第1話 別れ
「ようこそ!傍観者諸君!!」
暗い空間にスポットライトが当てられ、ある女性の姿がはっきりと見えた。
その女性は腰にまでかかる白髪を揺らし、その異様に黒い瞳と同じ色をした黒いワンピースを靡かせていた。
「まぁ、君達は私は誰かと思うだろうけど、そんな事はどうでもいい」
女性が右手で指を鳴らすと、どこからか白い本が女性の胸の前に現れた。
「君達に質問だ。『ワン・エイス』と言う言葉をご存知かい? 意味はある種の血が8分の1入ってるってことさ」
女性は一人で黙々と話を続け、それに続くように読めない字が書かれた本を開かれる。
「もう一つ質問だ。君達の血の中には神の血が入ってると思うかい?」
そんな質問をすると、女性は綺麗な笑みを浮かべ、本を後ろに放り投げた。
「正解は入っているだ。もっとも、ワン・エイスよりも圧倒的に薄いがね」
女性は白い人差し指を顎に当てると、本は女性の頭の上でピタリと止まり、本のページが勝手にパラパラとめくられ始める。
「これは、神の血を引いた血縁者達のお話。そして、この世を終わらせる、少年と少女のお話」
本のページがある場所で止まると、その本から白い光が溢れ始めた。
「では、いってらっしゃい、傍観者達よ。カウントダウンは始まった」
意味深な言葉が耳に入ると、白い光が世界を埋め尽くし、世界は白に包まれた。
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血縁者。
それは、神の力を扱えるただの人間だ。
けれど、自分が人間であると忘れた者達が多すぎる。
「はぁ」
そんな事を適当に買い漁った原稿用の紙に書いていると、壁にかけているモダンな時計から音がなり、午後8時を伝えてくれた。
「お、アイス食いに行こ」
アイスを食えると嬉しい気持ちを感じながら、ペンを机に投げるように置き、いつも通りの全身真っ黒な服を着てから家を出ると、外の街通りはいつもよりうるさく、表通りは人で埋め尽くされていた。
(マジか・・・)
ため息を吐き、うるさい人の波の中を強引に抜けて疲れた体で壁に寄りかかりながら後ろを振り向くと、肌をやけに出した女性達と、しっかりと服を着た男達が騒がしい音楽を奏でていた。
確か今日は、巨人とか狼などの獣の進行防ぐ戦士達の帰還の日だった。
(まぁ、どうでも良いや)
そんな事を思いながら暗い路地裏に入り、その道を勘を頼りに適当に進んでいると、曲がり角から少し騒がしい音が聞こえた。
口角を上げながらその曲がり角を曲がると、そこには暗い路地裏には似合わない、明るい雰囲気の酒場が経っていた。
その酒場の扉をそっと開けてみると、店の奥の台から黒と白のユニホームを着たアリシアさんが、グラスを拭きながら俺に笑顔を向けてくれた。
「あ、いらっしゃい」
「どうも」
黒色の髪をきっちりと後ろに纏めたアリシアさんに頭を下げて酒場の中に入ると、髭を生やしたじいさんや、カップルなどの色々な客がエールやご飯を食べていた。
「ようにーちゃん。今日も来たのか・・・金持ちだな」
顔を赤くさせて酔っ払っている、白い髭を生やした隻眼のじいさんから急に声をかけられ、少しビクついてしまう。
「えっと、金だけは持ってるので」
「そうかそうか。若さは大事にしろよ」
話が通じてねぇやとため息を吐き、軽く頭を下げていつも座っているアリシアさんの前のテーブルに座ると、アリシアさんは綺麗な赤色の瞳をこちらに向けてくれた。
「いつもの?」
「あ、お願いします」
お題を先に出そうと、腰にぶら下げたコイン袋に手を突っ込むと、後ろから大きな笑い声が耳の中を叩いた。
「ハハハハハ!!あの気の強そうな女が俺にケツを振ったんだぜ!傑作だろ!!」
そんな下品な話が聞こえ、少し憂鬱な気分になってしまう。
ここは静かだから好きなのに、それを壊されたようで少しイラつき、赤い鎧を着た奴らをじっと睨んでいると、後ろから左肩をつつかれた。
後ろの方に顔を向けてみると、俺の眼の前にアリシアさんの顔があり、心臓が跳ね上がってしまう。
「あの人達、アレスの血縁者だからあんまり見ないようにね」
「あ、そうなんっすね」
小声で忠告をしてくれるアリシアさんに感謝しながら、顔を少し離してテーブルに出されたお冷やを飲みながら大人しくアイスが来るのを待っていると、自分のすぐ後ろから小さな足音がした。
(ふぁっ!?)
