第20話 カップの5
「あの・・・アルマス様 」
「はい?」
メイド達の夕食の準備のため、10枚重ねたお皿を巨大なテーブルに並べていると、後ろから声がかかり、そっと振り向いてみる。
その声の主はリーシャン。
長い赤髪をしているらしいメイドだ。
「どうかしましたか?」
「・・・その、セーナを見かけ・・・あっ!」
「大丈夫ですよ、続けて下さい 」
私の目が見えないのを気にしてくれるリーシャンに微笑みながら、食器をテーブルの上に置いて体をリーシャンの方に向けると、リーシャンは少し間を置いて話を続けてくれた。
「セーナを見かけませんでした? あの子、浴槽の掃除に行ったっきり帰ってこないんです・・・」
「セーナが・・・」
セーナは少しお調子者だけど、時間はしっかり守ってくれる子だ。
だからこそ、リーシャンから伝わる焦りの感情は少し理解が出来てしまった。
「あの、だから探しに行っていいですか? 」
「えぇ、大丈夫ですけど・・・何か手伝いましょうか?」
「いえ、セーナが居る場所はだいたい予想が着くので、1人で平気です・・・」
リーシャンがそう言うのなら大丈夫だろうと、少し心配しながらもそれに頷く。
するとリーシャンから頭をしばらく下げられ、頭を上げたせいで乱れた風の音が聞こえると、足音は遠のいていった。
そんな見えないリーシャンの後ろ姿を少し心配しながらもさっさと食器を並べようとしていると、後ろから香ばしい匂いと共に小さな足音が近付いて来た。
その足音は恐らく、奏様だ。
「あっ、アルマスさん。パンはどこに置けばいいですか?」
「テーブルに等間隔に置いてください 」
「はい!」
私の言葉に奏様はとても元気よく返事をすると、テーブルの上に恐らくパンが入ったバスケットを起き始めたけど、その感情は何か気になっている様だった。
「どうかしましたか? 奏様?」
「あっ・・・えっと、お皿並べるの手伝いましょうか?」
そんな私を気にかけてくれる奏様の優しさに頬を緩ませながら後ろを振り返り、首を軽く傾げながら笑みを奏様に向ける。
「大丈夫ですよ。食器は重たいですから奏様だと苦労なされると思います 」
「あっ、そうなんですね。すみませんでした 」
そんな奏様から伝わる申し訳なさを感じ、持ち上げようとしたお皿をテーブルに置いて、多分手にバケットをぶら下げている奏様の頭にそっと左手を置く。
「いえ、お気遣いありがとうございます 」
「えっと・・・どういたしましてです?」
少し疑問げに言葉を返してくれる奏様がおかしくなり、右手で口元を隠して笑っていると、奏様の後ろの方からキッチンワゴン車を押す音が近付いてくるのが耳に届いた。
「アルマス様、今晩の副食をお持ちしました 」
「ありがとう、カーナ 」
長くふわふわとした黒髪らしいカーナにお礼を言い、さっさと食器を並べてしまおうとテーブルを回りながら食器を置いて行く。
「ふぅ・・・」
食器を並べ終え、正直このまま一息付きたいが、私にとって1日の中で最も大事な事をするために厨房へ足を運び進め、その途中にカーナに声をかける。
「カーナ、私はオスカリ様にお夕食を運ぶので、さきに皆で食べてて下さい 」
「はい、分かりました 」
カーナはその場で軽く頭を下げると、書類仕事をしている2人を呼びにこの部屋から出ていってしまった。
「あの・・・」
「はい?」
厨房へ足を運んでいると奏様から声がかかり、何か用事でもあるのかと見えない目を奏様に向けると、奏様はどこか不安を感じる声色で私に質問をして来た。
「私は何をすればいいですか?」
「あぁ、奏様はもう席に着いていていいですよ。もう頼まれた事は終わったでしょう?」
「あ・・・はい 」
そんな強い申し訳なさを体から溢れさせる奏様を見て、とても謙虚な子なんだなと感心してしまうけど、そろそろオスカリ様に料理をと思い、奏様に軽く頭を下げて厨房へ向かう。
