画面越しの会話
歌い終えると同時に終了時刻となり、僕達は慌ただしく部屋を後にした。店を出た九人は、別れの挨拶をしながら各々の自宅がある方へと散っていく。
改めて見るとすごい人数だ。野球チームが組めるじゃないか。そんなことを思いつつ、僕も夕暮れの道を歩いていった。心の中が満たされるとは、こういうことを指すんだなぁ、とまるで夢を見ているようだった。
そして少し時が経ち、同日の夜九時。徐々に冷静さを取り戻していった僕は、あることに気づいていた。
「……しまった、鷺沢さんに借りた百円返すの忘れてた」
飲み物代……今まで本当に、すっぽりと抜け落ちていた。危ない危ない、もう少しで借りパク野郎と成り果てるところだった。頭が冷えれば視野が広がるとはよく言ったものだ。
しかし……いったい、どうしたらいいのか。もう夜遅いし、返すタイミングを完全に逃した。仕方ない、月曜まで待って学校で返そう。
そう考えた僕は、忘れないようにするためスマホのメモ帳アプリを開く。
……ああ、そうだ、そう言えば。カラオケ店を出て解散する直前、鷺沢さんからLINEのIDを教えてもらったんだった。返す前にまず、これで一言詫びを入れておこう。
最上段に表示された『LINE ID』という文字がそれを思い出させた。なんだか今日は忘れ物が多すぎる。
その場でIDを交換しなかったのは、僕のスマホにLINEが入っていなかったからだ。雑談はもちろん、連絡手段としても有用なこのアプリを入れていないのは今どき珍しいかも知れない。
だが、それがどうしたと言うんだ。学校と自宅を行き来するだけの僕は、家族と連絡する必要すらない。雑談に関しては言わずもがな。無駄なアプリを入れて容量を食うよりは賢い選択だろう。……哀しくなんてない。
そんな事情を素直に話し、IDを書いてもらった経緯まで至る。さすがに入れてなかった理由までは明かしていないが。
ということで早速、アプリを「再」ダウンロードだ。そう、実は一度は入れていた。スマホを買ってもらったばかりの頃に、一応。ただし先程のとおり話し相手はいないし、話そうと誘ってくるのは怪しいアカウントばかりなので、後に削除したのだ。
さて、また新しくアカウントを作成……しようと思ったら、削除前のが残っていた。なるほど、そういう仕様だったのか。これ幸い。僕は迷わず元に戻すことにした。
復元するのに時間はかからなかった。前アカウントとは数年ぶりのご対面だ。プロフィールもアイコンもいじっていない、質素極まりないもの。まさに自分自身を見ている感じで嫌になる……なんてヤワなハートは持ち合わせていないが、とりあえずアイコンだけでも変えとこ。
約一分後、気味悪い半透明の人影は、変顔をしている猫の画像に変わった。
準備は整った。あとは鷺沢さんにメッセージを送るのみ……だったのだが、そのメッセージを書くための指が動かない。
いったい、なんて書くのが正解なんだ……?
詫びを入れるのが目的だとしても『百円返すの忘れてた』では唐突過ぎる。かといって『ヒマ?』とか『今なにしてる?』というのも……なんか軽くてヤダ。
ああ、本当にどうすればいいんだ……。まったくなぜここでコミュ障を発揮するんだ……!
と、もがき苦しむこと数分。そうしてひねり出された文章は、
『こんにちは』
というシンプルな挨拶だった。
……おいおい、時制を間違えているじゃないか。いくらなんでもこれは……って、これ取り消せないのか!?
と、慌てていると。
未読が既読に変わり、間を置かずに新たなメッセージが画面の左側に表示される。
『こんにちはー』
『でももう夜だよー?』
鷺沢さんからの返信だ。上手いこと僕のミスをフォローしてくれている。
もう本当に、ありがとうという言葉しか出ない。だが、僕がここで返すべき言葉は感謝ではなく謝罪だ。
『夜遅くにごめん』
『百円返すの忘れてたから、月曜に返すっていうのを伝えたくて』
『ごめん、それだけなんだ』
怒涛の三連投。どうして謝罪の言葉だけはスラスラと出てくるのだろう。
『うん、わかった』
『ところでアイコンのねこちゃんは影山くんトコの子?』
『そうだよ。小さい頃から飼ってる』
『あーやっぱり。そうだと思ったんだー』
鷺沢さんが僕のアイコンに触れてきたので、僕も同様に聞いてみることにした。
彼女のアイコンはいわゆる自撮りで、左右にそれぞれ別の少女が写っていた。
右側の、腕を伸ばしている撮影者と思しき人物は鷺沢さんだとはっきり分かる。数年前に撮ったのか少し幼さがあるが、それ以外はまったく変わっていない。トレードマークである艷やかな黒髪もだ。
だから、問題は――
『鷺沢さんのアイコンの左側は……誰?』
そう、その隣の人物だ。
彼女は黒髪のショートカットで、フチ付きの眼鏡をかけている。第一印象は大人しいといった感じで、やはりと言うべきか恥ずかしさを頑張って耐えているように見える。
『え、わからない?』
『まったく見当がつかないよ』
『ほんとに? 同じクラスなのに?』
同じ……クラス?
その筋が確かなら、十数人まで絞られることになる。
その中から、自撮りを一緒にするほど仲いい人物と来れば……一人しか、いないじゃないか。
僕はその答えを半信半疑で書き込んでいく。いや、半信半疑どころか九割疑だ。答えだと思う人物は金髪で、写真の少女とは見た目も雰囲気もぜんぜん違う。
『もしかして、仁科さん?』
『正解!』
嘘……だろ?
すぐさま返って来たメッセージに、目を疑った。
無意識に心に思ったままの『嘘……だろ?』を送信しており、その後すぐに『ほんとだよ?』と返って来ていた。
そう言えばなんとなく、目元が似ている気はする。二人とも……いや、同一人物なのだろうが、切れ味の良さそうな勝ち気な目をしている。
それに、入学から二日くらいは金髪ではなく黒髪だったっけ。写真の彼女より少しだけ髪は伸びてるけど。
衝撃的な事実が判明したところで謝罪及び雑談はお開きとなった。
だが、一度冷えた頭は再び熱を帯び始め、今日の寝付きは悪かった。




