第4話 陰謀
「・・・んっ?」
ふと水が大量に落ちる音が耳に入り、重たい瞼をゆっくりと開くと、見た事があるような部屋が眼に入って来た。
(ここ・・・は?)
ぼーっとする頭を回し、ここが何処かを考えていると、部屋の中にある扉が開き、顔を濡らした悠翔さんが湯殿らしき場所から出て来るのが見えた。
そんな悠翔さんは私に気が付いたのか、袖で顔を拭き、私に笑顔を向けてくれた。
「おはよう」
「おはようございます」
悠翔さんに軽く頭を下げ、まず何をしようかと考えていると、悠翔さんが水が入った水筒のような物を渡してきてくれる。
「あ、ありがとうございます」
お礼を言い、その水筒のようなものを捻り、中に入った水を口に運ぶ。
その生暖かいお水は、まだ目覚めていない体にゆっくりと染み渡っていき、お水を飲み終えると頭の中は霧が晴れたようにハッキリしてくれた。
「眼は覚めたか?」
「はい!」
悠翔さんに元気よく返事をすると、悠翔さんは私が座っている布団のようなものに腰掛け、私の方に薄い笑みを向けて来た。
「寝起きで悪いけどさ、ちょい聞きたいことがある」
「えっ!は、はい」
急に聞きたい事があると言われ、驚きながらも急いで返事をすると、悠翔さんは自分の顔を恥ずかしそうに抑え、顔を隠した。
「俺に求婚した理由・・・教えてくれ」
その言葉を聞いて、私の顔は急に沸騰しそうなほど熱くなり、心臓がバクバクと高鳴り始める。
「わ、え、えっと・・・少し、時間をください」
「お、おう」
顔を両手で隠し、穴があったら入りたい気持ちを感じながらも、ゆっくりと説明をしていく。
「えっと、私が求婚した理由は、えっと、一目惚れと言うんですかね?」
「はぁ!?」
悠翔さんの大声にびっくりし、心臓が跳ね上がると、申し訳ない気持ちが心から溢れて来てしまう。
「ほんと、ごめんなさいね」
「いや待て待て、ちょっと待て」
待てと何度も言いながら、悠翔さんは顔を大きな両手で覆うと、またため息を吐いた。
「俺、生まれて初めて一目惚れされた」
その声は何処と無く嬉しそうで、そんな悠翔さんをみて、悠翔さんが私の事を嫌っていないことが分かり、さっきまでの気持ちが嘘のように胸の奥がぽかぽかとしてくる。
そんな暖かさを感じていると、突然、扉が激しく叩かれた。
「・・・動くなよ」
唐突な事に何もできずにいると、悠翔さんは布団の隣にある窓を開け、扉の方に向かって足を進めた。
そんな悠翔さんの何かを警戒したような顔を見ると、私の心臓はゆっくりと高まって行き、だんだんと息苦しくなっていく。
「今開けます」
悠翔さんは扉の向こうにいる人にそう返事をしながら左袖をめくり、ゆっくりと扉を開けると、そこには金髪のΠροστατέρ[プロスタッテー]の青黒い服を着た、雷と言う人が立っていた。
「ん、どうかし」
悠翔さんが雷さんに声をかけようとした瞬間、雷さんは悠翔さんの左袖を掴み、膝を首に当ててそのまま壁に押し付けた。
「姉ちゃんは何処だ!?」
「はぁ!?」
雷さんは悠翔さんを睨みつけ、抵抗しようとする悠翔さんをさらに抑えつけようとした瞬間、扉の奥から雷さんと同じ服を着たヒナノさんが、雷さんの肩を掴んだ。
「雷!!」
ヒナノさんは悠翔さんから雷さんを無理やり引き剥がすと、咳き込む悠翔さんを無視し、雷さんを睨みつけた。
その良く分からない状況に、取り敢えず布団から降り、苦しそうに咳き込む悠翔さんに心配しながら近寄ると、悠翔さんは私に苦しそうな笑みを向け、雷さん達の方に顔を向けた。
「えっと、ヒナノさんだっけ?どう言う事だ?」
その質問にヒナノさんはため息を吐くと、こちらに顔を向けてから説明をしてくれた。
