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第8話 保険


「・・・あ?」


ふと瞼が開き、ぼやける頭で辺りを見回すと、ベットの横にあるカーテンの隙間から、光が漏れている事に気が付いた。


「もう・・・朝か」


昨日、ヤク中から救って貰った軽海さんを殺した。


親切にしてもらった氷華さんもついでに殺した。


その後に熟睡できるほどの精神は持っていないのか、ちっとも寝付けなかった。


(まぁ、どうでも良いか)


そう思うようにしながら、朝飯でも買いに行こうかと旅の道具が入ったカバンを漁り、金貨を1枚取り出す。


(そういやこいつって、パン食えるのか?)


ベットの上で静かに寝息を立てている、小さな奏を眺めながらそう考えるが、自分じゃ分からないし、それを聞くために起こすのも気が引ける。


(まぁ、多分好きなんだろう)


適当にそう考え、鍵を持って外に出てから鍵を閉める。


そのまま外の飲食店に行こうとするが、何か下が騒がしい事に気が付いた。


(なんだ?)


「だーかーら!ここの宿泊者のリストを見せろって言ってんだよ!」


「でーすーかーら、それをΠροστατέρ[プロスタッテー]でもない貴方に教える訳には行きません!」


(・・・()()())


保険に昨日呼んで置いた奴が来たと思い、内心笑いながら階段を降りると、エレナさんと金色の鎧を着た茶髪の男の黒い眼が俺に向き、少し肩がビクつく。


「おはようございます」


「あ、おはようございます」


なるべく平然を装って挨拶をエレナさんにすると、エレナさんはとても安心した様な笑みを浮かべて俺の方を見て来たが、もう一方のゼウスの血縁の奴は嫌そうな眼で俺を見てきた。


「お前、ここの宿泊客か?」


「あぁそうだが?・・・というかエレナさん、大丈夫ですか?」


「えっ、あ!はい。ちょっとこの人がリストを見せろとしつこいだけです」


「だーかーら!調査中だからって言ってんだろ!?」


大声を出す男に顔をしかめながらエレナさんに近づき、フロントの机に肘を付きながら男を見つめる。


「お前、今から通報したら営業妨害で捕まるぞ?」


「あ?俺が誰だか分かってんのか?」


そいつは俺を睨んでくるが、幸い背が俺と同じくらいなためかあまり怖くは無い。


ため息を吐き、そいつに笑みを浮かべながら言葉を投げる。


「犯罪者一歩手前の馬鹿じゃねぇの?」


出来る限りそいつがムカつく様に言ってみたが、効果が覿面(てきめん)過ぎたのか、そいつの両眼は血縁の力を解放させたようにうっすらと金色に変わっていく。


(あ、ヤベッ)


煽り過ぎたと思い、エレナさんを守ろうと肉蔓を右腕から生やそうとするが、それよりも早く男の肩に誰かの手が掴み、その鎧がぐにゃりと歪んだ。


「おい・・・何してんだ?」


そんな怒りに満ちた声の持ち主は雷だったが、その眼は赤色に変わっていた。


(えっ、血縁の力使ってんじゃん!?)


「あっ?なんだてがっ!?」


男が不機嫌そうな声を出すよりも早く、金色の鎧にヒビが走り、男が呻き声を上げた。


けれどその男の眼もだんだんと金色に染まって行き、辺りの空気がだいぶ不味くなっていく。


(おいこれ、かなり不味くね?)


