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第15話 理解


(どうしたんだろう?)


私達の後ろを歩く悠翔がどうしても気になってしまい、チラチラと何度も悠翔の顔を見てしまう。


何故なら、3週間前に神光の街で会った時の雰囲気とは余りにも違うから。


元々、たまに別人の様に顔付きが変わる事はあったけど、今回はそれとは違う。


何というか・・・地獄を見てきた人の様な。


「ねぇ悠翔、何かあったの?」


「・・・そりゃあブラックリストを逃してるから色々とあったさ」


「おいおい、端折らないで詳しく教えろよ」


「挨拶と目標が終わってからな」


私の会話にゲイルが入ってきたせいで大事な事を聞きそびれた様な気がするけど、ゲイルに笑みを返す悠翔の姿があの時の私たちの命を救ってくれた時の顔に似ており、さっきまでの突っかかりはどうでも良くなってしまった。


「なぁアナベル、ルーシィとゲルは大丈夫か?」


けれどその心配する様な一言で心の中に氷を入れた様な感覚に陥り、少しため息を吐いて心を落ち着かせてから悠翔に正直に答えていく。


「んうう、あんまり。ルーシィは自傷癖が酷くなったし、ゲルは・・・似た様な体格の人を見ると過呼吸になっちゃうの」


「・・・そうか」


そう、私達ワルキューレは神光の街に出張という名の戦力調査をしに少しの間滞在していたが、その扱いは散々なものであり、私とゲイルは罵倒と囮だけで済んだが、ルーシィはアレスの血縁者に強姦、ゲルはゼウスの血縁者に何度も何度も殴られていたらしい。


けれど一番悔しいのは、そいつらをオリの中にぶち込めなかった事だ。


貴重な血縁だからと言うどうでも良い理由で。


その事を思い出しているとゼウス達を皆殺しにしたくなるが、そっとため息を吐いてその気持ちを胸の奥に仕舞い込み、ゆっくり階段を登っていると、何処か申し訳なさそうな声色で悠翔から話しかけられた。


「急に悪いけどよ、ワルキューレの加護って誰にでも使えるのか?」


「・・・本当に急だね」


「悪い」


何故悠翔がそんな事を聞いてくるのか分からなかったけど、取り敢えず答えた方が良いのかと思いながら私の血縁、『ワルキューレ』の力について悠翔に話していく。


「まぁ、そうだね。アテナの力には劣るけど、武器や盾、動物、人間、色々な物にワルキューレの『金色の加護』は付けれるよ」


「ふーん、そうか」


聞いてきたのはそっちの癖に、何処か適当に返された事に少し腹が立ち、後ろにいる悠翔を上から睨みながら階段を登っていると、何故か急に足元がふらついた。


「おっとと」


「大丈夫か?」


「うーん、寝不足かな」


隣から心配してくれるゲイルにそう伝え、階段から落ちない様に前をしっかりと見ながら階段を登り、通路の先にある王室の前まで悠翔を案内する。


「えっと、この先に王様がいるから・・・頑張って」


「・・・ありがとな」


悠翔のお礼に頷き、気を引き締めなおして扉をノックするけど、内側からの返事はいくら経っても帰ってこない。


「オスカリ様? ・・・入りますよ」


自分の主人の名前を呼び、もしもの事が無いように部屋の扉をそっと開けてみると、そこには机に上半身を伏せて寝ている肩まで伸びた白髪をしたオスカリ様がいた。


その姿を見て、オスカリ様を起こそうと部屋の中に入ろうとしたが、それよりも早く隣にいるゲイルは部屋の中にズカズカと入り込み、オスカリ様の隣で大きく息を吸った。


「オスカリ様!!」


「うぉっ!!?」


ゲイルの大声にオスカリ様は体をびくつかせながら顔を上げると、左目の赤い眼と右目の水色の眼をゲイルに向けた。


「っう、ゲイルかよ。起こすんだったらアナベルにしてくれよ」


「それよりも客だ」


「あぁ、悠翔だろ?」


(っ!?)