人の気配が無かったのに後ろから聞こえた足音に驚き、顔を後ろに向けると、首から高い音が鳴ってしまい、痛みが頭に走る。
「いっつ!」
「あ、大丈夫ですか?」
そんな細い声とこちらに伸ばす細い腕は、明らかに幼い子供の物だった。
なんでこんな子供がこんな所にと思うが、その子はボロボロの黒いローブを身に包んでおり、足には布を紐で固定したような、簡易的な靴しか履いていなかった。
(・・・虐待?)
そんな事を考えながら、椅子から降りて取り敢えずその子供に目線を合わせ、出来る限り優しく質問をする。
「えっと、何か用があるのか?」
「あの、えっと」
俺の問いに、その女の子はローブのフードを脱ぐと、首まで伸びる黒い髪と潤んだ黒い瞳が露わにした。
すると顔を急に赤くさせて大きく息を吸い込むと、俺になにか覚悟を決めたような顔を向けた。
「私と!子を成してください!!」
「・・・はぁ!!?」
顔を赤く染めるその女の子の言葉を聞き、激しく動揺してしまうが、ある考えが頭によぎり、テーブルの上に置いてある水を飲んで一旦心を落ち着かせてから、その女の子を睨みつける。
「いやお前、馬鹿だろ」
「へっ!?」
俺の言葉に少女は驚き、泣き出しそうな表情を小さな顔に浮かべた。
それに罪悪感が湧いてしまうが、自分が騙されてるかも知れないと思い、警戒しながら話を続ける。
「まず初対面で求婚されてYESとは言わないだろ」
「いや、でも、えっと」
少女は何か言い返そうとするが何も言い返せず、急にぼろばろと大きな涙を零した。
それに狼狽えてしまうが、もう騙されないと心を獣にしていると、後ろから声がかかった。
「悠翔、この子女神の血縁じゃ無いよ」
「・・・はい?」
そう言われ、慌てて少女の眼をじっと見つめると、その目には女性神の血縁者特有の瞳孔の中の白い点が無かった。
「えっとつまり・・・全部本音?」
「はい、そう・・・です」
まだ涙を流す少女を見て、自分の腹あたりが急激に冷たくなって行くのを感じ、後ろにいるアリシアさんに慌てて顔を向ける。
「アリシアさん!なんか甘いもの!!」
俺の言葉にアリシアさんはやれやれとため息をつくと、酒場の奥へ行ってしまう。
「えっと、とりあえず、座るか?」
「その必要はねぇぞ」
涙を流す少女に、取り敢えず水を飲ませて落ち着かせようとすると、いつの間にか赤い鎧を着たえらくガタイの良い黒髪のおじさんが、笑みを浮かべて少女の後ろに立っていた。
「ほう、なかなかの上物じゃねぇか」
そのおじさんは少女の腕を掴んで顔を無理やりみると、にたりと汚い笑みを浮かべ、少女をどこかへ連れて行こうとした。
「な、何するんですか!?」
「決まってんだろ?まぐわいに行くんだよ」
その言葉を聞いてか少女は顔を恐怖で埋め尽くし、その腕を外そうとする。
けれどそのでかい手を少女の手で外せるはずも無く、ズルズルと引きずられていく。
「おい待てじじい」
そんな光景を眼にし、なぜかそんな言葉を言ってしまうと、そのジジイは顔をこちらに向け、俺を睨みつけた。
「なんだてめぇ、アレスの血縁の俺に逆らおうってか?」
自分よりでかいジジイから上から睨まれ、体がビクついてしまうが、ゆっくりと立ち上がって震える息を吐く。
そして、そいつに笑みを向ける。
「あぁ、人間に負けた神の血縁さん」
クソジジイに笑顔でそう言った途端、左の蹴りが横腹に飛んできた。
それを右腕と右膝で咄嗟にガードするが防ぎきれず、そのまま横に吹き飛ばされ、グラスが並べられたテーブルに激突し、静かな酒場にガラスが割れる音が無数に響き渡った。
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「許、さねぇ」
私の手を掴んでいるおじさんは、鼻息を荒くさせながら、私を突き飛ばす。
「きゃ!?」
尻餅をつき、その痛みを感じながら急いで前に顔を向けると、おじさんは右拳強く握りこみ、右腕をわなわなと震わせていた。
「俺はもう、馬鹿にされねぇんだよ!!」