「・・・昨晩、この宿のオーナー、エレナさんが行方不明になりました。その証拠集めにご協力をお願いします」
さっきの雷さんの行動を含めて謝るように、ヒナノさんは私達に深々とお辞儀をした。
その行動に困ってしまい、悠翔さんの方に顔を向けると、その顔にはこの場に似つかわしくない薄い笑みを浮かべていた。
「取り敢えず、俺は犯人も状況も知らん。けど、そう言う事に詳しい情報提供者は知っている」
「じゃあそいつと合わせろ!!」
「雷!いい加減にして!!」
その2人の大声にびっくりしてしまい、何となく悠翔さんの左手をそっと握るけど、その悠翔さんの手も震えており、顔を見ればその大声に恐怖を抱いているのは目に見えていた。
けれど悠翔さんは震える息を吐くと、私から手を解いてヒナノさん達に話を続ける。
「でも、条件がある」
「・・・私達がΠροστατέρ[プロスタッテー]と知っての条件ですか?」
「あぁ。だって治安の良いこの街で人攫い。そして未だに証拠を集めてるって事は、人探しの魔術でも見つけられない。それが分かれば答えは1つ、闇市場が関係しているのは眼に見えている」
そんな意味がよく分からない事を言う悠翔さんに疑問を抱いている私とは対照的に、ヒナノさんの眼を鋭くなり、その後ろに居る雷さんもだんだんと眼を見開いていく。
けれど前にいるヒナノさんが細い息を吐くと、なにかを覚悟したような眼を悠翔さんに向けた。
「分かりました、その条件を呑みます」
「じゃあヒナノさん・・・俺が帰るまでしばらく奏と遊んでやってて」
「・・・・・はい?」
「えっ?」
悠翔さんは私に指を指し、そうヒナノさんにお願いする様に言うけれど、その唐突なお願いに私もヒナノさんも驚きの声を上げてしまう。
そんな私達を悠翔さんは無視し、薄い笑みを浮かべたままヒナノさんの後ろにいる雷さんに顔を向けた。
「そして雷、あんたは俺と闇市場へ直行だ」
「・・・分かった」
その雷さんの返事に悠翔さんは部屋の奥に戻って行き、大きな袋の中から小さな袋を取り出すと、私の頭の上に手を置いてから、ヒナノさんに鍵を渡した。
「頼むぞ」
「・・・はい」
悠翔さんの鋭い声にヒナノサさんはゆっくりと頷くと、悠翔さんは私の頭から手を離してそのまま部屋から出て行ってしまい、扉が閉められる。
そんな状況にポカンとしてしまうけど、この部屋の中に居るのがヒナノさんと私だけだと頭が理解すると、とても気まずくなってしまう。
「えっと、遊ぶって何をします?」
取り敢えずヒナノさんにそう聞いてみると、ヒナノさんは私に優しい笑みを浮かべながら部屋の奥へ向かうと、布団に腰をゆっくりとかけ、私に手招きをした。
その手招きに従ってヒナノさんの隣に座ると、ヒナノさんは私に笑顔を向けて頭を優しく撫でてくれたけど、あまり知らない人に頭を撫でられて少し緊張してしまう。
「えっと、君のお名前は?」
「・・・奏です」
「可愛い名前だね、出身場所は?」
「えっと、根国です」
「へーあそこから、遠かったね」
「はい」
少し緊張していたけど、ヒナノさんの質問にゆっくりと答えていくと、緊張していた体は脱力していき、心が落ち着いて行く。
そんな胸の奥がポカポカする様な心地良さを感じていると、ある疑問が頭を過ぎった。
「あの、ヒナノさん、ブラッケマークットってなんですか?」
「ん?ブラックマーケットの事?」
「あ、それの事です」
私がそう答えると、ヒナノさんは少し困った顔をしながら小さく首を捻った。
「まぁ、危ないところだからね。奏ちゃんは知らなくて良いよ」
「そうなん、ですか。ありがとうございます」
微笑みながらそう教えてくれるヒナノさんにお礼を言うけど、ある不安が頭を過る。
(なんで悠翔さんは・・・そんな危ない場所を知ってるんだろう?)
