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第14話 騙す者


目が開いた。


(朝・・・か?)


あれから少し休んだおかげか重い霧が掛かっていた頭は少し冴えており、目に来る疲れもすっかり消えていた。


「ふぅ・・・」


人間休む事は大事だなと思いながら、寄り掛かっている硬い柱から体を起こし、軋む様に痛い背中を何度か捻ると、バキバキと人から鳴っては行けない様な音が鳴り響いた。


「あー、しんど」


首の骨も鳴らしながらため息を吐き、ルーナに抱き枕にされている奏の側に寄って奏に渡した香り袋の中の入れた肉枝の香りを閉ざし、奏やルーナが昏睡の花粉から起きられるようにしてからしてからもう一度ため息を吐く。


「さて、どうすっかな・・・」


昨日の夜、リーシェを殺した。


それは別に良いのだが、これからそれを上手い具合に言い訳を考えなければならない。


しかし、それには少し面倒な事がある。


それは、あの長だ。


あいつの血縁はおそらく心は読めないが嘘は見抜ける血縁だ。


それは勘で分かったからどうとでもなるが、勘が外れ、そいつが万が一心が読める血縁の場合、ここの里にいる()()を殺さなければ行けなくなってしまうが、1つ問題がある。


全員を殺す事は恐らく()()だ。


けれどその全員を外部に漏らさずに殺すとなればかなり厳しくなってしまうし、それほど大量に殺せば流石に足が付いてしまう。


「はぁ・・・」


考えてもなかなか答えが出ない事にため息を吐き、気晴らしにコーヒーでも入れようかと部屋の隅に置いた鞄の中を漁っていると、後ろから小さくか細い声が聞こえた。


「悠翔・・・しゃん?」


「んっ、奏か」


その声に合わせて後ろを振り向くと、そこにはルーナの腕に絡められている奏がぼやける瞼を右手で擦りながら俺の方を眺めていた。


「おはようございます」


「おう、おはよ」


挨拶をしてくる奏に軽く挨拶を返し、コーヒーを入れようと魔道具のコンロとマキネッタを取り出し、それにマラメノの蔓にため込んだ水を入れ、荒く砕いたコーヒーの豆をマキネッタに入れてコンロの上に置くと、また後ろから声が掛かった。


「なにしてるんですか?」


「コーヒーを入れてんだ・・・奏も飲むか?」


「いえ、大丈夫です。こーひーを飲むと少し、心臓が速くなりますから」


「そっか」


多分奏の体質はカフェインに弱いんだろうと思い、今度王都に行った時にノンカフェインのコーヒーでも買ってやろうかと考えていると、眼の端でルーナが飛び跳ねる様に起きたのが見えた。


「あっ、ルーナさん、おはようございます」


「・・・うん、おはよう」


ルーナは一瞬俺を睨んだが、奏がいるからかその眼力はすぐに優しいものに変わり、奏の頭を撫で始めた。


そんなルーナに俺も挨拶をしようとしたが、純粋に考えてみれば殺したい相手に挨拶されれば火に油を注ぐ様なものなため、取り敢えず無視をしながらルーナの分のコーヒーを入れてやる。


「ほら、目が覚めるぞ」


「・・・どうも」


ルーナは奏が俺の方を見ているからか露骨に嫌そうな顔をしたが、奏が後ろを振り向くとすぐに優しい顔に変わり、コーヒーを受け取った。


(あの笑みが・・・続けば良いのにな)


そんな事を思いながらため息を吐き、自分の分のコップにコーヒー入れて、奏には冷却機構が付いている水筒を渡してやる。


「ありがとうございます」


「気にすんな」


可愛らしくお礼を言ってくる奏に笑みを返し、コップに入れた熱いコーヒーをゆっくりと飲んでいると、急に昨日の夜に下げられた出入り口の布が誰かの手によって開かれ、眩しい朝日が俺の眼の奥な突き刺さった。


「あっ、おはようございます」


「あぁ、おはよ」


「おはようございます」


「おはよー」


布を開けたのがヘルガとかいう女だったが、正直こいつは心を読める類いの血縁では無いと勘で分かっているから安心して思考を回せる。


(つうか、そもそもあいつがどんな生活をしてるか知らねぇからな)


殺すタイミングが完全にミスった事に正直やってしまったと後悔してしまうが、いざとなればこいつらを殺せば良いため、種を今のうちに飲んでおこうかと思っていると、ヘルガは気持ちよさそうによだれを垂らしながら寝ているルイに近づくと、問答無用でルイの頭にデコピンを打ち込み、ルイは驚く様にして体を起こした。