おじさんはそう叫びながら、右腕に赤いなにかを纏うと、腕に付けている鎧が音を立てて組み変わり、それにとても触れたく無いような嫌な予感が体に走る。
「おい」
その腕が吹き飛ばされた悠翔さんに拳を撃つ寸前、いつのまにかその腕は誰かから掴まれていた。
その腕を掴んでいたのは、おじさんと一緒にお酒を飲んでいた、赤い鎧を着た黒髪の若いお兄さんだった。
「それをあんな奴に使うな」
お兄さんの赤い瞳が指す方を私も見てみると、私を助けてくれようとした人は、顔をぐじゃぐじゃにして泣いていた。
それを見てズキリと胸の奥が痛み、嫌な汗が頰に伝う。
「あんな奴にそれを使えば、アレス様に顔向けできん」
「ちっ」
そんなお兄さんの言葉におじさんは拳を収め、2人は銀貨を机に置くと、お店から静かに出て行ってしまった。
それに呆然としていると、私を助けようとしてくれていた人の事を思い出し、そっちに慌てて目をやると、その人は鼻水や涙を拭きながら、私に近づいてきた。
「あ、あの」
その人に声をかけようとすると、その人は私を無視して私の隣を横切り、お店の机の上に置いてある水を頭から被った。
すると顔から急に涙を止め、爽やかな笑みを浮かべた。
「あー!!冷て!」
その人はさっきまで泣いていた事が嘘のように、黒く短い髪から水を両手で絞ると、さっき突っ込んだ机の近くに居た2人組に近寄っていく。
「あの、すみませんね。これで何か注文し直して下さい」
その人は腰にかけてある袋に手を突っ込むと、4枚の金貨を机に乗せた。
すると女性と男性はとても驚いたような顔をした。
「すみません」
悠翔さんはまた謝ると、その周りに落ちた透明な破片を、お店の端に置かれた箒のような物で寄せ集め始めた。
「うわぁ!?どういう状況!?」
そんな声を聞き、後ろを急いで振り向くと、驚いたような顔をしたアリシアと呼ばれる女性が机の向こうに立っていた。
「えっと、その」
その女の人に、私のせいでこうなったと伝えようとすると、悠翔と呼ばれる人がアリシアさんに一言で説明をしてくれた。
「アレスの人達とケンカしました」
「えっ!?大丈夫だった!?」
「あんまり、ですかね」
そう説明しながら、悠翔さんは掃除道具らしき物を持ってくると、さっき濡らした床を拭き始めた。
「あっ、そこの子」
そんな床を拭いている悠翔さんの手伝いをしようとすると、机の向こうにいるアリシアさんから呼び止められた。
そっち方に顔を向けると、アリシアさんから手招きをされ、大人しく机の近くに行くと、何か見た事がない物が机の上に出された。
「えっと、これは?」
「うちの名物、アイスだよ」
その少し冷たいような物の匂いを嗅ごうとするけど、あまり良い匂いはせず、全然美味しそうには見えなかった。
けれど出されたものだからと思い、用意された小さなお玉のようなものでそれをすくって口に運ぶと、スッキリとした甘さが口の中に広がった。
「美味しい?」
「はい、とっても!」
その久しぶりの冷たく甘いものをがっつくように食べていると、後ろから足音がした。
後ろを振り向いてみると、濡れた黒い服がいつのまにか乾いていた悠翔さんが立っていた。
「アリシアさん、これ弁償代です」
悠翔さんはそう言うと、袋から金貨を6枚机の上に置いた。
するとアリシアさんは眼を見開き、慌てるように机から身を乗り出した。
「ね、ねぇ悠翔、ちゃんとお金の価値分かってるの?」
「はい、俺の食費と弁償代が金貨1枚で済むって事は知ってます」
少し雰囲気が変わった悠翔さんを見て少し疑問を感じてしまっていると、悠翔さんは再び申し訳なさそうな黒色の眼を私に向けた。
「ほんと、ごめんな。お詫びになんか好きなもの奢るよ」
「えっ?」
その言葉に悠翔さんの顔を慌ててもう一度見てみると、その顔には嘘偽りはないようだった。
「えっ、初対面の人ですよ私」
「もう初対面じゃないぞ」
(あ、そっか)
その言葉に納得し、残ったアイスを口の中に頬張っていると、いつのまにか居なくなっていたアリシアさんが、お店の奥からとても大きなアイスを持ってきた。
「お待たせ、ほんとにこれ好きだよね」
