第26話 決死の覚悟
1話10000文字は読む人にとってはかなりキツイのでは?とご要望を頂き、今回から1万文字を2~3分割にして投稿させて頂きます。
「貴方正気ですか!? 」
「残念ながら正気だ! このまま『晦冥の街』に突っ込む!! 」
「じゃあ『Mordiggian』の『食屍鬼』達はどうするんですか!? 」
「言ったろ! このまま突っ込むんだよ!! 」
そんな意味の分からない話をする悠翔さんとルーナさんの会話を聞いても全部は理解できないけど、ルーナさんの必死さを見るに、ここから行く街はとても危険な場所だということは理解できた。
けれど分からない事があり過ぎて、私達を抱き抱えている悠翔さんに質問をしてしまう。
「あの…『食屍鬼』って 」
「簡潔に説明してやる! 1体1体の強さが赤い鎧を着た奴並にあって、数で囲まれりゃオリュンポスの奴らでも死ぬレベルの強さを持ってる血縁の力で生み出された人外だ!」
早口でいっぺんに言われたせいで一瞬何がなんだか分からなかったけど、その『食屍鬼』とやらは人では無く、その強さは容易に悠翔さんを殺せるものなのだと遅れて理解した。
「それじゃあ! なんでそんな所に!? 」
鋭い風に負けないように声を張り上げて悠翔さんにまた質問をすると、悠翔さんは前を向きながらも真っ直ぐにこう答えてくれた。
「お前を守るためだ! 『晦冥の街』に入ればゼウスらもそう簡単に手を出せない!! 」
「…えっ? 」
その言葉を理解するのに、少し時間が掛かってしまった。
私を守ってくれる事はとても、とっても嬉しいけど、話を聞く限りでは悠翔さんがやってる事はわざわざ自分から死にに行っている様なものだ。
だから…そんな事はやめて欲しい。
そんな事になるなら…私を捨てて欲しい。
その思いを痛くなった心で形にし、それを口に出そうと息を吸った瞬間、悠翔さんの足が止まった。
「奏…ここからは一言も喋るな。喋ったら全員死ぬと思え 」
「は…はい 」
「ルーナ、お前を中心に音を消せ 」
「言われなくても 」
悠翔さんの強い言葉に押されるように出かかった言葉を急いで飲み込むと、ゆっくりと悠翔さんは足を前に進め、視界は森に慣れているハズの私でも先が見えない闇の世界に飲み込まれていく。
何も見えない。
何も聞こえない。
けれど無音の風が耳をくすぐり、私の髪をなびかせる。
こんな夜の森よりも怖いこの空間に、もしも1人で居たらと思うとゾッとしてしまうけど、今はルーナさんも悠翔さんも居てくれるから全く怖くない。
だから少し気を抜いて揺れるルーナさんの胸の上でぼーっとしていると、何かの気配を感じた。
なんというか…何かが動いた様な。
(何が… )
森で育ったからか、暗闇で何か動いたらすぐさまその方に顔が向いてしまった。
するとそこには、私の顔を凝視する2つの飛び出た眼があった。
(…!!!? )
あまりに恐ろしい光景に呼吸が止まり、息を吸えと訴えてくる心臓の鼓動だけを感じていると、悠翔さんの足は前にゆっくりと進み、その化け物は何も気が付いていないように飛び出た2つの目で辺りを見渡し始めた。
『ホッ 』
私達に気が付いていない化け物の姿にホッとため息が漏れてしまうと、化け物は私のため息に気が付いたように私の顔に2つの目を向けて来た。
『っ!!? 』
気が付かれたのかと思い、咄嗟に身を固めてしまい、息もできないこの状態に身を固め続けていると、その化け物はその場を動くことなく、化け物は遠のいて行く。
それに安心してまたため息を吐いてしまいそうになるけど、ルーナさんの細くしなやかな手で口周りを抑えられた。
突然口を抑えられてびっくりしてしまうが、子供を寝付かせるように胸を優しく叩かれ、その叩く速さに合わせてゆっくりと呼吸すると、さっきまで痛かった心臓から痛みは引いていき、呼吸を落ち着かせながらルーナさんのゆっくりな鼓動を感じていると、ふと…何かに囲まれている事に気が付いた。
