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第10話 旅の始まり


「・・・酷いなぁ」


私の血縁の力で作りだした翼が付いた金色の靴で空を飛び、火の赤に染まる街並みを眺めていると、自然と口からため息を漏れてしまう。


(それにしても、Προστατέρ[プロスタッテー]の対応が速いなぁ)


上から見てみると、急に爆撃と血縁の力が一時的に無効化された割には、プロスタッテーの人達の住人の避難が異様に速い。


そのおかげで凛と陵だけで住人達を守り、私とスーさんは自由に動ける。


(誰かが、情報を流した?)


こういうテロの状況は何度も見て来たが、たまに組織が起こすテロの罪悪感に耐えきれず、情報を流す事はまぁまぁある。


けれどそれとは違う別の予感を頭の裏で感じる。


そんな疑問を頭の中で感じていると、何かが私のお腹をくすぐり、靴の翼を動かして空中で飛んで来た何かを避ける。


「・・・危ないなぁ」


その何かが飛んで来た方を見てみると、屋根の上に居る1人の男がこちらにライフルを向けているのが見えた。


そいつを捕まえようと足に力を込め、その靴で男の方に飛んで向かうと、男は私を恐れる様にして屋根から飛び降り、路地裏を走り続ける。


(逃がさないよ)


空から見ているため見失う事は無く、その男を冷静に追い詰めていると、男はある燃えている場所に近づくと、急に足を止めて地面に膝をついた。


(階段?)


地下へ続いている様な階段が燃えている事に疑問を感じながらも路地裏に急降下し、ガラ空きになっている男の左の腹を体を回して勢いをつけた蹴を打ち込み、壁に打ち付けられた男の首を左手で掴んで右手に生み出した『ハルペー』の刃先を口の中に入れて男の右頬を切り裂く。


「っあぁあ!!?」


痛みに悶え、手足をばたつかせる男の口の中にもう一度ハルペーを入れ、その刃先を今度は無事な左頬に薄く突き刺す。


「手短に答えて、あれは何?」


「あっアヒト、おれりゃのアヒト」


男は子供の様に涙を流すが、嘘を付いている可能性もあるため、ゆっくりと刃先を男の頰から突き出させていると、男は心底怯える様な眼を私に向けた。


(嘘は付いてない・・・かな?)


自分の勘に疑問を思いながらもハルペーを口から抜き、その柄で男の頭を殴り付け、脳震盪を起こさせて気絶させる。


「・・・さて」


男が気絶したのを確認し、そいつを地面に投げ捨ててその火が出ている場所に近づくと、その火は金属で作られた階段の部分部分を焼く様にして燃えていた。


「・・・油?」


その燃え方を見て放火の様に見えるけど、それが男が言っていた通りこれがアジトなのなら、当然疑問に思う事がある。


(誰が・・・燃やしたんだろう?)


そんな事を疑問に感じていると、私の黒い鎧の中に埋め込まれた通信器具が騒がしくなり始め、それを叩いて通話に出る。


「なーに?」


「灯!そろそろ2人で守るのも限界!!」


「はーい、ならそっちに向かうね」


そう軽く返したが、凛にしては切迫した様な声に状況はかなりまずいのだと簡単に理解できる。


焦げ臭い空気を肺に取り込み、血縁の力をさらに解放させて靴に付いた羽を大きくさせて、意識を集中させる。


「急がなきゃ」


その靴の羽を動かし、鳥の様な速さでプロスタッテーの本部付近に向けて飛び出すが、空を飛んでいる間 途中、眼の端にチラリと黒い人影が見えた。


けれど今はそれどころでは無いため、そいつを無視してプロスタッテー本部へ向かってスピードを速めた。



ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


(誰・・・だ?)


急に現れ、飛んで来た何かを弾いた男に顔を向けると、その銀色の棒を背負う後ろ姿には見覚えがあった。


確かこいつは昨日、宿にゼウスの血縁と一緒に居たスピロと言う奴だ。


その男に声を掛けようと息を吸うが、胸の奥を殴られる様な痛みが走り、呼吸をしようとするたびに痛みが体の中を駆け巡る。


その痛みを堪え、顔をゆっくりと上に上げると、あの発砲音達が辺りに響き渡った。


「うぉ!?」


男はその弾丸を易々と躱し、背負った銀色の棒を地面に突き刺すと、それは俺らを包み込む透明な盾となり、弾丸を達を弾き始めた。


「手短に話す!俺は仲間だ!今からこいつらを殺す!この盾は壊れることは無いが吹き飛べばお前らは死ぬ!その2人を守りたきゃ気張れ!」


その手短で簡潔な言葉に、抱き寄せている2人から手を離し、筋肉に力を入れるたびに痛む体を無理やり動かして折れた腕でその盾の棒を支えると、俺の隣にいる男は気さくな笑みを浮かべた。


「よくやった」


そんな労いの言葉が聞こえると、男の右手の親指に付けた指輪が光り出し、その金色の光が男の全身を包見込んだ瞬間、それが金色の鎧や兜に変わった。


(ゼウ・・・ス?)


