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第16話 闇の中に居る者


「ふぅ・・・」


椅子に座っている男の首を後ろから静かにへし折った悠翔はため息を吐き、部屋の片隅にある闇の中に隠れているはずの俺の方に顔を向けて来た。


「終わったぞ」


「・・・あぁ」


その一言で影の中から姿を現し、首が折れた男の死体を闇の中に取り込んでから悠翔の顔を見ると、悠翔は人を殺したばかりなのに、何かを疑問に感じる様な顔をしていた。


「そういやよ、こんだけバンバン殺してんのになんで表は騒がないんだ?」


「・・・情報を操作してるからだ。一家全員行方不明になったとか、旅行に行ったと周りの人間に暗示をさせたりな」


「あーなる」


人を4人も殺したばかりなのに顔色を変えない悠翔に嫌悪を込めた視線を送るが、悠翔はそれを無視する様にため息を吐いた。


「で、まだ仕事はあるのか?」


「・・・いや、もうない。が、これから暗部の会議がある。お前はそれに出てもらうぞ」


「りょーかい」


一言も悠翔に話していない事を話したにも関わらず、悠翔は俺に軽く言葉を返すと、俺の方にゆっくりと近づいて来た。


(っ、こいつはなんなんだ)


そんな悠翔を気味悪がりながらも、ポケットの中に入れている座標転移の杖状の魔具を取り出し、それを軽く横に振る。


すると、空中に得体の知れない紫色の歪みが現れた。


「行け」


「はいはい」


悠翔は俺の指示に大人しく従い、その紫色の歪みの中に入っていった。


それをしっかりと確認し、少し遅れてその歪みの中に俺も入ると、目の前には蝋燭の灯だけが見える薄暗い部屋が見え、その奥には俺たちを待っていた様に2人の幹部たちが巨大なテーブルを挟む様にして椅子に座っていた。


「遅い」


「すみません」


そう俺に行って来たのは、黒いローブのフードを外したルージュナと言う短い黒髪の女だ。


こいつは俺より年下だが、実績と血縁の強さは俺よりも上なため、わざわざ敬語を使わなくてはならない。


「もーう、るーちゃんはいつも怒ってるわねぇ」


そんな耳障りな声を上げたのは、俺の左斜め前に座っているシーナと言う目立たない茶髪をしたオカマやろうだった。


しかもそいつの筋肉モリモリの体の癖に妙に腰をくねられせる姿は、正直言ってこの場に居て欲しくない。


いや、帰ってくれ。


「うるさい、耳障り」


「やーん酷い、オネェさん泣いちゃいそう」


そんなシーナとルージュナの会話にため息を吐きながら、用意されていた椅子に座り前を向くと、2人の黒い眼が俺の後ろに集まっている事に気付いた。


「誰?」


「なーにその子、新人ちゃん?」


「あぁ新人だ・・・自己紹介は自分でしろ」


「ういうい・・・悠翔だ、珍しく無い名前だから忘れやすいだろうがよろしく」


確かに悠翔と言う名前は、最近人気の名前だから街を探せば50人くらいは居るだろう。


そんな事を思いながらも、取り敢えず今日の情報交換をしようと闇を手元に集め、その中から資料を取り出そうとしていると、眼の端で青い炎がチラつき、俺の闇が炎の明かりによって掻き消された。


「っ!?」


その炎が見える方を見てみると、そこには血縁の力を解放し、小さな体に青い炎を纏っているルージュナが机の上に立っており、その赤と青の異なる目は俺の後ろを向いていた。


「ザコ? 強い?」


「・・・えっおれ!?」


そんな悠翔の驚く様な声にルージュナは小さく頷くと、悠翔は大きなため息を吐き、両手を上げて首を横に振り始めた。


「いやいや、俺の血縁Μαραμένο[マラメノ]だから弱いって」


「レンニ、ランクは?」


「はぁ、Aだ。強くもなけりゃ弱くも無い血縁ってとこか」


俺にランクを聞いてくるルージュナにため息を吐きながらそう答えると、ルージュナはつまらなさそうにため息を吐き、体に纏った炎を消して席に座り直した。


「そう・・・つまらない」


「悪かったな」


「もーう、るーちゃんったら。ごめんなさいね、この子戦う事が大好きみたいで」


「いや、別に大丈夫だ」


そんな耳に残る様な気持ち悪い声を出すシーナに悠翔は何も気にしていない様に答えると、シーナは男の顔に化粧をした気持ちが悪い顔でニタリと笑い、その黒い眼を俺の方に向けて来た。