「えぇ、とっても美味しいですから」
悠翔さんは私のよりも細く長いお玉でアイスを美味しそうに頬張り、幸せそうな笑みを浮かべた。
それを見て何故か嬉しくなっていると、悠翔さんから急に顔がこちらを向けられ、体がビクついてしまう。
「あ、そういえば名前は?」
「えっと、奏です」
「んじゃ聞くけど、俺は奏の事知らないんだが、お前はなんなんだ?」
その言葉にほんとの事を言おうかと悩むけど、悠翔さんに協力して貰う為にはほんとの事を話さないとと思い、悠翔さんの顔をもう一度見る。
「えっと、私は大国主の血縁者なんです」
「・・・なんだ、そういうことか!!」
私の話に悠翔さんはなぜか急に大きな声を上げ、笑いながら私と肩を組んできた。
その状態のまま顔を近づけられると、少し体がこわばってしまうけど、悠翔さんの真剣な顔を見て、怖いという気持ちは何処かへ行ってしまう。
「お前、その名前はここで言うな」
「えっ?」
小声で悠翔さんはそう言うとすぐに私から顔を離し、何事も無かった様にアイスをまた食べ始めた。
「奏ちゃん、そういえば泊まる場所とかあるの?」
悠翔さんのさっきの行動を疑問に思いながら私もアイスを食べようとすると、アリシアさんが心配そうに質問してきた。
「えっと、無い、ですね。ここには来たばかりなので」
「んじゃ、これやるよ」
悠翔さんは私の机の前に金貨を7枚を私の前に置くと、少し溶けたアイスを口の中に掻き込み、また金貨を3枚出して、アリシアさんの前に置いた。
「ご馳走様でした。」
「いやちょっと!お代多過ぎるよ!」
「まぁ、いいじゃないですか」
悠翔さんはどうでも良さそうな笑みを浮かべると、椅子から立ち上ってから腰をゆっくりと伸ばし、私の方に顔を向けて来た。
そのせいで心臓が跳ね上がってしまう。
「さて奏、泊まるとこないんだったらそれなりの宿に案内するけど、どうする?」
「あ、着いて行きます」
悠翔さんに協力してもらいたい事があるから、急いでアイスを頬張ってお金を払おうとするけど、金貨がどのくらいの価値なのか分からず、戸惑ってしまう。
(えっと、1枚で良いのかな?)
そんな事を考えていると私の頭に細い手が置かれ、顔を前に上げてみると、アリシアさんが私の頭に手を置いているのが見えた。
「払わなくて良いよ、悠翔のお金から抜いておくから、大事に使いなさい」
アリシアさんは母親のような顔を私に向けてくれると、7枚の金貨を布で作られた袋に入れて私に差し出してくれた。
「あ、ありがとうございます」
「うん、気をつけてね」
そんなアリシアさんの顔に、懐かしさを感じながら袋をそっと受け取り、頭を深々と下げる。
そしてもう一度アリシアさんに笑顔を向けて、入り口にいる悠翔さんに向かって急ぎ足で足を進める。
すると悠翔さんは私に笑顔を向け、手で付いて来いと指示していた。
そんな悠翔さんと一緒に暗い通路をしばらく進んで行くと、その暗い通路の中に、木の板に『木漏れ日の宿』と書かれた扉を見つけた。
悠翔さんはその扉をそっと開けると、宿の机の向こうにいる女性がこちらに顔を向けた。
その女性は独特な紋様が刻まれた青い布に身を包んでおり、少し長くて黒い髪には梟の羽の髪飾りをつけ、2つの緑色の眼はこちらを向いていた。
「いらっしゃいませ。・・・おや、悠翔さん、やはり貴方はロリコンでしたか」
女性は作ったような驚いた顔をしてクスリと笑うと、悠翔さんは心底めんどくさそうな顔をし、大きなため息を吐いた。
「そういうのいいですから、2番の部屋空いてます?」
「少々お待ちください」
その女性は私達に待つようにそう言うと、女性は机の上に置かれた手元の紙をじっくりと見始めた。
「空いてますよ。はい、鍵です」
女性は悠翔さんに鍵を差し出すと、悠翔さんはその鍵をそっと受け取り、こっちに向かって歩いてきた。
「おい、行くぞ」
「あっ、はい」
その言葉に従って悠翔さんについて行き、軋む階段を登って少し歩くと、02とinverseと読めない文字が書かれた部屋の前に着いた。
(いんぶぇらせ?)
