第5話 計画
「ふぅ」
日が入らなくなった路地裏に置いてある冷たいゴミ箱の上でため息を吐き、今日買い漁った情報の資料を真剣に見つめる。
俺が今日買った情報は、闇市場の記者から買ったリッパーに関する記事と、軽海さんのところに残った被害者5人分の微かな個人情報だ。
「さて」
記者から買った記事を開き、その内容を読んでいくと、今回の連続殺人はΣιωπή[シオピー]の逸話の見立て殺人だと言う事が描かれていた。
確かΣιωπή[シオピー]の逸話の内容は、母親の男嫌いな神が子供が欲しいと願い、自分の右眼をある湖に投げ入れた事で『シオピー』は生まれた。
その母は『シオピー』に男はダメだとか慎ましく穢れなく生きて欲しいとかで喋る事を禁止したり、男との接触を禁じていたらしいが、ある日母親はそんなどうしようもない自分を愛してくれる男を見つけたらしい。
そして2人は交わり、母は『シオピー』に妊娠を喜んで伝えると、男は穢らわしいと教えられて育った『シオピー』は男と穢れた母を殺し、母の子宮内に居た子供も刺し殺したらしい。
確かに逸話の見立て殺人だと考えると、その殺し方と被害者の死体はよく似ていたし色々と辻褄は合うが、それは人間の感情とは少し矛盾している事が気にかかる。
普通連続殺人とは、快楽的な衝動や殺したい相手と似た奴を練習台に選んで殺す事がほとんどだが、快楽的ならばもう少し期間が空くはずだし、練習台に選ぶにしては被害者達の情報には、それっぽい共通点は無い。
(まぁ、今は良いや)
そう投げやりに思いながら資料を胸ポケットにしまい、ゴミ箱から尻を下ろしてから宿へ向かおうと路地裏から外に出ると、赤い夕暮れの光が街を静かに照らしていた。
(もう、夕方か)
沈み行く綺麗な夕暮れを見ながら、人が群がる道を進もうとしたが、何か足元がざわつき、足が止まる。
自分でも良く分からないが嫌な予感がする。
とりあえず街の路地裏の少し奥にさりげなく身を隠すと、鎧をガシャガシャと鳴らす音が表の道を通り過ぎて行った。
(あっぶな!!)
今通り過ぎたのが神光の街の追っ手だと分かりかなり焦ってしまうが、宿の方から通り過ぎて行ったのだと気付き、安心してしまう。
(まだ、バレてはいないな)
奏が捕まった訳ではない事を安心しながら路地裏から出ると、あっという間に日は沈んでおり、暗くなった街からは街灯の光がポツポツと付き始めた。
そんなぼんやりとした街を眺めながら宿へ足を運び、宿の扉をそっと開けると、綺麗なロビーの奥の方から雷が俺の方をじっと見ていた。
「んっ? どうした?」
「・・・話がある」
雷は一方的にそう言い残すと、ロビーの奥のドアを開け、その部屋の中へ行ってしまう。
「はぁ」
話の内容は代々予想がつき、どう言い訳しようかと考えながら雷が入った部屋の中へ入ると、そこにはリビングのような場所が広がっており、その中心に置かれている木の四角いテーブルに、雷とヒナノさんとエレナさんが座っていた。
その予想外過ぎる光景の前に思考が止まってしまい、嫌な汗が額に噴き出してくる。
「えっと、どう言う状況ですかこれ?」
「とりあえず、座ってください」
ヒナノさんから何か暗い雰囲気で言われ、何も言えずに用意されている席へ座ると、3人の視線が俺に集まり、もの凄く気まずくなってしまう。
そんな気まずさと吐き気がだんだんと胃から登って来るのを感じていると、ヒナノさんが俺の眼を覗き込むように黒い瞳を俺に向けてきた
「今日、神光の街からゼウスの血縁さんがこの宿に来たんだけど、奏ちゃん、あり得ないくらい怯えてたの・・・何があったの?」
案の定、自分が予想していた質問とは違う質問が来て少し焦るが、その質問の仕方から奏を心配しているのだと分かり、頭を回しながら全員の顔を見る。
