形で屋上前の鍵のかかったドアまでついていく。そして、これまた昨日と同様に慣れた手付きで彼女は解錠した。
ドアが開く。屋上に出ると、カラッとした空気と心地いい陽の光が僕達を包み込んでいった。
「いやあ、晴れてよかったね」
僕は青い空を見上げながら言った。梅雨の時期らしからぬ快晴の空模様だ。
「ああ。それよりも、ちゃんとアレは持ってきたか?」
「持ってきたに決まってるよ」
小さなトートバッグを肩の高さまで上げて見せた。というか、これを忘れたら屋上に来たのも、昨日の約束も無意味になる。
いくら忘れっぽい僕でも、仁科さんが作ってくれた弁当を忘れるようなヘマはしない。頭の中では、ずっとこのことを考えていたくらいだし。しかも、休み時間だろうが授業中だろうがお構いなしに。
「ま、そりゃそうか」と仁科さんは呆れた風に言った。
おいおい、自分から聞き出したことじゃないか――と言いそうになったが抑えて、僕達は石ブロックにそれぞれ座った。バッグの中には四角い容器が入っていた。それを取り出し、ふたを開けた僕は、
「うわぁ……すごい」
と、思わず感嘆の声を上げていた。
卵焼き、ウインナー、ブロッコリーにミニトマト……あと、これは何だ? この、アスパラにベーコンを巻いたやつ。あ、そうか、これがあの『アスパラベーコン巻き』か。
実物は初めて見る。もちろん食べたことなどない。そうか、確かにこれは『アスパラベーコン巻き』な見た目をしている。これ以外の名前は考えられないな。あまりにも直球なネーミング、だけどそれがいい……っていうやつか。
「あたしが作ったやつだから味の保証はできないぞ」
「そうかな。すごく美味しそうだけど。特にこのアスパラの」
「っ、……!」
仁科さんは目が見開いたかと思うと、すぐにそっぽを向いてしまった。
「あ、あとこれな」
「おっと」
銀色の球体が飛んできた。投げた本人がそっぽを向いたままだから、危うく捕り損ねるところだった。その球体の正体はアルミに包まれたおにぎりだった。
主食が渡されたことで、ようやく役者が揃った感がある。というか、おにぎりもおかずも……
「ぜんぶ仁科さんの手作りじゃないの?」
「いや、トマトとかブロッコリーとかは……」
そっか。やっぱりぜんぶ手作りだったんだ。それならなおさら感謝していただかないと。そうして僕は普段言わない「いただきます」を言って箸を持った。
さて、どこから攻めるか。迷う、迷う……マナー違反だと分かっていても迷う。無難に卵焼きか。景気づけにウインナーか。あえて野菜からいくか。アスパラベーコン巻きは後でと決めている。ここはおにぎりでもかじって様子見か?
いや、ここは……無難なAコース!
僕は卵焼きを箸で掴み、口の中へと運んだ。かすかに甘い匂いが鼻から抜ける。
仁科さんは砂糖派だったのか。僕もだ。なんか安心した。
同時に、無難な選択肢にしておいてよかったとも思った。いいんだよ、最初から飛ばさなくて。
続いてウインナー、ブロッコリー、再び卵焼き……といった順番で口にしていく。全てはメインディッシュにつなげるためだ。そして、ミニトマトをぷちっとしたところで、おかずの中で手を付けていないのは一口サイズのアスパラベーコン巻きのみとなった。それを満を持して箸で掴む。
ベーコンのいい感じの焦げ目を見た後、アスパラの頭の方を先頭にして食らいついた。
未知との遭遇。ファーストコンタクト。
それぞれ単体では何度も食しているが、組み合わせた先にある光景を僕は知らない。いったい何が見えるのだろう、と思いながら噛む、噛む、噛む……あ、なるほど。見えた。
繊維質なアスパラはよく噛まないといけないから、自動的にベーコンもよく噛むことになる。するとどうなる。とろけるような肉汁が溢れ出してくる。
かといって、くどさはない。アスパラが油のしつこさを抑え、後味を良くしているのだ。
おまえ達は、最高のコンビだ。
……なんていう豊かな想像力があったらいいのにな。やっぱりグルメ漫画の主人公みたいな上手いレポートは無理です僕には。
実際は無心で、しかし一定の規則性を持って食べ進めていた。偏らないように、偏らないように……と。
やがて弁当箱は空になり、おにぎりもアルミの包みを残すのみとなった。僕は舌の上に残った幸福感を何とか言葉にしようとするも、出てきたのは結局――
「ごちそうさまでした」
という、シンプルでしかない一言だった。
「なんだ、もう食ったのか」
仁科さんがあきれたように驚く。どうやら僕は彼女の倍近い速さで完食していたようだ。
「うん、すごく美味しかったよ。ありがとう」
「な、なに真顔でそんなこと言ってんだよ……!」
「え? だって本当のことだし」
「……チッ、影山のくせに」
仁科さんは久々の舌打ちをかまし、それから弁当箱で顔を隠すようにして中身を一気にかき込んでしまった。




