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第13話 一息


「んっ!?」


そんな声と共にルーナさんの足が急に止まり、大急ぎで涙を拭って顔を前に向けると、そこには雨が降っているのに、薄い膜の向こうには木漏れ日が指している不思議な光景が広がっていた。


「・・・ル、ルーナさん、これってなんですか?」


「ごめん、私にもさっぱり・・・」


ルーナさんは私と同じ様に首を捻らせ、心底不思議がる様にその膜をじっと眺め続けていたけど、それを遮る様に雨が強くなり、ルーナさんは私の足と肩をしっかりと抱え直し、ぬかるんだ道を走り始めた。


けれど不思議な事にその森の中を走るたびにぬかるんだ地面の音は聞こえなくなって行き、だんだんと雨も止んで行く。


「えっ? 通り雨?」


「いえ、まだ水の匂いしてますし、なんなんですかね?」


「血縁の力・・・かな?」


そんな積もる疑問を2人で話し合っていると、急に茂みを進む音が聞こえ、跳ね上がる心臓と共に口が塞がり、私を抱きしめる力はぎゅと強くなった。


「奏ちゃん、いざとなったら私は捨ててね」


小声でそう囁くルーナさんに全力で首を横に降り、そんなのは嫌だと無言で伝えていると、四方八方の木の影から杖に何かの文字が描かれた物を構え、白い絹の様な物を身に纏った男の人達が現れた。


その男の人達は耳に銀色の飾り物を付け、何処か幻想的な雰囲気を醸し出していたけど、その人達の顔色は怒った様な表情で私達を見つめていた。


「る、ルーナさ」


「あら、女性2人にこの人数は卑怯ではありません?」


ルーナさんは急に私を下ろし、その行動に頭が混乱していくけど、ルーナさんは気をそらす様に会話をし始め、私から少し距離を離した。


「お前ら、何者だ?」


「何って、黒い服を着た男の連れですよ。もしやあいつは・・・死にましたか?」


(死っ!?)


何処か期待を込めた様なルーナさんの口から出て来た死と言う言葉に心臓が苦痛を訴える様に脈打ち始め、荒くなっていく息と不安と辺りの空気のせいで頭の中がぐちゃぐちゃになってしまっていると、辺りの男達は急に杖を下ろしたけど、その目達は私達をまだ疑っている様だった。


「取り敢えず、お前らには俺らの集落に来てもらう。拒否をすれば・・・分かってるよな」


「えぇ」


ルーナさんのその一言に、辺りの男の人達は私達を囲みながら前へ進み始め、不安が渦巻く頭と苦しい胸のまま前を歩くルーナさんの濡れた服を摘んでそれに着いて行っていると、ルーナさんは歩く速さを落として私と肩を並べ、何処か心配する様な顔を私に向けて来た。


「大丈夫? 気分悪そうだけど」


「い、いえ、大丈夫です」


私を心配してくれるルーナさんに胸の苦痛を隠しながら笑みを返すと、ルーナさんは何処か悲しそうに笑い、男性さん達の方をじっと眺め始めた。


けれどその眼が何処か投げやりな様な気がしてしまい、ルーナさんが何かしない様に濡れた服を掴む力を強くしていると、いつの間にか辺りの木達は少なくなっていて、前の男の人達の隙間から見える景色には、とても温かな日差しが差し、木の柱に葉っぱの屋根が乗った見たことが無い家達が並んでいた。


そんな見た事無い幻想的な家を見て、苦痛を忘れ感動を覚えていると、私達を囲んでいる男の人達はその集落の中で一際大きな家に向かって足を進め始め、その家の前に立つ門番の様な女の人に先頭の男の人は声を掛けた。


「そいつらは?」


「あの黒服の連れらしいが・・・確認させてやれ」


「分かった。おい黒服!出て来い!!」


その黒服と言う言葉に似合う人はあの人しか知らないため、少し安心しながら家から出てくる人を待っていると、案の定出てきたのは半分くらい乾いた黒い服を着た悠翔さんだった。


「おい、こいつらはお前の連れか?」


「あぁ。悪かったなルーナ、奏、置いてきぼりにしちまって」


「い、いえ、大丈夫です」


私はただ悠翔さんが生きていた事に安心したけど、何故かルーナさんは何処か怒った様な雰囲気を醸し出し、中指を悠翔さんに向かって立てた。


その何かの合図の様な物に首を傾げていると、辺りに居た男の人達は武器を下ろし、先頭に居た男の人は右膝を地面に付き、私達に頭を申し訳なさそうに下げて来た。


「疑ってすまなかった」


「い、いえ、よそ者が集落に入ってきたらだれだって警戒しますから。ですよね、ルーナさん」


「・・・まぁ、うん」


私の言葉にルーナさんは仕方がなさそうに頷くと、前にいた男性は立ち上がり、膝に汚れを付けたまま悠翔さんの方に振り返ると、悠翔さんに向けてまた膝をついて頭を下げた。


「礼を、あの娘はこの集落にとってかけがいの無い存在ですから」


「そうか、そんなら良かった」


(あっ、よかった・・・)


その悠翔さんの言葉で女性が救われたのだと理解し、心から安心していると、悠翔さんが今浮かべている笑顔が何処かカッコよく見えてしまい、両頬に熱が溜まるのを感じながらその笑みじっと眺めていると、私達の後ろの方から鈴が鳴る様な音が近付いて来た。


(んっ?)