そんな不安を感じ、悠翔さんが心配になってくるけど、この場に本人が居ないせいで、私の答えは誰にも分からなかった。
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(胡散くせぇ・・・)
俺の前を歩いている悠翔と呼ばれる男に連れられ、裏路地を進むが、どうもこいつは胡散臭い。
ヒナノの血縁はΔίκη[ディケー]と言う秩序の女神で、その力で嘘を見抜けるが、こいつは俺たちとの会話の時、情報提供者を知っているとしか言わず、助けるとか協力するとは言わなかった。
そのあからさまにヒナノを警戒している姿は何かを企んでいるようにも見えるが、今のところこいつしか頼れる奴はおらず、闇市場が関係しているのであれば一刻を争う。
(クソが!)
そんな歯痒い思いをしながら足を進めていると、いつのまにか裏路地を抜け、闇市場のむせ返るような臭いが鼻に付いた。
その変な臭いに気持ち悪さを感じるが、悠翔はそんな事を気にもせず、慣れた足付きで人が少ない道を進んでいく。
それに疑問を抱きながらも付いて行くと、紫色の十字が付いた扉に悠翔は入っていった。
(ここは確か、闇病院・・・)
ここには、今回のリッパー事件で何度か調査に来た事があるが、ここに入ってもナースのような女性から門前払いをされるだけだ。
しかし今回は悠翔が居るからか、今回は門前払いはされずに中に案内された。
(こいつは・・・客なのか?)
闇市場は、合法な薬物や商売から非合法の商売まで幅広くあるが、ここではΠροστατέρ[プロスタッテー]でも取り締まりにくい。
何故なら、加害者は証拠不十分な事が多く、被害者の場合は戸籍が無い事が殆どな為、表面的にしか取り締まれない。
そのせいでここに関係する証拠集めはΠροστατέρ[プロスタッテー]本部に申請し、そこから降りる金で客として調査しなくてはならない。
普段通りなら証拠集めに力を注ぎたいが、自分の姉がここと関係していると思うと、怒りでそんな事どうでも良くなってくる。
そんな歯痒い怒りを無理やり押さえつけていると、いつの間にか目の前にあった銀色の奇妙な扉が開き、その奥にはオレンジ色の眼をした50代後半辺りくらいの女性が、驚いた顔でこちらを見ていた。
「悠翔、そいつはなんだい?」
「この人はΠροστατέρ[プロスタッテー]の人ですよ」
悠翔はよく分からない女性に、椅子に座りながらそう軽く返すと、女性の眼は鋭くなり、重いため息を吐いた。
すると後ろに立っているナースのような女からは強い殺気を感じた。
「で、何の用だい?私を捕まえに来たのかい?」
「いえいえ、ヤク中から救って貰った恩は忘れてませんて。単純に情報買いに来たんです」
その話で、こいつが悠翔が言っていた情報提供者なのだと分かると、一刻も早く姉の居場所が知りたくなるが、自分の肌に爪を立てて頭を少し落ち着かせる。
そんな事をしていると老けた女性はため息を吐き、緩くなった眼を悠翔に向けた。
「で、何を買うんだい?」
「人身売買の入荷リスト」
その人身売買と言う単語にとっさに反応してしまう。
「なぜだ?」
「こいつの姉が行方不明で、闇市場が関係している。それで拉致るなら臓器売買もあるが、あの人は綺麗だから人身売買に行ってると思う」
「・・・・金貨10枚だよ」
「じゅっ!?」
そんなぼったくりな値段を聞いて驚いてしまうが、悠翔はなんの惜しみなく金貨10枚を小さな袋から取り出すと、それを机の上に置いた。
女性がその金貨を数え終えると、女性は机の引き出しから紙を取り出し、それを悠翔に渡す。
その広げられた資料を悠翔の後ろから覗き込むように見ると、『Human Trafficking』と書かれたリストに宝石の名前が大量に載っており、その一番下にジェットと書いてあった。
「ビンゴ」
悠翔は何かに気が付いたようにそう言うと、その紙を折り畳んでポケットの中へ入れ、金貨をもう5枚机の上に置いた。
「貴方の夢、俺は応援してます」
悠翔はそんな意味が分からない言葉を言い残すと、椅子から立ち上がり、開いた扉から急いで出て行ってしまう。
「おい待て!」
その悠翔を急いで追いかけて問い詰めようとするが、悠翔は足を止めず、息苦しそうに息を荒げながら説明をする。
「これから人身売買の準備施設に行くぞ!そこでお前の姉ちゃんを取り返す!!」
「そこに姉ちゃんは居るのか!?」
その断定しているような口ぶりに疑心がつのるが、もうそれに賭けるしかと心が勝手に答えを出し、悠翔に着いていく。
足が少し遅い悠翔の速さに合わせて走っていると、悠翔は急に足を止め、息を荒くさせながら電話ボックスに向かい始めた。
「おい!?」
「ちょっと待ってろ!」
悠翔はその一言を残し、電話ボックスの中に入ってしまう。
(何考えてんだ!!)
