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第17話 決意


「んっ?」


カーテンから漏れた光が顔に当たっている事に気が付き、何度か目を瞬きさせてから体を起こし、上半身をぐっと上に伸ばす。


「んうぅ・・・あぁ」


体を完全に伸ばした後に細い息と共に力を抜き、体に生まれた心地が良い怠惰感を感じていると、頭がだんだんと覚醒していく。


「ふぅ・・・」


スリッパを履いてベットからお尻を上げ、もう一度体を伸ばしてから私の部屋のドアをゆっくりと内側に開けて下に降りようとすると、廊下の向こう側から白い寝巻きを着た、紫色の髪をボサボサにしたゲイルが眠たそうな風色だけの眼をしたまま部屋から出てくるのが見えた。


「おはようゲイル」


「おう・・・」


ゲイルは朝に弱いからか、それだけの返事を私に返すと、私を横切り、そのまま一階に降りて行ってしまう。


その後を追う様に、木で作られた階段をゆっくりと降りて行くと、一階のキッチンとリビングが一緒になった部屋に、黒い髪をポニーテールにした私と同じくらいの背のピンク色の服の上に灰色のエプロンを付けた女の子、リューゲが忙しそうにキッチンで何かを作っていた。


「おはようリューゲ」


「あっ、おはようございます、アナベル様、ゲイル様」


「休暇なのに様付けはやめてくれ」


「あっ、すみません」


明るいリューゲに冷たくゲイルは返事を返すと冷蔵庫にフラフラとして足取りで向かい、冷蔵庫から牛乳パックを取り出した。


「ゲイル、私のも入れといて」


「おーう」


「リューゲ、何か手伝うことある?」


「あっ、それならルーシィさんとゲルさんを起こしてきて下さい」


「うん、分かった」


リューゲのお願いに頷き、ルーシィとゲルが寝ている部屋の前に足を運び、コンコンとドアをノックするけど、中からは返事が返ってこない。


「ルーシィ? ゲル? 入るよ」


念のためいつでも血縁の力を使える様にし、そっとドアを押すと、そこには大きなダブルベットの上に明るいピンク色の髪に寝癖を付けたゲルと、そのゲルを抱き枕にしているルーシィが水色の髪を擦り寄せていた。


そんな気持ち良さそうに寝ている2人に笑みが溢れてしまい、笑みを浮かべたままルーシィの側により、ルーシィの少し肉が付いた体をゆっくりと揺らす。


「ルーシィ、起き」


「っう!?」


突如として私に向かって来た左の裏拳の手首を右手で掴んで止めてあげると、ルーシィは私の顔を見て安心した様にため息を吐き、少し乱れた髪の毛を離してあげた左手で強く掴んだ。


「・・・すみません」


「大丈夫、ルーシィが辛いのは分かるから」


ルーシィの話によると、アレスの血縁に襲われたのは寝込みの時だったらしい。


だからルーシィにそう優しく声を掛けてあげ、タンスの上に置かれていた眼鏡をそっと差し出してあげると、ルーシィは軽く頭を下げ、眼鏡を耳に掛けた。


少し冷静になったルーシィに笑みを向け、幸せそうに寝ているゲルの小さな体にも手を当て、優しく揺らす。


「ほらゲルも起きて」


「んうぅ・・・後、一時間」


「せめて五分にしな・・・もう少しでご飯出来るらしいよ」


「ほんと!?」


私の嘘にゲルは大急ぎで体をベットから起こすと、すぐさま嬉しそうにベットから飛び降り、ランランとした足取りで私の隣を通り過ぎて行った。


そんなゲルにしょうがないなと笑みが溢れると、目の端にいたルーシィもベットから立ち上がり、しっかりとした顔付きで私の方にやって来た。


「改めまして、先程はすみませんでした」


「全然良いよ、気にしてないから」


真剣な顔で頭を下げるルーシィに笑みを返し、ルーシィの頭が上がるのを待ってから一緒に食卓へ向かうと、テーブルの上にちょうど5人分の目玉焼きとコーンスープが並べられており、それとは別にとても香ばしい匂いが立ち込めていた。


「あっ、ルーシィさん、おはようございます!」


「おはようございます」


「もう少しでパンが焼けるので座ってて下さい・・・んー、そろそろかな?」


リューゲは明るく私達にそう言うと、オーブンの中から焼きたてのクロワッサンを取り出し、それを調理用の手袋をはめた手で、それをみんなの皿の前に2つずつ置き始めた。


「はい、それではどうぞ」


「サンキューな、頂きます」


「頂きます!!」


「頂きます」


みんなが次々と朝食を食べる中、リューゲに軽く頭を下げてゲイルとゲルの間に座ろうとすると、インターホンの音が部屋の中に響き渡り、みんなの目は一気に真剣な物になった。


