第19話 狂気
「あはははっ!!!」
気分が良い。
凄く気分が良い。
例えるならそう、初めて人を殺した時の様な気分だ。
笑みが口から溢れる。
「あはっ!!」
重なるように焼けた、ダーシュ君とルーアンちゃんの繋がった腕を足で踏み壊し、潰れた腕をアリを殺す様に擦ってあげると、赤い血がだんだんと足元に広がっていく。
それが楽しい。
昔の様にその血溜まりの上で跳ね、チャプチャプ、チャプチャプと足で音を立てて遊んでいると、音で天井の上に誰かいる事に気が付いた。
「あっ?」
そんな高い声が口から漏れた。
上を向く。
ボロボロな天井の隙間から、ショトル君を勘で見つけた。
「えへっ」
地面を思いっきり蹴り、兜で天井を突き破ると、暗い視界中に驚くショトル君を発見した。
「っ!?」
(なんだこいつ・・・というより、何故存在がバレた?)
そんなショトル君の心の声はバッチリと聞こえる。
「えへへっ、遊ぼ! 遊ぼ!」
「・・・っう!」
(この声、悠翔? いや、誰だこいつ・・・)
何か不思議な事をショトル君は考えてる。
僕は僕なのに、どうして誰だとか言うんだろう?
「遊ぼ! 遊ぼ!」
両手をパタパタしながらショトル君をなんども遊びに誘うけど、どうしてか誘いに頷いてくれない。
どうして?
どうして?
どうして?
「・・・ふぅ」
(迷う事はない、結局は同じ事だ。この場で・・・殺せ!!!)
ショトル君は僕に向かって不思議な形をした武器を両手に握り込んだ。
確か、ジャマダハルだっけ?
そしたら、僕に飛びかかってきた。
やったぁ。
遊んでくれる。
「あはっ」
嬉しい。
けど悲しい。
だって、つまらないから。
向かってくるジャマダハルの刃先を、右の小手の指先で上に弾き、持ち上がったショトル君のお腹にギュッと抱き着く。
そしたらバキバキィって音が鳴って、ショトル君は反対側に腰を折っちゃった。
「死んだ? 死んだ?」
期待しながら折れ曲がったショトル君の顔面に顔を近づけると、その顔は死んでいる人の顔だった。
(なーんだ、つまらない・・・)
頰を膨らませながらそう心の中で呟いていると、耳の中に声が聞こえた。
それは・・・ショトル君の物だ。
(なんだこいつ!? 強さがまるで違う!!?)
「・・・えへへ」
その言葉を聞いて顔に笑みを浮かべ、ショトル君の唇にキスをする。
それからしばらくしてから唇をショトル君から離し、にっこりと笑みを顔に浮かべる。
「生きてるでしょー、ショトル君」
そう囁くと、ショトル君の顔に精気が急に戻り、僕のお腹を足で蹴りを撃ち込み、その反動を利用して後ろに飛んだ。
するとバキバキに折れたはずの骨は音を立てて元通りになっていく。
ショトル君が生き返ってくれた事は嬉しいけれど、少し残念な事がある。
それは、お腹を蹴られた事だ。
「もーう、どうして女の子のお腹を蹴るの!? 危ないでしょ!!」
「はぁ、はぁ、お前、男だろ?」
「もーう、何言ってるの! 僕は女の子だよぉ!」
確かにあの子の体を借りてるから今は男の子だけど、僕はれっきとした女の子だもん。
そんなのも分かってくれない、ショトル君に少し腹が立ってきた。
「むぅ・・・」
だから殺そう。
気に入らない人は、みんな殺そう。
不意に地面を蹴ると、目の前にはショトル君の惚けた顔が見えた。
惚けた顔をするショトル君、可愛い。
その顔だけは見ていたいから、右の小手の爪先でショトル君の首の筋肉をえぐり取り、後は繋がった首の筋肉と皮を左手で強引に引っ張ると、ぶちぶちぃって音が鳴って、ショトル君の生首が完成〜。
「がはっ!! なに」
「わぁ、まだ生きてるんだね」
首だけになっても生きているショトル君に感心していると、首からポタポタ落ちている血が美味しそうだと思った。
「あーん」
だから兜の枝を開かせ、舌を伸ばしてショトル君の生首から漏れる美味しい様で美味しくないジュースを飲んでいると、体に纏っている枝が蠢き始めた。
「えへへっ、ショトル君、一緒になろ!」
「なに」
ショトル君は何か言おうとしたけど、もう時間切れ。
ショトル君の生首には僕の枝が沢山纏わり付いて声が聞こえない。
そんなムカデに殺虫剤を掛けた後の様に丸くなっていく塊をじっと眺めていると、そのボールさんはゆっくりと解けた。
その中には何もなくて、ショトル君の首はもう僕の体に吸収されちゃったみたい。
それじゃあ、次は体だ。
そう言わんばかりに僕の枝は張り切ってショトル君の体を取り込んでいく。
そんなショトル君と一緒に慣れていく様な幸福感を感じていたら、頭の後ろであの子の声がした。
『返せ・・・』
あらら、起きちゃったみたい。
でも、ありがとうね。
少しだけど遊べたから。
「じゃあ、また呼んでね」
そう言って意識を手放すと、地面に倒れた。
糸 糸
糸 糸 糸
糸 糸 糸 糸
「っ!! はぁ・・・はぁ」
戻ってきた!?