一刻を争う状況なのに電話ボックスに入り何処かへ電話している悠翔を見ると、虫酸と苛立ちが体を走る。
けれど今すぐにでも姉ちゃんの所へ駆け付けたいが、その場所を知らないため、静かに悠翔が電話を終えるのを待つしか無い。
そんな苛立ちを抑え、腸が煮えくり返る思いを感じていると、やっと悠翔が電話ボックスから出てきた。
「お待たせ」
電話ボックスから出てきた悠翔は、さっきとは打って変わった落ち着いた雰囲気で、俺の方に顔を向けずに道を走っていく。
その姿に困惑を覚えながらも怒りを抑え、人通りが少ない道を走り、悠翔が入ったある路地裏に足を運んだ。
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「なぁ、ヤニス。俺らが本当に商品の護衛なんてしなくちゃならないのか?」
後ろから体がでかいのに心配そうな顔をする、スキンヘッドのヨルゴスが、少し不満そうにの濃い緑色こ眼を向けてくる。
「しょうがないだろ、ボスからの命令なんだから」
ヨルゴスにやれやれと答えるが、正直な話、俺にだって不満はある。
俺らは、Αέρας[アエラス]と言う誘拐グループの1つでもあり、始末屋でもある。
金と依頼があれば証拠を残さず人物を誘拐し、人身売買の競りに出すと言った事をしているが、最近その仕事に飽き飽きしている。
理由は、ボスは俺らにつまらない仕事しか持ってこない。
「まぁ、そろそろ俺らも場所を変えるべきかもな」
「おー賛成!」
そのやけに明るい声が聞こえる方向を見ると、俺らより一回り身長が低い茶髪のニコラが、ナイフを指で回しながら、赤い眼を輝かせて眺めていた。
「んじゃ、この仕事が終わったらトンズラこくか」
そんな事を思いながら、競りが始まる時間まで鉄の檻の中で眠る、顔に痣が付いた女を眺めていると、辺りの空気が淀んだ事に気が付いた。
それは、俺の血縁Καικίας[カイキアス]の力で作った風のセンサーに誰かが入ってきたと言う事だった。
「ヨルゴス、ニコラ」
2人の名前を呼ぶと、2人は血縁の力を解放し、ヨルゴスの肌は竜の鱗に変化していき、ニコラの腰からはイソギンチャクの触手のような物が生えていく。
俺も血縁の力を解放すると、俺の周りには小さな雹が無数に現れ、右手には氷で作られた盾が現れた。
「・・・来るぞ」
そう呟き、この部屋唯一の扉に眼をやると、その扉が突如蹴破られる。
飛んでくる扉を雹を操り、勢いを殺しながら木でできた扉を砕くと、赤い髪とその赤い髪よりも濃い赤色の眼の男が視界に入った。
その敵意前回の男に警戒をしていると、そいつは俺の後ろを見た途端、人から発せられるとは思えない雄叫びを上げた。
「あああああぁぁぁぁ!!!!」
その雄叫びに合わせて後ろにいるヨルゴスが男に突っ込んだ次の瞬間、ヨルゴスが有り得ない速さで俺の横を通り抜け、鉄が大きく凹む音が聞こえた。
「お前ら・・・」
俺らのチームの中で、1番物理的に強いヨルゴスがやられた事に驚いていると、その男は何処からか現れた白い帯を四肢に絡め、手の先には銀色の小手の様な物を握りしめた。
「殺す!!」
その男が声を荒げた瞬間、地面を踏み切る音と共にそいつは視界から消え、ニコラが鉄の壁に向かって殴り飛ばされた。
「がっ!?」
物理に強いニコラが一発で沈められた光景に戦慄してしまう。
こいつには、勝てない。
(逃げ)
その場から逃走を図ろうとした瞬間、また地面を踏み切る音が聞こえ、風の揺らぎでそいつが俺の頭を砕こうとしている事が分かり雹の盾で防ごうとするが、その盾ごと後ろに吹き飛ばされ、鉄の硬い衝撃が体を襲い、あまりの勢いに受け身を取り損ねた。
「ぐっ!!」
朦朧とする視界の中に見えた自分の右上腕からは、骨が見えてた。
それが分かると、頭に熱い痛みが込み上げてくる。
(うそ・・・だろ!?)