(・・・3人で口裏を合わせた感じか)
3人の複雑そうな表情を確認し、はっきりとこいつらの立ち位置を頭に入れてから嘘はつかないよう、違和感が出来るだけ出ないよう話を始める。
「・・・まず、奏は何処にいる?」
この質問に雷は俺を警戒するように椅子の背もたれに体を預け、ヒナノさんは俺の顔を真剣な顔で見つめ始めた。
「後ろの部屋で、寝てるよ」
「そうか・・・奏を守ってくれてありがとう」
机の上で頭を下げ、3人に感謝を伝えてから顔を上げると、雷以外の2人は俺を何かを心配そうな顔を向け始めた。
(乗ったな)
とりあえず2人に聞く耳を持たす事に成功し、心の中で笑みが溢れてしまう。
そして後はどうやって問題の雷を味方につけようかと悩んでいると、雷は俺の方に鋭い眼を向けた。
「で、お前らは何でゼウス達に追われてるんだ?」
そんな当然のような質問にどう言う風に答えれば良いかと少し悩んでしまうが、ヒナノさんとエレナさんを味方に付けた今、下手な言い回しは逆効果だと考え、頭を回す。
「・・・単純な話、あいつの血縁は・・・ブラックリストに入ってる血縁なんだ。ちなみに俺はあいつを安息の街へ逃がしたいから追われている」
取り敢えず自分の本音をその場の全員に伝えると、ヒナノさんはため息を、エレナさんは安堵の息を口から漏らしてくれ、こっちも少し安心してしまう。
「とりあえず、貴方と奏ちゃんは何か犯罪を犯した訳じゃ無いんだね」
安心している中、急にそんな事を言われ同様してしまい、その同様に気が付いたのか、雷とヒナノさんは俺の顔を警戒するように見てくる。
(やっば!)
それにかなり焦ってしまうが、これはこいつらを完全に味方にするチャンスなのではと咄嗟に思い付き、わざとらしくため息を吐いて頭を抑え、暗い顔を演じる。
「俺は・・・人を殺してる。奏を逃がす時に数人な」
わざと顔を暗くし、眼だけをヒナノさん達に向けると、その場の全員が気まずそうに俯いていた。
それを見て少し悪戯心が出てしまい、もう少しからかやろうと思ってしまう。
「だから俺をΠροστατέρ[プロスタッテー]に突き出しても構わない。だがその場合、奏でだけは見逃してくれ」
机の上で頼み込むように頭を下げ、しばらくこの部屋の無音を聞いていると、俺の頭に細い女性の指が当たり、顔をそっと上に上げてみると、真剣な表情をこちらに向けるヒナノさんが見えた。
「職業上こんな事言うのはあれですけど、私は貴方達を見逃したいです・・・雷は?」
「・・・こいつ、嘘は付いてないんだろ?なら俺も賛成だ」
その言葉に顔がにやけそうになるが、それを隠すために慌ててもう一度頭を下げる。
(はは、馬鹿だなこいつら)
心の中で精一杯こいつらを馬鹿にしていると口元かにやけてしまい、それが収まるまで頭を下げ続けて顔を上げると、今度は逆に雷が俺に頭を下げていた。
「姉ちゃんを助けてくれて、本当にありがとう」
「あ、えっと、私もありがとうございます」
雷に続くように今度はエレナさんからも頭を下げられて少し困惑してしまうが、ここでキョドッてはおかしがられると思い、冷静に薄い笑みを浮かべる。
「いえいえ、助けられて、本当に良かったです」
そうエレナさんに伝え、奏の顔でも見に行こうとすると、自分の右頬に何か生温かいものが伝ったのを感じた。
「大丈夫、ですか?」
ヒナノさんから心配そうな顔を向けられ、慌てて右頬に手を当てると、自分の瞳から涙が溢れているのが分かった。
「あ、大丈夫です」
何故か流れる涙を指で拭い、ヒナノさんに軽い笑みを向け、涙を流した事を隠すように椅子から立ち上がる。
「えっと、奏の顔が見たいんですけど部屋入っても良いですか?」