戻ってこれた!?
体を起こし、それを確かめるために自分の手の平を眺め、その両手をギュッと握って頭を働かせる。
(俺は誰だ?)
「悠翔だ・・・」
よし。
(目的は?)
「あいつを安全な場所に逃す」
よし。
(本当の目的は?)
「・・・あの人に会うために、神光の街を滅ぼす事だ」
よし。
三度確認を取り、自分が自分であると確認してから、首を左右に折り曲げて骨を鳴らす。
「はぁ・・・」
俺は・・・多重人格者だ。
けれどジキルとハイドの様に人格をコントロール出来ないわけではない。
世間では認知度は低いが、これは非憑依性と言われ、ある程度なら人格をコントロールでき、俺が人を殺したくないと思えばあの人に頼んで他人を殺してもらう事も出来る。
けれど、今回は調子に乗った。
焼死体を見た途端に吐き気に襲われ、これを自分がやったと自覚した時には、さっきやっと食えた物を吐いてしまった。
その後時期放棄になってしまい、1番表に出したくないあの女の子を出してしまった。
だからこそ今回の事を反省し、もう絶対にあいつは外に出さない。
「・・・慣れないとな」
死体を見るのは、初めてではない。
無関係な人を殺した。
命の恩人を殺した。
親友と呼べる人を殺した。
クソ野郎を殺した。
これからもっと殺すつもりだ。
そうやって自分の存在をしっかりと確かめ、大きく息を吸って立ち上がる。
うっすらと見た限り、あいつはショトルを取り込んだらしいので、試しにジャマダハルを両手に想像してみると、すぐさま鉄で出来たジャマダハルが両手に生み出され、それをあのクソ野郎の力を使って振ってみると、意外にも良い感触だ。
しかもあいつの力を見るに、奴は不死の血縁だ。
「・・・使えるな」
そうやって新たに得た血縁の力を確かめながら、ショトルを取り込んだ時に一緒に取り込んだ空間転移用の魔具を枝の中から取り出し、ここに侵入する時に入った裏口に向かって足を進めた。
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あれからどれくらい泣き叫んだだろう。
あれからどれだけ、時間が経っただろう。
頭が重い。
喉が裂けて血痰が口の中に溜まる。
そんな喉で、仲間の名前を呟く。
「ジェイル・・・」
痛い。
喉が痛い。
けれど痛みは気にならない。
だって、心臓が煩いから。
「ダーシュ・・・」
心臓が煩い。
煩い。
煩い。
「ハニル・・・」
歩く。
血が垂れた痕が残った道を、戻り続ける。
「ライナ・・・」
名を呟く。
「リンネ・・・」
仲間の名前を。
「カイル・・・」
信じたくない現実から目を背けるために。
「ルーアン・・・」
けれどそんな心とは違い、頭は現実を理解する。
「・・・レオン」
奴がここに来たという事は、もう、みんなは・・・
でも、まだ分からない。
死体を見た訳ではない。
誰かがまだ生き残っているかもしれない。
そんな淡い期待を込めて、傷付いた訳でもないのに痛い全身を突き動かし、みんなでお酒やジュースを飲んでいた宴会場に向かって血が垂れた痕が続く道を歩る続けていると、着いてしまった。
宴会場の扉の前に。
「はぁ、はぁ」
それを前にして足が止まってしまい、なんとも言えない気持ち悪さがお腹の下を蠢くが、それを血が混じった唾を飲んで耐え、ゆっくりと扉を開いてみると、そこには・・・5人の使用人達が私が居た時よりもボロボロになった宴会場で何かを調べており、その目線は私の方に集まっていた。
その光景を見て何故か力が抜けてふらついてしまい、地面に腕から倒れてしまうと、1人の足音が大急ぎでこちらに近づいて来た。
「大丈夫ですか!? リンカ様!!」
その声は、私の世話をよくしてくれるカイナと呼ばれる短い緑髪の使用人だった。
カイナは私の横に慌てて来ると、私の頭を柔らかく安心できる膝に置いてくれ、焦る様に、けれど少し安心している様に私に質問をして来た。
「何が・・・あったんです?」
「・・・レオン・・・達は?」
けれどそんな質問を答えていれば意識を手放しそうになってしまうため、自分が1番知りたい事を質問し返すと、カイナは表情を曇らせ、右の犬歯で唇を噛んだ。
「カイナ?」
私の呼び声に、カイナは細いため息を吐いて、口を開いた。