「なに!? 虫!?」


「おはようルイ。今昼だよ」


そんな怒った声にルイは慌てる様にしてあたふたと手をバタつかせ始めた。


「いや違うんだよ!?なんか物凄く美味しいものを食べてる夢を見てふにゃ!?」


「言い訳しない」


俺の枝の香りのせいで幸せな夢を見ていたであろうルイにヘルガはもう一度デコピンを打ち込むと、辺りを急に見渡し始めた。


「ねぇ・・・リーシェは?」


「えっ? 朝ごはん取りに行ったんじゃないの?」


「いや、今昼だし。悠翔さん達は知りませんか?」


(ちっ・・・)


少しめんどくさい展開になった事に心の中で舌打ちをするが、変な間があれば怪しまれる可能性があるため、すぐさま首を横に振る。


「しらねぇよ」


「知らないですね」


「ごめんなさい、知りません」


俺らの答えにヘルガは首を捻り、台所の方に行ってどこかの扉をノックしたが、辺りには無音だけが響いていた。


それも当たり前だ。


あいつはもう、この世に居ないのだから。


「トイレにも居ないし、どうしたんだろう?」


そんなやけにリーシェの事を心配するヘルガから、リーシェが普段どの様にして生活しているかをほんの少しでも聞き出すために、惚けたフリをしながら質問していく。


「なんでそんなに心配してんだ? 食材を探してるだけかもしれねぇのに」


「いえ、なんというかその、リーシェって1人で外に出る事は滅多に無いんです」


「・・・何処か悪いのか?」


「いえ、体が悪い訳ではなくて・・・里の人達と仲が悪いんです」


(・・・なるほど)


その心配そうなヘルガの態度と言葉と、昨日のリーシェの行動を合わせてみれば簡単にヘルガがなにを心配しているのかが理解出来た。


恐らくだが、この里の連中はリーシェが生贄を阻止しようとしている事に勘付いていたか、それを明確に理解していたと考えられる。


(これは・・・利用できそうだな)


恐らくヘルガは、昨日の傷を治す時の躊躇いや涙を流していた事からリーシェと同じ気持ちなどが分かるが、それもこいつらを里内で孤立させるために利用が出来る。


そんな事を考えている内に、ヘルガの顔色は段々と悪くなって行き、落ち着かない様に辺りを彷徨き始めた。


(そろそろ・・・かな)


そのヘルガの今にも外に飛び出しそうな態度を見て、そろそろあの奥の手を切り出すかと考え、演技をするために小さくため息を吐く。


「なぁルーナ、あのコンパス貸してくれ」


「・・・はーい」


そう言いながらルーナに右手を差し出すと、一瞬殺意に似た何かを感じたが、取り敢えずそれは無視してルーナから差し出されたコンパスを受け取り、リーシェの髪の色や眼の色などの設定を進めて行く。


「なぁヘルガ、リーシェと体重か身長分かるか?」


「えっ、どうしてですか?」


「人探しの魔術を使う。そうすりゃすぐ見つかるだろ」


「あっ、ありがとうございます。えっと、体重は40から8・・・くらいまではあると思います。身長は146くらいです」


「オーケー」


そのヘルガの言葉に合わせ、魔術で探すための条件を絞り込み、コンパスを地面に置いてスイッチを入れると、その赤いコンパスの針は台風の様に回り始めた。


けれど、いくら待ってもコンパスの針は止まらなかった。


その光景を見て大急ぎで設定を見直すが、設定に間違いは無い。


「は、悠翔さん。これってどういう意味なんですか?」


「・・・眼黙の街の裏に居るか・・・死んでいるかだ」


自分で言っておいてなお拳に力が入り、そんな真実を受け入れたくはなかったが、コンパスは無情にも回り続け、何処も示そうとしない。


「・・・嘘」


そんなルイの声に合わせ、静かで重い空気の中にヘルガは何処か現実を受け止められない顔をし、ルイは何も言わずにポロポロと涙をこぼし始めた。


(なんで・・・あいつが)


あいつはいい奴だ。


俺の勘がそう言ってる。


なのに、なんで死んだ。


なんで死んでるんだ。


「あの、それでリーシェは・・・何処に」


「・・・分からねぇ。死体はこれで見つけられねぇし、人手が居る」


せめてリーシェの死体を見つけたい様なヘルガにコンパスを軽く指先で叩きながらそう伝えると、ヘルガは覚悟を決めた様な顔をし、ふらふらとした足取りで外に向かい、家の前を通る誰かに小さな震える声で声を掛けた。