そんな現実離れした光景に動けないでいると、何かが壊れたような音と鉄格子が開く音が聞こえた。
「姉ちゃん!?」
「あちょ!揺らすなって」
その聞き覚えが無い声が聞こえ、朦朧とする視界を前に向けると、全身を黒い服で統一した男が赤髪の男が抱える女の首もとに手を触れていた。
「見る限り、薬だな。でもまぁ、念のため表の病院に連れて行ってこ」
その黒髪の男の話を聞かずに、赤髪の男は女を連れて、この倉庫から出て行ってしまった。
それを見てなんだったんだと思っていると、体が急激な寒さに襲われ、動きが鈍い首を無理やり床に向けると、辺りには血の池ができていた。
(止血・・・を)
重たい右腕を心臓より上に上げ、服の襟を噛んで舌を噛まないようにしてから、血縁の力で右腕の肉を凍らす。
「うっ!ぐっ!あああぁ!!!」
肉が凍る激痛を味わいながら、尿を垂らしながら、意識を失わぬよう篭った悲鳴を上げ続けていると、腕から感覚が無くなっていく。
「あぁ、はぁ、あぁ」
とりあえず止血出来たのだと分かり、立ち上がろうとすると、俺の前に黒い服を着た男が立っている事に気が付いた。
「なんだ・・・てめ」
そいつに声をかけようとした瞬間、鈍い音と共に景色がぶれた。
「っ!?」
顔に来る痛みで自分が蹴られたのだと分かり、すぐさま血縁の力を使おうとした瞬間、喉に冷たい感覚が入り込み、苦しみが喉を埋め尽くす。
「かっ!?」
そのせいでろくに息が吸えず、血縁の力も使えずに地面でもがいていると、俺の頭に足が乗った。
「えーっと、あ、ちょうど良いところに」
そんな意味不明な言葉が聞こえると、男は俺の頭から足を退け、足音が遠のいていく。
その隙に呼吸を落ち着かせて起きようとしたが、それよりも速く何か重たいものを引きずる音が近づいてきた。
「さようなら」
男がそんな事を言った瞬間に風切り音が聞こえ、凄まじ衝撃となにかを砕く音が聞こえた瞬間、意識がぷつりと途絶えた。
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「死んだ・・・か?」
頭から血を流し、手足を痙攣させている黒髪の男が、本当に死んだのか心配になってくる。
その心配を無くそうと、もう一度鉄パイプを振り上げてその男の頭に振り下ろすと、辺りに鈍い音が響き、両手には頭蓋骨を砕いた感触がちゃんと伝わってくれた。
そのおかげで、安堵の息が口から漏れてしまう。
「さて、後は」
後ろを振り向き、雷が再起不能にしてくれた2人も殺そうとするが、その2人はいつのまにか立ち上がっていた。
「なっ!?」
それに驚き、急いで鉄パイプを構えるが、その2人は今にも倒れそうに体を震わせ、口からは血が漏れていた。
(あ〜、内臓やってんのか。これくらいなら行けるな)
2人が弱っている事に安堵しながら、そいつらの近づこうとするが、巨大の男がこちらを睨んでいる事に気が付き、顔から血の気が引いてしまう。
「お前ゴホッ!誰の命令だ」
「誰の、命令でもねぇよ」
自分の中にある怯えを必死に隠しながら、俺が足を進めた瞬間、急に巨体の男が俺目掛けて突っ込んできた。
「うおっ!?」
体を転がしながら間一髪でそいつを避けると、そいつともう1人の奴に、自分が挟まれている事に気がついた。
(やっべどうしよう)
その絶望的な状況に、冷たい汗が頬を伝う。
(えぇ、どうしよう!血縁の力使って逃げ・・・あ)
この状況から、血縁の力を使って逃げようと考えていると、ある事に気が付いた。
(そっか、こいつら殺すから見せても良いんだった)
それに気がつくと恐怖は遠ざかり、肩が驚くほど軽くなる。
血縁の力を解放して右腕から肉蔓を生やした瞬間、後ろから紫色の触手が襲ってきた。
「あっぶ!!」
地面を転がりながら多分毒がある触手避け、左腕から肉枝を上に伸ばす。
(咲け!)