「・・・ジェイル様、ダーシュ様、リンネ様、カイル様、ルーアン様は・・・死体で発見されました」
「っう!!」
その無情な現実を表す言葉に打ちのめされ、涙を両目に溜めていると、何かが頭の端に引っかかった。
その違和感を数秒感じた後に、その違和感の正体に気が付いた。
「レオン・・・レオンは?」
「・・・分かりませんが、死体が無い事をみると、生きている可能性はあります」
そんな私を元気付けようとしてくれるカイナの言葉に一瞬だけ顔を上げたが、ある光景がフラッシュバックし、それがあり得ない事だと理解した。
その光景とは・・・ライナが奴に吸収され、死体が残っていない事だ。
レオンの仲間思いな性格も合わせ、死体がないと言う事は、レオンは・・・レオンも・・・
瞳に溜まった涙が零れ落ちた。
それと同時に胸の中にある希望が打ち砕かれた。
絶望が悲しみを奪い、絶望が怒りを奪って行く。
辛くない。
泣きたくもない。
ただ絶望だけが、心を満たしていく。
そんな絶望の中に・・・黒い、どす黒い何かが生まれた。
それは・・・復讐心だ。
血無しの私にとって、掛け替えの無い家族を奪った奴らへの復讐心だけが、絶望と言う名の黒をさらに深い黒で塗り潰していく。
「カイナ・・・」
「・・・はい」
「戦争の準備を・・・準備が出来次第、王都の領地を得るために攻める」
私は血無しだが、私の言葉には少し特別な力がある。
他人の魂を揺さぶり、共感性や意志などを高める事ができる。
だからこそその力を使い、カイナにそう命令すると、カイナは真剣な眼差しを私に向け、ゆっくりと、けれど力強く頷いた。
「はい、しかし今の貴方では威厳がありません。準備は私たちが進めておきますので、今はゆっくりお休みになられて下さい・・・」
「いや、すぐに戦闘員を集めて。演説をこれから開く」
カイナの優しさを跳ね除け、すぐさま地面に手を付いて体を起こそうとするが、腕からガクリと力が抜け、顔面を地面にぶつけそうになってしまうが、それよりも速くカイナのガッチリとした腕が私を抱きしめてくれた。
「リンカ様、お休みくださいませ。私達は、何があっても貴方を裏切りませんから」
そんな言葉だけの信頼を無視して体をカイナ離そうとするが、体は言う事を聞いてくれず、その温かい安心感に埋もれてしまう。
そんな絶望を体験した体に温かさが伝わって行き、気絶する様に意識を手放してしまった。
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「オスカリ様はまだ?」
「るーちゃん、少しは待つ事を覚えなさい」
オスカリ様から言われ、暗部の第2のアジトでるーちゃんと共にオスカリ様を待っていると、るーちゃんは苛立つ様に左手で頬杖を付き、右手でトントンと机を叩き始めた。
「でも遅い、あれから5分も経ってるのに」
「やーねぇ、5分くらい良いじゃない」
「良くない!・・・いつ、死ぬか分からないのに」
「っ・・・・・・はぁ」
表情を暗くさせ、そう呟くるーちゃんの姿を見て、どんな言葉をかけてあげれば良いか分からなくなってしまう。
私達は元々死人だ。
るーちゃんは王宮の使用人の1人だったけど、とある貴族から劇薬を盛られて複数人に回され、頭の壊れた死体を雨の中に放置されていた。
よーちゃんは私の同期で、暗部で様々な事をしていたが、仲間から裏切られ、私と共に死体へと変わった。
しょーちゃんは元々貴族だけど、北欧神話では無い血縁の力で差別を受け、その血縁の呪いによって死亡したらしい。
そんな私達が生きられているのは、全てオスカリ様のお陰だ。
オスカリ様の血縁のルーンの力で心臓と脳組織を再生され、第2の生を受けたは良いが、それは完璧ではなく、いつ死ぬか分からないと言った安定しないものだ。
私は別に2度目の生にあまり頓着は無いが、るーちゃんはどうやら違うらしい。
そんな死を怖がるるーちゃんの姿を見て、ため息が口から漏れてしまい、どうやって元気を付けてあげようかと考えていると、視界の端の天井からボトリと影が落ち、その影の繭の中から嬉しそうに笑みを浮かべるオスカリ様と微笑みを浮かべるよーちゃんが姿を現した。
「待たせたな、お前ら」
「遅い!」
「こらるーちゃん!」
「良い良い、気にすんな。遅れたのは俺だからな」
