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第23話 メッキの王様



人生で1番古い記憶は何時だろう・・・


暗闇の中で・・・不意にそんな事を考えた。


そうだ・・・確かあれは22年前・・・俺がまだ1歳の子供だった時だ。


その頃の俺に名は無く、『オーディン』という肩書きだけがあった。


「オスカリ・・・君は今日からオスカリっていう名前だよ 」


そう生まれて初めて名を呼んでくれたのは・・・白く長い髪をした俺の母、『(ヴェー)』だった。


(ヴェー)』とは最初の人間に聴覚、言語、視覚を与えたと言われる母の血縁の名前だ。


母を何故『(ヴェー)と呼んでいるのかというと、母には名前は無かったからだ。


そんな大層な血縁の力を持っているのだから、その名前で生きれば良いと家族から言われた末の事だったらしいが、それに母は嫌気がさしていたらしい。


だからこそ、俺に名前を付けてくれた。


『オスカリ』と。


母が言うには『神の槍』を意味する言葉らしいが、その意味にしたいのであれば『オスカル』と名付けなければいけなかったのに、母は間違えてしまったと笑いながら青色の目を潤ませた。


その時の笑顔をよく覚えている。


次に古い記憶は・・・妹が生まれた時のものだ。


名は『エムブラ』


名の由来は北欧神話の原初の人間だ。


脂汗を浮かべて横になっている母親に抱かれる自分の手の先から肘ほどしかない赤ん坊が、とても美しく見えた事を覚えている。


けれど何故だろう・・・


母の隣にいた男の顔も・・・脂汗を浮かべる母に寄り添っている年老いたメイドの顔も・・・覚えていない。


それはきっと・・・興味が無いからだ。


生まれた時からそうだった。


俺の事をオーディンと呼ぶ奴に、興味などなかった。


俺よりも年上なのに、俺が横切る度に頭を下げる機械のようなメイド達。


叡智を持っているだろうからと学ぶ事が許してくれなかった執事達。


けれど夜遅くに母の部屋に行くと、母はエムブラをあやしながら本を読んでくれた。


その本の内容は1人の孤独な少年が1人の少女を救ったことにより、周りにゆっくりと自分が理解されて行くという話だった。


今でもその時の母の優しい顔と、少し黒い髪の生えたエムブラの安らかな顔を覚えている。


それから俺は本を読まれる事が人生の潤いになって行った。


本を読まれ、学びたい事を学べた。


人に何を言い、何をすれば喜ばれるか。


人に優しくすればその優しさが自分に帰ってくること。


そんなおとぎ話を幸せな薄暗い部屋で眠くなるまで聞いていた。


そして霞む視界に微かに見えた母の笑顔と、額に感じた柔らかい感触、それを感じたくて、毎日の様に母の部屋に通った。


微かな夜風でカーテンが靡く日に。


蒸し暑い部屋の中に夜風が吹く夜に。


少し肌寒くなった夜に。


辺りに広がる夜景を染めるような雪が降った夜に。


母は窓の近くで白い息を吐きながら本を読んでくれた。


寒いよと言い寄り、床を引きずったシーツで母を包み込むと、母は青色の瞳を潤ませながら笑ってくれた。


その笑顔がこの世で何よりも好きだった。


けれどその笑顔は俺が8歳になる頃には失われていくことになる。


俺が8歳の頃、俺の父に当たる人物が王権を放棄し、国を捨てて出ていってしまった。


別にそれはどうでも良かったが、それを聞いた母は泣き崩れてしまった。


「なんで・・・ 」


その泣き顔を見ると、生まれて初めてのドス黒い感情が心に芽生えた。


両手には勝手に力が入り、息は荒くなり、眼球には力が入った。


そんな生まれて初めての感情に困惑しながらも、俺は泣き崩れる母を見続ける事しか出来なかったが、まだ俺の腹ほどの背しかないエムブラは眠たそうに潤ませた緑色の瞳で母に寄り添った。


