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第3話 探偵ごっこ



「初めまして、私はヒナノ。これから君達の事情聴取を始めるね」


黒い髪いじりながら、淡い黒色の両眼をこちらに向ける暗く青い服に身を包む女性を見て、少し不安になってしまう。


ここは、Προστατέρ[プロスタッテー]という悪い人達を捕まえる場所らしく、その中の机と椅子だけが置かれた殺風景な部屋に私達は連れられ、悠翔さんはさっきの事件の犯人に似た扱いをずっとされていた。


「あの、悠翔さん、大丈夫ですか?」


「・・・あんまり」


隣に座っている悠翔さんの顔を見ると、その顔はとても疲れているようで、あまり良い顔をしていない。


その死んだような眼を見て、自分の中にある不安感がさらに大きくなり、心臓が不規則に脈動し始める。


そんな私の心配を察してくれたのか、ヒナノさんが私達に笑顔を向けてくれた。


「あ、これが終わったら帰れるから安心して良いよ」


「そっか・・・後こいつにコーヒー頼む」


悠翔さんの唐突なお願いにヒナノさんはすぐに頷くと、座っている椅子から離れ、後ろの机に置かれている入れ物から湯気が出る何かを湯呑みの中に入れ始めた。


「シロップ、いる?」


「えっ!?えっと、お願いします」


聞いたことが無いものを言われ、とりあえず頷いてしまうと、湯気を出している黒色の何かと2つの小さい物をヒナノさんは机の上に置いてくれた。


「あ、ありがとうございます」


取り敢えずお茶を出してくれたヒナノさんにお礼を言うと、ヒナノさんは私に笑顔を向けてくれた。


その笑顔をみて少し嬉しくなっていたけど、ヒナノさんは椅子に座りなおすと、さっきの笑顔が嘘のような鋭い眼光を悠翔さんに向けた。


「さて、じゃあ君に質問をしていくよ。君は被害者を殺した犯人?」


「違う」


「・・・よし、これで疑いは晴れたね」


(!?!?!?)


たった一回のやりとりで、悠翔さんの犯人の疑いが晴れたことに困惑していると、悠翔さんが私の前に置かれた飲み物に小さな物を入れてそれを私の前に寄せてくれた。


「多分だけど、この人は嘘を見抜ける神の血縁者なんだ。そうじゃなきゃ、聴取に選ばれてねぇよ」


「うーん、その通りなんだけどね」


悠翔さんの言葉にヒナノさんは少し困ったように笑い、机の上に置かれていた紙の山から何かを探し始め,


その間に、ヒナノさんから出された少し苦い飲み物を飲んで心を落ち着かせていると、ヒナノさんは取り出した紙を私達に見えやすいように広げ始めた。


「後もう1つだけ、これはあのお店の見取り図なんだけど、君達はここに居たんだよね?」


その紙のばつ印がある近くを指差され、嫌な事を思い出しながらそれに頷くと、ヒナノさんは背中を椅子に預け、大きなため息を吐いた。


「後、音は聞こえなかった?悲鳴とか刺す音とか」


「聞こえてないな」


「じゃあ力を使った犯行だね」


悠翔さんの返しにヒナノさんは心底めんどくさそうな顔をし、今度は重々しいため息を吐いた。


そんなヒナノさんの顔を見て、今更だけどある事に気が付いてしまい、それをすぐに口に出してしまった。


「ヒナノさんは、眼を縫って無いんですね」


この街に来てから女性で眼を縫って無い人はヒナノさんしか見てないから、どうして付けていないのかが気になってしまった。


するとヒナノさんは私に笑顔を向け、少し恥ずかしそうに髪をいじり始めた。


「うん、仕事柄邪魔なだけだしね。というか、どうして眼を縫うか知ってる?」


そんな唐突な質問に首を傾けていると、悠翔さんは重々しいため息を吐いて、顔を机の上に乗せた。


「そういう民話があるんだ。ある女神は生まれながらに右眼で見たものを(はりつけ)にするって言う力を持っていた。そんな強大な力を女神は瞼を縫って封じた。だから生まれた女性の瞼を縫うと、美しく謙虚に生きるっていうくだらない民話があるんだ」