「あの・・・リーシェが居なくなって、死んでる可能性があるんです。捜すのを手伝ってくれませんか?」


「リーシェ? そんな事よりも今はケンが居ない事の方が重要なんだ!もしかしたらあいつらが攻めてくる予兆かも知れないしね」


そんな無情なセリフに拳に力が入り、薬指が手の平に食い込む痛みを怒りが漂う頭の中感じていると、あの時の事を思い出してしまった。


あの人が、死んだと伝えられた時の事を。


「・・・ヘルガ、ちょっといいか?」


「・・・はい?」


「俺らも探すのを手伝う」


帰って来た屍人の様に暗い顔をしているヘルガにそう伝えると、ヘルガは弱々しい笑みを俺達に向け、ただ頬を伝う涙を瞳から溢し始めた。


「よろしく、お願いします」


「あぁ」


「あの!」


ヘルガの言葉に頷き、コーヒーを飲み干してコップやマキネッタを鞄の中に放り込み、それを持って奏とルーナに立つ様に目配せをしていると、後ろからルイから声がかかった。


「変な・・・お願いですけど、もしリーシェを見つけたら、私に見せて貰えませんか? どんな風になっていても・・・お願いします」


そんな願いには正直共感出来てしまった。


俺もあの人が死んだ時、死体を見せて貰えなかった。


何故かは分からないが、どんな姿になっていてもその死体を見て・・・本当にその人が死んだのだと実感して、死体の側で涙を流したかった。


だからそのルイの願いに頷き、立ち上がった奏とルーナと共に、静かに泣き続けるヘルガの肩に手を置いてから鞄を背負って外に出ると、眩しい朝日が視界を遮った。


(うぜぇな・・・)


そんな肌を焼く様な日差しに苛つきながらも、奏とルーナが外に出るのを待っていると、暗い顔をした奏と何処か複雑そうに眼を細めているルーナが外に出て来た。


「・・・行くぞ」


「・・・はい」


「分かりました」


暗い顔をした奏の頭に手を置き、少しでも安心できたらなと言う淡い期待を込めてドルイドの集落から離れる様に森の中に入り、辺りの気配を確認してから演技をやめると、口から自然と笑みが漏れてしまった。


けれどそれを後ろの二人に気付かれてはいけないため、何処と無く暗い顔を演じながら森の中を歩いていると、後ろから腰辺りの服を軽く引っ張られた。


「あの、探すならみんなで別れて探したら良いんじゃないですか?」


「・・・悪いな奏。本当はリーシェを探すつもりは無い」


その本心に奏は信じられない様な顔をし、その後ろにいるルーナは怒りに満ちた表情を浮かべたが、ルーナは枝を体内に埋め込んでいるから対して怖く無いため、今は奏から失った信用を得るために用意しておいた言い訳を口から言い表して行く。


「なんで・・・そんな酷い事を?」


「奏・・・よく考えてみろ。俺らはこれでも追われてる身だ。白さんが居ない中、次ゼウス達に見つかったらお前を守る事は不可能なんだ。だから分かってくれ、ここで時間を潰すわけには行かない」


そんな信頼を得るために考えた言葉を奏に言うと、奏は複雑そうな表情を浮かべ涙を流し始めたが、それでも頷いてくれた。


「分かり・・・ました」


「・・・すまない」


わざわざ他人のために泣く奏の頭に手を置き、軽く頭を撫でてやってから後ろに向かって足を進めて行ると、奏は俺の服の端を持ってゆっくりとついて来てくれた。


そんな奏に申し訳なさを覚えてしまうが、あれはある意味では本音なため、ゆっくりと、しかし焦る様にして確実に足を進めていると、急に俺の勘が何かを感知し、足を止めて即座に右手に蔓を巻き付けて種を飲むと、辺りの影からゆっくりとドルイドの民族衣装を着た男らが現れた。


