第24話 力不足
「良かった…本当に、良かった… 」
枝に飲み込まれ、俺の体に吸収されていく『Loki』の血縁者を見ていると、心底安心してしまい、涙を流してしまう。
奴がこの空間を崩壊させる程の技を出した事には驚き、辺りの瓦礫のせいで死体を探すことは困難だと思っていたが、奴が少しでも息をしていたため、アリシアから奪った『Αίμα πρόσωπο[エマプ ローショポ]』の『人探し』の力で奴を探し出せた。
「あー…殺しておいて良かったな 」
そんな事を思いながら地面からゆっくりと立ち上がろうとすると、喉から血が溢れ、地面に血溜まりを広げてしまう。
「ゲホッ!! うっ…ゲホォッ!!? 」
神態の使用時間が限界を迎えたのだと悟り、樹木とかした体を無理やり人間の体に戻していると、暗闇の中に映る血溜まりの水面に俺の顔が映っていた。
その左目は日の色、右目は黒といったオッドアイをしており、赤みが少しかかった黒髪は所々銀髪に変わっていた。
「神の力がゲホッ!! ふぅぅ…濃かったんだな 」
『Vé』のミイラを吸収した直後に髪の色が変化したため、恐らく『Véの血縁者は相当な力を持っていたのだろうと考えいると、右腕と左足に違和感を感じた。
「…んっ? 」
違和感に疑問を感じながら血溜まりから右腕に目を向けると、俺の右腕の肘から下は赤黒い枝のままで、左足も右腕同様に膝から下は赤黒い枝のままだった。
(ちっ…神態をし過ぎたか )
『神光の街』で見た資料によれば、血縁の力を使い過ぎると魂の形が神の形に変化するという。
そうなれば神の力をより強力に使えるといったメリットがあるのだが、それは拒絶反応を引き起こし、人間の方の細胞を死滅させていく。
『Ἀσκληπιός』の力で痛みは切除しているため拒絶反応による苦痛は無いが、人間の細胞が死滅する事によって寿命が減ってしまう。
(思ったより…時間がねぇのかもな )
別に自分の命など惜しくない。
けれどあの人に会うために俺は、まだ生きて無ければいけない。
そんな事を思いながら口の中の涎と混じった唾を吐き出し、ある程度肉枝を体内に戻してから右手の平を上にして言葉を唱えてみる。
「『奪われた叡智』 」
そう言葉を唱えると、細い灰色の槍に茶色い布が絡み付き、その先端に赤い戦鎚が無理やり融合する様にくっ付いた歪な武器が右手に生み出された。
「ははっ、やっぱり『Vé』の力はすげぇな 」
俺が『Vé』の力を欲しかった理由、それは奪った血縁の力を熟知するためだ。
血縁の力を奪えたからと言ってそれを完全に把握していない俺には何が使え、何を使えないかが分からない。
けれど『Vé』の力が手に入った今、俺は奪った力を全て理解する事ができる。
「…あいつに感謝しねぇとな 」
城の何処にあるか分からない宝物庫の位置を教えてくれたメイドに感謝しながら奪った紫色のルーン文字を展開し、『奪われた叡智』を手元から消して用が無くなったこの空間から奏達を待機させている森へ転移すると、辺りは暗闇の閉ざされた空間から、木々がざわめき、夜空が見える森の中に成り代わった。
(これが…他人にも使えればな )
この座標転移は便利なのだが、自身以外を転移させる事はできないため、『安息の街』に向かうための最後の鬼門、『晦冥の街』 はどうなるのかと考えながら、人探しの力を使いながら足を森の中へ進めようとした瞬間、後ろから足音が聞こえた。
「お主…若さは大切にしろと言っただろう? 」
「っ!? 」
