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第21話 失った者達



・・・あれからいくら経った?


見慣れた暗闇の中で、どれだけの悲鳴を聞いた?


「あー!! あー!!! 」


「もーう、そんなに動いたら指が切れないじゃん。ほーら、じっとして 」


歯を全部抜かれたバールの声が暗闇に響き渡る。


次の瞬間、何かを切り落とす音と共に絶叫が響いた。


「あああぁぁぁぁ!!!! 」


「ふふっ、薬指が落ちちゃったからもう結婚出来ないね 」


そんな楽しそうに笑う悠翔の声に寒気がする。


あれから悠翔は時計回りに私以外の全員に拷問を続けた。


リーシャンの足をねじ切り、焼けた何かでその足を止血し、カイナの両目をくり抜き、バールの鼓膜を細い棒で破り、カーナの体の至る所に深々と傷が残るように噛み付いたり。


みんなはもう悲鳴を上げる事も疲れたのか、辺りからは細い隙間に風が通るような息の音しか聞こえない。


それもこれも全部、私のせいだ。


私が答えないから・・・


私が主との約束を大事にしているから・・・


私が・・・


私が・・・


「さーてと、次はセーナちゃんの番だね 」


震え上がる様にガタリとイスが動いた。


けれど悲鳴は聞こえない。


辺りから感じる悲しみと困惑だけが私の心を殴り続ける。


頭がぼやける。


涙が止まらない。


「それじゃあ・・・舌、切っちゃおうか 」


「いや・・・いや!! 」


何度も頭の中で楽しかった光景がフラッシュバックする。


みんなで大掃除をしたり、お風呂に入ったり、少し奮発してみんなで高い肉を食べたり。


「ほーら、お口を開けてー 」


「いや!いがっ!! 」


どうやら舌を掴まれた様だ。


「ふぇふぇふぇ!!ふぇふぉふぉ!!! 」


「ごめん、なんて言ってるか分からないけど 」


鉄が擦れる音が響いた。


「ゆっくり切り落とすね 」


その一言で、心の中で何かが決壊した。


「待ちなさい!!! 」


喉の奥から飛び出した大声に悠翔は動きを止めると、後ろに右手に持っていたハサミを投げ捨て、ゆっくりと私に足音が近付いてくる。


すると突然、私の髪を掴んでぐっと上に持ち上げられた。


「なーにー? 答える気にやっとなってくれた? 」


「っう・・・・・・えぇ 」


その一言で辺りから伝わっていた恐怖や絶望は安堵に変わった。


「それでー? 宝物庫への行き方は? 」


「・・・その前に、条件があります 」


私の言葉に悠翔は苛立つ様に髪を掴む力を強くし、私に息が当たるほど顔を近付けた。


「うん、何? 」


「この子達を解放し、二度と手を出さないと誓いなさい!それが条件です!! 」


「うん、分かったよ 」


意外にも悠翔は頷き、私から顔と髪を離すと、悠翔の右腕から花の匂いと共に何かが伸びる音が聞こえ、それがバール達に当たるとバール達を縛り付けていた物はその何かに吸収されて行く。


