第9話・逆さ虹の森
最終話という関係上?、内容が長くなっております。
ご了承ください。
2019/3/12 全文書き直しました。
やっと会えた、ニンゲン。
彼らが使う『まほう』は、どんな願いでも叶える事が出来るという。
だがその最中で会った狼の発言に、クマ達は言葉を失っていた。
「初耳らしいな。 彼女が『ニンゲン』でないと、臭いで分からなかったのか?」
「『ニンゲン』じゃ無いって、そういう事・・・・・!」
狼ボスの話を聞き、キツネは震える声で少女を問いただした。
先ほど同様やはり、彼女から否定の言葉は無い。
クマもキツネも彼等ほどではないにしろ、匂いを感じ取ることに関しては得意だ。
しかし『育てられた』というキツネ君はともかく、ニンゲンに会ったことも無いクマ達は、判断材料となる匂いの違いなど知らない。
だが、そんな事は関係ない。
会った時に言ってくれれば良かったのだ、それを考えると、アライグマは無性に腹が立った。
「おまえ、俺たちを騙しやがったのか!?」
『別に、騙してなんかないわ。 私はニンゲンだとは一言も言ってないし、そっちがそう思っただけでしょう?』
「本当に・・・・、ニンゲンじゃないの?」
少女はオオカミの群れに囲まれているというのに、まったく怖がる素振りも見せない。
そういえばコマドリも『ニンゲンなんか居ない』と言っていたが、こういう事だったのかと今さら理解する。
少女は落ち着き払った様子で、激高するアライグマ達に淡々と答えていった。
『この「ドングリ池」を中心とした地脈を利用すれば再び、天の橋が架けられる。 動物に心なんかいらない、不要な心は天に還るべきなのよ』
そう言い終えた途端、彼女の動きを封じるように木の根が伸びてきたが、彼女はコレを難なくこれを抜け出した。
リスやクマが四苦八苦していた木の根も、彼女にとっては障害ですらないらしい。
動物達の間で戦慄が走り、距離を取る。
それと入れ替わるようにオオカミが遠吠えを上げ、群れが少女に一斉に襲い掛かった。
『やる気?』
だがそんな状況でも、少女に慌てる様子はない。
自分に向かってくる狼達に、哀れむような様子を浮かべた後、背中から出した翼で突風を巻き起こし、群れを吹き飛ばした。
マトモに風を受けた彼等は、仲間や木に体をぶつけ気を失ってしまった。
これだけの事をしているにも係わらず、少女は息切れ一つ起こしていない。
『圧倒的存在』そんな気風さえ感じさせられる。
「俺たちは俺たちだ、誰の好きにも・・・・うぐっ!?」
なんとか言葉を搾り出したアライグマも、彼女に睨まれた途端、金縛りにあったように動けなくなる。
『黙っていろ』そう言わんばかりの少女は、ゆっくりとした足取りでクマに近づいた。
一歩、また一歩と近づくたびクマは恐怖を掻き立てられる。
震える彼に、少女は一転して猫を撫でるように優しく声を掛けた。
『親しい者同士の心っていうのは、惹かれあうものなの。 だから安心して。 全てが終わったら、あなたの望みはきっと叶うわ』
「そ、そんな・・・・僕はただ・・・・・!」
その時、どこからか懐かしい声が聞こえた。
まさかという思いと、ひょっとしてという小さな希望が重なる。
少女の怖い顔など忘れてしまった。
だが何処を見ても居ない、空耳だろうかと思ったとき、また聞こえてきた。
―こっちへ、いらっしゃい―
「母さん!? 何処に居るの!」
聞き間違えるはずがない、これは母さんの声だ!
でも何処だろう、見渡しても姿は見えない。
それと同時に、クマは周りから音が消えている事に気付いた。
「----! -------!!!」
キツネ君?
何を言っているのだろう、耳をとぎすましても、必死の様子は見えていても、内容までは聞き取れない。
段々と視界は白い光に包まれていき、キツネ君たちの姿も朧げにしか映らなくなる代わり、母さんの声は鮮明さを帯びていく。
『さあ、こっちへいらっしゃい―』
「うん、今行くよ母さん!」
何年も待ちわびた懐かしい声。
このために、ここまで頑張ってきたのだ、迷いは吹っ切れた。
クマは声のするほうに、足を向けた。
◇◇◇
それは、あまりに現実離れした光景だった。
『ドングリ池』が光り輝き始め、ドングリを埋めた池の周囲も光を放つ。
少女は、不適な笑みを浮かべている!!