くだらないという部分を強調して話す悠翔さんに少し違和感を覚えていると、ヒナノさんが悠翔さんに嬉しそうな笑顔を向け、両腕を机の上で組んだ。


「へー、君もくだらないと思うんだね」


「あぁ、瞼を縫うだけで心が謙虚になるわけねぇだろ。というか逆にこええよ」


悠翔さんも少し楽しそうな顔をヒナノさんに向けると、少しだけ胸の奥がチクリと疼いた。


その痛みに疑問を感じていると、悠翔さんは急に顔を暗くさせて顔を机から離し、その暗い眼をヒナノさんに向けた。


「なぁ、これで5人目って本当か?」


「えっ?」


悠翔さんの問いに、ヒナノさんは驚きの声で返すけど、すぐにヒナノさんは鼻から息を吸ってその息を吐くと、また鋭い眼光を悠翔さんに向けた。


「・・・どうして知ってるの?」


「連れて来られる途中、小耳に挟んだけだ」


その言葉にヒナノさんは安堵の息を吐いて、紙の山から何かを取り出し、私達に見えないように、紙をじっと見始めた。


「うん、これで5人目」


「被害者は全員女性?」


「そう・・・だけど、それがどうしたの?」


その問いに悠翔さんが気まずそうな顔をし、人差し指を私に指して来た。


急に指を指され困惑してしまうけど、そんな私を見たヒナノさんは嬉しそうに笑い、持っていた紙を机に伏せえ置いた。


「大丈夫だよ、この犯人が狙うのは18歳以上の富裕層にいる女性だけだから」


ヒナノさんの話に悠翔さんは安心したように体から力を抜き、それに続くようにため息を吐いた。


その状況が理解できずに頭で色々な事を考えていると、ヒナノさんから暖かい笑みを向けられている事に気が付いた。


「悠翔くんだっけ?悠翔くんは君を心配してるんだよ。犯人が狙う条件に君が入って居ないかって」


一瞬何を言われたか理解できなかったけど、その言葉を頭ではっきりと理解すると、痛んでいた胸がとても温かくなり、その喜びが微笑みとなって顔からこぼれ出てしまう。


「えっと、ありがとうございます」


私のお礼を聞いてか、悠翔さんは気まずそうに腕を組み、その間に顔を(うず)めてしまった。


「どういたしまして」


その言葉に胸をさらに温かくしていると、扉が急に開き、大きな音が温かな気持ちを引き裂いた。


「んっ?そいつらの聴取まだ終わってねぇのか?やっぱそいつが犯人だったか」


薄く黒い髭を生やした黒髪のおじさんの声が部屋に響くと、悠翔さんは体をビクつかせ、顔を上げない。


その人はヒナノさんが来る前、ずっと悠翔さんが犯人だと怒鳴っていた人で、その怒鳴り声を聞くたびに悠翔さんさ涙目になっていた事を思い出し、心配になってくる。


「違いますよ、犯人ではありませんでしたから」


「お前の言葉はな、信用ならねえんだよ!!」


男性が青い目を見開かせて急に怒鳴ると、悠翔さんは机を揺らすほど体をビクつかせ、息を荒くし始めた。


そんな悠翔さんの背中を撫でて、落ち着かせようとすると、また新しい足音が聞こえた。


「うるせぇぞ老害」


「あっ?」


部屋の外から若い人の声が聞こえると、おじさんは不機嫌そうな声を出した。


息を荒くする悠翔さんから目を離して入口の方を向くと、そこにはヒナノさんと一緒の服を着た金髪のお兄さんが立っていた。


その人の体や赤い眼をじっと見ると、その人が事件が起こったお店で働いていたお兄さんだという事を思い出した。


「今なんつった?」


「老害って言ったんだが、耳も遠いか?」


そんな馬鹿にするような言葉が聞こえると、おじさんが急にお兄さんに殴りかかり、鈍い音が部屋に響き渡った。


お兄さんはおじさんの拳を守らずに受け、頰を赤く腫れさせたけど、その赤い眼はおじさんを睨みつけており、その眼からは息がつまるほどの圧を感じられた。


(ライ)!!」


そんな無音が響く空間の中、ヒナノさんの耳が痛くなるほどの大声が部屋中に響き渡った。


雷さんはそのまま動かず、冷たい目だけをおじさんに

向けていると、おじさんは気まずくなったのか、部屋からバツが悪そうに出て行ってしまった。


そんな静まり帰った部屋の中で、一番始めに動いたのはヒナノさんだった。


「大丈夫、雷?」


「おう、口の中噛んだだけだ」


雷さんはケラケラと笑っていたけど、それとは正反対にヒナノさんの顔はとても心配そうにしていた。


そんな2人をじっと見ていると、2人の間に何か温かいものを感じ取れ、顔から笑みが溢れてしまう。


「あの、お2人とも付き合っているんですか?」


「いや、俺の仕事上の相棒なだけだ」


そんな雷さんの言葉に、ヒナノさんは少し不機嫌そうに顔を尖らせ、雷さんをじっと見ていた。


それを見て少し微笑ましくなっていると、温かい空間の中に紙が擦れる音が響いた。


音がなる方を見ると、顔を少し赤く晴らした悠翔さんが、机の上に置かれた紙を勝手に見ていた。


「あおい、捜査資料勝手に読むな」


「なぁ、殺された女性って全員子宮を貫かれてたのか?」