そんな意味不明な文字を見ていると、悠翔さんは持っていた鍵を使ってその扉を開け、私に先に入れと指で指示してきた。
頭を下げてその部屋にゆっくりと入ると、そこには4つの柱がついた布団らしきものと木で出来た机があり、壁には1つの扉が付いていた。
私がその部屋の奥に入り終えると、悠翔さんも部屋に入り、扉の鍵をガチャリと閉めた。
それに少し驚いてしまっていると、悠翔さんは壁についた扉を指差した。
「そこの扉に風呂があるから、とりあえず体洗ってこい」
「風呂?」
私の疑問に悠翔さんはため息で答え、その扉を悠翔さんが開けると、木の良い香りが鼻にやって来た。
その湯殿らしき場所に悠翔さんが入るも、色々な事を教えてくれた。
「これを捻るとお湯が出るから、それで髪と体を洗え。あ、少しこれも付けろよ」
悠翔さんは何かの入れ物に入った物を私に持たせると、湯船の近くの出っ張りを押した。
すると綺麗な音楽が流れ始め、湯船らしき所にお湯が入ってきた。
「体洗ったらその中に入れよ。後、脱いだ服はそこの籠に入れとけ」
そんな丁寧な説明に頷くと、悠翔さんは安心したような顔を浮かべてこの部屋から出て行くと、さらに部屋の外に向かって足を進めた。
「えっと、どこに行くんですか?」
「ちょっとした買い物だ。あっ、誰か来ても部屋に上げるなよ」
「はい」
悠翔さんはそう私に言い残すと、部屋から出て行ってしまった。
そのせいで少し不安感を感じてしまうけど、服を脱いで暖かいお湯を体にかけると、そんな心配はどこかへ行ってしまった。
悠翔さんが用意してくれた入れ物から変な液体を手に取り、それを髪と体に付けて体と髪を擦ると、やけにヌルヌルとして気持ち悪かったけど、それにお湯をかけると簡単にヌルヌルは取れ、髪の毛がやけにつやつやとしているのを感じとれた。
「わぁ」
それに喜びながら久しぶりの湯船に体を沈めると、お湯の中はとても暖かく、このまま寝てしまいたいと思うようにもなってしまう。
そんな心地がいい感覚に包み込まれ、意識が夢の中に落ちる寸前に扉が開く音が聞こえ、慌てて目を覚ます。
「おーい、服買ってきたからこれ着ろよ」
湯殿の扉が少し開かれると、悠翔さん腕だけが湯殿に入り、扉の近くに紙の袋が置いてくれる。
「あ、ありがとうこざいます」
悠翔さんがどうしてこんなによくしてくれるのかと疑問に思いながらも、体に付いた水気を用意されていた布で吹き取る。
布を用意された籠の中に放り投げ、用意された紙の袋を開けると、悠翔さんが来ている服に似た、小さな黒い服が入っていた。
「わぁ」
その服に少し嬉しさを感じながら、脱いだ褌を股に付けてその袋の中にある服を着るけど、それは少しぶかっとしていた。
それから下の服も履き、少しごわごわとする気持ち悪さを感じながら湯殿から上がると、悠翔さんが床に座っておにぎりを食べていた。
そんな悠翔さんは湯殿から出てきた私に気が付くと、白い袋の中から細長い入れ物を取り出した。
「ほい、水飲んどけ」
なにか細長い入れ物に入った水を投げられ、それを慌てて両手で受け取るけど、その入れ物の開け方が分からない。
そんな私を見たのか、悠翔さんは丁寧に説明をしてくれる。
「そこの白い部分を横に捻るんだ」
悠翔さんに言われる通りに白い部分を横に捻ると、カチと音が鳴り、入れ物の蓋が開いた。
その入れ物に口を付けてゆっくりと中の冷たい水を飲み始めると、喉が渇いていたのか、その入れ物から口を離した頃には、中の水は半分以上減っていた。
「ふぅ」
少し落ち着いた胸を撫で、悠翔さんに聞きたい事を聞こうとすると、悠翔さんは大きなおにぎりを口の中に頬張り、地面から立ち上がった。