いつでも血縁の力を使えるように腕の中の蔓を皮膚から突き出そうとしていると、急に宿の扉が開く音が聞こえた。


そっちに眼を向けてみると、青いシャツと黒いズボンを着た明るい鼠色の髪をした男が、こちらに空色の眼を向けて居た。


「おい(りょう)、何してんだお前?」


「あっ?邪魔す」


その言葉を遮るように急に強い風が吹いた瞬間、怒鳴る男の顔が急に下向きに叩きつけられ、その顔面に脛の蹴りが入った様に見えた。


すると蹴りが入った陵と呼ばれる男は地面をのたうち回り、陵を蹴った男はめんどくさそうにため息を吐いた。


「っ!?いってぇ!!」


「はぁ。お前の頭の中には穏便って言葉はねぇのか?」


急に現れた男は、地面で鼻血を流しながら転がり回る男にそう話すと、何が起こったか分からないでいるエレナさんに申し訳なさそうに笑みを浮かべ、軽く頭を下げた。


「すいませんね、うちの部下の監督不足で」


「あ、いえ、何もされてはいませんので」


そんな強靭な力を持った奴にしては、もの柔らかな態度には見覚えがある。


(あいつ・・・か)


自分の記憶の一番嫌な記憶をほじくり返し、こいつがまだ青年だった時の事を思い出していると、そいつの顔が雷の方を向いていることに気が付いた。


「お前・・・強いな。どんぱちやってたらこいつに勝ってたな」


「はぁ!?俺がこんな奴に負け」


「そう・・・だな。この建物はぶっ壊れたろうけどむ


その話を耳の端で聞きながら、床で転がっているゼウスの血縁の陵を蹴りたいなと思っていると、こちらに空色の眼が向いている事に気が付き、頭の裏が熱くなって行く。


「・・・なんだ?」


「お前・・・何処かで俺と会ったことあるか?」


「・・・さぁな。俺の方はお前が有名人だから知ってるが?」


あの時の状況を思い出されたら少し不味いと思い、顔をしかめながら話を適当にぼやかすと、男は悲しそうに笑い、長いため息を吐いた。


「こんな名誉、いらないんだけどな」


(・・・何言ってんだこいつ?)


急に悲しそうに笑う男を理解できずに体に力が入ってしまうが、今だけは怒りを抑え、冷静なふりをする。


「なぁ、あんたは誰なんだ?」


「俺か?俺はスピロって言うんだ。で、俺らはここに調査をしにきたんだ」


「・・・なんの?」


「行方不明者の捜索。神光の街で2人の女性が行方不明になったから、近いこの街を捜索しているんだ」


女性2人が行方不明と聞き、あの事がバレた訳では無いと分かり、口元がにやけそうになる。


(まだ、余裕はあるな)


「だから宿とか裏を探し回ってたんだが、こいつのせいでややこしくなっちまったな。ほんとすみませんね」


「あ、その事でしたら、この宿には女性は泊まって居ませんよ」


「あ、そうなんですか。調査の協力ありがとうございます」


スピロは顔を抑えている陵の肩を掴んで無理やり立たせると、腰に付けたコイン袋を取り外し、それをフロントに置いて頭を下げた。


「ご迷惑をお掛けしました」


「いえいえ、行方不明の女性達が見つかると良いですね」


エレナさんの言葉に、スピロは顔を上げて人懐っこく笑うと、雷を威嚇している陵を出口に無理やり向かわせた。


そいつらが居なくなると肩の力が抜けてしまい、でかいため息が漏れてしまう。


(誘ったは良いが、まさかあいつが来るとはな)


ある保険のために昨日の夜、神光の街に裏経由で明後日の昼、ここらで大規模テロを起こしますよ〜と連絡したが、おそらくテロと言う言葉にあいつが来たんだろう。


(保険にしては、リスクがデカ過ぎたな)