「お母さん・・・どうかしたの? 」


「っ! ・・・ごめんね、起こしちゃったみたいで。オスカリもごめんね、急に泣いちゃって・・・ 」


「大丈夫だよ・・・一緒に寝る? 」


「うん・・・そうしようかな 」


泣き続ける母に何も言えなかった俺とは違って、エムブラは母をそう言いくるめると、2人でベットに横になった。


そんな自分に何も出来なかった事に歯ぎしりしていると、視界の端で母の涙目の笑顔が俺を見ていることに気が付いた。


「オスカリ、おいで・・・ 」


優しい言葉に操られるように母が寝るベットに体を寝させると、俺らの真ん中にいる母は俺の体をギュッと抱き寄せた。


「ごめんね、こんな事言っても困るだろうけど、お父さんを責めないであげて。そしてもう私には君達しか居ないの・・・私は頑張るから、君達は私を捨てないでね 」


そんな涙混じりだけど覚悟に満ちた声が俺の遠い意識を揺さぶった。


その時の胸に誓った覚悟は、今も俺の胸の中にある。


次の日の朝、やけにメイドや執事たちが騒がしかったのを覚えている。


今日も夜まで適当に時間を潰そうと王宮の中をぶらぶらしていると、やけに派手な服を着たジジイとすれ違った。


「ふん、あのガキが跡継ぎか 」


「あっ? 」


「どうかなされましたか? オーディン様? 」


さっきの悪態を隠す様な下品な声を聞いて直感的に理解出来た。


こいつは悪だと。


なぜそう思ったのかは知らない。


だが、そいつの頭の奥を逆撫でる声は今でも覚えている。


そんな男を母に合わせるのは嫌だった。


けれど男は母が待つ会議部屋に向かっていく。


それをこっそりと追いかけ、会議室の扉に耳を当ててこっそりとその中の会話を聞くと、中は地獄だと言うことを理解した。


欲に満ちた下品な男達の声。


そいつらの声は全て父親が逃げたのはお前のせいだと母を責めていた。


内容は詳しく覚えていないが、その時の怒りと嫌悪をよく覚えている。


そんな地獄の中にいる母をどうにかしたくて小さい頭で考えていると、中から大きな音が響いた。


それは恐らく、器をカチ割った音だ。


「おや、どうかされましたか、(ヴェー)様? 」


男はそれを待っていたように母に耳障りな声を向けた。


その言葉を聞くと、俺は生まれて初めて他人に殺意を抱いた。


けれどその殺意はたった1人の言葉に言いくるめられる事になる。


「オスカリがオーディンの力を開花できるまでの期間、今日から私がこの国の王です 」


空気がザワついた。


「なっ、何をおっしゃいますか!? オーディン様に寄り添えなかったあなたにそんな大役が務まる訳が無いでしょう! 」


「おや、ご存知では無いのですか? (ヴェー)はオーディンが国を出た後、オーディンが帰還するまで国を収めた神ですよ? それともなんですか? 貴方達は権力欲しさにその地位を手放しても王になりたいのですか? 」


その力強い言葉に辺りの空気は呑まれた。


そしてしばらく無言が続いたが、辺りの男達は誰も喋ろうとしなかった。


「ご意見がないのであれば今日の会議はこれで終わります。何かご意見は?・・・ありませんね 」


母は力強く、けれど無理やり会議を区切ると、椅子を引く音が聞こえた。


その音に反応し、慌ててその場から逃げるように廊下を走り、階段を登って自室に駆け込んだ。


あの優しい母からは考えられない言葉を聞き、正直言って怖かった。


荒い心臓。


荒い呼吸。


初めての胸の痛みに困惑していると、扉が優しく3回叩かれた。


「お兄様・・・ 」


「・・・エムブラか? 」


「はい、入ってもよろしいでしょうか? 」


「あぁ 」


なぜ兄妹なのにそんなに丁寧口調なのか分からなかったが、取り敢えず部屋の中にエムブラを招き入れると、エムブラの両手は赤く腫れ上がっている事に気が付いた。


「どうした!? 」


「いえ、身振りの教育で上手く出来なかったので叩かれただけです。お気になさらず 」


そんな叩かれたのは1度や2度ではないほどに痛々しく腫れ上がった手を震わせるエムブラを部屋に入れてから扉を閉めると、エムブラは右脇に挟んでいた本を震える手で手渡して来た。