相変わらずの見ても居ない事を理解するオスカリ様に心臓がドクンと体内で跳ねるのを感じた。


オスカリ様の血縁。


それはこの街では誰でも知る神、『オーディン』だ。


その『叡智』の力でこの世の全てを知る事が出来るからこそ、それを使わせず、隠さなければならない物はしっかりと隠さなければならない。


そんな事を思っていると、2つの異なる眼が私の方に向いている事に気が付き、慌てて平然を装うために笑みを浮かべると、オスカリ様から出る圧の様なものが強くなり、じっとりと気持ち悪い汗の感触を感じる様になってしまう。


「んでアナベル、話があるんだろ?」


「はい。けれどそれは悠翔自身から」


あの事を隠すために私よりも嘘が上手い悠翔に話が行く様に誘導すると、オスカリ様は私の思惑通りに悠翔の方に眼を向けてくれた。


「そうか・・・んじゃ悠翔、話とはなんだ?」


「・・・俺をこの王国の暗部に入れて欲しい」


その悠翔の言葉にオスカリ様は悠翔を警戒する様に右目を閉じると、左目の赤い眼だけを悠翔に向けた。


「何故だ?」


「何故って、あんた全知の力持ってんだろ。なんで聞く必要がある?」


「あれ使うと疲れんだよ。これから仕事もあるし、お前の口から言え」


(上手い・・・)


叡智の力を使っているのかどうかの確認と話題を考えるための時間を作った悠翔に正直怖く思っていると、悠翔は仕方がなさそうに大きくため息を吐いた。


「・・・ただ俺は、強くなって殺したい相手が居るだけだ。だから俺を雇ってくれ、頼む」


「・・・はぁ、頼むってわれてもな。お前はそれだけの価値がある人間なのか?」


「あぁ、今すぐ4人殺せる」


その悠翔の言葉にオスカリ様は顔を真剣にさせ両眼を開くと、その2つの眼を悠翔に向けた。


次の瞬間、私の鼻を掠めるようにナイフが悠翔に向かって飛んで来たが、悠翔はそれに反応できなかったのか動く事をしなかった。


するとそのナイフは悠翔の首元に突き刺さる寸前で止まり、ナイフは地面に落ちた。


「お前、今ので死んで」


「1度目は止めてくれるから優しいよな」


オスカリ様の言葉を遮る余裕そうな声に合わせ、地面に落ちたナイフが黒い影と共に悠翔の首に飛んで行くが、それを悠翔は親指と人差し指で簡単に摘み、天井に向かってナイフを鋭く投げた。


するとそのナイフは黒い影と共にぼとりと地面に落ちた。


「っう・・・」


そのヘドロのような黒い影から姿を現したのは、顔と体を黒いローブで隠した男だった。


多分、王国の暗部の一員だと思う。


「悪いな、当てるつもりは無かったんだが「


その男の左腕にはナイフが刺さっており、黒いローブにじんわりと血が染みて行っているのを見て、それを止血してあげようと男に近付こうとした瞬間、目の前にオスカリ様が現れた。


(いつの間に!?)


いつの間にか現れたオスカリ様はすぐさま男の左腕を掴むと、無数の色をしたルーン文字が空中に展開させ、オスカリ様は男からナイフを素早く引き抜いたが、オスカリ様の力かその傷は瞬時に塞がって行った。


「大丈夫か?」


「・・・申し訳ございません」


「いや良い・・・それと悠翔」


そんな何処か冷たい言葉が聞こえた瞬間、辺りの空気は重たいものに変わり、頬や腕に鳥肌が立った。


「返すぞ」


次の瞬間、オスカリ様が持っていたナイフが目で追えないスピードで私の横を通り過ぎた。


その射線上に悠翔がいた事を一瞬遅れて理解し、慌てて悠翔の方を見てみると、悠翔の左肩にナイフが深々と刺さっており、その傷から血が滴の様に垂れていた。


(っう!!)