怒鳴る私を宥める様に言うオスカリ様の言葉に、やれやれとため息を吐きながら頭を押さえていると、よーちゃんは用意された椅子を引き、先にオスカリ様を座らせた後に、るーちゃんの方の椅子に座った。
「むぅ」
同期なんだからもう少しフレンドリーしてくれたらいいのに、よーちゃんは未だに私を苦手意識を持っているらしい。
苦手意識を持たれたまま死ぬのは少し嫌なため、それを克服させようと世間話でも喋ろうとした瞬間、口を開いたのはオスカリ様だった。
「ユグドラシル計画は、最終段階に入った」
「っ!?」
「えっ!!」
そんな突然な言葉を聞いて動揺した頭を落ち着かせようとしていると、それよりも速くるーちゃんは椅子を引いて勢いよく立ち上がり、オスカリ様の方にどこか信じられない様な表情を向けた。
「じゃあ・・・私達は用無しって事?」
「まぁ、そうなるな」
その言葉を聞いてるーちゃんはすぐさま血縁の力を解放させたのか、体に青い炎を纏い、椅子を吹き飛ばして机の上に登るとオスカリ様に突っ込み、右の横蹴りをオスカリ様に顔面に打ち込もうとするが、オスカリ様はそれを銀色の小手を付けた右腕で外側にずらし、空中で体勢の崩れたるーちゃんの顔面を右手で掴むと、そのまま机の上にるーちゃんの体を押さえ付けた。
「っう!?」
るーちゃんは押さえ付けられたまま、体に纏った青い炎をオスカリ様に襲わせるが、それは青いルーン文字に拒まれ、そのルーン文字が紫色に変わった瞬間、るーちゃんは机を壊しながら地面に打ち付けられた。
あれは恐らく、重力のルーンだ。
このままだとるーちゃんが死んでしまうため、それを止めるためにすぐさま私の血縁、Auðumla[アウドムラ]の力を解放させて全力で地面を蹴り壊し、牛の足に変わった右腕でオスカリ様を殴り付けるが、その一撃はオスカリ様の小手が付いた左手によって止められた。
「っう!!?」
私の血縁は元祖の巨人、ユミルを育てた牛なため、私の一撃は巨人の一撃に匹敵するはずなのに、それをオスカリ様は片腕で止めた。
これも・・・オーディンの力なのか。
「落ち着けよお前ら。話くらい聞いてくれ」
オスカリ様はそう呟くと、重力のルーンの効力を止め、るーちゃんの拘束を解放すると、るーちゃんはすぐさま後ろに引き、傾いた机の上に身を置いた。
その光景を見て一安心し、右腕をそっとオスカリ様から離し、その場に跪く。
「ご無礼を、この命を持ってお詫びします」
「いや待てって、マジで話を聞いてくれ」
そんな焦る様な言葉に、自決しようとした体を止めて顔を見上げると、苦笑いをするオスカリ様の顔がよく見えた。
「お前らはこの計画が終わり次第用無しだが、その後はユグドラシルの上に住んでもらうぞ」
「えっ?」
「へっ?」
笑いながら上を指差すオスカリ様の言葉を聞くと、眼の端で揺らめいていた青い炎は消え、顔を明るくさせるるーちゃんがオスカリ様に駆け寄った。
「ほんと!!?」
「あぁ、嘘はつかねぇよ」
「・・・私達の事を変わりの効く駒だと言っていたのに?」
その言葉は何処か信用できず、少し体を引きながらそう呟くと、オスカリ様はまたしても苦笑いを顔に浮かべた。
「お前らはチェスやった事ねぇのか? チェスは一つ駒を失えば代わりがねぇんだぞ」
そんな言葉に何故か妙に納得してしまい、肩の力を抜いて微笑むと、オスカリ様も明るい笑みを浮かべ、るーちゃんの頭を右の小手を消して撫で始めた。
「と、いう訳で今日の夜をもってここのアジトと暗部を解散する。それ以降は俺が責任を持ってお前らの生活を保証する・・・今まで苦労をかけたな」
明るい笑顔を浮かべるオスカリ様の姿を見て、心底安心してしまい、ほっと一息付いていると、オスカリ様はるーちゃんの頭から手を離し、真剣な眼差しを私達に向けて来た。
「本当に、苦労をかけたな。ユグドラシル計画をここまで進められたのは、お前らのお陰だ・・・」
そんな有難い言葉に目を閉じ、地面に右腕を付いて頭を下げる。
「こちらこそ、貴方のお陰でここまで生きられました」
「おう、これからも生きてくれよな」
若く、けれど威厳あるその一言を噛みしめながらその場に跪いていると、オスカリ様の方で何か嫌な予感がした。
その予感を私の『母性の勘』で感じ、すぐ様顔を上げると、私の視界にはオスカリ様とよーちゃんと笑みを浮かべる、るーちゃんの姿が映るだけだった。
(あれ?)
