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苦い過去なんてトイレットペーパーと一緒に水に流してしまえばいい

 おかしい。

 今日の自分は何かがおかしい。

 

 いや違うな。

 正確には今日と昨日と一昨日の自分は何かがおかしい、だ。

 

 なんというか、心のトゲが取れた感じがする。そう言うと聞こえは良いが、おかげで日々のルーティンワークである放課後突っ伏しタイムに精が出ず、今日も僕は早々に帰宅しようとしているのだ。

 

 この違和感とも言うべき現象は月曜から続いている。大倉が昼休みにミュージカルを独演した日からだ。

 

 ここ数日、とにかく自分の身には色々なことが起きすぎた。やはり原因はそれだろうか。

 

 だが原因が分かったところで違和感の正体は掴めない。今できることと言えば、靴を履き替えて学校を去ることのみ。突っ伏すことすらできぬこの場所に長く留まる理由はない。

 

 ……落ち着ける場所と時間が一気に減ったな。そういえば昼食も最近は教室で食べるようになった。月曜と違って一人でほそぼそとだが、トイレで食べなくなったという事実は変わらない。

 

 玄関を出た僕は、多数の下校する生徒にまぎれて自宅へと向かう。その道中、よく分からないドクロのキーホルダーが落ちていた。

 

 今でこそルーティンワークと称している放課後に机に突っ伏すという行為。いっけん意味はないと思われるこの行為。

 

 確かに今は意味はないだろう。……今は。

 

 昔はちゃんと意味があった。どれくらい昔かと言うと……中学一年の今頃。ちょうどその時に、きっかけとなる事柄があったのだ。

 と言ってもその意味もきっかけも全然たいしたことではないが。

 

 ただちょっと、小学生気分の抜けない同じクラスの中坊にからかわれただけだ。そう、ただちょっと、机に大きく「死ね」と落書きされただけだ。

 

 後に犯行は放課後に行われたと判明する。忘れ物を取りに来た時、二度目の犯行をしているヤツの姿を目撃したからだ。

 

 だから僕は二度と落書きされないよう、放課後はしばらく机に覆いかぶさってガードすることにしたのだ。それが結果として机に突っ伏して見えているだけ。そういうこと。

 

 この作戦は成功し、その後いっさい落書きされることはなくなる。夏休み直前に例の件が大きく広まり、自宅に本人と親が謝罪しにも来た。

 

 ただちょっと、その副作用として小さな後遺症は残ったが。今度は別の誰かが落書きするのではと怯えるようになり、夏休みが明けても、クラスが変わっても、さらには高校に上がってからも、放課後は机に突っ伏していないと不安になってしまうという、小さな後遺症が。

 

 な、全然たいしたことじゃなかっただろ? 書いた本人も「からかってみただけ」と言ってたしな。からかわれたという感想もヤツの言葉から拝借したものだ。

 

 まったく、生活のリズムが狂ったせいで余計なことを思い出してしまったじゃないか。

 

 仕方ない、久々にゲームでもして気分を変えよう。幸い、時間は有り余っているからな。そう考えながら僕は、自宅のドアを開けた。足はまっすぐと自分の部屋へと向かう。

 

 だが、部屋に入って最初にやったことは、ゲームではなくベッドに寝そべることだった。無防備なまでの大の字になり、白い天井を見つめる。気分転換をする前に、思考を整理しておきたかったからだ。

 

 内容はもちろん『机に突っ伏さなくなった理由』について。三日連続で考えていることだけあり、さすがに答えは出かけている。

 

「人を……信じられるように、なったのか?」


 僕はぽつりとつぶやく。

 

 というか、本当は最初から分かっていたんだ。放課後すぐに帰るようになったのは、誰かに操られているからでは当然ない。紛れもなく僕自身の意思によるものなのだから。

 

 とはいえ完全に克服したとは言い難いな。それを口に出した途端、手が震えてきた。

 

 だが昔と違って、クラスメイトの顔をはっきりとイメージできるようにはなった。それはきっと、彼らは「からかったり」なんてしないと信頼しているからだろう。これは大きな進歩……な、はず。


 そうだな、そういうことにしておこう。答えを出すのを焦る必要はない。

 

 それにしても、過去の事を水に流すのは簡単なことだが、水を流すためのレバーを引くのは本当に大変なことだ。誰かが代わりにやってくれるはずもなく、自分自身の手で力いっぱい引かねばならない。ま、引ききったら勝手に流してくれるんだけどね。


 ……あれ、なぜ僕はトイレの話ばかりするのだろう。

 

 

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