そんな老人の声に反応して背後を振り向くと、そこには白い髭を顎に生やした、黒い隻眼のジジイが艶のない白髪を弄っていた。
そのジジイは何処かで見た事があり、『Vé』の力を使って記憶を呼び起こしているも、こいつを記憶の中で見つけた。
そいつはあの時、『神光の街』で酒を飲んでいたジジイだ。
「…なんのようだ? 」
「惚けんでもいい。ワシの血縁は『Óðinn』じゃ 」
「っ!! …んじゃ何もかもお見通しって訳か 」
『Óðinn』という単語にこいつがこの国の前国王だと理解できたが、何故『神光の街』にいたこいつがここに居るのかが理解できない。
「なんだ、家族の最期でも悟ってやって来たか? 」
「いや…そういう訳では無い。家族を捨てたワシに家族を思う事などできんわい 」
その言葉と心の声が一緒だと感じ、その言葉は嘘ではないと簡単に分かるが、それなら何故このタイミングでこいつがここに居るの分からない。
いや、今一つ思い付いた。
「まさか…俺を追って来たのか? 」
「うむ、その通りじゃよ。お主の未来は…ちと厄介でな 」
そんな言葉を聞くと口角が大きく上がってしまう。
「んじゃつまり、俺の夢は叶うと言うことか? 」
自分が知りたいことを知っているジジイにそう声をかけるが、ジジイは俺の言葉を無視し、やれやれとため息を吐いた。
「お主を変わってしまったのはいつじゃろうな…最愛の者を失ってしまったからか? 家族を殺したからか? 命の恩人を殺したからか? 」
その俺の過去を見透かしている様な言葉に期待は苛立ちに変わっていき、『Þórr』とレオンとかいう奴から奪った巨人の力を解放させ、左足で地面を踏み砕き、地中に肉枝を忍ばせる。
「…答えないのなら、殺して奪うまでだ! 」
(奪われた叡智!! )
両手に銀色の小手、槍と戦鎚が融合した混合武器を生み出し、それを構えてジジイに突っ込むと、ジジイは紫色のルーン文字を展開させ、そいつはその場から消えた。
すると俺の背後に気配が現れ、何か細い物が振られたが、振り向きざまに『Paras』の才覚の力を使いながら左足でその細い槍をタイミングよく蹴りあげ、体勢が崩れがら空きになったジジイの脇腹に『奪われた叡智』の戦鎚の部分を打ち込もうとするが、ジジイはまたも紫色のルーン文字を展開し、俺から距離が離れた場所に転移した。
「Muspellz」
ジジイはそう呟きながら槍の柄で地面を叩くと、草が生えた地面に小さな赤い炎が走り、その炎は瞬く間に巨人の腕となり、俺へと向かってくるが、右腕の枝を盾の形にして炎を吸収し、盾に赤い花のツボミを生み出す。
「咲け 」
そう呟きながら盾に生やした『紅蓮の花』の咲かせると、その花から夜を照らすほどの炎がジジイに向かって放出された。
「Niflheimr」
けれどジジイは冷静に槍の柄で地面を叩くと、その炎は凍り付いて行き、炎を放出した俺へと迫るが、右腕周りにルーン文字の魔法陣を展開させ、左足で地面が砕きながら踏み込む。
「ふっ!! 」
右拳の一撃を氷に打ち込むと音を立てながら氷は砕け、その破片はジジイ飛んでいくが、ジジイは杖に赤いルーン文字を纏わせ、それを横に回転させて氷の破片を溶かして防いだ。
が、視界が切れた瞬間に右手に『Cacus』の血縁の力で小壺を生み出し、それを体をルーン文字で更に強化しながら投げ、ジジイが爆発の範囲内に入ってから壺を爆発させる。
しかしジジイは金色のルーン文字の結界で爆炎は防がれていた。