嫌な予感は気のせいだったのだと安心し、地面から膝を離して腰をくねられせて伸ばしていると、オスカリ様は急にポケットの中に手を突っ込み、灰色の古い時計を取り出して、時間をすぐ様確認した。
「やべっ、もう3時じゃねぇか。んじゃ、俺は上に戻るからな」
「あっ、それなら俺が」
「良いって、お前らは今日はゆっくりしてろ」
よーちゃんの言葉に、少し言い訳を含んだ言葉を吐きながらオスカリ様は体の周りに紫色のルーン文字を纏った。
「んじゃお前ら、また後でな」
「・・・はい」
「またねー」
「ではまた」
オスカリ様は私達の言葉に笑みを浮かべながら手を軽く振ると、その場から消えてしまった。
恐らく、上に転移したんだろう。
そんなオスカリ様が消えた空間でほっとため息を吐き、自分の胸板に手を当てて一息付いていると、笑みを浮かべたままよーちゃんがるーちゃんに近付いて行くのが見えた。
「わりぃなお前ら、教えるの遅れちまって」
「良いよー、これ終わったら自由だし」
さっきの緊張感はなんだったのかと言いたくなる様なるーちゃんの態度にやれやれとため息を吐き、微笑みを顔に浮かべながらるーちゃんとよーちゃんを眺めていると、るーちゃんはよーちゃんの後ろに隠れてしまった。
「あらるーちゃん、何をそんなに気味悪がっているのかしら?」
「顔、気持ち悪い・・・」
「あらやだ酷いじゃなーい!!」
この見た目はあまり良い目で見られない事は知っているが、流石にそこまではっきり言われるとショックを受けてしまい、内心落ち込んでいると、珍しいよーちゃんの足音がこちらに近付いて来た。
「まぁ、ドンマイ」
右肩にポンと左手を置かれ、初めてよーちゃんに優しくされたと喜びながら顔を上げてよーちゃんの顔を見た瞬間、優しい微笑みを浮かべる顔の目を潰す様に、二股の赤黒い植物の枝がよーちゃんの後頭部から突き刺さっていた。
「なんっ・・・何も・・・見えな・・・い」
「よーちゃん!!?」
「きゃあ!!!」
前のめりに倒れるよーちゃんの体を支えた瞬間、るーちゃんの悲鳴が聞こえ、その方に顔を向けると、そこには顔を踏み付けられる形で地面に押さえつけられているるーちゃんが居り、その上に乗っているのは赤黒い枝を体に纏う歪な人間だった。
「るー」
「動くな」
その重々しい言葉と、るーちゃんを人質に取られている姿を見て叫ぶ声が止まってしまい、乾いた唇を分厚い舌で濡らしていると、一瞬遅れて気が付いた。
その声の主が・・・あのボウヤ、悠翔である事を。
「利口な判断だな・・・」
「・・・貴方の目的は?」
この距離でるーちゃんを無事に助けるためには距離が開きすぎているため、時間稼ぎをしながら神態の準備を開始していると、悠翔は植物の兜の上から顎に手を置き、私の方に人差し指を指した。
「お前と・・・誰だっけ、えっと、こいつの血縁を言え。そうすりゃ命を保証してやる・・・」
「!?」
何故そんな事を聞くのか理解できなかったが、自分の命が握られ大人しくしているるーちゃんの代わりに悠翔の要望に答えていく。
「私はアウドムラ・・・」
「ユミルを育てた牛か・・・要らねぇな」
(・・・要らない?)
