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【時空郵便】~人生で1度きり過去か未来のアナタへ送る手紙~

【時空郵便】1通目~独房の少年~

作者: RyU先生

真っ暗な塀の中。満足な食事はなく。

決められた労働をこなし。罪を償う。

俺は今、刑務所の中で暮らしている。


なんでこうなった?

親に言われるがままに勉強して。

教師に言われるがまま進学し。

世間の期待に答え続けた。


なのに、なぜ?

もう一度だけ人生をやり直せたら。

もう一度昔に戻れたら。

そしたら、俺は


俺は――


「バカですねぇ。過ぎ去ってしまった人生をやり直すことなど出来る訳がないでしょう」


真後ろから誰かの声がして俺は後ろを振り返った。


誰もいない。

当たり前だ。ここは刑務所で俺に割り当てられた一人部屋。

自由に出入りも出来ないし、誰かが勝手に入ってこれるわけもない。


「ですが…………昔のあなたに手紙を出すことは出来ますよ」


また、空耳が聞こえた。気持ち悪いほどにリアルな声。

そしてあり得ない話だった。


「昔の自分に手紙を?」


あり得ない。あり得ない。あり得ない!!

とんだ幻聴だった。そう言って鼻で笑い飛ばしてやろうとした瞬間――


パサッと小さな音がして、俺の独房に用意された汚れ切った机のうえに、何か軽い物が落ちる音がした。

俺は恐る恐るその何かに手を伸ばし、確認をする。


「これは……便箋(びんせん)と封筒か?」


奇妙なほどに真っ白な便箋。

そして表も裏も確認したが宛先などの記入欄すらない、やはり奇妙なほどに真っ白な封筒。


「どーもー時空郵便の者ですけど。お受け取り頂けて嬉しい限りです」


突然として部屋の中に現れ、馬鹿でかい声で挨拶をする男。

濃い緑色の上下の服に身を包み。肩からはバッグをぶら下げていた。

そのバッグの正面にプリントされた『|時空郵便《じくうゆうびん》』の文字。

目の当たりにしているはずのその何もかもが異様だった。


「あんた何なんだ?いや、それよりも昔の自分に手紙を出せるってのは本当なのか?」


もはや今目の前で起きていることが空耳だろうと、幻聴だろうと、幻覚だろうと、今の俺にはどうでもよくなっていた。ただ、万に一つの可能性にすがりつくことだけで頭はいっぱいだったのだ。


「あたしのことには興味なしですか。まぁ、別に淋しくなんてないですが……」


男は分かり易く少し寂しげな顔をすると、ゆっくりと俺の手にある便箋を指差した。


「それは『時空郵便』と言いまして、未来または過去の自分に手紙を出すことが出来る。という代物になってます」


いやいやいや。あり得ないって。頭おかしいんじゃねえのかコイツ。でも……

そんなあり得ない状況が今まさに、実際に現実として俺の目の前で起きている。

俺の頭がおかしくなってない限り、信じがたいがこれはもう現実だと受け止める他ないじゃねぇか。


「時空郵便にはこの『時空ペン』以外の筆記用具では書くことが出来ませんし。一度書いた文字は消すことが出来ません」


男がおもむろに取り出したペン。俺にはもうそれしか見えていなかった。

この後の男の取扱説明書の朗読みたいなどうでもいい話なんて、さらさら聞く気がなかった。


「いいから、早くよこしやがれ!!」


俺は無理矢理に男からペンを奪い取ると、一目散に便箋に昔の自分へのメッセージを書き殴っていく。

そんな様子を男は表情一つ変えずに見つめていることも知らずに。


「あー、時空郵便はお一人様一度限りしかご利用になれませんので、よーく考えて書いてくださいねぇ。書き終わったら封筒に入れて封をしたら、勝手に宛先のあなたの元へと送られますんで」


男の声などもはや俺の耳に入ってくることはなかった。ただ一心不乱に俺は思いの丈を書き殴っていく。


「あーあ。ヒトの話も聞かないでまぁ。一つ大事なこと言っときます。時空手紙は必ず昔のあなたへと届きますが――


「よし。出来た。さっそく封をして……」


乱雑に折りたたみ便箋を封筒に入れ、俺が封をした瞬間。封筒は音もなく俺の手の中から消え去った。

目の前にいたあの男の存在と共に。






僕はいつも通りに母に決められた時間に、家庭教師の決めた勉強をしていた。


「周りの大人の言うことさえ聞いてれば大丈夫。大丈夫。幸せになれる……」


心の根底ではそれを否定しながらも、弱い僕には大人の言葉にすがることでしか――

大人の敷いたレールを走ることでしか――

弱くて脆い自分を守ることができなかったんだ。


「あら。お勉強してて偉いのねぇ。大丈夫よあなたはきっと立派な大人になれるわ」


ドアもノックしないで、母はいきなり入ってきた。

そして、いつも通りに僕を洗脳していくんだ。


「今日はあなたの好きなシュークリームを買ってきたの。お勉強が終わったら食べなさい」


母はお盆に乗せていたシュークリームと淹れたての紅茶を僕の机に置いた。


「いいこと?また、お勉強してるのか見に来ますからね」


そう僕の耳元で言い放って、母はいつも通りに僕を威圧して笑顔で部屋から出ていくんだ。


「このままお母さんの言いなりで、大人になってしまっていいのだろうか……」


ふとそんなことを思った時だった。


「どーもー。毎度お騒がせ、安心便利をモットーに過去も未来もヨヨイのヨイ『時空郵便』の者でーす!」


変なキャッチフレーズを軽快に歌いながら、深緑の郵便局員の姿をしたその男が突然に僕の目の前に現れたんだ。


「えっ…!?ええ!?