突如として現れた屈強な男らに焦るが、その焦りはあの鈴音によってさらに掻き立てられて行く。


「さて、お前ら。こんな場所になにをしている?」


木の影から姿を現した鹿の飾りを付けた里長の眼に睨まれ、一瞬心臓が跳ねるが、跳ねる心臓を長い息を吐きながら落ち着かせ、冷静を装って里長と対話して行く。


「なにって、王都の方に行こうとしてるだけだが?」


「1人行方不明になって、普通の血縁になら遅れを取らない熊が殺された中?」


「へー、そんな熊居んだ」


こいつは嘘を見抜ける血縁だから、嘘をつかぬ様に騙し通さなければならないため、ゆっくりと自分の思考に矛盾点がない様に注意しながら会話を進めて行く。


「単刀直入に聞こう。行方不明者に心当たりは無いか?」


「あるぞ。リーシェっつう女の子だろ?」


その俺の言葉に辺りの男達はざわつき始めたが、これは想定の範囲内なため、冷静を装い続ける。


「何故知ってる? 名前は言ってない筈だが」


「ルイ達が心配してたから知ってんだ」


「・・・そうか。ではもう1つ聞こう」


取り敢えずリーシェの事は言いくるめられた事に安堵し、背中に汗が滲み出す気持ち悪い感覚を感じていると、急に里長の眼力は強くなり、それは俺の方をジロリと睨んだ。


「お前は臭すぎる。何か隠してるだろ?」


(っう!?)


正直こう言う手の血縁の力を完璧に当てにした質問に困るが、この手の質問の言い訳はあの時に鼻血が出るほど頭を悩ませて考えていたため、焦る心とは逆に笑みを浮かべる。


「当たり前だろ。誰にだって隠し事はあるだろ?」


「おいおい話を逸らすな。行方不明者に付いて何か隠してるだろ?」


(掛かったな)


わざとにイラつかせ、取り敢えず殺したなと質問されない様に出来た事に安堵し、笑みを顔から消してため息を吐く。


「・・・まぁ、隠してるな」


「ならそれを嘘偽り無く申せ。私は短気なんだ」


「・・・昨日の夜、リーシェと森の中で話した」


その言葉にまた辺りの男達はざわつき始め、辺りから感じる圧が強くかりら今にも俺らに襲いかかりそうだが、それを前にいる里長が静止する様に男達に目配せをしている。


「なにを話した?」


「あいつがルイの生贄の価値を無くそうとしてるって思ってる事を」


リーシェからそう聞いたと言えば嘘になるため、あえて話したと言わずにあいつが本当に思っていた事を話すと、里長は一瞬リーシェを思う様に表情を寂しくさせた。


「・・・その後の行き先は?」


「それは知らん」


あいつの魂が何処に行ったかなんて本当に知らない。


そんな風に話題を自分の中でずらしてその本音を伝えると、里長はまたため息を吐き、また俺達の方に眼力が強い黒い眼を俺の方に向けた。


「なら、最後に聞こう。お前は何故そんなに焦っている?」


(っう!!)


おそらくそれは何気のない質問だが、それは今聞かれては一番困る質問だった。


何故なら、論点を自分の中でずらしても嘘を付かずに答えるとなると。ほぼ答えが確定している質問だからだ。


けれど黙っていては何を思われるか分からないため、ゆっくりと息を吸い、この場で言えば必ず話が拗れる話を嘘偽り無く話す。


「・・・ブラックリストの血縁者がこの中に居る」


「「「!?」」」


やはりその一言に辺りの男達は一斉にざわつき始め、前にいる里長の眼は見開き、俺らの方を品定めする様な視線を送ってきた。


「誰がだ?」


「教えるか。教えたらお前ら、そいつを利用しようとするだろ?」


そう、ドルイドとはそう言う奴らだ。


ドルイド自身は膨大な知識を持っておらず、一人一人は弱い存在なため、最近になって街の片隅にあるこの森まで追いやられた。


だからこそ、元の土地を取り返そうとすれば、こいつらはなんだってするだろう。


幼い子供を陵辱する事さえも。


そんな事を思うと拳に力が入り、白い怒りがだんだんと脳内を埋め尽くし、今すぐにでも里長の首をねじ切ろうかと想像していると、何を思ったのか後ろから小さな足音が聞こえ、奏が俺の横を通り過ぎた。


(はっ?)