「迷惑でなければ・・・本を読んで頂けませんか? ページをめくれないので・・・ 」


「あぁ、構わない 」


エムブラの手から本を抜き取ると、その本はエムブラがまだ赤ん坊の時に母から読んでもらっていた、『1人の王様』という本だった。


そんな子供が読むような本をなぜエムブラが持ってきたのかは分からなかったが、ベットに座って本のページをめくると、エムブラは俺の隣に座り、小さな体で寄り添ってきた。


怯えるように震える体。


小さな顔に貼り付けたいたいけな笑み。


それを見ていると本を読むことなど忘れてしまい、エムブラの小さな体を抱き寄せてしまった。


「兄・・・様? 」


「大丈夫だ、ここにはお前叩く奴なんて居ない。だから・・・怖がらなくていい 」


そう言葉を述べると、エムブラは体を震わせ、小さな嗚咽を漏らし始めた。


「兄ひっ! 様・・・私ひっ!・・・は 」


「何も言わなくていい・・・ただ今は休んでいろ 」


エムブラは体を震わせながら泣き続け、その小さな背中を何度も何度も優しく叩き続けてやると、その小さな嗚咽は寝息に変わっていった。


そんな顔を涙と鼻水で濡らしたエムブラの顔をそっとハンカチで拭ってやり、ベットに寝せてシーツをかけてやった。


その日、俺は生まれて初めて護るべきものに出会った。


その日から、エムブラは俺の部屋に良く来るようになった。


手を赤く腫れ上がらせた日に。


怒鳴られたと泣いていた日に。


本当ならその教育者を変えてやりたかったのだが、その教育者は俺らの家系を支えて来た人物なため、変えることは不可能だった。


それに申し訳なさを感じているとエムブラに漏らしたことがあったが、エムブラは緑色の瞳を潤ませながら笑顔を浮かべてくれた。


「大丈夫です。私は兄様と話せるこの時間が大好きですから 」


妹に気を使わせてしまったと思ったが、その表情と声色に嘘偽りがないと何故か分かり、少し恥ずかしくなってしまった。


けれど笑顔を浮かべる妹の顔を見ると悪い気は起きず、ただ幸せな時間を2人で共有しあっていた。


けれどやはりというか、歳をとるに連れてエムブラは俺の部屋に来なくなっていった。


それに寂しさはあったが、エムブラも今年で10歳で、俺は13歳だ。


そりゃあその歳になれば1人になりたくもなるし、色々と思う事があるのだろうと思い、必要以上には接さず、向こうが話しかけてきたら話返す程の距離感を保っていた。


「オーディン様、初めまして 」


その時期からだろうか。


俺専属のメイドが付いた。


正直オーディン様と呼ぶ声に興味がなかったし、その顔も覚えていない。


メイドは何でもすると言ったが、興味が無い奴に願う事などあまり無かったため、自室で学問を学ぶ時に本を持ってこさせる事しかさせなかった。


自分で言うのはなんだが、俺は頭が良かった。


1度読んだ本はなかなか忘れないし、本を読むスピードも速かったため、1日に何十冊も読んでいた。


そのため学問に関してはそこまで気にする事は無かったが、その時期に気にしていのは母と妹の事だった。


この王宮はオーディンの『叡智』を前提とした仕事量なため、『叡智』を持っていない母にとって毎日は拷問の様な日々だっと思う。


だからこそ、1日でも速くオーディンの力を開花させたかった。


速くその仕事を変わってやって、いち早く母の笑顔を見たかった。


けれど俺の血縁の力は開花することは無く、事件が起きた。


母が過労で倒れてしまったのだ。


それが病だったら血縁の力ですぐに治るのだが、過労を治す血縁は少なく、俺らの国にそんな医者は居なかった。


それならば外の国に行けば良いと痩せた母に言ったが、母は見たことも無い鋭い目で俺を睨んだ。


「弱みを見せれば他の大臣から乗っ取られる可能性があるの。だから情報が絶対に漏れる外国への移動は絶対にダメ 」


「そんな事言ったって、母さんの命は1つしか無いだろうが! 」


そう怒鳴ってしまったが、母は弱々しい笑みを俺に向けて来た。


「ありがとう・・・でもね、私には護るべきものがあるの。だからそれは私がこの命に変えても護る。心配はありがたいけど・・・ごめんね 」


母はそう言うと、過労で倒れたのにも関わらず、また仕事に戻った。


そんな母に何とか楽になってもらいたかった。


だからこそ、血縁に関する研究資料を寝ずに読み漁り、1日でも速く血縁の力を開花させるために色々と努力した。


王宮にある研究室で血縁の力を増幅させる薬を作り、それを改良して血縁の力を誘発させる薬を健康に害を及ぼすほど摂取した。


それが功を奏したのか、自室に置いてある血縁を特定する魔道具に文字が浮かんだ。


けれどその文字はオーディンとは書かれていなかった。


その神の名は・・・『Loki(ロキ)