「ねぇれーちゃん。その子の教育係、私に任せてもらえない?」


「あー・・・別に良いぞ。」


「ちょっ!?」


「やったわー、おねえさん頑張っちゃお」


「えぇ、マジか」


そんな嫌そうに声を漏らす悠翔の声を聞き、いい気味だと思いながら笑みを浮かべ、今度こそ闇の中から資料を取り出してそれをシーナとルージュナに回そうと席を立とうとした瞬間、俺の両肩を誰かに抑えられた。


「っ!?」


「座ってて良いぞ。俺が配ってやる」


そんな言葉と共に気配無く後ろに現れたのは、ボサボサの赤髪をした俺らのリーダー、ショトルだった。


「っ、すみません」


「気にすんな気にすんな」


ショトルは俺に明るい笑みを浮かべながらそう答えると、闇から取り出した書類をシーナとルージュナの方に器用に投げ、それはちょうど2人の前の机にピタリと止まった。


「ほんじゃ、会議を始めるぞー」


ショトルはルージュナの後ろを通り、俺の対角線上にある椅子に荒っぽく座ると、紙を机の上に置き、緩い顔を真剣にさせて黒に赤が混ざった様な濁った色の眼を俺の後ろに向けた。


「まず第一に・・・お前、誰?」


「・・・俺?」


「そうそう、突っ立てるお前」


ショトルは俺の後ろに立っている悠翔に右の人差し指を刺し、軽く笑いながらそう言うと、悠翔はため息を吐きながら先ほど言った自己紹介をもう一度し始めた。


「悠翔だ。覚えやすい名前だろ?」


「まぁそうだな。お前は新人って事で良いのか?」


「おう」


「そうかそうか、分からないことがあったらなんでも聞いて良いからな」


そんな馴れ馴れしいショトルに不審を抱いていたが、ショトルは顔を悠翔から手元に置いてある紙に向け、また真剣そうな表情に顔を変えた。


「んじゃ二つ目。このリストに載ってある奴らは全員殺したって事で間違い無いな?」


「うん」


「えぇそうよ」


「あぁ」


「そうかそうか。で、悠翔は何人か殺したか?」


「あぁ、ターゲットは4人殺した」


「・・・へぇ、優秀だな」


ショトルは悠翔の言葉にニタリと笑みを返し、手元に置いてあった紙を蝋燭立てに近付け、蝋燭の炎で紙を燃やし始め、それに合わせる様にシーナは紙を丸めてそれを食べ、ルージュナは無言で紙を青い炎で燃やし尽くした。