「えっと、私がブラックリストの神様です」


「・・・その神の名は?」


「馬鹿っ!?」


「大国主です」


奏の暴走を止めようと小さな肩を掴んだ時にはもう遅く、奏は神の名を言ってしまった。


そうすると当然、なんでも利用するドルイド達は眼を輝かせ、里長は何処か暗い表情のまま右手を俺達に差し伸べた。


「・・・すまないが、そいつを渡してくれ。そうすればあんたらを殺さないで済む」


その言葉に、あの時の光景がフラッシュバックした。


無力で雑魚で惨めで弱い俺の事を。


そのせいか不思議と体から力が抜けてしまい、心は冷たいのに頭だけは熱いという変な感情に体が支配され、息を鼻から大きく吸う。


「この場にいる全員を、俺はいつでも殺せる」


自分の口から漏れた重い言葉に、男達は困惑した様な顔していたが、前にいる里長だけは黒い眼を見開き、すぐさま差し伸べた手を引いた。


それも当然だ。


今の言葉は嘘偽りが無い本当の事だから。


「次俺らを止めたら全員殺す」


「はぁ? 何を言って」


「黙れ!!」


1人の男の声を里長は大声でかき消すと、里長は黒い眼をゆっくりと閉じ、汗ばんだ額を布で拭った。


それがここを通れと言う合図だと勝手に解釈し、肉蔓を体内に戻しながら前にいる奏の肩を軽く叩き、3人で里長の隣を難なく横ぎり、道など無い森の中を勘を頼りに進んで行く。


その途中、やっとあいつらから離れられた事に安堵しながら、前を歩く奏の肩を無言で掴む。


「奏、さっきのは」


さっきの自分を犠牲にしようとして俺らを助けようとした奏に声をかけようとしたが、それよりも速く奏は俺の足にしがみつき、苦しそうな嗚咽を漏らし始めた。


「ごめん・・・なさい。怖かっ・・・た」


何故そんな風に奏が泣くのかが理解出来ないが、取り敢えず左膝を地面に着けて奏と同じ目線に屈み、奏の嗚咽が少し収まるのを待ってから話を聞いてみる。


「奏、なんであんな事したんだ?」


「あの時と・・・似ていたから。首を折られた時に」


その言葉に勘が俺の昔の記憶を引っ張り出してきた。


あの時の森の中で、ゼウスの拳圧で首を折られ、アレスやアテナからボロクソに殺された時の事を。


その言葉に何も言えなくなり、ただどんな気の利いた言葉を掛ければ良いのかという答えを見つけ悩んでいると、後ろからルーナの足音がした。


けれどその足音に殺意がこもって居ないため、安心して取り敢えず奏を宥めようとしたが、ルーナは急に奏の肩を掴んで顔を無理やり自分の方に向けると、急にルーナは奏の頰を引っ叩いた。


「おいっ!?」


「奏ちゃん、よく聞いて」


奏を引っ叩いたルーナに慌てて声を荒げるが、ルーナはそんな事を聞いていない様に奏と同じ目線にしゃがみ込み、奏のに隻眼の強い眼差しを向けた。


「自己犠牲をしても、誰も救われないの。犠牲になった方も助かった方も。・・・だからお願い、もう2度とあんな事はしないで」


「・・・はい」


意外にも奏は叩かれた事に触れず、恐怖も何もこもっていない涙ぐんだ声をルーナに向けると、ルーナは奏を胸に抱き寄せ、苦しそうに嗚咽を漏らす奏をあやす様にして肩を叩き始めた。


その光景には少し意味が分からなかったが、ふと、思う事があってしまった。


(あんな母親が居たら・・・俺は・・・変われたのかな)


奏をあやすルーナを見てそんな事を思ってしまうが、もうここまで来れば変われないし止まれない。


そんな後悔と時間が強引に決めた決意を胸に、俺はただ奏が落ち着くのを待つしか出来なかった。



ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


「すみませんでした・・・」


やっと落ち着いてくれた体を後ろに向け、悠翔さんに頭を下げると、その下げた頭にすぐに手が乗り、何度かポンポンと頭を撫でてくれた。


「気にすんな・・・でもまぁ、今度からは俺の事を信用してくれ」


「っ・・・はい!」


私を許してくれた悠翔さんに大きく返事をし、次からは悠翔さんが言った通りにみんなを信用しようと決意しながら顔を上げると、後ろからルーナさんの細い手が私の頭の上に乗った。


「さて、これからどうするおつもりなんですか?」


「昨日言ったろ。王都に行くんだ」


「いや、あそこは身を隠すのには向いてませんよ?」


「まぁ、心配すんな。ツテがあるから」


悠翔さんの言葉にルーナさんは不機嫌そうな笑みを浮かべたけど、それを悠翔さんは無視して重そうな鞄を背負い直した。


「んじゃ、行くぞ」


「はい!」


「・・・はーい」


悠翔さんの声に頷き、前を歩いていく悠翔さんにルーナさんの右手を左手で握りながら着いて行き、しばらく静かな森の中を歩いていると、ふと、さっきの事で疑問に思う事があった。