「おし、じゃあ寝るぞ」
「えっ、あの」
私の言葉を無視して、悠翔さんは部屋の電気を急に消した。
そんな真っ暗で良く分からない部屋に恐怖を感じていると、暗闇の中で悠翔さんから右腕を急に掴まれた。
「わっ!?」
それに驚いてしまうけど、そのまま悠翔さんから布団の上へ運ばれ、かなり驚いてしまい、横になった暗闇の中で微かに見える悠翔さんの顔は、こちらを向いていた。
「さて、聞きたい事があるんだろ?」
布団の上で急いで体を起こすと、悠翔さんは私の手を離し、床に座ってため息を吐いた。
そして、そんな悠翔さんに気になる事を順々に聞いてみる事にする。
「あの、どうして電気を消したんですか?」
「・・・下に女の人が居たろ?その人、なんちゃらカムイって言う太陽神の血縁なんだ。光があれば話を聞かれる可能性があるからな」
その話を聞いて、さらにもう一つ疑問を持ってしまう。
「どうして、お話を聞かれると不味いんですか?」
「お前、自分の状況を分かってねぇんだな」
悠翔さんはそんな暗い声を漏らすと、布団らしきものに寄りかかり、また重いため息を吐いた。
「まずお前は、大国主の血縁者で間違いないか?」
「は、はい」
「大国主の力は?」
そんな間髪を入れずに投げかけられる質問に答えるのに少し躊躇してしまうけど、少し息を吐いて胸の奥を落ち着け、悠翔さんに自分の力を正直に話す。
「えっと、薬学の熟知、縁結び。そして、母と父の力を子に引き継げる事です」
「そう、それだ」
悠翔さんは私がそう答えると同じくらいに、だんだんと目が暗闇に慣れてきた。
そのはっきりと見えるようになった悠翔さんの顔は、この暗闇にも引けを取らないほど暗いものだった。
「まず俺らは神の血を引いてはいるが、子に誰の力が入るか分からないんだ。だから、戦争の神の血縁者の子供が、平和の神の血縁者って言うのはざらにある。
だからこそ、お前の力は今の時の権力者が欲しいものであり、下手をすればこの世を終わらせる爆弾みたいなものだ」
その話を聞くけど、その話があまり理解が出来ず首を傾げてしまう。
そんな私を見たのか、悠翔さんは暗闇の中でまた重いため息を吐き、話を続けてくれる。
「簡単に言うとな、ここでの権力は2つで決まる。1つはそいつの力がどの神のものか。もう1つはそれが強いかだ。・・・んで、ここからが問題だ」
悠翔さんから急に右手で指差され、体がビクついてしまう。
「強い血縁者の父と母の力が子に受け継がれませんでした。じゃあ、そいつらはどうなる?」
「え、えっと」
「そいつらが歳を取ると権力と地位も金も失い、そこらの冷たい地面で寝ることになる」
私が答えるよりも早く悠翔さんが答えてくれるけど、それはとても悲しい答えだった。
「だからこそ、お前の力は今の権力者が喉から手が出るほど欲しいものだ」
その話を聞いて自分の状況を理解すると、体に鳥肌が立ち始め、色々な不安が胸の奥から溢れ出てくる。
「え、じゃあ」
「あぁ、お前が捕まれば見知らぬ奴らと子を成すことになるな」
自分が置かれている状況をちゃんと頭が理解すると、急に体が震え始め、息も荒くなり始めた。
「後もう1つ、その力は受け継がれて行くたびに使える力が増えるんだ。だからこそ、それはこの世を滅ぼす可能性がある。お前は知らないだろうが、処分対象のリストに大国主は乗ってるから、お前を上に差し出せば莫大な金が貰えるんだ。だから、大国主の名前は街中で言うな」
そんな話を聞いて、心の中に強い不安感が現れるけど、それとは別に暖かい何かを胸の中に感じ始めた。