「はい、解放したよ。それで宝物庫にはどうやって行くの? 」


「っう・・・王室にある壁を17回叩きなさい。そうすれば宝物庫への道が開かれます 」


「うん、嘘は言ってないね 」


悠翔の血縁は嘘を見抜ける神なのかと思いながらもこれで皆が救われると思い、安堵とあの方との約束を破った自分への嫌悪が混じりあったため息を吐いてしまう。


「それじゃあみんな、お疲れ様 」


「・・・? 」


その言葉の意味が分からなかったが、困惑は布が解ける様な音と共に謎めいていく。


私の隣に縛り付けられていたバールは頭から解けて行き、そのバールだった物は悠翔に向かい、悠翔の体に吸収されて行く。


それはセーナも、リーシャンも、皆の頭が解けて行き、それが悠翔に吸収されて行く。


「どういう・・・なんで・・・ 」


「んー? 簡単な話だよ・・・」


私と悠翔だけが残された空間で、悠翔は口を開いた。


「私の・・・じゃなかった。血縁の力を応用してね、吸収した相手の声帯を盗めるの。だからこうやって・・・『アルマス様!助けてください!』・・・とかね 」


「じゃ・・・じゃあ 」


「うん、最初からみんな死んでたよ。いやー、目が見えないから騙しやすくて助かったね 」


「あっ・・・私・・・なんて・・・事を・・・ 」


「んっ? もう変わっていいの? ・・・お疲れ様? へへへ、ありがと 」


絶望の中で聞こえた意味が分からない独り言を頭の端で聞いていると、悠翔はしばらく黙り込んだ。


すると突然私の髪を掴み、私を椅子から引っ張りあげた。


「で、どんな気分だ? 助けようとした仲間は死んでいて、愛している主人を裏切って 」


「っ!!! 」


その言葉で、理解してしまった。


自分が何をしてしまったのかを・・・


私は・・・


私は・・・


「なさい 」


「あっ? 」


「私を殺しなさい!!! 」


自分の喉から漏れたとは思えないほどの大声に悠翔から伝わる感情は濁った。


けれど次に伝わって来たのは、明確な殺意だった。


「あぁ、殺してやるよ。お前は・・・飛びっきり残酷にな 」


その言葉と共に悠翔の背中から何かが蠢く音が聞こえ始め、辺りに広がる花の匂いは強まって行く。


(ごめんなさい・・・オスカリ・・・様 )


愛する人の名を心の中で呟く。


己の死を覚悟しながら。


「んじゃ、始めるか 」


あぁ、人生が・・・終わる。



ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー



「・・・何が起こったんだ? 」


そんな声が口から漏れてしまった。


あれから数時間、巨人達の死体の処理が終わり、次にウートガルズ城の調査に出向いたが、そこのウートガルザの娯楽室は何かがめちゃくちゃに暴れた様にボロボロになっていた。


誰かが落とそうとしたであろう血の跡。


何かが打ち付けられた地面と壁。


穴が空いた天井。


(何があったんだ・・・ショトル )


ショトルの血縁は『अश्वत्थामन(アシュヴァッターマン)』という叙事詩に出てくる不死身の戦士だが、その力ではこんな事出来るはずがない。


これはまるで・・・巨人が暴れたような有様だ。


そんな光景に複数の仮説を考えていると、後ろから鎧をガチャ付かせる音が近付いて来た。


音の鳴る方へ顔を向けると、そこにはちゃんと10人いる捜索部隊が帰って来ていた。


「帰ったか 」


「はっ! 」


その内の黒い髭を薄く生やした男が俺の前に跪き、それに続くように後ろの兵士達も跪いた。


「ご報告致します 」


「あぁ 」


「ウートガルズ城、及びその周辺を捜索しましたが、誰1人として見つかりませんでした! 」


「やっぱりか・・・ 」


どうやら俺の考えは当たっていたようだ。


「やっぱり・・・とは? 」


「簡単に言うとな、あの全勢力は囮だ 」


「はっ!? あっ、失礼しました 」


「別にいい。それより、チェスは何を取られたら負ける? 」


そんな俺の唐突な質問に、髭を生やした兵士は呆気からんとしたが、俺の質問に困惑しながらも答えてくれた。


「えっと、キング・・・ですよね? 」


「そういうことだ。奴らは囮、恐らくキング・・・ウートガルザを逃がすためのな 」


「逃がすために・・・あの勢力を? 」


「あぁ、これはあくまで予想だが、ここは何者かに襲撃にあったみたいだ。それで痛手を負ったウートガルザは自分の全勢力を囮にして、自分だけは安全な場所に逃げるつもりだろうな 」


「安全な場所・・・ドルイドの森ですかね? 」


「いや、それは知らん。が、少々厄介だな。奴はこの無法地帯を統制した者だ。そいつが逃げるとなると復讐のチャンスを伺う可能性もある 」


「それではドルイドの森、及び街の付近まで捜索部隊を出します 」


「あぁ、頼む 」


そんな話が早い兵士に感謝しながらも、取り敢えず紫色のルーン文字を展開し、この場にいる俺を含めた全員を元いた拠点へと転移させる。


「取り敢えず、今日はお開きだ。捜索部隊には全員マーカーと通信器具を持たせとけ 」


「はっ!お疲れ様でした、オーディン様! 」


「「「「「「「「「お疲れ様でした!」」」」」」」」」


その興味が無い奴らに労いの言葉と敬礼を投げかけられ、ため息しか出て来ないが、取り敢えず手を軽く降って敬礼を解かせ、紫色のルーン文字を展開させる。


そのまま自分の王室に帰ると、そこにはまだ手をつけていない今夜分の資料達と冷めた食事が机の上にあり、当たり前だがアルマスはいなかった。


「はぁ・・・ 」


久しぶりの力の扱いに疲れ、このままアルマスと添い寝したい気分だが、今夜中に手を付けないといけない仕事もあるため、今日は徹夜になりそうだ。


そんな事を思いながらコーヒーを持ってきて貰おうと机の上にあるメイドを呼び出すための魔道具のスイッチを押すが、誰からも返事はない。


(・・・そいや、アルマスに寝ろって言ってたな )