「だ、ダメです!!」
そんな大声を出して俺も止めたのは、意外にもあまり会話に参加してこないエレナさんだった。
「えっ、何で?」
急に顔を赤くし出すエレナさんに困惑していると、ヒナノさんは俺に優しそうな笑みを向け、優しく説明をしてくれた。
「あそこ、エレナさんの部屋なんですよ」
「あ、なるほど」
確かに女性の部屋に入るのは失礼だよなと思うが、昨日の事で奏が今どんな状況かも気になってしまい、部屋に入れてくださいと言うか言わないか迷っていると、そんな迷いを察知したように、ヒナノさんが声を掛けてくれる。
「奏ちゃん、今日は見ておこうか?起こすのもあれだし」
そんな唐突な質問に少し困ってしまうが、奏でもずっと男と居るのは気を使うだろうと思い、ヒナノさんに頷く。
「お願いします。じゃあ、俺は部屋に戻りますね」
「うん、おやすみ」
「えっと、おやすみなさい」
「じゃあな」
3人に頭を下げて後ろの出口から出ると、さっきまで我慢していた笑みが口から溢れてしまった。
(ほんとうに・・・馬鹿な奴らだなっ!!)
あいつらを内心で馬鹿にしながら宿の階段を登り、自分の部屋の扉を開けようとしたが、鍵が掛かって開かなかった。
(あれ、俺鍵どうしたっけ!?)
自分が鍵を無くしたのだと悟り、どうしたらいいか悩んでいると、階段から誰かが駆け上がるような足音がし、警戒しながら階段の方に眼を向けると、そこからは慌ただしくエレナさんが飛び出て来た。
「はぁ、えっと、悠翔さんはぁ、鍵忘れてましたよ」
「あ、ありがとうございます」
息を荒くするエレナさんを心配しながら、鍵を右手で受け取ろうとすると、エレナさんから俺の右手を急に両手で掴まれ、その手の柔らかさに驚いてしまう。
(ふぁ!?)
急に手を握られ、慌ててエレナさんの顔を見ると、その顔は全体的に赤く染まっており、片方の金色の瞳には涙が潤んでいた。
「えっ、あ、あの、私、明日、事件の事で聴取を受けるのですが、そ、それが終わったらら、一緒に、食事でも、どう・・・ですか?」
「・・・えっ!?・・えぇ、はい」
急にそんな事を言われ、焦りながらもそう答えてしまうと、エレナさんは満面の笑みを浮かべ、俺の顔をじっと見つめて来た。
「ありがとうございます!」
その笑顔で、エレナさんが俺に好意的な感情を抱いているのだと悟ってしまい、自分の胸の奥に針で刺されたような痛みを感じ、それが身体中に広がっていく。
「えっと、では、おやすみなさい!」
そんな俺にエレナさんは笑顔を向けると、長い髪を揺らしながら機嫌が良さそうに階段の方へ向かっていく。
エレナさんが階段を降りるのを見終え、部屋の中に入って鍵を閉めて長い息を吐く。
そして、右の拳で自分の右の頬を殴りつける。
自分で殴ったからかあまり痛くないが、骨にじんわりと来る痛みのおかげで、胸の奥の痛みはかなりマシになってくれた。
「ははっ」
自分だけしか居ない部屋で、形だけの笑顔を浮かべてベットに横たわると、久しぶりに動いた疲れがどっと自分の体にのしかかって来た。
(あー、しんど)
今日は初めて人の頭を砕いた。
久しぶりに人を騙した。
その罪悪感か、頭が痛い。
けれど眼を閉じると、そんな気持ち悪さがどうでも良くなるほどの眠気が体を襲い、意識は暗い何処かへ落ちていった。
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「・・・ん?」
喉の渇きを感じ、ゆっくりと柔らかいものから体を起こして眼を開くと、見たことが無い部屋に窓掛けから溢れる微かな光が入って来ていた。
少しぼやける眼を擦り、自分が寝ている物へ眼を移すと、そこにはヒナノさんの顔があった。