「クマ公! そっちに行くな!!!」
目は完全に合ったはずなのに、彼は首を傾げるばかりで、そのまま光の中へ吸い込まれてしまった。
いつの間にか星が輝いていた空は、霧が掛かったように白く霞んできている。
ゆらゆらと光が揺れ、地面にクマが倒れていた。
「クマ公無事だったか、早くこっちに来い! どうした、早く起きろよ!?」
『無駄よ、クマさんの心は天に還ったわ。 彼がこのまま天で暮らすことを望めば、ドングリに込められている思念と融合して、天へ続く扉が開かれる』
クマはピクリとも動かない。
すべては自然の摂理を取り戻すため、と少女は冷たく言い放った。
アライグマが彼女の首根っこを引っつかむのを振り払い、少女は倒れ伏しているクマの頭をなでる。
「テメェ、せつりだか祭りだか知らないが、これが正しい事だって言うのか!?」
「クマ君、死んじゃったの・・・・?」
『殺しては居ないわ、むしろ・・・・・」
少女の下にいたクマが、ノソリと起き、威嚇するように二本の足で立ち上がった。
『あなた達、早く逃げたほうがいいんじゃない?』
森を揺るがすような巨大な咆哮と共に、クマは仲間達へ襲い掛かった。
森では破壊音と共に、悲鳴が響き渡る。
目に付いた動くモノを襲うサマは、まさに『野獣』だ。
「クマー、俺は小さいから、襲うならデッカいヘビにしとけー!!」
「やだよぅ、食べるのは好きだけど食べられるのはゴメンだよぅ!」
「おいクマ、俺だフォックだ、頼むから追いかけっこはやめよう! 最近運動不足で、走れないんだ!!」
「グオオオオオ!!!」
「ぎゃあああああ!!?」
逃げても逃げても、クマは追いかけて来る。
少女はまるで他人事のように、その様子を傍観しつつ、自分の考えについて肯定していた。
『クマさんは冬眠ですものね。、自然は弱肉強食、かくあるべきものなのよ。 心なんか持っても、不幸になるだけなんだわ』
いつの間にかクマは、少女の隣に立っていた。
少女は満足そうに頷いた後、その右手を振り下ろした。
『さぁクマさん、あなたは呪縛から解放されたのよ。 本能の赴くまま生きなさい!』
ビシッとアライグマ達を指差した。
クマはひときわ大きな咆哮を上げ―、まず手近に居た少女の頭を殴り倒した。
「ぐえっ」
ひき潰されたカエルのような呻きを上げ、地面に倒された。
どうやらクマは、本能の赴くまま少女を黙らせたらしい。
しかしその光景は、むしろ動物等の恐怖心をかき立てた。
「クマ公、目を覚ませー!」
◇◇◇
光に包まれたクマの意識は、真っ白な世界を何かに導かれるように進んでいた。
先ほどまでの恐怖心は、不思議と無かった。
辺りを良い香りが包み、かすかに聞こえる水音が気持ちを落ち着かせてくれる。
確か、声はこっちから聞こえた気がする―
そんな淡い期待を抱きながら、クマはこの不思議な景色の中を進んだ。
―さあ、こっちよ―
「母さん!」
先ほどとは違い、母さんの声はすぐ近くで聞こえた。
どこだろう、早く会いたい!
―こっちよ、こっちへいらっしゃい―
声がした方を向くと、光はより一層眩しくなり、とても目を開けていられない。
だが光の向こう、僅かに光を通して影が映っている。
やっと会えた、シルエットは間違いなくクマ、それはきっと・・・・
「母さん・・・・!」
クマは懐かしむように、愛しむように、声のしたほうに手を伸ばした。
◇◇◇
逃げている最中に、一つだけ学習したことがある。
気付いたキッカケは、気を失っているオオカミが襲われていない事だった。
野生の動物は、すなわち『動くモノ』を追う習性があるようだ。
動かず木の陰などにジッとしていれば、追われないらしい。
ヘビもなんとか周りの木と同化して、野生動物をやり過ごしていた。
しかし野生のクマは鼻をスンスンと動かし、見えない獲物を探しているようで、迂闊には動けない。
「フーッ、フーッ」
緊張のせいか、鼻息が荒くなる。
なんとか彼に正気を取り戻す機会を窺うも、少女は地面でぐっすり寝ていて、起きそうに無い。
まずい、クマがこっちに近づいて来る!
