脱出計画~二人で一緒に~
茜さす一本道に、すらっとした二本の影が伸びる。さっきとは打って変わって、僕達の間に交わす言葉はない。だが、この静寂に気まずさはなく、むしろ心地良ささえ感じていた。
この感覚はアレに似ている。そう、アレ……遠足のバス。
行きはみんな騒いでいたくせに、帰りは疲れ果てて一言も喋らなくなる。だけどアレは、喋りたくなくて喋らないんじゃない。もう十分なほど満足したから喋らないんだ。
懐かしいな、僕も小学生の頃はそこそこ口数はあった方だ……というのは置いとくとして。
だから、このままカラオケまで歩いていくだけでもよかった。しかし、そんな中で第一声を発したのは意外にも僕だった。何かしらの意図を持ってではなく、無意識にポン、と。
「……今日は、楽しかった」
ゴールのカラオケ店の近くにて、僕はぽつりとつぶやいていた。誰かの耳に届く前に、霧となって散ってしまいそうなほど、小さな、小さな声で。
あまりに唐突に出た言葉だったので、自分が発したのだと理解するのに数秒かかった。そして、理解した直後、鷺沢さんもふと口を開いていた。
「……わたしも、楽しかったよ」
顔は前へ向けられたまま。だけどそれは、隣を歩く僕へと向けられた言葉……だと思う。
僕の目に映る鷺沢さんは、とても楽しそうにしていた。何気ない会話で盛り上がり、時折可愛らしい笑顔も見せてくれた。さっき、本人の口からも「楽しかった」と言ってくれた。
とはいえそれらは全部、僕の「目」「耳」「感情」というフィルターを通して作られた、出来損ないの虚像に過ぎないのかも知れない。
だが、それがどうしたんだ。僕達は同じ場所で同じ時間を分かち合った。それは揺るぎない事実。それで、よくないか……? それで――
「あー。しんみりモードに入ってるー」
鷺沢さんが急に口走った。
「――はっ、えっ? し、しんみりモード!?」
「気づいてない? 影山くん、たまに一人の世界に入ることあるの」
「うっ……」
否定はできない。なんとなく自覚もある。
「影山くんに釣られてわたしもちょっとだけ、しんみりモードに入っちゃったんだから」
それは、さっきのつぶやきのことだろうか。確かに口調も雰囲気もどことなくシリアスで――
「あー。またしんみりモードに入ってるー」
「――あっ」
またやるところだった。
まずいな、気を抜けばすぐその……『しんみりモード』とかいうのに入ってしまう。
というか、なぜ鷺沢さんは分かるのだろう。何かそういう癖が出ているのかな。だとすれば防ぎようが無いんだが……。
そんなやり取りを繰り返すうちに、僕達は足を止めていた。いつの間にかカラオケ店まで辿り着いていたからだ。中に入る寸前、鷺沢さんは僕の方へと振り向き、こう言ってきた。
「改めて聞くけど……今日は楽しかった?」
答えは決まっている。手を後ろに組み、答えを待っている彼女に向かって、シンプルにこう告げた。
「もちろん」
「じゃあさ。今日を、もっと楽しかった一日にしてみない?」
「……?」
あまり意味が分からなかった。しかし、僕が聞き返すよりも早く、鷺沢さんはカラオケの中へと入っていく。数秒の間を置き、それに続いた。
時間的にはそろそろ終了の辺り。そのせいか、部屋の前に立っても歌声は聴こえてこなかった。行きとは逆に、先頭になった鷺沢さんがドアに手を掛ける。
「いい? 開けるよ?」
無言で頷く。そしてドアが開くと、やはり待ち受けていたのは質問攻めだった。
「うおっ、二人揃って帰ってきた!」
「てか今までどこ行ってたんだよ?」
「霧子ちゃん、体調は大丈夫?」
「影山殿~~っ、鷺沢殿~~っ!」
視線が一気に集まる。
「体調はもう大丈夫だよ。外の空気を吸ってきたからね」
「そうそう。トイレから出て部屋に戻ろうとしたら、鷺沢さんが苦しそうにしてて。それで、僕が外に連れてったんだ」
二人とも言い訳の演技はばっちりだ。公園で練習した甲斐があった。なんなら、公園での会話の大半がこれだったと言っても過言ではない。楽しかったからいいけど。
「それよりもさ。みんな、もう歌わないの?」と、鷺沢さんが周りに問いかける。
「まあ……みんな、もう十分満足したからさっ」
その言葉に同意するかのように、周りも頷く。すると鷺沢さんは、選曲用のタッチパネルを手に取り、操作し始めた。
突然のアドリブに驚く僕だったが、この行動にはさらに驚かされた。
だって、それってつまり……歌うってことじゃないか。僕が……やろうとしていたことだ。
「よし、これでいいかな?」
その後、モニターには曲名が表示される。外に出る前、ずっと語っていたあのアニメのエンディングだった。そして二本のマイクを持った鷺沢さんが、そのうちの一本を僕に差し出して一言。
「今日を、もっと楽しかった一日にしよ?」
答えは、当然決まっている。
「もちろん」
僕は迷うことなく、差し出されたマイクを受け取った。人生初のカラオケは、デュエットだった。




