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第6話 頼み事



「はぁ」


自分しか居ない部屋でベットの上がゴロゴロしていると、ため息が勝手に口から漏れてしまう。


あれからエレナさんからとっても美味し朝食を頂いた後、ヒナノさん達は私達が行った事のあるΠροστατέρ[プロスタッテー]の本部に行ってしまった。


私はと言うと、悠翔さんが居ないから見たこともない街へ行く訳にはいかないし、私は追われている身から、どこまでの事をして良いか自分では分からないため、こうして部屋で誰かの帰りを大人しく待つしかない。


「はぁ」


退屈な気持ちを感じながら、ベットの上で眠気に襲われていると、急に部屋の扉が叩かれ、慌てて体を布団から起こす。


「・・・寝てるか?」


「あ、起きてます」


その声を聞き、扉の向こうにいるのが悠翔さんだと分かると、退屈な気持ちは何処かへ行ってしまい、嬉しい気持ちを感じてしまう。


そんな気持ちを感じながら扉の鍵を外して後ろに下がると、扉をゆっくりと開かれ、紙で作られた袋を持った悠翔さんが立って居た。


「すまんな、ちょっと急用で」


「あ、いえ、大丈夫ですよ」


謝る悠翔さんに慌てて返事を返すと、悠翔さんは軽く笑い、扉と鍵を閉めた。


「えっとな、これから道具を買いに行くんだが、一緒に行くか?」


「えっ、良いんですか!?」


悠翔さんと一緒にお買い物に行けると分かり、喜んで返事を返すと、悠翔さんは紙袋の中から紐のような物を飛び出した。


「えっと、これは?」


「眼帯だ。眼を隠せるから、嫌な思いはしなくて良いと思うぞ」


「あ、すみません」


悠翔さんが私を心配してくれていると分かり、温かい気持ちを感じながら動物の皮で作られた眼帯を受け取って右眼に付けようとするけど、初めて付ける眼帯だからか上手く付けれない。


「・・・ちょっと貸してくれ」


「あ、はい」


眼帯を悠翔さんは私から受け取ると、悠翔さんは私の後ろに回り、私の右眼に布を当てた。


「 隠れてるか?」


「はい」


その私の返事に右眼にあたる皮がキュッと閉められ、悠翔さんが手を離しても眼帯がずり落ちない様になった。


後ろからパチっと言う音がすると、眼帯は私に肌に張り付き、右眼に圧を感じる様になる。


(ん〜〜)


そんな体験した事の無い感覚に少し気持ち悪さを感じていると、悠翔さんは私の顔を覗き込むように見てきた。


「よし、ちゃんと隠せてるな」


「あ、ありがとうございます」


眼帯を付けてくれた悠翔さんにお礼を返すと、悠翔さんは軽く笑ってくれた。


その笑顔を見て胸の奥に温かさを感じていると、悠翔さんは紙で作られたような袋を地面に起き、もう1つの大きな袋の中から金貨を4枚取り出してきた。


「さ、行くぞ」


「はい!」


何処か明るい悠翔さんに元気よく返事を返し、一緒に扉から出て階段を降りようとするけど、右眼が塞がれているせいで足元が良く見えない。


眼が見えにくいと言う事は、ここまで怖いものだとは思っておらず、それに強い不安を感じていると、悠翔さんが私の右手を掴んでくれた。


その大きな手の感覚に、嬉しさを感じながら一緒に階段を降りると、部屋から見えた明るさとは比にならない明るさが、私の左眼に飛び込んできた。


そんな明るい街通りを悠翔さんは嫌そうな顔でみると、私の右手から手を離した。


「離れんなよ」


私を心配してくれる悠翔さんに頷き、悠翔さんの服の先を軽く指先で掴んで、一緒に少し熱い人通りの中を歩く。


人の足音や息遣い、無数の話し声や笑い声が無数に聞こえ、少し気持ち悪くなってしまうけど、悠翔さんの速足に付いて行こうと必死に歩いていると、あまり周りの事は気にならなくなっていった。


