第28話 殺戮の始まり
「あそこか 」
『人探し』の力でルーナを見つけ、その場所に向かって全力で走っていると、ある一際大きな岩が見え、その影になっている部分に届くように足でブレーキを掛けると、岩陰に上半身に下着しか身に付けていないルーナが地面に座っていた。
(んっ? なにして )
「奏ちゃん! 」
「っ!? 」
奏に必死に声を掛けるルーナの姿を見て、急いで岩陰に入り込むと、ルーナは俺に気が付いたのか振り向きざまに銀色の短剣を飛ばしてきたが、それを右手で弾き、ルーナに隠れているものを見ると、そこにはルーナが着ていた服をかけられた奏の姿があった。
けれどその息は不安定で、口からは吐血の後が見えていた。
「何があった!? 」
「っ! 貴方でしたか 」
「何があったかと聞いている!! 」
奏の苦しそうな姿に頭の奥が熱くなり、咄嗟に大声を出してしまうと、ルーナは不機嫌そうに顔を歪めたが、取り敢えずは説明をしてくれた。
「貴方が囮になった後、急に吐血したんです。貴方がなにかしたんですか? 」
「俺はんな事しねぇよ 」
その言葉にはルーナは今にもキレそうな顔をしたが、そんな事は別にどうでもいいためルーナの隣に膝を下ろし、すぐさま苦しそうに息をする奏の頬に触れて『Ἀσκληπιός』の力を解放させる。
(内蔵にダメージ…所々血管が破れてる…頭が無事なのは幸いか…筋肉の不自然な硬直…血縁のショック反応か! )
血縁の力を酷使し過ぎた時に起こる症状に何故と一瞬困惑してしまうが、『Ἀσκληπιός』の力は体力以外なら全ての病を確実に治せるため、息を吐いて神経を集中させ、一気に全身の傷を塞いでやると、奏の不自然な呼吸は寝息に変わっていき、上下する肺も正常そのものだった。
「ふぅ…ひとまず安心だな 」
「貴方…何したんですか!? 」
「あっ…そいやお前には言ってなかったな。俺の血縁は『Μαραμένο』、複数の血縁を持てる力として『ブラックリスト』に載った神だ 」
「なっ!? 」
あいつは隠し通す魂胆だったらしいが、あいつがルーナに隠している情報を与えるために、今俺ができる事を全て話す。
「なら今のは 」
「『Ἀσκληπιός』の力だ、体力以外の病なら全て治癒できる 」
「…その力を複数持つ方法は? 」
「そいつの細胞を口径摂取する事だ。お前、あいつから目を取られたろ? そういう事だ 」
「…あいつ? 」
「簡潔に言うと俺は悠翔じゃない。精神面では完璧な別人だ 」
「多重…人格? 」
「あぁその通りだ。あいつは奏だけは確実に助けるつもりだが、お前は捨て石にしても構わないと思っている。だが、お前を管理するために体の中に仕込んだ枝は射程距離に限界がある。もしこいつに何か起こったら名前を変えて何処かで静かに暮らせ 」
あいつの体を指さし、ルーナを助けるために自分が言いたい事を全て伝えると、ルーナは意味が分からなさそうな顔をした。
まぁ当然そうなるのが普通なのだが、あまりここでくっちゃべってる暇は無さそうだ。
なぜなら、『Heimdall』の耳に奴らの足音が聞こえてきたからだ。
「失礼するぞ 」
「ちょっ!? 」
ルーナの腹に左手を回し、余った右手で寝ている奏を抱えあげ、意識がない奏の頭が揺れないようにしながら『晦冥の街』へ走る。
「というか! 『晦冥の街』の中にアテはあるんですか!? 」
「ハッキリ言うとない! だが、あいつには考えがあるようだ!! 」
あいつのやり方は気に食わないし、過去にあんな事があったからと言って同情などできないが、俺の体を支配しているのはあいつなため、俺が戻りたくなくてもあいつに戻ってしまう。
だからこいつらを助けたければ、嫌でもあいつに任せなければならない。
そんな一か八かの賭けのような事をしていると、不意に意識の足場が崩れた様な感覚に陥った。
(…ははっ、もう時間切れか )
『返せ…それは…俺の体だ 』
(勝手に変わったのはそっちだろ? )
『黙れ 』
相変わらず理不尽なことを言う悠翔に苦笑いを浮かべていると、俺に繋がっている意識の糸をナイフで切り落とされ、視界がぐにゃりと歪んだ。