今日は誰も起きていない事を思い出し、久しぶりに自分でコーヒーでも入れるかと思いながら紫色のルーン文字を展開させ、キッチンへ自分を転移させる。


するとステンレスで出来たカウンターが並ぶ、キッチンに着いた。


(コーヒーはどこだっけ・・・)


久しぶりのキッチンに何がどこに置いてあるか分からず、勘を頼りに適当なカウンターの扉を開くと、そこにコーヒー粉が入った入れ物を見つけ、それを持って水気を切るようにして逆さに置かれているコップに手を伸ばす。


コップをカウンターの上に置き、入れ物を傾けてコーヒー粉をコップの中に適量入れ、ルーン文字で作った氷をコップの中に入れる。


そしてルーン文字で作った熱湯をコップの中にぶち込んでアイスコーヒーを作る。


それを右手で持ち上げ、軽く溶けた氷ごと口の中にコーヒーを流し込むが、思った以上にコーヒーが苦く、吹き出しそうになってしまう。


「うぷっ! 」


けれど無理やりコーヒーを喉の奥に流し込み、冷たくなった喉を通してため息を吐く。


「にっが・・・ 」


まぁ苦い方が目は覚めるだろうと思い、苦いコーヒーを飲みながら紫色のルーン文字を展開させ王室に戻る。


「さーて 」


王室の机にコーヒーを置き、椅子に座って夜は長いぞと思っていると、ふと、花の匂いが鼻を掠めた。


(アルマス・・・か? )


アルマスが何か香水のようなものを振ったのか思い、軽く室内を見渡すと、なんとも言えない違和感に気が付いてしまった。


(・・・? )


この違和感を口にするのならば、入口辺りがやけに綺麗だと感じる事だろうか。


まるで・・・何かを入念に拭き取ったような。


この部屋に入ってくるのは緊急時以外はアルマスだけだ。


そんなアルマスが何かを零すなどのヘマはしない事を知っている。


何かが変だ。


そう思い、仕事の事など忘れて椅子から立ち上がって部屋から出る。


左右を見渡すと、ただ薄暗いだけの廊下が見えるだけだが、俺の血縁の勘が頭の奥をくすぐる。


「はぁ・・・ 」


その気持ち悪い感覚を無くすために、右目を閉じて血縁の力を解放させ、王宮内に無数にマーキングした場所に視点を移す。


まずは階段。


次に廊下。


次に・・・アルマスの部屋を力で覗く。


しかし、その部屋の中には誰も居ない。


おかしい。


アルマスは俺には嘘を付かない。


だから今日は見回りをせずに寝ている筈だ。


なのに部屋の中には誰もおらず、乱れていないベットやついていない机のランプの灯りはここに誰も帰って来ていない事を示していた。


その奇妙な違和感に少し気が引けるが、他のメイドの部屋を力で除くが、そこには乱れたベットとついているランプの灯り、開かれたままの日記帳だけがあった。


まるで突然と部屋の中から消えたような感じだ。


ここまで来ると、違和感は言葉にできない確信に変わり、流れ目で視点を切り替え続けると、1回の地下に続く扉の前に赤い何かが見えた。


「っ!? 」


それが血だと理解し、すぐさま転移のルーン文字を展開させてその場に転移すると、地面には何かを引きずったように広がる血跡が地下室の方へ続いていた。


その血が誰の物か・・・


何故こんな物がここにあるか・・・


そんな考えが頭の中を巡るが、体は勝手に扉を開いていた。


その先にはただただ暗い通路の中に血の跡が続いており、それを見ると口の中の唾が勝手に飲み込まれ、体は勝手にその血の跡を追っていた。


何か嫌な予感がする。


勘が進むのをやめろと訴えてくる。


けれど足は流れる汗と共に止まらず、膝に負荷をかけながら階段を降りていく。


唾を飲む。


暗闇を進む。


(なんだ? なんでこんなに・・・動揺している? )


