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第29話 神が見たもの



「…はぁ 」


 ベランダでため息を吐き、見飽きた夜の『神光の街()』を街の中心にあるバカでかい建物から見下ろす。


 『眼黙の街(がんもくのまち)』の大規模テロが起こった後、色々と手を回しはしたが、結局ブラックマーケットの制圧案は通ってしまい、それはすぐに決行されてしまった。

 方針が完全に決まってしまっては『オリュンポス』の俺でも何もできず、制圧任務に司令官として参加させられてしまったが、正直いってあれは制圧じゃない…

 ただの殺戮だ。


 『Ἀθηνᾶ(アテナ)』や『Ἑρμῆς(ヘルメス)』達が結界や錬金術で逃げ場を奪い、『ΖΕΥΣ(ゼウス)』らがブラックマーケットの建物を『αδάμας(アダマス)』で吹き飛ばし、『ΑΡΗΣ(アレス)』達が残った者達を殺戮する。

 いや、様々な命を奪って来た俺にこんな事を言う価値は無いだろうが…何か別の方法があったかもしれないと悩んでしまうが、その悩み解決しないままため息と共に吐き出され、夜の空気に溶けていってしまう。


「なんで俺は…こんな事してんだろうな… 」


 俺は弱い者を守りたかった。

 この『血縁主義』の街では強い血縁の者が偉く、弱い者には価値がない。

 だからその価値が無いものを守ろうとしたのだが、強くなければ何者からも相手にされず、強ければ俺の地位が高くなり、様々な事をしなければならなくなったため、その『血縁主義』という思想を打ち砕く事は未だにできていない。

 その間にも多くの奴らが苦しみ…嘆き…絶望しながら命を落としていく…


「争いがない平和な世界…か… 」


「やぁゼウスさん…お隣良いかな? 」


 そんな事を思っていると、後ろから柔らかい女の声が聞こえた。

 その聞き覚えのある声にため息を吐きながら振り返ると、そこには1枚の布で作り出した様な服を着た『ナーム』が、タバコ片手に俺に金色の目をむけていた。


「ゼウスはやめろ… 」


「ごめんごめん、わざとだから 」


 相変わらず俺の事をゼウスと呼んでくるナームにため息を吐きながら少し横にズレると、ナームはベランダの柵に肘を置き、長い黒髪を風で揺らしながらタバコに火を付けて煙を吸い始めた。


「…いやータバコは美味しいねー。スピロもどう? 」


「遠慮する。酒とタバコはしない主義でな 」


「ほんっと珍しいよねースピロは。ゼウスの血縁なのに酒も飲まない、女も抱かないなんて 」


「あのなぁ…お前も一応女なんだからそんな事いうな 」


「まぁいいじゃん、私も男に抱かれる事はあるし…私らは血縁上性欲が強いんだからさ、程々に発散しないとねー 」


「はぁ… 」


 ナームの言いたい事は分かるがそれを女が言うとなると、聞いてるこっちの気分はあまりいいものでは無い。

 いやそもそも男の口からでもそんな話は聞きたくない。

 そんな事を思っていると、ふとナームが着ている見た事も無い服に目が行ってしまう。


「そいや…その服はなんだ? すっげぇ動き辛そうに見えるんだが 」


「あっこれ? 裏路地で経営してる『木漏れ日の宿』ってあるでしょ? そこの店主と知り合ってから作って貰ったんだ。なんか『根国』の技術らしくって気に入ってるんだー 」


「『根国』か… 」


 その懐かしい国の名前を聞き、美しい景色が思い出となって蘇ってくる。

 あそこは魔術や血縁を利用した技術が全く発展していない国だが、この街にはない様々な製法や神を祀る昔ながらの文化などが沢山ある国だ。


「…また旅行にでも行きたいもんだな 」


「まぁそれは『獣の国』の一件が収まってからだねー 」


「だな… 」


 とりあえず『獣の国』の問題が収まらなければ旅行に行く所かこの街が滅ぶ可能性もあるため、気を引き締めなければならない。


 別に自分の命が惜しい訳ではないが、この街が滅ぶと問題なのは『ブラックリスト』の件だ。

 俺自体『ブラックリスト』の存在には反対なのだが、これを管理して世界の抑止力になっている『神光の街(しんこうのまち)』が滅んでしまうと、血縁の力を悪用するものが増え、最終的には世界が荒野と化してしまう可能性がある。