「ぐっ!!」


「アナベル、止血してやれ」


「あっ・・・はい」


オスカリ様の言葉で熱くなった頭は冷静になり、尻餅を付いた悠翔に慌てて駆け寄ってそっとナイフに手を掛ける。


「痛いよ・・・」


私の言葉に悠翔は頷き、悠翔が痛い思いをしないように一気にナイフを引き抜く。


「があぁぁ!!!っう、ふう、あぁぁ!」


その苦痛に悶える声に口元が歪んでしまうが、時間を掛けないように急いで悠翔の肩に手を当て、心の中で言葉を唱える。


(Stå op, kriger『戦士よ、立ち上がれ』)


心の中で言葉を唱えると、悠翔の苦痛に歪んだ顔は緩んで行き、脂汗はかいてはいるけど、悠翔の顔は笑みに戻って行く。


「大丈夫?」


「うん、ありがとう」


悠翔は笑顔をで私にお礼を言い、すぐに膝を立てて立ち上がると、ジロリとオスカリ様の方を睨んだ。


「で、これは契約成立って意味でいいんですかね?」


「あぁ、後はこいつから話を聞け」


(えっ?)


その契約と言う言葉を聞き、慌てて悠翔の破れた服の下を見てみると、そこには紫色の文字の断片の様な物が少し見えていた。


それは恐らく、束縛のルーン。


それを掘られた物が主の命令を破ったり、彫った者が死ねと言われれば心肺が停止すると言う悍しい力だ。


なのに悠翔は全く慌てる様子もなく、ただ嬉しそうな笑みをずっとオスカリ様に向けているだけだった。


(・・・どうして)


「アナベル、顔が近い」


「あっ、ごめん」


顔を少し赤くさせて目を逸らす悠翔を見て、私の頬も熱くなってしまうが、このままだと不審がられてしまうため、慌てて気を引きしめ直し、オスカリ様の方へ顔を向ける。


「そっ、それではオスカリ様、私達は訓練生の教育に戻ります」


「・・・分かった。くれぐれも死者は出すなよ」


「はい、それでは失礼します」


オスカリ様に頭を下げ、後ろにいる悠翔を気にしながら扉へ向かい、一度部屋の中に頭を下げてからゲイルと一緒に部屋から出ると、汗が脇や背中から吹き出し、体から力が抜けてしまう。


「ふーっ・・・」


「まぁ、見た限りは大丈夫だったな」


後ろからゲイルに小声でそう言われ、ため息を吐きながらゲイルに顔を向け、その言葉に頷く。


「そうだね、ブラックリストの事はバレてないと思うし、『叡智』も多分使われてない」


「このまま行けば・・・大丈夫だな」


「うん・・・」


舞台は整った。


後は・・・時が立つのを待つだけだ。


だから慌てない様にそっと息を吐き、気を引きしめ直そうと息を吸う。


「それじゃあゲイル、私は」


「そういやアナベル、お前、悠翔の事好きなのか?」


「ぶっ!?」


その一言のせいで唾を口から吹き出してしまうと、心臓がドクドクと脈打ち、顔がかなり熱くなってしまう。


「い、いや、そんな事ないから」


「ほんとか〜? お前、さっき照れてたし」


「嘘っ!?」


「うっそ」


ゲイルが私に鎌をかけたのだと理解すると、恥ずかしさと悔しさが混ざり合った気持ちを感じ、ゲイルの肩を何度も叩くけど、ゲイルは悪戯っぽい笑みを浮かべるだけだった。


「もうお前ら付き合えよ、お似合いだぞ」


「なっ!?」


その一言で肩を叩く手が止まってしまい、本当に顔が沸騰しそうなほど熱くなってしまい、その恥ずかしさを隠すために血縁の力を解放し、右手に金色の加護を纏わせる。


「ゲイル・・・」


「やべっ」


私の脅しにゲイルはからかい過ぎたのかと思ったのか、私から離れて王宮の窓をゆっくりと開けるとわ私の方に忙しそうに笑みを向けた。


「んじゃアナベル、頑張れよ」


慌ただしくゲイルはそう言い残すと、開けた窓から後ろ向きに飛び降り、その場には顔を熱くした私だけが取り残された。


「・・・はぁ」


気を引き締めるためにため息を吐き、ゲイルが開けた窓を閉めて訓練生の教育に戻ろうと地下へ足を進めようとすると、ゲイルの言葉が頭の中でリピートされた。


『お似合いだぞ』


その言葉のせいで悠翔と一緒に喫茶店でコーヒーを飲んでいる願望が頭の中に生まれ、一瞬だけ口が緩んでしまう。


(っ! 危ない危ない・・・)