厨房へ足を運ぶと、そこには厨房に置いてある丸椅子に腰を置き、両肘を両膝の上に置いて俯いている短い金髪のセイナが通路の真ん中に座っていた。
「あっ、アルマス様。オスカリ様の食事は5時の方向に置いてますよ 」
「お疲れ様です、セイナ。食事を終えたら最初にお風呂に入っていいですよ 」
「助かります 」
疲れているようなセイナは私の言葉にため息混じりにお礼を言うと、腰をゆっくりと伸ばして丸椅子から立ち上がり、コック帽を頭から外して私の隣を通り過ぎて行った。
そんなセイナが歩いて乱れた空気を感じながら、とても良い匂いがする方へ足を進め、靴の音で反響したお盆を持ち上げて何が乗っているかイマイチ分からないお盆をオスカリ様の部屋へ持って行く。
靴の音が反響する廊下をしばらく歩き、今日の天気は良いのだろうか悪いのだろうかと妄想しながら階段を登る。
それからしばらく靴の反響音を慣れた暗闇で感じていると、不意に足元の反響音が変わり、階段を登り終えた事を感じ取った。
そのまま廊下を右に進み、4番目の扉を左手でノックする。
「オスカリ様、アルマスです。お夕食をお持ちしました 」
「んっ・・・入れ 」
「・・・失礼します 」
そんな弱々しいオスカリ様の声に心配しながらそっと扉を開け、この前の様にメイドから見られたりしないように扉の鍵を閉める。
そして書類の隙間にあるスペースにお盆をそっと下ろしてオスカリ様の後ろに回り、オスカリ様の体をギュッと抱きしめる。
「今日も・・・お疲れ様です 」
「・・・お前もな 」
そんか労いの言葉に微笑みを浮かべながら、ギュッとオスカリ様の頭を自分の小さな胸に押し当てていると、オスカリ様は大きなため息を吐き、私の胸に頭を擦り寄せてくれる。
「はぁ・・・マージで疲れた 」
「本当にお疲れ様です 」
子供のように甘えてくるオスカリ様に母性のような物がくすぐられ、そっと右手でオスカリ様の頭を撫でて差し上げると、オスカリ様はどこか落ち着いた様に肩から力を抜き、長いため息を吐いた。
「なぁアルマス・・・俺が全部ほっぽり出したいって言ったらどうする?」
「そうですねぇ、枝でぐるぐる巻きにしてお尻を千度叩きましょうかね 」
「おう・・・それは是非とも遠慮したいな 」
そんな軽く笑いながら返された言葉に顔に微笑みを浮かべ、さらに強くオスカリ様を抱きしめる。
「なんて嘘ですよ、ギュッと抱きしめて、何度もキスをして、貴方が頑張りたいと思えるまで力強く励まします 」
「・・・ははっ、そんなこと言われたらして欲しくなるが・・・まぁ、頑張るよ 」
「ふふっ、その意気です 」
その声から感じられた活力が入った言葉に笑みを浮かべながらそっとオスカリ様から体を離すと、オスカリ様は気を切り替えるようにため息を吐いた。
「アルマス、お前も疲れてんだろ? 結界を張り巡らせて置くから今日はゆっくり休め 」
「はい、ではお言葉に甘えますね 」
オスカリ様の優しさに笑みを浮かべ、そろそろ戻らなければと名残惜しさを残しながらこの部屋から出ようと足を進めた瞬間、オスカリ様から感じる幸せな感情は焦りに変わった。
「どうかしましたか?」
「・・・西の方角から軍勢が来てる。多分巨人達だ 」
「っ!?」
その突然な侵略に一瞬驚いてしまうが、オスカリ様はいつでも巨人達が攻めてきても良いように様々な対策と手回しをしている事を思い出し、焦りを顔から消して真剣な顔をオスカリ様に向け、頭を下げる。
「オスカリ様、無事に帰る事を祈っております 」
「あぁ・・・無事に帰ってくる 」
その一言を最後にオスカリ様はその場から消えてしまった。
恐らく、部隊を引き連れに行ったんだろう。
そんなことを思いながらため息を吐き、主人の無事を祈りながら誰もいなくなった部屋から出ようとしたが、何故か扉は開かなかった。
(そういえば、鍵を閉めてましたね )
鍵を閉めたことを忘れていた自分を軽く笑い、鍵を手探りで開けて扉を開けようとしたが、扉は向こう側から押さえつけられている様に開かなかった。
(えっ?)
