第18話 秘密の宝物庫
「ふんっ!!」
地面を踏み砕き、その瓦礫で飛び散るジェイルの肉片からリンカを守る。
「ふぅ・・・」
ひとまず肉片が飛び散り終え、ジェイルを巨大な赤い鎚で殺した王族の駒に顔を向けると、駒はこの場に似つかわしくない嬉しそうな笑みを浮かべ、鎚を引きずりながら歩を前に進めて来た。
するとそれに反応する様にダーシュとルーアン、ずっと黙っていた短い茶髪のカイルは立ち上がり、長い黒髪を揺らす同じ格好のメイド服を着ている双子のリンネとランナは、椅子に座る長い赤髪のリンカを守る様にしてリンカの前に足を運んだ。
すると急に駒は足を止め、儂ら一人一人の顔を眺めて来た。
「巨人、6人・・・みーつけた:
駒は儂達に金色の眼を見てかそう判断し、何故かランナの方に嬉しそうな笑みを浮かべると、急に赤い鎚を無造作に地面に落とした。
すると地面は音を立てながらヒビを広げた。
(力で生み出した物か・・・)
歪な駒の力を冷静に分析し、あの鎚には気を付けた方が良いだろうと警戒していると、駒の背中からゾワりと赤黒い植物の枝の様な物が蠢き、甘い匂いと共に駒の体を包み込んで行く。
「何・・・あいつ」
「ルーアン、後ろに下がれ」
そんなダーシュの言葉にルーアンは大人しく従い、少し後ろに下がると、駒の体を這っていた枝は絞られて行き、駒の体に鎧の様にして纏わ付いた。
すると背中から6本の蜘蛛の手足の様な物が生え、街のどこにでも居る様な顔も枝に包まれ、歪な形の兜となった。
その姿はまるで・・・蜘蛛と人との混合種の様だ。
「・・・まるで、化物みたいだな」
前にいるカイルがそう漏らすと、化物となった駒は嬉しそうに体を震わせ、落ちている白銀の剣を拾い上げると、その剣に赤黒い枝が纏わり付き、その柄から下にも枝は伸び、落ちている巨大な鎚にも纏わり付いた。
その鎚が付いた槍の様な物を敵は軽々と上に放り投げ、両手に銀色の小手を生み出して放り投げた武器を背中の方で掴むと、その鎚に纏わり付いた赤黒い枝に赤い花弁の花が咲き誇った。
「さぁ、始めようか」
「・・・お主ら、油断するなよ」
こいつの血縁はまだ何かは分からないが、この中で3番目に強いジェイルをいともたやすく殺した事には間違いは無い。
だからこそ全員にそう言い聞かせ、何が来ても良い様に巨人の大剣を両手に生み出すと、前にいるルーアンとダーシュは巨人の斧を、リンネは巨人の弓の弦を引き、カイルは身の丈ほどの盾と片手剣を生み出した。
儂達の武装をするのを待っていた様に動かなかった駒は体をふらりと前に傾け、こちらに突っ込んで来たが、その突進に合わせてこちらも地面を蹴り、不意を疲れた様な顔をする駒の顎に右膝を入れ、上に持ち上がった右の脇腹に回転しながら大剣の一撃を撃ち込むと、敵は地面を転がりながら壁に打ち付けられた。
「がっ!?」
そんな拍子抜けな弱さの敵に疑問を感じた瞬間、その敵に追撃する様にダーシュが敵に向かって突っ込み、壁に打ち付けられた駒に斧を振り下ろそうとしたが、敵はそっと右手を上げ、振り下ろされる斧の側面に向かって拳を軽くぶつけた。
すると何かの血縁の力か、斧は逸れる様にして地面に振り下ろされた。
「なっ」
次の瞬間、隙だらけのダーシュの左の脇腹に駒の左腕が撃ち込まれ、蜘蛛の様な枝がダーシュのこめかみを穿ち、首を反対側に回し折った。
「ダーシュ!!」
ルーアンの悲痛な声に駒は兜の隙間から口角を上げると、ダーシュをそのまま振り回して、儂達から離れた壁の方に投げ付けた。
血を撒き散らしながら回転するダーシュは壁に無造作に打ち付けられ、ルーアンはダーシュに慌てるように向かって駆け寄るが、何か嫌な予感がし、とある疑問が頭に残った。
(何故、武器で攻撃しなかった?)