「私、出てくるね」


私の言葉にみんなは無言で頷き、ため息を吐きながらこの家の玄関に足を進める。


ここは、私達ワルキューレ達のアジトだ。


そこに客が来るとなると、急ぎの任務だろう。


そんな事を思いながら玄関の扉をそっと開け、どんな任務が来ようと驚かない様に覚悟をしていると、玄関の先に立っていたのは、真っ黒な服を着た悠翔だった。


「えっ?」


「よぉアナベル、おはよう」


そんなやけに明るい笑みを向ける悠翔の顔を見て、一瞬頭の中がフリーズすると、その1秒後に体はとっさに動き、扉を閉めてしまった。


(なんで!?)


そんな突然の悠翔の訪問に焦っていると、ドアは勝手に開き、悠翔がその隙間から顔を出して来た。


「おいおいどうした?」


「えっ!? いや! えっと、なんでも無いよ!」


「そうか? なんか顔赤い気がするが・・・風邪か?」


「嘘!?」


顔が赤いと言われ、慌てて顔を両手で隠していると、後ろから少し笑う様な声が聞こえた。


その声に反応して後ろを振り向いてみると、そこには口を押さえ、吹き出し笑いをしているゲイルがリビングから顔を出していた。


「いやお前、ククッ、あからさますぎだろ」


その一言で自分の顔がさらに熱くなっていくのを感じ、今すぐ隠れたい様な衝動に駆られていると、ゲイルの後ろから細い手が伸びている事に気が付いた。


すると、その手はゲイルの頭を引っ叩いた。


「いでっ!?」


「ゲイルさん、からかい過ぎですよ」


私を揶揄うゲイル叩き、リビングから顔を出して来たのはリューゲだった。


「おっ、エイル」


「今はリューゲですよ悠翔さん」


「あっ、すまんすまん。久しぶりだな」


「えぇ、お久しぶりです」


悠翔のあいさつにリューゲは両手を前に重ね、しっかりとお辞儀をすると、悠翔は気まずそうに顔を歪めた。


「そんなあらたまなくて良いって」


「いいえ、貴方は私達の恩人ですから」


そのしっかりとしたリューゲの言葉に悠翔はまた大きく顔をしかめたけど、その顔を見ていると少し頭が冷静になってくれ、さっきから気になっていた気掛かりな事を悠翔に聞いてみる。


「ねぇ、どうしてここに来たの?」


「あっ、そういや忘れてた」


私の言葉に悠翔は何かを思い出した様に顔を上に上げると、不適な笑みを私達に向けて来た。


「俺、これからヨトゥンヘイムに行くんだ。だから武器の調達に来た」


「はっ!?」


「「えっ!?」」


ヨトゥンヘイム。


それはこの国に敵対している勢力達の根城の名前であり、この国の暗部が数年間に亘ってなを1人として暗殺を成功させた事の無い場所。


つまりそこに行くという事は、まさに死にに行く様なものだ。


「なんで・・・そんな場所に行くの?」


「上からの命令だ」


そう悠翔は笑いながら言うけど、それを聞いているこっちはお腹の中に氷を入れられた様な気分だ。


けれど上からの命令となれば悠翔は逆らったら死んでしまう。


だからこそため息を吐いて心を切り替え、真剣に悠翔の顔を見つめる。


「そう、なら私達は最高の武器を用意してあげる」


「サンキュー」


私の言葉に悠翔は何故か悲しそうに笑い、靴を脱いでから家の中に上がり始めた。


「邪魔するぞ〜」


リビングへ向かう悠翔の後ろを少し遅れながらついて行っていると、パタパタと言う足音が食卓から聞こえ、リビングからゲルが悠翔に向かって突っ込んで来た。


「うご!?」


「えへへへ!!」


「なんだゲルか、久しぶりだな」


そんな親子の様な悠翔とゲルを見て笑みが溢れたけど、ゲルは嬉しそうな笑みを浮かべたまま、悠翔の体をぐっと下に屈ませ、耳元に顔を寄せた。


「殺してくれて、ありがとう」


ゲルにしては小声の声が聞こえ、それがあのゼウス野郎の事だと分かると、少し胃のあたりが冷たくなるけど、そんな私とは対照的に悠翔は何処か闇を含んだ笑みを浮かべ、ゲルの頭を撫で始めた。