なぜ扉があかないのか理解が出来ず、扉が壊れたのではないかと不思議がりながら、私の血縁、Hǫðr[ヘズ]の力で右手から『宿り木の枝』を生み出して扉を開けようとした瞬間、その枝が這う音に反響音である事に気が付いた。
私の後ろに・・・誰かが居ることに。
「っ!?」
すぐさま振り返り、右腕の枝でそいつを拘束しようとした瞬間、首の中を冷たい何かが通過し、意識が纏まらくなって行く。
(なに・・・が・・・)
首が熱い。
痛い。
熱い。
痛い。
手の平に生暖かい物が垂れた。
これは・・・血?
止血・・・を・・・
「ごぼっ!!」
両手で傷を抑える。
けれど止まらない。
体が寒い。
傷が熱い。
地面に倒れた。
寒い。
熱い。
熱い。
寒い。
オスカリ・・・・・・様・・・
遠くの方で、むせ返るほどの花の香りがする。
意識・・・が・・・・・・・・・
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「・・・はぁ 」
座標転移のルーン文字を使い、すぐさま西の拠点の一室に移動したがそこには誰もおらず、廊下からは慌ただしい足音が聞こえるだけだった。
「急げ!」
「避難誘導を!」
「迎撃部隊!結界班!少しでも侵略を遅れさせろ!」
そんな慌ただしい廊下に出てみると、そこには走りながら銀色の鎧を着る数十名の兵士達が外に向かっていた。
それを見ていると状況は緊迫しているのだと簡単に理解出来るが、取り敢えずは情報が欲しいため、鎧を廊下の隅で大急ぎで着ている黒髪の若い兵士に声をかける。
「なぁ、今どういう 」
「何をしている!お前も早く鎧を着ろ!!」
そんな兵士は余裕が無いのか俺の姿を見るとそう怒鳴りながら鎧の留め具を付けようとするが、その手はかなり震えており、よく見てみるとその顔には冷や汗のようなものが滲んでおり、その2つのオレンジ色の目の瞳孔は開いていた。
「なぁお前、怖いのか?」
「っ!?」
恐怖を感じている兵士にそう聞いてみると、兵士は鎧を付ける手を止め、俺の胸ぐらを掴んできた。
「あぁ怖いさ! だが、俺達が守らなければ町は誰が守る!! 敵が巨人だろうが!俺が弱かろうが! 家族や友人が避難する時間を誰かが稼がきゃみんな死んじまうだろうが!!」
兵士はそう俺に怒鳴りつけると、荒い息を少し落ち着かせて俺から胸ぐらを離すと、廊下に置いてある椅子に腰を下ろして両手で頭を抑えた。
「すまない、そんな事お前に言っても仕方ないよな 」
そんな俺を見て謝る兵士を見て、こんな奴を偉くすれば国はいい国になりそうだと笑いながら思い、笑みを若い兵士に向けて体に金色の鎧を纏う。
「大丈夫だ、誰も殺させはしねぇ 」
「はっ!? お前は何を言って・・・」
兵士は顔を上げて俺を睨みつけてきたが、俺の金色の鎧を見たのか兵士は急に顔を青くさせ、震える右の指先を俺に指してきた。
「お・・・おっ・・・オーディン様!!?」
「あぁ、現国王、オスカリだ 」
若い兵士はやっと俺が誰かを気が付くと、すぐさま椅子から飛び降り、その場で土下座をした。
「ごっ、御無礼を!」
「気にすんな、それよりも今の状況は?」
「はっ! 西の約2キロ先にヨトゥンヘイムから侵略軍を発見しました。その数・・・約5万!」
(5万? 全勢力じゃねぇか・・・これ )
ヨトゥンヘイムの人口は秘密裏の調査で約8万程だということが分かっている。
けれどその2割ほどは子供や老人なため、これはヨトゥンヘイムの全勢力と言っても過言ではない。
何故そんな軍勢が今このタイミングで攻めてくるのか。
心当たりは1つしかない。
(ショトル・・・か?)