北欧神話を滅ぼした神だ。


「嘘だ・・・嘘だ嘘だ!嘘だ!! 」


その事実を前に、目眩と吐き気が体を襲った。


この国は神の血縁主義の国だ。


だからこそ、北欧神話を滅ぼした神となればこの国を追放される。


そうなればもう二度と、母さん達に会えなくなる。


それがどうしても嫌だ。


かと言ってこのまま血縁の存在を隠し続けていれば、母さんはまた倒れてしまうかもしれない。


そんな2つの考えが心と頭の中を暴れ回り、体の中に不快感を生み出していく。


「うぷっ 」


吐き気が込み上げた。


苦しくてたまらない。


胸を両手で押さえつける。


肉が邪魔だ。


肉と骨を抉って、中にある不快感を引っ張り出したい。


それ程までに不快だった。


けれど時間だけは非情に過ぎていく。


秒針の針が俺を追い詰めるように進んでいく。


夜になった。


覚悟は出来ていない。


心の整理も着いていない。


けれど俺の足は・・・王室へと向かっていた。


・・・王室の扉を3回ノックする。


「誰? 」


鋭い母の声が聞こえた。


「オスカリ・・・です 」


「あっ、オスカリ。入って良いよ 」


母は俺に気が付くと声を優しくさせたが、その優しさが胸の奥に突き刺さる。


けれど整理がついてない心を置いて体は扉を開き、扉をしっかりと閉めてから足を前に進めると、足からガクリと力が抜け、両膝を地面についてしまった。


「ちょっ! どうしたのオスカリ!? 」


「母さん・・・俺の血縁、オーディンじゃなかったよ 」


言ってしまった。


次の瞬間、何故言ってしまったという後悔が体を襲い、涙が両目から溢れてしまった。


「ごめん、本当にごめん・・・俺の血縁は・・・ロキだった 」


「っ!! 」


けれど口は勝手に動き、更なる真実を母に告げてしまった。


北欧神話を滅ぼした神。


それは俺の呪いとなる。


椅子を引く音が聞こえた。


体が跳ねる。


耳の中から鼓動が聞こえる。


足音が近付く。


殴られるだろうか。


お前なんて産まなければ良かったと罵られるだろうか。


怖かった。


どうしようもなく怖かった。


母が俺の前に立つ。


腕が動いた。


体が震え、両手を咄嗟に上げてしまった。


けれどその両手には衝撃は来ず、暖かな体に抱き寄せられてしまった。


「えっ? 」


「良かった・・・貴方の血縁がオーディンじゃなくて・・・ 」


意味が分からなかった。


だって俺がオーディンじゃ無ければ、俺は国を追われ、母とエムブラは王宮から追い出されてしまう。


なのに母は、何処までも優しい言葉を投げかけてくれた。


「オーディンの叡智はね、絶望を知る力なの。この世の全てが分かってしまったら、何をしても絶望しか心に生まれないの・・・お父さんがそうだったように 」


「っ!! 」


その言葉を聞いて、ようやくあの時の言葉を理解した。


父を責めるなと言った言葉を。


「だから良かった・・・あなたがそんな辛い思いをしなくて・・・ 」


その言葉は何処までも暖かった。


けれど、気掛かりな事がある。


「でも、母さんは・・・エムブラは・・・ 」


「大丈夫、大丈夫だからね。貴方達は・・・私の希望だから 」


そんな意味が分からない言葉が聞こえると、母は俺の頬を両手で優しく捕まえ、唇に暖かく柔らかい唇を押し当てられた。


「っ!! 」


すると脳まで何かが駆け上がり、脳に電流を流されたような刺激が頭の中を駆け巡った。


そして唐突に理解出来た。


ロキの血縁の力の全てを。


母が何をしたか分からず、ただただ困惑していると、母は俺から体を離し、何処までも優しそうな笑みを俺に向けてくれた。


「これは愛・・・そして呪い。私の愛しい我が子よ、どうか私の事を覚えていて・・・そして今日から、貴方がこの国の王よ 」


「母・・・さん? 」


「ごめんねオスカリ・・・どうかその力で・・・幸せに生き・・・て・・・ 」


「母さん!? 誰か! 誰か!! 」


その言葉を最期に母さんは意識を失い、そのまま息を引き取った。


母さんの死因は血縁の力を過剰に使ったことによるショック死だそうだ。


その死因は別に珍しくなど無かった。


人間の体が神の細胞に適応しない事などよく聞く話だし、疲弊している人間が神の力に耐えきれず、倒れる話などざらにある。


なのに母さんはその状態で無理やり血縁の力を酷使し、死んでしまった。


悔しかった・・・


何も出来ない自分が・・・


母を救えなかった自分が・・・


ただひたすらに悔しかった・・・


母の遺体は、死の神の血縁者に利用されないように、地下深くに血縁の力で保存され、埋葬も受けずに宝物庫の中に押し込められた。


大人数に運ばれる母の死体を、エムブラと2人で泣く事も出来ずに眺め続けた。


けれど母は俺にギフトを残してくれていた。


俺の右目は母さんと同じ青色に変わっており、感覚でしか理解できないが、この世の景色が変わった様な気がした。


恐らく、母さんの力の1部を受け継いだのだろう。


・・・その日の夜、母さん専属の医者に話を聞いた。


医者が言うには、母はこのまま血縁の力を酷使し続ければ余命は1年は無いと言われていたらしい。


けれど母はそれをひた隠しにし、ずっと無理をしていた。


なんて馬鹿な母親だ。


そう思ってしまった。


俺はまだ13歳だが、手伝える事など無数にあった筈だ。


なのに母さんは誰にも頼らなかった・・・


残される者の気持ちを考えない・・・本当に馬鹿で・・・世界に1人だけの・・・俺の大好きな母親。


けれど悲しみに明け暮れる時間などなかった。


下品な貴族達は母が死んだことを大層喜んだ。


これで自分達が王になれるとでも思ったのだろう。


だが、母さんが護った国だ。


これ以上奴らに穢されてたまるか。


その一心で俺は・・・14歳を迎えた日に王になるための即位式を始めた。


「オーディン様、準備が出来ました 」


メイドの声が後ろから聞こえた。


「分かった・・・ 」


身の丈に合わない服を引きずり、貴族達が集まる王室で俺は即位の儀式を受けようとしたが、後ろから笑い混じりの下品な声が聞こえた。


「その前に1つ疑問が・・・貴方の血縁の力は本当にオーディンなのですか? 」


「っう!! 」


その言葉を聞いて、俺ではなく俺の隣にいるエムブラが顔を青くさせた。


エムブラには全て真実を話した。


俺が北欧神話を滅ぼした神の血縁だということを。


俺のせいで母が死んだということを。


けれどエムブラは、この世でたった1人の兄だと言ってくれた。


だからこそ、俺はそれに答えなければならない。


(盗賊の叡智(ウィズドム))


ロキの血縁の力を解放させ、過去から盗んだ3つの神器、『隻眼の神槍(グングニル)』と『巨人殺しの戦鎚(ニョルニル)』と『方舟(スキーズブラズニル)』を強引に融合させた武器を生み出し、母から受け継いた『(ヴェー)』の力を元にルーン文字を展開させ、その魔法陣を通して武器を男の頭上目掛けてぶん投げた。