「えっ!?」
それに少し驚きながら慌ててヒナノさんの体を揺すると、ヒナノさんは少し顔をしかめながら体を起こし、辺りをぼーっとした眼で眺めると、私に柔らかい笑顔を向けてくれた。
「あ、起きたんだね、良かった」
「あ、おはようございます」
そんな柔らかい言葉に、少し気を抜いてしまうけど、あれから自分がどんな状況に居るのか分からず、少し焦ってしまう。
「えっと、私、これからどうなるんですか?」
自分の血縁がバレたのかとか、色々な不安が頭を巡る中、ヒナノさんは私の頭に手を置くと、そのまま頭を撫でてくれた。
「大丈夫だよ、事情は悠翔さんから説明してもらったから・・・怖かったね」
ヒナノさんは安心する笑顔を浮かべながら私の頭の後ろに手を回すと、優しく私を胸に抱き寄せてくれた。
そのおかげで心底安心してしまい、涙が瞳から溢れでてしまう。
「は・・・い」
昨日の怖さを思い出し、その怖さから逃げるためにヒナノさんの暖かい体を抱きしめていると、隣の長い椅子のようなものから、エレナさんが眠たそうに体を起こし、綺麗な赤い髪を触り始めた。
「・・・2人ともおはよう」
「あ、おはようございます」
「おはようございます」
眠たそうに左眼を擦るエレナさんに挨拶をすると、エレナさんは優しく笑い、体をゆっくりと伸ばし始めた。
「ふぅ」
エレナさんは一通り体を伸ばし終えると、椅子から立ち上がり、窓掛けを開けた。
すると眩しい光が薄暗い部屋の中に入り込み、眼が眩んでしまう。
「ヒナノ、朝食は作っておくから二人でシャワーを浴びて来たらどう?」
「あ、じゃあお言葉に甘えますね」
ヒナノさんはエレナさんに頷くと、布団のようなものから降り、私の手を握ってくれた。
「行こっか」
「は、はい」
優しい笑みを向けてくれるヒナノさんに頷き、一緒に部屋の奥に進んでいると、木で出来た引き戸の奥から温かいお湯のような匂いがしてきた。
ヒナノさんがその引き戸を開けると、服も何も身につけていない筋肉が凄い雷さんが、こちらを驚いた顔で見ていた。
「あ、すま」
雷さんが何か言おうとするよりも速く、木の引き戸が素早く閉められ、驚きながらもヒナノさんの顔を見ると、その顔には何が何だか分からないような表情を浮かべていた。
「ヒナノさん?」
「ごめん、ちょっと待って」
ヒナノさんは私に待つように言うと、顔を両手で抑え、その黒い髪の隙間から見える耳は真っ赤に染まっていた。
そんなヒナノさんを見てどうしたら良いか分からないでいると、閉められた引き戸が開き、服をきっちりと来た雷さんが湯殿らしき場所から出てきた。
「すまん、鍵閉め忘れてた」
「あ、うん。大丈夫、だよ」
顔を赤くさせながらそう話すヒナノさんに、雷さんは少し困ったような顔を見せていると、ヒナノさんは口角を無理矢理上に上げた。
「あ、じゃあ私はこの子をお風呂に入れてくるから・・・覗かいでね」
「おう」
ヒナノさんは私の背中に手をまわすと、急ぐように湯殿の中へ入り、凄い勢いで引き戸を閉めて長いため息を吐いた。
「ヒナノさん、大丈夫ですか?」
そんなヒナノさんが心配になり、そう声をかけると、ヒナノさんは私に優しい笑みを浮かべ、頭を軽く撫でてくれた。
「大丈夫だよ。少しビックリしただけだから。さ、お風呂入ろっか」
笑顔を向けてくれるヒナノさんに頷き、少し慣れない服を脱いで、木で出来た籠の中に畳んで入れると、頭の上に白い手拭いのような物を乗った。
驚きながら後ろを振り向くと、白い体を白い布で隠す色っぽいヒナノさんが私に笑顔を向けていた。
「さ、あっちだよ」
綺麗な肌を出すヒナノさんが指を指す方へ行き、硝子のようなものが付いた引き戸を開けると、全面的に白い石のようなもので覆われている湯殿が眼の中に入ってきた。