そんな幼稚な妄想をしている様じゃまだまだと首を横に振り、金色の加護を解いてから両手で自分の頬を軽く叩き、頬に走る日焼けの時の様な痛みを感じながら訓練生が待つ地下に向かって足を進めた。



ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


「ふぅ・・・」


額から垂れる汗を右腕で拭い、もっぷと呼ばれる便利な掃除道具を壁に立て掛けてから大きな壁に体を預ける。


あれから私達はお城の使用人さんのアルマスさんから今日のお仕事を教えてもらい、ルーナさんは別の部屋を、私はこの部屋の埃をもっぷで拭くという簡単なお仕事を貰った。


けれどとても大きなお城の部屋だからか、一室を掃除するだけでも体から汗が垂れてしまうほど疲れてしまうし、このめいど服とか言うふわふわとした服のせいで余計に蒸れてしまう。


(・・・悠翔さん、何してるかな?)


そんなことを思いながら下向きに垂れたすかーとと言う物をバサバサと揺らし、服の中にこもった熱を外に逃がしていると、カチャリと鉄が擦れる様な音と共に扉がゆっくりと開き、短い草色の髪をしたアルマスさんが部屋の前に立っていた。


その細い右手には鼠色のお盆が乗せられており、その上には大きな急須の様な物と2つの湯飲みが乗せられているけど、アルマスさんは部屋の中を覗き込むと不思議そうに首を傾げた。


「奏様? いらっしゃいますか?」


「あっ、はい!」


アルマスさんが目が見えない事を思い出し、慌てて大きな声を出すと、アルマスさんは目を開けないままにっこりと笑みを浮かべ、部屋の中に入って来た。


すると何かに気が付いた様に微笑み、私の方にゆっくりと近づいて来た。


「お掃除ご苦労様です、少し休憩しましょうね」


「あっ、ありがとうございます」


こっちに向かってくるアルマスさんにお辞儀をし、私に気を使ってくれるアルマスさんに感謝していると、私の頭の上に手が置かれ、よしよしとゆっくり頭を撫でてもらえた。


「奏様は良い子ですね」


けれどその暖かな一言で心臓がドクンと高鳴ってしまい、私は良い子なんかじゃ無いと否定しようと顔を上げたけど、言葉が出てこず、黙り込むしか出来なかった。


(私は・・・ただの嘘付きです)


声に出さなかった言葉を心の中で呟き、綺麗になった地面に俯いていると、水が何かに注がれる様な音が後ろから聞こえた。


それが何かと思い、慌てて後ろを振り向いてみると、そこには目が見えないはずなのに湯飲みに高い位置からお湯を注ぐアルマスが居た。


「あれ? 目、見えるんですか?」


「いえ、見えませんよ。音と触覚でなんとなく分かるだけです」


その言葉を聞いて、そう言えば故郷にいた盲目の女性が手の平の感触だけで服を織って居たのを思い出し、目が見えないからこそそんな事が出来るんだと納得していると、アルマスさんはお湯で満たされた湯飲みをそこにあった卓袱台の上に置いた。


「さっ、座ってください」


「は、はい」


アルマスさんの反対側にある椅子を引き、卓袱台と椅子の間にそっと座ると、アルマスさんは私の前に鮮やかな茶色のお茶で満たされた変な形をした湯飲みを置いてくれた。


「どうぞ、お飲み下さい」


「あっ、ありがとうございます」


アルマスさんに頭を下げてから湯飲みの取っ掛かりに指を通してそっと口に近づけてみると、鼻の中に熟れた桃の様な匂いが入って来た。


(良い匂い・・・)


これだけ良い匂いがするのなら、さぞかしこのお茶は甘いのだろうと思い、ゆっくりと緩いお茶を口の中に運ぶけど、口の中に感じた味はなんというか、少し味の付いたお水の様な物だった。


(あれ?)


