第31話 矛盾を抱えた者
「今出ます 」
閉まっている鍵を開けて扉をゆっくりと開くと、扉の向こうには黒い髪を胸辺りまで伸ばした、全体的に黒い洋服を着た女が立って居た。
(…殺した事がバレてる感じはねぇな )
「えっと…どちら様ですか? 」
女を視界に捉えながら、こいつ以外に人が居ないかと観察していると、視界に捉えていた女は少し困惑するような顔付きで俺に質問をしてきた。
「…旅の者です。ご好意でこの家に1日泊めて貰いました 」
「あっ、そうなんですね 」
「一応伝言で人が来たら家に上げておいてくれと言われましたが…ご友人は貴方で間違いないですか? 」
人当たりがいい感じを演じながら、即席で考えた嘘を口に出すと、女は分かりやすく顔を明るくさせて頷いて来た。
「はい、間違いありません 」
「そうですか…では中にどうぞ。まぁ自分の家では無いですが 」
扉を大きく開けて女を家の中に入れ、扉を閉めてから女の後ろをついて行くように廊下を歩く。
「えっと…旅人さんは何処から来たんですか? 」
「南の方から来ましたね 」
「わぁ、それは大変だったでしょう? 南の方には『食屍鬼』が沢山居ますから 」
「まぁ、色々と大変ではありましたね 」
不自然に思われないように適当に話を繋いで会話をしながら女をリビングに連れて行き、女が前を向いてる隙に左手に『Þórr』の力で生み出した銀小手を嵌め、右手に嵌めた手袋を外して『Μαραμένο』の枝を静かに蠢かせる。
「そういえば旅人さんは」
後ろを振り返った女の心臓を腰で勢いを付けた銀小手で貫くと、骨を折った感覚と内蔵を潰した決定的な感触が左手にこびり付いた。
「…えっ? 」
何が起こったか分からずに、俺の左腕を眺める女の顔を枝で包み込み、そのまま手首を捻って首をへし折るが、女は顔にまとわりついた枝を引き剥がそうと手をばたつかせる。
「ん〜っ!! ん〜っ!!? 」
(やっぱ、脳を掻き回すか首を切断しないと駄目か )
『クトゥルフ神話』の血縁者を完璧に殺害させるためには、やはり心臓と脳を潰さないといけないかと考えながら、篭った声を出す女を黙らせるために右腕に力を入れると、女の首の骨が外れ、筋肉が悲鳴を上げ、最終的には皮膚が引きちぎれた。
「ふぅ 」
頭という司令塔を失った体が倒れるのを見終え、左手に付いた血を舐めようとした瞬間、後ろの扉がゆっくりと開いた。
「…やっぱり、殺しましたか 」
「悪いか? 」
扉を開けたであろうルーナに顔を向け、ため息を吐きながらこちらを見る隻眼を見つめ、いつでもルーナを殺せるように足を肩幅に少し開く。
「いいえ、私も何度も私情で人を殺してますのでね。他人を人殺しと言える価値はありませんよ 」
大声を上げるようなら殺そうと思っていたが、そう考えているのなら俺には都合がいい。
そんな事を考えながら銀小手に付いた血を舐め、枝が掴んでいる頭と転がっている体を吸収し、ここに女が来た証拠を隠滅する。
「殺した理由は…力を奪うためですか? 」
「あぁそうだが? 」
「…なんのために? 」
「お前に教える意味はあるのか? 」
俺に質問ばかりをしてくるルーナに圧を向けて黙らせようとするが、ルーナは左目に力を入れ、俺を睨み付けて来た。
その目を見ると頭の中が熱くなり、今すぐ俺を見る翡翠色の目を潰したい衝動に駆られるが、両目を失ってしまっては奏の面倒を見させる事ができなくなるため、ため息を吐いて怒りを抑え、ルーナを殺してしまわないように銀小手を消してさっき外した手袋を右手に嵌め直す。
「…あなたが何を思って人を殺そうが、何を目的に行動しようがどうでもいい。けれど、奏ちゃんだけは巻き込むな 」
怒りと覚悟に満ちたルーナの言葉は正直言ってどうでも良いが、こいつは少し勘違いしている事に気が付いた。
「…? 俺は奏を巻き込んだつもりは無いが? 」
「じゃあ何故あの子の傍で人を殺し続ける? 」
「単に都合が良いだけだ。こいつを『安息の街』に逃がした後に力を集めるのは面倒だし、俺が力を複数持て居れば奏を逃がせる確率は上がる 」
俺はあいつを逃がせれれば、どこのどいつが死のうとなんとも思わない。