そう疑問に感じ、敵の顔に一瞬見てみると、そこには悪魔の様な笑みを兜の隙間から漏らす駒が居た。
その顔に体に鳥肌が立ち、すぐさまルーアンの名を叫ぶ。
「ルー」
けれどその名前を叫び終えるより速く爆音が辺りに鳴り響き、ルーアンとダーシュは巨大な爆炎に飲み込まれた。
「ぬぅっ!?」
その爆風と爆炎に体を炙られ、苦悶の声が口から漏れるが、このまま吹き飛んでは後ろにいるリンカまで危ないため、地面に大剣を突き刺してその爆炎に耐えていると、次第に爆風は収まり、黒く焦げた爆心地であろう場所には、2人の黒焦げの死体が寄り添っていた。
「ハハハハッ!!! 死んだ! 死んだ!!」
その姿を見てか駒は楽しそうにゲラゲラと笑い、こちらにゆっくりと近付いてくるが、おそらくこれは挑発だ。
奴の狙いは恐らく、儂達を分断し、1人ずつ殺して行く事だ。
だからこそあえて足を進め、この中で1番強い儂が前に出ると、儂の考えを察知した様にカイルも前へ歩みを進め始めた。
しばらく歩き、駒を間合いの中に入れた瞬間に地面を踏み切り、大剣の敵に顔面に向けて突くが、駒は大剣の側面に左手を当てて簡単に攻撃を逸らし、隙だらけの儂に腹に腰が入った右の突きを入れようとしてくるが、それを防ぐ様にカイルが横から盾を壁にして突っ込み、駒に巨人の質量を乗せた強力なタックルをかました。
「うっ!?」
流石に未知の鎧を着ていてもこれは効いたのか、駒は苦悶の声を口から漏らし、壁に向かって打ち付けられ、その敵に向かって後ろからリンネが飛ばしたであろう巨大な矢が儂らの真横を通り過ぎたが、敵はそれを待っていた様に打ち付けられた壁から体を離し、体を横に回しながら矢を掴むと、その勢いを殺さずにそのまま儂らに向かって投げ返して来た。
「ふっ!!」
その矢を避ければ後ろにいるリンカに被害が及ぶため、その矢の先端にタイミング良く蹴りを入れ、矢を砕きながら空中に打ち上げた瞬間、ある事に気付いた。
その矢の根本に小さな茶色い壺が付いている事に。
次の瞬間、その壺を中心に爆炎が上がり、その炎が視界を覆い尽くした。
「ぐうっ!!」
「っう!?」
あれが爆炎の元かと炎に炙られながらも冷静に分析していると、目の前の炎が突如乱れ、赤黒い鎧に赤い花を咲かせた駒がこちらに赤い鎚を振りかぶっていた。
ジェイルを一撃で屠った攻撃だと直感的に悟り、武器を手放しながら後ろに引き、その鎚が儂の大剣を粉々打ち砕くのを見て、やはりこの武器に当たれば死ぬと判断し、すぐさま地面を踏み込み、鎚が振れない接近戦に持ち込む。
右手の手刀を兜の隙間に撃ち込もうとするが、敵は瞬時に武器を手放し、儂の手刀を右手で簡単に掴むと、その腕を外側に逸らしながら左膝で儂の右腕を肘からへし折った。
「っう!!」
骨を折られた痛みが体を走るが、こんなもので怯んでしまえばいくつ命があっても足りないため、すぐさま無事な左手で鎧抜きを行おうと手を伸ばし、それに合わせる様に横から片手剣が敵の首に向かって伸びるが、敵は体を捻り、片手剣を鎧の厚い胸の部分にぶつけて防ぐとその片手剣には枝が絡み付いて行くが、その隙に駒の左胸に左手が届いた。
「ふっ!!」
体を捻り、生まれた勢いを左腕に伝わらせ、勁を敵の臓物に撃ち込む。
「がはっ!?」
そうすると敵は歪な鎧の隙間から血を吐き出したが、即死まで行けなかった事に舌打ちをし、前のめりになった敵の体に生み出した大剣を振り上げて宙に浮かせると、空中で身動きが取れない敵に向かって巨大な矢が撃ち込まれ、敵はまたしても壁に向かって打ち付けられるが、敵は何事もなかった様にすぐに体を起こし、敵と共に吹き飛んだカイルの片手剣を持ち直してその剣に赤い花が咲いた枝を纏わせた。
あれだけやってもダメージが無い所を見ると、敵は恐らく傷を瞬時に治療出来るのだろうと分析し、敵が綺麗に折ってくれた右腕の骨を筋肉で無理やり戻してから大剣を構えると、隣にいるカイルも新しい片手剣を生み出した。
しばらく睨み合いが続き、何が起こっても良い様に神経を集中させていると、最初に動いたのはカイルだった。
前へ動くカイルを追いかける様に儂も前へ動き、敵との間合いを詰めようとしていたが、敵は急に儂らに背を向け、リンカ達の方へ走り始めた。
(こいつ!!)