何故自分がこんなに動揺しているのか分からないが、この先には・・・見てはいけないものがある。


それだけは勘で感じてしまう。


けれど思考はそれを見ようと足を動かしてしまう。


そんな奇妙な感覚を永遠と感じていると、着いてしまった。


地下室の入口に。


血は中に向かって途切れている。


誰かが居る。


(誰だ? )


今この場で浮かんで欲しくない人物の顔が頭の中で浮かんだ。


(いや・・・そんな訳が・・・ない・・・)


手が扉に伸びる。


勘がやめろと叫ぶ。


けれど手は扉に届き、ドアノブを下に下げた。


真実を知って安心したい気持ちと不安が入り交じる矛盾を感じ、しばらく動けないでいたが、その矛盾を感じているのが嫌になったのか、体はゆっくりと扉を引いた。


そこには暗闇と・・・その中に、吊るされた何かが見えた。


その何かが何だか分からず、やめろと叫ぶ勘を無視して光色の灯火のルーンを展開させた。


するとそこには・・・・・・四肢がなく、乳房が引きちぎられた後が付いた胸、痛々しい噛み跡が付いた体、顔を潰すように貫通した太いフック。


そんな痛々しい体を晒すように吊るされた肉塊に吐き気が込み上げた。


それが何故かは分からなかった。


が、すぐにその原因に気が付いた。


腹の噛み跡の中に、見覚えがある薄い傷跡があった。


俺が治した・・・()()()()()()


これは・・・この肉塊は・・・


「ウプッ!! 」


胃酸が込み上げ、喉と口の中を酸っぱさと苦さで埋め尽くすが、これがあいつの死体ならまだ大丈夫だ。


俺が・・・生き返らせられる。


胃酸を無理やり胃に収め、最悪な気分のまま死体に近付き、死体に抱きついて顔を潰すように貫通したフックから・・・アルマスを・・・下ろそうとした瞬間、フックは天上から外れ、死体と共に地面に落ちてしまう。


次の瞬間、天井がくす玉の様に開き、そこには小さな無数の茶色い壺が見えていた。


「っ!? 」


それを見た瞬間に死を感じ、すぐさま守護のルーンで自分とアルマスの死体を守った瞬間、鼓膜を突き破るかの様な爆音が辺りに響き渡り、視界を爆炎が埋め尽くした。


「っう!! 」


そのうるささに耐え、何故こんな仕掛けがあるのかと思いながらもアルマスの死体が残っている事に安堵し、すぐさまフックをアルマスの顔面から抜き取ろうとフックを掴み、それを無理やり潰れた顔から肉の中を擦る音と共に引き抜くと、ピンッと、何かを引き抜く音が聞こえた。


次の瞬間、アルマスの死体が突然と膨張した。


「っう!! 」


顔を両手で守りながらすぐさま守護のルーン文字を展開させようとしたが遅く、アルマスの体を爆炎が吹き飛ばし、その熱波が俺の体を焼いた。


「っ゛う゛う゛!!! 」


その炙られる痛みと音に耐え、すぐさま黒く焼けた両腕を顔から離すと、そこには焼けた肉片と肉が焼けた臭いしか広がっていなかった。


その光景に呆然とし、その焼けて吹き飛んだ肉片の所に行こうとしたが、自分の両足がない事に気が付いた。


けれど何故だろう、あまり痛くない。


そんな事どうでもいい。


アルマスを・・・アルマスを・・・


焼けた両手で体を引きずり、壁に吹き飛んだアルマスの肉片の元へ近付き、自分より先にアルマスの肉片に赤い再魂のルーンを貼り付けるが、あまりに肉体の損傷が激しいせいか肉は1部分しか再生せず、再生したのは・・・アルマスの細い左手だけだった。