その不思議な音に反応する様に後ろを振り向くと、そこにはあの女性と同じ様な白い布を身に纏い、銀色の耳飾りをしている女性達に囲まれる様に、重そうな鹿の角に銀色の鈴の様な物で装飾した飾りを頭に乗せた、凛とした顔付きの女性が私達の方にやって来ていた。


その女性を見ると、辺りの男性達は杖を地面に置き、膝を地面に付いて頭を下げた。


「えっえと」


「よい、(みな)のもの頭を上げよ」


その光景を見て私も膝を付こうかと迷っていると、それを遮る様に真っ直ぐとした言葉が聞こえ、全員の頭が一斉に上がった。


するとその女性は周りの人達が居るのにも関わらず足を前に進め、その人を避ける様に周りの人達は道を開けると、女性は開いた道をゆっくりと進み、私達の前にやって来た。


「えっ、えっと」


その女性の見た目の圧が凄く、失礼だけどかなり戸惑っていると、女性は私達の前で両膝を付き、ゆっくりと重たそうな頭を私達に向かって下げて来た。


(おさ)として改めて礼を。其方らのお陰で、この集落は救われたと言っても過言では無い」


「ふーん、やっぱそうか」


その女性の丁寧な言葉に悠翔さんは何か納得した様に声を漏らすと、頭を下げた女性は急に鋭い眼を私の後ろに向け、その眼圧に心臓が跳ね上がった。


「して、お前らは何者だ?」


「旅人だ。ここら辺に寄るつもりは無かったがあの女を見つけたからここに来ただけ。そいで俺らはお前らの敵じゃ無いし、俺らはあんたらに危害を加えようとは思っていない」


何処か説明口調な悠翔さんに少しだけ違和感を感じてしまっていると、前にいる女性の眼圧は急に治り、女性はゆっくりと立ち直すと、もう一度私達に頭を下げた。


「・・・疑ってすまなかったな」


「気にすんな、最近の事情は小耳に挟んでる」


「・・・非礼の詫びに、ここで好きなだけ休むがが良い。住居と食事は最低限、ドルイドの里が保証しよう」


「すまない」


その悠翔さんの一言で話は終わったらしく、女性は凛とした顔つきのまま元居た道を歩いて行き、その人を囲む様にして女性達もここよりも大きな家に向かって歩いて行ってしまった。


それを見ているといつのまにか緊張していた体から少し震える息と共に力が抜け、ゆっくりと一安心していると、後ろからを聞いた事のない女性の声が掛かった。


「あの・・・」


「はい?」


そんな細くて綺麗な声に合わせて後ろを振り向くと、そこにはあの女性と同じ服を身に纏い、金髪を三つ編みにしている銀の耳飾りを付けた女性が、心配そうな紫色の眼を私とルーナさんに向けていた。


「ちょうど今から洗濯するんですけど、その服洗いましょうか?」


「あっ、ありがとうございます」


その女性が濡れた私達を心配してくれているのだと分かり、その女性に笑顔を向けながらお礼を言うと、女性は少し嬉しそうに微笑み、向こうの方にある紅葉したような赤色の葉っぱがくっ付いた家を指差した。


「あそこの中で服を脱いで下さい。あの中には湯浴びも出来ますから」


「ありがとうございます」


「はい。」」


丁寧にそう教えてくれる女性に心から湧いてくる善意と共に笑顔を向けると、女性は嬉しそうに私に微笑み返し、あの赤い葉っぱの屋根の方に足を進め始め、それに私も着いて行こうとするけど、それよりも気になる事があった。


「あの、男性って何処で湯浴びを出来るんですか?」


「あっ、男性の方はあの青色の屋根の所で湯浴びが出来ます」


「だそうですよ、悠翔さん!」


濡れた悠翔さんが風邪を引かないように少し遠くにいる悠翔さんにそう伝えると、悠翔さんは急に驚いた様に顔をしかめ、私に無理やりな笑顔を浮かべた。


「お、おう、ありがとな」


「・・・? どういたしましてです」


どうして急に悠翔さんが驚いたのかは分からないけど、私も風邪を引くのは嫌だから、前を歩いて行く女性にルーナさんと一緒に着いて行き、あの赤い葉っぱが付いた屋根の家の中にそっと入ると、そこには少し暗い空間の中に、綺麗に磨かれた石の杯の様な物がポツンと建っていた。


「わぁ」


その神秘的な風景に少し感動していると、前にいた女性はその杯の中に置いてあった桶を沈め、少し湯気が立つお湯を掬い取ると、それを私達に差し出してくれた。


「はい、どうぞ」


「ありがとうございます」


お湯をくれた金髪の女性にお礼を言いながら桶を受け取ると、女性はすぐに木の枝で編まれた様な籠を私達に差し出してくれた。


「この中に服を脱いで下さいね」


「はい」


「・・・ありがとうございますね」


さっきまでずっと黙っていたルーナさんはやっと女性に笑みを浮かべると、濡れた深い青色の服と、黒色の長いずぼんを脱ぎ、それに続く様に胸に付けた桃色の胸当てと、黒い褌の様な物をさっさと脱いでしまい、ルーナさんが身に付けている者はあの眼帯だけになってしまった。