(やっぱり…ルーン文字があると致命傷は負わせれねぇな )
ルーン文字の万能さは力を奪い、理解した俺にはよく分かる。
動体視力と反射神経を含めた身体能力の強化。
全ての属性を司り、それを広範囲に放出できる一対複数戦に重宝する力。
そして何より、転移と再魂のルーンの厄介さ。
逃げにてっせられると致命傷を負わせるどころか、この大地と寿命がある限り無限に逃げられる事が可能だ。
しかし、それをしないと言うことは奴は何かを狙っていると言うことだ。
(早めに致命傷を負わせねぇとな…『Geirahöð』!! )
右手に『Μαραμένο』の蔓で生み出した槍を構え、それに『Walküre』の金色の加護をエンチャントして槍を全力の力を持って投げると、神速と化した槍は金色の結界を容易く貫通したが、ジジイは目を閉じ、軽く首を傾けてその槍を躱した。
するとその槍は木々の腹を消し飛ばし、遥か彼方へ飛んでいってしまった。
(叡智か… )
叡智とルーンを併用できる『Óðinn』の力の厄介さは俺の攻撃を全て躱したのを見るに簡単に理解できる。
けれどあの力が俺の物になると考えると、口角が大きく上がってしまう。
「ふむ、お主はワシに勝てる気でおるのか 」
「あっ? 」
その挑発的な言葉に苛立ちが頭の中を蠢くが、息を大きく吐いて頭を冷静にし、切り離した俺の枝を『Vé』の力を併用しながら蠢かす。
が、あれをするにはまだ時間がいる。
「…お前は、何を思って家族を捨てた? 」
時間稼ぎをするためにわざとこいつが食い付きそうな話題を話すと、ジジイは話に食い付いた様に眉を歪め、俺に不機嫌そうな目を向けて来た。
「ははっ。妻は死に、2人の子供は俺に殺された…お前がその叡智を使ってその未来を教えていれば回避できた事なんじゃねぇのか? 」
「………お主は何も知らぬのだな 」
ジジイは何故か遠くを見るように空を見上げた。
「叡智というものは未来を知り、その未来を変えられる物ではない。確実に決まった未来を見通すだけの力じゃ…妻が死ぬ事も…子供が悩み苦しみ死ぬ事も…ワシ自信が絶望することも知っていた…その未来を変えようとした…けれど…何も変わらなかった 」
時間を少し稼ぐつもりだったのに、ベラベラとどうでもいい事を話すジジイに苛立ちを感じていると、勘が準備が整ったと合図を放ち、すぐさま地面に『奪われた叡智』の柄を触れさせる。
感傷に浸るようなジジイを後目に、『Vé』とミーミルの泉から奪った勘がないと認識できないルーン文字を広げ、地面に忍ばせ三角形の形に広げて置いた枝を軸に魔法陣を形成する。
するとジジイは何かに気が付いた様に眉間にシワを寄せ、俺の方を右眼だけで睨んで来た。
「ふむ…お主、結界を張ったな 」
「…ご名答、これでてめぇはルーン文字を使えねぇな 」
血縁の発動に時間が掛かる『Nótt』の力を準備しながら会話すると、ジジイはやれやれとため息を吐いた。
「お主は馬鹿じゃのぉ。自らの首を締めおって 」
その馬鹿という単語のせいで過去の記憶が呼び覚まされ、痛みを切除したはずなのに頭痛と吐き気がし、苛立ちが頭の中を駆け巡る。
「黙れ… 」
「なんじゃ、苦痛と愚かさにまみれた過去でも思い出したか? 」
「黙れ!! 」
頭痛と吐き気を紛らわすために右足で地面を踏み砕き、荒くなった息と狭くなった視界でジジイを睨み付ける。
「フーッ…フーッ…てめぇはもう…死ね! 」
踏み砕いた地面に『Nótt』の影を侵食させ、その影に『अश्वत्थामन』の力で様々な武器を持たせ、全方位からジジイを襲わせる。