雷さんを無視した悠翔さんの言葉に、雷さんはヒナノさんに顔を向けると、ヒナノさんは軽く頷き、椅子に座りなおして悠翔さんをじっと見始めた。


「うん、そうだけど?」


「ど真ん中?」


「ど真ん中とは言えないけど、全部正確に刺されてたよ」


「じゃあ犯人は女性なんだな」


「えっ?」


そんな悠翔さんの犯人を断定するような言い方に辺りは静まり返り、自分の心臓の音がよく聞こえ始めた。


けれどヒナノさんと雷さんは悠翔さんを疑う様子は無く、どちらかと言えば話を真剣に聞いているようだった。


「どうして・・・そう思ったの?」


「いや、子宮って意外に小さいのに、体型が違う被害者全員の子宮を正確に刺してるなら、その位置を知る人物じゃないのかって思っただけだ」


その話を聞いて少し納得していると、お腹の奥が少し冷たくなり、不快感を感じるようになる。


そんな不快感を感じていると、ヒナノさんは大きなため息を吐き、大きく息を吸ってから椅子から立ち上がった。


「うん、分かった。その情報は今後の捜査で役立てるよ」


ヒナノさんは悠翔さんにお礼を言い、悠翔さんが持っている資料を指から引き抜くと紙をまとめ、その紙の山を胸に抱えた。


「さっ、聴取は終了。ごめんけど雷、出口まで案内してくれない?」


「おう」


ヒナノさんの言葉に悠翔さんは立ち上がり、少し元気が無い顔をこちらに向けて来た。


それを見て急いで飲み物を飲み干し、悠翔さん達と一緒に部屋から出ると、廊下の窓から見える景色はすっかり暗くなっていた。


「こっちだ」


道が分からない建物の中を案内をしてくれる雷さんにしばらく付いていくと、建物の出口らしき扉が見え、そこからは夜の冷たい風が入ってきていた。


その出口に向かおうとすると、雷さんは急に振り返り、私達に深々とお辞儀をした。


「捜査協力感謝する」


それに少し驚きながらも軽く頭を下げ返すと、悠翔さんは大きな欠伸をして、頭を下げている雷さんを無視して横を通り過ぎた。


悠翔さんに急いで着いて行こうとするけど、頭を下げている人を無視するのは気が引け、頭をもう1度下げて外で待っている悠翔さんについて行く。


暗く人の気配が少ない道を2人で無言で歩いていると、いつの間にか私達が泊まっていた宿に着いており、その扉を開けると、長い赤髪の女性がこちらに顔を向けていた。


「おかえりなさいませ」


「えっと、ただいまです」


その女性に頭を下げると、女性はとても嬉しそうな顔を私に向けてくれた。


そんなお母さんのような笑顔を見て胸の奥が暖かくなっていると、悠翔さんはそんな私を無視して階段を登り始めた。


「え、えっと、失礼します」


「はい、おやすみなさいませ」


もう1度女性に頭を下げ、悠翔さんを追いかけるように急いで階段を登ると、廊下の奥に見える悠翔さんは扉をもう開けており、部屋の中に入っていた。


昼とは全く態度が違う悠翔さんに違和感を覚えながらも、取り敢えず急いで部屋の中に入ると、少し変な匂いと夜風の匂いが鼻の中に入ってきた。


「えっと、何してるんですか?」


床に座り、炎が出るヘンテコな器具を扱っている悠翔さんにそう質問をすると、悠翔さんは疲れた顔を私に向けて来た。


「スープを作ってるんだ。お前あんまり腹減ってないだろ?」


そんな私の心の不安を読んだ言葉に、心臓がどくんと高鳴ってしまう。


「・・・どうして、分かったんですか?」


「勘・・・」


悠翔さんはそう答えながら袋の中から銀色の湯のみを取り出し、鍋を傾けて湯気が出る温かい物を湯呑みの中に注ぎ始めた。


「来い」


「はっ、はい」


その言葉に大人しく従い、悠翔さんの隣に行くと、床に布に似た物を下に履いてくれた。


「あ、ありがとうございます」


その行動に有り難さを感じながら、フカフカとした物の上に座ると、私の前に温かい物が差し出される。


「熱いから気をつけろ」


頭を下げ、その湯呑みを唇に当てると、熱さで頭に痛みが走る。


けれどしばらくするとその熱さに慣れ、優しい味がする飲み物をゆっくりと飲んでいると、胸に積もる不快な気持ちは少しだけ楽になってくれた。


悠翔さんが火を止めると、辺りには飲み物を啜る音だけが響き、少し気まずい気持ちになっていると、悠翔さんはまたため息を吐いた。


「お前、スープ飲み終わったら寝ろ」


「・・・どう」


してと言おうとしたけど、こちらに向く悠翔さんの哀れむような顔を見て言葉が詰まる。


多分、この人は私が苦しんでいるのが分かってる。


「あの、どうして悠翔さんは平気なんですか?」


私は昔から死体をみると、その顔がなかなか忘れられず、今も目を閉じれば、あの時見た女性の死体が頭に思い浮かぶ。


けど、悠翔さんは死体を正面から見ても笑ってられるほどの神経を持っているから、少し羨ましく思えてしまった。


()()()()()()()()