あれからショトルと悠翔は行方不明になり、ウートガルザの暗殺の件は有耶無耶になってしまったが、今まで暗殺を失敗しようが牽制もしてこなかったヨトゥンヘイムが攻めてくるのを見ると、暗殺は成功したのだろうか。
けれどリーダーを失った荒くれ者達が統率を取ってここを攻めてきているとなると、恐らくリーダーは死んでいない。
(・・・一体、どういう事だ? )
様々な思考を頭の中で回すが、答えは出ずに疑問だけは深まるばかりだ。
けれど、奴らが攻めてきてくれて好都合な事は1つある。
(これで・・・奴らを滅ぼせる口実が作れたな )
ユグドラシル計画には巨人の奴らは邪魔なため、そこだけは好都合だなと思いながら地に膝を付けている兵士の左肩に右手を置き、一言伝える。
「なぁ、お前らは結界を張って街に被害が及ばないようにしろ。奴らは俺一人でどうにかする 」
「なっ!? あの数の巨人相手はオーディン様でも厳しいのでは!?」
そう、確かに巨人5万となるとオーディンの血縁であろうと勝てないだろう。
だがしかし、オーディンでは無い俺の血縁なら可能だ。
「これは命令だ、逆らわない方が身のためだぞ 」
「っ!?」
このままだべっていては埒が明かないため、そう若い兵士に耳打ちすると、兵士は唾を飲み、鎧を不完全に着たまま廊下を走っていってしまった。
「・・・さて 」
これで準備は完了だと思い、座標転移のルーン文字を展開させてヨトゥンヘイムと俺の国の間にある平原に移動して辺りを見渡すと、平原の奥には陽炎が見えるほどの熱気に包まれた軍勢がこちらに向かって侵攻してきて来た。
「すげぇな・・・」
そんな言葉が口から漏れ、思ったよりの軍勢の圧にこの数を捌けるかと少し心配になるが、この力の強さは自分がよく知っているため、大きく空気を吸って息を吐き、銀小手を両手に生み出して言葉を唱える。
「『盗人の叡智』」
そう言葉を唱えると、右手には2mはある植物の枝が集まった枯れた槍が現れ、その先端に付いている銀色の刃の根元には血を被った様に赤い巨大な戦鎚が融合しており、その槍の根元には螺旋を描く様に白い布が絡み付いていた。
「・・・さて 」
その槍とは言えない歪な混合武器を右手で掴み、鼓膜と網膜、全身の筋肉に力のルーン文字を刻み込んで聴覚、視力、筋力を底上げし、混合武器の刃先を巨人達の群れに向ける。
「すぅぅ・・・」
息を吐くと同時に全身を力ませ、ルーン文字で作った魔法陣を空中に展開させる。
「ふっ!!」
全身を使って魔法陣を通して槍を巨人の群れに投げると、槍は魔法陣に触れた瞬間に加速し、赤い血飛沫と肉片を撒き散らしながら巨人の群れを貫いた。
「おし・・・」
辺りに散らばる大量の肉片を見て、今の一撃で1万は削れたなと安堵し、力ませた全身から力を抜いていると、巨人達の群れから伝わる殺意は波のように具現化し、大地を響かせるような足音がこちらに向かってくる。
「あー・・・だり 」
そんな巨人の群れに向かってため息を吐き、見えない糸を引くように右手を動かすと、遥か遠くへ飛んで行った混合武器は巨人達の頭上を通って俺の右手へ戻って来た。
巨人らは巨大な武器を持っているため、自ら接近すれば集団のせいで武器は簡単に振れないだろうと思い、戻って来た槍を右手首で回し、息を大きく吸って巨人の群れに突っ込む。
最前線に居た1人の銀色の鎧を着た巨人は遅れて俺に大剣を振り下ろすが、俺の攻撃の方が速く、混合武器の先端が巨人の腹を貫くと、赤い戦鎚に巨人の肉が焼かれ、悲鳴と肉が焼ける匂いが辺りに広がった。
「があ゛あ゛あ゛ぁぁぁ!!