けれどジジイはその攻撃全てを見ているように攻撃を躱し、弾き、逸らす。
(エンチャント 荒れ狂う者! )
その隙に『奪われた叡智』に『荒れ狂う者』のエンチャントを施し、攻撃を捌くジジイに投げ付ける。
荒れ狂う風を纏いながら『奪われた叡智』は影の攻撃を避けるジジイに飛んでいくが、ジジイは老体にも関わらず空中に飛んで身を捻り致命傷は避けたが、荒れ狂う風の刃がジジイの左横腹を浅く抉った。
「ぬぐっ!! 」
痛みに怯んだジジイは動きが一瞬鈍り、その隙を突いて影の攻撃パターンを変えてジジイに襲わせると、ジジイは前方からの攻撃は槍を器用に操って弾き、後ろからの攻撃は上に飛んで逃げようとするが、広げた『Nótt』の影にジジイの足だけを同化させる。
「ぬっ!! 」
上に飛べないジジイの背中に無数の武器が突き刺さり、柔らかい老体の体を鉄の刃が貫いたが、ジジイの右眼からは生気は消えておらず、ふらつき血を流す体を槍を杖代わりにして支えた。
「9つの世界よ 」
そんな単語が聞こえた瞬間、勘が死を訴え、すぐさま右手で見えない糸を引いて手元に戻ってくる『奪われた叡智』で後頭部からジジイの頭を消し飛ばそうとする。
しかしジジイはまたも首を傾けて躱したが、体を横に回しながら『奪われた叡智』の柄を掴み、戻って来た勢いを殺さずにジジイの頭を消し飛ばそうとした瞬間、俺の武器を掴んだ右腕の肘から下が消し飛んだ。
「っう!? 」
『Heimda』の強化された聴覚にでも反応しなかった攻撃に焦り、すぐさま右目を閉じて『Loki』の『トリックスターの瞳』で周囲を警戒したが、ものの3秒で俺の周りに4人の人影が集まり、俺を取り囲んだ。
「… 」
その嫌な過去を引きずり出す人影に怒りで体が震え、怒号を口から溢れだそうとしたが、今の俺は『悠翔』とは違うと自分に何度も言い聞かせ、右腕を不死と治癒と『再魂のルーン』を併用して再生させてから冷静に辺りの人影に目を向ける。
1人目は『眼黙の街』の宿で会った金色の鎧を身にまとった『ΖΕΥΣ』の血縁者。
2人目は翡翠色の鎧を身にまとった見たことも無い長い黒髪の『Ἀθηνᾶ』の血縁者。
3人目も見たことが無い血縁者だが、その赤い髪と鎧のお陰でこいつが『ΑΡΗΣ』の血縁者だと分かった。
そして…4人目。
艶のある短い金髪をし、20を越える歳の割に小さい体、そしてこちらを哀れむように見る2つのギリシャ神話の血縁者特有の目。
黒い鎧が示す血縁は『Ἑρμης』。
「…君には、生きていて欲しくなかったよ 」
「うるせぇぞ雌豚 」
こちらに話しかけてくる雌豚に言葉と睨みを返し、『トリックスターの瞳』を解いて辺りを見渡すと、俺を取り囲む全員の目は金色に染まっていた。
「…で、『神光の街』の奴らが何の用だ? 」
「……… 」
俺の問いに言葉を返さない雌豚に苛立ちが頭の中に蠢くが、黙り込む雌豚の代わりに赤色の鎧を着た奴が口を動かした。
「…『Óðinn』の血縁者による予言、俺を含む4人の目撃者…その2つの証拠に基づき、2時38分。ギリシャ系列、神名『Μαραμένο』を複数の異能を酷使できる力とし、ブラックリストに登録する 」
「っ!! 」
そのブラックリストという単語に一瞬頭が真っ白になるが、何処かあの人と繋がれた様な気がし、悪い気はしない。
けれど問題はまだまだ旅の序盤で全国に指名手配された事が問題だ。