「ふふっ」


声を抑えて笑う様な声を聞き、もしかしてアルマスさんは私の事を揶揄っているのかと疑っていると、もう一つの湯飲みにお湯を満たしたアルマスさんは私の方に笑みを向けて来た。


「すみませんね、笑ってしまって。それは紅茶と言って香りを楽しむお茶なんですよ」


「あっ・・・そうだったんですね」


アルマスさんが私を揶揄っている訳では無いと分かり、勝手に疑っていた事を申し訳なく思っていると、アルマスさんは私の正面に座り、湯飲みの取っ掛かりを左の指先で挟む様にして掴み、それを口に運んだ。


「はぁ・・・」


そんな安心した様なため息が静かな部屋の中に消えていく中、ふと、とある事を思い出してしまい、それが心の中で疑問として大きくなっていく。


「何か、質問があるんですか?」


「えっ!?」


私の胸の中を読んだ様なアルマスさんの言葉に大声が口から出てしまうと、アルマスさんは綺麗な笑みを浮かべたまま紅茶を卓袱台の上に置き直した。


「驚かせてしまってごめんなさいね。私は血縁の力で少しだけ感情を読む事が出来るんです。それで、何か質問があるんですか?」


「えっ、えっと、お仕事に関係ない事ですよ?」


「構いませんよ」


「そ、それじゃあ、北欧神話ってどんなお話なんですか?」


自分の胸の中にあったモヤモヤを吐き出す様にアルマスさんにそう質問してみると、アルマスさんは困った様に顎に細い右手を当てて首を傾げた。


「どんなお話・・・ですか・・・そうですね、それでは大まかなのを1つ」


アルマスさんはそう言うと、両手を机の上に置き、目を開いた。


その何処か死んだ様な綺麗な緑色の目をじっと見つめていると、アルマスさんは真剣そうな顔のまま話を始めてくれた。


「これはとある木の上のお話。最高神、という1番偉い神様『オーディン』とその弟、『ロキ』のお話。とある日、神々が木の上でいつも通り退屈な日々を送っていた日、ロキは1人の間抜けな神を(そそのか)し、オーディンの息子を殺しました。それに怒った神々はロキを暗い洞窟の底に閉じ込めて居たのですが、とある冬の日にその枷は外れ、ロキは自分を閉じ込めた神々に復讐を誓います。そして神と巨人との大きな戦争が起こり、オーディンは獣に喰い殺され、ロキはとある神と共倒れし、世界は巨大な火の巨人によって滅びました。・・・大体こんなお話です」


「えっ、えっと、質問です!」


「どうぞ:


そんな大きなお話を聞いて所々疑問に感じるところがあり、それに許しを貰ってから質問を返していく。


「どうしてロキさんはオーディンさんの子供を殺したんですか?」


「分かりません」


「えっ・・・えっと、じゃあどうして冬の日に枷が外れたんですか?」


「分かりません」


「じゃ、じゃあ、どうしてオーディンさんは1番偉い人

なのに獣なんかに殺されたんですか?」


「分かりません」


分かりません一点張りのアルマスさんに目を白黒させていると、アルマスさんはクスクスと笑い、目を閉じて私の方に笑みを向けた。


「それでは奏様、人は死んだらどこに行きますか?」


「えっ・・・黄泉の国に」


「黄泉、ですか。それは本当ですか?」


「あっ、分かりま・・・せん」


「神話もそれと一緒です。本当の事は見てみないと分からないですから」


お茶を啜るアルマスさんの言葉に、ただ何も言えずに紅茶の水面を眺めていると、アルマスさんの方から椅子を引く音が聞こえ、アルマスさんは湯飲みをお盆の上に乗せた。


「さて、そろそろ仕事に戻りましょうか」


「あっ、はい」


その言葉に合わせて紅茶を一気に飲み干し、卓袱台の上に置かれたお盆の上に湯飲みをそっと置くと、アルマスさんは私に笑みを向け、お盆を片手で持ち上げた。


「それでは着いてきて下さい」


「はい!」


アルマスさんに元気よく返事を返し、もっぷを持って2人で部屋の外に出てから広く大きな廊下を前にいるアルマスさんにくっつきながら歩いていると、アルマスさんの足が止まり、ある木でできた扉をゆっくりと開け、私の方に顔を向けた。