「聞きたいか?」


その秘訣を聞いて私も楽になれるかもと思ったけど、顔を暗くする悠翔さんの顔を見て、その答えは私が求めている答えじゃ無いという事にはすぐに気が付いた。


「いえ・・・大丈夫です」


「それが良い」


悠翔さんの顔から手に持っている飲み物に目を移し、その飲み物を一気に飲み干すと、体がポカポカと心地がいい温かさに包まれていく。


「えっと、じゃあ先に休みますね」


「おう」


湯呑みを悠翔さんに返して頭を下げ、布団のような物の上に体を乗せると、体は自分が思っている以上に使えれおり、もう起き上がりたく無いと思ってしまう。


けれど目を閉じると、両目が縫われた女性の顔を思い出してしまい、鼓動と呼吸が速くなるせいで全く眠れない。


そんな胸の苦しさを感じていると、悠翔さんが立ち上がる音が聞こえると、ため息を吐く音が部屋の中に響き渡った。


(かなで)、目を開けるなよ」


「えっ?」


そんな事を唐突に言われ少し焦っていると、辺りにふんわりと良い花の香りが広がった。


その香りは、桜の匂い。


その匂いを嗅いでいると、瞼の裏に温かいもの感じ、胸の奥の冷たさと痛さが和らいでいく。


懐かしい故郷の桜の匂いを感じていると、瞼の裏に感じている光がだんだんと暗くなって行き、それが完全に暗くなると、意識はどこかへ行ってしまった。



ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


「・・・寝たか」


奏から細い寝息が聞こえるのを確認し、紫色の瞳が見える醜い肉枝を体に取り込んでからため息を吐く。


静かになった部屋の中で白さんから持ってきてもらったエナジードリンクを鞄から取り出し、それを一気に飲み干して空腹と眠気を飛ばす。


「ふぅ・・・さて」


軽く息を吐き、今日の事件の事を自分なりに考えていると、気になる事が多々あり、それがなにかを確認するために鞄からノートを取り出して床に座り、今日の事件について軽く纏める。


犯行時間は基本は夜。


被害者は女性で富裕層。


全員の死体は両目を縫われ、四肢は磔。


極め付けには、子宮を貫抜かれている。


犯人は血縁の力を使っており、未だ捕まってない。


自分の考えを紙にまとめ、その紙を見てじっと見ていると、ある考えが頭に浮かんだ。


「これって、Σιωπή[シオピー]の血縁じゃね?」


Σιωπή[シオピー]とは、沈黙と貼り付けの神。


つまり、この街のくだらない逸話の元になった神だ。


そんな根拠が無い答えを出し、これであっているのかと頭を掻き毟るが、自分の力の一つ、『旅人の勘』を信じるしか自分の目的を果たす事は出来ない。


「はぁ」


そんな事を思いながら、鞄から金貨10枚と事前に書いておいた小さな手紙を取り出し、それらをポケットの中へ入れて廊下に出る。


扉の鍵を閉め、念のために肉枝を伸ばして鍵を固定し、俺じゃ無いと開かないようにしてから部屋を後にする。


(あいつはまだ、必要だからな)


そんな事を思いながら階段を降りると、下はまだ灯りに包まれており、その明るいフロントから片目を塗った赤髪の女性がこちらを見ていた。


「・・・夜遊びですか?」


「いえ、ちょっと探偵ごっこを」


嘘と真実を混ぜた言葉に赤髪の女性は目を瞑ると、俺に頭を深々と下げて来た。


「お気をつけ下さいね。ここは治安があまり良く無いので」


「・・・心配どうも」


その女性に罪悪感を感じながら軽い言葉を返し、その気持ちを隠すように、急いで宿から出る。


直感に身を任せて夜の街を歩き続け、二年前の朧げな記憶を頼りに、ある路地裏に入る。


鼠や痩せた子猫がいる暗い路地裏をしばらく歩き続けると、不意に路地裏とは思えないほどの光量が、目の中に入り込んで来た。


「っ・・・」


その明る過ぎる光量に目が慣れると、辺りには狭っ苦しいように店が並んでおり、いかにも金持ちの連中のような男と、派手な服を着た両目を縫って居ない女性らが道を歩いていた。


(・・・懐かしいな)


その闇市場のモワッとした空気を全身で感じていると、ひとりのサングラスをかけた茶髪の男が、俺に近寄ってきた。


「そこの兄さん、この店にゃドラッグや死神の粉、なんでも揃ってるよー」


急に話しかけられ驚くが、ここらしいなと懐かしがりながらため息をつき、高まった心臓を落ち着かせる。


「知ってるよ、でも、今は用は無い7)


「そうですかー、なら、またのご来店をお待ちしております」


少し変な匂いがする男から離れ、闇市場の道を淡々と歩くが、その途中も人身売買の店やソープなどの店から声が掛かった。


「興味ない」


それらを断りながら道を進み、銀色の扉に紫色の十字のマークが付いた闇病院へ入る。


すると緑色の両眼以外の部分を白い布で身を包んだ女性が、殺風景な廊下の奥からこちらに向かって歩いてきた。


「ご用件は?」


「me」


適当な2文字を話すと、女性は静かに頷き、廊下の奥の方へ進んでいく。


それに黙って付いて行くと、巨大な銀色の扉の前に着き、女性はその扉に触れると、その重々しい扉は以外にも静かに開いた。


その中には(あお)色のマスクを付け、オレンジ色の両目を縫っていない女性が不機嫌そうにこちらに顔を向けた。


「誰かと思えばお前か」


「お久しぶりです、軽海(かるみ)さん」


二年ぶりに会った軽海さんに頭を下げると、軽海さんはマスクと帽子を取り、少しシワが増えた顔と黒い髪を露わにすると、空いている椅子に指を指した。


そこに軽く頭を下げて座ると、後ろに居た女性から首元に冷たいなにかが突きつけられた。


(ナイフ、かな?)