それを見た瞬間、様々な思い出がフラッシュバックした。


仕事の合間に持って来てくれる軽食。


アルマスが紅茶を入れる姿。


泣き言を言った時に励ましてくれた言葉。


言葉。


姿。


声。


愛情。


「うっ 」


その全てが吐き気と代わり、今度は胃酸をぶちまけてしまった。


アルマスの・・・左手に。


「あっ・・・ 」


すぐさま黄色いゲロを左手から拭き取ろうとするが、その拭き取ろうとした焼けた服にもゲロが掛かっており、腕がない左手を拭く度に逆に自分のゲロを塗り広げてしまう。


けれど頭が纏まらず、アルマスの左手を黒焦げな服で擦り続けてしまう。


涙が落ちた。


アルマスの左手に。


「アルマス・・・ 」


自分の好きだった者の名を呟く。


けれどアルマスはもう生き返らない。


そうだんだんと頭が理解すると、涙が止まらず、自分の傷を治す事も忘れて泣き続けてしまう。


そんな事をしていると、頭の中に頭痛の様な物が響き渡った。


それは恐らく、ユグドラシルの苗の所に貼った結界による反応だ。


突然の侵入者に困惑してしまい、ただ何も出来ずにぼーっとアルマスの左手を眺めていると、アルマスの言葉が頭の中に聞こえた。


『貴方は・・・貴方の夢を追いかけて下さい 』


「・・・そう、だよな 」


頭の中で聞こえたアルマスの声に言葉を返し、再魂のルーンを自分の体に貼り付け、無い足と黒焦げな両腕を再生させる。


「お前はきっと、そう言うよな 」


アルマスならきっとそう言う。


そう思いながら再生した足で立ち上がり、ゲロまみれのアルマスの左手を拾い上げ、それに唇を重ねる。


「・・・待ってろ、すぐに帰ってくる 」


アルマスの左手を地下室に置いてある棚の上に置いて口周りのゲロを黒焦げの右袖で拭い、紫色のルーン文字を展開させる。


そして頭を切りかえ、必ず侵入者を殺してやると決意しながらユグドラシルの苗木がある、あの場所へ体を転移させた。



ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー



「何・・・今の爆発・・・ 」


「止まるなアナベル! 時期にバレるぞ!! 」


突然の爆音に困惑した頭の中にゲイルの言葉が響き、すぐさま意識を現実に戻してから死体だらけの根の道を5人で突き進む。


あれからゲイルの血縁の力、『Njǫrðr(ニョルズ)』の『航海の追い風』の力によってユグドラシルの苗木の場所を特定し、ルーン文字で張り巡らされた結界をルーシィの血縁の力によってオスカリ様に気付かれない様に侵入したが、それもこれもあの謎の爆発によって無駄になってしまった。


今はとても不味い状況だ。


ここは暗部だけしか知らない場所なためここに私達が居ることは紛れもない反逆だ。


そして時期にオスカリ様が来る。


そうなれば私達は全滅だ。


だから急げ!


速く!


ミーミルの泉へ!


「見えた!! 」


そう声を漏らしたのは私達の前にいるゲルだった。


その目線の先に目を向けると、そこには3つの根が巨木を支える異質な木が見えており、その根元には2つの泉が湧いていた。


「リューゲ! どっち!? 」


「左です! 」


その言葉にゲルは素早く反応し、腰に下げたポーチから小瓶を取り出した。


ミーミルの泉の水を汲むゲルを守るように私達は散開し、いつ戦闘が起こってもいいように全員にエンチャントを施す。


「エンチャント! 慈悲深き者(エイル)剣を掲げる者(ヒヨル)騒がしき者(ゴッル)槍を投げる者(ゲイルドリヴル)輝きの戦いを示す者(ブリュンヒルデ)! 」


ゲイルに『ゲイルドリヴル』を。


リューゲに『エイル』を。


ルーシィに『ヒヨル』を。


ゲルに『ゴッル』を。


そして自分に『ブリュンヒルデ』をエンチャントし、神光の街から貰った銀色の鎧を全員装着して誰がどこから襲ってきてもいいように銀の剣を右手に生み出す。


そして永久とも言える静寂が訪れ、その静寂の中で体を伝う冷や汗を感じていると、ある事に気が付いた。


あまりにも、水を汲むのが遅過ぎる事に・・・


次の瞬間、背中に一気に氷水をかけられた様な恐怖が走り、すぐさま後ろを振り向いた瞬間、そこにはゲルの下半身と四肢だけが残っており、上半身だけを吹き飛ばしたであろう、槍と鎚を無理やりくっ付けた様な武器が地面に突き刺さっていた。