「ここを掃除し終えたら今日の仕事は終わりです。頑張って下さいね。」


「はい! 分かりました」


「それでは、よろしくお願いします」


アルマスさんよりもずっと幼いはずの私にアルマスさんは深々と頭を下げて細い体をゆっくりと起こすと、私に軽く笑みを向けてくれた。


そうするとアルマスさんは振り返り、長い廊下を歩いて行ってしまった。


(・・・よし、頑張ろう!)


その頑張ろうという気持ちを胸に、開かれた扉の中に行き良いよく足を進め、うっすらと埃が積もった床を

少し汚れたもっぷで鼻歌を歌いながらゆっくりと履き進めていった。



ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


「はい、んじゃそれはこちらで処分しておきます」


「あぁ、慎重に頼むよ」


通信魔道具から聞こえる肥えた声に返事をして通信魔道具の電源を切ると、張り詰めて居た体から力が抜け、ため息が口から勝手に漏れてしまう。


「あーだり」


自分しかいない王室でため息を吐き、体をゆっくりと伸ばしてから天井を見上げる。


(しんでぇー)


俺が王になってはや9年、王と言うのはもっとこう、美味いもんを毎日食って日々肥えていくものだと思っていたが、なってみると意外に大変なものだ。


権力と言う物を使い過ぎれば革命を起こされる危険性があり、かと言って使わなければ王としての示しが付かず、国民に見放される。


そしてなによりも大変なのは、このハリボテの王宮には金が無い。


税を軽くしたのだから当たり前だが、これだけの金では借金を返すどころか現状を維持するので精一杯だ。


クソ親父が残した借金を返さなければならないし、さっきの様に借金相手からは良い様に使われるし、正直首を括った方が楽なのだが、あいつとの約束が俺にはある。


(約束して下さい。私は貴方のためにこの身を捧げます。ですから貴方は、貴方の夢を追いかけて下さい)


「・・・頑張るか」


9年前にしたアルマスとの約束を思い出すと不思議とやる気が沸き、ため息を吐きながら血縁の力を解放しようと眼を瞑った瞬間、運悪く扉がノックされた。


「・・・誰だ?」


「アルマスです。お茶をお持ちしました」


「お前か、入れ」


せっかくやる気になったのにそれを邪魔され少しイラッとしたが、取り敢えず平然を装って部屋の扉を重力のルーン文字をコントロールして開けてやると、そこには2人分のティーカップとティーポットをトレーの上に乗せたアルマスがおり、その顔は嬉しそうににやけて居た。


「失礼します」


アルマスは俺に一度頭を下げ、扉を閉めながらゆっくりと部屋の中に入ると、俺の方に近付き、トレーを机の上に置いた。


すると俺の後ろにゆっくりと回り込み、痩せ過ぎな気がする両手で俺の体を力強く抱きしめられた。


「今日も、お疲れ様です」


「・・・お前もな」


眼を閉じ、俺の体を締め付けている腕と背に伝わる小さな心音だけを感じていると、ふと俺を締め付けていた腕が離れ、後ろからは満足そうな吐息が聞こえた。


「ふぅ、充電完了です」


「・・・俺はまだだぞ」


「あら、そうですか」


そう言ってみると後ろから腕が俺の脇の下を通り、今度は小さな胸を押し付けられる様な形で抱きしめられた。


「ふふっ、これで満足ですか?」


「あぁ、ありがとな」


アルマスに抱きしめられると少し胸の中が楽になり、安堵の息が口から勝手に漏れると、アルマスは腕を解き、俺の両肩に手を置いた。


「さっ、私も頑張りますから、後は頑張って下さい」


「あぁ」


そのたった一言で活力が湧き、子供の様に頑張ろうと思えてしまう。


そんな言葉にしずらい幸せな気持ちを感じていると、後ろにいたアルマスは前へ行き、机の上に置いてあるティーカップに紅茶を注ぎ、角砂糖をいつも通り7つ入れてくれ、カップを右向きにして俺の方差し出してくれた。