その意味が分からない言葉に疑問を感じてしまうが、それよりももうすぐ神態の準備が終わる。
それを見越して体を痙攣させる手遅れなよーちゃんを地面にそっと寝せ、両手を上げたまま悠翔の要望に答えていく。
「その子はmeri[メリ]・・・」
「・・・スルトの炎を消した海の女神か」
そんなマニアックな神話を知っている悠翔に一瞬驚くが、後5秒で神態が終わるのに対し、悠翔は・・・悪魔の様な笑みを兜の隙間から漏らした。
「へぇ、使えるな」
「っ!?」
「いや! ぷっ」
その言葉と殺意を感じ、神態が終わってないのに関わらずに地面を踏み壊しながら床を蹴った瞬間、悠翔はるーちゃんの小さな顔を勢いよく踏み潰した。
「っう!!!」
そんなさっきの言葉が嘘だと示す様な行動に頭の中から何かが切れる音が聞こえ、全力で牛の蹄に変わった右腕で悠翔の顔面を上から殴り付けるが、その一撃は・・・銀色の小手をはめた左腕一本に止められていた。
けれどそれに似た光景ならばもう見たため、右足を大きく上げ、2人の仇を撃つ様に前蹴りを悠翔の顔面に撃ち込むが、その一撃も銀色の小手をはめた右腕一本で塞がれていた。
(もう、どいつもこいつも!!)
その小さな体からは考えられない怪力を持つ悠翔に愚痴を吐き捨て、神態が完了した体で足に力を込め、その力に耐える悠翔をそのまま押し潰そうとしていたが、急に悠翔の鎧の上から白い帯が巻き付いて行く。
そうした瞬間、悠翔の力が何倍にもなった様になり、そのまま後ろに吹き飛ばされた。
「ふぅ!!?」
地面にお尻を引きずりながら横たわっている机を壊し、そのままアジトの壁にぶつけられると、脳と臓物が激しく揺れ、口から血が漏れてしまう。
「がはっ!?」
「ふぅーー・・・」
そんな息を細く吐く声に反応して顔を上げた瞬間、悠翔の周りには氷の槍が無数に浮かんでおり、その槍が瞬きする間にこちらに突っ込み、その二股の槍が腹と両腕に無数に突き刺さった。
「がはっ!!」
胃の奥から血がこみ上げ、口から勢いよく吐き出した瞬間、その熱い物の中に冷たい物が入り込み、口の中を冷たく太い氷が貫いた。
「ぁっ!!!」
「・・・ふぅ、ふぅ。終わっ・・・た?」
そんな荒い息を落ち着かせる様な悠翔の声にすぐさまにでも悠翔に襲い掛かろうとしたが、四肢の関節を見事に固定され、動こうにも動けない。
「はぁ、取り敢えずっと・・・」
動けない中、目線だけは悠翔をしっかり捉えていると、悠翔は見事に潰れたるーちゃんの頭に右の小手先を近づけ、その小手先に付いた血を兜の隙間から口に運んだ。
(っう!?)
そんな悍しい光景を見てゾッとしていると、悠翔の体に纏った無数の目が付いた枝はるーちゃんの骸を取り囲んで行き、最終的には繭の様にるーちゃんを取り囲んだ。
そうしてしばらくすると、その枝達は悠翔に取り込まれて行き、るーちゃんの死体は血痕だけを残して消えてしまった。
(るーちゃん・・・)
その光景に呆然としていると、悠翔は右の手の平を上に上げた。
すると・・・そこからるーちゃんの血縁、メリの海炎の炎を右腕に灯した。
「・・・いいなこれ、使える」
その光景を見て、一瞬遅れて理解してしまった。
(・・・まさか、血縁の力を取り込んだ!!?)
いや、あり得ない。
そんな力がある事があり得ない。
だってそんな力がこの世にあるのなら、すぐにブラックリストに入れられるはずだ。
そうすればこの世からその血縁の力は消えて無くなるはずなのに、悠翔は・・・その力を持っている。
そう理解すると、それに続く様に理解した。
悠翔がるーちゃんとよーちゃんを殺した理由、それは、血縁の力を奪う事だと。
それが分かると、怒りが体から込み上げてきた。
るーちゃんはよく話していた。
幸せに、普通の女の子としての生活を送りたいと。
よーちゃんは口から漏らしていた。
結婚をして、こんな奴でも幸せな家庭を築きたいと。
けれどそんな希望を、夢を、理不尽な事で奪われ
た。
それが・・・許せない。
「んっ?」
頭を置いて、体は動いていた。
口を貫いた槍を歯で壊し、喉に大量の血が溜まる感覚を感じながら無理やり体を壁から起こすと、両腕は固定されたままなため、バキバキと骨を鳴らしながら両肩の関節は外れた。
けれど、もうどうでも良い。
こんな短い命の両腕なんて、くれてやる。
「うおぉぉぉぉっ!!!!」
口から雄叫びが漏れた。
両腕を引きちぎり、腹と口に刺さった槍から体を起こして引き抜き、そのまま前に突進していると、悠翔の背中の方に氷の槍が生み出され、その槍は右の脇腹を貫き、肉と骨がえぐれ、臓物が零れ落ちた。
けれど、止まるな。
こいつを殺すまで!!!