(わぁ・・・)


そんなルーナさんの引き締まった体を見て、胸が無ければ男の人みたいに見えるほどかっこいいなと思っていると、ルーナさんのお腹辺りに縦に一直線に入った痛々しい傷跡がある事に気が付き、それが気になってしまう。


「ルーナさん、それどうしたんですか?」


「これ? ・・・ん〜、ちょっと答えにくいかな」


「あっ、ごめんなさい」


少し悲しそうに、冷たい怒りを持った緑色の目をするルーナさんを見て、これはあまり聞かない方が良いのかも知れないと思い、慌てて謝るけど、ルーナさんの眼は冷たい怒りを持ったままだ。


そんなルーナさんを見て、どう話しかければ良いか迷い、失言をした自分が少し嫌になってしまっていると、ルーナさんは急に眼を優しくさせ、私の頭に手を置いた。


「えっ、どうかしましたか?」


「いーや、なんでも無いよ。ほら、奏ちゃんも服脱ご」


「えっと、はい!」


急に機嫌が治ったルーナさんに疑問を持ちながらも、悠翔さんから貰った黒い長袖の服とずぼんを脱ぎ、あのお店で貰った白くて軽いしゃつという物も脱いで籠に入れ、裸のルーナさんと一緒に湯浴びをしようとするけど、湯浴びをする時に使う布が無い事に気が付いた。


「あの、布ってあります?」


「布? ・・・あぁ、大丈夫ですよ。そこから湧くお湯って擦らなくても汚れが取れるんです」


「へー、凄いですね」


そんな不思議なお湯があるのかと驚きながらも、その言葉を信じてお湯が満たされた桶を持ち、それを傾けてゆっくりとお湯を頭から被ると、温かいお湯が体を伝い、汚れや冷たさが洗い流される様だった。


「気持ちい・・・」


「・・・ですね」


そんな心地良さの余韻に浸りながら、お湯の有りがたさを実感していると後ろから足音が聞こえ、後ろを振り返ると、そこには2枚の布を持ったあの三つ編みの女性が立っていた。


「はい、布ですよ」


「ありがとうございます!」


「ありがとう」


女性にお礼を言いながら布を受け取り、布で髪の水気をしっかり絞って体を拭いていると、その間に私の背中をルーナさんが拭いてくれた。


「あっ、すみません」


「いーよー」


そんな緩い声を返してくれるルーナさんに微笑み返し、今度は反対に私がルーナさんの背中を拭いてあげると、ルーナさんは顔だけを私に向け、嬉しそうに微笑んでくれた。


「ありがとう・・・」


「どういたしましてです」


お礼を言ってくれるルーナさんにまた笑顔を返すと、お互いが笑っている幸せな空気が出来上がり、胸の奥に温かいものを感じていると、後ろから布が風に扇がれる様な音がした。


「んっ?」


そんな音に後ろを振り向いてみると、そこには三つ編みの女性が私達の服を持ち、それに何処からか強い風が吹いている不思議な場面が眼に映ってしまった。


「えっと、何してるんですか?」


「洗濯だよ、私の血縁の妖精さんの力で乾かしてるの」


「あっ、ありがとうございます。・・・んっ?」


私達の服を乾かしてくれている後ろの女性にお礼を言うと、小さな疑問が頭の端に引っかかってしまい、それがだんだんと物凄く気になってしまう様になってしまう。


それは、妖精とは妖の類いなのに、どうしてそんな者の血縁なのかという物だった。


「どうかした?」


「えっと、血縁って神様だけじゃ無いんですね」


「・・・あぁ。よく勘違いされがちなんだけど、神の血縁者って『神様の血縁』じゃ無くて『神話の血縁』だからね」


「あっ、そうなんですね」


自分が知らない事を教えてくれた女性に頷き返していると、ちょうど私達の服が乾いたらしく、女性は服を丁寧に畳んで籠の中に入れてくれた。


「着替え、ここに入れておくね」


「あ、すみません」


「ありがとうございますね」


「そんなに畏まらなくて大丈夫ですよ、貴方達はこの里を救ってくれた人達ですから」


にっこりと笑顔を浮かべるそんな女性を見て、あの人はこの集落にとってとても大切な存在だったんだなと思うと、本当に救われて良かったなと思ってしまう。


そんな嬉しい気持ちを胸に、いつのまにか着替え始めたルーナさんに追いつこうと服のついでに洗ってくれた下着を身につけ、ずぼんを履いた瞬間、隣でずぼんを履いたルーナさんは何かに気が付いた様にぽけっとの中を弄り始めた。


すると出てきたのは、ボロボロに砕けた乾パンと言う食べ物だった。


「あっ、そう言えばルーナさん、ぽけっとの中に入れっぱなしでしたね」


「あー・・・そうだったね」


ルーナさんは少しだけ恥ずかしそうに笑うと、右の掌に溜まった乾パンの屑を無理やり口に放り込み、もぐもぐと口を動かし始め、それを飲み込むと手を合わせた。


「ご馳走様でした」


そんな食べ物を大切にするルーナさんに少し感動しながら、私ももう少し食べ物に対する感謝を改めた方が良いのかもと思いながら黒い服を着り、口周りのパン屑を落とすルーナさんと一緒に、洗濯を続けている女性の隣を笑みを浮かべながら通り過ぎて温かい日が差す外に出ると、ほのかにまだ濡れている髪の毛が日差しのおかげでぽかぽかと暖かくなって行き、とても心地が良い。