「ゲル!! 」


「っ!? 」


咄嗟にゲルの名を叫んだ瞬間、その槍の様な歪な武器はどこかへ飛んで行き、その方向へ顔を向けると、そこには赤い目と水色の目が暗闇に浮かんでいた。


見覚えがある目の色に心臓がドクンと脈打ち、この場に居て欲しくない人の事を考えていると、暗闇に慣れた目で見えてしまった。


この場に居て欲しくない・・・オスカリ様の顔が。


その顔は絶望に満ちており、涙が流れた後が目の下にくっきりと残っている。


けれど動けない。


言葉を発せない。


それほどの圧を、オスカリ様から感じてしまう。


「お前らが裏切ってた事は知っている 」


「っ!? 」


叡智を使われていた事に驚き、ただ何を言えずにいると、オスカリ様は暗闇の中で言葉を続けた。


「だが、もうどうでもいい。お前らはここで・・・死ね 」


その言葉に乗せられた殺意に体に力を入れ、いつ何が来てもいいように体を力ませたけど、後ろから風が吹き荒れる音と水が沸騰する様な音が聞こえた。


次の瞬間に左肩を捕まれ、そのまま後ろに引っ張られてしまい、地面に尻もちを着いてしまう。


(何!? )


突然の事に何がなんだが分からずに焦っていると、私の前に3人が立ちはだかり、ゲイルから水が入った小瓶を投げられた。


それを慌てて受け取ると、リューゲは光を体に纏った。


「みんな・・・何を 」


「アナベル、お前は神態で逃げろ 」


「えっ、なん」


「じゃあな 」


神態の準備を咄嗟にしながらその言葉に更に言葉を返そうとした瞬間、暗闇を照らすほどのルーン文字が展開され、その陣を通すように槍が放たれた。


「ふっ!! 」


その一撃をゲイル達は横に飛んで躱したが、その槍は横に飛び遅れたルーシィの両足を吹き飛ばし、そのまま辺りの根を砕きながら暗闇の中へ飛んで行った。


「っ゛う゛う゛!!! 」


「ルーシィ!! 」


ルーシィの名を叫ぶが、ルーシィ達は私の声に反応せず、オスカリ様の左側からゲイルが槍を持って突っ込み、それを援護するように銀の剣を持ったリューゲが手ぶらなオスカリ様に間合いを詰めた。


しかしオスカリ様は地面を力強く踏むと辺りに紫色のルーン文字が展開された。


その地面をリューゲ達が踏んだ瞬間、ゲイルの右足とリューゲの左足がバラける様に砕けた。


「っ!? 」


「うっ!! 」


そのままオスカリ様は空中に新たなルーン文字を展開させた瞬間、リューゲとゲイルはルーン文字が貼り付けられた地面に高速で落下し、リューゲの体は砕けるようにしてバラけた。


「リュー」


咄嗟にリューゲの名を叫ぼうとするが、それよりも速くゲイルは手に持った銀色の槍を地面に突き刺し、腕の力だけで体を引っ張り、無事な左足でオスカリ様の顔面に蹴りを打ち込んだ。


けれどその左足はオスカリ様の銀色の小手によって掴まれており、その左足は肉と血をひねり出しながら押しつぶされた。


「があ゛あ゛あ゛ぁぁぁ!!! 」


「ゲイ」


またも咄嗟にゲイルの名を叫ぼうとするが、ゲイルはそのまま地面に叩き付けられ、顔にヒビが入った瞬間、その顔をオスカリ様は右足の素足で踏み壊した。


あっという間に私の仲間を2人殺したオスカリ様に恐怖を覚え、お腹を氷で冷やされている様な気分に陥ってしまっていると、こちらにゆっくりと近付いてくるオスカリ様の周りに水で描かれたルーン文字が浮かび上がった。


「崩壊しろ! 」


そのルーシィの声を聞き、ルーシィが崩壊のルーン文字を水で模倣したのだと悟ったが、そのルーン文字は地面に展開された炎によって掻き消された。


「なっ」


驚きの声を漏らすルーシィの頭を後ろから飛んで来た歪な槍が吹き飛ばし、それがオスカリ様の手元に戻った。


「ルーシィ!! 」


死んだ仲間の名を叫ぶが、それが無駄だと言うように残った体は地面に落ち、オスカリ様は私に向かって槍を向けた。


『お前は逃げろ 』


もう二度と聞けない声が頭の中で響き、すぐさま地面を転がると私が居た場所を歪な槍が抉った。


転がりながら体を起こし、神態が終わった体でオスカリ様を睨むと、オスカリ様も私に明確な殺意を向けて睨んで来た。


無音の音が聞こえる。


そんな静寂の中頭の後ろを冷やされたような感覚に陥り、すぐさま横に飛ぶと私が居た位置を槍が通り過ぎ、槍はオスカリ様の手元に戻ったが、攻撃を躱せた事に安堵する余裕もなく、私の周りに水色のルーン文字が浮かび上がった。