そんか光景に呆然としていると、ヒナノさんは私を横切り、前の湯殿で見た事があるような形のものを手に取ると、それから出てくるお湯を地面に流し始めた。
しばらくするとヒナノさんは私に手招きをし始め、大人しくヒナノさんの隣へ行くと、見た事があるものから出るお湯を体にかけられた。
すると、温かい温度が体に伝わっていく。
「気持ちい?」
「・・・はい」
お湯の気持ちがいい温もりを眼を閉じて感じていると、お湯が急に止まり、私の頭の上に冷たい何かを感じた。
慌てて眼を開くと、目の前にヒナノさんの少し大きな胸があり、私の頭には細い指の感覚が伝わっていた。
「あ、痛かった?」
「い、いえ、大丈夫です」
心配そうにそう聞いてくるヒナノさんに慌ててそう答えると、私の頭の上に感じる指が動き始め、とても気持ちが良い。
その気持ち良さに身を委ね、体の力を抜いて安心していると、頭の上で動いている指は止まり、今度は温かいお湯の感覚が身体を包み込んだ。
「はぁ〜」
その心地が良い感覚を感じていると、また急にお湯が止まり、それを疑問に思いながら眼を開くと、ヒナノさんは泡が沢山付いたものを差し出していた。
「これで体を洗ってね」
「あ、はい」
泡の塊を受け取り、そのホワホワとした不思議な感触を体に付けて擦っていると、ヒナノさんは体にお湯をかけ、なにかの入れ物から泡を出して自分の体に付け始めた。
それを見て、私は何かされっぱなしだなと思い、ヒナノさんの膝の部分にそっと触れる。
「んっ?どうしたの?」
「いえ、あの、お背中お流ししましょうか?」
「あ、ありがとう」
ヒナノさんは私に頷いてくれると私に背中を向けてくれ、そのツルツルと艶がある背中にそっと手を触れ、ゆっくりと擦る。
「えっと、痛く無いですか?」
「ん〜っ、大丈夫。もっと強くても良いくらいだよ」
そう言われ、少し強めに背中を擦ると、ヒナノさんは気持ち良さそうな声を出し始めた。
それに嬉しくなり、しばらくヒナノさんの背中を擦っていると、ヒナノさんは不意に私の方へ顔を向けた。
「ありがとうね。今度は私が擦るよ」
「あ、はい」
急にそう言われ、慌ててヒナノさんに背中を向けると、背中に柔らかい指先の感覚が伝わり、少しこそばゆい感覚が走る。
「えっと、くすぐったく無い?」
「はい、気持ちがいいです」
本当はこそばゆいけど、それに文句を言っては失礼だと思っていると、背中に感じる感覚は少し強くなり、とても気持ちよくなってくれた。
「そういえばさ、奏ちゃんと悠翔さんってどんな関係なの?」
「えっ?」
唐突にそんな事を聞かれてしまい、どう答えれば良いか悩んでしまうけど、どう考えても答えはどこかはっきりしなかった。
「すみません、私達3日前に会ったばかりですから」
「えっ!?」
そんな疑問の声を上げたヒナノさんに驚き、慌てて後ろを振り向くと、ヒナノさんはとても不思議そうな顔をしていた。
「ねぇ、本当に3日前に初めて会っただけなの?」
「は、はい」
私の答えにヒナノさんは顔を少ししかめると、なにかを考えるように眉間にしわを寄せた。
その顔を見て、自分の答えが変だったのか心配になってくる。
「えっと私、どこかおかしかったですか?」
「あ、いや、なんでもないよ」
私の問いに、ヒナノさんは慌てて笑顔を向けてくれると、なにかを隠すように私にお湯をかけ始めた。
「はい、上がって良いよ」
「・・・ありがとうございました」
そんなヒナノさんの態度に疑問に思いながらもヒナノさんに頭を下げ、引き戸を開けて外に出ると、なにか騒がしい音が引き戸の奥から聞こえてきた。
その音は、誰かが大急ぎで走り去ったような音だった。
(なんだろう?)