「どういたしましてだ」


そんな奇妙な二人を見て、少し胸の中に冷たさを感じたけど、それらは全てあいつらのせいだと思うと、握る拳に力が入る。


「アナベル? どうかしたか?」


「んっ!? なんでも無いよ」


悠翔の顔が急にこっちに向き、それに驚きながら慌てて言葉を返すと、悠翔は何処か気にかかる様に首を傾げながらゲルと共にリビングへ入っていった。


それに遅れる様に私もリビングの中に入ると、そこには食卓で目玉焼きとサラダを口の中に掻き込み、それを牛乳で一気に流し込むゲイルの姿が見えた。


「ふぅ、ごっそうさん。んじゃ悠翔、行くか」


「あぁ」


「あっ、私も行く。リューゲ、ごめんけどご飯は後で食べるね」


「はい、いってらっしゃいです」


私の勝手なお願いにリューゲは明るい笑顔を返してくれ、それに申し訳なさを感じながらゲイルと共に多分武器庫に行こうとしている悠翔達に付いて行く。


そんな2人について行っていると、案の定ゲイルは階段裏のドアを引いて開き、その先にある真っ暗な空間にゲイルは悠翔と共に飛び降りた。


「ゲイル、私も行くよ」


「おう、いつでも良いぞ」


暗闇の下の方に声を掛け、ゲイルから返事が返って来たのを確認してから暗闇の中に足を踏み込むと、体を包む様に浮遊感が生まれ、耳を叩く風の音を聞きながら落下して行くと、体に風が纏い、足が暗い地面にぶつかる直前にピタリと体が止まり、落下の勢いが完全に死ぬと体に纏った風は消え、地面に足が付いた。


「ありがとうゲイル」


「どういたしましてー」


血縁の力で受け止めてくれたゲイルにお礼を言い、暗闇に少し慣れた目で武器庫の電気を付けると、少し眩しい光と共に様々種類の剣が並べられたゲージが暗闇から姿を現した。


「何か欲しい武器はあるか?」


「んー、剣を2本とナイフを3本くれ」


「りょーかい」


悠翔のお願いにゲイルは嬉しそうに答えながらケースの鍵を外し、ケースの中から私の力で生み出した白銀の2本の剣を取り出してそれを悠翔に向かって軽く投げると、悠翔はそれを簡単に柄を掴み、両手で剣を構えた。


「・・・いいな、この武器」


「そりゃあアナベルが作った最高の武器だからな」


そんな何故か自慢げなゲイルの言葉に少し照れ臭くなっていると、悠翔は辺りをキョロキョロと見渡し、足を肩幅くらいに広げた。


「少し離れてな」


「おう」


悠翔はそう一言話すと、剣を交互に振り始めた。


その振り方は体の芯がぶれない、とても綺麗な剣筋だった。


その綺麗な剣筋に見惚れていると、だんだんと悠翔の顔は楽しそうに笑って行き、剣を振るスピードが速くなって行く。


そんな自分の力を使えるのが楽しそうな悠翔にこっちまで少し嬉しくなってしまっていると、不意に悠翔は剣を止め、汗が滲んだ顔に爽やかな笑みを浮かべた。


「ふー、楽しいもんだな」


「なんかお前、なんでも出来んな」


ゲイルの苦笑いをした表情を見て、確かにそうだなと思ってしまう。


ルーシィとチェスをやれば圧勝し、リューゲの料理の手伝いを完璧にこなすし、本当に悠翔はなんでも出来てしまう。


(凄いなぁ・・・)


沢山のスキルを持つために沢山努力したんだろうなぁ。


そう思いながら悠翔を見つめていると、悠翔は剣をそっとケースの上に置き、ケースの中にある鞘が付いた剣のホルダーを体に巻き付け、それをしっかりと体に固定すると、置いてあった剣を上に放り投げ、剣先から落下する剣を肩を揺らして器用に鞘の中に収めた。


「おぉ!」


「凄いね」


そんな普通の人なら出来ない事を得意げにする悠翔に軽く拍手を送ると、悠翔は嬉しそうに腰のベルトにナイフホルダーを取り付け、ケースの中に入れてある短剣の様なナイフ3本取り出し、今度は普通にナイフホルダーの中にナイフをしまった。


その姿は本当に(さま)になっていて、というかむしろかっこいい様な悠翔の姿に見入っていると、悠翔はゲイルの方に顔を向け、腰から何やら黒い塊を取り出した。


それは・・・銃だった。


「なぁゲイル、これにエンチャント出来るか?」


「おまっ!? それ銃か!? すげぇ、初めて見た」


「ちょっと知り合いに貰ってな」


ゲイルは興奮気味に悠翔から銃を受け取り、撫で回す様に銃を眺め始めた。


確かに銃は現代にとっては必要がない物だから、数百年前に製造が廃棄されたらしいから、そんな物を持っているとなれば、その知り合いは相当なお金持ちなんだろうと思っていると、ゲイルは両の風色の目を輝かせ、銃に風を纏わせた。