「なぁ姉ちゃん、それいくら入ってんだ」


「いくらだろうね?」


そんな楽しそうな声に意識を頭の中から現実に戻すと、驚いた表情のまま固まっている、エレナさんと雷が見えた。


「・・・どうしたんですか?」


何故固まっているのだろうと思い、そのコイン袋の中を覗いてみると、袋の中にあったのは大量の金貨で埋まっており、その大きさで何となく20枚くらいは有ると分かる。


「・・・ざっと、20枚くらいはありますね」


「マジ?」


「・・・金庫に入れてくる!」


エレナさんは大急ぎでそのコイン袋を掴むと、後ろにある鍵が付いた扉を開け、慌ただしく部屋の中に入っていった。


「・・・なぁ」


「んっ?」


そんな可笑しなエレナさんを見て口元を緩ませていると、急に雷から声に顔を向けると、何か警戒をしている様な顔をする雷が見えた。


「あいつ、何もんだ?力を使ってなかったにしろ、ゼウスの血縁をあぁボコボコにするって、只者じゃねぇだろ?」


「・・・あぁ、だってあいつは、オリュンポスの1人だからな」


オリュンポス。


それは、ギリシャ神話が元になっている12の神々の席の様なものであり、ゼウス、ヘラ、アテナなどの血縁者の中で、一番強い実績を持ったものがその席に座れるものだ。


だからこそ、俺はあいつが嫌いだ。


そんな事を思っていると、雷は苦笑いしながら肩をすくめたが、俺の方に鋭い眼だけを向けてきた。


「なぁ、大丈夫なのか、あんな奴らがここら辺に居て」


「・・・大丈夫、では無いな」


その雷の言葉にここを今日でここを出る理由作りが出来てしまい、口元が笑いそうになってしまう。


それ紛らわす為にため息を吐いて自分の顔を真剣そうな顔に変えてから、雷の顔を見つめる。


「すまんが雷、予定は変更だ。俺らは今日この街を出る。」


「はぁっ!?んな事したら約束が」


「安心しろ、約束は守る」


雷の眼を真っ直ぐ見てそう答えると、雷は軽くため息を吐き、何かを考える様に口元を右手で隠した。


「どうするんだ?」


(やっぱ馬鹿だわ)


「まず、俺らはこれから審鏡の街に行くんが、その途中の森で野宿をするんだ。そこで明日、俺らと合流して欲しい」


「・・・つまり、俺らは遅れてこの街を出ろって事か?」


「あぁ」


素直に俺の言う事を聞いてくれる雷を内心嘲笑いながら奏を起こしに行こうしていると、あるどうでもいい疑問が頭に浮かんだ。


「なぁ雷、エレナさんに旅の話したのか?」


「あぁ、したぞ」


「・・・なんて言ってた?」


「・・・楽しみだって言ってたよ」


その言葉に何故か安心してしまい、頭の中に矛盾が生まれてしまう。


別に俺はエレナさんを旅に連れて行く気は無いため、今の気持ちは何かの思い違いだろうと思うようにし、雷に嘘をぶつけて行く。


「分かった、なんか安心した」


「そうか。・・・そういや集合場所はどうするんだ?」


「それは人探しの魔術を使ってくれ。裏じゃ無いから簡単に見つかると思う」


「分かった」


自分の罪悪感を否定しながら雷に適当に答え、その場から逃げる様に上に向かって足を運ぶ。


軋む階段を登り終えると、疲れても居ないのに頭が重くなってしまい、そのまま階段に座り込んでしまう。


罪悪感は感じない。


人を騙して陥れても別になんとも思わない。


なのに、肩と足は重りが付いた様に重い。


(なんなんだよ)


しばらく何もできずに、ぼーっとしながら階段に座っていると、少し足と肩周りが軽くなって行き、歩ける様になる。


それからふらふらとした足取りで、自分の罪悪感を否定し続けながら、奏が寝ている部屋へ足を進めた。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー



「なぁ陵、まだ怒ってるか?」


「当たり前だろーがっ!!」


俺の前をオラついて歩いている陵にそう聞いてみると、陵は街中なのに大声を出し、俺の方を睨んでくる。


「殴るのは分かる!なんであそこで蹴り入れた!?」


「いや、床が割れるだろ?お前は血縁の力使えば治るし、そっちの方が良いだろ?」


「良くねぇよ!てめぇは自分の力をもっと考えろ!!」


陵の怒鳴り声を耳を抑えながら聞きながら足を止めて合流場所にした路地裏の方を見てみると、緑色のアテナの鎧を着た(りん)が、路地裏の奥から出てきた。


「・・・テロの話、裏は取れそうか?」


調査を任せた凛にそう聞いてみると、凛は緑の兜を取り、黒く長い髪を揺らしながら、白い眼を真剣にこちらに向けてきた。


「いいえ、そう言った話はいくら調査しようと出てきませんでした」


「そう・・・」


その真剣な態度を見てやっぱりデマだったかと思い、これからの計画の事を考えていると、路地の奥から足音が聞こえた。


音の方に顔を向けると、肩を出す白いブラースと、黒くまぁまぁ短いスカートを履いた、短い金髪を右手で掻くほっそりとした(あかり)が、こちらに黒い眼を向けて来た。


(肌出し過ぎじゃね?)