(あぁ…できるなら…アイツを殺さないでくれ… )
『さっさと死んでろ 』
俺と話したくないのか会話を成立させない悠翔にため息を吐いていると、意識の暗闇の中に倒れてしまい、俺に繋がっていた糸は完璧に千切れてしまった。
糸 糸 糸
糸 糸
糸 糸
ぼやけた意識を固め、あいつから切り離した意識の糸を自分に繋ぐと、目の前には奏の静かな寝顔が見え、心底安心してしまう。
「あぁ…無事か 」
「うぐっ!? 」
左手に持っていた重たい何かを地面に落とし、何処も傷付いていない奏の寝顔を眺めていると、後ろから誰かが立ち上がった音が聞こえた。
「なんで…急に落としたんですか… 」
「なんだ、生きてたのかお前 」
「っ!! 」
腹を抑えて痛がるルーナから目を離し、目を閉じてぼやける記憶を整理する。
(『Mordiggian』の血縁者は海沿いの丘にいる…そいつは後で殺しに行くとして、まずは『食屍鬼』共と『晦冥の街』の住人達の問題だな )
そうは考えるものの、『晦冥の街』の情報を持ち帰ったのはある『神光の街』の調査隊だけなため、この目で確かめて見れば更なる問題があるかも知れない。
いや…そんな事はどうでも良かったな。
俺が全員殺すのだから。
「ルーナ、このまま集落に向かう。着いてこい 」
「はいはい 」
腹を軽く摩るルーナを目の端で捉えながら、一刻も早く安全な場所で奏を寝せてやりたい一心で全力で広い平野を走り続けていると、何かの建物が俺の目に見えてきた。
(あれが集落か )
一見なんの対策もしていないように見えるが、集落の周りに『食屍鬼』共が居ないのを見るに、なんらかの対策措置があるのだろうと考え、足を木でできた1件の家の前で止めて後ろを振り返ると、着いてこいと言ったはずなのに、ルーナはかなり遠くの方にいた。
(はぁ…使えねぇな )
生身より少し上くらいの身体能力しか持っていないルーナにため息を吐き、あいつが到着するのを木の家の前でぼんやりと待っていると、数十秒後にルーナはやっと俺の元に辿り着いた。
「あなた…いったいいくつの力を持ってるんですか… 」
「あっ? 」
教えてもいない事を知っているルーナに殺意を放ち、別にこいつを殺しても俺の計画にはなんの支障もないと考えるが、今抱き抱えている奏に返り血が飛んだら嫌だなと思ってしまい、少し冷静になってしまう。
「…あいつが余計なことを言ったか 」
「…さっきの変わる前の人ですか? 」
「まぁ…そんな所だ。ちょっとこいつを頼む 」
抱き抱えている奏をそっとルーナに渡し、1度ため息を吐いてから右腕の枝を蠢かせ、枝の中に収納した『ナガン』という銃を取り出す。
「…なにするつもりで? 」
「黙ってろ 」
さっきから質問ばかりしてくるルーナに軽い殺意を向けて黙らせ、左手に銃を持ってから右手の枝を木製のドアの隙間に潜り込ませて中から扉の鍵を開け、鍵の意味が無くなった扉を開いて中に足を踏み入れる。
軋む木の廊下を歩き、微かに灯りが見える場所に足を進めると、そこには1人の若い女性がランプの下で楽しそうに本を読んでいたが、その女に銃口を向けて引き金を引くと、ガスが抜けるような銃声と共に女性の頭は吹き飛び、本を置いていた机の上に頭が激しく激突した。
けれどこの街の住人全員の血縁は作られた神話、『クトゥルフ神話』の血縁なため、恐らくこれでは死なないだろう。
「ごっ…お? 」
案の定、頭が吹き飛ばされた女性はぶちまけた血液の海から起き上がろうとするが、背中側から心臓を撃ち抜き、右腕から枝を伸ばして女を座っている椅子の上に拘束する。
これなら後は身動き取れずに後は失血死するだろうと思っていると、今度は後ろから足音が聞こえた。
「大丈夫かー? 今なんか音がし… 」
「どうも、初めまして 」
後ろの部屋から出てきた若い男にそう挨拶し、少し隣に避けて頭が吹き飛んだ女性の姿を見せてやると、男性は何か信じられないようなものを見た顔を浮かべたが、俺が女性を殺したとやっと理解したのか、その顔を酷く歪めると、全身から青黒い煙が噴出され、酷い異臭が部屋の中を覆い尽くした。