「ほら、エンチャントしてやったぞ」


「おっ、サンキュー」


ゲイルは名残惜しそうに銃を悠翔に手渡し、悠翔はそれをそっと受け取りホルダーの中に仕舞い込むと、この場に用が無くなった様に私が立っている隣の梯子に足を進め始めた。


「んじゃ、悪いけどそろそろ時間だからな。行ってくる」


「っ・・・待って!」


ヨトゥンヘイムに行こうとする悠翔を久しぶりに出た大声で呼び止めて悠翔の腰のナイフホルダーからナイフを1本引き抜き、血縁の力を解放させ、ナイフの柄をギュと握りしめる。


「エンチャント 楯を壊す者(ランドグリーズ)


私のワルキューレの力一端の力を使い、ナイフにランドグリーズの力を纏わせ、ナイフの刃先を持ってから悠翔の顔を真剣に見つめ直す。


「生きて・・・帰ってきてね」


「・・・あぁ」


ナイフの柄を悠翔に向けると、悠翔は真剣に頷きながらそのナイフを受け取り、それをホルダーの中に直した。


そうすると悠翔は私達に背を向けて梯子を登り始めたけど、悠翔はすぐに登る手足を止め、顔をこちらに向けずにとある言葉を呟いた。


()()()()()()()


「あー、そうか」


「そう・・・」


その重大な言葉に驚かない様に素っ気なく反応すると、悠翔は小さな笑みを浮かべながら梯子を登って行った。


そして上から扉を閉める音が聞こえてから慌ててゲイルの顔を向くと、そこには真剣な表情を浮かべたゲイルの顔があった。


「アナベル、ユグドラシルの場所は絞れてんだよな?」


「うん、暗部のアジトを特定したから、多分その付近にあると思う」


「そうか・・・なら、決行は今夜だな」


「・・・うん」


悠翔の言葉。


もうすぐあれが湧くという事はユグドラシルの苗が育つのがもうすぐだと言うこと。


つまり、今夜が山場だ。


でも、それには一つ問題がある。


「悠翔・・・帰ってくるかな」


「・・・さぁな、個人的には戻ってきて欲しいが、万が一戻ってこなかったら、あれを飲むのはお前だアナベル」


「・・・うん」


私達の計画。


それは、ユグドラシルの木の下に湧いている、ミーミルの泉の水を飲むことだ。


北欧神話ではオーディンがこの泉の水を飲み、叡智を手に入れたからこそ、オスカリ様達が行うユグドラシル計画に便乗して、その水を奪う事だ。


しかしそれを狙っているのは私達だけではなく、オスカリ様自身も何故かそれを狙っている。


だからこそ、スピード勝負で泉の水を奪い、それを悠翔に飲ませ、叡智の力を持った悠翔と共に獣の国へ向かう。


そこまでが私達の計画だ。


けれどゲイルが言う通り、万が一にも今夜悠翔が帰ってこない場合、その泉の水を飲むのは私になる。


けれど、悠翔には帰ってきて欲しい。


あの切実な願いを、悠翔には叶えて欲しい。


そんな事を思いながらため息を吐き、少しぼーっとする頭のまま梯子を登ろうとすると、頭を相当軽くチョップで叩かれた。


「俺が先に登る」


「あっ・・・そう」


何処か纏まらない頭でゲイルに言葉を返し、ぼーっとしながらゲイルが梯子を登り始めると、急にゲイルは登る手足を止め、私の方に悪戯っぽい笑みを向けて来た。


「なぁアナベル、お前、悠翔が帰ってきたら告白しろよ」

「・・・はぁ!?」


その一言で頭は霧が晴れた様にスッキリしたけど、それと同時に顔がとても熱くなっていく。


「ゲイル!!」


「はっはっは、そんじゃ!」


そんな風に揶揄ってくるゲイルの背中を手で思いっきり叩こうとするけど、ゲイルはそれよりも速く、虫が壁を登るようなスピードで梯子を登って行ってしまった。


「っう!」


取り残された武器庫で顔の火照りを感じながら、その熱が冷めるまでここに居ようとするけど、中々その熱は冷めてくれず、ため息を吐いて荒くなった心音を落ち着かせようとするも、やはり熱は冷めてくれない。


(やっぱり、好きなのかな・・・)