「んじゃ、今日の会議は終わりだ。解散!」


「・・・質問がある」


ショトルの声に合わせ席を立とうとした瞬間、それを止める様に後ろから悠翔の声が聞こえてきた。


そのせいで、顔に虫唾が走った。


「なんだ?」


「このリストに載ってる奴らは、何かしたのか?」


「あー、お前知らないのか。このリストに載ってる奴らは全員犯罪者なんだよ。違法薬物、強姦、他人を操り、利益だけを啜った卑怯者とかな」


「そいつらをなんで殺す必要がある?」


ポンポンと疑問を返していく悠翔に、ショトルは面白いものを見る様な顔をし、笑みを浮かべながら悠翔の質問に言葉を返していく。


「まずお前、この街の法は知ってるか?」


「あぁ、確か懲役10年以上は全員死刑っていつ重いやつだろ?」


「その通りだ。だが、死刑にするためには色々と手間が掛かる。だから俺らが法に変わって殺すんだ」


「・・・なるほどな」


ショトルの言葉に悠翔は納得した様に頷くと、右の方から立ち上がる音が聞こえた。


その方を見てみると、そこには無表情のまま席から立ったルージュナがおり、ルージュナは手のひらで隠しきれないほどの大欠伸をし始めた。


「ふわぁ・・・私、寝る。用事があるなら呼んで」


「ああ分かった。お疲れさん」


相変わらず空気が読めないルージュナはそう言い残すと、ポケットから座標転移の魔具を取り出し、現れた紫色の歪みの中にさっさと入っていってしまった。


すると今度は左側から椅子を引く音が聞こえ、シーナの男の癖に女が腰を伸ばす様にして腰をくねらせるのが見えてしまった。


「それじゃあ私もそろそろ休もうかしらね。しょーちゃん、よーちゃん、後はよろしくね〜」


「おーう分かった。お疲れさん」


その見てはいけないものを見てしまった様な光景に、正直吐き気を感じていると、シーナもポケットから魔具を取り出し、現れた紫色の歪みに入っていってしまった。


取り敢えずシーナがこの場から消えてくれた事に正直安堵していると、後ろから服が擦れる音が聞こえ、その音に合わせて後ろを振り向いてみると、そこには右手を上げ、ショトルの方に視線を向けている悠翔が居た。


「なぁ、俺はどこで休めばいい? そろそろ寝てぇんだけど」


「あれ? レンニから教えて貰って無いのか?」


「あぁ。ていうか、こいつレンニっていうんだな」


そう言えばこいつに俺の名前教えてなかったと思ったが、今は年下のこいつから呼び捨てにされたのが気に食わず、左のポケットから魔具を取り出し、それを悠翔の顔に全力で投げつけるが、それを悠翔は何食わぬ顔で左手で受け止め、受け止めた杖を器用に回しながらため息を吐いた。


「んで、これ何?」


「それが暗部の休憩所に続く魔具だ。自由時間内なら好きに使っても構わない」


「ふーん、んじゃ失礼するわ。眠い」


「おう、お疲れさん」


悠翔はショトルに向かってそう言い残すと、指で回していた杖を止めてそれを横に振ると、悠翔の左側に紫色の歪みが現れ、そこに悠翔はなんの躊躇いもなく入っていった。


その光景を見終え、やっと厄介な奴が消えてくれたと安堵していると、いつの間にかショトルが俺の後ろに回っていることに気が付いた。


「なんだ?」


「んだ、驚かねぇんだな」


「・・・演技はもうしなくても良いからな。で、用件は?」


さっきは悠翔が居たため驚いた演技をしていたが、今はその必要が無い。


だから素の言葉使いでショトルに聞いてみると、ショトルは申し訳なさそうに笑みを浮かべ、軽く両手を叩いた。


すると、何処からか机の上に死体が降り注いで来た。


その量は、明らかにリストの人間の量を超えている。


「こいつらをユグドラシルの根に運んで欲しい。余計なやつ殺し過ぎちまった」


「なんだ、そんな事か」


そんな簡単な事で良いのかと思い、すぐさま血縁の力を解放させ、死体の山を闇の中に取り込もうとしていると、ふと、ある事に気が付いた。


死体の中に、生者が居ることに。


「ショトル、まだ生きてるぞ」


「マジ? あー、生き返っちまったか」


その俺たちの言葉が聞こえたのか、死体の山が唐突に隆起し、その中から筋肉を膨張させた青髪の赤い眼をした男が現れた。


その男は俺達から逃げる様にして走り出し、そいつをすぐさま闇に取り込んで殺そうとしたが、それよりも速く右耳の隣を何かが通り過ぎ、逃げている男の胸には文字通り風穴が生まれ、残った手足と体の一部はそのまま地面に崩れ落ちた。