駒は3体1では敵わないと悟ったのか、ターゲットをリンネかリンカに変えたのを見て、3人を守らねばと地面を踏み壊す勢いで床を蹴り、走る駒に追い付いた瞬間、駒は急にブレーキを掛け、後ろを振り向きながら大きく体を捻った。
(しまっ)
誘われたのだと瞬時に悟り、こちらに向かってくる蹴りを大剣で受け止めようとしたが、その蹴りには・・・死が見えた。
「ぐっ!?」
けれど体に当たったのは蹴りでは無く巨大な矢が左肩を穿ち、後ろに吹き飛ばされたお陰で死が見えた蹴りは空振ってくれた。
それを見て一安心し、地面を転がり受け身を取ってから肩に刺さった矢を右手で引き抜き、それを後ろに放り投げる。
「・・・助かったぞ」
「お礼は後で、今はこいつを殺しましょう」
そのリンネの厳しい一言に気がさらに引き締まり、肩の傷を筋肉で止血してから大剣を強く握りしめていると、ふと、気が付いた。
敵の肩が震えている事に。
「ふふっ、ははっ、あはははは!!!」
急な笑い声に気でも触れたかと思ってしまうが、得体の知れないこいつに限ってそんな事は無いだろうと気を引き締めて続けていると、敵は急に肩の揺らしを止め、はぁと大きなため息を吐いた。
すると持っていた片手剣を逆手に持ち変え、それをノールックで後ろにいるリンカに投げ付けた。
「なっ!?」
その余の咄嗟な事に反応が出来ず、その剣がリンカの腹に刺さると思った瞬間、剣とリンカの間にランナが庇う様に入り込み、ランナの細い胴体に赤黒い剣が入り込んだ。
「ランナ!!!」
カイルはランナの名を叫び、すぐさま駒に向かって突っ込むが、それでは駒の思う壺だと咄嗟に思考を回し、すぐさまフォローしようと駒と間合いを詰めようとしたが、それでは遅く、盾を前にして駒に間合いを詰めたカイルの盾は駒の腰の入った右の一撃の突きで左腕ごと破壊され、痛みによって怯んだカイルの体に駒は後ろ蹴りを撃ち込もうとするが、こちらに背を向けた瞬間の敵の背中に大剣の突きを撃ち込み、カイルへの追撃を阻止するが、吹き飛んだ敵は空中で態勢を立て直すと、そのまま地面に跪くライナに向かって四足歩行のまま突っ込んだ。
(くそっ!!)
この距離じゃ間に合わないと悟るが、だからと言って家族を見捨てる訳には行かないため、駒に向かって突っ込むと、負傷したライナの間にリンネが割り込み、巨大な弓を捨てて新たに生み出した巨大な双剣で駒の攻撃を捌こうとするが、その双剣は銀色の小手に簡単に捕まれ、へし折られると、手ぶらになったリンネの腹に重い右の蹴りが入り、口から胃液を漏らすリンネの長い髪を掴み、駒はこめかみに容赦なく膝を撃ち込んだ。
「げぼっ!!」
女に、家族に容赦なく攻撃する駒に怒りを覚え、全力で地面を蹴り、大剣を横一文字に敵に振るうと、敵はそれを屈んで避けたが、そのガラ空きになった右の脇腹に左足を撃ち込み、駒をボールの様にして壁に吹き飛ばすが、駒はまたしてもダメージが無い様に体をすぐに起こし、首をバキバキと鳴らし始めた。
「うっぅ・・・」
そんなか細い声が後ろから聞こえ、チラリと後ろに目を向けると、そこには赤黒い剣を腹から引き抜き、臓物が溢れないように傷口を左手で抑えるライナの姿が見えた。
「ライ」
その光景を見て、すぐにライナの名を叫ぼうとしたが、それをさせないように駒はこちらに無造作に突っ込んで来た。
「っ・・・」
それを迎撃するために地面を踏み砕き、態勢を崩した敵の腹に手を置き、鳩尾に鎧抜きを撃ち込み、血を吐きながら怯んだ敵の顔面に大剣を振り下ろすが、その大剣は兜を壊すまでには行かず、敵を顔面から地面に撃ち付けただけだった。
それだけでは致命傷にならない事は分析上知っているため、打ち付けられたら後頭部に足を置き、さらに発勁の要領で勁を敵の後頭部に撃ち込むが、それでも敵はすぐさま儂の足を掴み、数百キロ、いや、トンまである儂を軽々と振り回し始めた。