「嘘を付けば殺す、私がムカついても殺す」


「へいへい」


イラつくような顔を見せる軽海さんに軽く言葉を返すと、軽海さんはため息をつき、右手を横に払った。


すると、首元に当たっていた冷たい感覚は離れていった。


「で、今日は何をしにきたんだい?」


「情報を買いに来た」


俺の言葉に軽海さんは眉をひそめると、ポケットからタバコを取り出し、口に咥えてから机の上に置かれていたライターで火を付ける。


「誰の?」


「ここ一ヶ月で子供を産んだやつ」


「・・・なぜ?」


「リッパーに興味がある」


Προστατέρ[プロスタッテー]の中で聞いた、女性連続殺人犯の異名を話すと、軽海さんはタバコを口から離し、白い煙を口から吐いた。


すると机の中を開け、その中から白い紙を取り出した。


「金貨5枚だよ」


「ほい」


用意していたポケットから金貨を5枚取り出すと、軽海さんはそれを受け取り、今度は俺にその紙を渡して来た。


そのリストを眺めていると、今日の被害者と同じ名前がここに書かれており、資料で見た前の被害者の名前も書いてあった。


「ビンゴだ」


「何か見つけたんだね。んじゃ、ここから帰りたかったから犯人を教えな」


その言葉に合わせ、軽海さんは何処からか取り出した銃を俺に向けて来た。


それに心の中ではかなり焦るがそっと息を吐き、平然を装って話を進める。


「犯人は分からない。けど、だいたい絞れた。闇市場に関する女性か医師だ」


「理由を簡潔に言いな」


「えっと、子宮を正確に刺す。医者か女性。そして血縁の力を使っているのにΠροστατέρ[プロスタッテー]達が捕まえれないのは、戸籍が無いから。後両目を縫うのは多分怒りからだ」


「それは勘かい?」


「あぁ」


俺が喋り終えると辺りは静かになり、軽海さんが吐いたタバコの煙が空気に溶けて行く。


そんな空気をしばらく感じていると、軽海さんはタバコを灰皿に押し付けて火を消し、右手に握っていた銃を腰にしまった。


「さっさと帰りな」


その一言で一安心し、胸を押さえて心臓を落ち着かせる。


「情報ご馳走さまでした」


「ふん」


情報をくれた軽海さんに軽くお礼を言い、紙を四つ折りにしてポケットの中に入れると、後ろにいた女性が銀色の扉を開けた。


その扉を進み、静か過ぎる病院から足を遠ざけ、闇市場の奥へ朧げな記憶を頼りに進む。


「ここだっけ?」


ある武器屋の隣の路地裏に入ってしばらく進むと、そこには黒いローブに身を包んだ、銀髪の男がひっそりと立っていた。


俺が足音をわざとに二回立てると、その男はこちらに顔を向けた。


「・・・お客さんかい?」


「あぁ、この手紙をHTへ頼む」


ポケットから小さな手紙と金貨一枚を男へ渡すと、男はその顔に笑みを浮かべ、翡翠色の眼をこちらに向けて来た。


「了解、お客さんも悪だねー」


「へいへい」


その言葉を軽く流し、そいつの横を通り過ぎて闇市場から足を遠ざける。


しばらく暗い路地を進むと、心地が良い夜の風が吹く街へ、やっと出られた。


「さて・・・帰るか」


深呼吸をし、冷たい空気を体の中に取り込んで心を落ち着かせてから宿へ帰るために道を歩いていると、ある路地裏に何か気配を感じた。


(・・・なんだ?)


なんとなく路地裏から見えないよう、紫色の眼が付いた肉枝を腕から生やし、それに生えている眼で路地裏を見ると、5人の男性が右眼を縫った銀髪の女性を取り囲んでいるのが見えた。


「なぁそこの嬢ちゃん、今ここで死ぬか、俺らに犯されるか、選びな」


「い、嫌」


そんな助けを求めるような女性の声を聞き、反射的に路地裏に突っ込もうとするが、その中のリーダーらしき男性の脚を見て足が止まる。


その男性の脚は人の脚ではなく、無数の蛇がその大きな巨体を支えていた。


(おいおい、Γίγαντες[ギガンテス]の1人かよ)


その男性が神話の中でゼウスに戦争をふっかけた巨人の血縁だと分かると、思考が止まり、ぬるい汗が頬を伝う。


俺の血縁、Μαραμένο[マラメノ]はそこまで強く無いし、目くらましをしたとしても、この人数差と狭い路地では限界がある。


(どうする!?どうしたら!?)