目を閉じて『月光の花』を枝に咲かせると、白い光が辺りを包み込む。
「っ!!」
「ぐっ!!」
その声に、2人の目が眩んだ事を理解し、右手の蔓に実った種を飲み込んだ瞬間、何か嫌な予感がし、鉄パイプを前に構えると、その鉄パイプに重い衝撃が走った。
「がっ!?」
後ろに吹き飛ばされ、受け身を取って前を向くと、まだ眼が見えて居ないのに、こっちに突っ込んでくる巨体の男が見えた。
(嘘だろ!?)
驚きながらもその男を避けようとした瞬間、左足にチクリとした痛みが走り、鉄パイプを落としてしまう。
「ぐっ!?」
その左足を見ると、そこには細い触手がいつのまにか刺さっていた。
「ふっ!!」
その声に視界を前に向けた瞬間、鱗が付いたでかい拳が視界を埋め尽くしていた。
(あっ)
次の瞬間、体が勝手に後ろに吹き飛び、地面を何度も跳ねながら壁に激突し、内臓と脳の揺れのせいで、口から苦いなにかを大量に吐き出してしまう。
「ウェェ・・オ・・ェェ!!」
口から溢れる苦く熱いものが止まり、気持ちが悪い頭を上に上げると、左の視界は赤く染まっており、右の視界には巨体の男が迫って来るのが見えていた。
(やべ、死んだ)
そんな事を思い、自分の死を実感していると、体がドクンと跳ね、重い体に段々と力が湧いてくる。
(来た・・・か)
軽くなった体を壁から起こし、迫り来る遅い拳を左拳で弾く。
「っ!?」
そして腰をひねりながら右足を男の腹に打ち込むと、顔に熱い血が大量に掛かり、男はその場に膝から崩れ落ちた。
まだ息がある男の鼻を塞ぐように、右手から生やした肉枝を埋め込み、穴の奥に向けて枝を伸ばしていくと、男は声にならない声を上げ始め、ジタバタと地面で暴れ始めた。
肉枝を断ち切り、もがき苦しむ男からから少し離れてから、体の中を巡る毒を左手に生やした蔓に吸収させて解毒し、首を傾けての骨を鳴らす。
「さて・・・」
自分の体の調子を試しながら、残った奴の顔を見ると、そいつの顔は怯えを隠したような笑みを浮かべていた。
その笑みを見ると嬉しくなってしまい、軽い足取りで落ちている歪んだ鉄パイプを拾う。
その鉄パイプの両端を掴み、そいつと間合いを詰めようとした瞬間、無数の触手が俺を襲って来たが、それらは全部遅い。
鉄パイプを前に構え、杖術の要領で触手を弾きながら間合い詰めていると、そいつはナイフを腰のベルトから取り出した。
そのナイフを見た瞬間に肌がざわつき、わざとに触手を躱さずに突っ込み、鉄パイプを右手の逆手で振り抜き、そいつのナイフを最優先で落とす。
体の中の蔓に吸収させながら、振り抜いた鉄パイプのもう片方の端を左手で掴み、右手を滑らせながらそいつの左側頭部に鉄パイプを叩き込むと、そいつは受け身も取れず、激しく地面とキスをした。
「やべっ!」
手足を震わすそいつの髪を掴み、そいつの瞳を慌てて見ると、眼からは血も出ておらず、潰れてもいない。
「良かった〜」
安堵の息を吐きながら、念のため鉄パイプをもう一度振りかぶり、そいつの眼を傷つけないようにしながら、鉄パイプを振り下ろす。
「・・・さて」
静かになった部屋の床で、顔に着いた血を拭いながら枝と蔓を体の中に戻し、余った金貨を一枚わざとに落とすと、その音を待っていたように扉が開いた。
扉の先には、黒い髪をワックスで軽く逆立て、高そうなスーツを着た煌さんが、茶色っぽい眼をこちらに向けていた。
「よお!2年ぶりだな悠翔!!」
「そうすっね、久しぶりです」