その男の血縁がゼウスだとぼやける頭で理解していると、男は盾の内側から出り、弾丸を鎧で防ぎながら右手を横に開いた。


「αδάμας[アダマス]」


弾丸が弾ける空間の中にそんな言葉が聞こえると、男の右手からドス黒いヘドロの様な物が現れ、それがだんだんと蠢き、捻れ、歪み、歯が溢れた様な歪な大剣が出来上がった。


それを不審に思ったのか、無数の弾丸が俺らでは無くスピロを狙うが、それらの弾丸は全て黄金の鎧に弾かれて意味をなさず、その間に剣からは赤い筋が浮かび上がっていく。


その赤い筋が剣先まで届いた瞬間、肌にざわっと鳥肌が立った。


「あばよ」


そんな声が聞こえると、風切り音が聞こえた。


次の瞬間、辺りを白い光が埋め尽くし、折れた腕に爆風の様な衝撃が走り続ける。


(っううぅぅ!!!!!)


支える腕や踏ん張る足に痛みが何度も何度も駆け巡るが、この盾を手放して仕舞えば、俺は無事でも2人は死にかねない。


(んな事、させっかよ!!!!)


現実では叫べないため、心の中で叫び続けて踏ん張っていると、ふっとその風圧は無くなり、地面に顔面から倒れ込んでしまう。


「っう!!」


そのせいで全身の痛みが増し、体を動かそうとしても激痛が走るだけで、体を起こせない。


そんな痛みに耐えていると、急に体を上に起こされ、俺の腹の傷をぐっと抑えられる。


「がぁっ!!?」


「お前、腹の傷が開いてるからじっとしてろ。灯!すぐに来い!!」


そんな焦っている様な言葉が聞こえると、自分の腹辺りから何かが出て行っている様な感覚を痛みの中に感じ始めた。


けれどそいつが俺の血を止める事より、もっと大切な事があるため、折れた右腕を無理やり上に上げる。


「ねぇ・・ちゃんは、ショック状態に・・・ヒナノは、出血が・・・俺わぁ、最後でいい」


「はぁ!?んな事したらお前が死ぬぞ!」


「それで良い!!!!」


痛む体でそう叫ぶと、首と腕に急に力が入らなくてなり、硬い地面に後頭部をぶつけてしまう。


すると意識が遠のき始め、意識が途絶える寸前に見えた景色には、さっきまでの人影も家もなく、ただ荒地と化した街だけが見えていた。



ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー



「なんの・・・音?」


外から何か爆音の様な物が聞こえ、私はベットの隣にあるクローゼットの中で怯えることしか出来ない。


私はただ、今日もいつも通り肉の在庫を確認して店を開き、いつも通りに店を開いていただけなのに、周りの街達から爆音が響き渡り、何故か無事だった店の2階に私は隠れてしまった。


「なんで・・・いつになったら、終わるの?」


外から時折聞こえる悲鳴と爆竹の様な音。


それがただの悪戯か、映画などで聞く銃声なのかは分からないけど、もしもの事を考えると怖くてクローゼットから出る事ができない。


色々な不安を胸に、喉の渇きを抑えるために自分の唾を飲み込み続けていると、外から足音が聞こえた。


(助け!!?)


助けが来たのかと期待しながらクローゼットを開けようとした瞬間、違和感に気が付いた。


私の夫はプロスタッテーだから知っている。


部屋の中の捜索は普通、敵が居たり、その敵が武器などを持っている可能性があるため、わざとに音を出したりして包囲されていると誤認させたりするらしいけど、部屋の外から聞こえる足音はひっそりと誰にも気づかれない様な音で、この部屋に向かってくる。


その足音の持ち主が助けでは無いと理解してしまうと、口を震える手で押さえて息を潜める。


もしかしたら勘違いかも、そんか考えが頭の中に駆け巡るけど、この部屋の扉のラッチが擦れる音が聞こえると、思考も息も自然と止まってしまい、自分のうるさい心音だけが胸奥から聞こえる。


その誰かが部屋の中に入ってくると、むせ返る様な花の甘い匂いがクローゼットの中まで入り込み、むせそうになってしまう。


「ぅ゛!」


その音が聞こえたのか、ひっそりとした足音はこちらに向かい、クローゼットの中から見える細い光は見えなくなった。


それはつまり、その誰かがクローゼットの前に居ると言うことだった。


心臓がドクドクと脈打っているのに、体は驚くほど冷たい。


そんな恐怖で体が震えない様に両手に力を入れて耐えていると、クローゼットが急に開いた。


(っ!!)


急に感じた風の流れに心音と呼吸は一瞬止まり、ただ何も出来ずに縮こまっていると、小さなため息が聞こえ、足音が遠のいていった。


(服で・・・見えなかったんだ)


「ふぅぅ」


胸に詰まった息を私で無いと聞こえないほどの息で吐き出すと、扉が閉まる音が聞こえた。


その音に安心し、後ろの壁に体を預けた瞬間、急に部屋の中に足音が現れ、右足を大きな手に掴まれ、クローゼットの中から引きずり出された。


「えっ?」


急過ぎることに、叫ぶ事も出来ずに拍子抜けな声を漏らしてしまうと、私が黒い服を着た男の顔を見るよりも速く、顔に衝撃が走った。


「いっ!?」


急に何をされたのか分からず、どこか痛む顔を触ろうとしたが、また顔に鈍い衝撃が走り、瞳から熱い涙が溢れ出してきた。


(殴・・・られ)