裏からしたら私を襲って下さいと取られるような私服を着ている灯に疑問を感じていると、その灯の肩を凛は掴み、大声をぶつけた。


「灯!鎧はどうした!!」


「暑いから脱いだ」


「何をしている!あれは神聖な鎧だぞ!!」


凛の真面目過ぎる大声にめんどくさいなぁと思っていると、灯は凛の両頬をつまみ、口角を上に引っ張り上げた。


「凛ちゃん、笑顔笑顔」


凛の小言を灯はいつも通り聞き流し、凛の頰を弄り始めた。


「まぁ、そうだな。鎧は蒸れるし、凛も脱いで良いぞ」


「いえスピロ様!何が起こるか分かりませんし、私は」


「えーい」


凛の真面目過ぎる発言を遮るように灯は凛に緑の兜を被せると、その鎧は緑色に光り、それが白いチョーカーに変わった。


するとでかい胸が強調される様な、青みがかった白いワンピースを着た凛が見えたが、凛の顔は恥ずかしそうに赤く染まっていた。


「いや、あの、これは灯が勝手に着せた物なので別に私は」


「そうか?俺は綺麗だと思うが」


色々と言い訳をしている凛に後ろにいる陵がそう答えると、凛はさらに顔を真っ赤にし始め、顔を路地の方へ向けてしまった。


(良かったな)


凛が陵に対する思いを知っているため、少し微笑ましくなっていると、灯は凛を路地裏から引っ張り出し、半ば無理やり陵の隣に並べた。


すると凛はさらに顔を赤らめ始め、陵の隣でモジモジと小さな声を出し始めた。


「えっと、陵っは・・・着替えないの?」


「あっ?こっちの方がカッコいいだろ?」


「あ、でも、鎧がひしゃげて」


「これで良いんだ!」


そんな2人を見て微笑ましいを通り過ぎて吹き出しそうになってしまうが、ここで笑ったら陵にまた絡まれるなと思い、ひとまず息を吐いて、これからの事を全員に説明する。


「おーい、とりあえず全員朝食まだだろ?近くにファミレスあるから、俺の奢りで食いに行くぞ。」」


「お、マジ!?」


「・・・すみません」


俺の言葉に陵はノリノリで、凛は申し訳なさそうにして表通りの方を歩いて行き、それに遅れながら灯と一緒に付いて行く。


後ろから見える、凛が陵に左手を繋ごうとそわそわしている態度にニヤニヤと笑いながら眺めていると、後ろから服を引っ張られ足を止める。


「どうした、灯?」


服を引っ張ったであろう灯に顔を向けると、その顔には楽しそうに、けれど何処か闇を含んだ笑みを浮かべていた。


それは付き合いが長い俺に分かる、なにかの情報を掴んだ時に出す笑みだった。


「いいぞ、話せ」


前を歩く幸せそうな2人に気づかれないよう小声で灯に声をかけると、灯はその笑みのまま、小声で俺に話をし始めた。


「実はですね、私を襲おうとした数人をごうも・・・尋問しましてね、面白い事が分かりました」


そんな肌を出す服を着ていたのは情報を得る為かと納得するが、正直拷問したのは不味くねぇかと思ってしまう。


けれどそれを言っては話が進まないため、ため息を吐いて灯に目を向ける。


「・・・色々言いたい事はあるが、それはなんだ?」


「裏の病院と人身売買の動きが無さ過ぎる、っていう事が分かりました」


(動きが無い?)


