第30話 見えてしまったもの
ふと気がつくと…私は素足で外に居た。
ここはどこか確かめるために辺りを見渡すけど、辺りには1尺先も見えないほど激しい雨が降り注いでいた。
(どうして…こんな所に? )
どうして自分がこんな所に居るのだろうと疑問に思ってしまうけど、それには誰も答えてくれない。
けれどここがどこなのか知りたいから、少し冷たく弾力のある地面を歩く。
雨が降る音が聞こえる…
地面を踏みしめる音も聞こえる…
しばらく歩いたけれど、淡々と濡れた大地が続くだけで、辺りには建物や人も無く、生き物の気配を感じないというか…ここはとても寂しい場所だなと感じてしまう。
(本当に…ここはどこだろう? )
私にはここに来る前の記憶が無い。
何か大事な事をしたような記憶はあるんだけど、それは私が探しているここは何処かという答えには導いてくれない。
けれど足を止めてしまっても何も始まらないから、ずっと濡れた地面を歩いていると、雨霧の中に誰かが倒れてるのが見えた。
(っ!? )
こんな雨の中で倒れてる人が居る事に驚き、慌てて水たまりを踏みながらその人に駆け寄ると、信じられないものを見た時のような声が漏れてしまった。
(…えっ? )
だって倒れていたのは…いつも通りの黒い服を着た悠翔さんだったから。
「悠翔さん!? 」
大急ぎで悠翔さんに駆け寄り、地面にうつ伏せで倒れている悠翔さんの肩を揺すろうとするけど、肩に触れようとした私の手は悠翔さんの肩をすり抜け、手の平には冷たい地面の感触を感じた。
「えっ? 」
目の前の光景が信じられず、何度も何度も悠翔さんの体を触るけど、やはり私の腕は体をすり抜け、冷たい地面の感触を手の平に感じてしまう。
(どうして…どうして!? )
「………っ? 」
雨の中に微かな声が聞こえた。
一瞬空耳かと思ったけど、体を小刻みに揺らす悠翔さんを見て、その声が悠翔さんのものだと言うことに気が付いた。
けれど悠翔さんの目は半分しか開いておらず、その目は死にかけている者の目だとすぐに理解できた瞬間、悠翔さんの足元から黒い霧が迫ってきている事に気が付き、その霧の向こうには人影が見えた。
その霧にも見覚えがある。
それは…死ぬ人の体にまとわりついている死の霧だ。
「悠翔さん!! 」
足元から迫る死から逃げるように、悠翔さんの手を前に引っ張ろうとするが、やはり手は透けてしまい、悠翔さんに触れる事ができない。
こんな事をしている合間にも、死の足音は一歩一歩明確に近付いてくる。
「お願いです! 起きて下さい!! 」
必死に悠翔さんを起こそうと大声を出すけど、悠翔さんは動かず、死の霧から逃げようともしない。
そして私は…諦めてしまった。
体に触れる事はできず、声も届かない現実に…
だから私は…そっと悠翔さんの左手を握りしめた。
「おやすみなさい… 」
どうしてそんな言葉を言ったのかは分からない。
けれどそんな言葉を囁くと、私も眠るように濡れた地面に倒れてしまった…
…
……
………
「っ!? 」
目が覚めた。
一瞬で景色が変わってしまったことに困惑してしまうけど、自分が今横になっている事を理解でき、さっきまで見ていたのは夢だったんだと安心してしまう。
「…良かった 」
「あっ…起きたんだね 」
横から聞き馴染みのある声が聞こえ、声がした方を向くと、そこには布の眼帯を付けたルーナさんが優しい笑顔が見えた。
けれどあの人の姿が無いことに、嫌な事を考えてしまう。
「ルーナさん…悠翔さんは? 」
「………あいつなら」
「おっ、起きたか 」
私の質問に答えるように、丁度よくルーナさんの後ろにある木の扉が開き、その扉の向こうに居たは2つの異なる目を向ける悠翔さんだった。
その姿を見て、私の神様の力がちゃんと効いてくれたのだと安心していると、ふと疑問に思う事ができてしまった。
「えっと…ここは何処ですか? 」
「ここか? ここは『晦冥の街』の家だ 」
その言葉を聞き、私達は一人も欠けることなくここに逃げてこれたんだなと安心していると、悠翔さんはルーナさんの後ろを通って私の足元のほうの布団のようなものに座り、少し真剣な顔をした。
「さて、これから旅の計画を変更する 」
「どうしてですか? 」
「…追ってらが居るだろ? そいつらに俺らがこの街に逃げ込んだことが知られたからな…奏は『眼黙の街』の街で見せた地図を覚えてるか? 」
「はい、少し朧気ですけど 」
「なら話は早い。ちょうどこの街を抜けて北の方に行くと、ブラックリストの法から外れている街、『安息の街』に着くんだが、俺のヘマ…失敗でその追って達に俺らがどこに行きたいかが知られてしまったんだ。だからこの街から『安息の街』に行くのはかなり難しくなってしまった 」
「じゃあ…どうするんですか? 」
「この街に少し準備をしてから一旦『獣の国』へ向かう。そして『獣の国』のツテ…人脈を利用してお前を『安息の街』に逃がす 」
「『獣の国』? 」
聞いたことない国の名前が出てきたせいで首を傾げてしまうと、悠翔さんは何かに気が付いたように笑みを浮かべた。
「そいやお前には言ってなかったな。『獣の国』ってのは」
そんな悠翔さんの説明を遮るように遠くの方で扉が叩かれる音が聞こえた瞬間、悠翔さんの顔は一瞬だけ暗くなった。
「ど、どうかしましたか? 」
「いや…多分客だな。ちょっと出てくるからこの説明は後でな 」
「はい 」
悠翔さんはずっと黙っているルーナさんの後ろを通って開いた扉から出ていくと、そっと扉を閉められた。
すると床を軋ませる音が遠のいていく。
その間にふと周りを見渡してみると、ここは女性の部屋だということに今更ながら気が付いてしまった。
(誰かが泊めてくれたのかな? 後でお礼を言わないと )
「奏ちゃん 」
「はい? 」
ずっと黙っていたルーナさんの小声に、私も小声で反応してしまうと、ルーナさんは誰かにこの話を聞かれたくないのか、私に耳を近付けて来た。
「奏ちゃんはさ…悠翔の事をどう思ってるの? 」
「えっ? 優しくてとてもいい人だと思いますよ 」
「………そう 」
私の返した言葉が変だったのか、ルーナさんは顔を嫌そうに顰めてしまった。
そんな顔を見て、やっぱり悠翔さんとルーナさんは仲間だけど仲が良い訳ではないんだなと思っていると、ルーナさんは私から顔を離して優しい笑顔を浮かべた。
「ごめんね、変なことを聞いて 」
「いえ、構いませんよ 」
ルーナさんの優しそうな笑みを見て、私も精一杯の笑みを返すと、ルーナさんは急に私の頭に手を回して、私はしっかりとした体に抱き寄せられてしまった。
「えっと…どうしたんですか? 」
「奏ちゃんは…私が守るからね 」
「…? 」
奏さんのその言葉はとても嬉しいのだけど、なんというか…その言葉には自己犠牲が含まれているような感じがどうしてもしてしまう。
どうして悠翔さんも奏さんもこんなに私の事を思ってくれるのかは分からないけど、やっぱり…こんな先がない命よりも自分を大切にして欲しいと思ってしまう。
けれど私を力強く抱きしめくれるルーナさんに何も言えず、ただ柔らかい胸の向こうに聞こえる心臓の音を聞き続けることしか、今の私には出来なかった。