「気持ちいですね」


「うん」


「おっ、上がったか」


その聞き覚えがある声に喜びながら声が鳴る方を見てみると、そこには体をまだ濡らしている悠翔さんが私達に向かって来ていた。


「あれ、湯浴びしなかったんですか?」


「あぁ、それよりもしたい事があった事があったからな・・・すまんな、せっかく教えてくれたのに」


「い、いえ、そこは人の自由ですから。けど、お召し物臭くなりません?」


「心配すんな、お前の服と俺の服は永久に汚れないで有名な服だから」


悠翔さんの言葉に、そんな服があるのかと言う驚きがあったけど、それよりも悠翔さんがそんな所まで気遣ってくれているのだと思うと、頬が緩むほど幸せな気分になってしまうけど、視界に映っているルーナさんは何処か怒りを隠した様な笑みを悠翔さんに向けていた。


「へー、それっていくら位したんですか?」


「金貨80枚」


「8っ!?・・・おっ、お金持ちですね。」


さっきまで喜んでは居たけど、あの時に買ってもらった服の何倍もする値段を聞き、こんな貴重な服を貰ったのかと少し落ち着かなくなってしまうけど、それに気付いたのか悠翔さんは私の肩に少し湿った手を置いてくれた。


「まっ、気にすんな。俺がしたくてしてるだけだから」


「はっ?」


そんな善意が沢山こもった言葉にルーナさんは苛立ちを隠していない言葉を漏らすと、悠翔さんとルーナさんの黒と緑色の眼はお互いを睨み始めた。


それを見て悠翔さんとルーナさんはあまり仲が良くない事が分かってしまった。


だって、友情の縁がちっとも見えないから。


それを見て、取り敢えず昨日聞こうと思っていた悠翔さんの昔の事はルーナさんに聞かない様にしようと出来る限り空気を読んでいると、悠翔さんは大きなため息と共にルーナさんから顔を逸らし、私達に背中を向けた。


「取り敢えず、今日の寝床と飯は困らないからのんびりしてろ。明日は王都に行く予定だからしっかり寝ろよ」


「はい!」


「・・・分かりました〜」


悠翔さんの言葉にやっぱりルーナさんは不機嫌そうな声で返すと同じくらいに、視界の端にある大きな家の中から一本の杖を付いた女性が、長い紫色の髪をした私と同じくらいの背の女の子に支えられながら出てきていた。


すると家から出てきた女性は何かに気が付いた様に私達に方に大急ぎでこちらに足を進め始め、その女性があの時、悠翔さんが救った女性だと分かるほど近くなると、女性は急に小さな悲鳴を上げながら転び、頭を地面に打ってしまった。


「・・・大丈夫か?」


「お姉ちゃん!?」


後ろにいた黒色の眼をした女の子は倒れた女性を心配する様に声を荒らげ、女性の顔を小さな体で無理やり起こすと、その女性の顔には痛々しい擦り傷が出来ていた。


「ひっ!」


その傷を見て口の中にある唾が喉を通ると、女性と同じ服を着た女の子は急に誰かの名前を呼び始めた。


「ヘルガ!!何処!?」


「んっ、どうかした?」


そのヘルガと言う名前に、後ろの湯浴び屋から三つ編みの女性が不思議そうに顔を出したけど、そのヘルガと言う女性は転んだ女性の傷を見ると顔から血の気を引かせ、私とルーナさんの隙間を大急ぎで通り過ぎた。


「ちょっ、ルイ!? 何してるの!?」


「いてて、少し転んじゃって」


「少しじゃないよ!」


ヘルガさんは慌てて転んだ女性に近付くと、一瞬何かを躊躇ったけど、その女性の頬にヘルガさんはそっと手を当て、ゆっくりと息を吐いた。


するとルイさんの額に付いた傷をヘルガさんを中心に出てきた風が包み込み、見る見るうちにルイさんの傷が治っていく。


「ごめんね、ヘルガ。お礼をどうしても言いたくて」


てんとの中に会った時よりも何処か幼いルイさんを見て、少し首を傾げていると、紫色の髪をした女の子とヘルガさんに体を支えられながらルイさんは立ち上がり、足を震わせながらあの時の様な綺麗で見惚れるほどの笑みを私達に向け、そっと頭を下げた。


「改めましてお礼を。貴方達が居なければ、私は死んでいたと言っても過言ではありません」


足を震わせているとは思えないとても綺麗なお辞儀を見て、顔を上げて下さいとも言えずにただそれを眺めていると、そんな無言の空気を遮る様にルイさんのお腹から大きな音が鳴り響いた。


「あうっ・・・すみません」


ルイさんは恥ずかしそうにお腹を抑えて顔を赤面させ、それを見て少し可愛いなと思っていると、ルイさんの後ろにいる女の子は大きなため息を吐き、悠翔さんの方をじろりと睨んだ。