それからしばらく歩いていると、悠翔さんは急に足を止め、あるお店の中に入って行った。


それに着いて行き、一緒にお店の中に入ると、お店の中は外とは違い、何処か涼しい風が吹いていた。


「いらっしゃいませー!」


悠翔さんの背中から体を出して前を見てみると、白い帽子や前掛けを身につけ、左目だけの紫色の眼をこちらに向ける女性が、赤いお肉の断片を並べたガラスの箱の奥から私たちを見ていた。


「何をお探しですか?」


「・・・一週間くらい持つ干し肉はあるか?」


「はい、ございますよ。どれくらい必要ですか?」


「んー、一キロくらい。後、乾パンもあるか?」


「はい」


「じゃあそれを、60枚」


「かしこまりました」


悠翔さん達はそう淡々と話しを進め、私が話に参加する事はないまま悠翔さんは女性から差し出された白い袋を受け取り、金貨を1枚女性に渡した。


「では、銀貨4枚のお返しです」


「どうも」


悠翔さんは女性から銀貨を受け取ると、そのまま女性に背を向けてお店の外に出て行ってしまった。


「あっ、待ってください!」


急いでお店から出て行った悠翔さんを追いかけてお店を出ると、お店の扉のすぐ隣に悠翔さんが立って居た。


「すまん、ちょっとあの人は嫌だった」


「あ、そうなんですか?」


少し暗い顔をして俯く悠翔さんを見て複雑な気持ちになってしまうけど、何故か自然と悠翔さんに笑顔を向けてしまった。


「少し、休憩しますか?」


「・・・いや、大丈夫だ。ごめんな」


私の問いに、悠翔さんは大きなため息を吐くと、私に軽い笑顔を向けてくれた。


その笑顔に微笑み返し、また熱く気持ち悪い人通りを2人で進む。


熱い一通りを進み、汗ばんだ額の熱を感じていると、悠翔さんはまた足を止め、今度は木で作られた扉を開けてお店の中に入って行った。


けれどその中はさっきのお店とは違ってあまり涼しくなく、逆に篭ったような暑さを感じるお店だった。


「おぉ、いらっしゃい。久しぶりの客だ」


そんな明るい男の人の声が聞こえ、前に顔を向けると、そこには風色と火色のそれぞれの眼をこちらに向ける若い男性が、椅子の上から嬉しそうにこちらを見ていた。


「ここら辺と新鏡の街への地図が欲しい」


「それならそこら辺に並んでるはずだ」


悠翔さんは男性が指差した方へ足を進め、無造作に並べられている地図を真剣に眺め始めた。


けれど私はそういう知識が無いせいで、地図を見てもあまり理解できない。


「ん〜?」


見ても分からない地図を首を捻って眺めていると、地図の山から悠翔さんは1枚の地図を取り、男の人が座って方へ足を進めた。


「これを頼む」


「ほい、じゃあ銀貨3枚だ」


「・・・安いな」


「あぁ、うちは安い!正確!が売りだからな。まぁ、魔道具の羅針盤が作られて客が来なくなったが」


男の人は少し悲しそうに笑い、それを見て何か言葉をかけた方が良いのだろうかと悩んでいると、悠翔さんは男性に金貨を1枚渡した。


「釣りはいらない。だから、最近の耳寄りの情報を教えてくれ」


「えっ、マジで行ってる?」


男性は一瞬驚いた顔をして意味がわからないような表情を浮かべていたけど、悠翔さんの真剣そうな顔を見て、男性は心底嬉しそうな笑顔を私達に向けた。


「風の噂で聞いた話だけどな、神鏡の街である女が何処からか引っ越してきたらしいが、そいつがヤバイ血縁の力を持っているらしい。だからあそこら辺に行くなら気をつけろよ」