自分が殴られたと理解した瞬間、また顔面を殴られる。


「やめ」


静止の声を出すよりも速くまた殴られ、手を使ってそれを少しでも防ごうとすると、その手をずらされ、空いた顔を何度も何度も何度も殴られる。


「やめ・・・て」


縫われた眼からも涙が流れ、体を丸めて顔を両手で覆っていると、丸めたお腹を蹴られ、体を動かせない苦痛が体を襲う。


「あぅ!!?」


その痛みが治まって無いのに足を踏まれ、脇を殴られ、そんな恐怖と暴力と痛みに、瞳から涙を流しながら耐えていると、頭の中に声が聞こえた。


それは、私の血縁のヘイムダルが聞こえる心の声だった。


(死ね!死ね!!死んじまえ!!!何で殴るの!?痛いでしょ!!うるさい!死ね!お前が死ね!!やめてぇ!うるせぇ!!!)


そんな意味不明な心の声のお陰で痛みが少し和らいだが、私の右肩に冷たい筒状の感触が当たった。


次の瞬間、ガスが抜ける様な音と共に肉が焼ける音が聞こえ、右肩に燃える様な激痛が纏わりつく。


「あうぐっ!!あぁああっ!!!!」


その肩を火で炙られ続ける様な痛みに顔や体に力を入れて耐えていると、男は無事な左肩を掴み、体に力が入らない私を優しく支えた。


「なに・・・を?」


「大丈夫ですよ、貴方は助かりますから」


さっきまで殴っていた男とは別人の様な優しい声に困惑しながらも、ゆっくりとその男と一緒に階段を降りる。


これは何かの間違いで、私は誰かと間違われたんじゃ無いかもと期待する。


いや、そう考えないと気が持ちそうにない。


そんな願望を胸に、引っ張られる様に眩しい外に出ると、辺りの家達は部分的に壊れているのが見え、私の店と隣の地図屋さんにも木の破片は突き刺さっていたが、火は回っていなかった。


「なにが・・・起こったんですか?」


「テロの様な物が起こったんです。けど、もう鎮圧されて行っていますから大丈夫ですよ」


その言葉に心から安心し、夢の中に居る様な気分で2人で道を歩いていると、男の人は私の店の隣にある地図屋の前で足を止め、長い息を吐いてお店の中に突っ込む様に入ると、私を地面に転がした。


けれどあまり痛く無く、床の冷たはが心地が良い。


(床・・・気持ちいい)


「なっ!?・・・あんた」


「出血が酷いんだ!!タオルか布を持ってこい!!急げ!!」


そんな怒鳴り付ける様な声に、ドタバダと木の床を踏む音が聞こえた。


(うる・・・さい)


ぼやける頭でそっちの方を見てみると、あの地図屋の店長さんは部屋の奥から白いバスタオルを無数に持って来ていた。


「これで足りるか!?」


「あぁ、後は湯を沸かして持ってこい!!」


その言葉に店長さんは大急ぎで部屋の奥に向かおうとしたけど、その人はガスが抜ける様な音と共に地面に顔から倒れ、鈍い音が辺りに広がった。


「えっ?」


どこかぼやける頭で今何かが通った方を見てみると、そこには映画などでよく見る黒い銃が握られていた。


その銃と倒れた店長さんを見て、あの人が殺されたのだと理解すると、ぼやける意識は恐怖に埋め尽くされた。


「いやっ!!助けて!!」


大声を出し、急いで外に逃げようとしたが、その無防備な腹を蹴られ、お腹に響く痛みのせいで地面で丸まることしか出来ない。


「くっ・・・うぅ」


「やっぱ、薬物の調整はむずいな」


そんな男の呟きが聞こえると、男の足音が近付き、熱い熱気を浴びたものを額に近づけられた。


それが銃だと悟り、痛む体を動かして逃げようとしたけど、今度は首を掴まれ、馬乗りになる様に男が私にまたがり、正面から銃を向けられた。


「待って!!さっき助かるって・・・」


死にたく無い。


そんな一心でさっき男が言っていた言葉を叫ぶと、視界に映る男は心底不思議そうな表情を浮かべ、首を傾けた。


「俺、そんな事言ってねぇぞ?」


男の不気味さにさらなる恐怖が積もり、首を掴む手を噛んで逃げようするけど、男は痛む様子は全くなく、ただ不機嫌そうな顔を私に向けた。


(あっ・・・)


何かを恐怖の中で感じとった瞬間、景色が揺れ、頭の中で何も考えられなくなる。


けれど眼は見える。


音も聞こえる。


体は動かせない。


「ふー・・・後2()()


声が聞こえた。


体に何かが巻き付いた。


視界の電気が切れた。


何かが蠢く音が聞こえる。


耳の電池が切れた。


意識が・・・切れた。



ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー



・・・・?


・・・・・・?