「取り敢えず、今日泊まるあてはあるの?」


「・・・いや、まだだな」


「ならうちに泊まれば?」


「・・・んじゃ、そうさせて貰う」


そんな二言だけをお互いは話すと、何処か悠翔さんに冷たい女の子はルイさんをまた支え始め、あの大きな家に向かって足を進め始めた。


「行くぞ」


「あっ、はい!」


「分かりました〜」


前を歩く3人に悠翔さんの声と共に付いて行き、ルイさん達がその家の中に入った後に続く様に私達も大きな家の中に入ると、そこには木の板が綺麗に敷き詰められたとても偉い人が住む様な家内が広がっていた。


「靴は脱いで」


「おう」


「おっ、お邪魔します」


高そうな木の板の前で悠翔さんから森を歩く用に貰った靴を脱ぎ、そっと木の板に足を乗せてみると、故郷を思い出す様な木の軋む音が聞こえた。


その音を聞き、懐かしさと寂しさを胸の中で感じていると、靴を脱いだヘルガさんはルイさんを少し重そうに抱え上げ、奥に引かれた布団の様な物にそっとルイさんを寝せた。


「ごめんねヘルガ」


「大丈夫、ゆっくり治したら良いよ」


ヘルガさんは何処か悲しそうにルイさんにそう伝えると、ヘルガさんは家の奥に行ってしまった。


その横顔に耳飾りとは違う光るものが見えた事に疑問を思っていると、私達の隣にいる私よりも少し身長が高い女の子はまたため息を吐き、藁で編まれた様な座布団の様な物を3枚、私達に手渡して来た。


「適当に座って」


「こらリーシェ、お客さんに失礼でしょ!」


「・・・寝ているお姉ちゃんに言われたくない」


優しく怒ったルイさんに対して毒を吐く女の子が、あの時ルイさんが言っていたリーシェと言う妹さんだと今更ながら気付いてしまった。


確かにリーシェさんとルイさんは何処と無く雰囲気は似ているなと感じていると、リーシェさんは私達に振り向き、一際悠翔さんには冷たい黒い眼を向けた。


「料理の仕込みをしてくるけど、特にお前。お姉ちゃんに何もするなよ」


「なにもしねぇって」


「リーシェ? 何か変だよ?」


何処か怒った様なリーシェさんはルイさんの声が聞こえると、少しハッとした様に後ろを振り向き、長い髪を掻きながらヘルガさんが向かった家の奥に行ってしまった。


「ご、ごめんなさいね。いつもはいい子なんですけど、今日は特別機嫌が悪いみたいで」


「気にすんな」


普通なら怒ってもいいのに、ルイさんに気さくな笑みを向ける悠翔さんはとても心が広いなと思っていると、暖炉裏の様な場所の前に悠翔さんは座布団を3つ置き、そのうちの1つにため息を吐きながら腰を下ろした。


それに続く様に悠翔さんの隣に空いた座布団に私も座ると、私を挟み込む様にルーナさんも座布団の上に座った。


「あの」


そんな微妙な空気の中、ふと悠翔さんの昔の事が聞きたくなってしまったけど、ルーナさんと悠翔さんの仲が悪いと言う事に思い出し、慌てて口を止めたけど、悠翔さんは何処か不思議がる様に私の顔を覗き込んで来た。


「どうした?」


「い、いえ、えっと、ルイさんとヘルガさんってやけに仲が良いですね」


咄嗟に出た話題は少し変だったけど、それに答えるようにルイさんは私に嬉しそうな笑みを向けてくれた。


「うん、かれこれ五年の付き合いだからね。私の両親が死んじゃってるんだけど、ヘルガがお母さんの代わりみたいな人だよ」


そんか失礼過ぎる事を聞いてしまった事を理解すると、顔が一気に冷たくなり、慌ててその場で土下座をして、ルイさんに大急ぎで謝罪をする。


「ご、ごめんなさい!」


「いーよいーよ、死んじゃったのは10年前だし、実は顔もあんまり覚えてないんだ。だからほら、顔を上げて」


その優しい言葉に恐る恐る顔を上げて見ると、ルイさんの顔を優しく微笑んでおり、本当に怒ってはいないようだった。


それを見て安心していると、鼻の奥をかすめる様に香ばしい匂いが部屋の奥からしている事に気が付いた。


(わぁ・・・)


そんな美味しそうな匂いに口の中によだれが溜まって行くのを感じていると、ちょうどよくヘルガさんがお盆に無数のお椀を乗せて部屋の奥から出て来た。


「手伝うぞ」


「あっ、すみません」


「私も手伝います!」


ヘルガさんに悠翔さんはそう言いながら立ち上がり、私も手伝おうとヘルガさんの側に行くと、ヘルガさんは喜ぶ様に悠翔さんにお盆を持たせ、木で出来た綺麗なお椀を私に差し出して来た。


「熱いから気を付けてね」


「はい!」


熱いと言われるお椀を警戒しながら持つけど、お椀は意外に分厚く、底さえ触らなければ余り熱くないから、端っこを持ちながら中身の汁物を溢さない様にルーナさんの前に持って行くと、ルーナさんは私に笑みを向けてくれた。


「ありがとね」


「どういたしましてです」


お礼を言ってくれるルーナさんに笑みを返していると、その間に悠翔さんとヘルガさんはさっさと汁物を並べてくれており、悠翔さんに向かってヘルガさんは優しい笑みを向けていた。