「ぬうっ!!」
「あははははっ!!!」
しばらく振り回された後、勢いを乗せたまま地面に打ち付けられ、自分の体重も相まってか、口から、目からも血が溢れる。
「がはっ!!」
そのまま意識を手放しそうになったが、横からのカイルの盾のタックルで駒は吹き飛ばされたおかげで意識を手放さずにすみ、咄嗟に地面から体を起こして赤黒く染まる視界を右腕で擦っていると、後ろからか細い声が聞こえた。
「わだがはっ!!にがひ・・・まふ」
そんな血で呂律が回っていないライナの声に後ろを振り向くが、巨人の血縁では無いライナにとっては腹の傷は致命傷であり、腹から漏れる血も溜まりの様になっていた。
「えっ・・・何が」
何が起こったか分からない顔をしているリンカの手を掴むライナの姿と青い顔に浮かぶ2つの青い目を見てそれに頷き、顔を前に向けると、そこにはあれだけしたのにもう立ち上がっている駒の姿があり、何事もなかった様に肩を回し始めた。
「頼んだぞ、ライナ」
後ろから返事は返ってこなかったが、ライナがリンカを連れて動き出す気配を感じ、目の前の駒、いや、敵に向かって全神経を集中させると、敵はダラリと体を前に倒し、まるで獣の様にしてこちらに突っ込んで来た。
「逃す」
こちらに向かってくる敵の頭に上から右の拳を撃ち込み、硬い地面に頭を撃ち付けて敵を壁の方に蹴り込むが、今度は6本の蜘蛛の足で勢いを殺し、すぐさまこちらに突っ込んで来た。
(ちとくらい、応えろ!)
そう心の中で愚痴りながらカイルと共に前へ飛び、こちらに伸びた右腕を身を捻って攻撃を躱して腕を右手で掴み、空いた敵の右の脇腹に左の勁を撃ち込み、血を吐いて怯んだ敵の右肩を固め、前のめりの態勢で敵を固定すると、そこにカイルの盾のタックルが入り込み、敵の右肩は生々しい音を鳴らし、そのまま壁に吹き飛ぼうとしたが、敵は蜘蛛の足を地面に撃ち込み、その場で踏ん張りながら肩を固めた儂を強引に振り回し始めた。
「ぬっ!?」
2度目の体験に今度は受け身を取ろうとするが、想像を超える勢いで壁に投げられ、受け身も取れずに壁に
打ち付けられると、ふと、目の前に小さな壺が現れている事に気が付いた。
(しまっ)
顔を咄嗟に腕でガードした瞬間、鼓膜を破壊するほどの爆音が響き渡り、顔以外が炙られる激痛を感じていると、黒煙の隙間から敵がリンカを連れて逃げるランナに向かって突っ込んでいたが、それを阻止する様に苦しそうに起き上がったリンネは巨大な矢を敵の背後に撃ち込むが、敵は矢を一度も見ずに掴み、その矢を逃げるランナ達に投げ付けたが、その間に割って入る様にカイルが入り込み、右手の盾でその矢を弾いた。
しかし、左手が使えないカイルは絶好な的なため、敵は右の手刀をカイルの腹に撃ち込もうとするが、その後ろからリンネの左の蹴りが敵の頭に撃ち込まれたが、敵はそれを左手だけで防ぎ、手刀を撃ち込もうとしていた右手でその足を捕まれ、儂と同様にリンネは振り回され始めた。
「っう!!」
その光景を見てすぐさま壁を蹴り、強引に壁を砕いてから地面に落ちてすぐさま地面を蹴るが、敵はリンカ達に向かってリンネを投げ付け、それを庇う様にしてリンネをカイルが体で受け止めるが、その重なった2人に敵は茶色い壺を投げ付けた。
「っ!?」
その爆炎をカイルは盾で防ぐが、敵はその爆炎を掻き分けながら突っ込み、その盾ごとカイル達を蹴り殺そうとしたが、蹴りを振りかぶった状態の敵に追い付き、生み出した大剣を敵の左の脇腹に全力で振るう。
しかし、その一撃が鎧を砕く事は無く、敵を壁に向かって吹き飛ばすだけだったが、今はそれで良い。
敵を吹き飛ばした隙にライナ達は巨大な扉から外に出てくれた。
(よしっ!)