すると光速で武器は男の頭上を通り過ぎ、王室の壁を打ち破った。


そして飛ばした武器を見えない糸を引いて手元に戻し、その武器を杖代わりにしてメイドから王冠を奪い、それを自分で頭にはめて巨大な椅子に背中を預ける。


「これで満足か? 」


威圧的な俺の言葉に辺りは静まり返ったが、それはいい機会だと思い、息を大きく吸い込んだ。


「俺はこの国を平和にする。そのためにはお前らの協力が必要だ。だからこそ、俺に協力してくれ。逆らう者は・・・分かっているな? 」


その言葉にこの場にいた顔の見えない全員は膝を着いた。


その日から俺はこの国の王になった。


仕事は正直いって問題だらけで、まず直面した問題はこの王宮の金銭問題だった。


簡単に言えば人を雇い過ぎだ。


恐らく母は身寄りが無い使用人達に職を与えるために色々と切り詰めしていたのだろうが、それでは王宮が潰れてしまう。


母がその事で頭を悩ませていたのは資料を見るだけで理解出来たが、俺にとって興味が無い人物の事など知ったことは無かった。


ただ・・・この国を平和にし、エムブラさえ護れれば良かった。


だからこそ、王になって1番最初にやった事は給料のカット、そして使用人達の選別だった。


当然使用人達から反抗を買ったが、どうでも良い人間になんと言われようがどうでもよかった。


「お兄様・・・ 」


いつも通りに仕事部屋で仕事をしている時、仕事部屋の扉を3回ノックされた。


その声は・・・エムブラのものだ。


「・・・入れ 」


「失礼致します 」


そんな丁寧にお辞儀をして部屋に入ってくるエムブラの手には盆があり、その上には湯気を出す紅茶とハーブクッキーが置かれていた。


「お茶でございます 」


「・・・ありがとな 」


久しぶりに浮かべた笑みをエムブラに向けると、エムブラは整った顔に笑みを浮かべ、机の上に紅茶とハーブクッキーを置いてくれた。


「兄様は・・・人が変わられた様ですね 」


「そうか? 」


ふと、エムブラがそう漏らした。


けれど俺にはよく分からない。


不要なものを切り捨て、この国を平和にし、護りたい家族を護っているだけだ。


「お兄様は・・・今何を思っているのですか? 」


「俺か? 俺はこの国を平和にして、お前が平和に暮らせれば良いと思っているだけだ 」


その自分の中にある考えを形にした言葉にエムブラは表情を歪ませた。


「私が出来ることは・・・何も無いのですか? 」


「・・・ 」


正直言って、昔から作法の教育ばかり受けていた今のエムブラに出来ることは、政略結婚しかない。


だが、そんな事させたく無かった。


だから黙っていると、エムブラは更に表情を歪ませ、緑色の潤んだ瞳で俺を睨み付けてきた。


「兄様は今・・・お母様と同じ過ちを辿っているだけです! 」


そう激怒された。


けれどその言葉の意味は、(ヴェー)の力を受け継いだ俺でもよく分からなかった。


「いや何言ってんだ? 俺は母さんが護ったこの国を護りたいだけで」


「それが過ちだと言っているんです! 兄様は今、亡霊に取り憑かれたようでございます!! 」


その言葉の意味もよく分からなかった。


「・・・すまないが、言ってる意味がよく分からない 」


「っ!!・・・すみません、少し頭を冷やしてきます・・・ 」


「・・・あぁ 」


エムブラはそう言うと、部屋から出ていってしまった。


結局エムブラが何を言いたかったのかは分からなかったが、そんな事を考える暇もなく仕事は迫ってくる。


巨人の血縁者がこの国に生まれた。


そいつはこの血縁社会に不要だ。


だからそいつを追放命令を出し、それに逆らった家族もこの国から追放した。


次に人口が増えたせいで土地が狭くなった。


が、それは巨人の領土とドルイドとかいう意味不明な宗教をしている奴らの土地を奪えば解決した。


この国を平和に・・・


その一心で俺は・・・要らない人間を捨て続けた。


そんな事が当たり前になっていったある日、騒がしい足音と共に扉が開かれた。


「なんだ・・・ノックくらい」


「それ所ではありません! エムブラ様が倒れました!! 」


「何!? 」


メイドの言葉に反応し、机の上にある資料を落としながら部屋から飛び出し、足が遅いメイドに着いていく様に廊下を走った。


そしてエムブラが倒れていた場所は・・・王宮の研究室だった。


倒れたエムブラの脈に異常は無く、呼吸もしっかりとしていた。


けれど異常があったのは、エムブラの足だ。


その足は人の足をしておらず、樹木のような蔓で足先が形作られており、辺りには血縁の力を増幅させるドーピング剤が大量に転がっていた。


そんなエムブラを自室のベットに運び、仕事のことなど忘れて妹に寄り添った。


そして日が沈んだ夜、やっとエムブラは目を覚ました。


「兄・・・様? 」


「お前、何故増幅剤をあんなに飲んだ!? 」


エムブラの肩を掴んでそう怒鳴ってしまうと、エムブラは整った顔を歪ませ、その瞳から涙を流した。


「ごめんなさい・・・私に出来ることがないかと思って・・・私の血縁の力を増幅出来れば、これ以上の土地問題を無くせると思って・・・ 」


そんな途切れ途切れの言葉に理解してしまった。


エムブラが何をしたいかを・・・


エムブラの血縁は『Yggdrasill(ユグドラシル)