その煙が晴れると、全身の筋肉から薄く青い薄い汁が分泌された人型の犬がおり、その数えると気が遠くなる数の牙が見える口の中に、先端は注射針のように鋭いのに、根元は俺の顔ほどはある赤い舌が蠢いていた。
(犬…あー『The Hounds of Tindalos《ティンダロスの猟犬》』か )
「がじゅまなさいこまじゃあーーー!!! 」
記憶の中にある、『クトゥルフ神話』のストーリーを思い出していると、犬は意味不明な言葉を叫びながら口を大きく開くが、右手に『巨人殺しの戦鎚』を生み出し、下から戦鎚を振り上げて犬の顔面を吹き飛ばす。
「がっ…ぼ… 」
犬は引きちぎれた首の断面から泡が混じった血と共に声を出そうとしているが、叫ばれて周りの家の住人にバレれば色々と困るため、心臓と鉤爪のように尖った両腕を銃弾で吹き飛ばすと、男性は地面に倒れて、ピクピクと全身を痙攣させ始めた。
「おっ…ご… 」
(…やっぱりか )
『神光の街』の解剖書によると、『クトゥルフ神話』の血縁者は内蔵や神経が人のものでは無く、普通の致命傷を負っても死なないらしかったが、結局筋肉を動かしているのは脳で、身体中に血液を回しているのは心臓なため、殺せなくても重要部位を破壊すればこうして動けなくなるという俺の考えは正しかったようだ。
「ははっ 」
ランクXの血縁の力が俺のものになるという事実に高揚し、地面に散らばった2人の血を舐めようとした瞬間、また新たな足音が聞こえた。
「お父…さん? 」
「やぁお嬢ちゃん、こんばんは 」
寝室らしき場所から出てきた女の子に笑顔を浮かべると、返り血が付いた笑みに恐れたのか、女の子は何かを怖がるように尻もちを付いた。
「お母…さん…お父…さん… 」
今にも泣き出しそうな子供の顔を見て、こいつが泣き出して辺りの住人に気が付かれたら面倒だなと考え、銃口を向けて頭を吹き飛ばすと、硬いようで柔らかいものが地面にぶつかる音が響き、念のために心臓を弾丸で吹き飛ばすと、ちょうど『ナガン』の弾が切れてしまった。
(あー、やっぱり弾数制限があるのが厄介だな )
銃はわざわざ自分の間合いに入れなくても殺せるという利点があるが、弾を撃ち終わった後にリロードを挟まなければならないという点が、少々ネックだ。
(まぁ…せっかく貰った武器だし、有効に使わせてもらおう )
そう考えるが、何故かこの銃をくれた奴の名前も顔も思い出せない。
そもそもそんな奴なんて居たのとも思えってしまう。
(まぁ忘れるって事は、大したやつじゃないんだろう )
出てこない記憶ならどうでもいいと思い、散らばった血液を指先で掬って舐め、左足を中心に広がった『Μαραμένο』の枝でこいつらの死体を吸収すると、『Vé』の力で吸収した血縁の詳細な情報が頭に流れ込んできた。
(『The Hounds of Tindalos《ティンダロスの猟犬》』…『Vulthoom』…『The cat of hamagaro《ハマガロの子猫》』…か。全員使えるな 」
自分の血縁のストックが増えた事が嬉しくて笑みを零してしまうが、アイツらに惨めに殺られた記憶が頭の中で蘇り、苛立ちに身を任せて銃のグリップをこめかみに打ち付けると、景色が揺れると同時に吐き気が喉の奥から込み上げてきた。
(そうだ負けた俺は負けたまた負けた弱い雑魚惨めバカ役立たず死んじまえ生きてる価値なんてない死ね )
自分の頭の中にある言葉を使って必死に自分を罵倒するが、一通り言い終えた後にこれに何か意味があるのだろうかと疑問に思ってしまい、冷静になってしまった。
(ははっ、俺はまだ生きてる。次負けないようにすれば良いだけだ。次は奴らを…皆殺しにできるように )
そう自分に言い聞かせていると、辺りを蠢いていた枝は散らばった肉片も血液も吸収してくれたようで、さっきまでの景色が嘘のように、生活感が残る綺麗な部屋ができあがった。
(ここなら…あいつを寝せても問題ないな )
あいつが安心して朝まで熟睡できる環境を手に入れた事に笑みが零れてしまい、膝を弾ませながら外で待つ奏を迎えに、この家の玄関に足を進めた。