「っう!? 」


恐らくそれが氷のルーンだと予想して体を捻ると、何も無い空中から氷の棘が迫り、下から迫る氷を左手で掴んで体をさらに捻りながら足と剣で氷を砕くが圧倒的に手数が足りず、氷の先端が脇腹の鎧を貫いた。


「ぐっ!! 」


けれど人間の細胞はほとんど死んでいるためか痛みはあまりない。


「ふっ!! 」


すぐさま体をひねり、右手の剣で氷のトゲを薙ぎ払ってそこから逃げ出すが、逃げた先に赤いルーン文字が浮かび上がり、熱気が肌を叩いた。


(荒れ狂う者(カーラ)!! )


咄嗟に体にワルキューレの力を纏わせ、荒々しい風で体を囲うように現れた炎を吹き飛ばすと、吹き飛ばされた炎の先に焼けたように赤い鎚が見えた。


「っ!? 」


咄嗟に振られた鎚から身を守るために右手の剣を構えたが、剣は簡単にへし折れ、モロにその一振を喰らってしまった。


「がっ!! 」


後ろに吹き飛ばされ、折れた剣と手足で勢いを殺そうとするも、でこぼこな地面のせいで上手く勢いを殺せず、地面に乱暴に転がってしまう。


「っう!! 」


地面に顔が勢いよくすれたせいで顔に痛みと熱を帯びるが、すぐさま顔を上げようとするも体が動かない。


(なんっ)


その理由は簡単だった。


胸からはどこかの骨が突き出ており、その傷口から赤い臓物が顔を出していた。


しかも微かに感じる腰への違和感。


恐らく、背骨が折れている。


「ごぼっ!! 」


それに気が付くと口から血が溢れ、微かな痛みが虫のように体の中を蠢き始める。


このままだと殺される。


何も出来ずに・・・


自分の弱さを恨みながら、掠れていく視界をゆっくり閉じようとすると、目の端に、ある物が映った。


(いず・・・み? )


ミーミルの泉だ。


それを見つけた瞬間に無理やり目を開き、左手を伸ばしてワルキューレの名前を唱える。


「ろ、嵐の中に居る者(ロータ)