いや、それよりこの囲まれた状態、しかも自身のせいでルーン文字の転移が使えない今、逃げれるか…
(…逃げる?………ふざけるな )
少しでも逃げる事を考えた自分に怒りがふつふつと湧き上がってくるが、息を吐いて頭を切り替え、体内に蠢かせていた枝を体外に溢れださせる。
(神態 Μαραμένο )
「上等だ… 」
体外に溢れださせた赤黒く様々な色の目や口が付いた肉枝を鎧に形成し、枝の中に保管しておいたアナベルの剣と『Þórr』の力で生み出した『巨人殺しの戦鎚』を枝で融合させ、体に全ての『Walküre』の力をエンチャントする。
「全員でかかってこい 」
どんな方位から攻撃が来てもいいように辺りを警戒すると、意外にもクソ野郎共は一旦間合いを取り、全員で俺を取り囲んだ。
「灯! 血縁の把握を頼む!! 」
「はっ…はい! 」
雌豚は『ΑΡΗΣ』の血縁者の声に合わせ俺の方を観察するように金色の目で睨むと、何か同情めいた目で俺の兜の隙間から見える目を見て来た。
「予測、『Loki』『Walküre』『Þórr』『Nótt』後は医神と不死の力が入っていると思われます 」
「…サインἄλφα!ブラックリストの血縁者を、この場で殺害する!! 」
「っ!! 」
その言葉に雌豚は嫌そうに歯ぎしりをしたが、ご丁寧に作戦やらをベラベラと喋ってくれたおかげで準備は整った。
敵の準備が整わないうちに身体中に『月光の花』を芽吹かせ、それを咲かせて暗い夜の森に閃光を弾けさせる。
「ぬっ!? 」
「くっ!! 」
「… 」
「…ふん 」
(まずはてめぇだ…『ΖΕΥΣ』!! )
地面を踏み砕き、最も憎むべき神の名を叫びながらゼウスと1歩で間合いを詰め、目がやられている『ΖΕΥΣ』の血縁者の顔面に左手の剣を突くが、風の揺らぎで察知されたのか、『ΖΕΥΣ』は体を横に傾け、俺の突きを頬が切れる程度のダメージに抑えた。
けれどまだ視力は戻っていない事を勘で理解し、その隙にそいつの顔面に『奪われた叡智』の先端を打ち込もうとするが、それを止めるように横から踏み切り音が聞こえ、左目の端に『ΑΡΗΣ』の血縁者が突っ込んでくるのが見えた。
『ΑΡΗΣ』の血縁者は俺の顔面に重い突きを打ち込もうとしてくるが、凄まじいスピードの突きを勘で頭を下げて躱し、『Nótt』の影を広げながら体を回して『ΖΕΥΣ』の血縁者の右横腹に左手の戦鎚をぶつけ、後ろに飛ぼうとした『ΑΡΗΣ』の足を影に同化させて動きを封じてから『奪われた叡智』の質量を利用した柄の一撃を腹に打ち込んで同時に2人を吹き飛ばす。
「っう!? 」
「うぉっ!? 」
しかし鎧のせいで致命傷には至っていないため、すぐさま『奪われた叡智』を怯んだ『ΖΕΥΣ』の顔面に投げ付けるが、それは何処からか現れた翡翠色の盾に拒まれ、弾かれた。
(っ!! Αιγίςか! )
アテナの力で生み出された『Αιγίς』は防御に関しては『αδάμας』を超えるため、見えない糸を引きながらすぐさまアテナの血縁者に顔を向け、先にこいつを殺さなければと地面を蹴った瞬間、黒い鎧を着た雌豚が俺の前に立ち塞がり、強い苛立ちが頭の中に生み出された。
「邪魔だ!! 」
「っ!! 」
『奪われた叡智』右手に戻し、左手の戦鎚と共に小さな体の雌豚に振り下ろすが、雌豚は金色のサンダルを足に生み出し、空中を泳ぐように俺の攻撃を躱して俺の頭に右踵を落としてきた。
けれどその攻撃は軽く、頭を振り上げて雌豚の体制を崩し、雌豚目掛けて振り下ろした左の戦鎚を振り上げるが、それも翡翠色の盾に防がれ、左腕が痺れてしまう。