 だからこそ、この『獣の国』の問題は慎重に取り扱わなければならない。


「スピロ様、ナーム様、そろそろお時間でございます 」


 そんな事を考えていると、後ろから声が聞こえた。

 振り返ると、開いた扉の側に書類を大量に抱える長い金髪の女、『ゼルフ』が俺らに金色の目を向けている事に気が付いた。


「もうそんな時間か…今行く 」


「えーもうちょっと待ってー。今ダバコ吸い始めたんだし 」


「いいから行くぞ 」


 ナームの口から火がついたタバコを取り上げ、タバコの火を握り込んで消すと、ナームは顔を幼く不満そうに歪めながらも廊下に戻り、それに続くように俺も廊下に入ってベランダの扉を閉め、潰れたタバコをそこら辺に置いてあるゴミ箱に投げ入れてナームが持つ書類を1枚貰う。

 その紙には今日の議論についてのことが事細かに書かれており、正直言ってしまえば帰って本でも読みたいものだと現実逃避してしまう。


「ナーム様も書類に目をお通し下さい 」


「はーい 」


「半分持つぞ 」


「いえ、これは部下の役目です 」


「…そうか、すまないな 」


 嫌そうに書類に目を通すナームを尻目に、とりあえず女に大量に書類を持たせてるのはあれだなと思いながら書類を持とうとするが、それは丁寧に断られてしまった。


 ゼルフは『ゼウス』の血縁者の中で4番目に強い程の実力を持つが、書類整理や情報収集などがとても上手い優秀な部下だ。

 こんな優秀な部下を持っていると、出来損ないの俺が上司ですまないなと申し訳なさを感じてしまっているも、ナームの嫌そうな声が耳に届いた。


「うへー、今日も『獣の国』の事についてじゃん…私この議論嫌いだからサボってもいい? 」


「サボるのは勝手ですが、その場合だとタバコと酒の供給を止めますよ? 」


「邪神より酷いよそれはー! 」


 ナームは口を尖らせながらも書類の山の上に紙を戻し、3人で無駄に長ぇ廊下を歩き続けていると、今度は無駄にでけぇ会議室の扉に着いた。

 なんでこんなにでかくする必要があったんだと言いたくなる扉に右手を当て、扉をゆっくりと開こうとした瞬間、後ろから騒がしい音が近付いて来た。


「んっ? 」


 後ろを振り返ると、そこには黒い鎧を身に纏う、赤髪の『Ἑρμῆς(ヘルメス)』の血縁者がこちらに走って来ており、そいつは俺らの前ですぐさま膝を着くと、荒い息を隠すような大声を発し始めた。


「ヘルメス様! 伝令でございます!! 」


「なーにー? 私達今から会議だから手短にねー 」


「はい! 『新鏡の街』の北部の森に推定ランクX、『Yog-Sothoth《ヨグ=ソトース》』血縁者が現れました! 既に交戦が始まっており、負傷により戦線を離脱した『ΑΡΗΣ(アレス)』の血縁者からは『オリュンポス』の貴方様方に援軍を要請したいと申しております! 」


 ランクXの血縁者が現れ、血の気が多い『ΑΡΗΣ(アレス)』の血縁者らが援軍を要請するとなると、それはかなり不味いなと思ってしまうが、何故かある事が頭の中に引っかかってしまった。