そんな自分の思いに確証は持てないけど、そう思ってしまう。


だからこそ、この思いを伝えたい。


けど、怖い。


関係が崩れるとか、仲間からどう思われるとか、色々と思ってしまうけど、やっぱり1番怖いのは、思いを伝えて、断られる事が怖い。


「・・・小心者だね」


そんな事を考える自分に悪態を吐き、ため息を吐きながら地べたに体を丸めながら座ると、ひんやりとした地面の冷たさがお尻に伝わってくる。


そのせいか、熱い脈がよく分かる。


そんな熱い脈を感じていると、自分の過去を思い出してしまう。


私は生まれながら、世界の奴隷だった。


ワルキューレ。


つまり、神達からの労働力の力を得て、何度馬鹿にされ、何度奴隷と呼ばれただろう。


奴隷だから臭いと言われ、奴隷に人権は無いと言われ、家族からも申し訳ないと口だけで良いながら、家事を全て任せて来た。


そう、私はずっと孤独だった。


周りに誰もいない訳では無かった。


けど、心はいつも孤独だった。


そんな孤独を感じながら、大人になって、ゲイル達と出会って、孤独で、神の奴隷と馬鹿にされ、孤独で、強姦されそうになって、孤独で、上からの命令に従って神光の街に行って、囮にされて、死にかけて、泣きながら死にたく無いって思っている時に、悠翔に出会った。


何故悠翔が、獣が居る場所に居たのかは答えてくれなかったけど、私を、私たちを助けてくれた。


そして、名前を呼ばれた。


アナベルと。


良い名前だと褒めてくれた。


嬉しかった。


私の事をワルキューレだと呼ばず、アナベル、アナベルと何度も呼んでくれた。


それが、嬉しかった。


あぁ、そうか。


その時から私は、好きだったんだ。


そんな温かい記憶を明確に思い出すと、涙が自然と瞳からこぼれ落ちた。


けれど、悲しい気持ちは無い。


むしろ、覚悟が決まった。


「帰って・・・来てね」


そんな覚悟を胸に、今この場に居ない好きな人に向けて言葉を吐いた。



ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


「ふー」


痛みが、苦痛が、おさまらない。


当たり前だ。


血縁の力を常に維持してるのだから。


(まぁ、維持してないと死ぬからな)


俺は元々死人だ。


だからこそ、俺の血縁の力で不死を発動し続けなければ今度こそ死人から戻れなくなる。


そんな事を思いながら暗いアジトで瞑想を続けていると、ふと、後ろから気配がした。


その気配を察知し、何事もない様な笑みを顔に貼り付けて後ろを振り向くと、そこには紫色の歪みが現れ、そこから剣を2本背中に掛けた悠翔とか言う男が緊張のかけらも無い様な笑みを浮かべたまま、その歪みから出て来た。


「・・・遅れたか?」


「いや、はえぇ方だ」


「そうか、なら聞きたい事がある」


「・・・なんだ?」


その質問と言う言葉を聞き、取り敢えず体を悠翔の方に向けてやると、悠翔は首を軽く傾げながら質問をして来た。


「どうしてレンニを連れて行かない?」


(あいつ呼び捨てにされてやがる)


「んーとな、お前血縁の力特有の気配って分かるか?」


「いや、知らないな」


「なら簡単に説明してやる。血縁の力には特有の気配があるんだ。それをヨトゥンヘイム、つまり霧の巨人らの血縁はそれを察知できる。だから侵入も暗殺も血縁の力を極力使わずに殺さなきゃならねぇって訳だ」


「あーなる、だから俺に武器を揃えてこいって言ったんだな」


そんな悠翔の納得した様な顔を見ながら立ち上がり、体を走る激痛に耐えながら杖入れから魔具を取り出す。


「なぁ、最後に説明しておくが、俺は自分の身しか守らねぇ。だからお前も自分の身だけを守れよ」


「んっ? んじゃお前を守ろうとしなくて良いわけか」


そんな予想外な言葉に笑みが口から漏れてしまい、抑えられない笑い顔に浮かべながら、悠翔の右肩に右手を置く。


「おもしれぇなお前」


「そうか?」


「あぁ」


そう言いながら取り敢えず悠翔の力量を確かめるために肩を揺らしてみるが、重心は簡単にブレ、何かをやっていた様な感じは全くしない。


そんな奴に何故自分が警戒してるのかは分からないが、自分が長年信じて来た血縁の力を信用し、悠翔の肩から手を離してから、腰に差した杖を横に振り、細い息を吐いて頭を切り替える。