いつか聞いた事があるような足音に、それが誰だったっけと考えていると、後ろから引き戸が開き、手拭いで前を隠すヒナノさんが湯殿から出てきた。
「どうしたの?」
「あ、いえ、誰かが走ったような足音が聞こえたので」
綺麗な体のヒナノさんにそう答えると、ヒナノさんは一瞬きょとんした顔を浮かべた。
「奏ちゃん・・・耳いいね。私には聞こえなかったよ」
ヒナノさんはそう言いながら私の頭の上に手を置き、頭を優しく撫でてくれた。
そんなヒナノさんの行動に、心の奥がとても暖かくなっていると、後ろの引き戸が急に開かれ、慌てて後ろを振り向くと、金色の眼を潤ませるエレナさんが引き戸から顔を見せ、裸のヒナノさんに突っ込んだ。
「ヒナノ〜、悠翔さんから朝食断られたよ〜!!」
「いや、え、理由とか言ってた?」
「うん!なんか用事があるって」
「じゃあしょうがないじゃん」
「でも〜!!」
裸のヒナノさんの上で子供のようにぐずるエレナさんを見て、昨日の綺麗で静かな雰囲気とはだいぶ違うことに戸惑っていると、ある疑問が頭の中に思い浮かんだ。
「あの、お2人ともってご友人なんですか?」
「うん、2年くらい前からのね。ちなみに雷とエレナ
さんは姉弟だよ」
そう言われ、頭の中で二人の顔を見比べてみるけど、あまり似ていないと失礼ながら思ってしまう。
そんな事を思いながら取り敢えず二人を置いて褌を身に付けていると、ある事に気がついた。
「えっと、悠翔さん出かけちゃったんですか?」
「うん、奏ちゃんにごめんってて伝えてって」
その言葉を聞いて、今日悠翔さんと一緒に出かけられない事を残念がっていると、ヒナノさんはエレナさんを体から引き剥がし、褌に似たような形の物を身につけ始めた。
「ほらエレナさん、火とか大丈夫なの?」
「あ、スープの火入れっぱなし!」
ヒナノさんの言葉にエレナさんは床からドタバタ立ち上がると、大急ぎでこの部屋から出て行ってしまう。
部屋から出て行くエレナさんの後ろ姿を呆然と眺めていると、ヒナノさんの指先が私の頭に感じ、後ろを振り向いてみると、何処か暗い笑みを浮かべるヒナノさんが眼の中に入り込んできた。
「ごめんね、エレナさんは・・・色々とあったから」
そんな暗い笑みにどんな反応をすれば良いのか悩んでしまっていると、ヒナノさんは私の頭を撫で、さっきの暗い笑みとは反対の、明るい笑顔を向けてくれた。
「ごめんね暗くしちゃって、エレナさんはあんなんだけど料理は上手だから、楽しみにして良いよ」
「えっ?私も食べて良いんですか?」
「うん、大丈夫だよ」
その笑顔を見て、どうしてかこっちまで嬉しくなってしまい、悠翔さんから貰った服をきっちりと着て、エレナさんが待つ食堂へ、ヒナノさんと一緒に足を運んだ。
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「フェスティーナ・レンテー」
路地裏にあるなんの変哲も無い扉をノックし、わざとに辺りに聞こえるようにそう話してから扉を開けると、朝なのに全く日が入らない、真っ暗な部屋が広がっていた。
その部屋に懐かしさを感じながら扉を閉めると、辺りから無数のホローポイントの光が俺へ伸びてきた。
けれどそれが光だけだと知っているため、動揺せずにその場でじっとしていると、辺りからその光は消え、部屋の中に明るい光が灯った。