「あの、悠翔さんってどのくらい強いんですか?」


「・・・さぁな」


いつもなら私の疑問に快く答えてくれる悠翔さんから珍しく冷たい言葉を投げられ、少し胸の奥に衝撃の様なものを感じたけど、誰にだって聞かれたく無いものはあるよねと思う事にして、悠翔さんに声をかける。


「すいません、余計なこと聞いちゃって」


「いや・・・気にすんな」


そんなため息混じりの言葉にやっぱり聞いてはいけない事だったんだと思っていると、いつのまにか辺りには切り株が増えており、だんだんと視界が開けてきた。


それが誰かが雑に手を加えたのだと分かり、何故自然をこんな雑に伐採しているのか疑問に思っていると、私達の前の方に何かを覆い囲う様な銀色の柵がずらりと並んでおり、顔が見えない銀色の兜を被り、長い槍を持った2人の男の人?達が門の場所に立っていた。


その門番の様な人達をじっと見ていると、その門番の人達も私たちをじっと眺めており、門番の人達は槍を急に構えた。


「お前ら、何者だ?」


「えっ!? わ、私たちはえーっと」


「旅行中のもんだ。王都の中に入れてくれ」


「・・・なら、この石板に手を当てろ」


門番の男の人達は腰にぶら下げた石板を私達に向け、それを言う通りに手を当てようとすると、後ろから悠翔さんに肩を掴まれ、足を無理やり止められた。


「は、悠翔さん?」


「悪りぃな、ちょっと俺らの中に恥ずかしい血縁が居てな、これで勘弁してくれ」


そんなスラスラと口から嘘を漏らす悠翔さんに驚いてしまっていたけど、それよりも速く悠翔さんは鞄から金貨を2枚取り出し、それを男2人に手渡した。


すると男性2人は武器を下ろし、2人で顔を見合わせてため息を吐いた。


「・・・まぁ、良いだろう。入れ」


「あんがとな・・・行くぞ」


門番2人を横切る悠翔さんに追いかける様に、ルーナさんの手を繋いだまま2人で門を潜ると、外からは何見えなかったのに、辺りには急にとても大きな家達が現れ、その人がごった返す大きな道の先には辺りの家の数倍はあるであろう大きな建物が建っていた。


「えっ・・・なんですかここ?」


「王都だよ奏ちゃん。あれがお城でここらは民家」


「ルーナさん、詳しいですね」


そんな何気ない一言にルーナさんは顔を一瞬冷たく固めたけど、すぐにそれを隠すように優しい笑みをその顔に浮かべた。


「ここ、私の故郷だからね」


「あっ、そうなんですね」


それじゃあルーナさんは故郷に帰れて嬉しいだろうと思っていたけど、さっきの表情がどうも引っかかてしまい、本当にそう言ってしまって良いのか迷ってしまっていると、ルーナさんは悠翔さんの方に顔を向けていた。


「で、どうするんですか?ここは金を求めて止まない人間が大勢いますが?」


「大丈夫だって、絶対に見つからない場所がある」


不機嫌そうに首を傾けるルーナさんに悠翔さんは自信満々でそう答えたけど、いまいち2人がなんの話をしているか分からない。


「あの、2人ともなんの話をしてるんですか?」


「あー・・・ここじゃ言えねぇな。取り敢えず隠れ蓑になる場所に行くぞ」


悠翔さんはそう言うと、嫌そうな顔をしながら街中を歩き始め、人並みに飲み込まれない様に右手では悠翔さんの服の端を掴み、左手では右眼が見えないルーナさんの右手を強く掴んで、3人で人の波の中を歩いて行く。


人が多過ぎてまともに話す事もできず、前を歩く事に精一杯なむさ苦しい波の中を3人で黙々と歩いていると、急に悠翔さんの足が止まり、私を左側に無理やり抱き寄せた。


「はる」


「黙れ」


その静かで強い一言に押し黙り、何を悠翔さんは警戒しているのかと疑問に思っていると、あの音が聞こえた。


重い鎧が擦れる音が。


「ねぇ、その鎧重くない?」


「いやカッコいいだろ? ファッションだよファッション」


「いや、流石にここでは私服の方が良いんじゃ」


「あぁ、とっとと着替えろ」


そんな4人組の会話がやけに聞こえてしまい、あの時の恐怖と絶望が頭の中で蒸し返され、足を止めてしまいそうになったけど、悠翔さんが半ば強引に私を引っ張ってくれるおかげで足は止まらなかった。