「横からすまない。その戦闘を行った部隊の番号…分かるか? 」


「はっ! 302番です 」


 その番号を聞くと思考が止まり、頭の中にアイツらの顔が思い浮かんだ。


「ゼルフ 」


「はい、なんでしょうか? 」


「悪いが俺は欠席する 」


「はい、行ってらっしゃいませ 」


 話が早くて助かるゼルフに感謝しながら廊下の壁を蹴り破って外に飛び出す。


「『βροντή(雷鳴よ)』!! 」


 体に雷鳴という概念を纏わせ、空気を蹴って空を飛び、空を割るような音を響かせながら『神光の街』から飛び出す。

 光速で移り変わる景色に耐えながら雷鳴をコントロールし、『眼黙の街』を抜けて『新鏡の街』に突っ込み、北部の方の森へ着地したが、コントロールをミスったのか、着地した辺りの木々が炭化してしまった。

 けれど、そんな事がどうでもよくなる違和感が頭の中をくすぶり続ける。


「…おかしい 」


 俺は1度『Yog-Sothoth《ヨグ=ソトース》』の血縁者を見たことがある。

 そいつは天にまで届く長い金色の触手を操り、傷口からは触れたもの全てを腐食させる虹色の泡を生み出していたが、空から見た限りでは金色の触手も虹色の泡も見ていない。


(戦闘が…終わったのか? )


 そうも考えしまうが、それはおかしいとすぐさま思考は否定した。

 『ΑΡΗΣ(アレス)』の平均的な脚力でここから『神光の街』へ行くには3分ほどかかると計算し、俺が『神光の街』を出て10秒ほどでここに着いたが、そんな短時間で戦いが終わるほど『Yog-Sothoth《ヨグ=ソトース》』の血縁者は弱くなく、短時間でアイツらが殺られるハズはない。

 けれど嫌な予感は頭の中を響き渡り、戦闘が起こった痕跡を探すために辺りを歩くと、恐らく陵がぶっぱなしたであろう『αδάμας(アダマス)』の跡を見つけた。

 これを辿って行けば『Yog-Sothoth《ヨグ=ソトース》』の血縁者を見つけられるだろうと思い、地面を抉った跡を辿るように森を走るが、あまりにも森は静か過ぎる。


 まるで…戦闘が終わっているように。


(いや…そんなハズはない! )


 そう自分に言い聞かせ、辺りを警戒したがらも走っていると、『αδάμας(アダマス)』の衝撃波の跡が突如途切れており、途切れた跡から顔を前に上げると、そこには1人の頭の潰れた女の遺体が倒れていた。