病院はともかく、人身売買は商品が揃えばすぐに金持ち達に告知を流して開催するはずだが、動きが無いと言う事は商品が足りていないか、何かのイレギュラーがあるか。


(2つの大々的な裏の企業が動きが無く、テロ予告・・・偶然じゃねぇな)


内心で経験上の直感と今の情報を合わせていると確証を得てしまうが、そのテロがどこまでの規模で起こるかが分からない。


けれどテロ予告をわざわざ神光の街へ送ったとなると、敵はゼウスやアレスの血縁の力に対抗する術を持っている様な気がする。


(・・・明日まで、ここにいた方が良いかもな)


テロが起こるのであれば、俺達がここにいる事が抑止力になると思い、ここの滞在計画を一から練り直そうとしていると、また服を引っ張られた。


「なんだ、灯?」


「難しい顔してますよ〜、笑顔笑顔」


両指で口角を上げる灯を見て軽く吹き出してしまい、笑みが口から溢れてしまうと、灯も心底嬉しそうな笑みを浮かべた。


「やっぱりスーさんは、笑顔が一番ですよ」


「そうか?」


俺より背の低い灯に笑み返して前を向くと、陵と凛がかなり離れている事が分かり、灯に顔を向ける。


「灯、行くぞ!」


「はい!」


俺を褒めてくれた灯の肩を軽く叩き、店前へ待つ2人を追いかけ、人の波の中を進んだ。



ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー



「今日も・・・疲れた」


夜中の道をとぼとぼと歩きながら、今日は自分の家へ向かう。


私の血縁の力は嘘を見抜けるため、事情聴取には色々と重宝されるんだけど、あの上司のせいで余計に疲れてしまう。


(手柄は横取り、口答えすると眼を縫ってない奴は信用できるかって・・・いけないいけない、死ねとか思っちゃいけない)


内心でそう愚痴りながら暗い夜道を一人で歩いていると、突然ズボンのポケットに入れた通信魔道具が鳴り、疲れた心臓がビクンッと跳ね上がった。


(だ、誰・・・)


急いで魔道具をポケットの中から取り出し、誰からの連絡かと魔道具の蓋をスライドしてみると、そこから見える文字に雷と書いてあり、少し出ようかと悩んでしまう。


けれど今日会うのが最後かもだと思うと、自然と通話に出てしまった。


「あ、ヒナノか?」


「う、うん」


「夜飯・・・食ったか?」


「食べてないけど、どうして?」


「いや・・・一緒に飯を食いたいだけなんだが、忙しいか?」


本当は雷とは会わずにおこうと思っていたけど、そんな事を言われてしまえば、断る事は出来なかった。


「いいや、暇だよ。何処で食べるの?」


「あの肉屋だ」


「分かった、じゃあまた後で」


「おう」


その言葉を最後に通話は切れ、しばらく夜の無音を聞いていると、ため息が口から勝手に漏れ、あのお肉屋さんに向かって足を進める。


その途中、色々な思いが頭の中を巡った。


何を話せば良いのか。


別れの言葉は何を言えば良いのか。


どんな顔をすれば良いのか。


そんな考えが頭の中を動き回り、どの言葉が正しいのかと考え込んでいると、いつのまにかあのお肉屋さんに着いてしまっていた。


「どう、しよう」


考えがまだ決まっていないのに店に着いてしまった事に焦り、店に入るか入らないかで戸惑っていると、後ろから聞き覚えのある声が聞こえた。


「あ、ヒナノ、もう着いてたか」


「雷!?」


雷が私より遅く着たせいでもう逃げられず、大人しく雷と一緒にお店の中に入ると、意外にも人がおり、空いてる席が無いんじゃ無いかと立ち尽くしていると、私達に気が付いた若い男の店員さんがこちらに向かってきた。


「いらっしゃいませ、何名様でしょうか?」


「2人です」


「奥の席が空いておりますので、そちらへどうぞ」


そう言ってくれる店員に頭を下げ、雷と2人でお店の奥へ向かうと、2人用の席に挟まれる形で2人用の席が空いていた。


(私が嫌いな奴じゃん)