地面を踏み壊し、氷に肉を削られながら突っ込むと、悠翔は何かを恐れる様に後ろに引いた。
その隙に牛の蹄に変わった左足で地面を蹴り、体を捻りながら蹄の右足で悠翔の腹に一撃を撃ち込むと、悠翔の鎧は砕け散り、その一撃は悠翔の腹を貫いた。
「がっ!!!」
けれどこれだけでは死なないと勘が訴え、すぐさま追撃を撃ち込もうとした瞬間、上から氷の槍が降り注ぎ、体は地面に固定され、私の伸ばした右足は上からの巨大な氷の刃に斬り落とされた。
「ぬっ!!・・・うぅ」
その状態から無理やり動こうと全身を力ませるが、その氷の槍の強度は強く、動こうとしても体の傷を広げるだけだ。
そんな不味い状態を理解して全身の力を和らげた瞬間、悠翔の腹から臓物と共に私の右足が滑り落ち、悠翔は顔面から地面に倒れたが、その腹の風穴はすぐさま肉が唸りを上げて塞がって行き、悠翔は何事もなかった様に立ち上がった。
この再生の仕方には見覚えがある。
これは・・・しょーちゃんの物だ。
「ははっ、すげぇなこの力」
自分の異常な再生能力を見て笑う悠翔の姿を見て、どうしてもこいつだけは殺さなければと力を再び身体中に込めるが、氷は無情と言って良いほど動かない。
「さて・・・」
悠翔の殺気のこもった声に鳥肌が立ち、抵抗も諦め、口から溢れる血を垂れ流していると、悠翔は何処からか右手に短い柄の血濡れた様な赤い鎚を生み出した。
死が明確に見える鎚を見て死を覚悟した瞬間、申し訳なさが心から溢れて来た。
(ごめんなさいね・・・仇を・・・取れなくて)
そんな申し訳なさが心から溢れると、またさらに申し訳なさが心から溢れ、心と言う杯を悔しさが満たしていく。
そうしていると視界がだんだんと潤んだいき、涙を瞳から垂らしていると、その視界には鎚を振り上げる悠翔が見え、鎚は風切り音と共に振り下ろされた。
(ごめん・・・なさ)
潰れた。
・・・
・・・・・・
・・・・・・・・・死んだ?
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「あーあ、服がボロボロだ」
腹にデカい風穴が開いた服を小手のせいで汗ばんだ右手で触る。
この汚れが付かない服は『神光の街』にしか売っていため、変えが効かない事にため息を吐き、とある事で悩んでしまう。
服屋に行ってしまえば印象を覚えられ、後々めんどくさい事になりそうな気がすると2人分の勘が訴え、かと言って服を着替えなければ奏達に不審がられてしまう。
「さて、どうすっかな・・・」
そんな事を自分の親指の爪を噛みながら考えていると、伸びた爪を歯で毟ったと同時に思い付いた。
口の中に入った爪を唇を尖らせて吐き出して右腕の袖をめくり、マラメノの枝を肌を突き破りさせ、目を閉じる。
その状態のまま神経を枝に集中させ、体の中の異物を弄る様に枝を動かしていると、レンニが来ていた認識阻害のローブを見つけ、それを枝の隙間から取り出す。
「おし・・・」
枝を体内に戻し、地面に落ちたローブを羽織って前に付いたボタンを止めてからフードを被り、笑みを浮かべながらレンニの血縁の力を解放させ、自分の体を影と同化させる。
そんな初めての奇妙な感覚に違和感を覚えるが、それを勘で操作し、岩の隙間を這っていると、天井の岩の隙間に風が通る道を見つけた。
(・・・ビンゴ!)
