第8話・ドングリ池
2019/3/12 全文書き直しました。
『―へぇ、ここがあなた達の森?』
それは少女にとって、フシギな感覚を抱かされる森だった。
森全体を包むように魔力が満ち溢れ、それは生態系だけでなく、森の植物を含む生物全般にも影響を与えているようだ。
それが分かっただけでも、ここまで来た甲斐があったと言える。
魔法はいわゆる『万能』ではないが、条件さえクリアすれば、これ以上に便利なものが無いというのもウソではない。
たとえば今回使った転移の魔法を使うには、目的地を正確にイメージする必要があるなどがソレだ。
一度も森を訪れた事のない彼女には本来出来ないのだが、そこはクマ達の『記憶』を頼りに、送るがてら代用することが可能だった。
不幸中の幸いとは、まさにこの事だ。
「何ブツクサ言ってやがる。 それより、ここで何を始める気だ?」
『・・・・・・アナタまで来ること無かったのに』
問題なのは、『無関係な動物まで付いて来た』事だろう。
このアライグマとヘビ、目つきの悪いキツネは、利害の一致で行動を共にしていたに過ぎない。
正直なところ『行動』を起こす上では、彼女にとって邪魔な存在でしかなかった。
にも関わらず、彼らは帰る素振りすら見せない。
「ああん? 俺はまだアンタから案内料を頂戴してねぇ。 貰うもん貰うまで帰れるか!」
案内って、転移して送ったのは自分だし、彼等には関係ないはずだが。
しかし抗議するより、少女は目の前に広がる湖に釘付けになった。
さざ波一つ立たない、透き通った水の底に、聞いたとおり多くのドングリが沈んでいる。
一つ一つは大したこと無いが、これまでの『願いや想い』がより固まり、森全体を包み込んでいるようだ。
この湖こそ、自分が来たかった場所。
この場所こそ、この辺り一帯に発生している『魔力異常』の中心だと確信した。
特に右隣に来たクマの思いが、特に湖に強く残っているようだ。
『ここが、願いが叶う池で間違いないのね』
「うん、そうだよ」
「にしてもよ、誰にあっちの森にあった沼に、『願いが叶う』だなんて聞いたんだ?」
『・・・・・・そうね、私も知りたいわ』
大きな疑問として残るのが、アライグマの言う『ウソ情報』、あちらの森に来た時に聞いた事なのだが。
彼等がどういうつもりでウソを言ったのか問い正したいが、今となってはその時間も無い。
幸いというべきか、今夜は魔力が特に強くなる満月、天の力を借りられれば間違いなく役目は果たせるだろう。
これも『あの方』の導きだろうか?
『まぁ良いわ。 ここまで来たんだから、あなた達にも手伝ってもらうわよ?』
やってもらうと言っても、彼女も難しいことを頼むつもりは無い。
沈んだドングリの一部を、この『ドングリ池』を囲うように埋めるだけ。
最初は渋った動物達だったが(特にアライグマ)、『いろんな実がどっさりなる木』を出してやると、迷わずソレに飛びついてきた。
池が思った以上に広く、休憩を挟んでの作業は夕方近くまでかかってしまった。
疲れた動物たちが、思い思いに木の実をもいでいくのを傍目に、少女は完成した『陣』を見に行った。
これで、全ての準備は整った―
星空輝く天を仰ぎ、輝き始めた満月に手を伸ばす。
「何をしているの?」
『!』
声を掛けてきたのは、怖がりのクマだった。
背中には採ってきたのだろう、たくさんの種類の木の実が山と乗せられていた。
他のアライグマたちを探すと、向こうの木の下で和気あいあいとしている姿が目に入る。
このクマは、あの輪には加わらないのだろうか?
『何の用?』
「お腹すいてるかと思って・・・・・・」
どうやら木の実は、自分の為に持って来てくれたモノらしい。
少女は緩みそうになる表情をこらえ、逆に大きくタメ息を吐いた。
『フシギな森に住むフシギな動物は、まるで人間みたいなことをするのね』
「フシギな森? ここは『逆さ虹の森』って言うんだよ。 僕もキツネ君やリス君も、誰も見たことは無いけどね」
クマは自嘲気味に、そんな事を言った。
もちろん少女はそういうつもりで『フシギな森』と言ったわけではないのだが、その言葉に乗っかり、補足を入れた。
『「逆さ虹」っていうのは、地上から見たときよ。 天に橋が架かると水面に反射したものが、そう見えることがあるわ』
「逆さまの虹を見たことがあるの?」
彼女はクマの質問には答える事無く、続けた。
『クマさんは死んだ母親に会いたいのだったかしら。 でもよく考えて、死んだものと生きているものは住む世界が違う。 もし会えたとしても、二度目のお別れをしなくちゃならない、今度は・・・・本当の、最後のお別れになるわ』
クマから、すぐに返事は返ってこなかった。
たぶんそんな事は、考えては居なかったのだろう。
でも教えておかなければいけない、たとえ消えてしまう運命だとしても・・・・・・
さすがに今のは堪えたかと思っていると、クマは意を決したように顔を上げた。
そこに迷いなど無い、ただ感情のままに。
「それでも僕は、母さんに会いたい」
『実に人間的で、感情ばかりの一方的な想いだわ。 心なんか持つから、そういう事になるのよ』
少女はまるで世界を呪うかのような目つきで、静かに湖に映る月を見た。
クマたちが最初に会った時から、彼女はどこか突き放すようでもあったが、過去になにかあったのだろうか?