そう呟くと私の周りに風が吹き荒れ始めた。


その風のせいでミーミルの泉の水が大量に宙に舞い上がり、私の元にやってくる。


それを大きく口を開けてその水を飲み込んだ次の瞬間、左目に焼けるような激痛が走った。


「っ゛う゛!あ゛あ゛あ゛!!! 」


その激痛に耐えきれず、悲鳴を上げてしまっていると、左眼がドロリと溶けるように瞳の中から転げ落ちた。


「っう! 」


そのお陰で目の痛みは消え、右目だけの視界で暗闇を見つめると、水色と赤色の目が暗闇の中に浮かんでいるのが見えた。


その2つの目はゆっくりと私に近付き、歪な槍の先端を頭に向けられた。


「最後に聞く、アルマスを殺したのは・・・お前らか? 」


「・・・えっ? 」


「・・・違うみたいだな 」


何故アルマスさんが死んでいるのかは分からないが、このままでは私は殺されてしまう。


だったら最後に・・・


オスカリ様が槍で私の頭を潰す直前に想像で紫色のルーン文字を頭の中で浮かび上がらせると、暗闇を照らすように紫色のルーン文字が辺りに浮かび上がった。


「なっ!? 」


オスカリ様が驚きの声を上げた瞬間に、私達のアジトを頭の中で思い浮かべた瞬間、辺りの景色は瞬時に変わり、薄暗い私達の家の中に自分が居るのだと理解出来た。


「ふふっ・・・凄いね、これ 」


ルーン文字の万能さに笑みが漏れてしまうが、口から血が溢れてしまう。


もうすぐ神態が切れてしまい、そうすれば私は死んでしまう。


「がはっ!!はぁ・・・ヒュー・・・ 」


死にたくない一心で地面を這うが、動いても痛みが増すだけで、暗い部屋の中には誰も居るはずがない。


孤独。


そんな感情が心を支配し、涙が右目から自然と流れ落ちてましまう。


「こんな死に方・・・やだよぉ 」


あの時と同じだ。


暗い洞窟の中で、死にたくないと泣いていたあの時と。


けれどあの時は・・・悠翔が助けに来てくれた。


でも今は誰も居ない。


けれど、名前を呼んでしまう。


「悠翔・・・ 」


「・・・呼んだか? 」


「えっ? 」


この場に居て欲しい人の声が聞こえ、すぐさま顔を上げようとするけど、背骨が折れているせいで顔を上げられない。


そんなどうしたら良いのか分からないでいると、どこからか現れた足音が後ろから近付き、私の頭元に靴を履いたままのローブを着た誰かが映りこんだ。


その誰かはゆっくりとローブを取った。


その顔は・・・悠翔のものだった。


「はる・・・ 」


「喋るな・・・傷が開く 」


悠翔はそう言いながらゆっくりとしゃがみ、お尻を地面に落として私の顔をじっと眺めてきた。


「最期に・・・して欲しい事はあるか? 」


私が死ぬ事を理解してくれている悠翔の言葉に熱い涙が溢れてしまい、氷のように冷たい体の中に感じる暖かい熱を感じてしまう。


「キス・・・して・・・ 」


「そんな事で・・・良いのか? 」


「・・・うん 」


悠翔にそう答えると、悠翔は私の頭に手を置き、ゆっくりと横たわっている私に顔を近付け、唇を重ねてくれた。


そんな人生で1番幸せな時間を感じていると、意識は段々と落ちて行く。


散々な人生だった。


けど最期は・・・


最期だけは・・・


(いい・・・人生だったなぁ )


意識が・・・落ちた。



ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー



アナベルの小さな唇から口を離し、ローブの袖で自分の唇を拭う。


「・・・死んだか 」


アナベルの心肺活動が死んだ事を確認し、ゆっくりとため息を吐き、口角を上へと上げる。


「計画通りだな・・・ 」


アルマスを地下室に吊るしてトラップを仕掛けたあと、ユグドラシルの根元で()()()殺すつもりだったが、まさかあのトラップでオスカリが生き延びるとは思っていなかったため、急遽予定を変更し、結界にわざと気が付かれる様に爆弾を爆破させた。


そしてゲイル達を争わせ、アナベルの影に同化して様子をずっと見ていた。


そのお陰で俺の手元には今、ミーミルの泉の水が入った小瓶と、ワルキューレの血縁の持ち主の死体がある。


「後・・・1人だ 」


俺が欲しい血縁の力はあと一人なため、そいつを倒すための準備をするかと思いながら小瓶の蓋を開け、その中の水を飲み干す。


すると右目の視界がドロリと溶け、右目から右眼が落ちた。


けれど痛覚は切除してるため、痛くはない。


「さーて、どうスっかな・・・ 」


無くなった右目の代用をどうしようかと悩んでいると、自然とアナベルの顔に目が行き、半開きになっているアナベルの右目を見つけた。


「・・・ 」


死体を弄る趣味はないが、まぁ仕方ないと思い、アナベルの頬を下から掴み、残った右目の瞼に右手を当ててグッと指先に力を込めると、ゆで卵が瓶の穴から出るようにアナベルの眼は飛び出た。


アナベルの綺麗で丸い夕暮れの様な瞳を右目の中に入れ、アスクレーピオスの力で右目を治療すると、暗くなった右の視界に灯りが灯った。


「よし・・・ 」


視界が戻ったのを確認し、地面に垂れるアナベルの血で指先を湿らせてその血を舐めると、口に運んだことは無いが、鉄のような味がした。


その血を唾液と共に飲み込むと、腰から生えた肉枝がアナベルの体を取り込み始めた。


「さーて・・・行くか 」


手に入れたルーン文字を展開させ、体を()()()()へ移動させようとした瞬間、アナベル達との生活が頭の中でリピートされた。


全員で焼肉屋に行って肉をたらふく食ったこと。


リューゲのクソ美味い手料理をたらふく食ったこと。


悲しみを分かちあったこと。


憎しみを分かちあったこと。


アイツと・・・キスをしたこと。


そんな思い出がフラッシュバックすると、ふらりと体から力が抜け、頭の左側頭部を壁に打ち付ける。


すると涙が左目だけから溢れ、ある感情だけが胸を埋めつくした。


「ぜってー・・・殺してやる 」


そんな殺意を胸に、紫色のルーン文字を展開させ、ユグドラシルの根元へ体を転移させた。







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