「・・・情報感謝する」


悠翔さんは男性に軽く頭を下げると、男性は嬉しそうに地図を折り畳んで悠翔さんに渡し、私に向かって手を振ってきてくれた。


その男性に手を振り返し、懐かしく温かい感情を胸に感じていると、悠翔さんは軽く男性に頭を下げ、お店から出て行ってしまった。


そんな悠翔さんに着いて行くまえに、後ろにいる男性にもう一度頭を下げると、男性は優しく私に笑顔を向けてくれた。


「God bless you」


「んっ?」


急に聞き取れない言葉を言われ、聞き返そうと思ったけど、悠翔さんと離れてしまうと思い、もう一度頭を下げて急いでお店の外に出る。


すると少し辺りを見回す悠翔さんがお店の前に居てくれた。


「あ、お待たせしました」


「いや、こっちこそすまん」


悠翔さんは私にそう言い残すと、また何処かへ足を進め始め、それに私も付いて行く。


少し息苦しい人通りを2人で進んでいると、悠翔さん急には立ち止まり、今度はガラスが貼られた扉の中に入って行った。


それに付いてお店に入ると、また涼しい風が吹いており、辺りには色とりどりの服のようなものがたくさん並んでいた。


「いらっしゃいませー」


そんな綺麗な服達を眺めていると、前から明るい女性の声が聞こえた。


慌てて前を向いてみると、黒色の長い髪の色々と大きな女性が、こちらに夕焼け色の左眼を向けていた。


その女性の大きな胸を見て、少し母の事を思い出していると、悠翔さんは急に私に指を指して来た。


「えっと、こいつの服の調整を頼みます」


「はい!かしこまりました!!」


女性は元気よく悠翔さんに返事をすると、女性から私の肩を掴まれ、お店の奥へ半ば無理やり案内される。


「はい、ではあちらに行きましょうね」


「わっ、と!」


転ばないよう慌てて足を動かすと、女性は私を鏡が張ってある小部屋に入れて窓かけのような物を閉めると、この空間にいるのは女性と私だけになってしまった。


「さ、服を全部脱いで下さい」


「えっ、はい」


急に服を脱げた言われ、眼帯が取れないように急いで服を全部脱ぐと、女性は不思議そうに顔を傾げた。


「あれ?ブラは付けて無いんですか?」


「・・・ブラ?」


聞き覚えのない物を聞かれ、何か自分の服がまずかったのかと冷や汗をかいてしまうけど、女性は何かを思い付いたような顔をし、窓掛けの向こうに行ってしまった。


「ちょっとお兄さん、予算に余裕はありますか?」


「んっ!?えっと、はい、ありますけど」


「ならあの子の下着とか適当に選んでおきますね」


「あ、すいません。後適当に服を何着かお願いします」


「はい、かしこまりました」


そんな悠翔さんの申し訳なさそうな声が聞こえると、女性の足音が私の方に近づき、窓掛けの向こうから女性が入ってきた。


その女性の細い腕には、見たこともない服が掛けられていた。


「はい、ではこれを1番最初に着て、少々お待ちください」


「あ、分かりました」


女性は私にその服を渡すと、私が着ていた服を持って窓掛けの向こうに行ってしまった。


取り残された部屋で、女性から渡された白くて軽い服を上に身に付けるけど、この服はやけに肩が出ていて少し落ち着かない。


(これが・・・普通なのかな?)