「んっ?」


ふと気が付くと、俺は何処かに立っていた。


「ここ・・・は?」


何処か見覚えがある景色を思い出そうと頭を回していると、思い出した。


ここは、俺が子供のころ住んでいた家だ。


「なんで・・・こんな所に?」


自分がなんでこんな場所に居るのか分からず、さらに頭を回すが、ここにくる前の記憶が全く無い。


何が何だか分からず、何処か殺風景な廊下に立ち続けていると、眼の前にはいつのまにか扉があり、その先に誰かが怒鳴る声が聞こえた。


「なんだ?」


何処か聞いたことのある怒鳴り声を疑問に思い、その扉をそっと押すと、暗い部屋の中に子供がおり、その子供を180は超えるであろう巨大な大人が踏みつける様に蹴り、殴り付けていた。


その殴り付けている男は・・・俺の父親で、その殴られている子供は・・・昔の・・・俺だった。


「やめ・・・て」


「あぁ!?男なら殴り返して来いよ!!」


「なんっ!?」


それが分かり、怒鳴る父親から子供を助けようと部屋の中に飛び込もうとしたが、それよりも速く赤い影が部屋の中に飛び込み、殴られている子供に覆いかぶさった。


それは・・・子供の頃の姉ちゃんだった。


「邪魔すんじゃねぇよ!!!」


あいつは覆いかぶさる姉ちゃんの背中を蹴ったり殴り付けたりを繰り返したが、姉ちゃんは痛みに耐える様に顔を歪ましながら、俺に蹴りや突きが当たらない様に必死に守っていた。


「やめっ!!!」


その光景に我慢が出来ず、右手に小手を生み出してあいつの首をへし折ろうとしたが、俺の拳があいつに当たる寸前にそいつは消え、いつのまにか姉ちゃんも俺も消えていた。


「なにが・・・どうなってんだよ!?」


意味が分からないこの空間に怒鳴り、息を荒くして明るくなった部屋の中で突っ立っていると、また、眼の前に扉が現れた。


何も出来ず、その扉を恐る恐る開けてみると、明るい部屋の中で顔を部分的に腫れ上がらせ、涙を流し続けている子供の頃の俺がおり、その俺よりも顔を赤く腫らしているのに、俺を治療をする姉ちゃんが見えた。


「雷・・・怖かったね。大丈夫?」


「姉ちゃん・・・は?」


「私も少し痛いけど、大丈夫」


ただそう微笑み、俺を安心させ続けている姉ちゃんを見て、その小さな背中にそっと手を伸ばすと、俺が触れる前に姉ちゃん達は消えてしまった。


さっきと同じ状況のため、なんとなく顔を前に向けると、またそこには扉が現れた。


「何が・・・したいんだ?」


この世界は俺に何を見せたいのか分からないが、今は進む事しか出来ず、ゆっくりと扉を開くと、そこには病室に寝ている俺と姉ちゃんがおり、そのベットの前で俺らの母親が泣いていた。