 女は黒い『神光の街』で作り出された穴だらけの鎧を着ており、その鎧の色は女が『Ἑρμῆς(ヘルメス)』の血縁者だと言う事を物語っていた。


 部隊番号302…『Ἑρμῆς(ヘルメス)』の血縁者………


「………灯? 」


 この状況に結び付いて欲しくない人物の名が口から漏れると、焦りも絶望も置いて足だけが動き、赤い脳みそがこぼれ落ちている灯に近付いて穴だらけの体を抱き抱える。


 その死体を見ても…何も感じない。

 何も思えない。

 けれど、潰れた顔にあったはずの笑みが頭の中で思い浮かぶと、静かに涙がこぼれ落ち、灯の黒い鎧を濡らしていく。


 言葉が出ない。

 思考が回らない。

 涙が止まらない。


 そんな意味の分からない感情を、軽くなった灯を抱きながら感じていると、ふと周りから茂みを掻き分ける音が聞こえた。

 一瞬何がなんだか分からなかったが、そいつが敵かもしれないと頭に思い浮かんだ瞬間、体を塗り潰すような殺意が体から溢れ出た。


「…出てこい 」


 灯の遺体をそっと地面に寝せながらそう呟くと、辺りから出て来たのはドルイド特有の服を着た男らだった。


「何故…ゼウスがここに? 」


「俺らの邪魔をしに来たのか!? 」


「答えろ! 」


「黙れ 」


 羽虫の羽音のように耳障りな声を出す奴らを圧で黙らせ、この中で1番実力のある男に顔を向ける。


「俺の質問だけに答えろ…『Yog-Sothoth《ヨグ=ソトース》』の血縁者はどこに行った? 」


「………すまないが言っている意味が分からない。俺らは今ここに到着したばかりだ 」


「………そうか 」


 冷静に考えればそれはすぐに分かるハズの答えだった。

 ここに奴らが先に到着していれば、灯の遺体に近づいているハズだし、こいつらが殺したのかと言う気が狂った考えも的外れだと頭に言い聞かせる。

 何よりこんな雑魚達に灯は負けない。


「…その遺体は? 」


「…仲間のものだ 」


「そうか… 」


「はっ、ギリシャ神話の神が死ぬとは情けねぇ 」


「あっ? 」


 後ろから聞こえた男の声に体の中で何か太いものが切れる音が聞こえ、ゆっくりと後ろを振り返ると、そこにはヘラヘラと笑う若い男が居た。


「つうかお前らは神でもなんでもない、ただの紛い」


 男は何か言っていたが、灯を侮辱した男の顔を潰そうと地面を蹴ると風の音で何も聞こえなくなり、反応できずに笑みを浮かべたままの男を殴り付けようと伸ばした拳は、男の目の前に現れた、剣と呼ぶには歪み過ぎた黒い刃によって阻まれ、辺りに轟音を響かせた。


「ダメだよスピロ、私達は他の街には手出ししちゃダメでしょ? 」


 聞きなれた声が空から聞こえ、地面に尻もちを着いた男から目を離して空を見上げると、金色の青い羽が着いた箒に乗って空を飛ぶナームがゆっくりと地面に降りて来た。


「すまない…冷静じゃなかった 」


「まぁ殺ってないなら大丈夫だよ。それよりさ…この子は灯ちゃん? 」


「…あぁ 」


「…そう 」


 『Ἑρμῆς(ヘルメス)』の勘で理解したのか、ナームの口から出た名前に頷くと、ナームは何も言わずに灯の遺体を抱き上げ、割れた頭に額を擦り付けた。


「…残念、まだ沢山話したい事があったのに… 」


 血のついた額を灯から離すナームに何か言葉をかけようとすると、俺の後ろからまた若い男の声が聞こえた。


「結局お前らは紛い物だ! 神は死ぬはず無いんだ! 終わるはずは無いんだ! 死んだそいつは…神なんかじゃない!! 」


 ドルイドの宗教の話なのか、俺には意味が分からないことを喚く男を見て、ドス黒い殺意が体を突き動かそうとするが、その殺意の衝動を自制しようと頭を抑えた瞬間、歪んだ黒い刃が男の右腕を光速で切り落とした。


「あっ? 」


 男は一瞬何が起こったのか分からないような顔をしていたが、一足遅れて痛みを感じ始めたのか、声にならない声を出しながら地面をもがき始めた。


「〜〜〜!!? 」


「なっ!? 『神光の街』は他の街に手を出さないはずじゃないのか!? 」


「やだなー、虫を殺そうとしたら偶然腕が吹き飛んじゃっただけじゃん…君達の首の周りにも虫が居るね? 」


 何処までも優しそうに微笑むナームの言葉に辺りの男達はたじろぎ、微かな風の音が聞こえ始めた中、遺体を抱いたナームはその笑みのまま俺に顔を向けて来た。


「一旦帰るよ。どうやら事態は複雑なようだからね 」


「…あぁ 」


 俺よりも灯と付き合いが長いナームの方が俺なんかよりも怒りを誰かにぶつけたいはずだと考え、荒れる心を今だけは落ち着かせる。


「『金色の御杖(タラリア)』 」


 ナームの言葉と共にもう1本の金色の箒が現れ、それに腰をかけると、ナームの箒が上昇するに合わせて俺の箒も宙に浮かび上がり、俺が移動したルートを辿るように箒は動き始めた。

 その途中に見えた、『新鏡の街』随一の城からは火や黒煙が上がっており、街中ではドルイドの奴らが派手な服を着た貴族達を殺していたが、そんな光景では心が揺れないほど、今の心情は穏やかでは無いらしい。

 そんな光景を光を失ったような視界で眺めていると、辺りに感じる風の感覚と共に、その殺戮の光景は遠のいて行った。




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