次に、黒くヒラヒラとした服を腰に付けてみると、これもやけに足を出す服で、股のところがスースーして少し気持ち悪い。


けれどこれを履いていた人を街中で数人見たことがあるのを思い出し、これがここでの普通だと思い、我慢する。


「よし!」


そんな事を自信満々に思いながら、窓掛けの向こうに行って辺りを見回すと、何かの飾りを眺めている悠翔さんが見えた。


「悠翔さーん!」


「んっ?着替え終わ・・・はっ?」


悠翔さんに声を掛けてみると、悠翔さんはとても驚いた顔をし、私の方にドタバタ走ってきた。


「えっ、どうかしましたか?」


「いや、どうかしましたかじゃなくて、なんで下着だけな」


「お客様〜、お洋服の調整が終わりました・・・よ?」


苦笑いのまま固まった悠翔さんの顔を見て、少し困惑していると、表情をピタリと止めた女性がお店の奥から帰ってきた。


「え、えっと、どうかしました?」


そんな2人を見て、胸奥にごわごわとした気持ちが悪い感覚を感じていると、女性が私の方に急いで近寄り、そのまま私を窓掛けの奥へ押し込んだ。


「えっ・・・と、私、何かしましたか?」


「いえ、何かしたとかではないんですけどね、この上の服を着忘れてるんですよ」


「あ、そうなんですね」


さっきの余った服はそう言う事だったんだと思い、女性に頭を下げて置いている白い服を着てみると、両腕の肌を出す、とても涼しい格好だった。


「あら、可愛いですね」


「ありがとうございます」


可愛いと言ってくれる女性にお礼を言い、嬉しい気持ちを感じながら女性と一緒に窓掛けの向こうに行くと、悠翔さんが安心しているような顔でこちらを見ている事に気が付き、少し聞いてみたい事が出来てしまった。


「えっと、悠翔さん。この服・・・どうですか?」


「えっ、あ、普通に可愛いと思うぞ」


私の問いに、悠翔さんは笑顔を見せてくれた。


ただそれだけで口元が緩んでしまい、胸の奥がぽかぽかと心地が良い。


そんな胸の奥の温かさを感じていると、悠翔さんが私に手招きをしている事に気が付いた。


(なんだろう?)