北欧神話を知っている者なら誰でも知る樹木の名だ。


確かにユグドラシルの力を使って世界樹を生やせば、土地の問題など容易く解決出来るが、エムブラはそこまで血縁の力を扱えず、枝を腕から生やす程度にしか出来なかった。


それを分かっているはずなのに・・・何故・・・


「なぜお前はそんな無謀な事をしたんだ! 」


俺の大声にエムブラは涙を流しながら、言葉を続けた。


「私は・・・悔しかったのです・・・何も出来ない自分が・・・お兄様だけに苦労をかけるばかりの自分が・・・ 」


「っ!! 」


その涙混じりの言葉を聞いて、やっと理解出来た。


エムブラが何を言いたかったのかを。


自分の愛している存在が苦しんでいる時に何も出来ない苦しみは、俺が何よりも、誰よりも知っていたはずだ。


なのにそんな事に気が付かず、俺はまた・・・失敗した。


それから仕事のことなど忘れ、エムブラの治療に専念した。


解毒剤を調合したり、再魂のルーン文字を展開し、樹木とかした一部分を切り取るなど色々と試した。


けれどドーピング剤に有効な解毒剤など作れず、樹木を切断し、再魂のルーンで再生させた足も既に樹木と化していた。


恐らく、魂の形がそれに作り変えられていたからだろう。


俺が出来ることは・・・血縁の力を抑制する薬を作り、それをエムブラに飲ませて血縁の侵食を遅らせる事しか出来なかった。


けれど日に日に妹の体を暴走した血縁の力が蝕んで行き、エムブラの樹木化は脹脛まで進んでいた。


どうにか出来ないか・・・


そう思考を回し続けていると、エムブラは覚悟に満ちた顔でこう言った。


「私が死んだら・・・私の体を元に世界樹を作って下さい 」


「お前・・・何言って」


「そして誰も不要にならない、世界を作ってくれませんか? 」


「っ!! 」


その言葉でエムブラが何を望んでいたかがよく分かってしまった。


エムブラが望んでいたのは護られる事やこの国の平和などではなく、世界の平和を願っていた。


その覚悟に満ちた言葉を深く理解してしまったせいでその言葉に頷いてしまい、その日から薬による抑制をストップした。


次の日の夜、エムブラの体を蝕む血縁の力は凄まじく、脹脛まで及んでいた樹木化は太ももまで及んでいた。


そんな絶望に満ちた現実を直視出来ないでいると、エムブラがポツリと、艶っぽい声で俺に声を掛けてきた。


「・・・兄様・・・私を・・・抱いてくれませぬか? 」


「・・・分かった 」


妹の命が残り少ないことなど、誰がどう見ても分かっていた。


だから遺伝子による近親相姦(嫌悪)を置き去りにし、俺はその日の夜、妹と交わった。


次の日の夜。


「兄様・・・お水を飲ませて頂けませんか? 」


「分かった・・・」


体を起こせない妹に、水をゆっくりと飲ませた。


次の日の夜。


「兄様・・・お腹が空きました 」


「分かった・・・ 」


物を噛めないほど衰弱した妹に、流動食を食べさせた。


次の日の夜。


「兄様・・・また交わって貰えませんか? 」


「・・・分かった 」


手足が完全に樹木になった妹とまた交わった。


次の日の夜。


「兄様・・・キスをしてくれませんか? 」


「分かった・・・ 」


体が完全に樹木と化した妹の額と唇にキスをした。


次の日の夜。


「兄様・・・眠くなって・・・まいりました・・・ 」


「そうか・・・ 」


「・・・兄様 」


「なんだ? 」


「私が死んだら、世界は平和になるの? 」


「っ゛う゛・・・あぁ、きっと世界は・・・平和になる・・・ いや、してみせる。だからお前は安心して・・・死ね(眠れ)


