立入禁止の屋上に立ち入った二人
この校舎は四階建てだ。だから屋上は四階の階段をさらに上がった先にある。
僕達が音を立てずにこっそり上がっていくと、「立入禁止」の張り紙がされた扉が現れた。仁科さんは立ち止まり、ポケットから鍵を取り出す。
「合鍵?」僕は彼女に尋ねる。
「いや。なんか、落ちてたのを拾った」
「ええ……。色々とひどいなぁ」
「ま、いいだろ。屋上の鍵はこれ一個だけじゃあるまいし。落としたやつが悪いんだよ」
仁科さんがそう言った直後、ドアからガチャリと音がした。
僕達は屋上へと足を踏み入れる。梅雨の時期特有の、湿った風が顔に当たってきた。
高さは地上五階相当。一応、落下防止用のフェンスが周りを囲っているが、近づかないほうが良さそうだ。そう考えた矢先、仁科さんはフェンスの側から指招きをしてくる。文字通り人差し指でクイックイッ、と。
「どうしたの」
「ほら、見てみろよ。あそこだ」
仁科さんの視線の先にあったのは、二つの倉庫のような建物だった。
見ただけで一瞬にして理解できた。変哲もない場所だが、僕達には特別な意味があることを。
重要なのは建物ではなく、その建物の間にある細くて薄暗い空間だ。あそこで、僕は――
「あそこでおまえが死んでたんだ」
「ちょっ……」
セリフを奪われた挙げ句、誤解を招くような表現に変えられてしまったが、あの場所は僕が不良にボコられ……そして、いま目の前にいる仁科さんに助けられた場所でもある。
彼女はそこで、屋上から全部見ていたと言っていた。
なるほど、確かに。ここは結構な高さがあるから、俯瞰図を眺めるみたいに周囲を見渡せる。
ということは、隠れて様子を見ていたのも筒抜けか!?
大倉は都合のいい解釈をしてくれたが、仁科さんにもそれを期待するのは無理だろう。というか、隠れていた場所も丸見えだ。
……話題を変えよう。
「仁科さん、屋上に連れてきたのは……あの場所を見せるためじゃないよね」
「ああ、そうだったな。ま、それは飯でも食いながらゆっくり聞こうか」
仁科さんはその辺の石ブロックに座り、昼食の準備を始めた。同様に僕もそうして、向かい合う形となった。
彼女の腹積もりはなんとなく分かってきた。秘密ってほどじゃない秘密を明かしたから、僕にも何かをカミングアウトさせようとしているのだ。「おまえの番だ」と言ってきたのはそういうこと。
そして、お互いがお互いの弁当のふたを開けた時、ふと僕は思ったことを口にしていた。
「それって、仁科さんの手作り?」
「……なんで分かったんだよ」
「ああいや、なんとなくそう思っただけで……というか、すごいよ! 自分で弁当を作ってるなんて!」
「……そ、そんなことないって。昨日の余り物とか、冷凍食品も入ってるし……つか、今はそういう話じゃないだろ。さっさと本題に入らせてもらうからな!」
顔がわずかに紅潮している仁科さんは、僕を指さしてこう続ける。
「先週水曜日の朝。おまえがあたしに言いそびれたことはなんだ?」
「えっ……あ、ああ。あれかぁ……」
今回はすぐ思い出すことができた。家を出た瞬間に仁科さんと出くわしたあの日。質問をしようとしたけど遅刻しそうだったからやめた、あの日の出来事だ。
というか、仁科さんは記憶力がいい。僕が何気なく言ったことを、数日経っても覚えていることがある。僕は昨日の夕飯さえ覚えていないのに。ちょうどその日も、彼女の記憶力の良さを見せつけられた気がする。
まあともかく、言いたかったのは――
「『影山って――』の続きを教えてよ……って言おうとしたんだ」
「は?」
「仁科さんなら覚えてるんじゃないかな。ほら、今月の一日、一緒に下校した時のことだよ。二人揃って質問しようとしたけど、結局僕しかしなかったでしょ?」
「っ、……!」
仁科さんは露骨に顔を歪めた。「盛大に墓穴を掘ってしまった!」という感じだ。
気持ちは分からないでもない。秘密を聞き出そうとしたら、逆に自分の秘密をまた暴く羽目になったのだから。
これで自分は助かったわけだけど、今度は彼女のことが少しかわいそうになってきた。
「あの、嫌なら無理に言わなくても……いいからさ」
「……いいのか?」
「うん」
「……悪い」
そう言うと仁科さんは、しおらしくなってしまった。
こういう時どうすればいいのか僕には分からない。謝るのは得意だが、謝られるのは……慣れてないし、すごく苦手だ。
「なあ、影山」唐突に横から声がした。
「なに、仁科さん」
「代わりと言っちゃなんだが、他に聞きたいことがあったら答えてやれる……と、思う」
「えっ。いや、いいよ」
僕は当然断ろうとした。よく考えてみれば、仁科さんには僕の質問に答える義務はなかった。
仁科さんは質問をした。
僕はその質問に答えた。
話はそこで終わり。
質問の答えが『質問』だっただけだ。
「だめだ。それじゃあたしが納得できない」
しかし、向こうは譲ろうとはしなかった。何が何でも、という目をしている。
僕的にはおあいこ……いや、それどころか不釣り合いなように感じていた。天秤にかけたら、僕側が上に行くだろう。
とはいえ、ここは僕が何か言わなければ収まらなさそうだ。
「分かった。でも質問じゃなくて、一つお願いをしてもいいかな」
「ああ、いいぞ」
「じゃあ……それ」
仁科さんの弁当箱を指さしてそう言った。
「僕にも作って欲しいなー、なんて……」
やばい。口に出したらかなり大胆なお願いであることに気づいてしまった。
でも仕方なかったんだ。そんなすぐに聞きたいことなんて思いつかないって……。
嫌な感じの汗が頬を伝ってゆく。よし、今のは無しにしよう。そう思ったら。
「なんだ、そんなことでいいのか?」
「えっ?」
「作ってきてやるよ。明日でいいか?」
「あ……はい」
快諾だった。僕はなぜか敬語だった。