刻一刻と辺りの空気は不味くなり、男達が女性に手を出すのも時間の問題だと分かっているのに動けない自分を呪っていると、路地裏の奥から誰かの足音がした。


「んっ、何やってんだ?」


聞き覚えがある声を聞き、肉枝に意識をさらに集中させて奥にいる人物を見ると、ぼさぼさとした金髪を掻く雷が、路地裏の奥から出てきた。


「あっ?ちょうどいい、お前は金と服を出せ」


「なぁそこの女の人、こいつらに襲われてるで合ってる?」


1人の小物っぽい男の言葉を無視し、雷はそう女性に問うと、女性は涙を流しながら微かに頷いた。


「オーケー」


雷のそんな呟きに合わせ、1人の男が拳を凍らせて殴りかかった瞬間、凄まじい音が辺りに響き、その男が路地裏から文字通り飛び出てきた。


その気絶した男の開いた口を見ると、前歯は見事に砕け、その歯茎からは赤黒い血を大量に流していた。


「お前ら」


そいつを見てざまぁと思っていると、雷が弾ける音が聞こえ、肉枝の方に意識を向けると、金髪を赤髪に染めた雷が広角を上げてにたりと笑っていた。


「死にたくなきゃ、怯えてな!!」


その言葉に合わせ、1人が巨大な斧を構え飛びかかるが、雷はその斧を右手の指先の力だけで逸らし、ガラ空きになった男の顔面に右肘を入れた。


それを見て、男達は水と炎を拳に纏い応戦しようとするが、雷は水を出す男の顔面に裏拳、炎を出す男の腹に鋭い蹴りを入れ、蹴りを入れた男の胸ぐらを掴むと、顔を叩かれて怯んでいる男を巻き込みながら、強引に壁に打ち付けた。


すると男達は口から血を吐き、ピクピクと体を痙攣させて動かなくなり、それを見た女性は腰が抜けたように硬い地面に膝をついた。


「さ、あとはお前だけだぞ?」


赤髪をかきあげる雷と、腕を組んだまま動かないリーダー。


音を出す事すら許されないような空気の中、リーダーの足の蛇が無数に唸り始め、体の筋肉が膨張していく。


(まず)


男が血縁の力を解放した事を悟り、形を変えた肉枝で女性を掴み、女性を壁にぶつけながらも路地裏から強引に引っ張り出す。


「ふせ」


「ぬうっ!!!」


リーダーらしき男が巨大な片腕を振り下ろすと、凄まじい轟音が辺りに響き、辺りの窓ガラスと地面のレンガが一斉に割れる。


その凄まじい音に両耳を塞いで耐え、肉枝で路地裏を見ると、陥没した地面の中心には巨大な腕を白い布を巻きつけた左手で受け止めている雷が見えた。


しかもその男の腕の肉は握り潰され、そこからは面白いほど血があふれ出ていた。


「うぉ」


男が苦悶の声を上げるより速く、右拳が男の胸を撃ち、男は前のめりに倒れ、動かなくなる。


その強さを見て雷の血縁者が分かり、口角が釣り上がる。


(あいつを)


「あのーちょっと良いですか?」


男性の声が聞こえ、反射的に肉枝を体内に戻して後ろを振り向くと、Προστατέρ[プロスタッテー]の服を着た黒髪の帽子を被った男性が、俺をじっと見ていた。


「すみません、ここら辺で金髪の馬鹿見ませんでしたか?」


「ふぁっ!?」


急に話しかけられキョドッていると、後ろの路地裏から男4人を引きずる雷が出てきた。


「またやったのか」


「えぇ。まぁ、こいつは連続強姦魔の1人なんでいいじゃないですか」


赤髪を金髪に戻し、子供のように口を尖らせる雷の姿は、さっきまでの悪神的な笑みを浮かべていたとは思えない。


口を尖らせる雷の肩に帽子を被った男性は手を置くと、その男性はにっこりと笑みを浮かべた。


「ま、上には良いように報告しといてやる。後ここら辺の修理はもう頼んで置いたから帰っていいぞ。立てますか?」


「は、はい」


黒色の髪をした男性が指を鳴らすと、辺りに倒れている男性らは透明な膜に包まれ浮かび上がり、膝を着いている女性に手を差し伸べ、その手を持って女性を立ち上がらせると、そいつらをそのまま刑務所に連れて行った。


その途中、銀髪の女性は俺と雷にお辞儀をされ、その女性の行動嬉しくなっていると、横にいる雷の顔がこちらに向いている事に気がついた。


それに警戒するが、雷は嬉しそうな笑みを浮かべ、俺の胸に拳を置いた。


「お前、あの時女性を助けてくれてありがとな。あのままじゃ女性は大怪我を負ってたからな」


お礼を言われた事に意外性を感じていると、雷は急に腹の音を鳴らし、大きなため息を吐いた。


(そういやこいつ、金持ってなかったんだよな)