「ありがとうございました。もう座っていて大丈夫ですよ」


「おう、分かった」


ヘルガさんはそう言い残すと、また家の奥に行ってしまい、私がやる事は無くなってしまったため、大人しく自分の座布団に座ってヘルガさん達が帰ってくるのを待っていると、私の横に座った悠翔さんは急に口を手で押さえ、小さなくしゃみをした。


「へぶしゅっ!!」


「えっと、大丈夫ですか?」


「・・・あぁ」


そんな悠翔さんの少し変わったくしゃみを心配すると、悠翔さんは大丈夫と言っている様な笑顔をこちらに向けてくれ、それが嬉しくて頰が緩んでしまう。


そんな暖かな気持ちを胸の奥で感じていると、いつの間にかヘルガさん達は帰って来ており、私達の前に照りが出たとても美味しそうな鳥の丸焼きを並べてくれた。


「えっ、こんなの食べて良いんですか!?」


「うん、遠慮しないで」


「ありがとうございます!・・・たなつもの、百の木草も天照、日の大神の恵み得てこそ」


「「「「頂きます」」」」


手を合わせて頂きますの和歌を歌うと、悠翔さん以外は頂きますと言い、汁物を食べ始めた。


私もそれを食べようと、いつの間にか用意してくれたお玉で野菜がたくさん入った汁物のじゃがいもを食べてみると、野菜の甘味と香料のさっぱりとした辛味がちょうどよく合わさっており、とても美味しい味わいだった。


「美味しい?」


「はい!」


「はい」


ルーナさんは何処か感動した様に汁物をすすり、それをゆっくりと食べている姿はとても幸せそうだった。


「やっぱりヘルガが作ったスープは美味しいね」


「いやルイ!」


「・・・これ作ったの私」


嬉しそうに話すルイさんにリーシェさんはボソリと重たく呟くと、ルイさんの表情は一気に固まり、何度か眼を瞬きさせると、大急ぎでリーシェさんに謝り始めた。


「ごめんねリーシェ!とても美味しいよ!!」


「・・・そう」


リーシェさんは冷たくルイさんに呟き、何処か暗い表情ですーぷを食べ始めていたけど、リーシェさんとルイさんの間に温かい物があるのは私には見えていた。


そんな2人を見ていると、自然と笑みが漏れてしまっていたけど、こちらにジロリと向いたリーシェさんの眼に驚き、それを誤魔化す様に照りが出た鶏肉に手を伸ばし、用意された小刀の様な物でお肉を削ぎ、左手でそれを口に運ぶと、肉厚で美味しい鳥と掛けられたタレの様な物が絶妙に合っていて、お米が欲しくなる様な味わいだった。


(美味しい・・・)


そんな遠慮する心を忘れさせるほど美味しい料理達を、私は幸せな気持ちを感じながらお腹がいっぱいになるまで食べ続けた。



ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


(・・・嫌だ)


台所にある包丁を手に持つと、そんな考えが頭をよぎり、右腕が震え始めた。


けれどこうでもしないと、お姉ちゃんが・・・死んじゃう。


だから・・・私がするしか無い。


そんな決意とは反対の感情を震える息と混ぜて吐き出し、包丁を持ってお姉ちゃんが寝ている居間に足を進める。


居間に足を進め、目の端に映るあの旅人らがしっかり寝ている事を確認してから、お姉ちゃんが寝ているベッドの前に立ち、お姉ちゃんの足に傷が残るほどの傷を付けようと腕を上に振り上げた瞬間、唐突に口と包丁を後ろから押さえられた。


「んっう!?」


「静かにしろって、今起きられたらお互い困るだろうが」


その小声の主があの悠翔とか言う旅人だと気が付き暴れようとするが、大の男に勝てる腕力は持っていないため、ゆっくりと体から力を抜くと、悠翔は私を引きずりながら台所の方へ向かい始めた。


そして台所からお姉ちゃんの姿が見えなくなると、口を押さえていた手は離れ、体の拘束は解かれた。


「何で・・・止めたの?」


「いや、止めるだろ普通」


自分がようやく決心した事を止められ、心には少しの安心と顔には苛立ちが出てしまう。


そんな顔を悠翔に向けたのに、悠翔は一安心した顔をし、右手の親指を後ろにある裏口に向けた。


「取り敢えず、外に出ようぜ」


「・・・なんで?」


「もしかしたらだが・・・お前らを救えるかもしれねぇ」


外に2人きりで出れば何をされるか分からないため警戒していたが、その救うと言う言葉に心が迷い始めてしまう。


そして結局、それに頷いてしまった。


多分、一人で悩むのに疲れたから。


そんな諦めに近い感情を胸に、何処かぼーっとし始めた頭で包丁を台所へ置き、裏口をそっと開けた悠翔に着いて行く様に森の中に足を進めていく途中、自分が気になる事を小声で質問してみる。


「お姉ちゃんの事、どうして分かったの?」


「んっ? あぁ、ルイさんは耳飾りを付けてなかったろ。耳飾りってのは普通は魔除だ。それをドルイド全員が付けている中でルイさんだけ付けてないって事は恐らく、この里に必要とされてない。なのにあの集落にとって大事な存在と来れば答えは1つ・・・生贄だ」