「っう!! 」
その隙を突くように後ろから2人分の気配が揺らぎ、空中からは細い足と3本のアテナの銀剣が飛んで来るが、『Vé』と『Paras』と『Skaði』の力を最大深度まで解放し、地面から氷の棘を生み出して前から飛んで来る蹴りと3本の剣を弾いて『Ἀθηνᾶ』と『Ἑρμης』の視界を氷で潰す。
勘で背後から『ΖΕΥΣ』拳が迫っていると認識し、振り向きながらの右の肘打ちでその右拳を内側に逸らし、体制が崩れた『ΖΕΥΣ』の顔面に左手の混合武器の剣先を投げ飛ばすが、それを庇うように赤い鎧の左腕が横から伸び、『ΖΕΥΣ』の血縁者への攻撃を『ΑΡΗΣ』の血縁者が腕に剣を貫通させて防いだ。
が、その庇った隙を見逃すほど甘くは無いため、『奪われた叡智』に『Walküre』の力を全てエンチャントさせ2人を消し飛ばす様に投げるが、『ΖΕΥΣ』の血縁者はすぐさま『ΑΡΗΣ』の横腹を蹴り、その衝撃と反動を利用して槍の射線上から飛び退き、地面を荒々しく転がった。
「…すまない 」
「謝罪は後だ。今はこいつに集中しろ 」
謝る『ΖΕΥΣ』の血縁者に、『ΑΡΗΣ』の血縁者は左腕から俺の混合武器を引き抜きながら冷静に言葉を返すが、今の状況を見ると自然と笑みが漏れてしまう。
(ははっ、あのクソ野郎共が防戦一方だ!! )
自身の強さを再度実感し、もっと血縁の力を奪っていけば俺の夢は叶うと確信しながら、こいつらをどうなぶり殺してやろうかと考えていると、奴らの鎧から一斉に騒音が鳴り響いた。
「A班! 指定範囲の住人の避難完了!! 」
「こちらB班、指定地区に結界を張った 」
「こちら地下のC班!地盤を安定させました!! 」
「…ふぅ 」
「…やっとか 」
「…? 」
その意味不明な通信に、『ΑΡΗΣ』と『ΖΕΥΣ』の血縁者はやれやれとため息を吐くと、辺りの空気が小刻みに震え始めた。
(なんだ!? )
「『城壁の破壊者』 」
「『αδάμας』 」
2人の声に合わせ、『ΑΡΗΣ』の血縁者の右手に身の丈をゆうに越える銀と赤が混じりあった槍が、『ΖΕΥΣ』の血縁者の両手にはドス黒い身の丈ほどの斧が生み出された。
「ダオン、てめぇは休んでていいんだぞ? 」
「はっ、抜かせ。こんな奴片手で十分だ 」
「…あっ? 」
笑みを浮かべるクソ野郎共に睨みを効かせ、手元に混合武器と『奪われた叡智』を戻し、辺りの静寂を感じていると、前にいるクソ野郎共は息を大きく吸った。
次の瞬間に風が揺らぎ、視界を塞ぐように黒い斧が目の前に現れた。
「っう!? 」
死を悟り、すぐさま身を伏せるが、斧の刃が兜を掠ると兜は砕ける様に弾け飛び、俺の後ろにあった木々をなぎ倒した。
(!? )
掠っただけで俺の兜が消し飛んだ事に驚いていると、その振られた斧を『ΖΕΥΣ』の血縁者は更に斧を光速で振り回し、第2激を俺に振りかぶった。
迫り来る斧を混合武器と『奪われた叡智』を構えながら後ろに飛んだにも関わらず、その斧に武器が触れた瞬間に手元から弾き飛ばされる様に2つの武器は吹き飛び、その勢いのまま後ろに高速で吹き飛ばされ、木に打ち付けられた。
「ぐがっ!!? 」
受け身も取れずに太い木に打ち付けられたせいで背骨と内蔵がイカれ、口から大量の血が逆流し、それを吐き出そうとしたが、俺の前の空気が揺らぎ、斧を振り上げた『ΖΕΥΣ』の血縁者が現れた。
「っ゛う゛!? 」