そう思ってしまうけど、文句を言っても仕方がないと思いながら奥の席に座ろうとすると、雷がお水を持って来てくれた。


「ありがとう」


「気にすんな」


そのお水を手に取ると、緊張しているのかそのお水を一気に飲み干してしまった。


「・・・お代わりいるか?」


「いや、後で自分で行くよ。後、もう決めた?」


「あぁ、じゃあ呼ぶぞ」


「分かった」


雷は手を上げて店員を呼ぶと、店員は忙しいのか、小走りでこちらに向かって来た。


「なんでございましょうか?」


「リブロース500で」


「あ、私はサーロイン200でお願いします」


「かしこまりました」


店員に頭を下げ、お冷やを取りに席を立つと、辺りの女性達が私を嫌な眼で見ている事に気が付いた。


けれど昔に雷が言ってくれた、くだらないと言ってくれていた事を思い出し、何食わぬ顔をしながらお冷やをグラスの中に入れて、席に帰る。


それは別に良かったんだけど、雷とどう話せば良いか分からない事を思い出し、会話が一切出来ない。


そんな空気に耐え切れず、頭の中で会話が出来るような内容を全力で探していると、ある話を見つけた。


「・・・そう言えばなんだけど、悠翔さん達どうなったの?」


「悠翔?あいつらならもうチェックアウトしたよ」


チェックアウトしたという事は、多分、もうこの街を出たと言う事だった。


(もう一回、話せば良かったのかな?)


そんな後悔を感じてしまい、雷と離れる時もこんな後悔をするのだろうかと思ってしまっていると、鉄板に油が跳ねる音が近づいて来た。


「おまたせしました、リブロースとサーロインでございます。ソースはお好みで、ごゆっくりどうぞ」


「・・・頂きます」


「頂きまーす」


手を合わせ、注文したお肉をナイフで全部切ってから口に運ぶ。


美味しい。


けれど、素直に美味しいとは思えない。


そんな微妙で熱いお肉を無心で食べ続けていると、いつのまにか肉は無くなっており、虚無感が胸の奥に生まれる。


(はぁ)


「ご馳走さまでした」


よく分からない虚無感を感じながら後ろの椅子に背中を預けると、雷にしては食べるペースが遅いなと思ってしまう。


(どうしたんだろう?)


そんな雷を嫌な思いと共にじっと見つめていると、雷は私に気が付いたのか、残った大きな肉の塊をそのまま口の中に入れ、そのまま水も使わずに飲み込んでしまった。


「ご馳走さまでしたっと」


「もういいの?」


「あぁ」


「なら・・・長居しても迷惑だし、出る?」


「おう」


雷が水を飲み終えてから伝票を持って立ち上がり、財布を出しながらレジへ向かうと、あの店員とは違う右眼を縫った黒髪の女性がレジに立っていた。


「お預かりします。リブロース500g、サーロイン200gでお会計銀貨6枚と銅貨8枚です」


「あ、割り勘でお願いします」


「はい、では銀貨3枚と銀3と銅8枚です」


自分が食べた分の銀貨と銅貨財布取り出し、雷の会計が終わるのを待ってから2人で外に出ると、夏なのに何処か肌寒かった。


そんな寒さに両腕を擦っていると、後ろから来た雷から肩を軽く叩かれた。


「どうしたの?」


「いや、今から時間あるか?」


「・・・うん」


やけにかしこまった雷に疑問を感じながらも2人で暗い夜道を歩いていくと、昨日悠翔さんに治療をしてもらったベンチに着き、雷が座るのを待ってから私もベンチに座る。


「それで?話ってここを出る事?」


「・・・まぁ、それもあるんだけどな、お前にこれ渡したくて」


渡すとは何だろうかと思っていると、雷は懐から青い小さな青い箱を取り出し、それを私に放り投げて来た。


「・・・これは?」


「開けて見たら分かるぞ」


(・・・なんだろう?)