隠れている場所を移動しようとしたが、クマに注視していたため地面にまで注意が向いていなかった。
なにかを踏んずけた感触と同時に、パキッと乾いた音が鳴る。
アライグマが、枯れ枝を踏んでしまったようだ。
「しまった」と思ったときには既に遅く、獲物の存在に気が付いたクマが猛突進して来る。
「ち、ちくしょうっ!」
もうダメだ―目をつぶったが、次に来るだろう衝撃は、いつまでも来なかった。
恐る恐る目を開けてみると、クマは右手を押さえて苦悶の表情を作っていた。
それと同時に、頭上から聞き覚えのある歌が聞こえてくる。
「チーチチチ、間一髪!」
「アライグマ、面白い顔してる!」
「面白い顔、オモシロいかお!」
「コマドリ、お前ら・・・・!」
まさか、わざわざ助けに来てくれたのだろうか。
歌が続く。
「チーチチチ、アライグマ死んだら、巣箱の話なくなる!」
「われわれ損、大損する!」
約束守れ、約束守れとコマドリたちが声をそろえる。
ようするに、森での事を催促に来たようだ。
これだからコイツらは、とは思ったが、今は素直に嬉しい。
利用しない手はない。
「コマドリ、俺を死なせたくないってなら、クマの周りを飛べっ!」
今は注意を逸らしてもらうだけでいい。
その間に背後の扉から漏れる光の中から、連れ去られたというクマの心を、どうにか戻すことだけを考える。
いつしか空を覆っていた白いもやは集まり、天へと伸びる一本の筋を描いていた。
「クマ公、戻って来い!」
どうすれば連れ帰れるなど分からない、でも大きな声で呼べば、あるいは気付いて戻って来るかもしれない。
光が漏れる扉に手をかけ、グッと力を込める。
その瞬間、彼の耳に呼ぶような『声』が聞こえた。
「誰だ!?」後ろを振り向くが、そこには誰も居ない。
だが声がしたのは、後ろではなく前だったのだ。
漏れ出る光の中に、たくさんの懐かしい影が映り、彼等は口々に―こっちへ来い―と手招きをしているように見えた
「なんで・・・・だって、アイツらは!」
夢と現実に苛まれ、心をかき乱される。
違う、あいつらは居ないんだ。 あれはマボロシだ!
かぶりを振り、しっかりと意識を保ち、もう一度叫ぶ。
「戻って来いクマ公、現実を見るんだ!」
◇◇◇
クマは、あと一歩のところまで来ていた。
しかし手を触れ合おうとしても、見えない壁のように阻まれ、その先に居る母には届かない。
シルエットの母さんの方は、次々に優しい声を掛けて来る。
―さあ、こっちへ来て、もう一度母さんと会いたいと願うのです。 そうすれば橋が架かって、私達は一つになれるわ。 さぁ、早くこっちへ―
その瞬間、クマの中に小さな疑問が生まれた。
透明な壁のようなモノに阻まれることで、冷静になれる時間が出来た。
なぜ母さんは、あぁにも呼ぶのだろう、まるで急かしている様だ。
自分はなぜ、ここまで母さんに会おうとしている?
死んでしまってから、自分は森でどうしていた?
何年も経ってから、また会いたいと思ったのはナゼ?
ドングリ池に通って、バカにされて、でも通い続けて。
傍には必ず、誰かが居た。
―ああ、そうだ。
もう願いは、とっくに叶っていたんだ。
クマは付いていた壁から手を離して、口を開いた。
「僕、母さんに伝えたいことがあったんだ」
さっきまで耳元で聞こえていた声は、途端に静かになった。
不思議な空間の中で、ゆらゆらと光だけが揺れている。
「母さんが死んじゃってから、僕はずっと、どうしたらいいかって塞ぎこんでいた。 僕も死んじゃえばって思ったこともあったよ」
あの日は突然の出来事に、どうしたら良いか分からなかった。
こんなに苦しい想いをするなら、いっその事―
そんな考えが浮かんだのは、一度や二度ではない。
でも踏みとどまった、いや踏みとどまれた。
「でもそんな僕に、皆いつもみたいに接してくれたんだ。 茶化されたり、イジワルされたりもした、けど。」
腹が立つこともあったし、泣きそうになったり、余計に哀しくなったこともある。
でも、それ以上に、感じることがあった。
「―嬉しかったんだ、皆が僕に前に進む道を教えてくれたんだ。 だから僕、戻らなくちゃ、ごめんね」
シルエットの母さんから、答えはない。
でも、それで良い。
クマは頭を下げ、ずっと言いたかった言葉を言った。
「それから、ありがとう」
その言葉を聞いた途端、光は無くなり、クマを包んでいた空間も剥がれるように崩れていく。
クマの意識も暗い闇の中に呑みこまれる様に掻き消えていった。
◇◇◇
クマが目を覚ますと、既に空に星は無く、東の空は明るくなり始めていた。
ドングリ池の辺りはまだ光っているが、吸い込まれた時より淡く、ずいぶん小さくなっている。
「クマ公、このやろう目を覚ましたか!?」
「う、うん? アライグマ君か・・・何があったの?」
詳しく思い出せない。
思い出そうとすればするだけ、記憶が遠のいていくようだ。
だがアライグマ達は笑うばかりで、細かい事は話そうとしない。
「良いんだよ、もう終わったんだ」
「?」
寝ている間に、なにがあったのだろう?