だが質問をする前に、腹ごしらえを済ませたアライグマたちが戻ってきた。
その姿を認め、少女は大きく右手を左から右へ動かす。
『さぁ、儀式の始まりよ』
やっと母さんに会える―クマがそう思った、まさにその時だった。
獣の遠吠えが闇夜に木霊し、呼応してあちらこちらからも鳴き声が響く。
何も知らないアライグマが「野犬か?」と首を傾げるが、フォックと森の仲間たちは、顔を青ざめさせた。
「ヤバいのが来た・・・・」
「ウソだろ・・・・!」
クマたちが口々に驚愕の声をあげる中、少女はキッと遠吠えのした方を睨む。
ほどなく闇の中からは、無数の狼の群れが姿を現した。
木々の間を埋めるように赤く光る目が輝き、クマたちを含めグルリと池を囲む。
そのウチの一匹が、クマたちの方に進み出てきて、大きく裂けた口を開いた。
「また、おかしな所で会うな、キツネよゥ?」
「えっへへへェへへへへ・・・ボス、どうしてここに?」
現れた狼の『ボス』に対し、フォックは精いっぱいの愛想笑いを浮かべた。
しかし彼等は下卑た笑みを浮かべるばかりで到底、友好的には見えない。
何も知らないヘビやアライグマはキョトンとしていたが、他の動物達は恐怖で顔を歪め、特に正面に立っているフォックは、ダラダラと冷や汗が流れて止まらなかった。
そこへ少女が怒り心頭といった様子で、口を挟んだ。
『ちょうど、あなた達に会いたいと思っていたところよ。 手間が省けたわ』
「それはそれは、この上なく光栄で、恐縮してしまいますな」
「えっ、知り合い?」
リスが、隠れていたクマの頭から顔だけ覗かせる。
だがオオカミ達は答える事無く、少女の方も含めて、互いに射殺すような視線を浴びせ続けた。
『この私を欺くなんて、良い度胸してるじゃないの?』
「これは異なことを・・・・、あなたは泉の場所を問うたはず」
『変わった伝説のある、森の中心となるような泉をね』
「私が知る泉と言えば、あそこ位でしたもので。 それを故意だったように言われるのは心外です」
2人の話は、いつまでも平行線をたどった。
状況を飲み込めず、クマ達は視線をさまよわせ、オロオロするばかり。
フォックにいたっては、目を覆ったまま木の陰に隠れてしまう始末。
そこへシビレを切らしたアライグマが、横ヤリを入れる。
「なぁ、小難しい話は後にして、ちゃっちゃと始めたらどーだ? いい加減ねむくなって来たぜ」
アライグマが少女の服の裾を引っ張る。
余計なことを言うなとばかりに、少女はアライグマを睨み返した。
訝しげにオオカミのボスは、クマ達の方を見る。
「・・・・なにを始めるだと?」
「このクマさんのね、お母さんに会えるのは今日しか無いんだって!」
ヘビがのんびりとした口調で、尻尾の先でクマを指差す。
オオカミが怖いクマは、なんとか首を縦に振ることで肯定する。
その瞬間、キツネにつままれたように声を失ったオオカミは、裂けた口をさらに大きく開いて、笑い始めた。
「死んだ者に会えるだと!? この女にそう、そそのかされたのか。 ククク・・・・残念だろうが、そんな気は毛頭あるまい。 教えてやろう、こやつは神の国から来た天の使いだ!! 我々から心を・・・・全てを奪いに来たのだ!!」
「え・・・・・っ!?」
予想外の言葉に、クマ達は少女を見たまま、言葉を失う。
当の少女は悔しそうに唇を噛み、それでもなお静かに佇み、クマや動物達を見下ろしていた。
主な登場じんぶつ紹介 ※順不同 ネタバレ注意 一部伏字
・怖がりのクマ
本作の主人公。 母に会いたい一心で、願いが叶うと言われる池に、ドングリを投げ込む。
どうにか少女を連れ出し願いをかなえる糸口を掴むかに見えたが、思っても見ない、隣の森のボスの出現で、横槍を入れられてしまう。
・イタズラ好きのリス
イタズラをするのが好きな、森の仲間。
オオカミ達が来て以後は、喰われないよう隠れていた。
・お人好しのキツネ
世話焼きな森の仲間。 少々毒舌家。
あまりにイロイロな出来事が起き、頭の整理が追いついていない様子。
・村長のフクロウ
森の長老。 夜行性のため、昼は話途中でも寝てしまう。
・副村長のウサギ
夜行性で、すぐ寝ようとするフクロウを起こすのが仕事。 拾い物の伊達メガネを掛ける
・隣の森のオオカミ
群れで行動する、隣の森のボス。 警戒心が強い。
来たばかりの頃、少女に『ウソ』を教え、彼女の向かった北に、誰も近づかないようにしていた。
虫の知らせで、倒れた木を伝い群れを連れ、隣の森へとやって来た。
・隣の森のキツネ
お調子者のキツネと言われる自称『フォック』 自分を大きく見せようとする傾向が強い
予想外の相手の出現に後半、木の陰に隠れ震えているしかなかった。
・暴れん坊のアライグマ
ナワバリを持つ、気性が荒い。
いろいろな木の実がどっさりなる木を、紅い女に出してもらい、ご満悦。
・食いしん坊のヘビ
アライグマと行動を共にする大蛇。 性格はおっとりしている。
木の実をお腹一杯食べ、正直眠い。
・歌上手のコマドリ
アライグマの友達。 見た目は可愛いが、残酷な一面も持つ。
・ニンゲン? 神の使い?
隣の森の、奥深くに住む紅い少女。 ナゾが多い。 博識。
狼に『神の使い』だと暴露され、まったく否定しなかったが・・・・・・?