「行くぞ。手順は説明した通り、暗殺対象は幻惑の巨人、ウートガルザだ」


「了解」


俺の言葉に悠翔は軽く頷き、歪みに向かって足を進めると、暗いアジトから景色は一変し、俺の同期が最期に残した座標、ウートガルズ城の裏口の天井裏に景色は切り変わった。


「静かにしろよ」


「あぁ」


後ろにいる悠翔に小声でそう言い、ハンドシグナルで付いて来いと指示してから、天井裏を静かに走る。


同期が残した情報と俺が調べまくった情報を照らし合わせた結果、この時間、ウートガルザは宴会部屋と称される場所で酒を飲んでいる。


その隙に部屋の天井に侵入し、悠翔を囮に、ユグドラシル計画に邪魔なウートガルザを殺す。


「っ!?」


そんな事を考えていると、明らかに辺りの埃っぽい空気は変わり、それは肌を叩く様な圧に変わった。


その圧を感じ、悠翔に待機しろと指で指示して気配を殺しながら天井裏を走り、悠翔から十分離れてから右耳を埃が溜まった地面にそっと近付けると、強化された耳に声が聞こえた。


「いやー、この酒美味いなぁ」


「いいなー、私もちょうだい」


「未成年が何言ってんだ。お前はジュースでも飲んでろ」


「えぇー、ちょっとだけ」


「ダメです」


「そうそう、リンカ様はジュースでも飲んでて下さい。はい、お菓子ですよ」


「私のもとってー」


「ほらよ」


「ありがとー」


「お前ら、飲み過ぎんなよ」


(男、5人。女、3人。子供、1人・・・)


そんな楽しそうな声で反響定位をして黙っている男女まで察知し、リンカと呼ばれた子供の場所周りに誰も居ない所も察知すると、このまま計画は続行出来ると判断する。


悠翔にハンドシグナルで準備しろと指示し、悠翔が()()()()()()()()()()()魔具を取り出すのを確認してから長弓と重さが15キロほどある矢を左手に生み出し、それを弦に引っ掛けてから地面に向かって矢先を向け、空いた左手の薬指と小指を立て、ゆっくりカウントさせる。


(2・・・1・・・0!)


薬指と小指が伏せた瞬間、悠翔は地面を強く蹴り、ドンっと音が響いた。


その反響で全員の視線が悠翔の方に向いたのを直感で察知した瞬間、左手の矢を離す。


次の瞬間、地面を矢は貫通し、リンカに向かって一直線向かった。


が、矢がリンカの頭を消し飛ばす事は無く、俺が放った矢はさっきまで黙っていた青髪の白い髭を生やした老人の片手で止めていた。


「なっ!?」


空いた穴からその男の顔がこちらを向いた瞬間、肌を恐怖が舐め、その場から逃げようとした瞬間、その矢を天井に投げられ、一瞬で天井が崩壊し始めた。


「っう!!」


その崩壊する瓦礫の中で転送用の魔具を取り出し、紫色の歪みを生み出しその場に逃げようとした瞬間、目の端で何かが動き、左の脇腹に蹴りが入り、骨が折れる音が頭の中に響き渡った。


(ぐっ!?)


その勢いのまま吹き飛ばされるが、痛みには慣れているためすぐさま杖を横に振り、その勢いのまま歪みの中に飛び込むと、明るい辺りは暗いアジトに飲み込まれ、地面に強くバウンドするが、体を転がしながら勢いを殺し、喉から込み上げる血を口から吐き出す。


「おぇえ!!・・・ぷっ!」


口の中に残る血を吐き出し、前を向く。


するとそこには、1人のガタイがいい青髪の黄色い目をした男が立っていた。


「よぉ(あん)ちゃん、あんた、王族のもんか?」


「はっ、さぁな」


そんな質問に誰が答えるかと投げやりに笑った瞬間、男の足が目の前に現れ、脳が揺れた。


「がっ!?」


「おいおい、死ぬ前に答えろよ」


脳が揺れる最悪の気分の中、その声の反響を聞いて分かったことがある。


こいつは、たった1人でここに来た。


それが分かると顔に笑みが浮かんでしまい、ふらりと倒れた地面から立ち上がると、男の笑い声が耳を叩いた。


「なんだお前? 俺とやろうってのか! その体で!?」


「そう、ガハッ!だな、この体じゃ無理だ・・・だが」


そんな言葉をボロボロの体で吐き捨てながら血縁の力を最大深度まで解放させると、折れた骨は激しい音と共に一気に治って行き、臓物の痛みも消え、楽しさが勝手に口角を上げる。


「これなら、どうだ?」


「お前・・・不死の血縁か。だがどうした? 霧の巨人の俺に勝てるとでも?」


「あー、それとお前・・・喋り過ぎだ」


ブージと呼ばれる短剣を右手に生み出し、一歩、全力で地面を蹴り、俺の接近に反応出来ず呆けた顔をする男の右目に短剣を突き刺す。


「ぐっ!?」


柄には何かを潰す感覚は感じたが、硬い骨にぶつかる感覚から致命傷では無いと即座に判断し、短剣を引き抜き、すぐ様喉に一発入れようとしたが、それよりも速く鳩尾に右腕が入り込み、胃が破裂した。