「んっ?」


「どした?」


「・・・いや、もう居ない知り合いに似た人が居ただけ」


そんな会話が聞こえると、悠翔さんは人混みを進む速度を上げ、私が転びそうなほど強く腕を引っ張られ、こけない様に頑張って足を進めていると、急に人混みが抜け、悠翔さんの足が止まった。


「わっ!?」


そのせいで悠翔さんの腰に顔がぶつかってしまい、鼻の痛みを感じて居たけど、悠翔さんは私に何も言わず、人が少し減った道でただ立ち尽くしている。


「あの、悠翔さん?」


そんな悠翔が心配になり、後ろから悠翔さんの顔を覗き込んでみると、そこには瞳孔が開き、汗をポタポタと垂らしている悠翔さんの顔が合った。


「ちょっ、悠翔さん!?」


「んっ!?・・・なんだ、奏か」


そんな私の存在を忘れて居た様な悠翔さんに困惑してしまうけど、それは後ろから聞こえる聞き覚えのある足音に掻き消されてしまった。


「あっ、ルーナさん」


「さっきぶり」


「悪りぃな、大勢で動いたらバレそうだったから」


「あぁ、それは良いですよ。それで、どうするんですか? 追ってはもう来てますけど」


「いや、それはもう解決した」


「はい?」


意味が分からなさそうに顔をしかめるルーナさんに悠翔さんはさっきまでの焦った様な顔が嘘の様な笑顔を浮かべ、後ろに向かって親指を指した。


「あるだろ? 追手を巻けて、絶対に通報されない場所が」


そんな言葉と共に悠翔さんが指さした後ろを見てみると、そこには辺りの家の何倍もあるお城と呼ばれる建物が見えていた。


「いや、どうやって入るんですか? 部外者は基本立ち入り禁止なんですけど」


「だから言ったろ、ツテがあるって」


そんなよく分からない2人の会話について行けず、頭の中を疑問がだんだんと埋め尽くしていると、悠翔さんの後ろに悠翔さんよりも少しだけ背が高く、薄い青色の短い髪をして老眼鏡を付けた女性が立っているのに気が付いた。


その女性は、黒い服の上に白い羽織物を着た様な服を着ており、悠翔さんに向かって金色の両眼を向けていた。


「あの、失礼ですけど田中さんですか?」


「いや・・・杉下だ」


そんな意味不明な会話に首を傾げると、女性は老眼鏡を中指に指輪を付けた左手で掛け直し、キビキビした態度で後ろを振り返った。


「では、付いてきて下さい」


「おう」


見知らぬ女性に何の遠慮もなく着いて行く悠翔さんを慌ててルーナさんと共に追いかけ、お店の様な場所の曲がり角を曲がると、女性と共に悠翔さんが沢山の本が並んでいる場所に入るのが見えた。


取り敢えず私達も悠翔さんを追いかけようと、その閉まった木のドアをゆっくりと開けたけど、中には誰も居らず、ただ静かに本が並んでいるだけだった。


「あれ?」


「ねぇ奏ちゃん、一旦外に」


後ろにいるルーナさんが何かを言った瞬間、後ろにある扉が急に閉じ、木で出来た床が音も立てず崩壊し、体が強い浮遊感に襲われた。


「〜〜〜〜!!?」


「奏ちゃん!」


その浮遊感に頭が混乱し、何も出来ずに暗闇を落ちる中、ルーナさんから頭を胸に抱き寄せられ、2人で永遠に感じる時間を落ちていると、急に何か柔らかい物に包まれ、体の浮遊感が止まった。


(えっ?)


「悪いな、少し急だったもんで」


そんな聞き覚えの無い男性の声が聞こえ、ルーナさんの胸から体を離して声がする方を見てみると、そこには紫色の髪をし、あの女性と同じ様な服と指輪を左手の薬指に付けた男性が、私たちに向かって金色と風色の眼を向けていた。


「それで、そちらはどちら様で? 王国関係者なのは服を見れば分かりますけど」


そんな重々しいルーナさんの声に合わせ、ルーナさんは私を守る様に胸に抱き寄せると、浮いていた体はゆっくりと地面に降り、安心できる地面の感触に安心していると、その男性の後ろにある曲がり角から悠翔さんが出てくるのが見え、悠翔さんは男性に肩を置いた。


「悪りぃな、急に来ちまって」


「気にするな。命の恩人の願いだぞ?」


そんな風に仲が良く話す悠翔さん達を見て、この人が悠翔さんが言っていた人なのかと思っていると、その後ろから足音が聞こえた。


すると曲がり角から出て来たのは、男の人と同じ服を身に纏い、綺麗で長い金髪を揺らす、薄い橙色の様な眼をした女性だった。


(あれ?)