確かこの時は、俺らがあいつから殺されかけて、お母さんが俺らを助けるためにプロスタッテーに通報した時だった。


「ごめんなさい!私が弱くて!ごめんなさい!ごめんなさい!・・・ごめんね」


確かお母さんは、あいつが怖くて怖くて、俺らが殴れるのを見て見ぬふりをしていたらしい。


けれど、責める事はできない。


だってあいつの怖さは・・・虐待を受けていた俺らがよく知っていたから。


「本当に・・・ごめんなさい」


「もう・・・良い」


ベットの前で泣くお母さんの背に手を置こうとすると、お母さんは消え、ベットで寝ていた俺達も点滴と酸素マスクを残して消えた。


確かこの後にあいつは捕まり、俺らは色々な保護を受けながら家族3人で暮らしていた。


そんな懐かしい記憶を頭の中で思い出していると、後ろから扉が軋む音が聞こえた。


後ろを振り返てみると、そこにはあの扉が現れており、その扉が半開きの状態で俺が入るのを待っている様だった。


今度は迷わずにその扉を無心で開いてみると、そこにはバックを背負い、明るい街を姉ちゃんと2人で歩く俺が見えた。


その俺らの後ろ姿を見る限り、俺が7年生に上がり、9年生の姉ちゃんと同じ中学に通っている時だった。


「ねぇ雷、雷は・・・学校楽しい?」


「ん?楽しいけどなんで?」


「いや・・・それなら良かったなって」


その時は気が付かなかったが、今なら気付けた。


姉ちゃんの顔色が、暗い事に。


その2人を止めようと2人を追いかけていると、急に景色が変わり、いつのまにか俺は教室の後ろ側に居た。


「では皆さん、これから授業を始めます」


教室に入ってきた先生はそう話すと、先生はバックから紙を取り出し、それを黒板に貼り付けた。


確かこの授業は、血縁の力についての授業だった。


「まず私達の体には神の血が流れています。それが関係しているのかどうかは今では分かりませんが、私達はこの世を変えるほどの力を扱える事が出来ます」


その授業は年頃の俺らにとってはとても楽しい授業で、俺もそれを熱中しながら聞いていた。


そして・・・知った。


その力は、学校という空間で必然的に優劣を決めてしまう物だと。


「では、これから皆さんがどの様な力を持っているのか、調べて行きます」


先生は机の下から水晶の様な物を取り出すと、それを俺達に触れる様に指示した。


その水晶に触れると、みんなの血縁の力は分かったらしいが、俺の血縁は何度測っても分からず、子供の俺はみんなの前で戸惑っていた。


それから周りが血縁の力を使える様になって行くに連れ、血縁の力を使えない俺は馬鹿にされる事が増えていった。


「やーい血無し!!」


「力を使え無いダサい奴は帰れ!!」


「雑魚!」


今思えば、それはとても幼稚な悪口だった。


けれどその時の俺は嫌だったのか、学校には毎日行ったが、その授業に参加する事は日に日に少なくなっていった。


それから教室から景色が急に変わり、今度は体育館の裏で静かに授業が終わるのを待っている俺が見えた。


「速く・・・終わんねぇかな」


床に座っている俺は口を尖らせながら、手元にある小石を壁に投げて隙を潰していると、声が聞こえた。


「ほらっ!速く歩きなって!!」


そんな女の声に子供の俺はそっちの方を向くと、そこには姉ちゃんを女3人が取り囲み、体育倉庫の中に暗い顔をした姉ちゃんを押し込む光景が見えた。


「姉ちゃん?」


子供の俺は心底不思議そうな声を漏らし、その足取りが扉が閉まった体育倉庫に向かう。


その後ろ姿にあの光景がフラッシュバックし、声を荒げる。


「止まれ!!」


この後の光景は見たくなく、そいつを触って俺を消そうとしたが、俺の手はすり抜け、子供の俺は止まる事なく体育倉庫に向かって行く。


「なんで・・・消えねんだよ!!」


そう叫び、次の光景が見えない様に反対側に走ったが、次の瞬間景色が変わり、光が少し差す薄暗い体育倉庫の中に俺は居た。


その光景を見て視線を下に移してはダメだと自分に言い聞かせたが、水音と時折聞こえる苦痛を漏らす様な声に我慢が出来ず、顔を歪ませながら下をみると、全裸の姉ちゃんを押さえつける様にガタイのいい男がズボンを脱いで跨っており、顔を抑えて泣き続ける姉ちゃんの顔を、周りの女達は笑いながら写真を撮っていた。


「やめてくれ!!」


顔を抑えて地面に膝を付くが、抑えた手は透け、その光景が嫌でも見えてしまう、


笑い声と荒い息とシャッター音と水音と泣き声。


その空間の中に、心を殺してただ座り込んでいると、後ろの錆び付いた扉がゆっくりと開か音が響き、後ろを振り向いてみると、そこには子供の俺が居た。


「姉ちゃん?」


「・・・雷?・・・逃げっ」


俺に気が付いた姉ちゃんはそう叫ぼうとするが、理解出来ずに居る子供の俺を外から来た新たな男が俺の顔を掴み、床に殴り倒した。


すると男は俺の体を何度も殴り付け、股や腹を容赦なく蹴り続けた。


「なんだこいつ?」


「雷!!」


床で痛みにもがく俺に姉ちゃんは心配そうに叫ぶと、リーダー格の様な女はニタリと笑みを深くした。


「もしかして・・・あんたの弟?」


「やめて!雷には手を出さないで!!」


姉ちゃんは必死に叫ぶが、姉ちゃんの顔を跨っている男は殴り、俺を殴り倒した男は俺の顔を右手で掴み、裸の姉ちゃんを無理やり見せてきた。


「よーく見てろよ!姉が犯されてる所なっ!!!」


その男の言葉に合わせ、その場にいた俺と姉ちゃん以外は笑い始め、姉ちゃんは苦しそうな声をまた漏らし始めた。


「あっ!あっ!・・・あぁぁあああああ!!!!」


そんな苦痛と笑いに満ちた空間に、雄叫びが聞こえた。


すると俺に跨っていた男の右腕から破裂し、血が飛び散った。


「はっ?」


「えっ?」


「ぐぁっぁぁああ!!!」


急に右手が無くなり、血を撒き散らしながら叫ぶ男の腹を白い帯を付けた子供が蹴ると、その男は吹き飛び、鉄の扉と男の顔がひしゃげた。


その時の俺は、変な力に振り回されている様な感覚だったからこの事はあまり覚えていないが、今なら良く見える。


俺は姉ちゃんに跨っている男の腹を蹴り、壁に打ち付けられた男の睾丸を足裏で踏み砕いて、痛みで悶える男の腹を右の拳で殴り潰した。


「きゃーー!!!」


「助けてぇーー!!!!」


後ろから耳障りな声が聞こえた。


後ろを振り向くと、2人の女は歪んだ扉の隙間から助け声を出していたが、その女の髪を子供の俺は無言で掴み、歪んだ扉をさらに歪める様に女の顔を打ち付けた。


「いやーーー!!!」


もう1人の女は氷の盾を作り、それを怯える様に俺の方に向けていたが、俺はその盾ごと女の顔を踏み潰した。


足裏から血を流す俺は無言で、腰が抜けて動けないリーダー格の女の方に足を進め始めた。


すると女は、命乞いをする様に話し始めた。


「待って私は冗談で言っただけなのにこいつらが本気にして、だから悪いのはこいつらなの!だから殺さないで!!!」


叫ぶ女の胸ぐらを掴み、俺は何度も何度も女の顔を殴り続けた。


骨が折れる音がしようが、血が顔に掛かろうが、拳を止めず何度も女の顔面を殴り続けていると、横たわっている姉ちゃんが苦しそうに立ち上がり、女を殴り付けている俺を後ろから抱きしめた。