「がっ!?」


その勢いのまま地面を何回かバウンドしたが、右手を強引に地面につけて勢いを殺し、血を吐きながら立ち上がる。


すると、男の右目が潰れたおかしな顔がよく見えた。


「ははっ、似合ってんぞ」


「てめぇぇぇ!!!」


男は怒号を上げ、血縁の力を最大深度まで解放させたのか、両腕の筋肉は異様なほど肥大化し、それに続く様に体も足も黒い服を破りながら肥大化して行き、全裸の3メートルほどの巨人が姿を現した。


「殺すぅ! 殺すぅ!!!」


「カンカンだな」


殺意を向けてくる巨人にそう軽く返すと、巨人は地面を踏み砕きながら俺に接近し、俺に向かって拳を振り下ろしてきたが、その鈍い攻撃を後ろに大きく飛んで躱し、体を空中で捻り、足場となったアジトの壁を蹴って敵に接近する。


「っ!?」


敵は俺の接近に反応する様に巨大な右腕を横に振るが、その鈍い腕の側面に短剣を突き刺し、そこを足場にして巨人の懐に潜り込み、着地したと同時に右足に万力の力を込め、右手に『ジャマダハル』と呼ばれる短剣を生み出す。


そして右足を踏み込み、ガラ空きとなった巨人の心臓に『ジャマハダル』を撃ち込むと、骨の間を刃が通り、心臓を短剣が貫いた。


「ぐっ!?」


しかしそれだけでは巨人は死なないため、すぐ様突き刺さった『ジャマダハル』を手で押し、その勢いを利用して上へ飛び、体を空中で捻りながら蹴りを巨人の首に撃ち込むと、巨人の首は鈍い音を立ててへし折れたが、巨人はまだ動き、左手で体を掴まれ、そのまま体を握り潰された。


「ごばっ!?」


口から熱い血と体から骨が出る感覚を感じ、それを埋め尽くす様に痛みが身体中を走るが、気絶だけはしない様に意識を保ち、体の再生を急がせる。


「ぬうぅう!!!」


巨人の怒りは俺の体を砕くだけでは治らず、俺を天井に向かって勢いよく投げるが、投げられている途中に体は再生し、『フィランギ』と呼ばれる刀剣を両手に生み出し、それを天井に突き刺して勢いを殺す。


そして両手に生み出した『フィランギ』を巨人に向かって投げ、空いた両手に弓と巨大な矢を生み出す。


俺が投げたフィランギは巨人の左腕に突き刺さったが、巨人はへし折れた顔でへらりと笑い、そのまま落下してくる俺に突進してくるが、その足は突然ガクリと膝を地面に着いた。


(やっと効いたか!!)


最初に入れた一発の『ブージ』には『マンティコアの尾の毒』を塗り込んでいたため、その神経毒が巨人の体を蝕んだ。


そう直感的に理解し、右腕と左腕に万力の力を込めて弦を引き、巨人の脳天に向けて矢を射ると、巨人は両腕でそれを防ごうとしたが、その矢は巨人の両腕を貫き、その歪んだ頭を吹き飛ばした。


すると、ようやく巨人は体を前に倒した。


「・・・ふぅ」


体を倒した巨人の姿を見て安堵の息を吐き、受け身をわざと取らずに地面に落ちると、首がへし折れ、口からまた血が出るが、地面の冷たさを少しの間感じていると、へし折れた首は音を鳴らして再生し、体の不調が無くなるのを確認してから体を起こして血で汚れた口を右袖で拭いとる。


「さて・・・」


今日の作戦は失敗だ。


今日失敗した事で警備も厳しくなるだろうし、今日使った侵入経路も使えない。


だからこそ警備が厳重にされる前に、2度も襲撃が有ると悟られないうちに、もう一度同じ侵入経路を使う。


そう心に決め、幸い壊れなかった魔具を横に振り、もう一度暗殺を行うべく、ウートガルズ城に向かって足を速めた。



ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


「こんにちは、王族の駒」


玉座に座る子供からそう言われ、苦笑いを返す事しか出来ない。


あの魔具が何処にも繋がっていない事は()()()()()が、ここに取り残されるのは想定外だ。


いや、逆に好都合か?