けれど巨人達は怯まず、その右側にいた鎧を着た女が棍棒の様な物で横から俺に殴りかかって来たが、混合武器を右側に串刺しにした男ごと振り回すと、武器の先端の刃が女の首を切断した。
切断した首はごろりと地面に落ちたが、巨大な足音に反応するように前を向くと、5人の男達が俺に突っ込んで来るのが見えた。
「ふっ!!」
槍を振り回す勢いを殺さないまま体を回し、槍の末端の方を男達に投げると、巨人の腹に巨大な穴を開けながら武器は3人を串刺しにし、そのまま巨人の群れの中に飛んで行った。
そんな手ぶらになった俺を見たのか、残った2人の巨人と軍勢が俺へ迫るが、単純だなとこいつらを馬鹿にしながら空中に重力のルーン文字を、地面に破滅のルーン文字を刻み込むと、上へ飛んだ2人は何かに押さえつけられる様に地面に落ち、前にいた軍勢の足達はルーン文字のせいで崩壊して行く。
「がぁっ!!?」
足が、太ももが、腰がと下からじわじわと苦しむように巨人達はバラバラに崩壊して行き、ふと周りを見てみると、巨人達は俺を睨むように取り囲んでおり、ルーン文字を刻み込んだ地面には赤い血溜まりだけが残っていた。
「あー・・・降伏するなら今のうちだぞ 」
ルーン文字を刻むには脳を休めるためのクールタイムがいるため、時間稼ぎにそう呟いてみると、巨人達の聴力に届いたのか辺りからの殺意はさらに増し、地面に刻み込んだルーン文字が消えた瞬間、辺りの巨人達は俺を殺そうと全方位から迫ってくる。
「ふっ!!」
体を回しながら右手で見えない糸を引き、武器を振り回しながら全方位の敵の腹を横に切断するが、敵の上半身が地面に倒れようと、巨人達はその骸を踏み潰しながら俺へ向かってくる。
(だり・・・)
そう思いながらクールタイムが終わった氷のルーン文字を地面に展開し、槍を落としながら右足を地面に打ち込む。
(氷の裁き)
そう心の中で呟くと、細い透明な氷が地面から空に伸び、その巨人の体や頭を貫くが、その死体も氷も踏み潰しながら巨人達は俺に迫り、とうとう俺を間合いに入れた。
「ふっ!!」
全方位から武器が迫るが、内心は焦りも恐怖もなく、ただダルさだけが心の中に残っていた。
顔に振り下ろされる斧の側面を右手で右側に逸らし、頭が下がった巨人の頭に左手に生み出した崩壊のルーン文字を刻み込み、それを左手で軽く殴ると、砂の塊を砕くように巨人の頭は赤いものと白いものを落としながら砕けた。
そのまま後ろを振り向くと、俺の腹に太い槍が迫ってきていたが、それを右手で勢いよく弾くと、その槍の先端は俺の隣にいた巨人の腹に刺さり、追撃が来る前にその槍を持った巨人に後ろ蹴りを打ち込むと、巨人は口から血をまき散らしながら勢いを付けて群れの上を飛んだ。
しかし巨人らは全く怯まず、腹に槍が刺さって蹲っている巨人を容赦なく踏み潰し、俺を殺そうと迫ってくる。
(・・・面倒だな )
恐らくこいつらは死ぬ事前提で俺を殺しに来ている。
(・・・だったら )
見えない糸を引き、武器が戻るより速く迫る戦鎚を振りかぶる男の金的を右足で潰し、小さな悲鳴を上げた巨人の頭を右手で掴み、その男の身体中に炎のルーン文字を刻み込み、それを右側に投げて巨人の体を爆発させる。
すると血煙と共に肉片が待ったが、右側に守護のルーン文字で爆風と肉片を防ぎ、左側からくる巨人の群れを対処しようとした瞬間、細い剣を下から振り上げようとした女の顔面を戻って来た混合武器が後ろから突き刺し、女の生首が突き刺さった混合武器の柄を左手で掴み、それを両手で振り回して槍が串刺しにした3人の死体と女の首を吹き飛ばしながら周りの男や女達の頭を切り潰す。
(我が娘よ )
そう心の中で呟きながら槍の先端を地面に打ち込むと、地面からは骨の腕が伸び、それらが巨人達の足を掴んで動きを封じる。
その隙に血縁の力を最高深度まで解放させ、体を前に伏せながら背中の上に巨大な赤い球体を生み出す。
「原初の裁き!!」
そう叫びながら空を勢いよく見上げると、背中の上に浮かんでいたユミルの血はゴポリと溢れ、急いで空中に座標転移して空のルーン文字を展開させて空中に留まると、辺りは一瞬のうちに赤いユミルの血に溺れ、巨人らがスープを煮込む鍋の中の具材の様に空に手を伸ばすが、ユミルの血は溺れさせる事に特化した物なため、一瞬のうちに気管の中を血が満たし、それが酸素を奪って窒息させる。