前を見ては行けない。
私ではない誰かがそう訴えてくる。
我慢しようとした。
けれど生暖かい息が私の頭に当たり、我慢できずに前を向いた瞬間、私の視界いっぱいに赤い目が蔓延っていた。
『ひ』
出かかった悲鳴を止めるようにルーナさんの指が口を塞ぐけど、一瞬遅かったのかその化け物達は何かを探すように私達にゆっくりと近付いて来る。
「……… 」
息を止める。
また心臓が荒くなる。
神様なんて嫌いなのに…今は…今だけは…私の好きな人を殺さないでと祈ってしまう。
けれど無常にも化け物は達は私達に近付いてくる。
(お願い…お願い…お願いお願いお願いお願いお願い )
傷付けないで、私の好きな人と大切な人を…
「…強く生きろ、そして幸せになれ 」
『えっ? 』
『なっ!? 』
私に声を出すなと言ったハズの悠翔さんが声を出した事に驚いた瞬間、私達は宙へと放り投げられた。
『っ!? 』
この高さから落ちれば不味いと勘が訴えたけど、私の頭とお腹にルーナさんの腕が周り、抱え込まれた状態で地面に落ちたけど、ルーナさんは硬い地面を転がって衝撃を逃がした。
「逃げろ!!!! 」
暗闇を裂く様な怒号に反射的に顔を上げると、暗闇に慣れた視界を埋め尽くす無数の化け物が声を張り上げた悠翔さんに、餌を見つけた獣のように突っ込んでいく。
『はる』
咄嗟に声を出そうとしたけどしなやかな指で口周りを抑えられ、そのままルーナさんに抱えあげられて悠翔さんから遠ざかるようにルーナさんは地面を蹴る。
『ルーナさん! ルーナさん!! 』
声を張り上げるけど、ルーナさんの神様の力なのか
自分の声は私の耳にも聞こえず、ルーナさんの顔は悠翔さんを心配する所か、その顔には笑みが浮かんでいた。
仲間なハズなのに悠翔さんを笑顔で見捨てるルーナさんに背筋が冷え、手を伸ばすように顔を悠翔さんに向けると、無数の人ではない爪や牙に切り裂かれ、悠翔さんの左腕が宙を飛んでいた。
『悠翔さん!!! 』
喉が裂けるほどの大声を出すけど声は届かず、化け物達の山に埋もれていく悠翔さんの姿を見てると、頭と胸の奥が嘔吐くように痛み、何かしなければと自分の小さな頭を全力で回す。
(何か…何か!! …あっ )
頭を回しているとある方法を見つけ、覚悟を流星のような速さで決め、すぐさま手を合わせてギュッと目を閉じる。
そして息を細く息を吐いて…私の神様の力を全力で酷使する。
(悠翔さんを! 私の好きな人を助けられる人を!! )
力強くそう祈っていると、鼻の奥に熱いものが溜まり、目の血管が破れたのか視界が赤く染まって行き、血か涙か分からないものが頬を伝うけど、こんな先がない私の命なんかより、あの人の命の方が価値があると自分に言い聞かせ、体の中からプチプチと血管がちぎれる音が聞こえても全力で神様の力を酷使し続ける。
(私が死んでも…あの人だけは!! )
身体中にポツポツと熱が生まれていき、意識が段々とボヤけていくけど、悠翔さんを助けるためにこの状況を打破できる人と縁を無理やり繋げていると、ようやく誰かと縁は繋がった。
(これで… )
縁が繋がった事に安心し、ホッと血が溜まった口の中を通して息を吐き出すと、喉の奥から大量の血液が溢れ、その血に溺れてしまう。
『グホッ! ヒュー…ヒュー 』
(………死ぬ…のかな? )
自分でもここまで強引に縁を繋げた事は無いため、自分の体にどの程度負荷がかかったか分からない。
けど、もし私がこのまま死ぬのなら…私はどれだけ幸せに死ねるんだろう。
だって…大好きな人を助けて死ねるんだから。
(おやすみ…なさい…悠翔…さん )
重い瞼に任せて目を閉じると、暗く心細い闇の中に、意識は落ちていった。