「雷・・・もう・・・やめて」


「ねえ・・・ちゃん?」


姉ちゃんのか細い声に、子供の俺はやっと手を止めると、糸が解ける様にして俺は気絶した。


それから血に濡れた俺を抱きしめる姉ちゃんの泣く声をしばらく聞いていると、急に景色が変わり、次の景色はプロスタッテーの取調室だった。


そこで俺は、色々な事を明確に思い出した。


姉ちゃんのいじめの原因は、姉ちゃんの血縁による嫉妬だったらしい。


姉ちゃんの血縁の名前は、俺と同じトールだった。


けれど姉は生まれつき血縁の力を使い過ぎるとショック症状に陥る体質で、それを知った奴らは、自分達より大層な力を持つ姉ちゃんを目の敵にし、いじめを繰り返していったが、その標的が血縁の力を使えない俺に変わり始めていた。


それに気が付いた姉ちゃんは、いじめが全て自分に向く様にそいつらを煽り、それにキレた奴らはあんな行為に及んだらしい。


そして姉は病院で寝ているらしいが、パニック状態を永遠と繰り返し、鎮痛剤が無いとまともに呼吸が出来ないほどだと伝えられた。


それを聞いた子供の俺は、何も話せなかった。


頷くことも、首を振ることも出来ず、ただ自分の中で蠢く無力さを感じていると、取調室の扉が開き、ある男が申し訳なさそうに入ってきた。


「初めまして、私はエイル。私はプロスタッテーの警視監であり・・・君の姉をいじめていた女の父親だ」


その言葉を聞いた途端、子供の俺は意味もなく男を殴り、取調室にいた男から取り押さえられた。


けれど殴られた男は拘束を解く様に伝えると、口から血を流す顔をこちらに向けた。


「君が殺した子は、私の亡き妻との子供だ」


「だからなんだ!!あいつは!あいつは!!」


「あぁそうだ!ただのろくでなしだ!!」


男は俺が叫ぶ前に、先の言葉を男は叫んだ。


「だから君には子を殺された怒りよりも、申し訳なさしか生まれて来ない!だからこそ、償わせてくれ」


あの時の俺にとっては、その言葉には虫唾しか走らなかったが、睨む俺の顔にエイルは熱い眼差しを向けた。


「この話は難しいかもしれないがよく聞いてくれ。君がやった事はあの状況では正しい。けれど、社会的に見れば君は5人を殺した殺人犯だ。このまま行けば君は犯罪者としての汚名を背負って生きていく事になり、家族にも被害が及ぶ。だからこそ、君にはWhite criminals[穢れなき罪人達]と言う部隊に入って欲しい。そうすれば君は塀の中で暮らす事も、汚名を背置う事なく生きていける」


その話の大半は、子供の俺には余り理解出来なかったが、家族にこれ以上迷惑をかけたく無かったから、それに頷いた。


そして俺は最年少でその特殊部隊に入り、2年間の訓練を受け、5年間この街を裏で守り続けた。


その部隊はプロスタッテー達が手に負えない裏のグループを潰すと言う物で、俺はその中で数々のグループを潰し、犯罪者達を殺し続けた。


訓練が厳しく、逃げ出しそうにもなった。


罪悪感に駆られ、自殺しそうな時もあった。


けれど姉ちゃん達の事を考えると、自殺をしようと言う考えは無くなり、どんなにこの手が汚れても生きようと思えた。


そして俺はその部隊を抜け、7年ぶりに姉ちゃんと会うと違和感に気が付いた。


顔や風格などは大人びていたが、その背は7年前からちっとも伸びていなかった。


「あ、雷、やっとお見舞いに来てくれたんだね」


「うん・・・久しぶり」


姉ちゃんの前では笑顔を見せたが、その違和感に付いて医者に話を聞くと、姉ちゃんには特別な治療を施こしたと伝えられた。


それは辛い記憶を消すと言う物だった。


言葉だけ聞けばそれは良い物だが、それをやってしまうと、消した記憶の前後がかなり飛んでしまうらしく、今の姉ちゃんの精神年齢は安定しない様になり、そのストレスで発育がほとんど止まっていたらしい。


そして、もう一つ知った。


母さんは事故で死んでいたらしく、姉ちゃんを守れる人はもう俺しか居ない事を。


その事に気が付くと、ある決意が胸の奥を熱くした。


俺はもう・・・一生分姉ちゃんに守って貰った。


だから今度は・・・俺が守ろう。


そう心に決めた。


理解しない奴らからの声に歯を軋ませ、犯罪者と罵る声に拳を握り、姉ちゃんには苦しい思いをさせたく無いから特例を得て街を守りながらバイトを続け、疲れて倒れた事もあった。