「えっと、じゃあどうして悠翔さんは私を助けてくれたんですか?」
私の疑問に悠翔さんは顔を固めると、少し気まずそうに左頬を掻き始めた。
「えっ、いや、何というか・・・な。こんな綺麗な子供がそんな神の血縁なだけで殺されたら可哀想、って思っただけだ」
顔を少し赤くする悠翔さんを見て、さっきの不安感など何処かへ行ってしまい、それとは逆の安心感が胸の中に生まれてくれた。
「なんで笑ってんだ?」
「いえ、少し安心しただけです」
口を覆って笑みを隠し、安堵の息を吐いていると、悠翔さんは何かを思い出したように、急いで顔をこっちに向けた。
「今思い出したけどよ、なんで俺に求婚なんかしたんだ?」
その質問に落ち着いた心臓が飛び跳ね、顔が熱く火照ってしまう。
「えっと、それは」
その質問にしぶしぶ答えようとした瞬間、急に体が落ちるような感覚に襲われ、咄嗟に布団をぐっと掴んでしまう。
(何!!?)
いつの間にか辺りは明るくなっており、体に強い衝撃が走るけど、布団のおかげであまり痛くはない。
急いで辺りを見回すと、辺りには木の残骸と布団に体を乗せている悠翔さんだけが見えた。
「はぁ、また君か、生きてる?」
聞いたことのないような綺麗な声が聞こえ、その声が聞こえた上に眼を向けると、そこには五人組の白い鎧を着た人達が赤い屋根の上に立っていた。
「ベット無かったら多分死んでた」
悠翔さんはベットと呼ばれるものから体を起こすと、屋根の上にいる人達を下から睨みつけた。
「死んでないようで何よりだ。それで、そこの女の子の事はどこまで知ってる?」
「・・・処分対象SSSの血縁ってとこまでは知ってるけど?」
「そうか、なら話は早い」
屋根の上にいる女性らしき人は白い兜をその頭から取ると、薄い金色の長い髪を露わにしながら、透明に近い橙色の眼で私達を見下ろして来た。
「その子を渡して。そうすれば賞金は渡すし、その子は苦しませずに殺す」
その真っ直ぐで嘘偽りが無いと言える眼を見て、体に恐怖がゆっくりと巻きついてくるけど、悠翔さんは私の頭に手を当て、震える息を口から吐いた。
すると、屋根の上に居る人達に鋭い眼を向けた。
「あいにく、金には困ってないんでね!!」
大声を出しながら悠翔さんが横に手を振ると、そこには何かの赤い光の塊が無数に現れ、私の視界を赤に埋め尽くした。
「っ!?」
それに眩しさと恐怖を感じていると、腕を引っ張られ、硬い腕の中に抱き抱えられた。
「追わなくていい」
そんな言葉が遠くから聞こえたけど、悠翔さんはそこから遠ざかるように、音が響く道を進み始めた。
「ちょっ?どこに行くんですか!?」
「とりあえず森に逃げる!森の中ならあいつらは追っかけてこないからな!!」
瞬きを何回かすると眼が少しずつ慣れてはっきりと辺りが見えるようになると、暗い道に自分達が居ることが分かった。
悠翔さんは走り慣れていないような走り方をしながら路地裏を走って行くと、唐突にその道は明るく開けた場所に出た。
けれど、その先には白く高い壁が見えた。
「捕まってろよ!」
その声に合わせて悠翔さんの服をギュっと掴むと、後頭部に熱いものを感じた瞬間、後ろから熱風が吹き荒れ、悠翔さんはその風に乗るように高い壁を乗り越えた。
けれどその壁の向こうは高過ぎた。
「落ち」
高いところから落ちる感覚をまた感じていると、悠翔さんは腰の紐を上に投げ、その紐に捕まって勢いを無理矢理殺し、宙ずりの状態で壁に足を掛けた。
「降ろすぞ」
「えっ、はい」
悠翔さんは急にそう言うと、私を地面の近くで降ろし、悠翔さんも地面に降りた。
けれどその紐を掴んだ悠翔さんの左手の皮は綺麗に剥けており、その傷口からは赤い血をダラダラと流していた。