そんな死ぬしかない状況の中にいる巨人らは必死に生きようと手を上に伸ばす。
それを見ていると、どうしても、どうしても・・・口角が上がってしまう。
(やべっ・・・)
ここを誰かに見られればちょいと誤解を産みそうなため、慌てて顔から笑みを消して溺れる巨人らを眺めていると、辺りに大量にいた巨人らは血でほとんど溺れ、範囲外にいて生き残った巨人らは1000人くらいだった。
(・・・これならもう終わりでいいな )
そんな事を思いながら両手にルーン文字を展開させ、頭を使ってオオカミを想像すると、辺りには半透明なルーン文字で象られた20匹のオオカミ達が空中から地面に落ちて行く。
「行け 」
そう呟くとオオカミ達は残った巨人らに走りよって行く。
そのオオカミを警戒しながら巨人らは武器を構えたが、そのオオカミは巨人らの間合いに入る前に空気に解けるように消えた。
次の瞬間、遠くの方にいる巨人2人の喉が何かに食いちぎられる様に出血し、傷口を抑え蹲っている巨人の頭をどこからか現れたオオカミの口によって噛み砕かれた。
それを見た巨人らはパニックになりながらも武器を構えたが、オオカミは姿を消し、ゆっくりと、確実に一人一人の命を奪って行く。
「・・・はぁ 」
そんな見たくも無い光景にため息を吐き、空中から地面に降りた瞬間、世界が響くような足音が後ろから聞こえた。
「んっ?」
その方向を見ると、そこには燃えるような赤髪をした1人の巨人が大地を響かせながら俺の方に走って来るのが見えた。
(神態・・・か?)
巨人は俺を睨みながら飛びかかってきたが、右肘に風のルーンを展開させ、右腕を加速させなが巨人の首を右手で掴み、その首を潰そうとしたが、それよりも速く巨人は俺の腕を両手で掴んだ。
「今だ!!!」
そんな大声と共に背後に巨大な熱気を感じ、すぐさま後ろを振り向くと、そこには太陽の様な炎の塊が俺へ迫ってきていたが、冷静に掴んでいる巨人の男の体に守護のルーンを貼り付け、男を盾にしてその巨大な炎から身を守る。
「ぬぐっ!!」
背を炙られる男の見たくも無い顔をみながら爆炎が収まるのを待ち、爆炎が収まった瞬間に攻撃を放ったであろう遠くの方にいる女に、首をへし折って風のルーンを体に貼り付けた男をぶん投げる。
「っ!?」
女はすぐさま身を引いて避けようとしたが、その男の回る足が顔に当たってしまうと、女の首はへし折れ、吹き飛ぶようにして女は倒れた。
「・・・ふぅ 」
辺りを見渡すと、辺りには死体を貪るルーンで作られたオオカミ達しか居ない。
どうやら巨人らは全滅したようだ。
「・・・はぁー 」
久しぶりに解放した血縁の力に倦怠感を覚えながら体の周りにルーン文字を展開させ、司令部がある場所に座標転移を行う。
俺が座標転移を行うと、そこには銀色の鎧を着た兵士達がおり、俺を見た全員は一瞬身構えたが、その内の1人が俺が誰なのか気が付いたのか、武器を置いてその場に右膝を付いた。
「お帰りなさいませ、オーディン様 」
「おう・・・取り敢えず巨人らは全滅した 」
「おぉ!!」
「流石オーディン様!」
そんな言葉が人の群れの中から聞こえたが、興味が無いヤツらから労いの言葉を受けてもそこまで嬉しくない。
ため息を吐きながら1番労いの言葉を言われたい人物を思い浮かべながら、兵士達に指示を送る。
「取り敢えず死体の処理とウートガルズ城の調査だ。死体の処理は迅速に、ウートガルズ城の調査はランクが上から10名と俺で行う・・・それで良いか?」
「「「「「「はっ!!」」」」」」
帰って来たうるさい返事に軽いため息を返し、こいつらが纏まるまで疲れた体を休めていようと腰を冷たい地面に下ろす。
(アルマス・・・何してっかな・・・)
俺のこの世で最も大切な存在を思いながら、薄暗くなった空を見上げた。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
「・・・・・・っ!?」
暗闇から意識が戻り、瞬きを何度かするが、そこにはいつも通りの暗闇が映るだけだ。
(私・・・は?)
