第27話 食屍鬼の神
(っう! 引き剥がせねぇ!! )
左腕が引きちぎられ、体に引っ付いてくる『食屍鬼』の野郎共のせいで見えないが、両足もすでに食いちぎられており、今はその踏ん張りが効かない足の断面図でようやく立っているだけだ。
『再魂のルーン』と『अश्वत्थामन』の血縁のお陰で死は免れているが、このままだと俺の限界が先に来て死んでしまう。
(なんとか…しねぇとな!! )
放り投げたアイツらが俺の射程距離に居ない事を確認し、『崩壊のルーン』を地面に張り巡らせて『食屍鬼』共の足を崩壊させる。
(今!!! )
一瞬攻撃の手が緩んだ隙に影に体を同化させ、『食屍鬼』共の隙間を抜けるが、影に体を同化させても実体はあるため、影と同化した足を掴まれて勢いが止まってしまい、その隙にまたも『食屍鬼』達が俺を覆うようにのしかかって来た。
「っう!! 」
身動きが取れず、影に下手に同化してしまったせいで今力を解除すれば『食屍鬼』共の重さで体は推し潰れてしまう。
そんな状況に身動きが取れず、『崩壊のルーン』のクールタイムが終わるまで耐えようとするが、新たな『食屍鬼』達が俺の上にのしかかり、これでは下の方を崩壊させても意味が無い。
「っう…くっ… 」
背中に冷たい感触が入り込み、熱い血液を傷口から吹き出て行く。
『不死』と『医術』で血液を作り出して、体の中の血の量を減らないようにしようとするが、血を生み出す量よりも出血の方が多く、いずれは『不死』を維持する意識も切れ、確実に死を迎える。
(どうする…このままじゃ…死んじまう… )
確実に歩み寄ってくる死から逃げるために、『Vé』の力を使って必死に頭を回すが、頭を必死こいて回したせいか、逆にこんな事を考えてしまった。
(ははっ…俺がこいつの体を殺せば…これ以上人は死ななくて済む…か? )
俺は悠翔ではない。
名もない誰かだ。
俺は人を救いたいんだ、あいつと違って。
だから…俺ごとこいつを殺す事は、これ以上死人を増やさないハズだ。
幸いあいつはまだ寝ている。
殺るなら…今しかない。
肉に押し潰される感覚の中でそう覚悟を決め、血縁の力を解除して死のうとした瞬間、『Heimdall』の力で強化された耳に聞き覚えのない人間の足音が聞こえた。
「どきな 」
そんな女の声が聞こえると、俺の上に積み重なっていた『食屍鬼』達はいそいそと俺から離れ、俺から興味が無くなったように辺りに散開していった。
一瞬何が起こったか分からず、何故奴らが退いたのかと考えていると、さっき聞こえた砂を擦る足音が俺の方に近付いてくる。
「おやおや、君はどうしてこんな所に居るんだい? 」
咄嗟に声がした方に顔を上げ、『Nótt』の力で目を暗闇に慣れさせると、そこにはこの平野に存在するには、あまりにも似つかわしくない格好をした女が俺に歩みを寄せていた。
女はこの暗闇によく似合う黒いドレスを着ており、その髪も目も、あの『白』とかいう奴に負けないほど異様な黒をしていた。
「あんた…は? 」
「私かい? えぇっと、多分説明したら君は怒ると思うんだけど…それでも聞くかい? 」
「あぁ 」
女と喋るのに寝そべっているのは失礼だろうと思い、身体中の引き裂かれた傷を『医術』と『不死』で治癒して立ち上がって女の黒い目を見つめ返すと、女は足を止めて、ゆっくりと小さな胸を息で膨らませた。
「私に名前は無いんだけどね、私は『Mordiggian』の血縁なんだ 」
(見つけた… )
「っ!! 」
俺では無い声が頭の中に響き、そいつを抑制するために植物の枝とかした右手で頬を裂く。
「わちょっ!? どうしたんだい!? まさか気でも狂ったんじゃ」
「…大丈夫だ、心配ありがとな 」
他人で初対面なのに、俺を心配してくれる女に笑みを返すと、女は何故か照れくさそうに頬を掻き、俺から目を逸らした。