今日の昼の事を思い出すと良い事を思い付き、顔に出ないよう心の中で笑みを浮かべる。


「なぁ、女性を助けてくれたお礼だ。何か奢るよ」


「マジで!?」


適当に理由をつけた言葉に雷は顔を急に上げ、それに驚きながらも頷くと、雷は遠慮するそぶりは一切見せずに高そうなステーキ店へ連れられてしまう。


2人で奥の席に座り、注文票を見ていると、雷は勝手に黒髪の店員を呼んだ。


「リブロース1キロで」


「いち!?じゃ、じゃあ俺はランプ200で」


「かしこまりました」


店員の男性は紙に注文を書き留めると、俺達に頭を下げ、店の厨房へ戻っていく。


置かれた水を飲みながら雷に眼をやると、その顔には笑みを浮かべており、後ろの方に何か圧を感じた。


「で、俺に何か聞きたい事でもあんのか?」


俺の心を読んだような言葉に焦るが、こいつの血縁の事を知っているため、本当に心の中を読まれたわけでは無い事を安心する。


そう自分を納得させながら飲んでいる水をテーブルの上に戻し、わざと観念したように息を吐く。


「お見通しか」


「あぁ、あん時捜査資料勝手に読んでたし、事件に興味があるんだろ?けど、捜査の情報は流せねぇから諦めろ」


「いや、俺が知りたいのは捜査の情報じゃなくて、お前らがマスコミに流した情報だ。お前に聞いた方が金がかからなくて速いからな」


俺の言葉に納得するような顔をした雷を見て、また心の中で笑みがこぼれる。


俺の目的は情報をこいつから引き出す事だが、それを話すほどこいつが馬鹿じゃ無い事はわかってる。


だが、捜査の情報を持っているこいつがマスコミの事を話せば、どこかでマスコミに流していない情報に付いて話すかもしれない。


「えっとじゃあ話すぞ」


そんな事を思っていると、雷はため息を吐いてから話始め、それに耳を向ける。


「まず被害者の共通点は18歳以上で富裕層にいる奴。

犯人像は不明。証拠も無し。犯人の血縁も不明。これで終わりだ」


「・・・ふーん、そうか」


雷に適当に返事をし、言われた言葉を心の中で繰り返していると、ある言葉に違和感を感じ、顎に手を当てる。


(証拠は無しか)


普通、血縁の特質的な力を使う為には、体の一部分を変態させなければならず、そうすれば少なからず匂いや傷などの証拠が残る。


血縁の力を使った犯行で、なおかつ証拠が無いのであれば、それは証拠にならない部分の変態。


つまり、眼や声などに関係する血縁。


けれど、声ならば隣にいた俺らが当然気づく。


(やっぱり、Σιωπή[シオピー]か?)


「お待たせしました、リブロース1キロとランプ200グラムです」


そんな勘だけで作ったガバガバな理論を考えていると、店員の声が聞こえ、急いでテーブルから手を退ける。


すると黒い鉄板を埋め尽くすほどの肉の塊が雷の前に差し出され、それを見たせいか、俺の前に置かれた200グラムの肉が驚くほど小さく見え、少し物足りなく感じてしまう。


「ソースはお好みでおかけください。では、ごゆっくり」


「いっただっきまーす!」


雷は子供のような明るい笑顔を見せると、用意されたナイフとフォークで肉の3分の1を切り崩し、そのでかい肉の塊を口の中に放り込んだ。


「うへー」


その美味そうに肉を食べる雷を見て、口の中によだれが溜まり、俺もナイフとフォークで肉を切り、肉の切れ端を口に運ぶと、熱い肉汁と、肉の暴力的な旨味が口の中に広がった。


(うっま!)