その光に眼がくらみ、しばらく眼を閉じていると、部屋の奥から足音が聞こえ、それに合わせて眼をゆっくりと開くと、そこには高そうなスーツに身を包んだ煌さんが笑顔で立っていた。
「よう、今日は早起きだったな」
「そうっすね。はいこれ」
今日俺の枕元に置いてあった、糸が巻きついたプラスチックの円柱を煌さんに投げると、その糸は空中で止まり、糸だけが煌さんのスーツに吸い込まれていった。
「で、今日俺を呼んだ理由はなんですか?」
「それは奥で話そう」
部屋の奥に足を運ぶ煌さんに着いて行き、奥にある扉を煌さんが開くと、懐かしく趣味の悪い赤色に統一された部屋が眼の中に入ってきた。
「まぁ、適当に座ってくれ。後ジュースいるか?」
「お願いします」
煌さんにそう答え、用意されてある高そうなソファーに尻を乗せると、俺目掛けてペットボトルが飛んできた。
それを片手で受け取り、頭を下げてキャップを捻ると、パシュッと気泡が弾ける音がし、中身を口の中に流し込むと、冷たく甘い炭酸が口の中に広がった。
「これ、美味いっすね」
「あぁ、新商品だからな」
嬉しそうに煌さんはそう言うと、自分もそのジュースを飲み始め、俺と対角線上になるようにソファーに座り、俺の顔を真剣に眺め始めた。
「で、今日の本題だが、俺は近々この街をぶっ壊そうと思ってる」
「はぁっ!?」
そんな唐突過ぎる話に酷く驚いてしまうが、煌さんのいたって真面目な表情を見て、真剣に話を聞く心構えをする。
「・・・で、それを俺に伝えるメリットは?」
「まぁ、とりあえず俺の話を聞いてくれ。俺の血縁は、知ってるよな?」
「運命の三柱、モイラ[Μοῖρα]でしょ?確か特定の条件が揃えば無常の花が咲き、一定範囲内の血縁の力を無効化するんだっけ?」
自分の朧気な記憶を頼りにそう答えると、煌さんは笑みを浮かべ、胸の中から拳銃を取り出した。
その行動に慌てて両手を上げると、煌さんは悪戯っぽい笑みを浮かべ、銃を机の上に置いた。
「大丈夫だ、安全装置は解除してねぇから」
「あ、なら良か」
その言葉に安心しそうになるが、銃と煌さんの血縁の力、この2つが何を意味しているか分かってしまった。
「なるほど、仲間の血縁の力も使えないデメリットをそれで補う訳ですね」
「そう言う事だ。手順としては、ここら一帯を血縁の力を使った爆弾で爆発させた後、この街全体に俺の血縁の力を張り巡らせて用意した仲間と銃を使ってこの街を制圧する」
「・・・で、それを俺に伝えるメリットは?」
そんな用意周到な作戦を聞き、少し納得してしまうが、この人がわざわざ俺に作戦を伝えるメリットが分からない。
そんな事を考えながらいつでも血縁の力が使えるよう警戒していると、煌さんにしては珍しい、暗い顔を俺に見せた。
「この作戦はこれで終わりじゃない。この街を制圧した後、俺の力で無常の花を作り出し、それを持って神光の街へ行ってあいつらを皆殺しにする。だから、お前の復讐の手助けになるんじゃ無いかと思ってな」
その言葉で、煌さんが4年前に俺が言った事を覚えている事に驚いてしまい、冷や汗が背中から滲み出る。
そんな驚きを急いで隠すように、煌さんに作った笑みを向け、わざとらしくため息を吐く。
「いや、復讐は自分の手でやります。つうか、俺に作戦を伝えた理由は協力を仰ぐためなんでしょう?」
「話が速くて助かる。ところで、お前がこの街を出るのはいつだ?」
「・・・明日っすね」