「ショトル、ここで血縁の力を使うのはどうかと思うぞ」


「別に良いじゃねぇか。柱を壊した訳でもあるめぇし」


「・・・はぁ」


そんな屁理屈を並べてくるショトルにため息を吐き、この部屋にある影を闇に変え、男の死体を闇の中に取り込み、ついでにテーブルの上にある死体達も闇の中に取り込んでから、血縁の力を閉じる。


「なぁショトル」


「なんだ?」


後ろにいるショトルにユグドラシルが芽吹くまでは後どれくらいか聞こうと振り向いてると、そこには血縁の力で生み出した長弓を持ったショトルが居たが、その左手はハンドシグナルをしており、その命令は俺に、黙って、合わせろ、話を、だった。


「・・・どうしたんだ? まさか話を忘れたわけじゃねぇだろ?」


「・・・いや、本当に忘れてしまったよ。歳か?」


俺の合わせた言葉にショトルは笑い声を上げるが、その顔は何処か真剣でハンドシグナルでまた指示を送ってきた。


今度は、盗聴、地面、3番目、帰った、奴。


そのハンドシグナルで悠翔が何かしたのだと直感的に理解し、椅子から腰を上げ、ショトルに向かってハンドシグナルを返す。


俺が送ったハンドシグナルの意味は、場所を変える、気付かれるな、だ。


そうするとショトルは頷き、ポケットの中から第2のアジトへ続く緑色の魔具を取り出した。


「そんじゃ、本当の会議を始めようか。いつもの場所でな」


「あぁ」


アドリブにしては上出来な事を言うショトルに感心しながら、シャトルと共に紫色の歪みの中に足を運ぶと、そこには第1のアジトよりも少し狭く、暗い部屋が広がっていた。


そしてしっかりと空間が閉じられるのを確認してからショトルの方に顔を向ける。


「で、悠翔が何かしてたのか?」


「あぁ、あいつの事はひとまず先にオスカリ様に注意しろと聞いて居たからな、俺の力の妖魔達に監視させて居たんだ。そしたら人の耳みたいな物が付いた赤黒い蔓を地面に埋めてやがった」


そんな事を俺の後ろでやって居たのかと思う気持ちと、それに俺が一切気付かなかった事に驚いてしまう。


俺は身体能力を強化する血縁では無いため、動体視力も反射神経も常人のままだ。


けれど、それなりに場数はある。


だからこそ、1番近くにいた俺が気付かなかった事が問題なのだ。


「その蔓は多分、マラメノによる蔓だな。耳が付いて居るって事は盗聴に近い物だろう」


「やっぱりか・・・」


「やっぱり?」


「あぁ、実はシーナからハンドシグナルがあってな。盗聴、隠せ。だったからユグドラシルの場所の事は口に出して無かったろ?」


「なるほどな・・・」


あいつはオカマ野郎で正直言って気持ち悪いが、こう言う勘と警戒心が強い血縁なため、こう言う時に役だってくれる。


が、問題は2つある。


「結局、あいつは何を探りたいんだ?」


その問題を口にするよりも速くシャトルが口に出してくれたが、それは俺にも分からないため首を捻る事しか出来ない。


「分からない。が、確か殺したい奴が居るとかなんとか言ってたな。だから暗部に入れてくれと言ってたし」


「殺したい・・・奴か」


「まぁ、束縛のルーンをオスカリ様が貼り付けてくれたから、そこまで気に掛ける心配は無いだろう」


悠翔はオスカリ様からルーン文字を彫られたため、俺たちに敵意を向ける様な事は出来ないだろうからとショトルに言うが、ショトルは納得が行かない様に目を細め、顎に手を置いた。