肉を無我夢中で食べ続けていると、俺の肉が半分無くなるくらいには、雷は一キロあった肉を全て平らげていた。


「ごっそうさん」


雷は満足そうな息を吐き、置かれている爪楊枝で歯に挟まった肉を取り始め、それに呆れながらソースをステーキにかけて味を変える。


すると視界の端に映っていた雷は、俺に疑問そうな顔を見せた。


「そういやさ、あのちっこい奴とお前、どういう関係なんだ?」


「・・・ただの旅仲間だ」


「そうか」


そう適当に答え、ソースで味が変わった肉を食べきり、手を合わせて背もたれに体を預けると、自然と口から息が漏れ、満足した気持ちを感じるようになる。


しばらくその余韻に浸り、置かれた水を一気に飲み干し、細い息を吐く。


「さて、これでお開きだ。情報ありがとな」


「こっちこそどうも。こんな美味い肉が2日も連続で食えたんだからな」


伝票を取って雷と一緒にレジへ行き、伝票をレジに立っている男性に渡す。


「お値段、銀貨80枚です」


「これでお願いします」


「はぁ!?」


金貨を一枚ポケットから取り出すと、雷は驚きの声を上げ、俺を羨ましそうな顔で見ていた。


「では、銀貨20枚のお返しです」


それを無視し、男性から銀貨が入った袋を受け取って店の外に出ると、満月一歩手前の月が夜空にポツンと浮かんでいた。


「さて、俺は帰るわ」


「んっ」


雷と別れ、宿に帰ろうとするが、俺が進む方向に雷も進み始めた。


それを見て、少し嫌な予感がした。


「お前、どこに住んでんだよ」


「俺か?俺は姉ちゃんの家だ。金払って住ましてもらってる」


「へー」


勝手だが、雷に姉がいる事を以外に思っていると、目的の宿が見え、その『豊癒の宿』に入ろうとすると、雷もその中に足を運び始めた。


「んっ!?」


「あっ?お前ここに泊まってんの!?」


驚きの声を上げる雷に頷き、2人で宿の中に入ると、驚いたような顔をしている女性が立っていた。


「あ、お、おかえりなさいませ」


「ただいまー、ねーちゃん」


「ちょっ!?雷じゃないよ!!」


焦る女性と、笑顔を浮かべる雷を見て笑ってしまうと、女性は顔を赤くし、恥ずかしそうに顔を下に向けた。


それを見てこんな綺麗な姉がいるのかと羨ましがっていると、欠伸が口から漏れてしまい、急激な眠気が体を襲い始めた。


(・・・そろそろ寝るか)


「じゃ、俺は寝る」


「あ、はい、お休みなさいませ」


「おう」


雷達達に軽く頭を下げてから宿の階段を登り、奏が寝ている部屋の扉を開けようとすると、なにかが引っかかり、扉が開かない。


(あ、そっか[


自分の力で鍵を掛けた事を思い出し、右腕から肉枝を出して鍵を固定している肉枝を取り込んで扉を開けると、ベットの上で寝息を立てている奏が見え、一安心してしまう。


(よかった)


何事も無かった奏を見て安心しながら扉を閉め、鍵と肉枝で扉をまた固定し、部屋の電気を付けずに、勘を頼りに鞄から毛布を取り出して床に座る。


毛布で身を包んで寝ようとするが、久しぶりに座って寝る事に気持ち悪さを感じる。


けれど後ろから聞こえる細い寝息をずっと聞いていると、いつのまにか辺りは完全な闇に包まれていた。



ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


「なぁ、姉ちゃん」


今日の収益を計算していると、後ろから声がかかり、後ろを振り向いてみると、少し険しい顔をした雷がこちらを見ていた。


「どうしたの?」


「あの黒い服を着た奴の名前は?」


普通、顧客の名前や情報は教えてはいけないけど、雷にしては珍しい警戒するような顔を見て、そんな考えが何処かへ行ってしまう。


「えっと、悠翔」


「滞在目的とかは言ってたか?」


「たしか、旅の準備をするって言ってたよ」


私の話を聞いた雷は顎に手を当て、真剣になにかを考えていた。


「ねぇ、あの人がどうかしたの?」


そんな雷を見て不安になり、そう質問してしまうと、雷は私の肩に手を当てて、私の顔をじっと見つめた。


「あいつ、人を殺してる」


「ど、どうして、そう思ったの?」


その言葉に少し驚きながらも、冷静に質問をすると、雷は少し暗い顔をし、私から体を離した。


「俺と同じ臭いがしたからだ。だから、気をつけて」


雷のその暗い顔を見て、何を言えばいいか躊躇ったけど、言葉より体が動き、雷の首に手を回して自分より身長が高い雷を抱き寄せる。


「私は、知ってるからね。雷は優しいって事を」


雷の背中を撫で、雷の気持ちが少しでも収まればと思っていると、雷は少し顔をしかめ、私の腕を無理やり解いた。


「姉ちゃん、脇くさいよ」


「なっ!?」


脇を反射的に閉じ、雷から数歩離れると、顔が沸騰しそうなほど熱くなる。


顔を抑え、大好きな弟に脇が臭いと言われた事をショックを覚えていると、今度は雷は私を引き締まった胸板に抱き寄せられた。


「ありがとう」


たったその一言で、自分の恥ずかしい気持ちなどはどこかへ行ってしまい、その暖かい人の温もりを感じていると、その温もりが急に離れ、残念な気持ちになってしまう。


「さて、じゃあ俺はそろそろ出るよ」


「またなの?」


「ああ」


雷は私の頭に手を置いて悪戯っぽく笑うと、その笑みを顔から急に消し、服の襟を引き締めた。


それを見てこれからまた危険な場所に行くのだと悟り、少し複雑な気持ちになる。


けれど、私がする事は変わらない。


「雷、いってらっしゃい」


「ああ」


雷は私の言葉に真剣な顔で頷くと、雷は私に背を向け、外に向かっていく。


振り向かない雷が、闇夜に消えていくのが見えると、涙が瞳から溢れそうになる。


けれど泣いても何も変わらない事を知っているから、先に体を動かして、宿の扉を閉めようとすると、後ろで足音がした。


(えっ!?)


唐突に現れた足音に反応するように後ろを振り向いた瞬間、顔に強い衝撃が走り、視界が揺れ、床の木目が綺麗に見える。


(えっ、え、えっ!?)


動かない体と、強い痛みと気持ち悪さに襲われていると、痛みと意識が遠のき始める。


「捕まえました。・・・へい・・・へーい」


そんな野太い男性の声が聞こえると、腕にチクリとした痛みが走り、視界が回り始める。


そしてとても気持ちが良い感覚に体が包まれると、意識はとっても心地が良い闇の中は落ちていった。



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