少し期待をしながらその箱をそっと開けてみると、

銀色の細い鎖の先に、青い綺麗な石が付いたイヤリングがそっと乗せられてあった。


「えっ?これどうしたの?」


「いや、昨日話した通り、俺ら明日この街を出るからな・・・これまでの礼を込めてって、どうした!?」


その大声に慌てて顔を上げてみると、自分の視界がぼやけている事に気が付き、頰に熱い涙が伝っていくのが感覚で分かる。


自分が泣いているんだと気が付き、慌てて涙を指先で拭いてから雷に笑顔を向ける。


「いや、ごめんね。ちょっと嬉しくて」


「そ、そうか。喜んでくれて何よりだ」


自分がどうして泣いたのかいまいち分からないけど、雷に心配させないようにイヤリングにまた眼を向ける。


「でもさ、高かったんじゃないの?」


「まぁ、値段はそれなりしたけどな、6年間の礼だ。それくらいしても足りないくらいだろ?」


「・・・ありがとう」


雷に笑顔を向け、その顔をしっかりとみると、また涙が瞳から溢れ出し、今度は嗚咽も口から漏れてしまう。


「ちょっ!?ほんと大丈夫か!?」


「う、っん。大丈夫」


涙と鼻から垂れそうな鼻水をポケットから取り出したハンカチで拭き取っていると、ある気持ちに気が付いてしまった。


それが分かると、雷に1つだけ聞きたいことができてしまった。


「ねぇ雷?旅に出たら・・・もう帰って来ないの?」


「いや、あいつの旅にひと段落したら俺は帰ってくるつもりだぞ」


「そう」


その言葉に安心してしまい、不安で強張る心を夜の空気を吸い込んで心を落ち着かせ、雷の顔をじっと見つめる。


「ねぇ雷、こんな事言われて困ると思うけど・・・・・・私ね、雷の事、好きだよ」


「・・・・・・ん?」


自分でも突然過ぎると思う告白に、雷は意味が分からなさそうな笑みを浮かべるけど、そんな雷に口から出る次々の思いを伝えて行く。


「あのね、雷が最初にΠροστατέρ[プロスタッテー]に入った時、あの上司に胸ぐら掴まれてたら雷が殴り飛ばしてくれたよね?あの時から意識し始めてたんだ」


私の言葉に雷は困ったように表情を歪め、その表情に言葉が詰まるけど、今止まってしまったらもう喋れないと直感が頭の中に生まれ、口を無理やり動かす。


「眼を縫ってないからって避難を浴びた時は庇ってくれたし、仲のいい友達が殉職した時・・・みんなは声だけを掛けてくれたけど、雷はずっと側で励ましてくれたよね?」


口からは次々と想いが漏れ、眼からはボロボロと涙が溢れて行く。


けれど雷から一度肩を軽く叩かれると、心臓が跳ね上がると共に口が止まってしまう。


「ちょっと落ち着いてくれ。返事ができねぇ」


「あ・・・うん、ごめん」


返事と言われて自分が告白してしまった事を改めて実感し、とても恥ずかしくなってしまうけど、とりあえず焦りは心の中だけにとどめ、雷の顔をじっと見つめる。


すると雷の顔が少し赤くなっているのを見つけてしまい、こっちまで顔が熱くなってしまう。


そんな無音の世界の中で、じっと返事を待っていると、雷は観念した様にため息を吐き、私の方をじっと見つめてきた。


「俺もな・・・ヒナノは好きだ」


そんな直球過ぎる言葉に、なんと言われたか頭が処理してくれずに、瞼を何度も開け閉めしてしまう。


「えっ、ごめん、もう一回言ってくれない?」


「・・・俺はヒナノの事が好きだ」


好きと言う言葉に、頭の中が溶けるように熱くなり、だんだんと涙は熱を帯びて行く。


「・・・でもさ、すげぇへんな感じなんだが、俺の好きは多分、恋愛的な意味じゃ無いと思う」


「・・・えっ?」


その言葉に頭は熱いのに心は色々な感情がごった返しになって行き、だんだんと不安が生まれて行く。


そのせいで熱を帯びた涙はだんだんと冷めて行き、自分が告白した事を雷は迷惑だったんじゃ無いのかと思ってしまうけど、そんな思いとは裏腹に雷は真剣に私を見つめてくる。


「えっと、どう言う事?」


「・・・さっきも言った通り、俺はヒナノの事が好きだ。けど、なんというかな、俺にとったら家族を好きだと思う様な・・・だからか、ヒナノと付き合おうとはどうしても思えないんだ。だから・・・ごめん」