「・・・いや、あいつは何か爆弾を抱えてる様な感じがするんだ。だからあいつは、俺の担当に地区に連れて行く」


「・・・それは命令か?」


「あぁ、命令だ。異論は認めん」


真剣なショトルの表情に、まぁ、ショトルなら大丈夫だろうと思いそれに頷き返すと、ショトルは真剣そうな顔を笑顔に変えた。


けれど、その顔にはじんわりと脂汗が滲んでいるのが見えてしまった。


「んじゃ、俺は瞑想に戻る。なんかあったら伝えてくれ」


「・・・あぁ」


血縁のせいで激痛に苦しみながらも、思想に尽くすショトルに正直尊敬してしまうが、それと同時に心配もある。


けれど本人自身が望むのであれば、それを俺が止める事ではない。


そんな事を思っていると、ショトルはポケットの中から魔具を取り出し、この場から逃げる様に転移してしまった。


「はぁ・・・」


1人取り残された空間でため息を吐き、自分が、いや、自分にしか出来ない事をやろうと血縁の力を解放させ、闇に体を同化させて行く。


体が完全に闇と同化させ、地面から暗い天井を眺めるという変な視点を感じながら、地面の岩の隙間に体を滑り込ませる。


しばらく暗く冷たい俺だけしか通れない通路を無心で進んで行くと、周りの地面とは違う冷たさを持つ岩に突き当たった。


その岩に手を当て、闇となった右手に左手の爪で傷を付け、血が一滴になるかならないかくらいの量の血をその岩に擦り付けると、その岩は青い光を放ち、ゆっくりと横にスライドした。


「うっ」


そのせいか生暖かい腐臭が顔を叩き、新鮮な空気を求めようと息がむせ返るが、それに耐えながら闇を穴の奥に進め、同化を解除させる。


「相変わらず、クセェな・・・」


空間に漂う腐臭に慣れるため、何度か腐臭で深呼吸をし、鼻に臭いが来てもむせ返らない様になってから血縁の力を解放させて闇に目を瞬時に慣れさせると、辺りには植物の巨大な根がびっしりと地面を覆い尽くしており、その根の隙間には、黄茶色の様な色をした骸達が根に絡まる様に挟まっていた。


「・・・はぁ」


その光景を見てため息を吐き、少し高い足場から闇に取り込んだ死体達を根の元に落とすと、肉が地面に落ちる音が聞こえた。


その瞬間、巨大な根から細い触手の様な根が飛び出し、餌を待っていた魚の様に骸達の骨を根で砕き潰し始めた。


「はぁ・・・」


その光景にため息を吐き、巨大な根の中心にある小さな苗木に目を向けてみたが、未だに苗木には反応が無い。


あれこそが俺たちの計画の中心である、ユグドラシルの苗木だ。


あの苗木が育ち、この地下の天井を突き破る時が来るのなら、俺達の願い、選ばれた者だけがその世界に住まえるユグドラシル計画は完成する。


そうすれば俺達は・・・なんの後悔もなく死人に戻れる。


「それまでは、持ってくれよ・・・」


そう呟きながら鼓動がない胸に手を当て、自分の残りの時間はどのくらいあるのか気掛かりに思うが、その悩みをため息と共に吐き捨て、闇に体を同化させる。


そしてこの腐臭に満ちた空間から逃げる様に、来た道を大急ぎで引き返して行った。



ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


(・・・気持ちいい)


お湯で濡れた髪の毛が窓から入ってくる夜風で乾いて行く気持ちいい感覚を感じていると、優しい吐息が口から勝手に漏れてしまう。


「はぁ・・・」


あれから私がお部屋の掃除を3つほど終わらせると、辺りから日は暮れていて、子供だからと贔屓(ひいき)してもらい、誰よりも先に温かい湯船に入れて貰えた。


疲れた体に染みる心地が良いお湯を思う存分に堪能してから湯船を上ると、今度はこの綺麗で広い部屋に案内され、自由に使って良いとアルマスさんに言われた。


だからこうして、少し冷たい夜風と普段見れない高い場所からの景色を椅子に座って堪能していると、私の後ろの方にある扉を外から2回叩かれた。


「はい?」


「あっ、奏ちゃん?」


「・・・ルーナさん?」


扉の向こうから聞こえたルーナさんの声に首を傾げ、取り敢えず扉側に駆け寄って鍵を開けて扉を開けると、そこには白いヒラヒラとした服を身に纏い、艶のある白い髪を少し濡らしたルーナさんが立っていた。