レンニの血縁は恐らく、影と同化は出来るが実態はある影に同化するという力だ。
だからこそ影が通れる道があると思っていたため、見つけた穴の中に体を滑り込ませ、その穴の中を突き進み続けると、微かな明るさを何処にあるか分からない目で感じ、そこを覗き込む様に目を近付けた。
そうすると、そこには赤い夕日が差す王宮の廊下が見えた。
(ここに繋がってたのか・・・)
そんか見覚えがある廊下をじっと眺めていると、強化された耳にうるさい足音が聞こえ始め、それからしばらくすると、ピンク色のショートカットをしたメイドと、それよりも顔一個分背が高い濃い赤髪のロングヘアのメイドが歩いてくるのが見えた。
その内のピンク色の髪の女が、やや興奮気味にロングヘアの女に何かを喋っていた。
「それでね、私見ちゃったの。オスカリ様とアルマスさんがキスしちゃう所を!」
「えー、それは無いでしょ。私達みたいな平民が貴族の、しかもオーディンの血縁のオスカリ様と付き合える訳無いじゃない」
「むぅ、それはそうだけどぉ、見たんだって! キスして仲良さそうに抱き合っているのを」
「うーん、それじゃあお遊びなんじゃ無い? ほら、オスカリ様ってまだ若いでしょ。プレイボーイでもあってもおかしく無い年頃だし」
「あっ、たしかに。えー、じゃあ私の所にもお遊びでも良いから来るかな?」
「えぇ、私はごめんだなぁ。ほら、貴族って裏で何か悪い事してそうなイメージがあるし、付き合っても無い男性から抱かれるのはなぁ」
「そう? 私は顔が良いお金持ちで優しい人なら誰でもウェルカム!」
「うわぁ、欲望だだ漏れじゃん」
そんな楽しそうに笑っている2人を見て俺も笑みを浮かべ、さっき奪った不認の力と、今使っている影の力を併用して地面に落ち、ピンク髪の方の女に影を同化させる。
それからしばらく歩く女の影の中に、なるべくスカートの中を見ない様にしてから影を動かしていると、二つの曲がり角で女は足を止めた。
「それじゃあ私は今のお仕事終わったし、お風呂を沸かしに行ってくるね」
「あっ、もうこんな時間なんだ。それじゃあ私はアルマス様にお手伝い頼まれてるし、食堂に行ってくるから。」
「それじゃあまたね」
「うん、食事の時間にね」
その言葉を聞いて、心にヒビが入った様な痛みが走った。
だが、これも慣れないといけない。
そんな事を思いながら何処にあるか分からない風呂場に向かって歩いて行く女の影の中に入っていっていると、一つの部屋に女は入って行き、視界を地面から上へ上げると、そこには少し湿った匂いがするカゴが無数に置かれた脱衣所が広がっていた。
「さーてと」
女はそんな意気込む様な言葉を発すると、メイド服を徐に脱ぎ始めた。
(っ!?)
その光景を見て慌てて目を逸らし、気まずさを感じながら布が擦れる音をしばらく聞いていると、その布が擦れる音が止まり、視界を上に上げてみると、髪に似合うピンク色のロングブラと白いパンツを履いた女の姿が見えた。
そんな見てはいけない様な姿を見てもう一度視界を逸らすと、女の足音は動き始め、それに股間に溜まる熱さを感じながらついて行っていると、女は洗面所の下からスポンジと風呂用の洗剤を取り出して、風呂のドアを開けてその中に鼻歌を歌いながら入っていった。
すると女は湯が溜まっていない広い浴槽の中に足を入れ、その中にスプレータイプの泡を出して浴槽を擦り始めたため、音が出ない様に注意しながらため息を吐いて心を落ち着かせ、女の背中側に回ってから影の同化を解除させる。
そして、女の右肩を優しく叩く。
「えっ!?」
こちらに振り向く女の口の中に悲鳴を上げれない様に右手の人差し指と中指を突っ込み、そのまま後頭部を地面に打ち付け、浴槽に押さえ付ける。
「がっ!?」
そんな声を出した女から危ないと勘で感じた洗剤を手首を捻って離させ、その洗剤を左手で弾いて手の届かない方に飛ばす。
「ふっ!」
女は抵抗を試みようと俺の指を噛み、爪で顔を抑える腕を引っ掻くが、痛みをアスクレピオスの力で切除しているため、痛くない。
その状態のまま自分の影を広げ、女の体を取り込もうとするが、いくら待っても女を影の中に取り込めない。
(・・・抵抗している奴は取り込めないのか?)
そんな事を考えていると、女の目は茶色から紫色に変わり、ヘビを一匹右肩から生み出したが、それを左手で掴み、その蛇の頭を潰す。
「っ!? うぅっう!!!」
それを見た女は何かを悟った様に暴れ始め、その姿を見て申し訳なさと興奮が心から溢れるが、一息付いて心を落ち着かせ、女の顔を掴む右手に力を込める。
そして勢いよく顔を右手を左向きに捻ると、女の首は生々しい音と共に90°曲がり、抵抗する歯と腕から力が抜け、俺が広げた影の中に取り込まれていく。
(・・・なるほど、死体は同意無く取り込めるのか)
その光景を見て、この力はアスクレピオスの力と相性が良いな
と考えていると、女は俺を残し、完全に影の中に取り込まれた。
(さて、取り込まれた奴はどうやって取り出すのか、後はどの程度の質量を取り込めるのか。色々と試すことがあるな・・・)
そんな事を考えながら浴槽から立ち上がり、誰かに触れると解除される不認の力をもう一度使い、また新たな死体が要るなと思いながら浴槽から足を出し、唾液が付いた右指をロープで拭きながらメイド達の拐い方を考え、王宮の中に向かって足を進めた。