そんか疑問を抱きながらも、急いで悠翔さんの隣に行くと、悠翔さんは綺麗な髪留め達に指をさした。


「この中でお前が好きなのってどれだ?」


「好きな・・・ものですか?」


急にそんな事を聞かれ、戸惑いながらもその中の髪留め達をじっと見つめていると、白い()()()のお花が入ったガラスの髪留めに眼が止まった。


「えっと、私はこれが好きです」


「お、そうか」


そんか私の言葉に悠翔さんは微笑むと、私が選んだ髪留めを手に取り、それを女性が待つ机へ持って行ってしまった。


「んじゃこれの会計お願いします」


「はい、では服の調整の分も合わせて、銀貨5枚と銅貨3枚です」


「・・・すみません、細かいの無いんで金貨1枚でお願いします」


「はい、かしこまりました。では、銀貨4枚と銅貨7枚のお返しです」


「ありがとうございます」


悠翔さんは女性から袋を受け取ると、悠翔さんは出口に向かい始め、私もそれに慌てて付いて行くと、さっきのお店の時のように、悠翔さんは出入り口で待っていてくれていた。


「えっと、次はどこに行くんですか?」


「帰るぞ」


「えっ!もう終わりなんですか!?」


悠翔さんのそんな唐突な話に周りの目を気にせずに大声を出してしまう。


だって、せっかくのお買い物で楽しかったのに、そんな時間が終わってしまうから。


ふと気がつくと、辺りの人達の眼線がこっちに集まっている事に気が付き、息苦しい感覚が胸の奥に生まれてくる。


そんな感覚のせいで何も喋れないでいると、自分の顔の前に紙で作られた袋が近づいている事に気が付いた。


それが何だろうと思って顔を上に上げると、悠翔さんが私に向けて袋を差し出していてくれた。


「えっと、これは?」


「まぁ、開けてみろ」


何だろうと思いながら、その袋を受け取ってそっと開けてみると、そこにはさっき私が指差した髪留めが入っていた。


「お前にやる」


「えっ!?良いんですか!?」


またさっきのような大声を出してしまい、また周りの人達の眼線が私に集まるけど、今度はそんな事が気にならないほどの嬉しさが胸の中に感じてしまい、頰が緩んでしまう。


「えっと、ありがとうございます」


「あぁ、どういたしまして」


私の返事に悠翔さんは私に向かって笑ってくれ、それを見て私も笑ってしまう。


「さっ、帰るぞ」


「はい!」


そんな嬉しい気持ちを感じながら、悠翔さんの服の橋を指で摘み、2人で一緒に街中の人混みの中に進んでいった。



ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー



「ふぅ」


暗い街中で大きなため息を吐き、もう一度後ろで背負っているエレナさんを背負い直し、一通りが少ない表通りを歩く。


奏と買い物を終えてしばらくした後、Προστατέρ[プロスタッテー]から帰って来たエレナさんと一緒に、ヒナノさんが予約してくれていたまぁまぁ高そうな店で、2人で軽く酒を飲んだ。


人生初めての女性との食事に、かなりの緊張と喜びと罪悪感が覚えたが、エレナさんも初めて男性との食事だったらしく、お互いに話が弾まず、気まずいまま食事をしていた。


そんな気まずい空気に耐えていると、エレナさんは何を血迷ったのかラム酒を一気に飲み干し、急に吐くわで酔うわ倒れるわでてんやわんやな事になり、そのぶっ倒れたゲロ臭いエレナさんを背負って店を出て、今に至る。


(これが、普通なのか?)


他人と飲み合う事はこんなのにもめんどくさい事なのかと疑問に思いながら、エレナさんを宿に向かって運んでいると、後ろでもぞりとエレナさんが動き、俺の首元に腕が回され、背中に柔らかい感覚が押し当てられる。


「っ〜〜〜!!!??」


エレナさんの突然の行動に、心臓と股間が熱くなってしまうが、とりあえず深呼吸し、少し心を落ち着かせる。


(この人は・・・)


この人は何で俺に対してこんなにも安心しているのか分からず、色々な複雑な気持ちを感じながらエレナさんをもう一度背負い直し、宿に向かって足を進める。


しばらく感じようとしなくても感じてしまう背中の感触を感じながら、ため息を吐きまくって足を進めていると、俺たちが泊まっている宿の前で、心配そうに辺りを見渡しているヒナノさんが立っていた。


すると俺達に気が付いたのか、何か慌てるような形相で俺たちの方に近づいて来た。


「えっ!ちょっ!どういう状況!?」


「あー、ラム酒一気飲みでぶっ倒れました。水は飲ませたんで後は着替えさせてベットに運」


「うん分かった!」


ヒナノさんは俺の話を最後まで聞かず、背中に乗せたエレナさんを強引に受け取ると、慌てて宿の中へ運んでいった。


(何事?)


そんな事を思いながらも、とりあえずエレナさんを運んでくれたヒナノさんに感謝し、煌さんとの約束を守るために街へ爆弾を仕掛けに行こうとすると、後ろから聞き覚えのある足音が聞こえた。


(んっ?)


首を後ろに向けてみると、そこには何か真剣な表情を浮かべた雷が立っていた。


「んっ?なんだ?」


「いや、話があるんだが、時間はあるか?」


急にそんな事を聞かれ、どう答えれば考えてしまう。


(やべぇ、断る理由がねぇ)