意識が途絶える前。
私は何をしていたかを頭の中で思い返す。
(オスカリ様に料理を運んで・・・部屋から出ようとして・・・首を・・・斬られた!?)
あの時の痛みと苦痛を明確に思い出し、すぐさま首を触ろうとするが、両手を後ろ向きに縛られているのが感覚で分かり、体も椅子のような物に縛り付けられている。
(っ!? 何が!?)
「アルマス様!!」
「っ!? リーシャン!?」
後ろから聞こえた聞き馴染みのある声に反応し、すぐさま辺りの耳を澄ますと、どうやら私達は6人が背中合わせになるように椅子に固定されている。
「他には誰が居ますか!?」
「カーナです!」
「セーナ!居ます!!」
「セイナ・・・居ます 」
「はい・・・」
最後の声は恐らく書類仕事をしてくれている白く長い髪に黒い目をしているらしいバールの声だと認識し、奏様とルーナ様が居ない事を疑問に思いながら今はどういう状況なのかと警戒していると、どこからかともなく、足音がこの狭い空間に響き渡った。
「あっ、目が覚めたね 」
少し声は高いが、この声は聞き覚えがある。
この声は・・・悠翔様の声。
「どういう・・・ことですか!」
こいつが私達を監禁したのだと直感的に理解し、そう叫ぶが、悠翔様。
いや、悠翔は私を無視すると、私達の周りをゆっくりと歩き始めた。
「んーとね、私も詳しく知らないんだけど、1つみんなに聞きたい事があるの・・・」
「聞きたい・・・事?」
「うん! Vé[ヴェー]のミイラは・・・何処?」
(っ!?)
「あっ! 反応したね 」
私の微かや反応を感じ取ったのか、悠翔は喜ぶように足を私の前で止めると、両頬を右手で急に掴まれ、覗き込まれるように顔を近付けられる。
「っ!?」
「それは何処にあるのかな? 」
「誰が・・・喋るとでも?」
「えー、喋った方が楽だよ。喋らないと拷問するし 」
その嘘がない拷問という言葉に冷や汗が背中に滲んで行くが、私には覚悟がある。
「お前ごときに、教えるはずはありません。例え舌を切られようと、この身を犯されようとも、私は絶対に喋りません! 」
心の奥にあるオスカリ様への忠誠を感じながらそう言葉を吐くと、悠翔は私の顔から右手を離し、面倒くさそうにため息を吐いた。
「凄いね、その言葉に嘘偽りがない。そんな事を言える人はこの世にそんなに居ないよ 」
そんな何処か苛立ちを感じる言葉を聞いていると、悠翔はまたため息を吐いた。
「けどさ、周りはそう思ってないみたいだね 」
「・・・っ!?」
その言葉に悠翔が何を言いたいか理解し、体に力が入ってしまう。
「分からない人に説明するとねー、これからみんなに拷問を施しまーす 」
そんな明るい言葉に辺りから感じていた焦りと不安の感情は一気に恐怖に変わってしまった。
「まっ、待って!」
それに抑止の声を掛けたのは、私の左側に縛られているセーナだった。
「あっ、貴方の目的はその場所を知ることでしょ!? ならアルマス様!それを速く教えて下さいよ!!」
「っ!?」
椅子をがたつかせながらそう訴えるセーナに喉が詰まるが、あの場所は、教える事は出来ない。
「アルマス様!?」
「っ・・・ごめんなさい 」
「そういう事みたいだから・・・ね。ほら、指を開いて 」
「い、いや!」
椅子を更にがたつかせながらセーナは暴れるが、悠翔はセーナの右手の中指を掴むと、なんの躊躇もなく、その指をへし折った。
「いっ!!?」
「折れたねー、じゃあ次は第2関節を折っていくよー 」
「やっ、やめい゛っ!!」
生々しい音を立てながら指が折れる音は悲鳴と共に辺りに響いて行き、その声と音が止まると過呼吸気味の息遣いだけが辺りに響き続ける。
