遭遇、影山家前の道路にて
水曜の朝。
寝ぼけ眼をこすりながら玄関で靴を履き、ドアを開けた先で僕は思わず「あっ」と口に出して驚いていた。自宅前の道路を、ある一人の生徒が歩いていたからだ。
別に同校の生徒が家の前を歩いていることなんて珍しいことではない。ここは学校からも近いため、通学路にしている生徒もいるだろう。
ただ、問題はその人物だ。僕はその人物を見て、玄関前で固まってしまった。そんな様子を見かねた金髪の少女は足を止め、道路を挟んだ向こう側からこう言う。
「よう、影山」
僕はぎこちない足取りで生け垣の境目まで前進し、
「おはよう、仁科さん」
と返した。僕の記憶の中では、金髪の知り合いは彼女ただ一人に絞られる。
「てかおまえの家、ここだったんだな」
「そうだけど……それがどうかした?」
「いや、前に自宅は結構遠くにあるとか言ってただろ」
「……?」
そんなこと、言ったかな。言ったとしたら、いつ……?
僕が迷っている様子を察したのか、仁科さんはバツが悪そうにつぶやく。
「ほら、先週の金曜……」
あ! 思い出した。
傘を忘れた仁科さんを最後まで送り届けるためについた嘘だ。
嘘をついたのは申し訳ない。でもそうしないと仁科さんが雨に濡れて帰ることになるのも事実だ。僕の家はすぐ近くだし。
今となってはいい思い出だけど、そのせいで余計に歩くことになったなあ。怪我をしていたのにも関わらず……。
「思い出したか?」
「うん。……あの、ごめん。余計なお世話だったかな」
「え、いや……そんなことないけど……うん」
仁科さんの歯切れが悪い。視線も地面の方角を向いているし、なんというか挙動不審だ。その様たるや、どこぞの影山サンみたいだ。
で、よくそういう状況になるどこぞの影山サンいわく、キョドる時はたいてい言葉と心理が別々になっているのだ。
つまり。いや、誰もがそうとは限らないか。ここで疑っても仕方ない。
「まあ、そう言ってくれるなら……よかったよ」
「その……ありがとな。あの時は助かったよ」
仁科さんの歯切れも戻りつつある。その点も含めてよかったと感じる。
そして僕は、仁科さんの持つビニール傘を見て、自分が傘を忘れそうになっていることに気づいた。雲行きも怪しく、いつ降り出してもおかしくない。
すぐに取りに戻ろう。……あ、でもその前に。
「忘れ物取りに行くんだけど、仁科さんは先に行ってて。遅刻しちゃうからさ」
「…………」
仁科さんは無言だが、うなずいたようにも見えた。その後すぐに引き返し、家の中に入る。
胸を張って言えることじゃないが、学校までの距離が近いという特権を活かし、ギリギリまで寝てるし、家を出る時間もギリギリだ。遅刻しそうだという部分に関しては嘘ではないのだ。
ま、傘を取るだけだから用はすぐ済むけど。立ち往生させるわけにもいかないし。先に行かせて正解だろう。
約一分後、僕は愛刀を手にし、再び外へ出る。すると。
「……なんだ、意外と早かったな」
仁科さんが道路を横断し、生け垣の境目で待っていた。
「あれ。行ってなかったの?」
「…………。いいだろ、別に」仁科さんは再び視線をそらす。「ほら、早くこっち来いよ。遅刻するかもって言ったのはおまえだろ?」
「ああ、ごめん」
僕は止まっていた足を動かし、彼女の元へと小走りで向かう。
ん? なんか、この状況……既視感がある。立場は逆だが。
「じゃ……行くか」
仁科さんは半身となり、流し目でそう告げる。僕にはそれが「ついてこい」と言っているような気がした。なので彼女の斜め後ろにポジションを取り、歩みを合わせることにした。
「……あ、そう言えば」
学校まであと少し、というところで僕は唐突につぶやく。
先週聞いた『影山って――』の続きが気になった。似たようなシチュエーションが起きて、記憶の引き出しから中身が飛び出たのだ。
しかし――
「いや、なんでもない」
と、僕はすぐに打ち消していた。
「な、なんだよ。気になるじゃねえか」
「そんなことより、もっと急がないと本当に遅刻する!」
「げっ、マジか」
始業までわずかしか時間が残っていなかった。話をしているヒマはなかったのだ。
僕達は駆け足で学校まで向かう。なんとか遅刻は免れた。