懐かしい声が聞こえて、光に包まれた後から、ほとんど記憶が無い。
そんな中、彼等の背後で動く存在に気付いた。
「あっ、ニンゲンさん?」
よく見ると、少女は頭から血を流していた。
大丈夫かと思ったが、「あったたた・・・・・・」と痛そうにはしているものの、見た目ほど深い傷でもないようで、ホッとする。
池と空を交互に眺めハァーと嘆息する彼女に、激高したアライグマが近づいた。
「よく生きてやがったな、このヤロウ! 覚悟は出来てんだろうな?」
『心なんか持っていても、苦しいだけだって言うのに。 まったく、この森の連中は、どいしようもないのね』
もう一度、彼女が大きくハァーとタメ息をついた。
ポリポリと頭をかき、目を細めながら空を仰ぐ。
『命って言うのは、つなぐためにあるの。 つながって生きて、本能のまま永らえて・・・・、感情なんか邪魔になるだけなのよ、それが分かってる??』
「言いたい事は、それだけか?」
『時間切れね』
アライグマが拳骨を見舞おうとした瞬間、強い突風が巻き起こった。
砂埃から目を覆い、もう一度あけると、既に少女の姿は無い。
空を見上げると、赤くて細長いナニかが空を上っていくサマが見えた。
「それでも、僕は心があって良かったと思うよ」
もう居ない少女だけではない、むしろ自分に言い聞かせるように、クマはそう呟いた。
丁度そのとき、誰かが「あっ」と声を上げる。
皆が視線を向ける方を見上げると、その光景に釘付けになった。
少女は言っていた。
天に橋が架かると、空に移した水面に反射したものが、まれに見えることがあると。
消えつつあるドングリ池の光の筋は、朝日に照らされ、空の水面に逆さまのアーチを架ける。
それは生まれて初めて見る 『逆さ虹』 だった。
あとがき
主な登場じんぶつ紹介 ※順不同 ネタバレ注意
・怖がりのクマ
本作の主人公。 母に会いたい一心で、願いが叶うと言われる池に、ドングリを投げ込む。
冒険を通して自分と向き合い、『真の願い』『心の大切さ』を知る事になった。
・イタズラ好きのリス
イタズラをするのが好きな、森の仲間。
クマが大切な事を知る、土台を作っていた。
・お人好しのキツネ
世話焼きな森の仲間。 少々毒舌家。
クマを呼んだが効果は無く、『少女』の攻撃に巻き込まれて気絶していたらしい。
・村長のフクロウ
森の長老。 夜行性のため、昼は話途中でも寝てしまう。
・副村長のウサギ
夜行性で、すぐ寝ようとするフクロウを起こすのが仕事。 拾い物の伊達メガネを掛ける
・隣の森のオオカミ
群れで行動する、隣の森のボス。 警戒心が強い。
『少女』の攻撃をモロに受け、群れともども気を失ってしまった。
後で目を覚ました後、仲間と共に『隣の森』へ帰ったよう。
・隣の森のキツネ
お調子者のキツネと言われる自称『フォック』 自分を大きく見せようとする傾向が強い
どちらかと言うと『心』をもつ負の部分を見せられた感が強い。
・暴れん坊のアライグマ
ナワバリを持つ、気性が荒い。
絶望的状況でも諦めず、果敢に『クマの心』を連れ戻そうとしていた。
熱いハートの持ち主。
・食いしん坊のヘビ
アライグマと行動を共にする大蛇。 性格はおっとりしている。
森に帰ったあと、脱皮の皮を剥ぎ取られ、コマドリの巣箱に活用させられた。
・歌上手のコマドリ
アライグマの友達。 見た目は可愛いが、残酷な一面も持つ。
『約束』を守らせるため、クマ達の助けに入った。
森に帰った後、アライグマに無数の巣箱を作らせたらしい。
・ニンゲン?
隣の森の奥深くに住む紅い少女、周囲を荒らさぬよう、この姿に擬態していた。
『心を持つ』事を嘆き、大昔に与えられた『感情』を全て天に還そうとしていた。
ちなみに『あの人』とは恐らく、神の事だと思われる。
本来の姿など、ほとんどの事は不明のままだ。