「なんか・・・久しぶりだね」


「そうです・・・かね?」


確かにルーナさんと会うのは昼ぶりだけど、そんなに時間が経っていない事に首を傾げていると、ルーナさんは顔色を疲れた様な表情に変えた。


「いやね、書類整理とかが得意って言っちゃったから、昼から夜までずっと椅子に座ってて。だから久しぶりに感じるのかも」


確かに夢中で山菜を探している時と、家に居て薬を作ってる時の時間の流れは少し違うから、ルーナさんはよほど忙しかったんだと思い、ルーナさんの右手をギュッと握りしめる。


「えっと、お疲れ様でした」


「んっ、ありがとう」


ルーナさんは疲れた顔を少し明るい笑みに変え、それに釣られて私も笑顔を浮かべていると、ルーナさんは足を部屋の中に進めて来た。


「ルーナさん? お部屋間違えてません?」


「あれ、アルマスさんに聞いてない?ここ、私達の部屋なんだって」


「あっ、そうなんですね」


1人にしてはお部屋が広いなと思っていたけど、そのルーナさんの言葉で納得し、ルーナさんの右手を引きながらお部屋の中に招き入れると、ルーナさんはすぐ様扉の鍵を閉め、辺りを怖い顔で見渡し始めた。


「ル、ルーナさん?」


「あっ、ごめんね。始めての部屋だから少し緊張しちゃって」


「そ、そうなんですね」


怖い顔を笑顔にさせるルーナさんに、少しびっくりしながら笑みを返すと、ルーナさんは寒いのか部屋の窓を閉め、私がさっきまで座っていた椅子にそっと座った。


「ねぇ奏ちゃん・・・雨の時の事、覚えてる?」


その唐突な話に、さっきまでゆったりとしていた体は跳ね上がる心音と共に強張り、こちらに顔を向けないルーナさんにゆっくりと頷くと、ルーナさんはこちらに顔を向けないまま小さく頷いた。


「そっか・・・それじゃあ教えてくれない? 奏ちゃんが嫌なら良いけど」


「・・・いえ、大丈夫です。逆にルーナさんの気分を悪くさせるかもしれませんけど・・・」


「大丈夫、悪い話には慣れてるから」


その声色に多分嘘は無いと思い、ゆっくり息を吐いて胸につっかえる重りを吐き出し、痛いほど脈打つ心臓を少し落ち着かせてから、ルーナさんの側にゆっくりと足を進め、少し間を置いてからルーナさんに話して行く。


私の・・・秘密を。


「・・・私、ですね。長く生きられないんです」


「・・・えっ?」


「多分、後4年くらいで死んじゃうんです」


私の秘密を話すと、ルーナさんは表情を固めた顔をこちらに向けたけど、その表情はすぐに柔らかい笑みに変わり、ルーナさんは私に手を伸ばして来た。


その伸びた手は私の首に周ると、ゆっくりと、力強くルーナさんの柔らかい胸に抱き寄せられた。


「そう・・・怖くないの?」


「えっと、最初は・・・たくさん泣きました。死にたくない、おばあさんになるまで生きていたいって。でも、嘆いていても時間だけは進んじゃうので、私は故郷を出たんです・・・あっ、悠翔さんには内緒ですよ。悠翔さんには誰かの役に立つために故郷を出たって言ってますから・・・」


「そう、分かった」


ルーナさんは私の言葉に2つ返事で返してくれると、私を抱きしめる力をさらに強くしてくれた。


その少し苦しい圧を感じていると、ふと、思い出した。


もう帰ることのない故郷にいる、お母さんの事を。


そんな事を思い出すと、大粒の涙が瞳から溢れ始め、それに続く様に嗚咽が漏れ始めた。


「あっ、ごめんひっ!なさい」


このままではルーナさんの服を濡らしてしまうと思い、慌ててルーナさんから離れようとするけど、ルーナさんは何故か私を離してくれず、ギュッと私を抱きしめてくれているだけだった。