外に出てくれればライナの力でリンカはもう大丈夫だ。
そう一安心し、壁から起き上がる敵に向けて敵意を送るが、正直な話、このままではジリ貧だ。
敵は強大な鎧に身を纏い、巨人の体を傷付ける爆弾に、巨人の体を振り回す腕力、そして瞬時に傷を治癒し、ましては高速で飛ぶ矢を空中で掴むほどの技量。
そんな相手に疲労困憊の3人で勝てなど無理な話だ。
(退却も・・・視野に入れ)
「「レオン様」」
そんな考えを思考で回すより速く、2人は儂の方に振り向き、何か覚悟を決めた様な表情でたった一言を送って来た。
「「仲間のために、命を捨てて下さい」」
そんな息ぴったりの2人にこの場に似つかわしくない笑みが口から漏れ、髭を弄りながらその言葉に頷く。
すると2人は前を向き、リンネは銀色の双剣を生み出し、壁からゆっくりと体を起こす敵に向けて突っ込んだ。
あの2人が何を言いたいか。
それは、長年付き添ってきた儂だから分かる。
敵をこのまま殺せずに儂らが撤退すれば、この城に残された弱き者達は殺される可能性があり、下手をすればリンカも生き埋めになってしまう可能性もある。
だからこそ、あの2人は命を捨てて、時間を稼ぐつもりだ。
儂が命の炎を削り、血縁の力を限界まで引き出すための、神態を行うための時間を。
そう理解し、その場で動かずに神経を集中させていると、儂の横をリンネが吹き飛んで行ったが、それに気を取られぬ様に半目で敵の姿を眺めていると、儂の隣をまたリンネが通り過ぎ、盾だけで敵の攻撃を防いでいるカイルに向かって地面を蹴った。
敵はカイルの盾を左手で掴み、それを引っ張りながら右膝で盾を破壊し、敵は手ぶらとなったカイルに向かって右の横蹴りを構え、それを防ぐ様に敵の後ろからリンネは首を狙うが、敵はカイルに蹴りを撃ち込むと、カイルを吹き飛ばした反動を利用して体を捻り、後ろにいるリンネに顔面に向けて蹴りを振りかぶった。
「おっ!!?」
「っう!?」
その蹴りをリンネは間一髪で後ろに飛んで躱したが、その足に纏わり付いた赤黒い枝が素早くリンネの顔に絡み付いた。
「んんぅ〜!!!」
リンネは顔に纏わり付いた枝を一心不乱に外そうとするが枝はピクリともせず、しばらくリンネはもがいていると、敵はその足をリンネの顔ごと地面に打ち付け、何度も、何度も、何度も何度も何度も何度もリンネの顔を地面に打ちつけ続けた。
「ん〜! んんぅ〜〜!! んっ!!?」
地面にヒビが走り、赤黒い枝の隙間からゴポリと血が漏れると、リンネの顔に纏わり付いていた枝は外れ、リンネの綺麗な顔は梅肉の様にぐちゃぐちゃに変わり果てていた。
あぁ、また1人死んだ。
けれど、まだ動く時ではない。
敵はゆっくりと振り返り、儂の方に向かってゆっくりと足を進めて来たが、その敵の背後に鉄で作られた盾が投げ付けられる。
しかし、その盾は鎧に弾かれ、辺りには重たい物が落ちる音が響き渡った。
「まっ・・・て。俺はまがはっ!! ・・・ふーう、生きているぞ!!!」
血を吐きながら立ち上がるカイルに敵は意味が分からないと言いたげに首を傾げ、カイルに向けて手を伸ばすと、カイルはすぐさま盾を生み出して構えたが、そのカイルの背後から敵が生み出していた鎚と剣の混合武器が襲い、剣の部分がカイルの背後から腹を貫いた。
「ぐっ!?」
「咲け」
その不意打ちにカイルはなにが起こったか分からない様に剣を眺めていると、その剣に纏わり付いていた枝が蠢き、それが回転しながら赤黒い枝は花を咲く様にして広がった。
するとカイルの上半身と下半身がバラバラになり、その場に残った下半身は膝から崩れ落ちたが、空を舞う上半身にはまだ生気が宿っており、カイルはそのまま無事な右腕で敵を攻撃しようとするが、敵は体を捻り、腰が入った全力の右の突きを容赦なくカイルの顔面に撃ち込んだ。
カイルの頭の潰れた上半身は骨を撒き散らしながら3度跳ね、壁の中に音を立ててめり込んだ。
けれど皮肉な事に、カイルが確実に絶命した瞬間に、準備は整った。
「お主ら・・・良くやった」
死んだ2人に、いや、全員にそう言葉を投げ、自分の細胞が巨人の細胞に変わっていく感覚をゆっくりと息を吐きながら感じていると、敵はこちらにゆっくりと振り向いた。
「・・・もう、お前だけだな」
「・・・」
その一言を無視し、拳を全力で握りしめ、生まれ変わった様な気分の体で全力で地面を蹴ろうとした瞬間、体から臓物の痛みが無数に走り、口から大量の血液が漏れ出た。
「がはっ!? なに・・・がっ!?」
「・・・ふふふっ、あはは、はははははっ!!! 馬鹿だなぁお前! 神態を行おうとしている敵をみすみす見逃すかよ! この空間には今! マラメノの汚染物質が蔓延してんだよ!!」
髪を右手で掻き上げながら笑う敵の言葉にぬかったと後悔するが、その後悔している合間にも全身の臓物の痛みは増えていく。
「ぬぐっ、がはっ!!」
「発癌の痛みだ、苦しいだろう?」
その言葉に敵を睨みつける様に前を向くと、敵は混合武器を拾い上げ、剣の方を地面に引きずりながらこちらに近付いてくる。
その顔に浮かんでいる悪魔の様な笑みを見て、死を覚悟した瞬間、走馬灯の様な物が頭の中を駆け巡った。
病に侵された家族を、巨人の血縁者だからと言う差別で治療をしてもらえずに失い、復讐をしようとしても実力足らずで逆に殺されかけ、途方に暮れていたところを、血無しのリンカに拾われた。
『家族を失った?・・・そうか、それは辛かったな。だが、これからは私達が家族だ。一緒に生きよう』
その小さな子供の言葉とは思えない暖かく力強い言葉に年甲斐もなく涙を流した。
そして・・・決めたんだ。
この命全てを、家族を守るために使うと!!!