その言葉を最期に妹は安心したように目を閉じ、その目は二度と開かれる事は無かった。


妹の死体は埋葬すると言われたが、俺は涙を零しながらこう言葉を返した。


「貴族を集めろ、すぐに会議を開く 」


「妹様は・・・どうするおつもりなのですか? 」


「・・・世界平和の道具にする 」


「・・・分かりました、直ぐに手配致します 」


そして集められた貴族達にこう説明した。


「俺の妹の血縁はユグドラシルだ。その死体を元に世界樹を作る。それに協力してくれた者にはユグドラシルの王を任せる 」


そのたった3言に貴族達は素晴らしいと言いたげに手を叩き、虫唾が走る空気を辺りに漂わせた。


それから事は速かった。


貴族達は簡単に協力してくれたおかげで暗いことを隠さずに済み、妹を地下にあった巨大な空洞に固定した。


ユグドラシルの資料を見るに、ユグドラシルを芽吹かせるには大量の神の死体が必要らしい。


そして俺は、だから誰も不要にならない世界を作るために、この国に不要な命をユグドラシルの贄にする事に決めた。


最初は死刑囚を。


死刑囚の死体を(ユグドラシル)に近付けると、(ユグドラシル)の枝は死刑囚の死体を枝で砕き、更に栄養を求めるように巨大な根を伸ばした。


次にこの世に生まれ落ちた巨人の血縁を。


次に犯罪を行った者を差別なくユグドラシルの栄養にした。


次に情報を漏らそうとした使用人を・・・


次に裏切ろうとした貴族を・・・


そんな事をしている内に、ふと気がついてしまった。


こんな事を・・・(ユグドラシル)は望んでいない。


それが分からないほど、俺は馬鹿では無かった。


部屋に閉じこもり、鍵を掛けた。


ベットがあるのにベットの上には座らず、わざと硬い地面の上に蹲るように丸くなった。


俺は何も出来なかった・・・


妹の願いを叶える事も・・・母が求めた平和な国を作る事も・・・


俺は・・・


俺は・・・


なんのために・・・産まれてきたんだ・・・


そんな思考が頭を蝕む。


体が闇に蝕まれていく。


このまま消えてしまいたい。


そんな事を暗闇の中で悶え続けていると、鍵が開く音が外から聞こえた。


「入りますよオーディン様 」


その声に興味など無かった。


けれど扉は開かれ、顔の見えないメイドが俺の部屋に入って来た。


「何をしているのですか、オーディン様・・・ 」


うるさい。


俺はこのまま・・・消えてしまいたい・・・


「貴方はこんな所で止まるのですか? 」


黙れ・・・


「貴方のエムブラ様への思いはその程度だったのですか? 」


黙れと言っている・・・


「貴方はこの国を平和にするのでは」


「黙れぇ!!! 」


そう声を荒らげた。


「お前に何が分かる!? あいつはこんな事を望んでいない!! 母さんはこんな国を望んでいない!! 」


泣き叫ぶように声を荒らげた。


けれどメイドは仕方がなさそうにため息を吐き、俺の方に近付いてくる。


「おや、貴方はそれが分からない馬鹿では無かったのですね 」


「はっ? 」


意味が分からない。


こいつは何を言いたいんだ?