「良いよ泣いて。そしてごめんね、辛い事を思い出させちゃって」


「いっ・・・え、大丈っ・・・ぶ、です」


治らない嗚咽を大急ぎで治めようとするけど、ルーナさんが背中をトントンと叩いてくれるせいで、嗚咽が治らない。


泣いてもしょうがない事は嫌と言うほど知ってる。


なのに、泣くと悲しくなって、泣くと何処か心が軽くなるのは何故なんだろう。


そんな疑問を感じながら、ルーナさんの少し速い心音と温かい体温をしばらく感じていると、瞳からだんだんと涙は引いていき、速かった心音もルーナさんが背中を叩いてくれる様にゆっくりになって行く。


「落ち着いた?」


「・・・はい」


涙で濡れた顔をアルマスさんに貰った白い寝巻きの様なものの袖で拭き取り、慌ててルーナさんから顔を離すと、ルーナさんも何処か悲しそうにしながらも笑みを浮かべ、私の頭を撫でてくれた。


その頭を撫でられる心地が良い感覚に頰が自然とほころび、わしゃわしゃと頭を撫でられる感覚をずっと感じていると、ふと、疑問に思う事があった。


「そういえばルーナさん、民家?でお話ししてたお金が欲しい人がどうたらってなんなんですか?」


「あー・・・それね。少しびっくりするお話だと思うけど、大丈夫?」


「・・・はい!」


ルーナさんの言葉に悩みながらも元気よく返事を返すと、ルーナさんは私の頭から手を退かし、声の大きさを下げてから説明してくれた。


「ブラックリストの話は知ってるよね」


「はい、確かこの世に滅ぼす爆弾みたいな存在って」


「そう、だからかな。そのブラックリストの血縁を国に引き渡すと、毎月金貨80枚の譲渡とか、水道と魔代、土地の一生保証とかが貰えるの」


「えっ、えっと?」


そういっぺんに言われてしまい、何がなんだか分からずに首を傾げていると、ルーナさんは少し顔を暗くさせ、右手を顎に持っていった。


「分かりやすく言うとね、普通に生きてる人なら誰でも欲しがる物を、奏ちゃんを売り渡すだけで全部手に入っちゃうの」


その話を聞き終え、少し遅れて話の内容を理解すると、ゾッと首元が疼き、顔の熱がだんだんと冷めて行くのを感じ始めた。


「だから奏ちゃん、自分からブラックリストだって言ったらダメだよ」


「は、はい」


あの時、森の中でルーナさんがどうしてあれだけ怒ってくれたのか分かってしまった。


ルーナさんは私を大事に思ってくれている。


それが分かると、暗い話をしていたはずなのに笑みが浮かんでしまう。


そうしているとルーナさんは少し首を捻ったけど、その顔に仕方がなさそうに笑みを浮かべて、私の頭をもう一度撫でてくれた。


「もう、なんで笑ってるの?」


「いえ、ルーナさんが良い人だなって思っただけです」


「そう、それは良かっ・・・・・・」


ルーナさんは笑顔を急に何かを気付いた様に笑顔を目を大きくした怖い顔に変え、私の方にその怖い顔を向け、私の両肩をがっしりと掴んだ。


「ル、ルーナさん!?」


「ねぇ奏ちゃん・・・悠翔ってお金を払う時、いつもどうやって払ってる?」


「お買い物をする時ですか? それならいつも金貨を使ってましたけど・・・それがどうかしたんですか?」


「・・・あのクソ野郎」


そんなこの場に居ない悠翔さんを悪く言う様な態度をルーナさんはとったけど、ルーナさんはすぐに左眼を閉じ、ゆっくりとため息を吐きながら椅子にもたれかかった。


「ルーナさん、どうかしましたか?」


「いや、何でもないよ・・・奏ちゃん、疲れてるでしょ? 明日も速いみたいだし、寝よっか」


「あっ、はい」


急に態度を変えたルーナさんは気にはかかるけど、明日も速いならすぐに寝たほうがいいと言う考えが頭の中によぎり、ルーナさんにゆっくりと頷くと、ルーナさんは私の頭を撫でながら椅子から立ち上がり、あの時の宿よりも大きいべっとに私の手を引きながら連れて行ってくれると、ルーナさんはお布団の所を何かを調べる様に入念に触り始めた。