闇市場に行くと答えれば何か疑われる可能性があるため、取り敢えず雷に頷いてみると、雷から指先で手招きをされ、雷は宿の路地裏辺りへ向かい始めた。


それに警戒しながらも雷に付いて行くと、暗い路地裏に折り畳んで梯子があり、それを登るのかと思ったが雷は急に上に飛び上がり、宿の屋根のところに手を掛けた。


「登って来い」


「お、おう」


急に人間離れした雷に驚きながらも梯子に足を掛けて屋根に登ると、そこからはただ暗いだけの街並みが見えていた。


そんな街並みを眺めながら、屋根に座る雷から少し離れて膝を立てて座ると、雷は重々しいため息を吐き、暗い顔をしながら街並みを眺め始めた。


「姉ちゃんは、どうだった?」


「・・・はっ?」


唐突にそんな事を聞いてくる雷の言葉を頭の中で処理出来ないでいると、雷はまた大きなため息を吐き、拳を強く握りしめた。


「いや、ただの頼み事だ。・・・姉ちゃんを、お前の旅につれていってくれねぇか?」


「・・・・はいっ!?い、いや、なんで危険な旅にお前の姉ちゃんを連れてかなきゃいけないんだ?」


雷の唐突な質問に多分普通な返事で返すと、雷は俺の方に真剣な眼差しを向けてきた。


「姉ちゃんは昔、いじめにあってたんだ。で、それが原因で人を信用出来なくなったんだ」


「そう、か?・・・俺に対してそんな事思ってないように見えたが?」


俺が見た今日のエレナさんは特にそんな態度はしてなかったし、どこかはっちゃけているような感じだった。


「あっ!」


そんな事を思い出していると、エレナさんが俺を信用してくれていた事が分かってしまい、強い罪悪感が胸の奥で蠢き始める。


「あぁ、だからこそお前に姉ちゃんを旅に連れて行って欲しい。危険だし、足手まといなのはあるけど、この街でぐずっているよりかは断然良いと思うんだ」


その言葉を聞いて自分が頼られている事が分かり、正直な話を少し嬉しくなるが、少し冷静に考えると、引っかかる場所がかなりある。


「なぁ雷、それはお前が決めて良い話なのか?」


そんな俺の疑問に、雷は顔を少ししかめて黙り込むが、また重いため息を吐くと、雷は俺にまた強い眼差しを向けて来た。


その眼線をこちらも見つめていると、何か嫌な予感がして来た。


「いや、これは姉ちゃんの問題だから、俺の一存で決め良い問題じゃないし、お前にも迷惑がかかるだろう。だからこそ、俺も旅に連れて行ってくれ」


そんな雷の提案を聞いて俺の嫌な予感が当たった事に頭が痛くなる。


(これ、断っても良いのか?)


けれどこれを断れば俺がこの街で行動する時、こいつからの協力が得られないかも知れない。


けれどエレナさんを旅に連れて行く事にすれば、俺の計画の()()になる。


(どうする?)


出来る限り時間を掛けないように頭を回していると、隣から鈍い音が響いた。


それが何かと思いながら横に眼線を移すと、そこには、雷が土下座している姿が眼に映った。


「頼む!姉ちゃんはもう4年も心療内科に通っているが効果がないんだ!!俺はもう、姉ちゃんに、俺の最後の家族に!前に進んで欲しいんだ!!」


その言葉は、よく聞こえなかった。


そして思い出した。


あの時の自分を。


「なぁ雷・・・分かった」


「えっ?」


「だから、同行してくれ。俺たちの旅に」


勝手に口から漏れた俺の言葉に、雷は赤い眼の中に涙を溜め始め、それを覆い隠すようにまた頭を下げた。


「本当に・・・ありがとう!」


「いや、気にすんな。頭あげろよ」


俺はそう言ったが、雷は頭を上げてくれない。


なぜ?


そんな雷を見て頭の後ろと心臓が熱くなるが、それを隠しながら口だけを動かす。


「んじゃとりあえず、今から支度するって言ったら時間かかるだろ?だから、明後日の昼頃に出発する事にする」


「あぁ、ずっ、分かった。」


俺の言葉に雷は鼻水を啜り、やっと頭を上げて俺の眼を赤く潤んだ瞳が見つめてくる。


「本当に、ありがとう」


「いや、良い。んじゃ俺は、少し情報を買ってくる。人が多くなると色々と問題があるからな」


「あぁ、すまん。それじゃ俺はこの宿の契約書の手続きをしてくる」


雷は俺にそう言うと顔を袖で強く拭い、俺から逃げるように屋根から飛び降りていった。


すると、それを待っていたように自分の口角が上がり始めた。


(馬鹿だなぁ。馬鹿だなぁ!!馬鹿だなぁ!!!結局、()()()()()()()()()!!!)


