第33話 正しき殺意
「へー、『獣の国』ってそんな所なんですね 」
「あぁ、だから奏はそこに逃がそうと思ってた事があったんだが、戦争が起こるかもしれない国だかんな。戦争は嫌だろ? 」
「はい…ありがとうございます 」
悠翔らしき人格の話を聞いた奏ちゃんは納得したように潤んだ瞳を悠翔に向けるが、正直私はこの話を2割も聞いてなかった。
そんな知っている事よりも、他に頭を回さなければならない事があるからだ。
まずさっきの悠翔の言い分で、こいつは信用できないサイコパス野郎だと言うことを理解した。
言っている事もよく分からないし、あんな歪んだ感情論を正しいと思い込んでいる奴など、信用できるはずは無い。
だからこいつに奏ちゃんは近付けたくないが、最悪な事に奏ちゃんは悠翔に懐いてしまっている。
(どうにか引き剥がす…いや、私の位置はバレてしまう か )
奏ちゃんはまだ幼いからか騙されやすい。
適当な理由を付ければ私に着いてきてくれると思うが、私の居場所が常に悠翔にバレているとなると、逃げてもあの脚力で追いかけられればすぐに追いつかれるだろう…
(何か足止めになる様な事を… )
「質問いいですか? 」
「あぁ 」
「どうして私達を追ってる人達はこの街に入ってこないんですか? 」
「正確にいやぁ入っては来れるな 」
「…? 」
説明下手な悠翔の言葉に奏ちゃんはキョトンした様に首を傾けた。
それに可愛らしさを感じながらも、あと4年、この笑顔が続く様にしなければという覚悟が胸を熱くさせる。
「まず、俺らの血縁の力は衝動となって思考に影響するだろ? 俺なら探究心、ルーナは穢れへの嫌悪、奏は………まぁあれだよな 」
(何が言いたいんだこいつ? )
顔を変に歪ませながら言葉を濁す悠翔に、苛立ちと疑問の両方を感じていたが、顔を赤くさせて目線を悠翔からズラす奏ちゃんを見て、奏ちゃんの血縁は性的な事に関する衝動なのだと、裏で生きてきた目が判断した。
「えっと…話を戻す。んで、血縁が変わればそれだけ思考の変化が変わるんだが、厄介な事に『クトゥルフ神話』…この街に居る血縁者達は全員共通の衝動を持っている 」
「…なんです? 」
「宇宙に関する血縁への嫌悪…いや、これは憎悪と言っていいな。簡単にいやぁその血縁を見つけると、殺人衝動に駆られちまう。だから追って共は危険を避けるためにこの街へは来ない 」
「えっ…それじゃあ悠翔さんは? 」
ずっと楽しそうに話を聞いていた奏ちゃんは、悠翔の説明で一気に顔を青くしてしまい、心底心配そうに悠翔を黒い瞳で見つめたけど、対照的に悠翔は明るい笑顔をその顔に浮かべた。
正直いってその笑顔は視界に入れたくないほど胡散臭いものだった。
「まぁ問題は無い。ここは外の情報がほとんど入ってこねぇから血縁の名前を聞いても分かるやつは居ねぇし、目の前で力を発動させなきゃ大丈夫だ 」
「…そうなんですね。安心しました 」
今度は心底安心そうにため息を吐いた奏ちゃんに、今すぐこいつの正体をこの場で暴露したくなったが、そんな事をすれば私は殺されるし、最悪な事を考えれば奏ちゃんも殺されてしまうかもしれないとれいせいになり、周りの音を血縁の力でシャットアウトして冷静に頭を回す。
問題は山積みだ。
金銭は…私の体を売ればいいけど、それだけでは安全な住居を確保し続けるのは難しいし、悠翔に見つかってはならない事を考えると、住める場所はかなり限られる。
有力な場所としては『人探しの魔術』が機能しない『闇市場』か、徹底的に法制が敷かれている『安息の街』が思い浮かんだが、こんな無垢な子供を『闇市場』で暮らさせるのは絶対に嫌だと言う声が心の中で聞こえた。
そうなると、いよいよ悠翔が目的地としている場所、『安息の街』へ向かうしかない。
(確かにあそこなら『ΖΕΥΣ』らは入りにくいし、万が一追ってらが入って来ても、街の中での殺傷や強制的な調査は罪になる…でも)
更なる問題は悠翔と目的地が被ることだ。
裏で生きてきた経験から言うと、こいつは何か…もっとヤバい思想を孕んでいると確信できる。
だからこそ、こいつが奏ちゃんを無事に逃がすフリをして、奏ちゃんの力を何かの計画に利用する事なども考えられるため、『安息の街』すらも安全とは言えない。
(やっぱり…殺すしかない )
けれどこれにも問題がある。
私の体には、ルーン文字の魔道具が埋め込まれているため、並の血縁者には身体能力では引けを取らないが、そんな私よりも身体能力が高い悠翔に勝てるとは思えないし、『磔の神眼』もない私には真っ向からの勝利はない。
そして最大の問題は、悠翔が傷を再生できるという点だ。
悠翔は間違いなく『食屍鬼』に襲われたハズなのに、私達の前に現れる時には、致命傷どころかかすり傷すらもなかった。
どの程度傷を再生させる事ができるのかは不明だが、もしも致命傷すらも再生できるとなると、即死させるしか手がない。
もうそこまで考えると、自分が何をするべきかはもう決まった。
(こいつは…絶対に殺す )
静かな決意を胸に、辺りに意識を戻したが、まだ悠翔と奏ちゃんは楽しそうに話をしていた。
今まで黙ってこいつを殺害する事を考えていたとは悟られないように、適当な話題を悠翔にふる。
「それで…いつ街を出る予定なんですか? 」
「………とりあえず生活用品を集めるから数日後だな。荷物を回収できてないから俺らの所持金はゼロだし 」
「あっ…ごめんなさい 」
「いや謝んなって。あの状況じゃ逃げた方が正しかった 」
「…? 」
謝る奏ちゃんを励ます様な悠翔の声が耳障りに感じたが、悠翔の言葉にある疑問が生まれてしまった。
生活用品を集めてから…それはおかしい。
だって悠翔はこの家の住人を殺しているハズだから、奏ちゃんの目を盗んでこの家のもの全てを盗めばいい。
ただそれで解決するのに、悠翔は『安息の街』へのルートが潰される前に行動しようとはせず、数日かけると言った。
この街に滞在する理由があるのか…
それともこいつは、奏ちゃんを『安息の街』まで守る気がないのか…
…やっぱりこいつは信用できない奴だ。
「んじゃ、そろそろ出るか 」
「あれ、泊めてくれた人を待たないんですか? 」
「その人達は夕方くらいに帰るんだとよ。だから先に生活用品を揃えて、街で会ったら礼を言おうぜ 」
「…そうですね 」
(よくもそんなでまかせを… )
予めそう質問されると予想していた様に、嘘を吐き出す悠翔を見ていると、嫌悪が頭の中を疼かせるが、冷静にため息を吐き、悠翔が立ち上がってから私も立ち上がる。
「そんじゃ行くぞー 」
「はい! 」
「はいはい 」
玄関へと向かう悠翔について行く奏ちゃんの後ろに着き、少し長い廊下を歩きながら、もう一度…無謀で感情的な考えを心の中で呟く。
(悠翔を殺す。そして…奏ちゃんが残りの人生を幸せに過ごせる様にする )
そんな願いを自身に誓う。
私が救えなかった…妹の事を思いながら…
救えなかったあの子の分まで…奏ちゃんを幸せにすると覚悟を決めて…