「悠翔さん!?」
「大丈夫だ、このくらい時間が経てば治る」
そんな痛々しい怪我を無視して息を荒くした悠翔さんは森に向かって歩き始め、私も慌ててそれについて行く。
「えっと、道分かるんですか?」
「分からんけど、方角は分かるから大丈夫だ」
そんな事を言いながら悠翔さんと永遠と森の中を進んでいると、前にいた悠翔さんが足を急に止めた。
「えっ、どうし」
「俺が合図したら、真っ直ぐ走れ」
「えっ?」
悠翔さんは顔はこちらに向けずにそう小声で話すと、いきなり両手を挙げた。
「投降する、こいつは渡すよ」
悠翔さんのそんな言葉に合わせて後ろの木の上から降りて来たのは、金色の鎧を着た青髪の男の人と、緑色の鎧を着た赤髪の女の人。
極め付けには、少し前に会った赤い鎧を着たおじさんとお兄さんも木の上から降りてきた。
そしてその全員の瞳は、人の眼とは思えない金色の眼で、それらは私達を真っ直ぐ射抜いていた。
「前を向け」
小声でそう言われ、振り向きたい思いを抑えながら、誰も居ない森の中を見続ける。
そして悠翔さんが後ろをゆっくりと振り向くと、呆れたような笑みを後ろの人達に向けた。
「アレスにアテナにゼウスって、逃げれる訳無いじゃ無いですか」
「ふっ、妥当な判断だな。そいつを渡せば、お前だけは逃してやる」
そんな若い人の声が聞こえると、冷たい汗が頬を伝う。
けれどさっきの言葉を思い出し、悠翔さんの合図をじっと待つ。
そうしていると悠翔さんが前に歩き、私の後ろに移動した。
「何をしている?」
「ちょっとした・・・抵抗だよ!!」
後ろから地面を強く踏む音が聞こえると、辺りに白い光が弾けた。
「走れ!!!」
その声を聞いて真っ直ぐ森に向かって走ると、後ろから何か鈍い音が聞こえた。
足を止めずに首だけを後ろに向けると、首が歪な方を向いた悠翔さんが私の方に目を向けていた。
(えっ?)
首が歪んだ悠翔さんは膝から崩れ落ちると、その手と腹には無数の銀色の剣が突き刺さり、極め付けには腹を太いおじさんの足が貫き、長い臓物が辺りに散らばった。
「ふん、こんなものか」
体をビクビクと痙攣している悠翔さんの顔に、金色の鎧を着た人が脚を乗せると、鈍い音とともに悠翔さんの頭を踏み砕いた。
ふと気がつくと、いつのまにか自分の脚は止まっており、地面に膝は地面に付いていた。
「次は・・・お前だ」
その言葉に体が震え、動けなくなる。
体を恐怖と後悔が支配し、自分の呼吸音すら聞こえなくなって行く。
その間にも、ゆっくりと鎧を着た人達は迫ってくるのに、私の視界には・・・肉塊と化した悠翔さんしか写ってない。
涙が瞳から溢れ、潤んだ視界で地面を眺め続けて死ぬ覚悟を決めようとすると、地面を太い何かが這う様な音が森中に響いた。
「なっ!?」
驚いたような声が聞こえ私も顔を上げると、肉塊と化した悠翔さんの体から、無数の赤い蔓の様なものが伸びており、頭の無い悠翔さんの体がゆっくりと起き上がる。
その赤い蔓に、人の眼や口のような物がバチリと開くと、その目は辺りをキョロキョロと見回し始め、その色が異なる4つの眼が私の方を向くと、1つの口が動き始めた。
「あ、は、く」
そんなよく分からない言葉を聞いただけなのに、何故か恐怖心が少なくなり、胸の奥には安心感が込み上げてくる。
「いげろ!!」
逃げろ!
私の耳には何故かそう聞こえ、後ろを振り返って森の中を走る。
「おかえらをあにては、おれら!!!」
そんな叫びが森中に響き渡ると、自分の中の不安と困惑を隠すように息を大きく吸い、道のわからない森の中を走り続けた。