「ふんっ!!!」
思い出した覚悟と共に地面を蹴り、強引に敵の顔面を右手で殴り付けると、敵は武器をその場に落としながら後ろに吹き飛ばされ、壁に打ち付けられた。
すると敵の顔面を覆っていた兜にヒビが走り、兜は砕け散った。
「っう!!?」
敵はそれは不味いと思ったのかすぐさま枝を蠢かせて兜を作り直したが、その隙に敵との間合いを詰め、左手で敵の腹に鎧抜きを撃ち込むと、敵は今までにない量の血を兜の隙間から吐き出し、その垂れ下がった顔面を右手で掴み、壁に強く打ちつけて、そのまま敵を壁に擦り付けながら部屋の中を走り巡る。
しばらく敵の脳を揺らし、抵抗力が弱まったのを確認してから敵を空中に敵を放り投げ、体を回しながら大剣を右手に生み出し、それを回転の勢いを殺さずに空にいる敵に投げつけると、大剣は風を斬りながら飛んで行き、敵の腹を鎧ごと貫き、敵はボロボロの天井に打ち付けられた。
「が」
敵が苦悶の声を漏らすより速く地面を蹴り、天井に貼り付けにされた敵の顔面を掴み、剣を下から蹴り上げると、その大剣は敵の鎧をさらに砕きながら敵の腹に潜り込み、大剣の柄が敵の体を貫通した。
「ご」
大剣が貫通した敵を空中で勢いをつけながら地面に投げつけ、地面と化した天井を蹴り割り、勢いを付けて右の突きを敵の顔面に撃ち込むと、敵の頭は紙の箱の様に簡単に潰れた。
が、これだけでは死なない事はジェイルが命を懸して教えてくれていた。
すぐさま敵の潰れた頭から腕を引き抜き、敵の手足、腹を両腕で潰していき、敵の潰れた体をがむしゃらに殴り続けるが、しばらく殴り続けた後に口から大量の血が漏れ、敵を殴る腕が止まってしまう。
「うっ・・・がはっ!! はぁ、ぜい、ぜい」
腕が止まると臓物の痛みが再発し、地面に倒れ、蹲ってしまう。
恐らく儂はもう長くない。
だが、死ぬまでに・・・・・・家族に会いたい。
そんな人生最期の願いを叶えるために無理やり体を地面から起こし、立っていると言う感覚が朧げななため、生み出した大剣を杖代わりにして扉に向かって重い脚を運んでいると、後ろからカサカサと虫が這う様な音がした。
「・・・あっ?」
その嫌な音が耳に聞こえ、ゆっくりと後ろを振り返ってみると、そこには小さな赤黒い蜘蛛が何処からか現れており、その蜘蛛がゆっくりと敵の死体に近付いていく。
「っ!!」
その光景に嫌な鳥肌が立ち、すぐさまその蜘蛛を殺そうと地面を蹴ろうとしたが、足からガクリと力が抜けてしまい、その蜘蛛と敵の死体の接触を許してしまった。
次の瞬間、敵の体から骨が折れる様な音が大量に聞こえ始め、その音が治まった瞬間、目の前には銀色の小手が見えた。
「がっ!?」
顔に鈍く重い衝撃が走り、その勢いのまま地面を跳ねて転がると、さらに腹に重い蹴りが入り、激痛を感じる内臓を潰され、そのまま壁に打ち付けられた。
「ぶはっ!!!」
口から大量に吐血してしまい、壁にめり込んだまま朦朧とする視界を前に向けると、そこには、あの敵が何事もなかったかの様に立っているのが見えた。
「なっぶはっ!! 生きて・・・いる」
「・・・俺の血縁、マラメノの枝は臓物や骨をこの枝に変換できんだよ。だからお前が俺を壁に擦り付けている間に耳から脳を摘出して隠してたんだ。そして意識があれば、いくらでも再生させる事が出来る。まぁ要するに、俺を殺したきゃ、この枝を一片残らず消失させるしかねぇな」
(・・・馬鹿な!?)