「こんにちは。あんたがウートガルザさんか?」


「その名前はやめて欲しいね。私にはリンカって言う名前があるんだから」


「そいつは悪いね」


この状況の悪さに冷や汗が全身に滲み、目の前にいる奴らに苦笑いを向けていると、1人の赤髪の青い眼をした若くガタイの良い男が前に出て来た。


「さて、あんたには死んでもらおうか。全員手出しはするなよ」


「なんだ、優しいんだな」


その男のタイマン宣言に軽口を返し、背中の二本の剣を抜いた瞬間、男の体は服を破りながら膨張して行き、パッとみ、4メートルほどの巨人が姿を現した。


「おぉ、でけえな」


しかし、この程度ならあの力だけで殺せるため、余裕をこきながら両の剣を構えたが、その男の体は何故か収縮して行き、元の人型に蛮族が来ている様な皮のパンツを履いた若い男の形に戻った。


けれど、オーラと言うか、気配がさっきの巨人よりもでかい。


「んじゃ、行くぜ」


わざわざ来ると教えてくれた巨人に笑みを向けながら両の剣に力を込めた瞬間、男はあり得ないスピードでこちらに突っ込んで来た。


「っう!?」


そのスピードに一瞬遅れて反応し、腰が入った右のパンチを右の剣で受けようとしたが、その剣は男の拳が当たった瞬間に砕け散り、その拳は俺の鳩尾をえぐった。


「おっ!?」


腹に突き刺さった痛みに悶えるより速く後ろに吹き飛ばされ、なんとか頭の受け身は取ったが、体は岩の壁にめり込み、体の中にある枝が無ければ体は引きちぎれていた。


「がはっ!! おっぼぼっ!!」


口から溢れる血反吐に溺れ、急ぐ様にして体から血を吐き出していると、視界の端に砕けた剣が見えた。


(・・・アナベルに、怒られちまうな)


そんな事を遠い意識の中で思っていると、目の前に拳が突如として現れた。


(やっべ・・・し)


潰れた。


・・・


・・・・・・


・・・・・・・・・ははっ。



ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


「おっしゃ、終わりましたよ」


頭を確実に潰した名も知らない男の顔から腕を引き抜いて後ろを振り向くと、そこには瓦礫だらけの宴会室があり、正直テンションがめちゃくちゃ下がってしまう。


「うへぇ、派手に壊しましたね、レオン様」


「敵が来たんだ、仕方がないだろう」


白い髭を触るレオン様にため息を吐き、右手に付いた血を腕を振って落として気晴らしに酒でも飲もうかと酒樽が置かれた近くに足を運び、酒樽の中を柄杓でかき混ぜていると、ふと、思うことがあった。


「そういやハニルは何処いった?」


「ハニルなら賊を追いかけに行ったよー、もう殺してる頃じゃないー?」


「ちょっ、ルーアンベタベタすんなって」


「良いじゃんー、私達付き合ってるんだしー」


ピンク色の髪を弄り、ダーシュにベタベタ触るルーアンの言葉に少し嫌な予感はするが、あいつならそこらの血縁じゃ太刀打ちできないだろうとため息を吐き、柄杓で酒を救ってそれを飲もうとした瞬間、後ろから石が落ちる音が聞こえた。


「あっ?」


酒を飲むのを一旦やめ、後ろを振り向いてみると、そこにはあの賊が血だらけの頭を下に下げたまま突っ立っていた。


(・・・? 頭は潰したはずだが?)


普通の血縁ならば即死なはずだし、あいつの血縁が不死の血縁だとしても、頭を潰せば意識は消え、血縁を維持する事も出来ないはずなのに、あいつは立った。


それに疑問を思いながらも、柄杓を樽の中に投げ入れ、指の骨をバキバキと鳴らす。


「なんであいつ生きてんのー?」


「さぁな・・・まぁ、もう一度殺せば良いだけだ」


ルーアンにそう返し、二回体を跳ねさせてから地面を全力で踏み切り、近くなった男の顔面をもう一度砕こうと腰を捻り、右の拳に力を乗せた瞬間、その拳は男の右手によって内側に逸らされた。


(・・・はっ?)


体の体制が崩れ、両頬を片手で掴まれた。


刹那、鈍い音共に景色が上から下へと回り、自分の視界には何故か天井にぶら下がるルーアン達が映っていた。


(なに・・・が!?)


その状況に頭が追い付かず、頭を必死こいて回していると、背中と顔に圧を感じ、顔を掴んでいる片手で上に放り投げられた。


その圧で自分の首がへし折れているのだと悟り、首の骨を無理やり戻そうとした瞬間、重い物を振り回す音がした。


(っ!?)


それが攻撃だと悟り、右手で首の骨を無理やり戻し、前を向いた瞬間、そこには血を被った様な赤い鎚見え・・・?


・・・・・・??


・・・・・・・・・???


意識が霧散した。



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