けど、もう家族は俺しか居ない。


だから1人で・・・1人で守り続ける。

どんなに辛くても・・・どんなに苦しくても・・・1人で・・・1人で。


「ねぇ・・・迷惑かもしれないけど、私にも・・・守らせてくれない?」


そんな声が後ろから聞こえた。


後ろを振り向いてみると、ソファーの上で顔を俯かせている俺と、その肩に手を当てるヒナノが居た。


それを見ると、思い出した。


初めて・・・家族以外を好きになった思いを。


「・・・戻らないと」


そんな言葉が口から漏れると、景色がぐにゃりと歪んで行き、辺りが真っ暗になった。


すると、眼の前にあの扉が現れたが、その扉を小手が付いた拳で殴り付けて砕くと、眼が開いた。


「っ!?」


天井に付いた照明を見て、自分が眠っているのだと理解して体を起こすと、頭がズキリと痛み、体に力が入る。


「っう!?」


その痛みがひとまず収まると、自分が懐かしい様な病室にいる事が分かり辺りを見回すと、暗い外の景色と、姉ちゃんとヒナノが病院のソファーで眠っているのが見えた。


「・・・良かった」


自分が眠る前の記憶が朧げなため、2人が生きてて良かったと安心していると、俺の声が聞こえたのか寝ている姉ちゃんは顔を歪ませ、金色の左眼をゆっくりと開いた。


「あ・・・雷!!」


姉ちゃんは飛び跳ねる様にソファーから跳ね起きると、隣で寝ているヒナノの体を激しく揺らし始めた。


「ヒナノ!雷が目を覚ましたよ!!」


「へっ!!?」


ヒナノは姉ちゃんの声に慌ててソファーから体を起こすと、黒い眼に涙を溜め始めた。


そんなヒナノを安心させる様に笑みを向けると、急に姉ちゃんは俺の体に突っ込んで来た。


「雷〜!!良かったーー!!!」


「・・・姉ちゃん」


俺の腹に抱き付いて泣き続ける姉ちゃんの頭を安心させる様に撫でていると、ソファーから腰を上げたヒナノは涙を溜めた眼をこちらに近付けると、俺の顔を引っ叩いた。


「ヒナノ!?」


「雷・・・自分の命より、私達の方を優先したんだって聞いたよ。そんな事・・・もう二度としないで」


そんな今にも泣きそうな顔をするヒナノが、どうして俺を叩いたかは少しだけ理解が出来た。


「あぁ・・・二度としない」


今にも泣きそうなヒナノに真っ直ぐな笑みを向けると、ヒナノは涙を瞳から溢し、俺に抱き付いて来た。


「本当に・・・良かった!」


肩と顔に当たる柔らかい感覚のせいで少し気まずいが、2人が俺のために泣いてくれていると改めて理解すると、姉ちゃんとヒナノに手を回し、2人を力強く抱きしめてしまう。


「2人も・・・生きてて良かった」


2人の熱い体温を身体全体で感じていると、二人が本当に生きているとしっかりと実感してしまい、涙が瞳から溢れ出てくる。


それからしばらく泣き続けていると、ヒナノは何かに気がついた様に俺から体を離し、顔を赤くさせた。


「えっと、ごめんね雷」


そんなヒナノにどう声をかけて良いか分からず、しばらく気まずい空気を感じていると、眼の周りを赤くさせた姉ちゃんが体を起こし、俺の頭を優しく撫で始めた。


「雷・・・しばらくゆっくりしておこうね」


「・・・いや、その前に姉ちゃんとヒナノに話があるんだ」


「話って?」


重たい体を病室のベッドから起こし、首を傾げる2人の顔を真っ直ぐ見つめる。


そうすると心臓がだんだんと速まっていくが、長い息を吐いて鼓動を落ち着かせ、自分の思いを姉ちゃんと・・・ヒナノに話していく。


「姉ちゃん・・・俺、昨日ヒナノに告られた」


「えぇ!?」


「ら、雷!?」


俺の話に姉ちゃんは驚き、ヒナノは気まずそうに体をソワつかせていたが、その二人が落ち着くのを待っていたら話せなくなると直感的に感じ、話を進める。


「それを俺は断ったんだ。理由は・・・旅に出るのに、それをオーケーしたら迷惑になるんじゃ無いかって思ったからなんだ。でもごめん、俺・・・ヒナノの事が好きだし、付き合いたい。だからヒナノ、俺と・・・これから付き合ってくれないか?」


そんな自分の素直な気持ちをヒナノに伝えると、ヒナノは口をパクパクと動かし、さっきまでの泣き方とは違う、大きな涙の粒をボロボロと瞳から溢し始めた。


「あっ、えっ、あっ、ちょっ、ちょっと待ってね!!」


ヒナノの返事を待っていると、ヒナノは返事をする事なく、大粒の涙を溢しながら口を抑えて大急ぎで病室の外へ向かって行ってしまった。


そんなヒナノを見て、返ってくる答えがYESなのかNOなのかと不安に感じていると、姉ちゃんがこちらをじっと見ている事に気が付き、恐る恐る姉ちゃんの顔を見る。


「・・・姉ちゃん、今の話の意味、分かる?」


「・・・うん、旅に一緒に行かないって事だよね」


その言葉に急に怖くなってしまい、ベットに座り込み、自分の意思を優先させてしまった答えに姉ちゃんがどう思うのかと言う恐怖を感じていると、俺に飛んで来たのは罵りでも罵倒でも無く、温かい胸にそっと顔を抱きしめられた。