血を吐きながら勘に身を任せて転がると、並んだ木々が縦に割れ、こいつらは今まで手加減をしていたのかと苛立ってしまうが、そんな事すら許さないように頭を左手で捕まれ、そのまま頭を握り潰された。
(っ゛ぶ゛… )
頭を潰されたせいで思考と視界が黒く染まるが、勘で体を動かそうとした瞬間、後ろに投げ飛ばされた。
その隙に頭を再生させるが、投げ飛ばされた方向に死が見え、咄嗟に背後を向いた瞬間、そこには『ΑΡΗΣ』の血縁者が槍を構えていた。
(まずっ)
咄嗟に攻撃が来る胴体に鎧の枝を集中させて身を捻るが、そんな事を無駄だと示すように腹と四肢を光速で撃ち抜かれた。
「がふっ!? 」
脊髄が撃ち抜かれたせいで体の動きが止まり、穴が空いた腹を優先しながら身体中を再生しようとするが、上から銀の剣が生み出され、左胸を鎧ごと撃ち抜かれ、地面に打ち付けられた。
「ぐっ!? 」
けれど剣には返しが無いため、すぐさま地面から立ち上がった瞬間、二匹の蛇が俺の体にまとわりつき、拘束された。
「拘束しました!! 」
すぐさま身体中に力を入れると蛇はミチり軋み、あともう1秒力を込めれば蛇はちぎれると悟った瞬間、俺の前に『ΖΕΥΣ』の血縁者が現れ、そいつは赤い筋を浮かべた黒い斧を振りかぶっていた。
「あばよ 」
「っ!! 」
『αδάμας』の衝撃波が来ると悟り、体が引きちぎれ無いよう体内の枝を全身に張り巡らせた瞬間、爆音の様な音と共に視界が白く染まり、頭以外の感覚が消し飛んだ。
「??? 」
夜空が見えた。
俺は今…空を飛んでいる。
恐らく…体が消し飛び、頭だけが吹き飛ばされたのだろう。
(はや…く、再生…を )
『ダメだよ 』
………白さんの声が聞こえた。
『私が変わる 』
(邪魔をするな! 俺はまだ)
『私がどうして力を貸すか…忘れたの? 』
(っ!! )
その強く、けれど冷ややかな声に黙り込んでしまう。
(なら…頼みがある )
「………なに? 』
(奴らを…骨も残さず殺せ!! )
『………分かった 』
そんな声が頭の中で聞こえると、辺りの星空は暗闇に覆われ、意識が段々と暗闇に落ちていった。
(まだ…勝てないのか )
あのクソ野郎共を殺せなかった自分に歯ぎしりをしながら。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
(……… )
地面に膝を着き、私には何も言えず、吹き飛んだ地面と根元からへし折れた木々の残骸を眺めることしかできない。
(君も死んじゃったか… )
私に関わる人は次々と死んでいくなと自分を恨み、右の奥歯を軋ませていると、前の方から赤い鎧を着たダオンが私の方に近付いて来た。
「…知り合いだったのか? 」
「………はい 」
「そうか…それは辛かったな 」
左肩に手を置いてくれ、悲しい顔をするダオンの気遣いに何も言えずに、死んだあの子の事を思っていると、私の隣を凛ちゃんが通り過ぎ、地面にお尻を着いた陵君に駆け寄った。
「大丈夫? 」
「おーう…ちと手こずったがな 」
2人のやり取りに弱い微笑みが漏れてしまうけど、あの子まで死んだ事が心を蝕み、気持ちが悪い。
そんな気持ちを紛らわせる様に取り敢えず被害状況の確認をしようとした瞬間、草を踏む音が辺りに聞こえた。
「っ!? 」
「イチャついてないで辺りを警戒しろ!! 」
そう声を荒らげるダオンの声にハッとする様に陵君と凛ちゃんは辺りを警戒したけど、この違和感に気が付いたのは私だけの様だ。