そうやって心の中で雷の事を嘲笑っていると、自分の眼から涙が零れ落ちて来た。


けれど悲しい気持ちなど微塵も湧いて来ない。


その代わりか、喜びが、喜びが湧いてくる。


(もうすぐだ!もうすぐだ!!もうすぐ、俺の旅が始まる!!!)


自分の旅が始まる事に喜びながら涙を拭い、煌さんとの約束の爆弾を仕掛けに、暗い路地裏に向かって身体を落とした。



ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー



「ふん、ふふん、ふーん」


そんな鼻歌を歌いながら路地裏を歩く悠翔さんにバレないよう、素早く慎重に物陰に隠れながら尾行する。


エレナさんの体を拭いて着替えをさせてからベットに寝せた後、二階の天井から不審な鈍い音がした。


だれか屋根に登っているのかと思い、宿の外に出てみると、偶然にも雷と悠翔さんとの会話を聞いてしまった。


内容は雷達を悠翔さんの旅に同行させてくれと言う、私にとって寂しい話だったけど、その話の中で違和感があった。


それは、悠翔さんが俺達の旅に同行してくれと言った場所だった。


その発言には嘘は無かったけど、私が捜査官になってからかつてな無いほど嫌な予感がした。


もともと悠翔さんは奏ちゃんとの関係や、あの時のブラックリストの事を話す状況でも嘘をつかなかったところなどで色々と疑心は持っていたけど、今回のはあまりにも不審過ぎる。


(でもこれ、ストーカー行為だから訴えられたら罰金しなくきゃいけなくなるよね)


そんな事を考えながら苦笑いしていると、悠翔さんはスキップをしながら路地裏を進んで行く。


それに急ぎながらも慎重に付いて行くと、悠翔さんはある路地裏で不意にピタリと足を止め、両腕の袖をめくり始めた。


するとその両腕から4つの目玉が付いた悍ましい赤黒い枝のような物が生え、路地裏の壁を蠢き始めた。


(何!?)


その悍ましい光景に、口と鼻から音が漏れないよう手で口と鼻を抑えていると、悠翔さんが何かを呟いている事に気が付いた。


「犯人は女性か医師。被害者は5人でみんなあそこに向かった。両眼を縫われた。それは怒りによるもの」


その呟きを聞いて、悠翔さんがリッパーに付いて考えているのかと思っていると、悠翔さんは何か苛立つように頭をぐしゃぐしゃと搔きむしり始めた。


「怒り?なんに?眼を縫う。怒り。見立て。穢れなく生きろ?穢れた。怒り。穢れ穢れ。・・・まさか!!?」


そんな急な大声に合わせ、壁に蠢く枝が悠翔さんに急ぐように腕に潜り込むと、隠れている私の方に走って来た。


その姿に心拍が跳ね上がり、慌てて路地裏をがむしゃらに走る。


(なんで!バレた!捕まったらどうなる!?助けて!自業自得?なんで!?)


自分の心の中で走馬灯のように色々な感情が交差していると、ある違和感に気が付いた。


自分の足音が鳴って居ない事に。


「(えっ!?)」


それと同時に気が付いた。


自分の喉から声が出て居ない事に。


それに何か嫌な予感がし、後ろに逃げようとした瞬間、体が固定されたように動かなくなった。


「(何がっ!どうなって!?)」


「おやおや、綺麗なお顔をしてますね」


聞き覚えの無い声が聞こえ、その声の方に眼だけを動かすと、そこには黒いローブを着た誰かが立っていた。


そのローブを着た人は、翡翠色の両眼で動けない私をマジマジと眺めると、にたりとした笑みを私に向けた。


「でも、身体の中はどうでしょうね」


その人はそんな意味不明な事を言うと、ローブの隙間から白い手を出し、その手には銀色の美しい短剣が握られて居た。


「(あれは!?)」


その短剣は、捜査資料で嫌と言うほど見た。


今回の連続殺人事件の被害者に刺さっていた短剣。


こいつが今回の事件の犯人だと分かると、胸の奥に冷たい物が生まれ、その冷たさが血流に乗って全身に巡る。


「(嫌、だ!死にたく無い!!助けて!!)」


死にたく無い!


