脱出計画~休憩~
公園に着いた。
小高い丘全体が公園の敷地であり、それなりの広さがある。ただ、夕暮れ近いので人はまばらだった。
僕達が公園に来て最初にやったのは、自動販売機を探すことだった。ここに来るまで無駄に歩いてしまったので、喉が乾いていたからだ。だがその過程で、小さな、すごくすごく小さな問題が発生した。
目的の物は探すまでもなく見つかった。問題はその目的の物――自動販売機である。
「なにこれ……」
と、最初にそれを見つけた鷺沢さんが一言。
「すごく……カラフルだ……」
と、二番煎じ気味に僕がコメント。
見かけ上は普通だ。特別大きかったりするわけでも、変な形だったりするわけでもない。そう、並んでいる商品サンプルが全部チェリオじゃなかったら普通だった。
オレンジ、グレープ、メロン、レモン、ストロベリー、アップル……あと『???』なんてのもある。『???』は他のより二〇円安い八〇円だ。まあ、出てくるのは確実にチェリオだろうけど。
そう言えばこの街のどこかに、チェリオしか売っていないチェリ売機があると聞いたことがある。そうか、ここだったのか。
「どうする、鷺沢さん。これにする?」
「うん。これにする。わたし、チェリオってどんな味か気になってたから」
そう言って鷺沢さんは自販機の前に立った。あの言い分だとどうやら初チェリオのようだ。しかし、そんな期待たっぷりな発言とは裏腹に、代金を入れることもなくそこから動かなくなってしまった。
「……あのさ」
「ど、どうしたの」
「わたし、すごいことに気づいちゃったんだよね」
どれを買うか迷っているのかとも思ったが、そうでもなかった。僕が聞き返す間もなく鷺沢さんは続ける。
「荷物、全部カラオケに置いてきちゃった」
「…………」
僕は身軽な格好の彼女を見つめる。その数秒間、「ドジだなぁ」なんて思ったりした。だが、ハッと我に返った途端、自分の頭にブーメランが突き刺さっていることに気づいた。
「……しまった。僕も置いてきてた」
荷物を置いてきたということは、お金もないということだ。鷺沢さんはスマホは持っていたようだが、あいにくこのチェリ売機は旧世代型。電子マネー的なものには未対応である。
とはいえ、せっかく見つけたオアシスだ。泉の中は全部チェリオだが、後少し手を伸ばせば届く距離にある……ということで僕は、ポケットの中に手を伸ばした。
すると硬い何かが爪にぶつかり、チャリンっと小気味いい音が鳴った。直後、それを反射的に掴んで腕を引き上げた。
硬貨……それも、百円以上の……と願いながら握りこぶしを緩めて出てきたのは、なんかよく分からないドクロのキーホルダーだった。
なんだこれ。いつ拾ったんだ?
「……どうしたの?」
「いや、なんでもないよ」
僕はドクロのキーホルダーを、ポケットにそっと仕舞った。惜しいな、色は百円玉と同じだったのに。壮大な肩透かしに遭った気分だ。
もう打つ手なしか……。そう諦めかけた時、鷺沢さんが何かを手帳型スマホケースの中から取り出しているのが見えた。
「ふふふ……今が使い時だね」
それは千円札だった。
「なっ、まさか……」
「そう、そのまさかだよ……」
次の瞬間、件の千円札が支払い口の中に吸い込まれていく。そしてボタンが赤く点灯すると、すかさずメロン味をプッシュ。ガコン、と商品が落ちてくる。鷺沢さんはそれを取り出すかと思いきや、続けざまに同じボタンを押した。
その後、二本の緑色の瓶を持った鷺沢さんが、僕にそのうちの一本を手渡してきた。
「はい、これ。メロン味でよかったかな」
「うん、ありがとう。でも僕の分は八〇円のやつでもよかったのに」
「うーん……それだと小銭が多くなるから……」
「それもそっか。とにかく、後で百円は必ず返すから」
僕達は近くのベンチに腰掛け、瓶のふたを開ける。プシュッと泡が弾け、細かい水粒が宙に舞った。
それにしても瓶の炭酸なんて、今日日めったにお目にかかれない代物だ。売られているのは大体ペットボトルか缶だし。でも僕は炭酸を飲むなら瓶が一番いいと思っている。レトロな雰囲気がたまらないし、なにより一番冷えている気がするからだ。
さて、生モノと炭酸は鮮度が命だ。早速いただくとしよう……と、思ったら。
「――影山くん」
お隣さんが神妙な面持ちで話しかけてきたので、手を止める。
「どうしたの」
「わたし、一度アレをやってみたかったんだ」
僕が「何を?」と返す前に、鷺沢さんはチェリオを一口飲んでから、急に低い声でうなりだした。
「このワザとらしいメ――けほっ、けほっ」
そしてむせる始末である。
「だ、大丈夫?」
「っ、大丈夫。ちょっと変なとこに入っただけ」
まあ無事で何よりだけど……これで二つのことが分かった。
鷺沢さん、あなたがメロン味のチェリオを選んだ理由を。あと、僕が思っていたより漫画の知識があるということを。
その後、僕達は再び他愛もない話に花を咲かせた。だが、飲み物一つ買うのにすら手間取ってしまったため、長くは話せなかった。
いつまでもこうしているわけにもいかない。僕達はいつか戻る必要がある。……荷物を全部カラオケに置いたままだから。
でも、それは仕方なかったんだ。ほら、想像してみてくれ。「ちょっとトイレ~」みたいなことを言ってカバンを持って行くのは不自然じゃないか? 疑われて計画が破綻するんじゃないか?
そんなことを鷺沢さんに話したら、概ね同意してくれた。我ながらナイスな言い訳である。
現在の時刻は夕方の五時半。外に出てから三十分しか経っていないらしい。
カラオケの部屋は午後六時前までのレンタルだったはずだ。ちなみに延長はしない取り決めになっている。
「そろそろ戻らなきゃねー」
時間を確認した鷺沢さんは、ゆっくりとベンチから立ち上がる。僕もそれに続く。オレンジ色の陽射しが、ほぼ平行に目に入ってきて眩しい。
……あいつら、絶対怪しむだろうなぁ。