「えぇっと、すまないね。感謝される事なんて日頃ではあまりなくてね、少々照れくさいよ 」
「そうなのか? あんた見た目良いし、結構人当たりも良いように見えるが? 」
「あーあー! もう口説かないでくれたまえ!! 聞きたいことが聞けないじゃないか!! 」
「…?すまん 」
女は普通の人より少し白い肌を赤く染めて俺を指差して来たため、取り敢えず謝ると、女は少し落ち着いたようにため息を吐いた。
「それでやっと聞くけどさ、君はどうしてこんな時間にこんな場所に居るんだい? 酔ってる感じもしないし、もしかして自殺かい? 」
「いや違う。ただ………まぁなんだ、ちょっとした事情だ 」
俺はあいつほど嘘が出る訳では無いため、適当にこの話をはぐらかそうとするが、それが逆効果だったのか、女は興味深そうに俺に歩み寄ってくる。
「事情ねぇ、まぁ確かに訳ありで無ければこんな危険な場所に居ないしね。言いたくない事なら聞かないよ 」
「助かる 」
興味を持ってなおあまり深く詮索してこない女に感謝していると、ふと疑問に思う事があり、辺りを見渡しながら女にある質問をふっかける。
「なぁ、あんたが『Mordiggian』の血縁なのは『食屍鬼』の反応を見て信用できるが…なんであんな奴らを生み出したんだ? 」
「うーむ、これも聞いたら怒ると思うんだけど…ほんとに聞くかい? 」
「是非聞かせてくれ 」
嫌そうな顔をする女が、何を思ってあんな化け物共を生み出したのだろうかと、期待しながら帰ってくる言葉を待っていると、女は俺から目を逸らしながら頬を引っ掻き始めた。
「実はね、勝手に生まれるんだ 」
「…はっ? 」
「いや無責任で大変申し訳ないんだけどさ、私が息をして食事をして寝ていたらいつの間にか生まれてしまうんだよ。簡単な命令は聞いてくれるんだけど、あの子達あんまり頭が良くなくてね… 」
俺が思っていたのは、『これで世界を滅ぼす!』とか『人間なんて滅んでしまえ』かと思っていたため、正直言って拍子抜けしてしまった。
けれど止まった思考を回転させ、あともう一つ聞きたいことを聞いてみる。
「なぁ、見た所あいつらは人の声に反応するんだろう? 」
「うん、そうだよ 」
「そうか…なら安心だな 」
「何が安心なんだい? 」
「いや仲間が居てな、そいつらを守るために大声を出して『食屍鬼』を引き寄せたんだ。だからまぁ、仲間の方には『食屍鬼』は行って無さそうで安心したんだ 」
そう口では言ったものの、引き寄せた『食屍鬼』はこの女の命令で散開してしまったため、散開した『食屍鬼』にあいつらが追い付かれてしまう可能性も無いことは無いと考えると、あまりここで時間を使うのは得策ではない。
「へー、それじゃあ君は仲間を助けるために囮になったんだね 」
何か面白そうなものを見つけたように目を輝かせる女には悪いが、早くアイツらと合流しないと色々と心配なため、女に目を向けて言葉を考える。
「その…悪ぃが仲間が心配だから俺は失礼する 」
「…それは残念だ。久しぶりの会話をもう少し味わいたかったんだがね 」
「んっ? お前は『晦冥の街』の中に住んでは居ないのか? 」
「うん、私は世捨て人だからね。今は見えないけど、海沿いの丘の上で暮らしてるんだ…遊びに来てくれてもいいんだよ? 」
「仲間の安否を確認したらな。んじゃ、失礼する 」
「うむ、『食屍鬼』はまだ居ると思うから気をつけたまえ 」
「おう、ありがとな 」
心配してくれた女にまた笑みを返すと、またも女は顔を赤く染めながら表情を歪ませたが、アイツらの安否が心配なため、全力で地面を踏み込み、『人探し』の力を使いながら、平野を駆け抜ける。
(無事で居てくれよ!! )
この言葉は…俺の物であって欲しい。
そんな願いを胸に抱えながら。