その女性を見ると、嫌な記憶がだんだんと掘り返され、悠翔さんが一回死んだ時の前の記憶まで頑張って掘り起こすと、体が震え始めた。


だってその人は・・・私を殺そうとしたあの白い鎧を着た女の人だったから。


(なんで・・・もしかして・・・はる)


「こんにちは、会うのはあの時以来だね」


そんな悠翔さんに売られたと言う最悪な考えを遮るように女性は優しく私に微笑み、私に軽く頭を下げてくれた。


「脅かしてごめんね。私はアナベル、よろしく。それでこっちがゲイル」


「よろしくな」


「えっ、えっと、奏です・・・」


「そちらは?」


「・・・ルーナです」


取り敢えず自己紹介を返し、お互いの名前を把握すると、アナベルさんとゲイルさんは後ろにいる悠翔さんに顔を向けた。


「それじゃあ行こうか」


「あぁ」


アナベルさんの言葉に悠翔さんは一言で返すと、ゲイルさん達は後ろに続く薄暗い通路を進み始め、それにルーナさんの手を引っ張りながら着いていっていると、ふと疑問に思う事があった。


「あの、悠翔さん」


「どした?」


「今から何をしに行くんですか?」


「今からか・・・お前らを一時的にここで雇ってもらうために、挨拶をしに行く感じか」


「どうして雇ってもらうんです?」


「ん〜、ここ人手が足りないんだ。だから雇って貰えば、正式にお前らを匿ってもらえる」


その正式と言う言葉の意味はよく分からなかったけど、取り敢えず悠翔さんが私たちを思ってくれている事だけは分かったため、胸の中にある心地がいい熱を感じながら悠翔さんについて行っていると、薄暗い通路の果てに階段が見え、それを前に居る悠翔さん達は上がり始めた。


後ろにいるルーナさんを気にかけながなら、それに着いていく様に私達もゆっくり階段を登り続けていると、薄暗い階段の奥に白い扉がある事に気が付いた。


それをアナベルさんが開けようとした瞬間、手が触れていないのにもかかわらずに扉が開き、眩しい光が私に目が眩んでしまう。


その眩みが収まると、扉の前に黒と白のひらひらとした服を身に纏い、何故か両眼を瞑っている短くて暗い草色の髪をした女性が扉の前に立っていた。


「あっ、ルージュ様。どうしてこちらに?」


「足音が聞こえたから来ただけですが、そちらの人達は?」


そのルージュと言う女性は私たちに閉じた眼を向けてにっこりと微笑んでくれると、悠翔さんは私達に親指で指を刺した。


「女性が2人いるのは分かるか?」


「はい」


「ならこいつらを雇ってくれ。人手が足りないんだろ?」


「えぇ、良いですよ」


「えっ!? 良いんですか!?」


そんなホイホイと働かせてくれる事にとても驚いていると、女性は私の方に笑みを向け、その笑みを隠すように口元を指先で隠した。


「えぇ、ワルキューレの紹介ならば断るわけには行きません」


(ワルキューレ?)


聞き覚えの無い言葉を聞き、それを悠翔さんに聞こうとしたけど、それよりも速くに悠翔さん達は階段を登り終え、それに続くように私達も階段を登り終えると、そこには綺麗に磨かれた石が敷き詰められた床や白く見た事のない壁が付いた大きな建物の中が見えた。


(わぁ・・・)


そんな綺麗な建物にさっき何を悠翔さんに聞こうとしたのか忘れてしまい、それを必死に思い出そうと頭を悩ませていると、悠翔さん達は私たちから離れる様に別の道へ進み始めた。


「あれ? 悠翔さんはどこに行くんですか?」


「・・・これから俺は王様んとこに行くだけだ。お前らは頑張れよ」


その言葉に、悠翔さんと一緒に働ける訳では無いんだと残念がってしまうけど、その頑張れと言う言葉を心でしっかり受け止めていると、何故か元気が出てしまう。


「はい!」


そうやって元気良く返事を悠翔さんに返すと、悠翔さん達は私たちに背を向けたまま足を進めていったけれど、その悠翔さんの背中には、何か黒い縁が繋がれていた。



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