「えぇ貴方の言う通り、貴方のお母様はこんな国望んでおりませんし、エムブラ様も犠牲の元に成り立つ平和など望んではおられないでしょう 」


「なら何故」


「ですが、だからなんだと言うんです? 」


顔の見えないメイドは俺に近付いてくる。


「貴方の手は穢れで満ちています。その手は殺人鬼よりも穢れ、泥水のように汚いでしょう 」


足音が近付く。


「貴方の行いは間違いだし、エムブラ様にもお母様の願いからも外れています 」


足音が前にやって来た。


「だからなんだと言うんです? それが分かったからと言って、貴方は全て投げ捨てて逃げるのですか? 」


メイドは言葉を続ける。


「そんな事、誰も許しませんよ? 」


「黙れぇ!!! 」


泣き叫ぶように声を荒らげた。


けれどメイドは俺と同じ目線になる様に地面に膝を着くと、俺の頬を左の手の平で引っぱたいた。


生まれて初めての痛みに・・・感情が揺さぶられた。


「貴方はもう逃げられないのです! その穢れから! その間違いから!! だからこそ! その間違いを貫き通すしか道は無いのです! 」


「っう!! 」


その力強い言葉は心を揺さぶった。


「ですから約束して下さい。私は貴方のためにこの身を捧げます。ですから貴方は、貴方の夢を追いかけて下さい 」


そんな尊敬に満ちた言葉に何も返せず、ただじっとメイドの見えない顔を見つめていると、メイドは俺を力強く抱きしめてきた。


「私が貴方の盾となり、槍となりましょう。貴方が辛い時は寄り添いましょう。貴方が欲を持て余した時はそれを発散するための肉となりましょう 」


そ力強い言葉は俺の心を揺さぶり、熱い涙が瞳から零れ落ちた。


「お前は・・・何故そんなにも俺を思う・・・ 」


「・・・私の血縁は『Hǫðr(ヘズ)』です 」


ヘズと言えば、光の神『Baldr(バルドル)』を殺した神だ。


だからこそ、相当地位は低いはずだし、最悪この国を追われても仕方がない血縁だ。


「ですから私は・・・いえ、私達家族は奴隷の様な日々を送っていました。けれどそれは・・・貴方のお父様に救われました 」


「っ!! 」


急に出てきたクソ野郎の言葉に怒りを覚えたが、そんな怒りをお構い無しにメイドは言葉を続ける。


「ですから、私達一族は貴女の部下であり、奴隷です。だからこそ貴方が絶望の中にいれば光に・・・貴方が1人で死にそうな時は寄り添いましょう 」


そんな優しい言葉に言葉がつまり、嗚咽を漏らすほどの感動が心を揺さぶった。


「お前・・・名前はなんて言うんだ? 」


「私ですか? 私は・・・アルマスと申します 」


その時、メイド顔を覆っていた白い光は晴れ、緑色の髪と目を閉じた綺麗な顔が視界に映りこんだ。


その時の救われた気持ちを今でも覚えている。


「・・・苦労をかけたアルマス。ユグドラシル計画を再開する、すぐに貴族達を集めろ 」


「はい、オーディン様。いえ、オスカリ様。すぐに手配致します 」


その日から俺は間違いを行い続けた。


願われていない平和のために・・・


望まれていない平和のために・・・


ロキの力を解放し、『トリックスターの(ひとみ)』で街を監視し、悪人を見つけしだいそいつを捕まえてユグドラシルの苗へ連れていった。


その途中、吐き気が体を襲った。


間違いを行う心を拒絶するように体は吐き気を生み出す。


その日の夜、アルマスを泣きながら抱いた。


アルマスはそれを快く受け入れてくれた。


寝る事など忘れ、2人で抱き合った。


次の日の朝、アルマスが仕事があると言いベットから降りようとした時に、アルマスの腹に自分の歯を立て、血が出るほどまでその腹に力強く噛み付いた。


「あっ、すまない・・・すぐになお」


「いえ、血を止める程度でお願いします・・・出来れば傷跡が残るように・・・ 」


「あっ、あぁ 」


衝動的に噛んでしまった事を後悔しながら、再魂のルーンでアルマスの血を止めると、アルマスは急に俺に抱きつき、俺の肩に深々と歯を立てた。


「いつ゛!! 」


「ふふっ、私だって痛かったんですから・・・我慢してください 」


アルマスはそう言うともう一度歯を突き立て、俺の肩から血が流れると、アルマスはそれを舌で舐め、少し赤くなった唇を舌先で舐めとった。


「お揃い・・・ですね 」


「・・・そうだな 」


アルマスに笑みを返すと、アルマスも笑みを返してくれた。


それから俺はアルマスと一緒に居たいという気持ちが強くなった。


だから強い血縁を持った死体を再魂のルーンで復活させ、奴らを道具としてこき使った。


だってそいつらどうでもよかったからだ。


俺には・・・アルマスさえ居てくれれば良かった。


罪人のリフトを作った。


吐いてしまった。


アルマスを抱いた。


そんな日々を繰り返した。


ユグドラシル計画は順調だった。


あと一歩で世界樹は生み出され、誰も不要にならない世界を創成出来る。


はずだった。



ユグドラシル計画はどうなった?


辺りは暗闇だ。


アルマスはどこに行った?


俺は今・・・どこにいる?


ぼやける頭がだんだんと冷静になっていく。


「っ・・・ゲフッ!! 」


血を吐いた。


下半身の感覚がない。


「っ! 」


俺は何をしていた?


俺は・・・俺は・・・


誰かと戦っていた。


そしてどうなった?


分からない。


遠くの方から何かを掘る音が聞こえる。


・・・なんだ?


光が暗闇の中に差した。


明るい光だ。


「アルマ・・・ス 」


光に向かって手を伸ばす。


この世で最も愛した人物の名を呟きながら。


その手を優しく掴まれた。


次の瞬間、悠翔(悪魔)の笑みが視界を覆い潰した。


「っ!! 」


意識を現実に戻し、すぐさま右手に『盗賊の叡智(ウィズドム)』を生み出そうとするが、それよりも速く銀色の刃で右腕を切り落とされ、左胸に深々と刃が突き立てられた。


「がはっ!! 」


「良かった! 良かった!! これでロキの力を奪える!! 」


そんな喜びに満ちた顔に睨み返し、胸に刺さった刃を左手で掴む。


(こいつは・・・いつ俺の血縁に気が付いた・・・ )


「あぁ? んなのお前に会ってすぐだ。俺の事を悠翔って呼んだ時点でお前は叡智を持っていない事が分かったんだよ! 」


「ぐふっ!! 」


胸に刺さった刃を抉られる。


(どういう・・・こと)


「だーかーらー、俺の名前は()()じゃねぇって事だ 」


(こいつは・・・一体・・・何も)


次の瞬間、自分の胸の中の大事な物が潰れた。


・・・


・・・・・・


・・・・・・・・・・・


・・・?


母さんが見えた。


エムブラが見えた。


アルマスが見えた。


みんな笑顔だ。


今・・・そっちに行くよ。


背中を何かが撫でた。


・・・?


体に何かが絡み付き、俺の体を拘束していく。


離せ!


俺は向こうに行きたいんだ!!


けれどその何かは俺を後ろに引っ張り、アルマス達は遠いところに行ってしまう。


嫌だ!


離せ!


離せ離せ離せ離せ離せ離せ離せ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ離せ離せ離せ離せ離せ離せ嫌だ離せ嫌だ離せ嫌だ離せ嫌だ離せ嫌だ離せ嫌だ離せ嫌だ離せ嫌だ離せ嫌だ離せ離せ離せ離せ離せ嫌だ嫌だ嫌だ離せ離せ離せ嫌だ嫌だ嫌だ離せ離せ離せ嫌だ嫌だ嫌だ離せ離せ離せ嫌だ嫌だ嫌だ離せ離せ嫌だ嫌だ嫌だ離せ離せ離せ嫌だ嫌だ嫌だ離せ離せ離せ嫌だ嫌だ離せ離せ離せ嫌だ嫌だ嫌だ離せ離せ離せ嫌だ嫌だ嫌だ離せ離せ嫌だ嫌だ嫌だ離せ離せ離せ嫌だ嫌だ嫌だ離せ離せ離せ嫌だ嫌だ嫌だ離せ離せ離せ



暗闇に・・・沈んだ。





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