「それではごゆっくり」


アルマスはいつも通りの真っ直ぐな表情に戻ると、俺に頭を下げ、トレーを持ってから閉められた扉の方へ前に手を伸ばしながら向かっていき、扉に手を掛けた。


そんなアルマスを心配しながら紅茶を持ち上げようとした瞬間、アルマスは突然振り返り、子供が悪巧みをする様な笑みを俺の方に向けた。


「ちなみにそれ、私が飲んだカップです」


「ぶっ!?」


「それでは」


「いやちょ」


俺の言葉が発せられるより速く扉は閉まり、1人になった部屋でどうすれば良いのか迷ったが、取り敢えずアルマスは右利きなのだから左手で飲めば良いと思い付き、カップを左向きにして甘い紅茶を飲み干し、糖分が頭にある霧を払ってくれる感覚をじっくりと感じていると、魔術で張った結界の中に誰かが入って来た。


恐らくそれは、暗部伝達係のレンニだ。


「・・・入れ」


緩くなった気を引き締め、そう重い声で呟くと、天井に黒い影が集まり、その中から認識阻害の効果が付いた黒いフードを着たレンニが天井から落ち、俺の前で膝を着いた。


「で、なんの様だ?」


「悠翔に付いてご報告が」


悠翔と言えば、ブラックリストの血縁を連れた変な男だったが、そいつの報告となると2つしかない。


初めての暗殺を失敗したか、成功したか。


「で、どっちなんだ?」


「・・・成功はしました。が、少々気になる事が」


レンニはフードの裾に手を入れると、暗部用の映像保存の魔道具を取り出し、それを俺の机の上に置いた。


「暗殺の一部始終です」


「分かった」


(さて、何が気になったんだ?)


レンニには情報伝達係として働いて貰ってはいるが、いざとなれば暗殺もできる使い勝手の良いコマだ。


そいつが気になると言うのであればそれなりの事だろうと思い、少し覚悟を決めてからルーン文字を展開し、暗号を解除してから映像を空中に展開すると、そこには胸から隠し撮りされている様な映像が再生され始めた。


その場所は恐らくレンニの血縁、『ノート』という夜の女神の力で作り出された空間だ。


「これからターゲットの自室にゲートを繋げる。準備はいいか?」


「あぁ、ばっちしだ」


「それでは行ってこい。成功以外は命の保証はないと思え。」


「ういうい」


レンニの重い声に悠翔は軽く一言で返すと、影が蠢いて出来た白い出口から悠翔は出て行った。


「・・・さて」


それに遅れる様にしてレンニの呟く声が聞こえ、視線が影の中の様な低い位置へと変わり、蛇の様な速さで白い出口から外へ出ると、そこには天井からごく普通の一室が映し出されており、その部屋の中には椅子に座り、鼻からストローを通して白い粉を吸っている男とそのすぐ後ろに立っている悠翔が居るだけだった。


確かこいつは俺が暗殺リストに指定した違法薬物の売人だった。


(・・・さて、どう殺す?)


映像の中の悠翔に質問する様にしていると、映像の中の悠翔は静かに男に近付き、男の頭を鷲掴みした。


「ほっ?」


そんな惚けた声が聞こえた瞬間、男の首は上へ持ち上げられ、何かが外れる音がした。


「おご!?」


そして悠翔が手を離すと、男の首は椅子から後ろに皮だけの状態で垂れ、後ろにいる悠翔のことをじっと眺めていた。


(・・・首の骨を外したのか)