マラメノと言う血縁は聞いた事があるし、見たこともある。
けれどそんな奴らは、目が付いた枝などや、瞬時に体を回復させる事など出来なかった。
(こいつは・・・なんなんだ!?)
そんな困惑を感じながら無理やりを体を壁から引き剥がすと、地面に膝から落ちてしまい、生み出した大剣を杖代わりにして痛む体を無理やり起こそうとするが、ボロボロの体を起こす事ができず、そのまま地面に膝を付いてしまう。
「はぁ、はぁ」
「もう無理だぜお前、腎臓も肝臓も胃もやられてるし、脈も弱まってきてる。血管も所々破けてるし、もうほっといても死ぬな」
何故か儂の体の傷に詳しい敵の言葉を聞き流し、意思で無理やり体を起こすと、敵は呆れた様に首を横に振り、右腕を背中の後ろに回した。
すると赤い鎚と剣の混合武器が勝手に敵の手元に渡り、儂を殺そうと、こちらにゆっくりと歩を進めてくる。
「もういいぜ、俺が殺してやる」
「ぬっ、ぬかせ」
ボロボロの体に鞭を打ち、残された力で地面を蹴るが、敵は混合武器を振り回し、鎚で儂を地面に撃ちつけた。
「がはっ!!?」
「・・・はーっ、丈夫だな」
その一撃でもう体が動かなくなり、意識が霞み始める。
(リンカ・・・お主だけでも、生きてくれよ)
「あーそれとな、リンカ、ったっけ?俺はそいつを見つけ事が出来るぜ」
(なっ!?)
そんな儂の心を読んだ様な言葉に意識が急にハッキリとし、首を無理やり上に向けると、そこには兜の隙間から悪魔の様な笑みを浮かべる敵の姿が見えた。
その顔を見て、長年の勘がそう訴えた。
その言葉は・・・嘘ではないと。
「だからお前らが必死こいて稼いだ時間も、ライナとか言う女が命を懸けてリンカを逃した行為も、全部、ぜーんぶ、無駄な事だったな!!」
(・・・やめろ)
そんな、家族が命を懸けてリンカを救おうとした行為を、無駄にするのはやめろ。
やめろ!
やめてくれ!!
「・・・さて、そろそろ行くか」
名も知らない敵がそう呟くと、敵は持っていた武器を振り回し始め、その鎚がぼやける視界に迫ってくる。
(あぁ・・・お前たち・・・すまな)
潰れた。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
「はぁ、はぁ」
「ら・・・ライナ」
顔を青くし、腹から血を垂らすライナに心配しながら声を掛けるが、ライナは私の声に反応せずに私の手を力強く掴み、広い城の中を黙々と歩き続けるだけだった。
けれど、それには限界がある。
「ライナ!!」
ライナの名を叫び、その手を振り払うと、ライナは血が垂れる口を私に向け、口をパクパクと動かし始めた。
「リンカ様ヒュー、速くヒュー、にげばじょう」
ライナの口から漏れる泡が混じった血を見て、自分の顔が冷たくなっていくのを感じるが、歯軋りをして身震を止め、恐る恐るライナに今考えた提案をぶつける。
「ねぇ戻ろうよ! 今までしていた音も止んだし、今戻ればライナは助かるよ!! なのに、なんで戻ろうとしないの!!!」
そんな自分の死を覚悟している様なライナにそう叫ぶと、ライナは血で濡らした赤い唇を優しく上に上げ、私に優しく微笑んだ。
「優しい・・・ですね。リンカ・・・様はグオェ!!」
ライナは口から濃い血溜まりを吐き出し、その場に膝を付いてしまう。
そんなライナを慌てて助けようと近づこうとしたが、その腹から長い紐状のものが溢れ、そんな吐き気のする様な光景に何も出来ず、固まってしまう。
「はぁ・・・はぁ。リンカ・・・様」
苦しそうに変な息をするライナの赤い手がこちらに伸び、肩が跳ねてしまうが、そんな肩にライナの細い手が周り、ギュッと冷めたお湯の様な体に抱き寄せられた。
「私は、はぁ、貴方に会えて、はぁ、ヒュー、いや、貴方に仕えられてがはっ!・・・ヒュー、幸せ、でした」
「ライ・・・ナ」
そんな最期の言葉の様な声に、何も出来ずに小刻みに震えていると、急に後ろに体を押され、通路の壁で頭を打ってしまう。
「っ! なに」