その違和感というのは、草を踏む音があまりにも聞こえ過ぎる事だ。
普通草を踏む音はもう少し近付かないと聞こえないのに、この草を踏む音は辺りから気配がないのに感じる。
まるで…とても重い者がこちらに近付いて来るような…
辺りに音が反響するせいで何処から何が近付いて来ているか分からないが、とうとう吹き飛ばされた地面の方に気配を感じ、全員の目がそこに集まった。
「…誰だ? 」
「さぁ? 私は誰だろう? 」
そんなダオンの重々しい問いに女性の声は軽く返すと、茂みの隙間から白く長い髪をした女性が姿を現した。
一瞬逃げ遅れた人かと思ったけど、それは違うとすぐに察した。
なぜならその黒過ぎる目は…死を物語っていた。
「何者だ? お前… 」
「私? 私は化け物だよ 」
「…質問の仕方が悪かったな…お前は敵か? 」
ぼかした言葉を返す女性にダオンは核心に迫る言葉を投げかけると、女性は口を隠しながら小さく笑った。
「うん。 君達の敵で、さっきの子の味方だよ 」
その言葉にダオンと陵君の周りの空気は鋭くなり、
陵君は左手で凛ちゃんを下がらせて斧の形をした『αδάμας』を構え、ダオンは力で生み出した赤銀色の槍の刃先を女性に向けた。
「んじゃてめぇは拘束されろ。順従に事情を説明してくれりゃ罪は軽くすむ 」
そこで殺すという選択肢を出さないダオンは昔から変わってないなと頭の端で思ってしまったけど、女性は急に体を震わせながら笑い、涙目になった目を擦りながら私達に顔を向けて来た。
「ふふふっ、いやごめんね。まさか人扱いされるなんて思わなくてさ 」
まるで自分が人では無いような言葉を話す女性に不気味さを感じていると、女性は右手で何かを掬う様に動かした。
「……ぎ……ぃ 」
女性は私達が聞こえないように小声で何かを呟いた。
次の瞬間、女性の手の平から虹色の泡が生み出された。
「っ! 避けて!! 」
その泡を見ると記憶が揺さぶられ、すぐさま全員の向けてそう叫ぶと、女性は陵君へ目を向け、その泡を吹き飛ばすように息を吹いた。
次の瞬間、その泡は目で追えない速度で飛ばされ、陵君は咄嗟に左向きに体を傾けたけど、左腕にその金色の泡が掠ったのか、左腕の鎧は消し飛んでおり、その下の皮膚は茶色くしわくちゃに変色し、腕の一部分の骨が露出していた。
「ぬぐっ!! 」
「陵!! 」
左腕の肉が溶ける様に落ちた陵君を見た凛ちゃんは銀色のアテナの剣を空中に無数に生み出し、ダオンは右手の槍を振りかぶっていた。
「ダメ!! 」
「あっ!? 」
咄嗟に声を荒らげるけど遅く、銀色の剣と赤銀色の槍は光速で女性に飛んで行ったが、女性は首を軽く左に傾けるだけで動かない。
そうすると当然、銀色の剣は女性の体に突き刺さり、赤銀色の槍は女性の顔の右頭を円形上に抉った。
けれど女性は倒れずに傷からは血ではなく粘っこい透明な汁を垂れ流した。
そのおぞましい光景にまた記憶が揺さぶられ、口の中に食べ物が逆流するが、それを吐き出さないように耐える。
「灯! 奴の血縁は!? あんなの見たことねぇぞ!! 」
その言葉に食べ物を胃の中に流し込み、痛みがある喉で空気を吸って呼び起こされたトラウマを消し飛ばすように大声を張り上げる。
「はぁ…はぁ…奴は…あいつは…血縁ランクX!万物の神 『Yog-Sothoth[ヨグ=ソトース]』!! 」
「さぁ、哀れな子供達…私が殺して上げるよ 」
女性は身体中の傷口から虹色の泡を出しながら、何処か寂しそうで悲しそうな笑みを浮かべた。