「オーケー、ならこの作戦実行日は明後日昼だ。それまでにはこの街から出とけよ」
俺を巻き込みたく無いように話す煌さんを見て、胸の奥がズキズキと痛んでくるが、今更罪悪感などを感じても遅いと自分に言い聞かせ、煌さんの顔を真剣に見つめる。
「で、俺は何をしたら良い?」
煌さんに真剣な眼差しを向けてそう聞いてみると、煌さんは胸ポケットから折られた紙を机の上に投げた。
その紙を手に取って広げてみると、この街の見取り図に、赤と黒の丸印が無数に記されていた。
「赤色のところが爆弾を隠している位置だ。それを黒い位置に明日の夜までに仕掛けてくれ。ちゃんと仕掛けてくれりゃなにをやっても構わない」
「・・・分かった」
その紙に書かれた印の位置にざっと眼を通していると、爆弾を仕掛ける位置に、俺たちが泊まっている宿が記されていた。
そのせいか頭の中に迷いが生じるが、特に思い入れも何も無い事を思い出し、紙を折り畳んでズボンのポケットの中へ入れる。
「んじゃ、俺今日用事ありますから、失礼します」
そう言いながら立ち上がろうとした瞬間、煌さんがなにかを俺に向かって投げた。
(ふぁっ!?)
その得体の知れない何かを掴んでしまい、慌ててそれを机の上に投げ落とすと、重たい音が部屋中に鳴り響いた。
その机の上に落としたものは、銃だった。
「おま、危ねぇな!暴発したらどうすんだ!」
「いや、こんな物騒な物を無言で投げる人は・・・居たわ」
そんな事を言いながら、机の上に投げた銃に眼をやると、何故かオートマチックでは無いのに、サプレッサーが先端に取り付けられていた。
「あの、リボルバーってサプレッサー機能しましたっけ?」
「なんだ、お前なら知ってると思ったのに。ナガンだよこれ」
そのナガンと言う名前を聞いて、いつかどっかの図鑑で読んだ事を思い出す。
確か、この世で作られたリボルバーで唯一サプレッサーが付けれるとかなんとか。
「へー、実物なんて初めて見ましたよ」
「それ、やるよ」
「えっ!?良いんですか!?」
こんか貴重な物をくれると言われ子供のように興奮してしまうと、煌さんは嬉しそうに笑い、地面に置いてある紙袋を机の上に置いた。
「この中に予備のサプレッサーと弾が21発入ってる。御守り代わりに持ってけ」
「・・・なんでこんな至れり尽くせりなんっすか?」
煌さんは昔から気前は良かったが、今日に関しては異常過ぎるほど気前が良い。
それを疑問思ってしまい、そう聞いてみると、煌さんは優しいが何処か覚悟を決めたような笑みを俺に向けた。
「これが、俺の最期の復讐だからだ」
その笑みと自分の頭によぎった完全な予想で、この人は死ぬ気で復讐を果たそうとしている事がわかってしまった。
そんな煌さんになにも言えずにナガンを紙袋の中へ入れ、その部屋から出ようとすると、後ろから煌さんがソファーから立ち上がる音がした。
「復讐を成し遂げる為には?」
「・・・自分以外の命を犠牲にしなければならない」
4年前に話した、俺じゃ無いと分からない質問にそう答えると、後ろからはソファーに座る音とため息が聞こえた。
「それでは」
「あぁ、頼んだぞ」
後ろに顔を向けずに頷き、扉を開いて真っ暗な部屋を突っ切って外の路地裏へ出ると、夏の暑苦しい空気を肌に感じた。
(さて)
ため息を吐き、今日の夜に向けて何かした方が良いのかと思いながら、むさ苦しい路地裏から足を遠ざけた。