「私ね、6年前に雷と再開してから、雷を見ているのが少し怖いなって思ってたの?」


「・・・怖い?」


「うん。だって、雷は自分がしたい事なかなか言わないで、私の言う事ばかり聞いてくれる。だからたまに、雷の事が家族に見えなくなってたりしてたの」


その話を聞き、言葉が出なかった。


だって俺は姉ちゃんを守る事に必死で、自分が家族という自覚が無かった事に今更気が付いたから。


「だからね、雷が自分のために我がままを言ってくれた事が、とても嬉しい」


そんな少しずれている様な温かい言葉に、また涙が溢れて来た。


するとそんな俺の頭を姉ちゃんは優しく撫でると、さらに自分の瞳から涙が流れてくる。


「姉ちゃん」


そんな姉ちゃんの体を、昔姉ちゃんに甘えていた時の様に抱きしめようとした。


けれど、何故か腕が動かなかった。


(はっ!?)


いくら腕を動かそうとしても動かせず、急な体の硬直に困惑していると、カチャリという音が聞こえ、窓が開く音が聞こえた。


(なんっ!?誰だ!!?)


足音が近付いてくる。


姉ちゃんを守ろうと血縁の力を使おうとするが、小手や力帯が体に巻き付いても体を動かせず、姉ちゃんも動こうとしない。


(クソッ!!動け!動け!!動け!!!動け!!!!)


動かない口で叫び、体を無理やり動かそうとしていると、ガスが抜ける様な音がした。


(・・・嘘だ)


その音は、White criminals[ホワイト クリミナルズ)に居た時に、何度も聞いた事がある。


サプレッサーを付けた、銃の発砲音。


(聞き間違えだ!そうだ!!そう).


けれどそんな思いは虚しく、姉ちゃんはぐらりと体を倒して地面に倒れ込み、視界の端には赤い血溜まりが広がって行く。


(まだ間に合う!!動け!!動けよ!クソォ!!!!)


急いで姉ちゃんを医者に見せようとするが体は動かず、今度は俺のこめかみに熱い筒状の何かが当たり、ジュッと肉が焼ける音と痛みが頭に響いた。


「ごめん・・・なざい」


そんな聞いた事のあるような涙声が聞こえた。


(ふざけ)


怒号を心の中で叫ぶよりも速く、脳が揺れた。


(っ!!)


脳味噌を殴られた様な衝撃に、体を力ませて痛みに耐えていると、何かこそばゆい感覚が体に巻き付いた。


すると手足の感覚がだんだんと消えて行き、その消える感覚が心臓の方へゆっくりと向かってくる。


(っう!!動け!!!!)


死の気配を感じ、体を無理やり動かそうとするが、どんなに踏ん張っても体を動かせない。


(っう!!なんで!ヒナノ!!!・・・・・・ねぇ、ちゃん)


一瞬、自分の嫌な記憶と良い記憶が混ざり合い、姉ちゃんの笑顔が脳裏に浮かんだ。


(ねぇ・・・ちゃ)


自分の命と未練が・・・冷たい何かに埋め尽くされた。



ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


「ふぅ」


速い心臓の鼓動を落ち着かせるためにため息を吐き、ハンカチで涙を拭きながら、雷の病室へ向かう。


さっきの急な告白に、心の中がごちゃごちゃになって逃げてしまったけど、今は心の中が落ち着いてくれている。


(雷は、こんな気持ちの中で返事を返してくれたのかな?)


昨日の私の急な告白に、私を気遣いながらも返事を返してくれた雷の心の優しさを尊敬しながら、自分が返そうとする返事をおさらいする。


(えっと、はい、喜んで!・・・で良いのかな?)


右眼を縫っていなかったせいで男の人と付き合った事が無いため、こんな返事で本当に良いのかと心配していると、何故か色々な妄想が自分の頭の中で膨らんでしまった。


雷と2人で買い物する姿や、雷とエレナさんと食事をする光景や、雷と・・・一緒に寝たり。


(待って待って!まだ分からないから)


そう自分に言い聞かせ、一旦自分の妄想に区切りを付けて現実を見ていると、いつの間にか雷の病室の前に着いている事に気が付いた。


(あっ・・・)


その事に気が付き、一旦息を大きく吸って長く息を吐き、熱い心臓と顔を落ち着かせながら、にやける顔を引き締めて扉を開く。


「雷。逃げてごめん・・・ね?」


覚悟を決めて病室の扉を勢いよく開けたけど、自分の視界に映ったのは誰もいない静かな病室だった。


「雷?エレナさん?」


2人を探そうとトイレの扉を開けてみるけど誰もおらず、絶対居ないであろうベットの下やクローゼットの中を探すけど、エレナさんと雷はどこにも居ない。


「・・・食べ物でも貰いに行ったのかな?」


そういえば外に出た時に、お水や豚汁などの配給が合ったから、エレナさんと雷はそれを貰いに行ったんだと考え、空いているソファーに腰を下ろすと、とても甘い花の匂いが辺りに広がった。


「良い匂い・・・」


さっき居た時には無かった花の匂いに疑問を感じながらも、雷達の帰りを緊張しながら待ち続けた。


けれども、廊下の電気が消えようが、私が何度もトイレに行こうが、喉が乾いてお腹が鳴ろうが、暗い外から明るい光が部屋の中に入ろうが、雷達は・・・帰って来なかった。




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