「ひー、ひー 」
「うん、これで右手の骨は全部ロールケーキみたいになったね。・・・えーっと、それじゃあ 」
「ひっ!?」
悠翔はセーナの前から移動し、その隣にいるカーナの右肩に左手を置いた。
「わぁ、凄い髪だね。とても心地がいいよ 」
「さっ・・・触らないで・・・」
カーナは弱々しくそう呟くと、悠翔はカーナの髪を掻き分け始めた。
次の瞬間、何かがちぎれる生々しい音が辺りに響いた。
「あぁあ!!!」
「わぁ、可愛いお耳だね 」
その言葉を聞いて、悠翔が何をしたかが分かってしまった。
恐らく・・・カーナの右耳を引きちぎったのだ。
「さーてと、次は 」
悠翔はそう言うと、次はその隣にいるリーシャンの前でしゃがみ込んだ。
「いや、何を・・・」
「さーて、君は痛よー 」
そんな言葉と共に悠翔はリーシャンの右足首を掴むと、その足首からは痛々しい悲鳴が鳴り響いた。
「あっあっ、あ゛あ゛あ゛あああ!!!!」
「ふっふっふっ、じゃあ次はー 」
悠翔は何処までも楽しそうな感情を醸し出しながら、その隣にいるカイナの前に移動した。
「さーてと、君は右と左、どっちがいい?」
「えっ・・・み、右 」
「そっかそっか 」
カイナは怯えながらもそう呟くと、悠翔は急にカイナの顔を左手で掴み、右手を近付けて行く。
その先にあるものは・・・右目だ。
「いや!やめぎゃあ゛あ゛!!!」
悲鳴と共に、また生々しい音が響いた。
「もーう、暴れるから少し潰れちゃったじゃん。本当は丸くてもっと綺麗なのになー 」
「ヒュー、ヒュー 」
「さーて、次々 」
「まっ、待って下さい! 」
カイナの隣にいるバールはそう声を荒げた。
「うん、何? 」
「ほっ、他の物で手を打ちませんか!? 私はここの金銭の動きを熟知してますので、お金ならいくらでもお渡しできます!! 」
バールは自分の身を守るためか、私と違って皆を守るためかそう訴えると、悠翔はゆっくりとバールの前に移動した。
「そういえばさ、拷問の三原則って知ってる? 」
「・・・へっ?」
「1つ、安らぎを与えない。2つ、恐怖を覚えさせる。3つ・・・立場を分からせる 」
そう言葉を悠翔が発した瞬間、悠翔は急に慌ただしく動き、バールの両耳を引きちぎった。
「あ゛あ゛んっ!?」
バールは悲鳴を上げようとしたが、それよりも速く口の中に悠翔の指を突っ込まれ、何かが軋む音が微かに聞こえた。
(まさっ )
生々しい音が響いた。
「あっ、あっ、私の・・・歯・・・」
「うん、綺麗な奥歯だね。毎日ちゃんと磨いている証拠 」
悠翔はそう嬉しそうに呟くと、口から血を垂らしているバールの頭の上に優しく手を置き、今度は私の前に移動して来た。
「さーて、気は変わった?」
「アルマス様・・・」
「あひゅます・・・」
「アルマス・・・様・・・」
「アルマス様〜 」
「お願い・・・します 」
そんな使用人達の悲痛な声に意思が揺らぎそうになるが、舌を噛んで意思を強固にし、悠翔に言葉を吐き捨てる。
「絶対に・・・答えません 」
「ふーん、そっか・・・じゃあ、続けるね 」
「ひっ!?」
骨が鳴った。
悲鳴が聞こえた。
何かが引きちぎられた。
悲鳴が聞こえた。
悲鳴が聞こえた。
悲鳴が聞こえた。
悲鳴。
悲鳴。
悲鳴。
悲鳴。
(オスカリ・・・様 )
そんな絶叫の地獄の中で、愛すべき人の名前を心の中で呟いた。
けれどオスカリ様が帰って来ないのを仕事の内容をよく知っている私には無常にも理解出来てしまった。
だから今の私にできる事は、私の鼓膜を打つ仲間達の悲鳴を聞き続ける事だけだった。