そんな考えが体を支配し、暴れようとするが、無常にも体は動かず、短剣は私の腹に迫ってくる。


「(嫌!!!)」


短剣が私の服と皮膚を突き破り、死の予感を間近で感じていると、私とリッパーの間に、赤い花が舞っている事に気が付いた。


「咲け!!!!」


そんな聞き覚えのある声が辺りに響くと、その赤い花は赤い光を放ち、強い熱風が私の身体を後ろに吹き飛ばす。


「きゃっ!!?」


突然過ぎる衝撃に思考が追いつかず、頭から地面へ着地しようとしてしまうが、頭が地面に当たる直前、私の後頭部を大きな手の感覚包み込んでくれた。


そんな感覚に困惑しながらも眼を開くと、そこには、満面の笑みを浮かべた悠翔さんの顔が映った。


「えっ?なん(でここに!?)」


この場に似合わない笑顔に困惑していると、また体が動かなくなり、言葉も無音に変わってしまう。


「おやおや、貴方は相変わらずに、レディの扱いがなって居ないようです・・・ねぇ!?」


私と同様に吹き飛ばされたリッパーは素早い動きで私達に突っ込んでくるが、私の体に短剣が迫る寸前、壁から無数の白い花が咲いた枝が伸び、その枝からは夜を忘れるほどの光量が弾けた。


「いっ!?」


「逃げるぞ!!」


そんな切羽詰まったような大声が聞こえると、体が持ち上げられ、風が体に当たる感覚を感じ始めた。


「何処に逃げるんですか!?」


「宿!あそこなら雷が居るからな!!」


確かに雷の血縁なら、敵がゼウスとかアレスでは無い限り手も足も出ない。


そんな悠翔さんの考えに納得しながらも、私に何か出来る事は無いかと頭を回していると、悠翔さんは急に私を地面に下ろしてきた。


「どうし」


「走れ!地の利ならあいつにある!!」


「っ! ・・・分かりました!」


相手に地の利があるのなら、一刻も早く雷を呼ばなければと思い、路地裏に向かって足を進める。


(急げ!急げ!!!)


速くしないと悠翔さんが死ぬかもしれないと思い、後悔や戸惑いを抱えながら足を宿に向かわせる。


(速く速く速く!!)


壁に手をつけながら曲がり角を曲がり、ゴミ箱や段ボールに足を取られながらも路地裏を進んでいると、路地裏で死んでいる黒い猫を踏んでしまい、そのまま転んでしまう。


「いっ、つぅ」


膝に痛みが走り、その痛みの発生源に眼を向けると、服ごと皮が破れており、そこからは赤い血がゆっくりと垂れていく。


けれど視界に表通りの景色が写っており、痛む足を引きずりながら路地裏を進もうとすると、背中にむず痒い感覚が走る。


(な・・・に?)


次の瞬間、世界が回った様な目眩が体を襲い、胃の中から今日食べたパンとスープが戻ってきた。


「おっ・・・えぇぇ!!」


自分の胃の中が空っぽになるまで吐くと、こんどは手足が震え始め、足が鎖に繋がれたように重くなる。


「な・・・ん・・・れ?」


そんな意味不明な言葉が口から漏れると、身体が勝手に倒れてしまい、喉の灼熱感と地面の冷たさの感覚を感じていると、意識はそこで途絶えた。



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