そんか素直に断られるよりも困ってしまう様に断られ、胸の中で嬉しい気持ちと悲しい気持ちが混ざり合い、どう返事を返せば良いか分からなくなってくる。


それは雷も同じなのか、2人で何も言えずにただ夜の薄い風を感じていると、雷は私から眼をそらしてため息を吐いた。


「なぁ・・・これから俺らの関係ってどうなるんだ?」


「えっ?」


そんな心配そうな声を聞き、雷が何を言いたいのか分からなかったけど、よくよく考えてみると、雷が何を心配しているのか分かってしまった。


「あ、心配しないで。私は・・・雷の友達だから」


「そう、か・・・なんか安心した」


「そう・・・良かった」


涙をハンカチで拭き、雷のもう一度笑みを向けると、雷は安心した様に歯を見せて笑い、ベンチから立ち上がった。


「・・・すまんけど明日の準備があるし、今から帰るが、送ろうか?」


「あ、大丈夫だよ。心配ありがとう」


「ん、気を付けろよ。・・・また明日」


その言葉を最後に雷は夜道を歩いて行ったけど、私は何故か帰る気になれず、雷が見えなくなってからベンチの上でため息を吐く。


「私、フラれたんだ・・・」


好きな相手に振られちゃったけど、不思議と悲しくは無く、涙も、胸の奥に蠢いていた気持ち悪い感情も止まっていた。


けれど立ち上がろうとは思えず、星が散りばめられた夜の空を眺めていると、星の青白い光を見てある事を思い出した。


「そういえば」


青い箱から雷から貰ったイヤリングを取り出し、その青い宝石を空に掲げると、それはキラキラと光りながら宝石は揺れ始めた。


そんな水を連想させる様な光り方には、どこかで見覚えがあった。


「・・・アクア、マリン?」


アクアマリンには確か色々な意味があり、一番有名なのは幸せな結婚だったと思うけど、多分、雷がこれをくれた意味は違うと思う。


希望への導き。


雷の性格を思い出していると、これが一番納得がいってしまう。


(まぁ、憶測なんだけどねぇ〜)


そんな事を思いながら1人で笑い、ピアスを箱の中に入れてそろそろ帰ろうとしていると、少し気になる事があった。


色々な感情がごった返ししていたせいで血縁の力は使えなかったけど、あの時の雷の会話を思い出していると、何処か違和感を感じてしまった。


それが何だろうと思いながら、今日の会話を血縁の力を使いながら思い出していると、雷の一言に嘘を見つけてしまった。


それは・・・付き合おうとはどうしても思えないと言った所。


私の力は嘘が分かると、何を隠したいかも分かってしまうため、雷の本当の言葉が分かってしまう。


『付き合いたいけど俺は、ここから居なくなるから』


そんな気遣いに満ちた本音にやるせない気持ちが胸に焼きつくようにこびりつき、熱い涙が瞳からこぼれ出てくる。


「嘘・・・つき」


雷が私が傷つかない様に嘘を付いた事は分かる。


私の勝手な告白に、それを一生懸命考えてくてたのも分かる。


けれど、嘘を付かれた事がとても悲しくてたまらない。


「雷の・・・嘘づぎ」


そんな自分でもおかしいと思う理不尽な怒りが胸に込み上げ、どうしても涙が止まってくれない。


悲しくて、辛くて、理不尽な怒りが胸を切なくしていき、それを紛らわせるために顔を抑えて泣き噦る。


けれど悲しさは落ち着いてはくれず、その悲しみがやっと落ち着く頃には、月がかなり傾いており、その反対側からは日が登りかけていた。




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