陰キャの流儀
僕は影山友樹。高校一年。泣く子も黙るエリート陰キャ戦士だ。
僕が陰キャとしてどれほどの戦闘力を有しているかは、時間を取ってまで語る必要もあるまい。なぜなら、陰キャがやってそうな行動はほぼ全て網羅しているし、何より説明する行為自体が時間の無駄だからだ。
そんなに気になるなら僕の日常生活でも覗いてみればいいさ。僕は24時間オールタイムで陰キャなんだから。どの一コマを取っても陰キャエピソードで溢れているだろう。
例えばそうだな……現時刻、ちょうど昼食時の今を切り取ってみよう。僕はトイレの個室で弁当の包みを開けている最中だ。ほれみたことか。まさにテンプレ。テンプレ過ぎて逆に珍しいかもしれない。
さて、続きだ。
僕はちょうどいい座高の便座に腰掛け、一息つく。静寂の中で昼食をとるのは、なんとも言えない安らぎの一時を与えてくれる。騒がしくて息苦しい学校生活を生き抜くには、便所飯のような息継ぎが必要なのだ。
そんな最高の便所飯には、それ相応のリスクが潜んでいることも事実だ。個室を出た瞬間、そしてトイレから出た瞬間にバッタリと誰かに出くわしたら……どうなるかは想像に難くない。
だが、僕は抜かり無い。
まずは場所選び。ここは職員室の隣のトイレだ。教室棟からは離れているし、わざわざ教師達の巣窟に来る馬鹿もいないだろう。
それに、もし仮にバッタリ誰かに出くわしたとしても、それは教師である可能性が高い。その場合は愛想笑いを浮かべてやり過ごせばいいだけだ。
故に完璧。故に陰キャガチ勢。
そうして僕は昼食を食べ終えた。あとは誰も居ないことを確認し、立ち去るのみ。
しかし――かすかな足音が僕の動きを止めさせた。
足音がだいぶ近くなってきたため、ここからはさらに息を潜めて相手の出方をうかがう。
「うー、ここは空いてんかなー」
……この声、教師のものじゃないな。それに、なんとなく聞き覚えもある。
「げっ。こっちは故障中か……」
そうか、この声は同じクラスの田中だ。だから聞き覚えがあったのか。
彼は陽キャの一員で、しかも陽キャの中でも高ランクに位置する。野球部という肩書もさることながら、彼の爽やかなルックスや雰囲気も一役買っているのだ。
田中の言葉から察するに、どうやら「大」の方をしにきたようだ。不思議なことに「田中が大の方をしにきた」という言葉には一切不快感はなく、むしろ潔ささえ感じる。僕とはえらい違いだ。
ここには個室が三つあり、一つは彼の言う通り故障中。二つ目はご存知の通り僕が入っているので、隣の和式に入った瞬間を見計らって脱出することにしよう。
「困ったなー。俺、洋式じゃなきゃできないのに……」
なんだと? 純然たる日本男児ならば、和式でことを済ませよ。まあ、僕も和式か洋式かだったら洋式を選ぶけど。
だが、それはそれで好都合だ。諦めてどこかに行ってくれるだろう――という考えは甘かったことを、この後すぐに痛感することになる。
コンコン。
……は? 何でノックしてるの?
まさか……おい、それだけはやめろ。あの「悪魔の言葉」だけは……。
「すみませーん、入ってますかー」
クソがっ。やりやがったわコイツ。大体、鍵のトコが赤くなってるのが見えないのか。入ってるに決まってんだろ。
こうなったら対応をしないわけにはいかない。無視を決め込むのは最も愚かな策だ。沈黙は入っていないことを意味し、田中のようなやつなら壁をよじ登ってでも入ってくるに違いないからだ。
仕方ない、見せてやるか。……僕の奥義を。
「入って……ます……」
僕は声をひねり出して返事をした。
「あ、そうですか……すみません」
「しばらくかかりそうなので……他の場所に行った方が……いいと思います……」
「分かりました。あの、その……頑張ってくださいね」
「は、はい……」
そう、これが奥義『苦しそうな演技』だ。今の状況なんかより、よっぽど苦しい経験をしてきた僕にとってこの程度は造作もない。
奥義は功を奏し、足音はだんだん遠ざかっていく。やがて完全に足音は消え、少し時間を置いてから僕はトイレから脱出した。
特に安堵を覚えたりなどしてはいない。なぜなら、最初から焦りは感じていなかったからだ。この程度で心を乱しているようでは、陰キャガチ勢の名折れだ。
そして僕は弁当箱を脱いだ学ランで隠し、何食わぬ顔で教室へと帰還するのであった。目的達成。
季節は春。入学から一ヶ月が経ち、クラスの人間関係も成熟してきた頃。僕はこれからも孤独に闘うことだろう。
だが、それでいい。それが僕の『陰キャの流儀』なのだから。
(訳:学校生活は苦しいけど、世間体が気になるので頑張って学校通います)