そんな長々しい説明は、全部当たっていた。


私達ドルイドには死体の内臓を見て占うと言う変な占いがある。


それに、お姉ちゃんは選ばれた。


「と言うかお前だろ、ルイさんの足に傷を負わせたの。」


「っう!?」


そんな何処までも私を見通した様な悠翔に気持ち悪がりながら、ゆっくりと震える息を吐き、それに応えていく。


「・・・いつ、気が付いたの?」


「勘だ」


そんな一言に、悠翔の血縁も私と同じ様な勘が冴えた者なのかと少しだけ納得していると、前にいる悠翔は急に足を止め、私に振り向いた。


「と言うか、なんでわざわざ傷を負わせる必要があるんだ?」


「それは!・・・・・・生贄は純潔な者じゃ無いといけないの。だから一生残る傷を付ければ、生贄の価値が無くなるから。でも、それをお前が邪魔をした」


そう、生贄は純潔で無いと行けない。


だから傷が残れば生贄の価値が無くなるのに、それをヘルガやこいつは邪魔をした。


私はあの時、お姉ちゃんを崖から突き落とそうとしたら、お姉ちゃんは雨で滑り、勝手に崖から落ちてしまった。


それを助けようと崖から降りた時には、頭を打って足が折れていたはずのお姉ちゃんの体は治っていた。


だから私はこいつが嫌いだ。


私の邪魔をするから。


「・・・そうか。ならやっぱり助けられる」


けれどそんな苛立ちを無視する様に悠翔はそう呟くと、私の方に何処か覚悟を決めた様な表情を向けて来た。


「俺な、こんななりでも金持ちなんだ・・・だからお前らに金を譲ってやるから、それでこの里を抜けろ」


「っ!?」


そんな私たちにとって得しかなく、私の勘が嘘では無いと感じる事を話す悠翔の事が一気に気持ち悪くなったが、もし、それが本当なのなら、私は・・・なんだってしてやる。


「それで、私は何をすれば良いの?」


「おうっ!?・・・俺が言うのもあれだけどよ、信じるかこんな話」


「うん・・・」


「・・・はぁ、何もしなくても良い。もう帰るぞ」


そんな藁にもすがる思いで悠翔の言葉に頷くと、悠翔は急に大きなため息と共に額を抑え、元来た道を戻り始めた。


けれど、悠翔の言葉には一つ気になる事があった。


「ねぇ、どうして初対面な私達に・・・そこまでするの?」

そんな誰でも気になってしまう疑問を悠翔に質問すると、悠翔はまた大きなため息を吐き、こちらには振り向かずに声だけで質問を返してくれた。


「お前が重なるんだ・・・昔の俺に。大切な人が居て、その人を救おうと色々と頭を悩ませて苦しんだが・・・俺はその人を失った。だからお前らには、救われて欲しいって思うだけだ」


何処か昔を悲しそうに思う悠翔の声に、私の血縁の勘は嘘では無いと訴えてくるため、そっと胸にたまった息を吐き、悠翔の背中に向かって頷いてしまう。


「分かった、それと・・・ありがとう」


「あぁ、お前らは報われろよ」


これから恩人になるであろう悠翔に感謝の気持ちを伝えると、悠翔は私に振り向かずに重い言葉を放ち、元来た道を進み始めた。


そんな悠翔に恩義を感じながら、元来た道を歩いていると、私の勘が何かを察知し、慌てて枯れ蔓を右手に生やした瞬間、悠翔の右側の茂みが大きく動き、そこから熊が悠翔に向かって突っ込んで来た。


「うおっ!!?」


その熊を悠翔は間一髪で私の方に転んだ避け、悠翔は私を庇う様に左手を大きく広げた。


けれどその熊が襲ってくる事が理解できなかった。


だってその熊は、私達ドルイドが飼っているケンと言う額に傷が入った大きな熊だったから。


「ケン!? 何してるの!?」


「ケン!?」


「ぐるるるるる」


ケンは私の言葉に反応しない様に唸り声を上げ、今にも襲いかかりそうだったため、仕方なく右手の蔓に月の花を咲かす。


「リーシェ!眼を」


「眼を閉じて!!」


悠翔は何かを言いかけたが、それを聞いている暇な無いため、右手を振って花を飛ばし、閃光を弾けさせる。


「ぐっ!?」


「ギャン!!」


激しい閃光にケンと悠翔の悲鳴が聞こえたが、取り敢えずその場から逃げなければいけないため、怯んだ悠翔の大きな右手を掴み、後ろに向かって大急ぎで悠翔を引っ張りながら森の中を走るけど、悠翔は私が引っ張らないと足を止めそうな様に足に力を入れてくれない。


「何してるの!? 今死なれたら私が2つの意味で困るの!!」


そう怒鳴りながら走るが悠翔は足に力入れず、とうとう悠翔の足が止まってしまった。


その行動に苛立ち、後ろに立っている悠翔の顔を見た瞬間、頭が真っ白になった。


だってその顔は今にも泣きそうで、顔をめちゃくちゃにしかめていたから。


「えっ?・・・何?」


「・・・ごめん:


そんな声が聞こえた瞬間、悠翔の顔から表情が消え、口は半開きになり、その黒い眼が虚になった。


「えっ・・・」


その悠翔に私の勘が何かを訴える様に背中に鳥肌を立て、気持ち悪い悠翔から逃げようと後ずさった瞬間、悠翔は急に眼だけで辺りを見渡し、私をやっと見つけた様に、黒い2つの眼が私を捉えた。


悠翔はその無表情な顔にニタリとねちっこい笑みを浮かべた瞬間、私の背中に毛でも生えたのでは無いかと思うほどの鳥肌が一気に逆立ち、後ろに向かって逃げようとした瞬間、体から力が抜けて地面に倒れてしまい、喉の奥から熱いものが一気に漏れ、口から何かを吐き出してしまう。


「がはっ!?」


その吐き出たものを視界を下にして見てみると、そこには、赤い物が土に染み込む様に消えていくのが見えた。


(・・・血?)


そんな意味が分からない状況に頭が追い付かず、その血をじっと眺めていると、今度は心臓が苦痛を訴える様に脈打ち始め、耳の奥から心臓の鼓動が聞こえてきた。


(なに?・・・毒!?)


私の血縁は毒が効かないはずなのに、何故か毒の様な症状を出す自分の体に困惑していると、後ろから何処か嬉しそうな、楽しそうな笑い声が聞こえてきた。


「毒じゃ無いよ、汚染物質だから」


そんな心の声を読んだ高い声に恐怖が足に絡みつき、思わずその場から逃げようと地面を蹴ろうとした瞬間、また口から血が吹き出し、臓物が身体を動けなくするほどの痛みを訴え始めた。


「うっ・・・あぁあがぼっ!!」


悲鳴を上げようとすれば、血が口から噴き出る。


そんな死ぬしか無い状況を理解し始め、苦痛を感じる体とは別に頭はぐるぐると回り始めた。


(いつ・・・吸い込んだ!? なんで!? 嘘じゃなかった!? 助けようとしてくれてた!!)


「んぅ〜、スープを作ってくれた時にあの場にいる全員のスープに入れたんだよ。後、さっきまでの言葉は嘘じゃ無いし、本当に助けようとしてたよ」


私の疑問に丁寧に答える悠翔の意味不明な言葉に今度は全身に恐怖が絡みつき、その場から這いずってでも逃げようとするが、だんだんと手足の先に感覚が無くなってきている事に気が付き、それがだんだんと胸に向かってくる。


嫌だ。


死にたく無い。


死にたく無い!


怖い!


助けて!!


お姉ちゃん!!


嫌だ!


死にたく無い!


怖い!


嫌だ嫌だ!


助けて助けて怖いお姉ちゃん怖いヘルガ助け怖ヘルガお姉ちゃん助怖おね死嫌死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死

死死死死死死


・・・プツン


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー



「草〜」


眼の前で死んだリーシェと言う女の子を見ているとそれがどうしようもなく面白く、心臓が熱いほどドクドクと脈打つ。


多分、興奮してるから。


いやきっとそうだ。


そんな感情を胸に、笑いながらリーシェの青く変色し始めた死体に手を伸ばそうとした瞬間、後ろから獣の鼻息が聞こえて来ている事に気が付いた。


「ん〜?」


その鼻息の主はだいたい予想が付いて居たため、なんとも思わずに後ろを振り向いてみると、そこには案の定あのケンとか言うでかい熊さんが茂みから出て来た。


「ぐるるるるる!!」


「えらいねぇ〜、この子を守ろうとしたんだね」


多分この熊さんが悠翔に襲いかかって来た理由は、僕からこの子を守ろうとして居たからだと思う。


「でも、遅かったね。この子はもう・・・死んだよ」


熊さんに死体が見えやすいように横にずれ、リーシェの死体を足先でうつ伏せから仰向けにすると、熊さんは『がぁっ!!』とか『ぐるぁ!!』とか悲しそうな声を上げ始め、獣のくせに眼に涙を溜め始めた。


そして僕の方に全力で突っ込んで来たけど、念のため悠翔が種を飲んでくれて居たため、タックルは簡単に躱し、熊さんの振り向き様の右のひっかきはかがんで簡単によけ、下から枝を巻き付けた右の突きを熊さんの心臓に撃ち込むと、熊は小さな声を漏らし、そのまま前目乗りに倒れてしまった。


「ふふっ、ははっ!」


そんな簡単に熊を殺せた愉悦な気分を味わいながら、念のため熊さんの頭を踏むが、硬い骨のせいで頭は簡単には潰れてくれない。


だからその頭を、何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も踏み付けると、ようやく硬い骨が割れてくれ、熊さんの頭は原型がないほどぐじゃぐしゃに潰れて居いた。


「はぁ、硬いねぇ」


その熊さんの死体に話しかけ、手の先をピクピク動かしている熊さんを面白がって見ていたけど、突然自分がなにを面白がって居たのか分からなくなってしまい、首を傾げてしまう。


「あれ? 何が面白かったんだっけ? というか・・・なんで殺したんだっけ?」


どうして2人を殺したかは分からないが、取り敢えず人を殺す事は面白いからケタケタと笑いながらリーシェの変色した頭を片手で掴み、その柔らかそうな細い首にゾブリと歯を突き立てた。



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