うわぁあっ!!お母さーん。お母さーん、変な男がいきなり部屋に入ってきたよー!!」


その男を見るなり僕は下の階にいる母に助けを求めた。


泥棒?(不正解)

空き巣?(不正解)

新手の詐欺?(不正解)

変人?(正解)


「あー、無駄っスよ。アタシの姿を今見ることが出来るのは届け先のの"過去のアナタ"だけなんっスから」


へらへらと笑いながら近寄ってくるその男に僕は恐怖を覚えた。お母さん早く来て。怖いよ。

そしてすぐに母が僕の部屋へと入ってきた。


「本当なの!?怪しい奴が部屋に来たって。居ないじゃない。何処に消えたの!?」


お母さんは何を言っているのだろう……?

そんな探さなくたって、今まさにお母さんの目の前に居るじゃないか。


「え……だってココにいるじゃないか。」


僕は深緑色の制服に身を包み、変なロゴの入ったバッグを肩からぶら下げているその男を指差した。


「私が変な人ですって!?ふざけたこと言ってないで勉強なさい!!あなたは私の言うとおり勉強だけしていればいいんです!!」


母は訳も分からなく激怒すると部屋を出ていった。


「ダーメじゃないスかぁ。お母さんにはアタシの姿見えないんだから。アタシを指差したら、アタシの後ろに居たお母さん指差してるように見えちゃうんスからね」


母には見えない?

僕にしか見えていない―――――?


その瞬間、僕は唐突にこの胡散臭い(うさんくさい)男に信憑性(しんぴょうせい)を見いだすことが出来たのだった。僕はようやく真っすぐに男の目を見ることができた。吸い込まれるような深く静かな黒い瞳だった。


「……どうやら、ようやく信じて頂けたようっスねぇ」


僕はゆっくりと頷いた。僕のその動作を見て男は満足そうに口角を上げると、肩にぶら下げたバッグを漁り始めた。


「さて、依頼人から。つまり"未来のあなた"から手紙を預かって来ました。どうぞ」


男がバッグから取り出したのは、奇妙なほどに真っ白な封筒だった。

僕は恐る恐る封筒を受け取ると、ゆっくりとその封を切り、中に入っていた乱暴に折りたたまれた一枚の便箋を手に取った。


『過去の俺へ。信じられないかもしれないが、この手紙は時空を越えることが出来るものだ。

今俺はわけあって刑務所の中にいる。


いいか?母の、教師の、周りの言いなりになって生きることだけはするな。

そして、何があっても法に背くものに手を出すんじゃないぞ』


手紙は正直僕の中ではあり得ない内容で、でも何故だろう何処か芯に迫るものだった。


「あの……未来の僕は何故刑務所にいるんですか?」


僕の質問に男は言葉を濁すようにして答えるのだった。


「あー、アタシは手紙を届けること以外はできません。ほら……あー、アレっス。プライバシーの保護ってやつっスね、うん」


「プライバシーって……依頼人は僕なんでしょ!?」


僕から僕へ手紙がやってきたのにプライバシーなんておかしい。

男は大きく息を吐き、そしてゆっくりとした口調で答えるのだった。


「アナタはアナタでも、依頼人は"未来のアナタ”そして受取人は"過去のアナタ”っス。そこらへんはきっちり区別しないとアタシは規則を破ることになってしまって上司がウルサイんで」


普通の人間じゃないのに、どこまでも人間らしい男の回答だった。

そして男は僕がほんの少し手紙へと視線を戻した隙に、消えてしまっていた。


あの男に出会ったことで、出会えたことで、僕の運命は変わる。そう信じて疑いすら持たなかった――





なのに……




「ちゃーんとお勉強してるかしら?」


「し…してるよ、お母さん」


僕は周りの威圧に、期待に、背くことも反抗することも出来ずにいた。

あの時、何かが変わるはずだったのに。何故?


僕はその後も、心の中でだけ母を否定して。教師を否定して。周りを否定して。

そして――

母の言うとおりに、教師の思うままに、周りの期待するがままに進学をした。




高校に進学した後も。大学に入ってからも、周りの俺への束縛がなくなることはなかった。


「もう……疲れちまったな」


その日俺は、フラフラと歩きながらいつもなら絶対に近寄らない場所に入ってしまった。

町外れの有名な小道。


「よぉ、兄ちゃん。うかない顔してるねぇー。どう?元気の出る"(ドラッグ)"欲しくない?」


ああ……そうか。

俺はドラッグに手を出したのか。


真っ暗な塀の中。

満足な食事はなく。

決められた労働をこなし。罪を償う。


俺は今、麻薬所持の現行犯で捕まり、刑務所の中で暮らしていた。


なんでこうなった?

親に言われるがままに勉強して。

教師に言われるがまま進学し。

世間の期待に答え続けた。


なのに、なぜ?


もう一度だけ人生をやり直せたら。

もう一度昔に戻れたら。

そしたら、俺は


俺は――


「バカですねぇ。人生をやり直すことなど出来る訳がないでしょう」


真後ろに誰かの気配がして俺は後ろを振り返った。

誰もいない。当たり前だ。ここは刑務所で俺に割り当てられた一人部屋。

自由に出入りも出来ないし、誰かが勝手に入ってこれるわけもない。


「だからアタシは最初に言いましたよね。時空郵便は必ず昔のあなたへと届きます……が


”必ずしもアナタの運命を変えてくれる”という訳ではない。と」






時空郵便は今日も誰かの元へ。

しかし、運命を変えるかどうか――

それは"過去"や"未来"のあなた自身にかかっています。


「どーもー。毎度お騒がせ、安心便利をモットーに過去も未来もヨヨイのヨイ『時空郵便』の者でーす!」


『独房の少年』。。。fine.

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