「ルーナさん?」


「何でもないよ」


ルーナさんは何かを誤魔化す様に私に笑顔を向けたけど、取り敢えず気にしなくていっかと投げやりに思い、ルーナさんが広げてくれたお布団の上にゴロリと寝そべると、ルーナさんはべっとの反対側に行き、私と同じ様にお布団の上にゆっくりと寝そべった。


「ふぅ、気持ちいいね」


「はい」


ルーナさんはべっとに寝そべると安心した様にため息を吐くと、べっとの近くにあった箪笥(たんす)の上にある明かりを消し、部屋の中は真っ暗にしてくれた。


「おやすみ・・・奏ちゃん」


「はい、おやすみなさい」


夜の挨拶をルーナさんに返し、暗闇の中でゆっくりと目を閉じると、自分でも気付かないほど疲れていたのか、意識は下向きに傾き、すぐにでも寝れそうな不思議な感覚に陥った。


そんか心地が良い感覚を暗闇の中で感じていると、ふと、疑問に思う事があった。


(悠翔さん・・・何してるのかな?)


あれから悠翔さんに会っていない。


それが寂しくて堪らない。


(速く、会いたいな・・・)


そんな事を暗闇の中で思い、寂しさを紛らわすためにギュッと体を丸めると、意識は暗い底に落ちて行ってしまった。



ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


「ゲホッ!!ガハッ!!!」


咳と共に口から血が飛び散った。


幸い、勘で血を吐くだろうと予測していたおかげでトイレで血を吐いているため、汚れはトイレの水を流せば綺麗に洗い流される。


「ゲホッ!!」


また血が口から漏れた。


多分、肺と胃がやられている。


「あー、つれ」


前髪を右手でたくし上げてため息と共に力を抜き、綺麗なトイレの壁に体を預けると、体の怠さはまぁ、楽になった。


(・・・盗聴、出来なかったな)


あのレンニとか言う奴の後ろで血縁の力を使いながら蔓を埋めたが、本当の会議は別室で行われる様で盗聴は出来なかったが、収穫はあった。


それは、あのシーナとか言う奴以外の血縁が分かった事だ。


「くくくっ、あははゴボッ!?」


それを思い返すと笑みが口から溢れてくるが、それを止める様にまた血が口から漏れだして来た。


「ゲホッ・・・」


気管付近に溜まった血を吐き出すと、また嘔吐する様に血が口から漏れたが、そんな事よりも喜びが胸いっぱいに溢れてくる。


血を吐くという事は、俺が強くなっている証だからだ。


「はははっ、俺はもう、弱くない」


嬉しい。


嬉しい。


嬉しい。


心をとめどない幸せな喜びが濡らして行く快感を感じていると、もうこのまま死んでしまいたいと思うが、まだダメだ。


まだ、強くならなければ行けない。


強くなって、強くなって、強く、強く強く強く強く強く強く強く強く強く強く強く強く強く強く強く強く強く強く強く強く強く強く強く強く強く強く強く強く強くなって、俺は・・・あの人に、会いに行くんだ。


「ゲホッ!うっ、オッ!!!」


血が口から漏れた。


だが、どうでもいい。


死なない様に体内で血を精製(せいせい)し続けるだけで良い。


「ふふふっ、あはははは!!!」


笑いが止まらない。


血を吐いた。


笑いが止まらない。


血を吐いた。


水が欲しい。


血を吐いた。


笑い。


血。


血。


血。


笑い。


笑い。


血。


いつのまにか、夜は開けていた。





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