ただそれだけなのに、ルーナは全く納得が行ってないように俺を睨み付けてくる。
「………お前が小児性愛者ではない事は奏ちゃんを見る目を見れば分かる。でも、やっぱり納得がいかない。お前は奏ちゃんを会ったばかりなのにも関わらずにあの『ΖΕΥΣ』らを敵に回し、身を呈して守ったと聞いた…普通はそんな事しない。お前は…なんのために奏ちゃんを守る… 」
一応小児性愛者とは見られてないんだなと安心するが、その質問にはすぐには返答できなかった。
『ΖΕΥΣ』らを敵に回した理由を話せばそれは俺の過去を話すことになるし、かと言って何も話さなければルーナは俺の目を盗んで奏と逃げてしまう可能性もある。
『神光の街』では今頃、『ブラックリスト』の血縁者と『Yog-Sothoth《ヨグ=ソトース》』の血縁者が一緒に行動していると騒ぎなってしまっているだろうし、それが全国に散らばっている『ギリシャ神話』の血縁者達に伝われば一気に警戒網が厚くなり、ルーナだけの力では奏を守れる事は無理になる。
だからこそ、この場でルーナを納得させるだけの事を話さなければとため息を吐き、俺の過去を隠しながら頭の中で言葉を整理する。
「………お前はさ、奏の未来はどんなものだと思う? 」
「…はっ? 」
ルーナは心底不機嫌そうな声を漏らしたが、奏を説得材料にすればこいつは納得するだろうと考えながら言葉を続ける。
「俺は思うんだ。あいつは幼いのに気配りができるから、このまま成長すれば優しさを持った大人に育つんだって。顔もいい方だから、大人になればすっげぇ美人になるだろうし、人に好かれる才もあるから、きっとあいつの周りには笑顔が咲き乱れるだろうな… だが、それは現実になるのか? いや、このままじゃ絶対にならない。『ブラックリスト』という存在がある限りな! 世界を滅ぼす可能性があると濡れ衣を被り、神に怯え、孤独で死んでいく。そんな事があっていいのか? ある訳無いだろうが!! あいつは幸せになれる人間だ!! それを世界を滅ぼす可能性があるから生きる価値がない!? ふざけるのもたいがいにしろ!! 幸福になれるハズの未来を奪うお前らこそ生きる価値は無い!! だから俺はあいつを守る!! 世界があいつを否定しようが! 俺はあいつを守る!! 今度は! 絶対に守りきる!!! 」
自分が感情的になったのだと喋り終えてしばらくしてから気が付き、口を左手で抑えて何か余計な事を言ってしまったんじゃないかと焦っていると、ルーナの後ろの扉が軋んだ音がした。
その音に反応するように顔を上げると、開いた扉の側には奏が立っていた。
一瞬、人を殺したのがバレたのかと焦ったが、奏の顔は軽蔑を表してはおらず、どちらかと言えばその表情は…喜びで泣いているようだった。
「…なっ、なんで泣いてんだ? 」
「あっ…いえ、安心しただけなんです。どうして悠翔さんがこんなに私を守ってくれるのか分かって… 」
それが分かってどうして泣くのかは全く分からないが、とりあえず殺害の事はバレてないんだなと安心していると、ルーナは睨む目を柔らかくして奏の頭を優しく撫で始めた。
「えっと、少し落ち着こうか 」
「もう一眠りするか? 」
「いえ、大丈夫です。さっきの話の続きも聞きたいですし…あっ! それとこの家の人にお礼を言わないとですね! 」
(……… )
その礼を言われるハズの奴らは俺が喰ったため、奏の優しさを無駄にした事に何故か複雑な思いをしてしまうが、幸か不幸か奏は騙されやすい頭をしてるため、適当に理由を付ければ騙されてくれるだろうと考えながら、ちょうど3人分置かれた机を引く。
「まぁとりあえず座れ。ゆっくり説明してやる 」
「はい! 」
荒ぶった心を落ち着かせながらやや強引に話を切り替えたが、奏は元気よく返事をし、嬉しそうにニコニコしながら俺が引いた椅子に座り、その隣にルーナも座った。
こいつらが座った事を確認してから俺もその対角線上にある椅子に座り、安心しながら奏の顔を見つめる。
「んじゃ、さっきの説明の続きと行こうか 」
そう言いながら頭の中で言葉を整理し、奏でも分かりやすいように話を纏めて今後についての事の説明を共有しあった。