突然の事過ぎでなにがなんだか分からず、頭を押さえながらすぐさま顔を前に上げると、そこには・・・とても綺麗で、幸せそうに笑みを浮かべているライナの姿が見えた。
『ライ』
その場違いな笑みを浮かべているライナに手を伸ばそうとした瞬間、手の平に見えない何かが当たり、手をこれ以上伸ばせない。
この光景には見覚えがある。
確かこれはライナの血縁、『Skatthus』の不認の宝物庫の力だ。
その力をこの場でする理由は、たった一つしかない。
ライナは・・・この場で死ぬつもりだ。
『ライナ! ライナ!!』
そう何度もライナの名を叫ぶがライナは幸せそうな笑みを浮かべたままで、見えないはずの私に笑みを浮かべていると、急に何かに気が付いた様に右手に金色の剣を生み出し、それを杖にして立ち上がると、ライナの血が伸びる通路の方に顔を向けた。
その真剣な顔に、ライナの名を呼ぶ事を忘れ、その通路の方を恐る恐る見てみると、廊下の奥から、あの忘れようとしても忘れられない奴が姿を現した。
目玉が無数に埋め込まれた赤黒い枝の鎧と兜に身を包み、血に濡れた様な赤い鎚を引きずる、王族の駒が枝に付いた目玉をギョロつかせながらこちらに歩いて来ていた。
その姿を見て、直感的に理解した。
仲間は・・・家族は・・・あいつに・・・殺されたのだと。
頭では理解した。
けど、心は・・・理解を拒む。
『嘘だ・・・嘘だ・・・嘘だ! 嘘だ!! 嘘だ!!! カイルが!! レオンが!! リンネが!! ジェイル・・・が』
あの気さくで優しいジェイルは・・・目の前で殺された。
(やめて・・・)
多分、カイルも。
(やめて!)
リンネも、レオンも、これから・・・ライナも。
『逃げて! ライナ!!』
そう叫ぶがライナには聞こえず、ライナはフラフラとした足取りで駒に向かっていく。
「奴は・・・どこだ?」
「おじえると・・・お思いで?」
ライナはフラフラと敵に近付き、金色の剣を振り上げ、自分ごと倒れながら剣を振るうが、駒はその剣が振り下ろされる前に急にライナに抱き付いた。
すると、ライナの体は音を立てて折り畳まれる様に背中側にへし折れた。
『ライ・・・嫌・・・嫌ぁぁ!!!!』
ライナは血を吐きながら地面に落ち、ピクピクと体を痙攣させるライナを見て絶叫が体の奥から漏れ出すが、駒はそんなライナを見て、悪魔の様な笑みを兜の隙間に浮かべた。
「なんか・・・エロいな」
『・・・はっ?』
そんなこの場に似つかわしくない言葉に怒りが、屈辱が、声を荒げる。
『ふざけるな!! ふざけるな!!! ふざけるな!!!!』
そう壁を殴りながら言葉を荒げるが、敵は気持ちが悪い笑みをうかべたまま体を小刻みに揺らすライナに覆いかぶさり、兜を薔薇が咲く様にして開かせ、露わになった口でライナの唇をペロリと舐めた。
『ひっ!?」
その気持ちが悪い光景にそんな悲鳴が口から漏れると、駒の体に纏わり付いていた枝は蠢き、ライナの体に纏わりついて行く。
そうしてライナと駒の姿が枝の繭で見えなくなると、その繭は蠢いて縮まって行き、最終的には地面に四つん這いになっている駒の姿が繭の中から露わになった。
『っ!!? ライナ・・・えっ?』
消えたライナの死体に頭が纏まらず、ただただ困惑していると、敵はゆっくりと体を起こし、首をバキバキと鳴らし始めた。
「・・・さて、後は」
駒はこの後に何かある様な言葉を口から漏らすと、何処か重そうな足取りで元来た通路を進み始めた。
その後ろ姿を駒が見えなくなるまで眺め続け、駒が視界から消えると、ふと、涙がポロポロと瞳から溢れ始めた。
その理由は明確だ。
駒がここに来た。
目の前でライナが殺された。
みんな・・・死んだんだ。
家族が、私の・・・大事な家族が・・・居なくなったんだ。
『ライナぁ! リンネぇ! カイルぅ! ハニルぅ! ジェイルぅ! ダーシュぅ! ルーアンぅ! レオン!! 』
そんな取り残された小さな小部屋で、家族の名前を喉を破りながら叫び続け、その場で泣き崩れる事しか、今の私には出来なかった。