折るなら分かるが、外すと言う意外な殺し方をする悠翔を見て顔がニヤついた瞬間、映像の中から扉がノックされる音が聞こえて来た。


「お父さん、お母さんがもうすぐご飯が出来るって」


そんな小さな子供の声が聞こえ、イレギュラーが発生したのだという事は簡単に理解出来た。


それよりも、このイレギュラーに悠翔がどんな反応をするのかと少し興味を持っていたが、悠翔はなんの躊躇いも無く扉を開き、悠翔の足までしかない子供と対面した。


「・・・おじさん、誰?」


「僕? 僕はね、君のお父さんの知り合いだよ」


「・・・ふーん」


何故か一人称が変わった悠翔は女の子の目線に合わせる様にしゃがみ、あの時の顔からは想像が出来ない人懐っこい笑みを女の子に向け、頭に手を置いた。


次の瞬間、子供の首は180度音を立てて曲がり、その場に倒れた。


(っ!?)


子供を何の躊躇いもなく殺した悠翔に眉が動き、あり得ない光景を見て、汗が背中にじんわりと滲み出て来た。


別に子供を殺す事は目撃者なのならば良い。


けれど目撃者でも無い子供をなんの躊躇いも無く殺したのは、悠翔が初めてだ。


そんな悠翔を見て、こいつは人を殺し慣れているのかと思っていると、映像の中の悠翔は自分の家を歩く様にして部屋の外に出て行った。


(はっ?)


それを追いかける様にして映像が壁を這う様にして動き、廊下を歩く悠翔を映し続けていると、悠翔はトントンと音が鳴っている部屋の方へ音もなく歩を進め、それをレンニは追いかける。


そして映像が部屋の中を映し出すと、長い紫色の髪をした女性が白いまな板の上でニンジンを切っているのが見え、その女性に悠翔は気配も無く近づいて行く。


(・・・おいまさか!!)


「えっ?」


悠翔が何をしようとしているか理解した時には悠翔は女性の額と包丁を持っている右腕を掴み、顎を上げさせ包丁で女性の喉を描き切っていた。


「ごぼっ!?」


首が切られ、血で溺れる女性は首を何度もバタバタと触るが、次第にその動きは鈍って行き、ついには手が地面に垂れた。


それを見終えた悠翔は女性の体を軽々と持ち上げ、血が垂れる死体をキッチンに寝せて、水場に血が垂れる首をもって行くと、蛇口を捻り、女性の頭に水をかけ始めた。


そんな意味が分からない事をする悠翔に目が釘付けになっていると、悠翔はふいに振り返り、向こうからは見えないはずのレンニに向かってニタリと笑みを浮かべ、そこで映像は切られた。


「・・・・・・こいつ、何者だ?」


「・・・自分では普通に暮らしていた人間だと言っています」


「いや嘘だろ」


「いいえ、嘘は付いて居ませんでした」


そのはっきりとした物言いに思考が止まってしまう。


暗部の中には尋問用に嘘を見抜ける奴も入れている。


だからこそ、レンニの言葉は嘘でないとすぐに分かるが、だからこそ理解が出来ない。


こんな怪物、普通に暮らしていて生まれるはずは無い。


「それで・・・どうします? 腕は確かですが、ターゲット以外を殺し過ぎますし、切りますか?」


「・・・いや、こいつにはうってつけの場所がある。担当地区を変えて、失敗するまで使ってやれ」


「はっ」


俺の言葉にレンニは素早く言葉を返し、頭を下げて机の上に置いた魔道具を袖の中に戻すと、レンニは影に包まれ、その場からすぐさま消えた。


「・・・はぁ」


やっと1人になれた部屋で椅子に体を預けると、勝手に長いため息が漏れてしまう。


(・・・こんな時に、叡智とか言うもんがあればな)


そう、俺の血縁はオーディンなどと言う大それた者では無い。


けれど、俺の夢・・・平和を成すためのユグドラシル計画は誰にも邪魔させない。


そんな決意を胸にもう一度ため息を吐き、俺の夢を実現させるための悪党探しをするために両眼を閉じて血縁の力を解放させ、町中の景色を脳内に反映させる。


そして、ユグドラシルに必要では無い者を永遠と探し続けた。



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