血が垂れる鉄パイプを地面に放り投げると、煌さんは俺に笑顔を向け、倒れた巨体の男をまじまじと見始めた。
「本当に処分してくれたんだな、めっちゃ助かったぞ!」
「煌さん、こいつら脳裂傷で殺したんで、臓器売買に持ってけますよ。でかいやつは内臓何個か逝ってますけど」
煌さんのお礼を無視してそう伝えると、煌さんは悪そうな笑みを俺に向け、その顔をゆっくりと近づけてきた。
「お前、なにが目的だ?助けた奴はお前が俺のところに依頼した商品だよな?」
その笑みからは体が軋むような圧を感じ、この人が闇市場の人身売買を牛耳っている奴だと再認識してしまうが、今はこの人は怖くない。
「ただあの女を利用したいだけですよ。助けたから恩を感じる事でしょうからね」
頰の痛みを感じながら口角を上げると、体に伝わる圧は無くなり、煌さんは俺の肩に手を当てた。
「そうか。まぁ、俺にゃ関係の無い事だからな。でも嬉しいぞ!こいつらの臓器を売れば全然黒字だ!!」
煌さんは心底嬉しそうな顔をし、俺の肩をバシバシ叩き始めた。
その姿を見て、内心笑みを浮かべてしまう。
「んじゃ煌さん、俺はそろそろ帰りますんで、ではまた」
「おう、やっぱりお前は良い兎だ」
「・・・褒め言葉として受け取っておきます」
煌さんに軽い笑みを向け、自分の砕けた顔の骨と多分血管が切れた眼を治してもらおうと、軽海さんが居る闇病院へ足を運んだ。
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「あ・.・・.そう・・・良かった〜」
電話と呼ばれる、遠くの人の声が聞こえる便利な道具を耳に当て、心底安心したような息を吐くヒナノさんを見て、少し心配になってしまう。
「えっと、どうしたんですか?」
「ごめん、ちょっと待ってね」
ヒナノさんから手の平を向けられ、急いで口を閉じると、ヒナノさんは電話をしている相手の話を聞き始めた。
それからしばらくすると、ヒナノさんは安堵の息を吐きながら電話を辞め、私に優しい笑顔を向けてくれた。
「エレナさんが見つかったって」
「あ、良かった〜」
昨日会った綺麗なお姉さんが行方不明だと聞き、ずっと心配していた私にとって、その言葉はとても嬉しい言葉だった。
「それで今から一旦帰ってくるって」
「本当に、良かったですね」
「・・・うん」
私の言葉にヒナノさんは私の頭に手を置いてくれ、頭を優しく撫でてくれた。
それがとても懐かしい故郷を思い出し、それがとても嬉しく、けれも心細くなる。
「うわ!どうしたの!?」
ヒナノさんの慌てたような声が聞こえ、眼を下から上がると、自分の視界が潤んでいる事に気が付いた。
「あ、ごめんなさい」
慌てて涙を拭い、急いでヒナノさんに笑顔を向けるけど、ヒナノさんは心配そうに私の肩に手を当て、私を柔らかい胸に抱き寄せてくれた。
「大丈夫だよ」
ただそれだけの言葉なのに、それを聞いて安心してしまい、瞳から涙がポロポロと溢れていく。
その心地が良い人の体温を感じ、だんだんと眠たくなってしまっていると、部屋の扉が突然叩かれ、びっくりしてしまう。
「あっ、ごめんね」
ヒナノさんは私に謝ると、私から体を離し、扉の方へ行ってしまう。
それに残念がってしまうけど、まだ体に残る暖かな温もりを感じ、とても温かい気持ちになってしまう。
そんな気持ちを感じていると、扉が開く音が聞こえ、そちらを見てみると、そこには金色の鎧を着た、金色の眼をした男の人が立っていた。